大正二年(れ)第二〇二〇號
大正二年十一月二十四日宣告
◎判決要旨
- 一 凡ソ過失犯ノ如ク結果ノ發生ヲ以テ構成要件ト爲ス犯罪ニ在リテハ其犯罪タル結果カ數箇アルトキハ之ニ應シテ數箇ノ犯罪存スヘキモノニシテ其數箇ノ犯罪カ一箇ノ行爲ニ因リテ生シタル場合ニ於テハ一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルルモノトス
右過失致死被告事件ニ付大正二年九月十五日松江地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人永田好峰上告趣旨書第一點原判決事實摘示中「舟夫堀徳太郎大野清次郎等ニ諮リ其申出ノ如ク漁船三艘ヲ要スルモノト決シ同人等ニ之カ出船ヲ命シタルニ其出船ニ臨ミ徳太郎清次郎ヨリ各自所有ノ漁船各一艘ノミヲ提供シ殊ニ清次郎ノ船ハ徳太郎ノ船ニ比シ其形遥ニ小サク長サ二十九尺幅最廣部六尺ナル甲板張リ型ニシテ其下部空虚ナル小漁船ナレハ頗ル動搖シ易ク且甲板ノ一部ハ其高サ船縁ト殆ト同等ナルヲ以テ同船ニハ三十名許以上ノ兒童ヲ乘載スルハ甚タ危險ナルコトハ其當時被告等ニ於テ容易ニ觀察シ得ヘカリシ所ニシテ宗一ハ全生徒ヲ俊ハ女生徒ヲ保護監督スル重任アルニ付孰レモ其保護ノ下ニアル生徒ノ生命ヲ託スヘキ船舶ノ適否ヲ檢シ生徒乘船ノ萬全ヲ圖ラサルヘカラサル責務アルニ拘ラス輕忽ニモ舟夫徳太郎及清次郎カ前言ニ反シ二艘ニテ不可ナキ旨申出テタル所ニ一任シ清次郎ノ漁船カ前記ノ如キ危險ノ慮アルモノナルコトヲ氣付カス全生徒ヲ右兩船ニ分乘セシムルコトトナシ清次郎ノ漁船ニ女生徒四十五名搭乘セシメ」云云トセリ即チ原判決ノ内容ハ前言ノ如ク漁船三艘ナリシナラハ危險ナカルヘキモ二艘ナリシカ故ニ遭難セリトノ判意ナルコトハ誠ニ明白ノ解釋ナリトス
抑モ危險ノ如何ハ船體ノ堅不堅積載量ノ大小如何ニヨルヘキハ勿論ニシテ而シテ本件遭難船カ船體ニ於テ十分堅固ナリシコトハ原審カ自ラ檢證シタル調書ニヨルモ明白ニシテ而シテ原判決カ檢證ノ結果ヲ採用セシ部分ニ「本件遭難船タル大野清次郎ノ漁船ハ堀徳太郎ノ前記漁船ヨリ其形ノ遥ニ小サク前示ノ如ク寸法及構造ニシテ甲板上船縁ト殆ト同高ナル部分ヲ除キタル以外ナル坐乘ニ適セリト認ムヘキ場所ニハ兒童三十一名許ノ外乘載スルヲ得ス」云云トセシヨリ觀ルモ原判決カ二艘ニテ危險ナリトセシハ一ニ積載量ノ如何ニヨリテ決セシモノト認メサルヘカラス而シテ二艘ノ積載量カ三艘ノ積載量ヨリ小ナリトノコトハ之ヲ同等同大ノ船ニ於テ言フヘキモ尚ホ同等同大ナラサル船ニ於テハ未タ輕シク斷スヘカラサルナリ既ニ本件遭難船ト遭難セサリシ船トニ大小ノ差アルコトハ原判決ノ認ムル如ク漁船カ必スシモ同等同大ナラサルコトハ論ヲ待タス然ルニ原審ハ舟夫カ前言セシ積載量カ假リニ出船セシ本件二艘ノ積載量ヨリ大ナリシヤ小ナリシヤ曾テ取調ヘサル所ニシテ亦判決ニモ言及セサリシ所ナリ要スルニ原判決ハ同等同大ナラサル船ニ於テ漫リニ二艘ノ積載量ハ三艘ノ積載量ヨリ小ナリトシ而シテ此架空ノ論斷ニ基キ上告人注意ノ程度ヲ否定シタルハ理由不備ノ瑕瑾ヲ免レスト云フニ在レトモ◎本論旨ハ原審ノ專權ニ屬スル證據ノ判斷及ヒ事實ノ認定ニ對スル非難ニ過キスシテ其理由ナシ
第二點原判決ハ次テ「被告俊之ニ同乘シ字向津海岸ヲ出發シ海上約七丁許ヲ距ル立神離レ岩ノ附近ヲ航行スル際同日午前十時三十分頃海上平穩ナリシニ清次郎ノ該漁船ハ其船體自然動搖ノ結果中心ヲ失シテ忽チ顛覆シ」云云トセリ七丁許モ無事航行シ而モ海上平穩ナリシトスレハ船體カ自然動搖中心ヲ失スヘキ理ナシ自然動搖中心ヲ失シタルハ他ニ何等カ原因ナクンハアラス然ルニ原判決ハ之ヲ究メス漫然以テ上告人不注意ノ責ニ歸シタルハ之亦理由不備ノ違法タルヲ免レスト云フニ在レトモ◎本論旨モ亦原審ノ專權ニ屬スル證據判斷及ヒ事實認定ニ對スル非難ニ過キスシテ其理由ナシ
第三點原判決ハ亦檢證ノ結果ヲ援用シ證據トシテ説明スルニ當リ「多數ノ人員ヲ乘セ不意ニ動搖シ傾斜セハ忽チ顛覆ヲ來スヘコトヲ認メ得サルニ依リ」云云トセリ多數人員ヲ坐乘セシメタリトテ必スシモ動搖傾斜スヘキモノニアラス既ニ原審カ檢證ニ際シ遭難當時ノ重量ト同重量ナル多數人員ヲ乘セ試航セシメタルモ毫モ動搖傾斜セス優優トシテ進行セシコトハ檢證調書ニ依ルモ明カナル所ナリ即チ原判決自ラ認ムル如ク不意ニ動搖スルニ於テ傾斜スヘキナリ不意ニ動搖スルハ讀テ字ノ如ク不意ナルカ故他ニ何等カ原因ナクンハアラス然ルニ原判決ハ曾テ之ヲ究メス漫然以テ上告人不注意ノ責ニ歸シタルハ是亦理由不備タルコトヲ免レスト云フニ在レトモ◎本論旨モ亦原審ノ專權ニ屬スル證據判斷及ヒ事實認定ニ對スル非難ニ過キスシテ其理由ナシ
第四點原判決ハ亦證據ヲ列擧スルニ當リ大崎ヨシノ聽取書ヲ援用シ「灘ヲ出ルトキヨリ船ノ中ニハ水カ出入シテ居タリ島ノ所ニ到リ將ニ廻ラントスルトキ船ノ中ニ水カ大分入リ爲メニ袴カ濡レタリ水ハ船ノ兩側ヨリ出入シテ居タリ」云云トセリ然ルニ原審ハ部員全員檢證シ本件遭難船ニ遭難當時ニ於テ坐乘スル全員ト同重量ナル多數人員ヲ乘セ試航セシメタルニ樋穴(水ノ出入スル穴)ハ海面ヨリ六七寸以上ニアリテ毫モ漫水ノ恐ナカリシコトハ檢證調書ニ明カナリ而シテ遭難當時モ檢證當時モ均シク海上平穩ナリシコトハ亦原判決ノ認ムル所ナリ採證ノ如何ハ原審ノ自由タルヘキモ抑モ原審カ自ラ目撃シ自ラ認メタル事實アルニ拘ラス之ニ反スル事實證據ヲ以テ配シタルハ啻ニ採證法理ニ悖戻スルノミナラス同時ニ兩立スヘカラサル事實ヲ兩立セシメタル理由齟齬ノ違法タルヲ免レスト云フニ在レトモ◎本論旨モ亦原審ノ專權ニ屬スル證據判斷及ヒ事實認定ヲ非難スルニ過キスシテ其理由ナシ
第五點過失犯ニ要スル注意ノ程度ニ關シ原判決ハ何等記載スル所ナキモ在來ノ學説若クハ立法例ニ準シ客觀主觀若クハ折衷ノ三主義中其一ニヨリテ決セラレタルニ外ナラサルヘシ之ヲ何レノ主義ヨリ觀ルモ果シテ原判決ヲ以テ正當トスヘキカ(イ)遭難當日海上平穩ナリシコト(ロ)遭難船カ頗ル堅固ニシテ長サ二十九尺幅最廣部六尺ニ達シ普通ノ漁船ニ比シ遥ニ大ナルコト(遭難船ニハ女生徒四十五名他ノ一船ニハ六十二名而モ比較的體量重キ男生徒搭乘)(ハ)航行ノ目的地ハ海上沖合ニアラスシテ出發點ヨリ僅僅七八丁以内而モ極メテ沿岸ナル一帶ナリシコト(ニ)女生徒四十五名媬姆一名教員一名舟夫二名乘船セシモ船ハ尚ホ海面高ク浮上リ居リシコト(ホ)上告人ハ小學教員タリト雖モ而モ俊ノ如キハ最劣等資格ナル代用教員ニ過キサリシコト(ヘ)舟夫ハ本件關係ノ二艘ニテ航行差支ナキ旨ヲ明言シタルコト等ハ孰レモ原判決若クハ原審檢證調書ニ認メラレタル事實ニシテ而シテ(ト)舟夫カ普通人ニ比シ船舶若クハ海上ニ關シ智能經驗技術總テ卓絶セルニ反シ(チ)上告人カ何等特別ノ技能ナク普通一般人ト異ナルナキコト等ハ當然檢定シ得ヘキ事實ナリトス如斯場合ニ於テ苟モ沿岸見學ノ目的ヲ以テ態態遠足運動ヲ爲スモノ特別ナル船嫌ニアラサル限リ何人カ以テ危險ナリトシ之カ乘船ヲ止ムルモノアランヤ况ンヤ我帝國在來ノ教育施政ハ忠君愛國ニ伴フニ有爲活溌ノ國民ヲ作ラントスルニ於テヲヤ若シ夫レ危險ノ故ヲ以テ乘船ヲ止ムルハ學校ニ於ケル兵式體橾器械體橾若クハ運動會ニ於ケル雜多竸爭ヲ以テ危險ナリトシ之ヲ廢スルニ異ナラス如斯ハ實ニ鑿鑿タル法規解釋ヲ以テ帝國教育ヲ打破スルモノナリ帝國國民ヲシテ惰弱ナラシムルモノナリ帝國ヲシテ危窮ノ境遇ニ陷ラシムルモノナリ刑法ノ解釋豈ニ如斯ヲ許サンヤ要スルニ原判決ハ此點ニ於テハ過失ト認ムヘカラサルモノヲ過失ト爲シタル擬律錯誤ノ違法ヲ免レスト云フニ在レトモ◎本論旨モ亦原審ノ專權ニ屬スル證據判斷及ヒ事實認定ヲ非難スルニ過キスシテ其理由ナシ
第六點原判決ハ擬律ヲ爲スニ當リ上告人ハ一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルルモノナルヲ以テ刑法第五十四條ヲ適用スル旨明記セシモ上告人ノ所爲カ有罪ト假定スルモ過失犯ノ外如何ナル罪名ニ觸ルルヤ判決亦曾テ之ヲ示サス此點ニ於テ理由不備ナルカ若クハ擬律錯誤ナルカ二者少クトモ其一ヲ免レサル不當ノ裁判ナリト信スト云フニ在リ◎因テ按スルニ凡ソ過失犯ノ如ク結果ノ發生ヲ以テ犯罪ヲ構成スル犯罪ニ在リテハ過失ニ因リ生シタル犯罪タル結果カ數箇アルトキハ之ニ應シテ數箇ノ犯罪存スヘキモノニシテ其數箇ノ犯罪タルヤ一箇ノ行爲ニ因リテ生シタル場合ニ於テハ一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルルモノト解スヘキモノトス原判決ノ認定スル所ニ依レハ被告等ノ一箇ノ過失行爲ニ因リ十六名ノ女子ヲ死ニ致シタルモノナレハ原審カ之ニ對シ一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルルモノトシテ刑法第五十四條ヲ適用シタルハ相當ナリ之ヲ要スルニ本論旨ハ其理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事林頼三郎干與大正二年十一月二十四日大審院第二刑事部
大正二年(レ)第二〇二〇号
大正二年十一月二十四日宣告
◎判決要旨
- 一 凡そ過失犯の如く結果の発生を以て構成要件と為す犯罪に在りては其犯罪たる結果が数箇あるときは之に応して数箇の犯罪存すべきものにして其数箇の犯罪が一箇の行為に因りて生じたる場合に於ては一箇の行為にして数箇の罪名に触るるものとす。
右過失致死被告事件に付、大正二年九月十五日松江地方裁判所に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人永田好峯上告趣旨書第一点原判決事実摘示中「舟夫堀徳太郎大野清次郎等に諮り其申出の如く漁船三艘を要するものと決し同人等に之が出船を命じたるに其出船に臨み徳太郎清次郎より各自所有の漁船各一艘のみを提供し殊に清次郎の船は徳太郎の船に比し其形遥に小さく長さ二十九尺幅最広部六尺なる甲板張り型にして其下部空虚なる小漁船なれば頗る動揺し易く、且、甲板の一部は其高さ船縁と殆と同等なるを以て同船には三十名許以上の児童を乗載するは甚た危険なることは其当時被告等に於て容易に観察し得べかりし所にして宗一は全生徒を俊は女生徒を保護監督する重任あるに付、孰れも其保護の下にある生徒の生命を託すべき船舶の適否を検し生徒乗船の万全を図らざるべからざる責務あるに拘らず軽忽にも舟夫徳太郎及清次郎が前言に反し二艘にて不可なき旨申出てたる所に一任し清次郎の漁船が前記の如き危険の慮あるものなることを気付かず全生徒を右両船に分乗せしむることとなし清次郎の漁船に女生徒四十五名搭乗せしめ」云云とせり。
即ち原判決の内容は前言の如く漁船三艘なりしならば危険なかるべきも二艘なりしか故に遭難せりとの判意なることは誠に明白の解釈なりとす。
抑も危険の如何は船体の堅不堅積載量の大小如何によるべきは勿論にして、而して本件遭難船が船体に於て十分堅固なりしことは原審が自ら検証したる調書によるも明白にして、而して原判決が検証の結果を採用せし部分に「本件遭難船たる大野清次郎の漁船は堀徳太郎の前記漁船より其形の遥に小さく前示の如く寸法及構造にして甲板上船縁と殆と同高なる部分を除きたる以外なる坐乗に適せりと認むべき場所には児童三十一名許の外乗載するを得ず。」云云とせしより観るも原判決が二艘にて危険なりとせしは一に積載量の如何によりて決せしものと認めざるべからず。
而して二艘の積載量が三艘の積載量より小なりとのことは之を同等同大の船に於て言ふべきも尚ほ同等同大ならざる船に於ては未だ軽しく断すべからざるなり。
既に本件遭難船と遭難せざりし船とに大小の差あることは原判決の認むる如く漁船が必ずしも同等同大ならざることは論を待たず。
然るに原審は舟夫が前言せし積載量が仮りに出船せし本件二艘の積載量より大なりしや小なりしや曽て取調へざる所にして亦判決にも言及せざりし所なり。
要するに原判決は同等同大ならざる船に於て漫りに二艘の積載量は三艘の積載量より小なりとし、而して此架空の論断に基き上告人注意の程度を否定したるは理由不備の瑕瑾を免れずと云ふに在れども◎本論旨は原審の専権に属する証拠の判断及び事実の認定に対する非難に過ぎずして其理由なし。
第二点原判決は次で「被告俊之に同乗し字向津海岸を出発し海上約七丁許を距る立神離れ岩の附近を航行する際同日午前十時三十分頃海上平穏なりしに清次郎の該漁船は其船体自然動揺の結果中心を失して忽ち顛覆し」云云とせり七丁許も無事航行し而も海上平穏なりしとすれば船体が自然動揺中心を失すべき理なし。
自然動揺中心を失したるは他に何等が原因なくんばあらず。
然るに原判決は之を究めず漫然以て上告人不注意の責に帰したるは之亦理由不備の違法たるを免れずと云ふに在れども◎本論旨も亦原審の専権に属する証拠判断及び事実認定に対する非難に過ぎずして其理由なし。
第三点原判決は亦検証の結果を援用し証拠として説明するに当り「多数の人員を乗せ不意に動揺し傾斜せば忽ち顛覆を来すへことを認め得ざるに依り」云云とせり多数人員を坐乗せしめたりとて必ずしも動揺傾斜すべきものにあらず。
既に原審が検証に際し遭難当時の重量と同重量なる多数人員を乗せ試航せしめたるも毫も動揺傾斜せず優優として進行せしことは検証調書に依るも明かなる所なり。
即ち原判決自ら認むる如く不意に動揺するに於て傾斜すべきなり。
不意に動揺するは読で字の如く不意なるが故他に何等が原因なくんばあらず。
然るに原判決は曽て之を究めず漫然以て上告人不注意の責に帰したるは是亦理由不備たることを免れずと云ふに在れども◎本論旨も亦原審の専権に属する証拠判断及び事実認定に対する非難に過ぎずして其理由なし。
第四点原判決は亦証拠を列挙するに当り大崎よしの聴取書を援用し「灘を出るときより船の中には水が出入して居たり島の所に到り将に廻らんとするとき船の中に水が大分入り為めに袴が濡れたり水は船の両側より出入して居たり」云云とせり。
然るに原審は部員全員検証し本件遭難船に遭難当時に於て坐乗する全員と同重量なる多数人員を乗せ試航せしめたるに樋穴(水の出入する穴)は海面より六七寸以上にありて毫も漫水の恐なかりしことは検証調書に明かなり。
而して遭難当時も検証当時も均しく海上平穏なりしことは亦原判決の認むる所なり。
採証の如何は原審の自由たるべきも。
抑も原審が自ら目撃し自ら認めたる事実あるに拘らず之に反する事実証拠を以て配したるは啻に採証法理に悖戻するのみならず同時に両立すべからざる事実を両立せしめたる理由齟齬の違法たるを免れずと云ふに在れども◎本論旨も亦原審の専権に属する証拠判断及び事実認定を非難するに過ぎずして其理由なし。
第五点過失犯に要する注意の程度に関し原判決は何等記載する所なきも在来の学説若くは立法例に準じ客観主観若くは折衷の三主義中其一によりて決せられたるに外ならざるべし之を何れの主義より観るも果して原判決を以て正当とすべきか(イ)遭難当日海上平穏なりしこと(ロ)遭難船が頗る堅固にして長さ二十九尺幅最広部六尺に達し普通の漁船に比し遥に大なること(遭難船には女生徒四十五名他の一船には六十二名而も比較的体量重き男生徒搭乗)(ハ)航行の目的地は海上沖合にあらずして出発点より僅僅七八丁以内而も極めて沿岸なる一帯なりしこと(ニ)女生徒四十五名媬姆一名教員一名舟夫二名乗船せしも船は尚ほ海面高く浮上り居りしこと(ホ)上告人は小学教員たりと雖も而も俊の如きは最劣等資格なる代用教員に過ぎざりしこと(ヘ)舟夫は本件関係の二艘にて航行差支なき旨を明言したること等は孰れも原判決若くは原審検証調書に認められたる事実にして、而して(ト)舟夫が普通人に比し船舶若くは海上に関し智能経験技術総で卓絶せるに反し(チ)上告人が何等特別の技能なく普通一般人と異なるなきこと等は当然検定し得べき事実なりとす。
如斯場合に於て苟も沿岸見学の目的を以て態態遠足運動を為すもの特別なる船嫌にあらざる限り何人が以て危険なりとし之が乗船を止むるものあらんや況んや我帝国在来の教育施政は忠君愛国に伴ふに有為活溌の国民を作らんとするに於てをや若し夫れ危険の故を以て乗船を止むるは学校に於ける兵式体橾器械体橾若くは運動会に於ける雑多競争を以て危険なりとし之を廃するに異ならず如斯は実に鑿鑿たる法規解釈を以て帝国教育を打破するものなり。
帝国国民をして惰弱ならしむるものなり。
帝国をして危窮の境遇に陥らしむるものなり。
刑法の解釈豈に如斯を許さんや要するに原判決は此点に於ては過失と認むべからざるものを過失と為したる擬律錯誤の違法を免れずと云ふに在れども◎本論旨も亦原審の専権に属する証拠判断及び事実認定を非難するに過ぎずして其理由なし。
第六点原判決は擬律を為すに当り上告人は一箇の行為にして数箇の罪名に触るるものなるを以て刑法第五十四条を適用する旨明記せしも上告人の所為が有罪と仮定するも過失犯の外如何なる罪名に触るるや判決亦曽て之を示さず此点に於て理由不備なるか若くは擬律錯誤なるか二者少くとも其一を免れざる不当の裁判なりと信ずと云ふに在り◎因で按ずるに凡そ過失犯の如く結果の発生を以て犯罪を構成する犯罪に在りては過失に因り生じたる犯罪たる結果が数箇あるときは之に応して数箇の犯罪存すべきものにして其数箇の犯罪たるや一箇の行為に因りて生じたる場合に於ては一箇の行為にして数箇の罪名に触るるものと解すべきものとす。
原判決の認定する所に依れば被告等の一箇の過失行為に因り十六名の女子を死に致したるものなれば原審が之に対し一箇の行為にして数箇の罪名に触るるものとして刑法第五十四条を適用したるは相当なり。
之を要するに本論旨は其理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事林頼三郎干与大正二年十一月二十四日大審院第二刑事部