家宅侵入傷害ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）19輯1140頁

本件上告は之を棄却す

弁護人斎藤林平同赤井幸夫上告趣意書第一点原判決は事実理由として「被告は……藤吉等を殴打し……せんと決意し外二名と共謀の上……外一名は先づ林健太郎……を殴打し……同人の背部を斬り……尚其際被告外二名の中下手者不明なるも鈍器を以て……宮川覚市……を殴打し続いて被告は……藤吉を殴打し外一名は……森本まつ……を殴打し健太郎をして打撲傷及挫創を藤吉覚市まつをして各挫傷を負はしめたるものなり。」と判示し右所為に対して刑法第二百四条第五十五条を適用処断したり。 然れども[しかれども]（一）単に前示の如く藤吉等を殴打せんことを決意しと判示するに過ぎずして藤吉の外果して何人を殴打せんと共謀したるやを明示せず。 故に前記健太郎まつ覚市を殴打したるは右共謀に基くものなるや否や不明なり。 従て右判示する所のみに依りては上告人以外の者が覚市健太郎を殴打したる所為に付き上告人は共同正犯者として責任を負ふべきや刑法第二百七条に依りて責任を負ふべきや又被告外の一名かまつを殴打したることに付き上告人が共犯者として責任を負ふべきや又全く責任を負ふことなかるべきやは全く之を知るべからず。 （二）上告人外二名の者が右四名の者を殴打したるは継続したる犯意に基きたるや不明なり。 （三）上告人は外二名と共謀したりと云ふ[いう]に止まり其二名の何某[なにがし]なるやを明示することなく従って責任能力を有する者なるや又や全然不明なり。 然るに原判決が前示上告人外二名が藤吉外三名を殴打したる行為に対し刑法第二百四条第五十五条を適用したるは理由不備の違法あるものにして破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎（一）原判決には被告が外二名と共謀して林健太郎外四名を傷害したる事実を判示しあるを以て被告自ら手を下したる事実を確定しあらざるも被告の傷害罪を論するに付き理由不備の違法あるものに非ず（二）原判決に拠れば被告等の傷害行為は当初前田藤吉等を殴打せんとする同一意思の発動に因り共同して連続実行したるものなれば下手者は一人に非ざるも継続したる意思に出でたる事実を判示したるものなるや自ら明なり。 （三）原判決は共犯者の氏名を明示せざるも反対の説示なき以上は責任能力者なることを認めたる趣旨なるや勿論なるのみならず他の共同正犯者が責任能力者なりや否やは被告の罪責を定むるに付き影響なきを以て之が明示を欠くも理由不備の違法あるものに非ず本論旨は理由なし。

第二点原判決は第一事実理由中上告人等が藤吉等の住居せる岡崎吉三郎宅表六畳の間に進入したる所為を認め右所為に対して刑法第百三十条を適用したり。 然れども[しかれども]上告人が右法条に所謂「故なく」右六畳間に進入したるものなるや否やを確定することなかりしは。 即ち理由不備の違法あるものにして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在れども◎暴行を為す目的を以て他人の住宅に侵入するは権利の実行に非ざるは勿論権利者の許容に出づるものに非ざるを以て所論被告の行為は刑法第百三十条に規定する故なく他人の住居を侵す罪に該当するや疑を容れず本論旨は理由なし。

第三点原判決は証人森本まつ予審調書を援用したり。 仍て[よって]同調書を閲するに同調書記録第九八丁の裏面と第九九丁表には各契印の半面に類するものあり。 然れども[しかれども]之を相接合するに其形長方にして同調書中の他の部分に押捺しある同調書の作成者たる裁判所書記伊藤清太郎の印影とは全く相異なれし果して然らば右調書は結局作成者の契印を欠く無効のものたるに帰するを以て之を罪証に供したる原判決は破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎所論契印は裁判所書記伊藤清吉の印影たることを認むに足るを以て所論予審調書は契印を欠く無効の書類に非ず本論旨は理由なし。

第四点原判決は「被告は当公廷に於て「其後藤吉に……工事を為さしめたるも工事に出でさる為め工事進捗せざるより説諭を加へたるに同人は之を聞き入れず反抗の態度を示したり。」との供述を為したり。」と判示せるも原審公判始末書には「……同人は……工事場に出でさる為め工事進捗せざるにより説諭を加へたるに同人は反抗し云云」の供述記載ありて之に由りて見れば判示の如く上告人が藤吉に説諭を加へたるに同人は単に反抗の態度を示したりと云ふ[いう]に非ずして藤吉は現実反抗したりと提供したるものなること明なりとす。 果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎原審は所掲公判始末書記載の供述を解釈し所論の如く証拠説示を為したるものにして其趣旨に於て異る所なければ本論旨は理由なし。

第五点原判決は「被告は当公廷に於て「其後藤吉は其部下なる藤本国市を殴打せしことありしに付き呼ひ寄せきひしく論諭を加へたるに云云」の供述を為したり。」と判示せり。 然れども[しかれども]原審公判始末書を関する上告人が藤吉に対しきひしく説諭を加へたりとの供述を為したる旨の記載之あることなし果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法ありと云ふ[いう]に在れども◎原審公判始末書には「前略藤吉を呼ひ寄せ同人に殴打の真否を糺したる所暴言吐きたる故是亦[また]尺八にて一二度頭部を殴打したる処謝罪したり。」とあり峻酷に藤吉を詰責誡諭したる趣旨に解し得べきを以て原判決に於て所掲の如く証拠説明を為したるは相当なり。 本論旨は理由なし。

第六点原判決は前田藤吉宮川覚市及森本まつに対する医師越智重朗の鑑定書を罪証に供したり。 仍て[よって]記録に就きて之を見るに右は警部補野村盛一の鑑定命令に基くものなり。 然れども[しかれども]（一）野村警部補は司法警察官に非ず（野村警部補は警部代理を命ぜられたるものにも非ず）故に右野村警部補が犯所に臨検して検証処分を為し右鑑定を命じたるは違法にして斯る違法の命令に基き作成したる右鑑定書を断罪の資に供したるは違法なり。 （二）野村警部補の検証処分は大正二年三月二十七日之を為したるものなるに右に関する検証調書は同月二十八日に作成したる。 即ち右検証調書は法律上全く無効のものにして右検証処分が適法に行はれたるや否やは之を知るに由なし。 従て右検証処分として為したる命令に基き作成せられたる前示鑑定書も適法の証拠力を有するものに非ず。 然るに之を採り以て断罪の資に供したる原判決は違法なりと云ふ[いう]に在れども◎（一）警部補は刑事訴訟法第四十七条の所謂司法警察官に該当するを以て現行犯事件に付き検証処分を為し鑑定を命じたるは其職権内の適法行為に属し右鑑定命令に因り作成したる鑑定書は違法に非ざるを以て之を採りて罪証に供したる原判決は相当なり。 （二）検証調書は必ずしも検証を為したる場所及日時に於て作成することを要するものに非ず接近したる他の相当なる場所及日時に於て之を作成するも違法に非ざるのみならず所論検証調書には「此検証は本日午後一時に始め同四時三十分終る」とあるに徴すれば調書作成の日時たる大正二年三月二十八日に於て検証の行はれたることは明白にして検証の日時と調書作成の日時と同一なれば本論旨は謂はれなし

第七点原判決は第二事実として「被告は……棍棒を以て忠左衛門の後頭結節の部を殴打して同人をして打撲傷及挫傷を負はしめたるものなり。」と判示し其証拠説明中飯尾忠左衛門の予審調書に判示同趣旨の被害事実の供述記載ありと判示せり。 然れども[しかれども]同調書を閲するに右の如き創傷を蒙りたる旨の記載あることなく、且、其他の原判決に列挙する証拠中にも右の点を証すべきものあることなし果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるか又は証拠に依らずして事実を認定したる違法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎所論予審調書を閲するに被告が証人の後より後救部を殴打し創傷を蒙らしめたる趣旨の供述記載あるを以て判示の如く証拠説明を為すも違法に非ず本論旨は理由なし。

第八点原判決は第一事実として被告は……藤吉の……背部を殴打し……挫創を負はしめ」と判示し其証拠説明中前田藤吉に対する医師越智重郎の鑑定書に右の如き創傷ある旨記載ありと判示せり。 然れども[しかれども]同鑑定書を閲するに右に符合する記載あることなし果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法ありと云ひ」第十点原判決は第一事実理由中外一名は森本まつの……背部を打ち……まつをして挫傷を負はしめたるものなりと判示し其証拠説明中森本まつに対する医師越智重郎の鑑定書に判示の如き創傷ある旨の記載ありと判示せり。 然れども[しかれども]右鑑定書を閲するに右森本まつの背部に挫創ある旨の記載あることなし果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決には「（前略）同藤藤吉の左右各前膊下端及背部等を殴打し外一名は同上森本（まつ）の頭部及背部を打ち（中略）藤吉覚市（まつ）をして各挫創を負はしめ」とあり藤吉及び（まつ）の背部に付ては殴打の事実を認めたるに過ぎず其部分に挫創を生ぜしめたりとの趣旨に非ざるを以て証拠説明中所論各鑑定書に判示の如き創傷ある旨の記載ありと説示したるは是れ亦[また]各鑑定書に背部の挫創ある旨の記載ありと説示したるものに非ざるや明なり。 故に該鑑定書に右の如き記載なきを捉らへ原判決は虚無の証拠を援用せる不法ありと論するは謂はれなし

第九点原判決は第一事実中「被告が他二人と共に岡崎吉三郎方表六畳の間に進入し外一名は先づ尖端を有する鉄棒を以て……林健太郎を殴打小し其尖端を以て同人の背部を斬り」と判示せり。 然れども[しかれども]其証拠説明を見るに右所謂外一名が林健太郎を殴打せるは尖端を有する鉄棒を以てせるものなること又同人の背部を切りたるは其尖端を以てせるものなりしことを証するものあることなし果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供したるの違法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決は証人林健太郎予審調書の判示被害事実に関する供述記載及び同人に対する医師蔵重信貞鑑定書に於ける判示創傷ある旨の記載を綜合[そうごう]して所論判示事実を認めたるものと解し得べきを以て本論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事板倉松太郎干与大正二年十一月七日大審院第一刑事部