◎判決要旨
- 一 犯罪ノ幇助ハ犯罪アルコトヲ知リテ犯人ニ犯罪遂行ノ便宜ヲ與ヘ之ヲ容易ナラシメタルノミヲ以テ足リ其遂行ニ必要缺クヘカラサル助力ヲ與フルコトヲ必要トセス(判旨第一點)
- 一 幇助罪ハ主タル犯罪ト運命ヲ共ニスヘキモノナレハ主犯タル犯罪ニシテ現行犯ナル以上ハ幇助罪モ亦現行犯トシテ處分スヘキモノトス(判旨第四點)
右兩名ニ對スル賭場開張豐次郎ニ對スル常習賭博被告事件ニ付大正二年五月十二日大阪地方裁判所ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告等ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
被告嘉造辯護人牧野充安同富田豐滿上告趣意書第一點原判決ハ擬律ノ錯誤アルモノナリ原判決カ本件被告井辻嘉造ノ犯罪事實トシテ認定シタル點ハ被告カ情ヲ知テ賭場ニ供スル家屋ヲ賃貸シタルニ在リ舊刑法ニ於テ賭博ヲ爲スノ情ヲ知テ房屋ヲ給與シタルモノニ付キ正文ヲ以テ之ヲ罪トシタレトモ現行刑法ノ下ニハ右正文ヲ刪除シタリ更ニ進ンテ前記行爲ハ原判決カ論斷シタルカ如ク賭場開張罪ノ幇助ナリヤ否ヲ論究センニ刑法第六十二條ニ所謂幇助行爲ハ犯罪行爲ニ直接ノ關係ヲ有スル格段ノ行爲ナラサル可ラス本件ノ如キ空米相場ナル賭博ノ場所ハ家宅内ナルコトヲ要セス公道ニ於テモ亦之ヲ爲スコトヲ得ヘク况ンヤ賭博開張罪ニハ賭場ノ存スルコトヲ必要トセサル(御院明治四十五年(れ)第七四六號事件判決ノ説明ニ據ル)ヲ以テ單純ナル家屋ノ賃貸ハ即チ賃貸人ヲシテ家屋ヲ使用セシムル法律行爲タルニ過キス而シテ賃借人カ犯罪行爲ヲ其家屋内ニ於テ爲スノ情ヲ知ラサルモ犯罪行爲ノ知了ハ犯罪ノ幇助ニ非ス罪ヲ犯サントスル者ニ依食住ヲ供スルモ犯罪ノ幇助ト云フ可ラス若シ夫レ賭場開張ノ行爲ニ關與シテ之ヲ幇助シタルモノナラハ其從犯タルヘキハ勿論ナルモ單純ナル家屋ノ賃貸人カ知情ノ故ヲ以テ犯罪幇助ノ行爲ナリト論斷スルハ法律ノ正當ナル適用ニ非スト云フニ在レトモ◎所謂犯罪ノ幇助行爲アリトスルニハ犯罪アルコトヲ知リテ犯人ニ犯罪遂行ノ便宜ヲ與ヘ之ヲ容易ナラシメタルノミヲ以テ足リ其遂行ニ必要不可缺ナル助力ヲ與フルコトヲ必要トセス而シテ賭場開張ヲ爲スニ付キテ房屋ヲ供スルコトハ其遂行上開張者ニ開張ノ便宜ヲ與フルモノナルコトハ疑ナキヲ以テ苟クモ賭場開張ノ情ヲ知リテ居宅ヲ賃貸シ其行爲ヲ容易ナラシメタル事實アル以上ハ賭場開張罪ノ幇助トシテ處斷セラルヘキハ當然ナレハ原裁判所カ右ノ事實アルモノト認定シタル被告ニ對シ刑法第百八十六條第二項第六十二條第一項ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
第二點本件起訴状ヲ査閲スルニ賭場開張賭博ト題記シ其下ニ二十名ノ氏名ヲ竝記シアリテ被告人二十名カ總テ右題記ノ公訴ヲ受ケタルモノト見ルノ外ナシ然ルニ本件公判ノ審理ハ各被告人ニ付或ハ單ニ賭博開張或ハ賭博或ハ二罪ノ併合ノ三種ニ區別シテ爲サレタリ結局公訴事實ハ不確定ニシテ其公訴ハ不適法ト謂ハサルヘカラス然ルニ原判決カ(一)適式ノ公訴アリタルモノトシタルハ不法ニシテ又(二)右不適式ニ審理セラレタル第一審ノ公判始末書ノ記載ヲ證據ニ採擇セラレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎本件起訴状ノ記載ニ依レハ被告ノ中近藤豐藏井辻嘉造小川太吉ノ三名ハ各賭博開張ノ罪アリトシ爾餘ノ被告ハ單ニ賭博ノ所爲アルモノトシテ訴追セラレタルモノナルコト明白ニシテ各被告ニ對スル起訴ノ事實ハ確定セルモノナルカ故ニ本件公訴ハ此點ニ於テ毫モ不適法ニ非ス從テ之ニ基キ爲サレタル第一審公判モ亦手續上毫モ違法ノ點ナキヲ以テ同公判始末書ヲ斷罪ノ證據ニ供シタル原判決ハ不法ニ非ス
第三點原判決カ證據トシテ檢事ノ訊問調書ヲ採擇セラレタルハ左ノ不法アルモノナリ(甲)其訊問調書ト認ムヘキ記録一二二丁乃至一二五丁ニハ其末尾ニ「右録取セシ所ヲ裁判所書記ハ被告人ニ讀聞カセ檢事ハ其供述ノ相違ナキヤ否ヤヲ問ヒタルニ被告人ハ相違ナキ旨ヲ答ヘ」トアルノミニテ其前記載ノ訊問カ何人ニ依リテ爲サレタルヤヲ知ルヲ得ス即チ不適式ノ文書ナリ(乙)同訊問調書ニハ末尾ニ檢事及裁判所書記ノ署名捺印アリテ作成者ノ孰レナルヤヲ知ルヲ得ス即チ不適式ノ文書ナリ(丙)檢事ハ訊問調書ヲ作成スルノ權能ナキヲ以テ檢事ノ訊問調書トセハ不適式ナリト云フニ在レトモ◎本件事案ハ現行犯ニ係ルコト記録上明白ニシテ所論訊問調書ハ即チ檢事カ法規ニ從ヒ豫審處分トシテ被告ヲ訊問シタル結果ヲ裁判所書記ニ於テ録取シタルモノト認ムヘク之ヲ檢事ノ訊問調書ト稱スル毫モ不可ナル所ナケレハ本論旨ハ理由ナシ
第四點若シ本件カ現行犯トシテ起訴セラレタルモノトセハ被告人井辻嘉造ニ對シテハ不適法ノ手續ト云ハサルヘカラス何トナレハ被告井辻嘉造ノ行爲ハ大正元年十二月二十五日賃料一个月金三十圓ニテ家屋ヲ豐次郎ニ賃貸シタルノミ而シテ其行爲ハ賃貸借成立ト共ニ終了シ豐次郎カ大正二年一月二十五日賭博ノ現行犯トシテ逮捕セラレタル際ニ何等ノ關係ナケレハナリト云フニ在レトモ◎本件犯罪發覺ノ際被告嘉造ハ現ニ其居宅ヲ被告豐次郎ニ賃貸シ賭場トシテ其使用ニ供シ居リタルモノナルコト記録上明白ニシテ幇助罪ハ主タル犯罪ト運命ヲ共ニスヘキモノナレハ主犯タル被告豐次郎ノ犯罪ニシテ現行犯ニ係ル以上ハ被告嘉造ノ本件犯罪モ亦現行犯トシテ處分スヘキモノト謂ハサルヲ得ス然ラハ本論旨モ亦理由ナシ(判旨第四點)
第五出巡査山岸與三郎外六名ノ報告書(記録一丁以下)ニ依レハ賭博ノ現行犯トシテ報告シタルモノナリ其文中「被告井辻嘉造ハ賭場ヲ給與シ被告近藤豐藏ハ受方トナリ盛ニ賭事ヲ行ヒアル最中ニテ云云」トアルノミニシテ毫モ賭場開張ノ事實ヲ記載セス果シテ然ラハ原判決カ賭場開張罪ヲ現行犯トシテ審理セシモノトセハ不法ナリト云フニ在レトモ◎所論報告書ノ記載自體賭場開張ノ事實存在セルコトヲ認知シ得ヘキヲ以テ本論旨ハ謂ハレナシ
第六點巡査山岸與三郎外六名ノ報告書ハ刑訴第五九條第二項ニ所謂逮捕告發調書ニ非ス果シテ然ラハ本件ヲ現行犯トシテ審理シタル手續ハ總テ無效ニシテ原判決ハ不法ナリト云フニ在レトモ◎逮捕告發調書ニ記載スヘキ事實カ巡査ノ報告書ノ記載ト全低一致スル以上ハ司法警察官カ逮捕告發調書ヲ作成スルニ當リ報告書ノ記載ヲ其侭援用スルハ毫モ妨ケナキヲ以テ本件所論報告書ハ其末尾ノ記載ト相竣テ現行犯逮捕告發調書タル效力ヲ有スルコト明白ナレハ本論旨ハ理由ナシ
被告豐次郎ハ刑事訴訟法第二百七十八條ノ法定期間内ニ趣意書ヲ差出サス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與大正二年七月九日大審院第三刑事部
◎判決要旨
- 一 犯罪の幇助は犯罪あることを知りて犯人に犯罪遂行の便宜を与へ之を容易ならしめたるのみを以て足り其遂行に必要欠くべからざる助力を与ふることを必要とせず(判旨第一点)
- 一 幇助罪は主たる犯罪と運命を共にすべきものなれば主犯たる犯罪にして現行犯なる以上は幇助罪も亦現行犯として処分すべきものとす。
(判旨第四点)
右両名に対する賭場開張豊次郎に対する常習賭博被告事件に付、大正二年五月十二日大坂地方裁判所に於て言渡したる判決に対し被告等は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
被告嘉造弁護人牧野充安同富田豊満上告趣意書第一点原判決は擬律の錯誤あるものなり。
原判決が本件被告井辻嘉造の犯罪事実として認定したる点は被告が情を知で賭場に供する家屋を賃貸したるに在り旧刑法に於て賭博を為すの情を知で房屋を給与したるものに付き正文を以て之を罪としたれども現行刑法の下には右正文を刪除したり。
更に進んで前記行為は原判決が論断したるが如く賭場開張罪の幇助なりや否を論究せんに刑法第六十二条に所謂幇助行為は犯罪行為に直接の関係を有する格段の行為ならざる可らず本件の如き空米相場なる賭博の場所は家宅内なることを要せず。
公道に於ても亦之を為すことを得べく況んや賭博開張罪には賭場の存することを必要とせざる(御院明治四十五年(レ)第七四六号事件判決の説明に拠る)を以て単純なる家屋の賃貸は。
即ち賃貸人をして家屋を使用せしむる法律行為たるに過ぎず。
而して賃借人が犯罪行為を其家屋内に於て為すの情を知らざるも犯罪行為の知了は犯罪の幇助に非ず罪を犯さんとする者に依食住を供するも犯罪の幇助と云ふ可らず。
若し夫れ賭場開張の行為に関与して之を幇助したるものならば其従犯たるべきは勿論なるも単純なる家屋の賃貸人が知情の故を以て犯罪幇助の行為なりと論断するは法律の正当なる適用に非ずと云ふに在れども◎所謂犯罪の幇助行為ありとするには犯罪あることを知りて犯人に犯罪遂行の便宜を与へ之を容易ならしめたるのみを以て足り其遂行に必要不可欠なる助力を与ふることを必要とせず。
而して賭場開張を為すに付きて房屋を供することは其遂行上開張者に開張の便宜を与ふるものなることは疑なきを以て苟くも賭場開張の情を知りて居宅を賃貸し其行為を容易ならしめたる事実ある以上は賭場開張罪の幇助として処断せらるべきは当然なれば原裁判所が右の事実あるものと認定したる被告に対し刑法第百八十六条第二項第六十二条第一項を適用処断したるは相当にして本論旨は理由なし。
(判旨第一点)
第二点本件起訴状を査閲するに賭場開張賭博と題記し其下に二十名の氏名を並記しありて被告人二十名が総で右題記の公訴を受けたるものと見るの外なし。
然るに本件公判の審理は各被告人に付、或は単に賭博開張或は賭博或は二罪の併合の三種に区別して為されたり結局公訴事実は不確定にして其公訴は不適法と謂はざるべからず。
然るに原判決が(一)適式の公訴ありたるものとしたるは不法にして又(二)右不適式に審理せられたる第一審の公判始末書の記載を証拠に採択せられたるは不法なりと云ふに在れども◎本件起訴状の記載に依れば被告の中近藤豊蔵井辻嘉造小川太吉の三名は各賭博開張の罪ありとし爾余の被告は単に賭博の所為あるものとして訴追せられたるものなること明白にして各被告に対する起訴の事実は確定せるものなるが故に本件公訴は此点に於て毫も不適法に非ず。
従て之に基き為されたる第一審公判も亦手続上毫も違法の点なきを以て同公判始末書を断罪の証拠に供したる原判決は不法に非ず
第三点原判決が証拠として検事の訊問調書を採択せられたるは左の不法あるものなり。
(甲)其訊問調書と認むべき記録一二二丁乃至一二五丁には其末尾に「右録取せし所を裁判所書記は被告人に読聞かせ検事は其供述の相違なきや否やを問ひたるに被告人は相違なき旨を答へ」とあるのみにて其前記載の訊問が何人に依りて為されたるやを知るを得ず。
即ち不適式の文書なり。
(乙)同訊問調書には末尾に検事及裁判所書記の署名捺印ありて作成者の孰れなるやを知るを得ず。
即ち不適式の文書なり。
(丙)検事は訊問調書を作成するの権能なきを以て検事の訊問調書とせば不適式なりと云ふに在れども◎本件事案は現行犯に係ること記録上明白にして所論訊問調書は。
即ち検事が法規に従ひ予審処分として被告を訊問したる結果を裁判所書記に於て録取したるものと認むべく之を検事の訊問調書と称する毫も不可なる所なければ本論旨は理由なし。
第四点若し本件が現行犯として起訴せられたるものとせば被告人井辻嘉造に対しては不適法の手続と云はざるべからず。
何となれば被告井辻嘉造の行為は大正元年十二月二十五日賃料一个月金三十円にて家屋を豊次郎に賃貸したるのみ。
而して其行為は賃貸借成立と共に終了し豊次郎が大正二年一月二十五日賭博の現行犯として逮捕せられたる際に何等の関係なければなりと云ふに在れども◎本件犯罪発覚の際被告嘉造は現に其居宅を被告豊次郎に賃貸し賭場として其使用に供し居りたるものなること記録上明白にして幇助罪は主たる犯罪と運命を共にすべきものなれば主犯たる被告豊次郎の犯罪にして現行犯に係る以上は被告嘉造の本件犯罪も亦現行犯として処分すべきものと謂はざるを得ず。
然らば本論旨も亦理由なし。
(判旨第四点)
第五出巡査山岸与三郎外六名の報告書(記録一丁以下)に依れば賭博の現行犯として報告したるものなり。
其文中「被告井辻嘉造は賭場を給与し被告近藤豊蔵は受方となり盛に賭事を行ひある最中にて云云」とあるのみにして毫も賭場開張の事実を記載せず果して然らば原判決が賭場開張罪を現行犯として審理せしものとせば不法なりと云ふに在れども◎所論報告書の記載自体賭場開張の事実存在せることを認知し得べきを以て本論旨は謂はれなし
第六点巡査山岸与三郎外六名の報告書は刑訴第五九条第二項に所謂逮捕告発調書に非ず果して然らば本件を現行犯として審理したる手続は総で無効にして原判決は不法なりと云ふに在れども◎逮捕告発調書に記載すべき事実が巡査の報告書の記載と全低一致する以上は司法警察官が逮捕告発調書を作成するに当り報告書の記載を其侭援用するは毫も妨げなきを以て本件所論報告書は其末尾の記載と相竣で現行犯逮捕告発調書たる効力を有すること明白なれば本論旨は理由なし。
被告豊次郎は刑事訴訟法第二百七十八条の法定期間内に趣意書を差出さず
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与大正二年七月九日大審院第三刑事部