詐欺文書變造ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）19輯721頁
大正二年（れ）第九一四號
大正二年六月十三日宣告
◎判決要旨
- 一 僞證ノ場合ニ於ケル送致書ニ付テハ一定ノ形式ナキヲ以テ裁判所ニ於テ刑事訴訟法第百九十五條ノ規定ニ從ヒ證人又ハ鑑定人ヲ豫審判事ニ送致スル旨趣ヲ表示スルヲ以テ足リ裁判所書記カ之ニ署名捺印スルコトハ必要條件ニ非ス
（參照）證人又ハ鑑定人ノ供述不實ニシテ故意ニ出テ禁錮以上ノ刑ニ該ル可キ者ト思料シタルトキハ裁判所ニ於テ檢事其他訴訟關係人ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ之ヲ取押ヘ勾引状ヲ發シ豫審判事ニ送致ス可シ」其證人又ハ鑑定人ノ供述ハ裁判所書記之ヲ録取シ豫審判事ニ送致ス可シ」本條ノ場合ニ於テハ裁判所ニテ檢事其他訴訟關係人ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ本案ノ辯論ヲ停止スルコトヲ得（刑事訴訟法第＄百九十五條）
第一審 山形地方裁判所
第二審 宮城控訴院
右詐欺文書變造被告事件ニ付大正二年四月十六日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル如左
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人高木益太郎上告趣意書第一點原判決ハ被告長吉ノ僞證事件ニ於ケル同人ノ第二囘豫審調書ヲ罪證ニ供シタリ然ルニ今該僞證事件ノ冒頭ニ添附セル送致書ヲ見ルニ「送致書、市川長吉、廣瀬作十郎……山形地方裁判所刑事部裁判長判事染谷吉次判事和氣松市郎判事福地劒吉山形地方裁判所豫審判事御中」トアリテ裁判所書記ノ署名捺印ヲ缺如ス惟フニ送致書ノ作成モ亦裁判所書記ニ於テ之ヲ爲スヘキモノニシテ他ノ訴訟記録ト異ニスヘキノ理ナク從テ裁判所書記ノ署名捺印ヲ要スルモノナルヲ以テ右送致書ハ無效ノモノト謂ハサル可カラス果シテ然ラハ右無效ノ送致書ニ基キ起訴同一ノ效力ヲ生シタリト爲シ被告長吉ノ僞證事件トシテ訊問シタル同人ノ豫審調書モ亦無效ノモノト謂ハサル可カラサルカ故ニ其無效ノ調書ヲ罪證ニ供シタル原判決ハ違法ニシテ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎所論送致書ニ付テハ一定ノ形式ナク裁判所ニ於テ刑事訴訟法哲百九十五條ノ規定ニ從ヒ證人又ハ鑑定人ヲ豫審判事ニ送致スル趣旨ヲ表示スルヲ以テ足レリトスヘク裁判所書記カ之ニ署名捺印スルコトハ必要ノ條件トシテ特ニ法律ノ命スル所ニ非サルヲ以テ本件送致書ハ無效ナリト謂フヘカラス隨テ其無效ヲ前提トスル本論旨ハ其理由ナシ
第二點原判決ハ其證據説明ノ部ニ於テ「原審公判始末書中丹野圓作供述ノ部ニ……何レ直樣前ノ分ヲ見セテ呉レルモノト信シ云云」ヲ罪證ニ供シタリ然レトモ「何レノ直樣前ノ分ヲ見セテ呉レルモノト信シ」ノ文字插入ノ箇所ニハ裁判所書記ノ捺印アレトモ裁判長ノ捺印ヲ缺如ス果シテ然ラハ該插入ハ適法ノモノナリト云フ事ヲ得サルニ拘ハラス之ヲ採テ以テ丹野圓作ノ供述ナリトシ斷罪ノ資ニ供シタル違法アルモノニシテ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎公判始末書ハ裁判所書記ノ作成スルモノナレハ文字ノ插入ニ關シ作成者タル裁判所書記ノ認印セル以上ハ其適法ニシテ有效ナルヤ勿論ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第三點原判決ハ其證據説明トシテ須藤忠左衛門ノ豫審調書ヲ援用シタリ依テ該調書ヲ査閲スルニ東置賜郡中山村大字中山巡査駐在所ニ於テ豫審判事鶴田彌勝裁判所書記森田元次郎立會ノ上訊問ヲ爲シタル旨ノ記載アリ惟フニ證人疾病其他正當ノ事故ニ因リ呼出ニ應スル能ハサルコトヲ疏明シタルトキハ豫審判事ハ其所在ニ就テ之ヲ訊問スヘキモノナルコトハ刑事訴訟法第百十六條ノ明定スル所ナレトモ斯ル例外的事情ナキ限リハ豫審廷ニ想テ必ス訊問ヲ遂行スヘキモノトス然ルニ前記證人須藤忠左衛門カ疾病其他正當ノ事故ニ因リ呼出ニ應シ難キ旨ノ疏明ナキニ拘ハラス同判事ハ大正元年十一月二十七日前記巡査駐在所ニ於テ訊問シタルモノニシテ刑事訴訟法第百十六條ノ規定ニ違背シテ訊問セル證人ノ供述ヲ罪證ニ供シタル違法アリト信スト云フニ在レトモ◎豫審判事ハ事實發見ノ爲メ必要ナリトスルトキハ管轄區域内ノ何レノ場所ニ於テモ證人ヲ訊問スルノ職權ヲ有スルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第四點原判決ハ其證據説明ノ部ニ於テ被告長吉ノ僞證事件ニ於ケル同人ノ第二囘豫審調書ヲ罪證ニ供シタリ惟フニ該調書ハ別箇ノ被告事件ニ付作成セラレタルモノナルヲ以テ之ヲ被告人ニ示シテ辯解ヲ爲サシメサル可カラス依テ原審公判始末書ヲ査閲スルニ該調書ハ被告人ニ之ヲ讀聞ケタルコトハ窺フコトヲ得レトモ之ヲ示シテ辯解ヲ爲サシメタル形跡ノ存スルナシ果シテ然ラハ原判決ハ證據調ヲ爲スニ當リ之ヲ示シテ辯解ヲ爲サシメサリシ證據ヲ斷罪ノ資ニ供シタル違法アルモノニシテ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎所論豫審調書ハ之ヲ讀聞ケ辯解ヲ爲サシムルヲ以テ適法ノ證據
手續ト爲スヘキヲ以テ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與大正二年六月十三日大審院第一刑事部