恐喝ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）18輯1393頁

本件上告は之を棄却す

弁護人今村力三郎同吉武繁上告趣意書第一点原判決に「被告健作は小林幸之助柳沢成次郎橋詰室次塩沢与市小林太郎小池捨作橋詰伊作と共謀の上中島喜重を恐喝して小作料を減額せしめんことを企で明治四十四年十一月十六日与市太郎捨作伊作をして前示喜重方に赴かしめ同人に対し小作料を減額しくれざるに於ては絶交すべき旨を通告せしめ之を恐喝し云云」とあれども恐喝罪を構成すべき脅迫は不法に害を加ふべき行為の通告たるを要するは勿論にして原院の脅迫行為と認めたる絶交の通告は不法の性質を帯ふるものにあらず。 何となれば吾人は或人と交際すべき法律上の義務を有せず。 故に汝と絶交すべしと通告するも毫も[ごうも]不法の行為にあらず。 若一村挙で絶交をなし被絶交者をして村民として受くべき相当の利益を受くる能はさらしむるが如き行為は或は之を目して不正となし得ざるにあらずと雖[いえども]も原判決摘示に依れば単に数人が絶交を通告したるのみに止り未だ以て被絶交者をして利益の侵害若くは其他の苦痛を受けしむるものにあらざれば原院認定の事実のみを以ては不法に害を加ふべき行為となすべからず。 然るに之を以て恐喝罪を構成するものとなしたるは理由不備の判決也と云ふ[いう]に在れども◎数人相集りて絶交の通告を為すが如きは相手方をして将来不利益を被ることあるべきの恐を懐かしむるに足るべく恐喝の手段たるを得ざるものと謂ふ可からず。 而して[しこうして]原判決の認むる所に依れば被告等は現に右手段に依りて不法に財産上の利益を得たるものにして恐喝罪構成の要素に欠くる所なきを以て本論旨は理由なし。

第二点原審判決理由第一点に被告人健作は小林幸之助以下の相被告人と共謀の上中島喜重を恐喝し小作料を減額せしめ尚意思継続して戍次郎幸之助室次と共謀して喜重を恐喝し金員を交付せしめんと企で喜重の困憊せるに乗し橋詰室次は小作人等の間を調停斡旋するものの如く装ひ同月二十一日喜重方に赴き暗に出金を諷し同人より酒代として金二十五円を交付せしめたりとあり。 然るに原判決に援用せる証拠を見るに柳沢戍次郎の供述として其後橋詰室次は小作人と喜重間の仲裁を為し同人より二十五円を出金し十一月二十一、二日頃自分は其金を受取り自分の指図にて直に酒肴を整へ一同にて飲食したる旨又橋詰室次の予審調書にも自分は十一月二十一日喜重方に至り小作人共は非常に怒り居る旨を告げて仲裁を申込み結局同人より出金すべきに付、勘弁し貰ふ様取計ひ呉れとのことにて二十五円の交付を受け小作人惣代柳沢に其始末を告げ右の金員を交付したる旨尚原判決に引用せる証人中島喜重の予審調書及上告人の第一回予審調書を見るも十一月二十一日被告人室次が喜重方より金員交付を受けたることに付き上告人が共謀者たる事実に付き何等証拠となる可き記載を発見せず。 即ち原判決は橋詰室次と上告人と共謀の点に付、証拠に依らずして事実を認定したるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決は所掲第一審公判始末書中の柳沢戍次郎の供述記載及び其他の証拠を綜合[そうごう]して所論共謀の事実を認定したるものなること判文上明白にして本論旨は畢竟[ひっきょう]原院の職権に属する証拠の判断を非難するに帰し上告の理由とならず

第三点原判決判示第一事実中に茂田井区の各商店及医師武重二裕に対し喜重方へ物品を販売すべからず。 及往診すべからずと通告し云云とあり是を証拠援用の部に観るに武重二裕に対しては右通告を為したることを見るも茂田井区の各商店に対し仮りに小作人等間に中島喜重に対し物品を販売せざる様決議したりとするも是を通知したる事実に付き何等証拠を挙示せず加之[しかのみならず]此点に関しては一件記録中にも之を発見なすことを得ざるなり。 故に原判決は各商店に右決議を通告したりとの事実を証拠に依らずして認定したるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決は証人武重二裕予審調書同中島喜重予審調書の供述記載等に依り所論事実を認定したるものなること判文上明かなるを以て本論旨も亦[また]理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与大正元年十一月十九日大審院第一刑事部