明治四十五年（れ）第一三二一號
大正元年八月六日宣告
◎判決要旨
- 一 刑法第百九條ニ所謂建造物タルニハ必スシモ一定ノ基礎ノ上ニ建設セラレタル物件ナルコトヲ要セス所謂掘立小屋ノ如キモ同條ノ建造物タルコトヲ失ハス
（參照）火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用セス又ハ人ノ現在セサル建造物、艦船若クハ鑛坑ヲ燒燬シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ處ス（刑法第百九＄條第一項）
第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院
右放火被告事件ニ付明治四十五年五月三十日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告及辯護人近藤民雄ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人近藤民雄上告趣意書第一點原判決ニ於テハ本件竈場ヲ以テ所謂建造物ナリトシ刑法第百九條第一項ヲ適用處斷シタリ然レトモ同條ニ所謂建造物タレニハ其物カ土地ニ定著セルコトヲ必要トスルヲ以テ土臺ヲ有セサル掘立小屋ノ如キモノヲ含マス原判決理由ヲ閲スルニ「間口六尺奧行七尺ノ周壁アル杉皮葺竈場」ト判示シアレトモ竈場ノ如キハ千種萬樣ニシテ建物ト云ヒ得サルモノ少ナカラサルノミナラス假令掩蓋周壁ヲ有シ且ツ人ノ出入ニ適スルモノト雖モ常ニ必ラスシモ定著性ヲ有スルモノトハ斷シ易カラス即チ右判示ヲ以テハ未タ所謂建造物ト認ムルニ足ラサルモノト信ス假リニ右原判決カ建造物タルノ要件ヲ掲ケ盡セリトスルニ其證據トシテ採用シタル各調書ニ依レハ土臺ヲ有セサル掘立小屋ナルコトノ記載アルニ過キサルヲ以テ結局證據ニ依ラサル事實認定ト云フヲ妨ケス要スルニ原判決ハ擬律錯誤若クハ理由不備ノ不法アルモノト思量スト云フニ在レトモ◎刑法第百九條ニ所謂建造物トハ人ノ住居ニ使用セス又人ノ現存セサルモ人ノ出入ニ適シ且人ノ現在スルコトアルヘキ建造物ノ謂ナレハ地上ニ定著セル物件ナルコトヲ要スルヤ論ナシト雖モ其建造物タルニハ必スシモ一定ノ基礎ノ上ニ建設セラレタルコトヲ要セス所謂掘立小屋ノ如キモ同條ノ建造物タルコトヲ失ハス原判決ニハ被告カ放火シテ間口六尺奧行七尺ノ周壁アル杉皮葺竈場ヲ燒燬シタル事實ヲ判示シアリ右判示ニ據レハ所謂竈場ハ爨炊ヲ爲ス場所ニシテ人ノ常ニ出入シテ炊事等ノ用ヲ辨スヘキ相當ノ設備ヲ有スル建造物ナルコト明白ナレハ縱令所論ノ如ク掘立小屋ニ過キサル粗惡ノモノナリトスルモ之ヲ建造物ナリト謂フニ妨ケアルコトナシ故ニ判示事實ヲ認メ被告ヲ以テ刑法第百九條ノ建造物ヲ燒燬シタルモノニ該當スルトシテ同條ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ原判決ニハ所論ノ如キ擬律錯誤若クハ理由不備ノ違法アルコトナシ
第二點原判決ニハ「云云竈場内ニ在リタル枯松葉ニ所持ノ燐寸ヲ以テ放火シ因テ同人所有ノ右竈場一棟ヲ燒燬シタルモノナリ」トアリ此事實認定ニ從ヘハ放火ノ目的物ハ枯松場ナルコト行文上疑ヲ容レス而シテ竈場ノ燒失ハ枯松葉ニ放火シタル結果延燒シタル事實ト解スヘキナリ既ニ放火ノ目的物カ枯松葉ナリトセハ即チ被告ハ枯松葉ヲ燒クノ意思ヲ有シタルニ過キサルコトヲ認メタルモノト云ハサルヲ得ス果シテ然ラハ故意犯トシテハ放火ノ目的物ニ從ヒテ刑法第百十條（公共ノ危險ヲ生シタリトセハ）ヲ適用スヘク竈場燒失ノ事實ニ付テハ或ハ失火罪トシテ處斷セラルルハ格別直チニ竈場ヲ目的トセル建造物放火ノ法條ヲ適用シタルハ判示事實ニ副ハサル擬律ト云ハサルヲ得スト云フニ在レトモ◎原判決ニ依レハ被告ハ枯松葉ニ放火シ其火力ヲ竈場ナル建造物ニ傳播セシメテ之ヲ燒燬スルニ志ラシメタル者ニシテ被告ハ竈場ヲ燒燬スル意思ヲ以テ其手段トシテ枯松葉ニ放火シタルコト明ナレハ竈場ノ燒燬ニ付キ犯意ナシト謂フヘカラス故ニ右判示事實ニ付キ刑法第百九條ヲ適用シタルハ相當ナリ要スルニ本論旨ハ原判決ニ副ハサル論難ニシテ謂ハレナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與大正元年八月六日大審院第二刑事部
明治四十五年（レ）第一三二一号
大正元年八月六日宣告
◎判決要旨
- 一 刑法第百九条に所謂建造物たるには必ずしも一定の基礎の上に建設せられたる物件なることを要せず。
所謂掘立小屋の如きも同条の建造物たることを失はず
（参照）火を放で現に人の住居に使用せず。
又は人の現在せざる建造物、艦船若くは鉱坑を焼燬したる者は二年以上の有期懲役に処す（刑法第百九＄条第一項）
第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院
右放火被告事件に付、明治四十五年五月三十日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告及弁護人近藤民雄は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人近藤民雄上告趣意書第一点原判決に於ては本件竈場を以て所謂建造物なりとし刑法第百九条第一項を適用処断したり。
然れども同条に所謂建造物たれには其物が土地に定著せることを必要とするを以て土台を有せざる掘立小屋の如きものを含ます原判決理由を閲するに「間口六尺奥行七尺の周壁ある杉皮葺竈場」と判示しあれども竈場の如きは千種万様にして建物と云ひ得ざるもの少ながらざるのみならず仮令掩蓋周壁を有し且つ人の出入に適するものと雖も常に必らずしも定著性を有するものとは断し易からず。
即ち右判示を以ては未だ所謂建造物と認むるに足らざるものと信ず。
仮りに右原判決が建造物たるの要件を掲げ尽せりとするに其証拠として採用したる各調書に依れば土台を有せざる掘立小屋なることの記載あるに過ぎざるを以て結局証拠に依らざる事実認定と云ふを妨げず。
要するに原判決は擬律錯誤若くは理由不備の不法あるものと思量すと云ふに在れども◎刑法第百九条に所謂建造物とは人の住居に使用せず。
又人の現存せざるも人の出入に適し、且、人の現在することあるべき建造物の謂なれば地上に定著せる物件なることを要するや論なしと雖も其建造物たるには必ずしも一定の基礎の上に建設せられたることを要せず。
所謂掘立小屋の如きも同条の建造物たることを失はず原判決には被告が放火して間口六尺奥行七尺の周壁ある杉皮葺竈場を焼燬したる事実を判示しあり右判示に拠れば所謂竈場は爨炊を為す場所にして人の常に出入して炊事等の用を弁すべき相当の設備を有する建造物なること明白なれば縦令所論の如く掘立小屋に過ぎざる粗悪のものなりとするも之を建造物なりと謂ふに妨げあることなし故に判示事実を認め被告を以て刑法第百九条の建造物を焼燬したるものに該当するとして同条を適用処断したるは相当にして原判決には所論の如き擬律錯誤若くは理由不備の違法あることなし
第二点原判決には「云云竈場内に在りたる枯松葉に所持の燐寸を以て放火し因で同人所有の右竈場一棟を焼燬したるものなり。」とあり此事実認定に従へは放火の目的物は枯松場なること行文上疑を容れず。
而して竈場の焼失は枯松葉に放火したる結果延焼したる事実と解すべきなり。
既に放火の目的物が枯松葉なりとせば、即ち被告は枯松葉を焼くの意思を有したるに過ぎざることを認めたるものと云はざるを得ず。
果して然らば故意犯としては放火の目的物に従ひて刑法第百十条（公共の危険を生じたりとせば）を適用すべく竈場焼失の事実に付ては或は失火罪として処断せらるるは格別直ちに竈場を目的とせる建造物放火の法条を適用したるは判示事実に副はざる擬律と云はざるを得ずと云ふに在れども◎原判決に依れば被告は枯松葉に放火し其火力を竈場なる建造物に伝播せしめて之を焼燬するに志らしめたる者にして被告は竈場を焼燬する意思を以て其手段として枯松葉に放火したること明なれば竈場の焼燬に付き犯意なしと謂ふべからず。
故に右判示事実に付き刑法第百九条を適用したるは相当なり。
要するに本論旨は原判決に副はざる論難にして謂はれなし
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与大正元年八月六日大審院第二刑事部
