明治四十五年(れ)第一二八二號
明治四十五年七月二十三日宣告
◎判決要旨
- 一 第二審裁判所ニ於テ第一審判決後ニ於ケル未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スヘキモノト判定シタル場合ト雖モ之カ爲メニ第一審判決ニ於テ言渡シタル刑ノ内容ニ毫モ變更ヲ及ホササルハ勿論其他ノ判定ニモ影響ヲ生セサルヲ以テ第一審判決ヲ取消スノ理由ト爲ラス(判旨第一點)
- 一 然レトモ第一審裁判所カ其審理中ニ屬スル未決勾留日數算入ノ言渡ヲ爲ササリシ場合ニ於テ第二審裁判所カ第一審判決言渡前ニ於ケル未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スヘキモノト判定シタルトキハ第一審判決ヲ取消ササルヘカラス(同上)
- 一 刑法第百六十九條ノ僞證罪成立スルニハ證人カ法律ニ從ヒ宣誓シタルコト及ヒ故意ニ虚僞ノ陳述ヲ爲シタルコトヲ以テ足リ宣誓カ陳述前ニ在ルト其後ニ在ルトハ本罪ノ構成ニ影響ヲ及ホスコトナシ(判旨第二點)
(參照)法律ニ依リ宣誓シタル證人虚僞ノ陳述ヲ爲シタルトキハ三月以上十年以下ノ懲役ニ處ス(刑法第百$六十九條) - 一 裁判所カ被告人ノ利益ノ爲メニ呼出シタル證人ヲ訊問シタル場合ニ於テハ其證言ニ付キ被告人自ラ意見ヲ陳述シ又ハ利益ノ證憑ヲ差出スハ格別ナリト雖モ裁判所ハ重ネテ刑事訴訟法第百九十八條ニ依ル告知ヲ爲スコトヲ要セス(判旨第四點)
(參照)裁判長ハ各證憑ノ取調終リタル毎ニ被告人ニ意見アリヤ否ヤヲ問ヒ且其利益ト爲ル可キ證憑ヲ差出スヲ得ヘキコトヲ告知ス可シ(刑事訴訟法第百$九十八條第一項)
右僞證被告事件ニ付明治四十五年五月二十二日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告及原院檢事長水上長次郎ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ共ニ之ヲ棄却ス
原院檢事長水上長次郎上告趣意書原院ハ第一審裁判所カ未決勾留日數中ノ幾部ヲ本刑ニ算入セサリシヲ失當ナリトシ第一審判決ヲ取消シ更ニ之ト同一ノ事實認定法律適用ヲ爲シ仍刑法第二十一條ヲ適用シ第一審判決前未決勾留日數ノ中六十日ヲ算入スル旨ノ判決ヲ爲シタリ按スルニ刑法第二十一條ニ依ル未決勾留日數ノ算入ハ本刑分量ヲ變更スルニアラスシテ單ニ算入日數ニ付本刑ヲ執行シタルモノト見做スニ過キス即チ刑ノ内容ニ關スル規定ニアラスシテ刑ノ執行方法ニ關スル規定ニ外ナラサルコトハ御院判例ノ示ス所ナリ(四十三年(れ)第二五九號四十四年二月二十七日宣告及四十四年(れ)第二一八號四十四年十一月二十日宣告)既ニ未決勾留日數算入ノ性質ニシテ斯ノ如クナレハ第一審判決後ノ日數ヲ算入スル場合ト其以前ノ日數ヲ算入スル場合トニヨリ其判決效力ニ區別ヲ生スヘキノ理ナシ元來未決勾留日數ノ算入ハ被告事件審理經過ノ状況ニ應シ各審級ニ於テ職權上決スヘキモノナレハ第二審裁判所ニ於テ假リニ第一審判決前ノ未決勾留日數ヲモ算入スル場合ト雖モ同シク是單ニ事件ノ進行上未決勾留ノ算入ニ關シ所見ヲ異ニシタルニ止マリ第一審ノ犯罪事實ノ認定該事實ニ對スル法律ノ適用及科刑等ノ處分ニ何等異動ヲ生セサルモノナルヲ以テ刑事訴訟法第二百六十一條第一項ニ從ヒ控訴ヲ理由ナシトシテ棄却スヘキモノナルニ原判決茲ニ出スシテ同條第二項ヲ適用シテ第一審判決ヲ取消シタルハ不當ニ法律ヲ適用シタル違法ノ判決ナリト思料スト云フニ在リ◎按スルニ刑法第二十一條ニ於ケル未決勾留日數ヲ本刑ニ算入スル規定ハ刑ノ内容ニ關スルモノニ非ス刑ノ執行方法ニ關スルモノニ外ナラス而シテ未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スルト否トハ犯罪ノ情状ニ存セス事件進行ノ状況ニ因ルヘキコトハ所掲本院判例ニ於テ判示スル所ナリ故ニ第二審裁判所ニ於テ事件進行ノ状況ニ因リ第一審判決後ニ於ケル未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スヘキモノト判斷シ新タニ其旨ヲ判示シタル場合ト雖モ之カ爲メニ第一審判決ニ於テ言渡シタル刑ノ内容ニ毫モ變更ヲ及ホササルハ勿論其他ノ判定ニモ影響ヲ生セサルヲ以テ第一審判決ヲ取消スノ理由ト爲ラサルハ當然ナリ然レトモ第一審裁判所カ其審理中ニ屬スル未決勾留ノ日數ハ本刑ニ算入スヘキ事情ナシト判斷シ其算入ノ言渡ヲ爲ササリシ場合ニ於テ第二審裁判所カ第一審判決前ニ於ケル事件進行ノ状況ヲ斟酌シテ同判決言渡前ニ於ケル未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スヘキモノト判定シタルトキハ同一判斷ニ出テサリシ第一審判決ヲ失當トシテ之ヲ取消スノ措置ヲ執ルハ蓋シ當然ナリ何トナレハ同一審級ニ於ケル事件進行ノ状況カ其未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スルニ適當ナルヤ否ヤニ就キ第一審及第二審カ互ニ見解ヲ異ニセル結果其判斷ノ積極的ナルト消極的ナルトハ縱令刑ノ内容ニ變更ヲ及ホササルモ直ニ刑ノ執行上ニ影響ヲ及ホシ被告人ノ利害ニ多大ノ消長ヲ來セハナリ故ニ上叙ノ場合ニ於テ同一審理事項ニ付第二審判決ト判定ヲ異ニセル第一審判決ハ須ク之ヲ取消ササルヘカラス而シテ夫ノ第二審判決ニ於テ第一審判決後ニ於テ新タニ生セル事件進行ノ状況ニ因リ其未決勾留ノ日數ヲ本刑ニ算入スヘキモノト判示スルモ之カ爲メニ第一審判決ニ於ケル科刑其他ノ判定ニ影響ヲ及ホササルヲ以テ該判決ヲ取消スヲ得サル場合ト自ラ異ル所アレハ原審カ所掲判示理由ニ因リテ第一審ニ於ケル未決勾留日數ヲ本刑ニ算入スヘシト判示セサリシ判決ヲ取消シタルハ相當ニシテ所論ノ如ク擬律錯誤ノ違法アルモノニ非ス本論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
辯護人横山鑛太郎上告趣意書第一點刑法第百六十九條ハ「法律ニ依リ宣誓シタル證人虚僞ノ陳述ヲ爲シタルトキハ三月以上十年以下ノ懲役ニ處ス」ト規定シアリテ先ツ證人トシテ宣誓シ然ル後虚僞ノ陳述ヲ爲シタル場合ヲ律スル法意ナルコト右法文ノ文理解釋上疑ヒナキ所ナリトス本僞證被告事件ノ參考記録トシテ添附セラレ原判決理由ニモ引用セラルル大阪地方裁判所明治四十三年(ワ)第六六七號原告奧田徳次郎被告田村平兵衛等強制執行異議訴訟事件記録簿中ニ在ル證人トシテノ上告人訊問調書ヲ見ルニ上告人ハ先ツ訊問ニ對シ供述シ然ル後宣誓ヲ爲シタルモノニシテ民事訴訟法第三百六條第二項ヲ適用セラレタルモノナリトス然ラハ則チ先ツ宣誓シ而シテ後證言シタル事實ニアラサルヲ以テ假リニ其證言カ虚僞ナリトスルモ刑法第百六十九條ヲ適用セラルヘキニアラスト信ス原判決ハ擬律錯誤ノ失當アリト云フニ在レトモ◎原判決ニハ「被告ハ(中畧)同四十四年二月二十三日原告奧田徳次郎被告田村平兵衛間ノ強制執行異議訴訟事件ニ付キ大阪地方裁判所第二民事部ニ出頭シ宣誓ノ上證人トシテ訊問ヲ受クルニ當リ(中畧)虚僞ノ陳述ヲ爲シタルモノナリ」ト説示シアリテ所論ノ如ク虚僞ノ陳述ヲ爲シタル後ニ於テ宣誓シタル事實ヲ判定シアラサレハ本論旨ハ原判決ニ副ハサル論難ニ歸スルノミナラス縱令原判決ニ於テ所論ノ如ク事實ノ認定ヲ爲シタルモノトスルモ其擬律ハ違法ニアラス蓋シ刑法第百六十九條ノ僞證罪成立スルニハ證人カ適法ニ宣誓シタル後ニ於テ虚僞ノ陳述ヲ爲シタルコトヲ必要トセス證人カ(一)法律ニ從ヒ宣誓シタルコト及(二)故意ニ虚僞ノ陳述ヲ爲シタルコトノ二要素併存スルヲ以テ足ル宣誓カ陳述ノ前ニ在ルト其後ニ在ルトニ因リテ本罪ノ構成ニ影響ヲ及ホスコトナク證人カ民事訴訟法第三百六條第二項ニ依リ訊問終了後ニ於テ宣誓シタル場合ト雖モ苟モ證人トシテ故意ニ虚僞ノ陳述ヲ爲シタル以上ハ僞證罪ノ責ヲ辭スコトヲ得サレハナリ本論旨ハ理由ナシ(判旨第二點)
第二點原判決ハ(前畧)同四十四年二月二十三日原告奧田徳次郎被告田村平兵衛間ノ強制執行異議訴訟事件ニ付大阪地方裁判所第二民事部ニ出頭シ宣誓ノ上證人トシテ訊問ヲ受クルニ當リ云云虚僞ノ陳述ヲ爲シタルモノナリト判示シアリテ先以テ宣誓シ以テ虚僞ノ證言ヲ爲シタルモノノ如ク認定セラルルモ原判決ニ引用セラルル本件參考記録タル右執行異議訴訟事件ノ當該調書ヲ見ルニ其宣誓書ニハ「良心ニ從ヒ眞實ヲ述ヘ何事ヲモ默祕セス又何事ヲモ附加セサリシコトヲ誓フ」トアリテ即チ供述後ノ宣誓ニ係ルコト明白ナリトス然ラハ原判決ハ證據ニ依ラスシテ事實ヲ妄斷セル理由不備ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原判決ノ證據説明ノ部分本件參考記録タル大阪地方裁判所明治四十三年(ワ)第六六七號原告奧田徳次郎被告田村平兵衛間ノ強制執行異議事件記録中證人トシテ宣誓セシメタル被告房藏ニ對スル訊問調書ニ同證人ハ判示日時場所ニ於テ判事ノ訊問ニ對シ判示ト同旨ノ證言ヲ爲シタル旨ノ記載アリト説示シアリ右ノ證憑ニ依リテ所掲判示事實ヲ認定シタルモノナルコト明ナレハ原審ノ採用セサル證憑ヲ採テ原判決ノ事實認定ヲ非難スル本論旨ハ謂ハレナシ
第三點原判決理由ニ第一審公判始末書中ノ參考人齋藤富三郎ノ供述ヲ引用セラル依テ右公判始末書ヲ見ルニ第一審裁判長ハ富三郎ノ供述ニ對シ被告ヲシテ反駁セシメラレタル事跡ナシ即チ本證據調ハ刑事訴訟法第百九十八條第一項ニ違背セルニ依リ當時既ニ證言證據トシテ有效條件ヲ缺如ス既ニ當初其素質ナキモノトセハ第二審ニ於テ之ヲ書證トシテ有效ニ採用シ得ヘキ理由ナシト信ス原判決ハ採證ヲ誤レル失當アリト云フニ在リ◎按スルニ裁判所カ被告人若クハ辯護人ノ請求ニ因リテ被告人ノ利益ノ爲メニ呼出シタル證人ヲ訊問シタル場合ニ於テハ其證言ニ付キ被告人自ラ意見ヲ陳述シ又ハ利益ノ證憑ヲ差出スハ格別ナリト雖モ裁判所ハ重テ刑事訴訟法第百九十八條ニ依リテ被告人ニ對シ意見ノ有無ヲ問査シ又ハ利益ノ證憑ヲ提出シ得ヘキコトヲ告知スルコトヲ要セス何トナレハ裁判所ハ一度證據調ノ結果ニ付キ被告人ノ意見及辯解ヲ徴シ又反證提出ノ告知ヲ爲シタル後ニ於テ被告人等ノ請求ニ因リ證據調ヲ遂行シアル以上ハ更ニ被告人ニ對シテ前同一ノ手續ヲ反覆スルノ責務存セサレハナリ故ニ第一審裁判所カ辯護人ノ請求ニ因ル所論證人ヲ訊問シタル後ニ於テ被告人ニ對シ所論ノ手續ヲ爲ササリシハ違法ニ非サルノミナラス第一審裁判所ニ於テ適法ニ施行シタル證人訊問ハ其後ニ於ケル公判手續上ノ瑕疵ニ因リテ無效ニ歸スヘキニ非サレハ第二審裁判所ニ於テ適法ノ證據調ヲ經テ第一審公判始末書ニ記載セル右證人ノ供述ヲ採用スルハ違法ニ非ス故ニ本論旨ハ理由ナシ(判旨第四點)
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與明治四十五年七月二十三日大審院第一刑事部
明治四十五年(レ)第一二八二号
明治四十五年七月二十三日宣告
◎判決要旨
- 一 第二審裁判所に於て第一審判決後に於ける未決勾留の日数を本刑に算入すべきものと判定したる場合と雖も之が為めに第一審判決に於て言渡したる刑の内容に毫も変更を及ぼさざるは勿論其他の判定にも影響を生ぜざるを以て第一審判決を取消すの理由と為らず(判旨第一点)
- 一 。
然れども第一審裁判所が其審理中に属する未決勾留日数算入の言渡を為さざりし場合に於て第二審裁判所が第一審判決言渡前に於ける未決勾留の日数を本刑に算入すべきものと判定したるときは第一審判決を取消さざるべからず。
(同上)
- 一 刑法第百六十九条の偽証罪成立するには証人が法律に従ひ宣誓したること及び故意に虚偽の陳述を為したることを以て足り宣誓が陳述前に在ると其後に在るとは本罪の構成に影響を及ぼすことなし(判旨第二点)
(参照)法律に依り宣誓したる証人虚偽の陳述を為したるときは三月以上十年以下の懲役に処す(刑法第百$六十九条) - 一 裁判所が被告人の利益の為めに呼出したる証人を訊問したる場合に於ては其証言に付き被告人自ら意見を陳述し又は利益の証憑を差出すは格別なりと雖も裁判所は重ねて刑事訴訟法第百九十八条に依る告知を為すことを要せず。
(判旨第四点)
(参照)裁判長は各証憑の取調終りたる毎に被告人に意見ありや否やを問ひ、且、其利益と為る可き証憑を差出すを得べきことを告知す可し(刑事訴訟法第百$九十八条第一項)
右偽証被告事件に付、明治四十五年五月二十二日大坂控訴院に於て言渡したる判決に対し被告及原院検事長水上長次郎は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は共に之を棄却す
原院検事長水上長次郎上告趣意書原院は第一審裁判所が未決勾留日数中の幾部を本刑に算入せざりしを失当なりとし第一審判決を取消し更に之と同一の事実認定法律適用を為し仍刑法第二十一条を適用し第一審判決前未決勾留日数の中六十日を算入する旨の判決を為したり。
按ずるに刑法第二十一条に依る未決勾留日数の算入は本刑分量を変更するにあらずして単に算入日数に付、本刑を執行したるものと見做すに過ぎず。
即ち刑の内容に関する規定にあらずして刑の執行方法に関する規定に外ならざることは御院判例の示す所なり。
(四十三年(レ)第二五九号四十四年二月二十七日宣告及四十四年(レ)第二一八号四十四年十一月二十日宣告)既に未決勾留日数算入の性質にして斯の如くなれば第一審判決後の日数を算入する場合と其以前の日数を算入する場合とにより其判決効力に区別を生ずべきの理なし。
元来未決勾留日数の算入は被告事件審理経過の状況に応し各審級に於て職権上決すべきものなれば第二審裁判所に於て仮りに第一審判決前の未決勾留日数をも算入する場合と雖も同じく是単に事件の進行上未決勾留の算入に関し所見を異にしたるに止まり第一審の犯罪事実の認定該事実に対する法律の適用及科刑等の処分に何等異動を生ぜざるものなるを以て刑事訴訟法第二百六十一条第一項に従ひ控訴を理由なしとして棄却すべきものなるに原判決茲に出すして同条第二項を適用して第一審判決を取消したるは不当に法律を適用したる違法の判決なりと思料すと云ふに在り◎按ずるに刑法第二十一条に於ける未決勾留日数を本刑に算入する規定は刑の内容に関するものに非ず刑の執行方法に関するものに外ならず。
而して未決勾留の日数を本刑に算入すると否とは犯罪の情状に存せず事件進行の状況に因るべきことは所掲本院判例に於て判示する所なり。
故に第二審裁判所に於て事件進行の状況に因り第一審判決後に於ける未決勾留の日数を本刑に算入すべきものと判断し新たに其旨を判示したる場合と雖も之が為めに第一審判決に於て言渡したる刑の内容に毫も変更を及ぼさざるは勿論其他の判定にも影響を生ぜざるを以て第一審判決を取消すの理由と為らざるは当然なり。
然れども第一審裁判所が其審理中に属する未決勾留の日数は本刑に算入すべき事情なしと判断し其算入の言渡を為さざりし場合に於て第二審裁判所が第一審判決前に於ける事件進行の状況を斟酌して同判決言渡前に於ける未決勾留の日数を本刑に算入すべきものと判定したるときは同一判断に出でさりし第一審判決を失当として之を取消すの措置を執るは蓋し当然なり。
何となれば同一審級に於ける事件進行の状況が其未決勾留の日数を本刑に算入するに適当なるや否やに就き第一審及第二審が互に見解を異にせる結果其判断の積極的なると消極的なるとは縦令刑の内容に変更を及ぼさざるも直に刑の執行上に影響を及ぼし被告人の利害に多大の消長を来せばなり。
故に上叙の場合に於て同一審理事項に付、第二審判決と判定を異にせる第一審判決は須く之を取消さざるべからず。
而して夫の第二審判決に於て第一審判決後に於て新たに生ぜる事件進行の状況に因り其未決勾留の日数を本刑に算入すべきものと判示するも之が為めに第一審判決に於ける科刑其他の判定に影響を及ぼさざるを以て該判決を取消すを得ざる場合と自ら異る所あれば原審が所掲判示理由に因りて第一審に於ける未決勾留日数を本刑に算入すべしと判示せざりし判決を取消したるは相当にして所論の如く擬律錯誤の違法あるものに非ず本論旨は理由なし。
(判旨第一点)
弁護人横山鉱太郎上告趣意書第一点刑法第百六十九条は「法律に依り宣誓したる証人虚偽の陳述を為したるときは三月以上十年以下の懲役に処す」と規定しありて先づ証人として宣誓し然る後虚偽の陳述を為したる場合を律する法意なること右法文の文理解釈上疑ひなき所なりとす。
本偽証被告事件の参考記録として添附せられ原判決理由にも引用せらるる大坂地方裁判所明治四十三年(ワ)第六六七号原告奥田徳次郎被告田村平兵衛等強制執行異議訴訟事件記録簿中に在る証人としての上告人訊問調書を見るに上告人は先づ訊問に対し供述し然る後宣誓を為したるものにして民事訴訟法第三百六条第二項を適用せられたるものなりとす。
然らば則ち先づ宣誓し、而して後証言したる事実にあらざるを以て仮りに其証言が虚偽なりとするも刑法第百六十九条を適用せらるべきにあらずと信ず。
原判決は擬律錯誤の失当ありと云ふに在れども◎原判決には「被告は(中略)同四十四年二月二十三日原告奥田徳次郎被告田村平兵衛間の強制執行異議訴訟事件に付き大坂地方裁判所第二民事部に出頭し宣誓の上証人として訊問を受くるに当り(中略)虚偽の陳述を為したるものなり。」と説示しありて所論の如く虚偽の陳述を為したる後に於て宣誓したる事実を判定しあらざれば本論旨は原判決に副はざる論難に帰するのみならず縦令原判決に於て所論の如く事実の認定を為したるものとするも其擬律は違法にあらず。
蓋し刑法第百六十九条の偽証罪成立するには証人が適法に宣誓したる後に於て虚偽の陳述を為したることを必要とせず証人が(一)法律に従ひ宣誓したること及(二)故意に虚偽の陳述を為したることの二要素併存するを以て足る。
宣誓が陳述の前に在ると其後に在るとに因りて本罪の構成に影響を及ぼすことなく証人が民事訴訟法第三百六条第二項に依り訊問終了後に於て宣誓したる場合と雖も苟も証人として故意に虚偽の陳述を為したる以上は偽証罪の責を辞すことを得ざればなり。
本論旨は理由なし。
(判旨第二点)
第二点原判決は(前略)同四十四年二月二十三日原告奥田徳次郎被告田村平兵衛間の強制執行異議訴訟事件に付、大坂地方裁判所第二民事部に出頭し宣誓の上証人として訊問を受くるに当り云云虚偽の陳述を為したるものなりと判示しありて先以て宣誓し以て虚偽の証言を為したるものの如く認定せらるるも原判決に引用せらるる本件参考記録たる右執行異議訴訟事件の当該調書を見るに其宣誓書には「良心に従ひ真実を述べ何事をも黙秘せず又何事をも附加せざりしことを誓ふ」とありて、即ち供述後の宣誓に係ること明白なりとす。
然らば原判決は証拠に依らずして事実を妄断せる理由不備の裁判なりと云ふに在れども◎原判決の証拠説明の部分本件参考記録たる大坂地方裁判所明治四十三年(ワ)第六六七号原告奥田徳次郎被告田村平兵衛間の強制執行異議事件記録中証人として宣誓せしめたる被告房蔵に対する訊問調書に同証人は判示日時場所に於て判事の訊問に対し判示と同旨の証言を為したる旨の記載ありと説示しあり右の証憑に依りて所掲判示事実を認定したるものなること明なれば原審の採用せざる証憑を採で原判決の事実認定を非難する本論旨は謂はれなし
第三点原判決理由に第一審公判始末書中の参考人斎藤富三郎の供述を引用せらる依て右公判始末書を見るに第一審裁判長は富三郎の供述に対し被告をして反駁せしめられたる事跡なし。
即ち本証拠調は刑事訴訟法第百九十八条第一項に違背せるに依り当時既に証言証拠として有効条件を欠如す既に当初其素質なきものとせば第二審に於て之を書証として有効に採用し得べき理由なしと信ず。
原判決は採証を誤れる失当ありと云ふに在り◎按ずるに裁判所が被告人若くは弁護人の請求に因りて被告人の利益の為めに呼出したる証人を訊問したる場合に於ては其証言に付き被告人自ら意見を陳述し又は利益の証憑を差出すは格別なりと雖も裁判所は重で刑事訴訟法第百九十八条に依りて被告人に対し意見の有無を問査し又は利益の証憑を提出し得べきことを告知することを要せず。
何となれば裁判所は一度証拠調の結果に付き被告人の意見及弁解を徴し又反証提出の告知を為したる後に於て被告人等の請求に因り証拠調を遂行しある以上は更に被告人に対して前同一の手続を反覆するの責務存せざればなり。
故に第一審裁判所が弁護人の請求に因る所論証人を訊問したる後に於て被告人に対し所論の手続を為さざりしは違法に非ざるのみならず第一審裁判所に於て適法に施行したる証人訊問は其後に於ける公判手続上の瑕疵に因りて無効に帰すべきに非ざれば第二審裁判所に於て適法の証拠調を経で第一審公判始末書に記載せる右証人の供述を採用するは違法に非ず。
故に本論旨は理由なし。
(判旨第四点)
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与明治四十五年七月二十三日大審院第一刑事部