賭場開帳及常習賭博ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）18輯589頁
明治四十五年（れ）第七三一號
明治四十五年五月九日宣告
◎判決要旨
- 一 刑事訴訟法第百九條第二項ニ「其訊問及ヒ供述ハ之ヲ調書ニ記載ス可シ」トアルハ被告人ノ訊問調書ニ右ノ記載ヲ爲スヘシトノ旨趣ニシテ家宅搜索調書ニ其記載ヲ爲スヘシトノ旨趣ニ非ス
（參照）豫審判事ハ被告人物件差押ノ處分ニ立會ヒタルト否トヲ問ハス其物件ヲ被告人ニ示シ辯解ヲ爲サシム可シ」其訊問及ヒ供述ハ之ヲ調書ニ記載ス可シ（刑事訴訟法＄第百九條）
第一審 福岡地方裁判所小倉支部
第二審 長崎控訴院
右被告ヱツニ對スル賭場開帳同被告及被告良衛重助ニ對スル常習賭博被告事件ニ付明治四十五年三月十二日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ各被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
各被告辯護人高木益太郎上告趣意書第一點原判決ニ於テ領置物件中花札全部白碁石九箇及ヒ碁石箸ノ折片等ヲ沒收スル旨判示セラレタリ然レトモ右ノ各品ハ賭博ノ現場ニ於テ押收シタルモノニ非スシテ豫審判事カ家宅搜索ノ結果押收シタルモノナルヲ以テ果シテ本件犯罪ノ用ニ供セラレタルモノナルヤ明カナラサルモノナリ然ラハ原院ニ於テ右ノ各品ハ果シテ本件ノ犯罪ニ供用セラレタルヤヲ審理スヘキ筋合ナルニ不拘單ニ之ヲ證據品トシテ示シタルニ止マリ供用ノ點ニ付キ審理手續ヲ爲サス漫然供用ノ事實ヲ認メ沒收ヲ言渡シタルハ違法ナルヲ以テ原判決ハ此點ニ於テ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎原審ニ於テ所論ノ物件ヲ被告人ニ示シテ辯解ノ機會ヲ與ヘタル以上ハ之ニ關スル一切ノ審理ヲ遂ケタルモノナレハ原判決ハ論旨ノ如キ不法ナシ
第二點原判決ハ本件ノ罪證トシテ家宅搜索調書ヲ採用セラレタリ然レトモ同調書ニハ差押物件ニ付其搜索ニ立會セル被告ヱツ竝ニ權三ニ對シ差押物件ヲ示シテ辯解ヲ爲サシメタル旨ノ記載アルナシ果シテ然ラハ同調書ハ刑事訴訟法第百九條ノ規定ニ違反セルモノナルヲ以テ斯ル違法ノ調書ヲ採用セル原判決ハ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レ◎因テ按スルニ刑事訴訟法第百九條第二項ニ「其訊問及供述ハ之ヲ調書ニ記載スヘシ」トアルハ被告人ノ訊問調書ニ右ノ記載ヲ爲スヘシトノ趣旨ニシテ家宅搜索調書ニ其記載ヲ爲スヘシトノ趣旨ニアラス故ニ所論家宅搜索調書ニ論旨ノ如キ記載ナキモ同條ノ規定ニ違背セルモノト謂フヲ得サレハ之ヲ罪證ニ供シタル原判決ハ不法ニアラス
第三點本件第一審判決ニ於テ重助ハ明治四十四年一月中旬同年三月二十一日頃及同月末ニ於テ三囘賭博ヲ爲シタル事實ヲ認定セルニ原判決ハ一月中旬ト二月二十一日頃トノ二囘ノ賭博事實ヲ認メ最後ノ賭博ニ付テハ第一審ト認定ヲ異ノセルニ不拘第一審判決ト事實ノ認定同一ナリトシ被告ノ控訴ヲ理由ナシトシテ棄却シタルハ違法ナルモノトスト云フニ在レトモ◎第一審及原審ノ判決ハ何レモ被告重助ハ常習トシテ博奕ヲ爲シタル事實ヲ認定シタルモノナルヲ以テ第三囘ノ犯行ノ認定ニ關シ所論ノ如キ差異アルモ賭博常習ノ犯罪ヲ構成スルニ於テ異ナルコトナケレハ原審カ第一審判決ヲ是認シ被告ノ控訴ヲ棄却シタルハ正當ニシテ不法ニアラス
第四點原判決ニ於テ「當院ニ於テ尾上鶴吉ノ囑託訊問ニ要シタル費用ハ被告三名ノ連帶負擔トス」ト判示セラレタリ然レトモ尾上鶴吉ノ喚問ハ重助ノ利益ノ爲メニ同人ノ辯護人ヨリ請求シタルモノナルヲ以テ之カ爲メニ生シタル費用ハ請求者タル重助ノミニ負擔セシムルヲ以テ當然トスル筋合ナリトス
果シテ然ラハ該費用ヲ被告三名ノ負擔トシタル原判決ハ違法ナルモノト云ハサルヘカラスト云フニ在リテ◎記録ヲ閲スルニ尾上鶴吉ノ喚問ハ被告重助ノ利益ノ爲メ同人ノ辯護人ヨリ請求シタルモノナレトモ原審ハ尾上鶴吉ヲ被告等一同ニ對スル公訴事件ノ證人トシテ飯塚區裁判所ニ囑託シ訊問ヲ遂ケタルヲ以テ之カ爲メニ生シタル費用ハ有罪ノ判決ヲ受ケタル被告人等三名ニ於テ負擔スヘキモノトス故ニ原判決ハ正當ニシテ論旨ハ理由ナシ
第五點假ニ尾上鶴吉ノ囑託訊問ニ要シタル費用ハ被告三名ノ負擔トスルヲ正當トスルモ同訊問ハ違法ナルモノナルヲ以テ之カ爲メニ生シタル費用ヲ被告ニ負擔セシムヘキモノニ非ス何トナレハ同訊問調書ヲ閲スルニ（記録八九八丁）其冒頭ニ「明治四十四年十二月十一日高戸權三外三名賭博開張……事件ニ付キ……證人訊問ヲ爲シ」云云トアリ然ルニ當時高戸權三ナルモノカ本件ノ共同被告タルコトニ付テハ第一囘公判始末店ニ何等ノ記載アルナシ果シテ然ラハ受託裁判所ハ適法ニ證人訊問ヲ爲シタルモノニアラサルヲ以テ之カ爲メニ生シタル費用ハ國庫ノ負擔スヘキ筋合ナリ果シテ然ラハ斯ル無效ノ手續ニヨリテ生シタル費用ヲ被告ニ負擔セシメタル原判決ハ違法ナルモノト云ハサル可カラスト云ヒ」第六點前點ニ於テ述フルカ如ク尾上鶴吉喚問ノ當時戸上權三ナル者カ本件ノ共同被告タルコトノ原審第一囘公判始末書中見ルヘキモノナシトセハ受託裁判所ニ於テ戸上權三外三人トハ何人ヲ指示スルモノナルヤ明カナラス果シテ然ラハ原院ニ於テハ尾上鶴吉喚問ノ證據決定ヲ適法ニ執行シタルモノト云フ可ラサルヲ以テ斯ル違法ノ手續ニヨリ成立シタル原判決ハ破毀スヘキモノトスト云フニ在レトモ◎證人尾上鶴吉ニ對スル受託裁判所ノ訊問調書ニ「高戸權三外三人」トアル三人トハ被告田尻ヱツ中堀重助及ヒ高戸良衛ヲ指スコト訊問ノ囑託書ニ徴シ洵ニ明ニシテ偶該訊問調書ニ共同被告ニアラサル高戸權三ノ氏名ヲ掲記シアルモ當被告ニ對シテハ之カ爲メ該證人訊問ノ違法ヲ來スコトナケレハ原審ノ證據決定ハ該證人訊問ニヨリテ適法ニ履踐セラレタルモノトス從テ之カ爲メニ生シタル費用ハ有罪ノ判決ヲ受ケタル被告等三名ニ於テ負擔スヘキモノナレハ原判決ハ不法ノ廉ナク論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與明治四十五年五月九日大審院第二刑事部
