水利及營業妨害ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）18輯567頁

本件上告ハ之ヲ棄却ス

被告兩名辯護人關口吾一郎上告趣意書第一點水利妨害ノ犯罪ヲ成立セシムルニハ其被害者タル者ニ水利使用ノ權利アルヲ要スルハ勿論ナリトス而シテ本件ノ水利ヲ害セラレタリト稱スル慶三郎ニ於テ水車使用ノ爲メ水利權ナキコトハ一件記録ニ於テ明白ナリ然ラハ第二審判決カ水利妨害罪ノ成立要素タル水利權ノ存在セサル所爲ニ對シ水利妨害罪トシテ判定シタルハ法律ノ適用ヲ誤リタル不法アルモノトスト云フニ在リ◎水利妨害罪ヲ構成スルニハ被害者ニ水利ノ使用權アルヲ要スルコトハ所論ノ如クナレトモ次項ニ説明スル如ク本件ノ被害者堀越慶三郎ハ流水ノ使用權ヲ有スルモノナルヲ以テ原審カ同人ノ水利ヲ妨害シタル被告ノ所爲ヲ水利妨害罪ニ問擬シタルハ正當ニシテ不法ニアラス

第二點水車使用ノ爲メ官有河川ヨリ水ヲ引入ルルニハ一定ノ行政手續ヲ要スヘキモノトス即チ官有河川使用ニ關シ主務官廳ノ許可ニヨリ始メテ使用ノ權利ヲ取得シ得ヘキモノニシテ慣行ニヨリテハ官有土地ノ使用權利ヲ取得シ得ヘカラサルハ論ヲ俟タス而シテ本件ノ水車ハ舊來土地ノ灌漑用水ノ餘水ヲ以テ使用シタリト云フニ過キスシテ官廳ノ許可ニヨリ使用權ヲ取得シタリト云フニ非ス然ルニ第二審判決ハ「使用シ來リタル慣行アリテ云云」恰モ慣行カ使用權ヲ取得シタルモノノ如ク説明シテ行政上ノ手續規則ヲ無視シテ法律上權利ノ外在ヲ誤認シタルハ違法ナリトスト云ヒ」第三點官有土地ノ使用權カ行政上ノ手續規則ニヨラスシテ慣行ニヨリ使用權ヲ取得シタリト認定スルニ於テハ何故ニ慣行ニヨリテ取得シ得ヘキモノナルヤヲ説明セサルヘカラス然ルニ前審判決ハ此説明ナク單ニ慣行ヲ以テ直ニ使用權利ノ如ク看過シ去リタルハ判決ニ理由ヲ付セサルモノトスト云フニ在レトモ◎多年河川ノ流水ヲ田地ニ灌漑シ水車ニ利用スル等ノ慣行アルトキハ其使用者ニ流水使用ノ權利ヲ生スルコトハ古來我邦ノ慣習上認メ來リタル所ニシテ當院ニ於テモ從來屡判例ヲ以テ之ヲ認容セリ今原判決ノ認定シタル事實ニヨレハ月谷川ノ流水ヲ堰止メ土管ニヨリ官有水路ニ引キ入レ之ヲ被告宗悦名義ニテ買受ケタル水田及堀越慶三郎ノ宅地ニ建設シアル水車ニ利用スルコトハ其土地ノ未タ同人等ニ歸屬セサル以前即チ四十餘年前ヨリノ慣行ナレハ該流水ノ使用ニ付テハ慣習上其使用者ニ權利ヲ生シタルモノト認ムルヲ相當トス然レハ原審カ右慣行ニ依リ堀越慶三郎ニ該流水ヲ水車ニ使用スルノ權利アリト判定シタルハ正當ニシテ不法ニアラス又水利妨害罪ヲ斷スルニ當リテハ被害者ニ水利ノ使用權アルコトヲ認ムルニ足ルヘキ事實ヲ示スノ要アルモ何故ニ其權利アルヤヲ説示スルノ要ナケレハ原判決ニ本件ノ水利ハ四十餘年前ヨリノ慣行ニ係ルコトヲ判示シ被害者ニ其使用權アルコトヲ判定スルニ足ルヘキ事實ヲ確定シアル以上ハ慣行ニヨリ被害者ニ其使用權アル所以ノ説示ナキモ不法ニアラス故ニ論旨ハ總テ理由ナシ

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス

檢事矢野茂干與明治四十五年五月六日大審院第二刑事部