明治四十五年(れ)第五三三號
明治四十五年五月六日宣告
◎判決要旨
- 一 汽船「トロール」漁業キ關シ漁業法第五十九條ヲ適用シ處罰スル場合ニ同條ニ依リ沒收スヘキ物ハ犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁獲物及ヒ漁具ニ限リ漁船ハ之ヲ沒收スルコトヲ得サルモノトス
(參照)汽船「トロール」漁業ニ關シ第三十五條第一項ノ規定、同條第二項ノ制限若ハ禁止ニ違反シタル者ハ五千圓以下ノ罰金、汽船、捕鯨業ニ關シ同條第一項ノ規定、同條第二項ノ制限若ハ禁止又ハ第三十六條ノ規定ニ違反シタル者ハ二千圓以下ノ罰金ニ處シ犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁獲物及漁具ハ之ヲ沒收ス但シ犯人ノ所有シタル前記物件ノ全部又ハ一部ヲ沒收スルコト能ハサルトキハ其ノ額ヲ追徴ス(漁業法第$五十九條)
右漁業法違犯被告事件ニ付明治四十五年二月二十一日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シ本院檢事矢野茂ハ附帶上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件被告及檢事ノ上告ハ共ニ之ヲ棄却ス
上告趣意書第一點原判決ハ押收物件中トロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺ニ對シ沒收ノ判決ヲ爲シ其理由トシテ「同船備付ノトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺(押收第一號乃至第三號)ヲ使用シ」ト説明セラレタリ然レトモ原判決カ犯罪ノ證據トセラレタル第一審證人先本松四郎ノ證言其他一件記録ニ徴スレハ犯罪ノ當時所謂第二長門丸ハワイヤーロープヲ切斷シオツターボールド竝ニトロール漁網ヲ海中ニ遺棄シテ逃走シタリトアルカ故ニ現ニ押收ニ係ル前記第一號乃至第三號證ノトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺ハ犯罪當時ニ使用セシモノニアラサルコト明確ナリ而シテ漁業法第五十九條ノ所謂犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁具ナルモノハ犯罪供用ノ物件ニ限ルヘキコトハ法ノ解釋上疑ヲ容ル可ラス然ルニ犯罪供用ノ物件ニアラサル前記物件ヲ沒收セラレタルハ不法ノ判決ナリト云フニ在レトモ◎原判決ヲ査スルニ沒收ヲ言渡シタル日東漁業株式會社所有トロール汽船第二長門丸備付ノトロール漁網一張オツターボールト二枚ワイヤーロープ千四百尺(押收第一號乃至第三號證)ヲ使用シ禁止區域内ナル海上ニテ該漁業ヲ爲シタル事實ヲ認定シ且ツ第一審公判始末書ニ掲クル證人先本松四郎供述記載古見音松聽取書供述記載及原審公廷ニ於ケル被告代人永富斐太郎供述ヲ擧示シテ之ヲ認定シタル理由ヲ説明シ毫モ缺クル所ナシ本論旨ハ證據ノ取捨判斷及事實ノ認定ニ關シ原審ト見解ヲ異ニシ原判決ノ認定ニ反スル事實ヲ前提トシテ其違法ヲ攻撃スルモノナレハ上告ノ理由トナラス
第二點原判決ハトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺ヲ犯罪ニ使用セシ旨ヲ認定セラレタルモトロール漁船ハ左右兩舷ニトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープヲ備付ケ便宜各一方ツツヲ使用スルノ設備ニシテ本件第二長門丸モ同一ノ設備ヲ爲シ居タルコトハ原判決ノ證據トセラレタル古見音松ノ聽取書其他一件記録ニ徴シテ明確ナル事實ニ屬ス故ニ原判決ニ於テ前記三種ノ物件ヲ沒收セントセハ原判決ノ理由ニ所謂右三種ノ物件ハ第二長門丸左右兩舷何レニ備付アリシ右三種ノ物件ヲ使用セシヤヲ明確ニ説明シテ其證據ヲ擧示スルコトヲ要ス然ルニ原判決ハ漫然「同船備付ノトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺(押收第一號乃至第三號)ヲ使用シテ」云云ト説明シタルノミニシテ右三種ノ物件ハ左右兩舷何レニ備付ケアリシヤ又第二長門丸ハ其當時左右兩舷何レニ備付ケアル前記三種ノ物件ヲ使用セシヤ又其證據ハ如何ナルモノナルヤヲ明示セサルハ理由ニ不備アル不法ノ判決ナリト云フニ在レトモ◎犯罪ニ使用シタルトロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺カトロール汽船第二長門丸左右兩舷ノ何レニ備付ケアリタルヤハ犯罪ノ成否ニ關係ナキヲ以テ原判決ハ事實ノ認定上此點ヲ判別セサルモ犯罪ノ構成要素タル事實ノ判示ニ缺クル所ナキヲ以テ違法ニアラス又原判決ハ前記物件ヲ犯罪ニ使用シタル事實ニ對シテ前項ニ説示スルカ如ク證據ヲ擧示シ之ニ依レハ原審ニ於テハ左舷備付ノ前記物件ヲ使用シタルモノト判斷シテ該事實ヲ認定シタルコト自カラ明カニシテ原判決ハ證據理由ノ明示ニ於テモ亦缺クル所ナキヲ以テ違法ニアラス論旨ハ理由ナシ
第三點原判決ハ金三百圓ヲ追徴スル旨判決セラレタリ然レトモ本件第二長門丸ハ明治四十四年七月二十二日朝下關出帆漁業ニ從事シ同月二十四日午後五時二十分下關ニ歸港シタル事ハ一件記録中疑ナキ事實ニシテ且第二長門丸ノ犯罪行爲ハ單ニ同月二十四日午前七時頃ニ行ハレタル事ハ原判決ノ認定シタル事實ナリ而モ原判決ハ價格三百圓ニ相當スル魚類ヲ犯罪ニヨリテ漁獲シタリト認定シ其證據トシテ下關警察ノ囘答書ヲ援用セラレタルモ同囘答書ニ「同日同船ノ漁獲物ハ」云云トアルハ第二長門丸カ下關ニ歸港セシ當時ニ於テ漁獲物ノ總テヲ指稱シタルモノニシテ犯罪ニヨリテ漁獲セシモノノミヲ指稱スルニアラサルコトハ同囘答書ニヨリ明ナリ而シテ漁業法第五十九條ニ所謂犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁獲物トハ犯罪ニヨリテ得タル漁獲物ノミノ沒收又ハ其價格ヲ追徴スルノ法意タルコト解釋上疑ヲ容ル可ラス然ルニ原裁判所カ前記理由ト證據ノ下ニ第二長門丸總テノ漁獲物ニ相當スル價格三百圓ヲ追徴セラレタルハ不法ノ判決ナリト云フニ在レトモ◎原判決ハ濱田警察署長ノ下關水上警察署長ニ對スル囘答書及其他判示ノ各證據ニヨリ犯罪ニヨリ漁獲シタル魚類ノ價格金三百圓ニ相當スルモノト認定シ右金額ヲ追徴シタルモノナルコト判文上洵ニ明白ナリ本論旨ハ證據ノ取捨判斷及事實認定ニ付キ原審ト見解ヲ異ニシ原審ノ判示ニ副ハサル事實ノ根據トシテ其違法ヲ攻撃スルニ過キカレハ上告ノ理由トナラス
辯護人平佐純俊上告趣意書第一點トロール漁網一張オツターボールド二枚ワイヤーロープ千四百尺ヲ沒收ストアルモ右物品ヲ犯罪ノ用ニ供シタルノ證據ニ至リテハ原判決中何等ノ明示ナシ證人永富ノ證言ヲ援用シテ「現ニ押收セラレ居ル同船備付ノトロール網オツターボールドワイヤーロープ等カ押收セラレサリシ同種ノ備付品ニ比シ稍々古キカ如キ觀アルハ同一船ノ備付品ト雖モ使用ノ程度ニ差異アル爲メナリ」ト及古見音松ノ證言ヲ援用シテ「同船ハ左舷網ヲ重ニ使用シ右舷網ハ云云」トアルモ未タ以テ前記物件ハ犯罪ノ用ニ供シタルノ證據ト爲スニ足ラス其他原判決中何レニモ右物件ヲ犯罪ノ用ニ供シタリトノ事實ヲ證據ニヨリテ認メタル理由ノ明示アルヲ見ス不法ノ判決ナリト思料スト云フニ在レトモ◎原判決カ所論事項ニ對スル證據理由ヲ明示シテ缺クル所ナキハ被告上告趣意書第二點ニ對スル説明之ヲ悉セリ本論旨ハ原審ノ專權ニ屬スル證據ノ綜合判斷ニ關シ原審ト見解ヲ異ニシ延テ其違法ヲ攻撃スルニ過キサレハ上告ノ理由トナラス
第二點漁業法第五十九條ニハ同法第三十五條第一項第二項ノ制限又ハ禁止ニ違反シタルモノハ五千圓以下ノ罰金云云トアリ原判決摘示ニヨレハ五十九條ニ違反シタルモノハ被告人小田楳太郎個人ニアラスシテ日東漁業株式會社ノ雇人カ同會社ノ船ニ乘組ミ違反行爲ヲ爲シタルコトヲ明記シアリ然ルニ主文ニ於テハ被告小田ニ罰金ヲ科シアリ之レ犯罪行爲ヲ爲ササル被告ニ五十九條ヲ適用セントスルモノニシテ漁業法第五十九條ヲ違法ニ解シタル不法ノ判決ナリト思料スト云フニ在レトモ◎原判決ヲ査スルニ被告楳太郎ノ代表セル會社ノ雇人中野榮之允ハ明治四十二年四月農商務省令第三號汽船トロール漁業取締規則第五條ニ基キ定メラレタル明治四十二年四月六日農商務省告示第百三十四號ニ依ル汽船トロール漁業禁止區域内ニ於テ汽船トロール漁業ヲ爲シタルモノナルヲ以テ漁業法第六十五條明治三十三年法律第五十二號第一條第二條漁業法第六十四條第三十五條第二項第五十九條ニ依リ被告ヲ罰金五百圓ニ處シ云云ト判示セルヲ以テ即チ漁業法第六十五條明治三十三年法律第五十二號第一條第二條ニ從ヒ法人ヲ處罰スヘキ場合ニ其代表者ヲ被告人トスル趣旨ニヨリ法人ノ代表者タル被告楳太郎ニ對シ刑ノ言渡ヲ爲シタルモノナレハ其言渡ハ正當ニシテ又右言渡ニヨリ處罰セラレタルモノハ被告本人ニアラスシテ被告ノ代表スル會社ナルコト極メテ明白ナルカ故ニ原判決ニハ所論ノ如キ違法アルコトナシ
第三點漁業法第五十九條但書ニハ犯人ノ所有シ又ハ所持スル前記物件ノ全部又ハ一部ヲ沒收スルコト能ハサルトキハ其價格ヲ追徴ストアリテ漁獲物ハ犯人自身ノ所有シ又ハ所持スルモノタルコトヲ要ス
原判決事實摘示ニヨレハ漁獲物ヲ所有シ居リタルハ會社自身タルコトヲ明示セルニ係ラス被告小田ニ對シテノ追徴ヲ爲スハ漁業法五十九條ノ解釋ヲ誤リテ犯人以外ノモノヲ罰スルモノニテ不法ノ判決ナリト思料スト云ヒ」第四點原判決ニ依レハ其理由中ニハ被告カ代表セル會社雇人カ犯罪行爲ヲ爲シタルコトヲ明記シ且ツ會社カ右漁獲物ヲ所有シタルコトヲ明示シアルニ係ラス主文ニ於テハ會社ニ罰金ヲ科シ追徴ヲ爲サスシテ被告小田楳太郎個人ニ對シテ罰金ヲ科シ追徴ヲ爲シタルハ主文ト理由ト一致セサル理由不備ナル不法ノ判決ナリト思料スト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ前項説明ノ趣旨ニ照シ了解スヘシ
大審院檢事矢野茂上告趣意書原院判決ハ押收物件中トロール漁網一張オツターホールド二枚ワイヤーロープ千四百尺ハ之ヲ沒收シナカラ反ツテトロール汽船第二長門丸ヲ沒收セサルハ失當ノ裁判ナリトス原院ニ於テ沒收シタルオツターボールドハトロール漁網ニ附著セシメタル長方形ノ板ニシテ水中ニ於テ之ヲ曳クトキハ板面ニ對スル水ノ抵抗ニヨリ凧ノ如キ運動ヲ生シ網口ヲ擴張セシムル仕掛ノモノニシテトロール網ノ一部ヲ組成スルモノナリ又ワイヤーロープハ船首即チブリツヂノ前ニ裝置シ在ルウインチト稱スル螺旋器ニ卷蓄シタル針金ヲ以テ網合セタル繩ニテ網ノ卷上ケ卷卸シノ用ニ供スルモノニテ汽船ニ附著シタルモノナリ如此原院ハ汽船ノ附著品タルワイヤーロープハ之ヲ沒收シナカラ汽船ハ何故ニ沒收セサルヤ蓋シ之ヲ沒收セサルハ汽船ハ漁業法第五十九條ノ所謂漁具中ニハ之ヲ包含セストノ解釋ニ外ナラサルヘシト雖モ船ノ一部ヲ組成スヘキ其附著品ハ既ニ之ヲ沒收シナカラ船ヲ沒收セサルハ理由ナキノミナラストロール漁業ハ右ワイヤーロープニテ船ト網トヲ結ヒ附ケ兩者ヲ一體トナシテ營ム所ノ漁業ニテ網ハ船ヲ離レテ單獨ニ效用ヲ爲ス能ハス船ハ網ヲ外ニシテ其漁業ニ用ユルヲ得サルモノナリ左レハトロール漁業ニ於ケル漁具タルモノハ一言以テ之ヲ掩ヘハ船ト網トアルノミ他ハ皆其船又ハ網ニ附著若クハ附從シタルモノニシテ船又ハ網ノ一部ヲ組成スルモノナリト云フヘシ故ニ該漁業ニ於テハ網ヲ除キ他ニ漁具ト稱シ得ヘキモノハ只船アルノミ而シテ漁具ト云ヘハ網ノミヲ指スモノニアラサレハ第五十九條ノ漁具中ニ船ヲ包含スヘキコト亦論ナキニアラスヤ又トロール船ハ特別ノ構造ヲ要シ其構造ヨリ論スルモ其漁具タルコト明ナリ其構造ヲ按スルニ前顯ノ如クウインチト稱スル螺旋器ニ卷蓄シタルワイヤーロープヲ以テ船ト網トヲ結ヒ付ケ之ヲ運用繰縱スル爲メニ船ノ兩舷前後ニガロースト稱スル鐵製小楕圓形ノ滑車器アリウインチノ前面及其側面タル兩舷ニボラードト稱スル滑車附廻轉器アリ船尾兩側ニスナツチブロツクト稱スル鐵製B形ノ器具アリ又機關室ノ如キモ普通ノ船舶ニ於ケルト其位置ヲ異ニシ其漁獲蓄藏室等種種アリテトロール汽船ハ到底普通ノ汽船ヲ以テ之ニ充用スルヲ得サル漁業供用物件ニシテ即チ漁具ナリト謂ハサル可ラス又明治四十二年農商務省令第三號「汽船トロール漁業トハ螺旋推進器ヲ以テ船舶ヲ運航シ「ヲツタートロール」又ハ「ビームトロール」ヲ使用シテ爲ス漁業ヲ云フ」ト定義シトロール船ヲ以テトロール漁業ノ一要素ト爲セリ是ヲ以テ之ヲ觀レハ他ノ汽船ヲ以テ漁獵ヲ爲スモノハ之ヲトロール漁業ト云フヲ得スシテトロール船ハトロール漁業ニ使用セサルヘカラサル必要物件ニシテトロール漁業ニ於ケル漁具中ノ尤モ必要ナルモノニアラスヤ普通ノ場合ニアリテ漁具ト稱スルハ漁業ニ直接ナル物件假令ハ釣魚ニ用フル糸針又ハ曳網ニ用ユル綱網ノ如キヲ云ヒ漁船ハ之ヲ包含セス蓋シ此場合ニアリテハ漁船ハ漁業其物ニ直接ニ使用セラルル物件ニアラス單ニ漁夫漁具ヲ搭載シテ運搬スルノ運送具タルニ過キサルヲ以テ之ヲ漁具ト論スル能ハサルハ素ヨリ其所ナリト雖モ本件ノ如クトロール漁業ノトロール船ハ船體ニ漁業須要ノ裝置ヲ爲シトロール船其自體カ漁業直接ノ器具ナルカ故ニ普通ノ漁船ト決シテ同一視スル能ハサルナリ以上説明スル如ク何レノ點ヨリ觀察スルモトロール船ハ漁具ナルニ係ラス何カ故ニ原院ハ沒收ノ言渡ヲ爲ササルヤ想フニ是レ漁業法ノ制定當時ノ委員會ニ於テ政府委員ノ爲シタル説明中船ハ漁具中ニ包含セス沒收スヘキモノニアラサル旨ヲ明言シタル沿革ニ基クモノナラント雖モ其説明タル右政府委員ノ私見ニシテ素ヨリ何等拘束力ヲ有スルモノニアラサルヲ以テ之カ爲メトロール船ヲ漁具中ニ包含セシメサルハ法律ノ解釋ヲ誤レル甚シキモノト云フヘシト云フニ在レトモ◎漁船トハ漁業供用ノ船ヲ謂ヒ漁具トハ船ヲ除キ其他ノ漁業供用物件ヲ謂フモノニ外ナラス漁業法第三十四條第三號ニハ漁具ナル言辭ヲ漁船ナル言辭ニ對立セシメ同法第五十九條ニハ汽船トロール漁業ニ關シ第三十五條第二項ノ制限若クハ禁止ニ違反シタル者ハ五千圓以下ノ罰金ニ處シ犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁獲物及漁具ハ之ヲ沒收スルコトヲ規定セルヲ以テ汽船トロール漁業ニ關シ前示第五十九條ヲ適用シ處罰スル場合ニ同條ニ依リ沒收スヘキ物ハ犯人ノ所有シ又ハ所持スル漁獲物及漁具ニ限リ漁船ハ之ヲ沒收スヘカラサルコトハ瞭トシテ疑ヲ容レス蓋シ汽船トロール漁業ニ於テハトロール船ヲ以テ其漁業ノ一要素ト爲スコトハ洵ニ所論ノ如シ然レトモ此點ハ漁業法第五十九條ノ適用上トロール汽船ヲ漁具中ニ包含スルモノト解釋スヘキ理由トナラス何トナレハトロール汽船モ亦漁船ノ一種タルヲ失ハサレハナリ又トロール漁業ハワイヤーロープニテ船ト網トヲ結附ケ兩者ヲ一體ト爲シテ營ム漁業ニシテ網ハ船ヲ離レテ單獨ニ效用ヲ爲ス能ハス船ハ網ヲ別ニシテ其漁業ニ用フルヲ得サルコトモ所論ノ如シトスルモ之カ爲メニトロール汽船カ漁船タル性質ヲ喪失スル謂ハレナキノミナラスワイヤーロープト網及漁船トノ結付カ毀損スルニアラサレハ分離スル能ハサルヤ否ヤハ其漁業カ汽船トロール漁業ニ屬スルト否トヲ甄別スヘキ特徴ニアラス故ニ其毀損セスシテ分離スルヲ得ヘキ場合ハ勿論網及ワイヤーロープヲ沒收スヘク又タトヒ毀損スルニアラサレハ分離スルヲ得サル場合ト雖モ其全部ヲ以テ漁船ト爲スヲ容ササルト同シク其全部ヲ以テ漁具ト爲スヲ容サス從テ沒收ニ關スル漁業法第五十九條ノ解釋トシテハ即チ毀損セスシテ分離スルヲ得ル場合ト其結果ヲ同一ナラシムルヲ至當トス故ニ原判決ニ於テワイヤーロープヲ沒收シナカラトロール汽船ヲ沒收セサリシハ違法ニアラス論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與明治四十五年五月六日大審院第二刑事部
明治四十五年(レ)第五三三号
明治四十五年五月六日宣告
◎判決要旨
- 一 汽船「とろーる」漁業き関し漁業法第五十九条を適用し処罰する場合に同条に依り没収すべき物は犯人の所有し又は所持する漁獲物及び漁具に限り漁船は之を没収することを得ざるものとす。
(参照)汽船「とろーる」漁業に関し第三十五条第一項の規定、同条第二項の制限若は禁止に違反したる者は五千円以下の罰金、汽船、捕鯨業に関し同条第一項の規定、同条第二項の制限若は禁止又は第三十六条の規定に違反したる者は二千円以下の罰金に処し犯人の所有し又は所持する漁獲物及漁具は之を没収す。
但し犯人の所有したる前記物件の全部又は一部を没収すること能はざるときは其の額を追徴す(漁業法第$五十九条)
右漁業法違犯被告事件に付、明治四十五年二月二十一日広島控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為し本院検事矢野茂は附帯上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件被告及検事の上告は共に之を棄却す
上告趣意書第一点原判決は押収物件中とろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺に対し没収の判決を為し其理由として「同船備付のとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺(押収第一号乃至第三号)を使用し」と説明せられたり。
然れども原判決が犯罪の証拠とせられたる第一審証人先本松四郎の証言其他一件記録に徴すれば犯罪の当時所謂第二長門丸はわいやーろーぷを切断しおったーぼーるど並にとろーる漁網を海中に遺棄して逃走したりとあるが故に現に押収に係る前記第一号乃至第三号証のとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺は犯罪当時に使用せしものにあらざること明確なり。
而して漁業法第五十九条の所謂犯人の所有し又は所持する漁具なるものは犯罪供用の物件に限るべきことは法の解釈上疑を容る可らず。
然るに犯罪供用の物件にあらざる前記物件を没収せられたるは不法の判決なりと云ふに在れども◎原判決を査するに没収を言渡したる日東漁業株式会社所有とろーる汽船第二長門丸備付のとろーる漁網一張おったーぼーると二枚わいやーろーぷ千四百尺(押収第一号乃至第三号証)を使用し禁止区域内なる海上にて該漁業を為したる事実を認定し且つ第一審公判始末書に掲ぐる証人先本松四郎供述記載古見音松聴取書供述記載及原審公廷に於ける被告代人永富斐太郎供述を挙示して之を認定したる理由を説明し毫も欠くる所なし。
本論旨は証拠の取捨判断及事実の認定に関し原審と見解を異にし原判決の認定に反する事実を前提として其違法を攻撃するものなれば上告の理由とならず
第二点原判決はとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺を犯罪に使用せし旨を認定せられたるもとろーる漁船は左右両舷にとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷを備付け便宜各一方つつを使用するの設備にして本件第二長門丸も同一の設備を為し居たることは原判決の証拠とせられたる古見音松の聴取書其他一件記録に徴して明確なる事実に属す。
故に原判決に於て前記三種の物件を没収せんとせば原判決の理由に所謂右三種の物件は第二長門丸左右両舷何れに備付ありし右三種の物件を使用せしやを明確に説明して其証拠を挙示することを要す。
然るに原判決は漫然「同船備付のとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺(押収第一号乃至第三号)を使用して」云云と説明したるのみにして右三種の物件は左右両舷何れに備付けありしや又第二長門丸は其当時左右両舷何れに備付けある前記三種の物件を使用せしや又其証拠は如何なるものなるやを明示せざるは理由に不備ある不法の判決なりと云ふに在れども◎犯罪に使用したるとろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺かとろーる汽船第二長門丸左右両舷の何れに備付けありたるやは犯罪の成否に関係なきを以て原判決は事実の認定上此点を判別せざるも犯罪の構成要素たる事実の判示に欠くる所なきを以て違法にあらず。
又原判決は前記物件を犯罪に使用したる事実に対して前項に説示するが如く証拠を挙示し之に依れば原審に於ては左舷備付の前記物件を使用したるものと判断して該事実を認定したること自から明かにして原判決は証拠理由の明示に於ても亦欠くる所なきを以て違法にあらず。
論旨は理由なし。
第三点原判決は金三百円を追徴する旨判決せられたり。
然れども本件第二長門丸は明治四十四年七月二十二日朝下関出帆漁業に従事し同月二十四日午後五時二十分下関に帰港したる事は一件記録中疑なき事実にして、且、第二長門丸の犯罪行為は単に同月二十四日午前七時頃に行はれたる事は原判決の認定したる事実なり。
而も原判決は価格三百円に相当する魚類を犯罪によりて漁獲したりと認定し其証拠として下関警察の回答書を援用せられたるも同回答書に「同日同船の漁獲物は」云云とあるは第二長門丸が下関に帰港せし当時に於て漁獲物の総てを指称したるものにして犯罪によりて漁獲せしもののみを指称するにあらざることは同回答書により明なり。
而して漁業法第五十九条に所謂犯人の所有し又は所持する漁獲物とは犯罪によりて得たる漁獲物のみの没収又は其価格を追徴するの法意たること解釈上疑を容る可らず。
然るに原裁判所が前記理由と証拠の下に第二長門丸総ての漁獲物に相当する価格三百円を追徴せられたるは不法の判決なりと云ふに在れども◎原判決は浜田警察署長の下関水上警察署長に対する回答書及其他判示の各証拠により犯罪により漁獲したる魚類の価格金三百円に相当するものと認定し右金額を追徴したるものなること判文上洵に明白なり。
本論旨は証拠の取捨判断及事実認定に付き原審と見解を異にし原審の判示に副はざる事実の根拠として其違法を攻撃するに過ぎかれば上告の理由とならず
弁護人平佐純俊上告趣意書第一点とろーる漁網一張おったーぼーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺を没収すとあるも右物品を犯罪の用に供したるの証拠に至りては原判決中何等の明示なし。
証人永富の証言を援用して「現に押収せられ居る同船備付のとろーる網おったーぼーるどわいやーろーぷ等が押収せられざりし同種の備付品に比し稍稍古きが如き観あるは同一船の備付品と雖も使用の程度に差異ある為めなり。」と及古見音松の証言を援用して「同船は左舷網を重に使用し右舷網は云云」とあるも未だ以て前記物件は犯罪の用に供したるの証拠と為すに足らず其他原判決中何れにも右物件を犯罪の用に供したりとの事実を証拠によりて認めたる理由の明示あるを見す不法の判決なりと思料すと云ふに在れども◎原判決が所論事項に対する証拠理由を明示して欠くる所なきは被告上告趣意書第二点に対する説明之を悉せり本論旨は原審の専権に属する証拠の綜合判断に関し原審と見解を異にし延で其違法を攻撃するに過ぎざれば上告の理由とならず
第二点漁業法第五十九条には同法第三十五条第一項第二項の制限又は禁止に違反したるものは五千円以下の罰金云云とあり原判決摘示によれば五十九条に違反したるものは被告人小田楳太郎個人にあらずして日東漁業株式会社の雇人が同会社の船に乗組み違反行為を為したることを明記しあり。
然るに主文に於ては被告小田に罰金を科しあり之れ犯罪行為を為さざる被告に五十九条を適用せんとするものにして漁業法第五十九条を違法に解したる不法の判決なりと思料すと云ふに在れども◎原判決を査するに被告楳太郎の代表せる会社の雇人中野栄之允は明治四十二年四月農商務省令第三号汽船とろーる漁業取締規則第五条に基き定められたる明治四十二年四月六日農商務省告示第百三十四号に依る汽船とろーる漁業禁止区域内に於て汽船とろーる漁業を為したるものなるを以て漁業法第六十五条明治三十三年法律第五十二号第一条第二条漁業法第六十四条第三十五条第二項第五十九条に依り被告を罰金五百円に処し云云と判示せるを以て、即ち漁業法第六十五条明治三十三年法律第五十二号第一条第二条に従ひ法人を処罰すべき場合に其代表者を被告人とする趣旨により法人の代表者たる被告楳太郎に対し刑の言渡を為したるものなれば其言渡は正当にして又右言渡により処罰せられたるものは被告本人にあらずして被告の代表する会社なること極めて明白なるが故に原判決には所論の如き違法あることなし
第三点漁業法第五十九条但書には犯人の所有し又は所持する前記物件の全部又は一部を没収すること能はざるときは其価格を追徴すとありて漁獲物は犯人自身の所有し又は所持するものたることを要す。
原判決事実摘示によれば漁獲物を所有し居りたるは会社自身たることを明示せるに係らず被告小田に対しての追徴を為すは漁業法五十九条の解釈を誤りて犯人以外のものを罰するものにて不法の判決なりと思料すと云ひ」第四点原判決に依れば其理由中には被告が代表せる会社雇人が犯罪行為を為したることを明記し且つ会社が右漁獲物を所有したることを明示しあるに係らず主文に於ては会社に罰金を科し追徴を為さずして被告小田楳太郎個人に対して罰金を科し追徴を為したるは主文と理由と一致せざる理由不備なる不法の判決なりと思料すと云ふに在れども◎其理由なきことは前項説明の趣旨に照し了解すべし。
大審院検事矢野茂上告趣意書原院判決は押収物件中とろーる漁網一張おったーほーるど二枚わいやーろーぷ千四百尺は之を没収しながら反ってとろーる汽船第二長門丸を没収せざるは失当の裁判なりとす。
原院に於て没収したるおったーぼーるどはとろーる漁網に附著せしめたる長方形の板にして水中に於て之を曳くときは板面に対する水の抵抗により凧の如き運動を生じ網口を拡張せしむる仕掛のものにしてとろーる網の一部を組成するものなり。
又わいやーろーぷは船首即ちぶりつぢの前に装置し在るういんちと称する螺旋器に巻蓄したる針金を以て網合せたる縄にて網の巻上け巻卸しの用に供するものにて汽船に附著したるものなり。
如此原院は汽船の附著品たるわいやーろーぷは之を没収しながら汽船は何故に没収せざるや蓋し之を没収せざるは汽船は漁業法第五十九条の所謂漁具中には之を包含せずとの解釈に外ならざるべしと雖も船の一部を組成すべき其附著品は既に之を没収しながら船を没収せざるは理由なきのみならずとろーる漁業は右わいやーろーぷにて船と網とを結ひ附け両者を一体となして営む所の漁業にて網は船を離れて単独に効用を為す能はず船は網を外にして其漁業に用ゆるを得ざるものなり。
左ればとろーる漁業に於ける漁具たるものは一言以て之を掩へは船と網とあるのみ他は皆其船又は網に附著若くは附従したるものにして船又は網の一部を組成するものなりと云ふべし。
故に該漁業に於ては網を除き他に漁具と称し得べきものは只船あるのみ。
而して漁具と云へは網のみを指すものにあらざれば第五十九条の漁具中に船を包含すべきこと亦論なきにあらずや又とろーる船は特別の構造を要し其構造より論するも其漁具たること明なり。
其構造を按ずるに前顕の如くういんちと称する螺旋器に巻蓄したるわいやーろーぷを以て船と網とを結ひ付け之を運用繰縦する為めに船の両舷前後にがろーすと称する鉄製小楕円形の滑車器ありういんちの前面及其側面たる両舷にぼらーどと称する滑車附廻転器あり船尾両側にすなつちぶろつくと称する鉄製B形の器具あり又機関室の如きも普通の船舶に於けると其位置を異にし其漁獲蓄蔵室等種種ありてとろーる汽船は到底普通の汽船を以て之に充用するを得ざる漁業供用物件にして、即ち漁具なりと謂はざる可らず又明治四十二年農商務省令第三号「汽船とろーる漁業とは螺旋推進器を以て船舶を運航し「をったーとろーる」又は「びーむとろーる」を使用して為す漁業を云ふ」と定義しとろーる船を以てとろーる漁業の一要素と為せり是を以て之を観れば他の汽船を以て漁猟を為すものは之をとろーる漁業と云ふを得ずしてとろーる船はとろーる漁業に使用せざるべからざる必要物件にしてとろーる漁業に於ける漁具中の尤も必要なるものにあらずや普通の場合にありて漁具と称するは漁業に直接なる物件仮令は釣魚に用ふる糸針又は曳網に用ゆる綱網の如きを云ひ漁船は之を包含せず蓋し此場合にありては漁船は漁業其物に直接に使用せらるる物件にあらず。
単に漁夫漁具を搭載して運搬するの運送具たるに過ぎざるを以て之を漁具と論する能はざるは素より其所なりと雖も本件の如くとろーる漁業のとろーる船は船体に漁業須要の装置を為しとろーる船其自体が漁業直接の器具なるが故に普通の漁船と決して同一視する能はざるなり。
以上説明する如く何れの点より観察するもとろーる船は漁具なるに係らず何が故に原院は没収の言渡を為さざるや想ふに是れ漁業法の制定当時の委員会に於て政府委員の為したる説明中船は漁具中に包含せず没収すべきものにあらざる旨を明言したる沿革に基くものならんと雖も其説明たる右政府委員の私見にして素より何等拘束力を有するものにあらざるを以て之が為めとろーる船を漁具中に包含せしめざるは法律の解釈を誤れる甚しきものと云ふべしと云ふに在れども◎漁船とは漁業供用の船を謂ひ漁具とは船を除き其他の漁業供用物件を謂ふものに外ならず漁業法第三十四条第三号には漁具なる言辞を漁船なる言辞に対立せしめ同法第五十九条には汽船とろーる漁業に関し第三十五条第二項の制限若くは禁止に違反したる者は五千円以下の罰金に処し犯人の所有し又は所持する漁獲物及漁具は之を没収することを規定せるを以て汽船とろーる漁業に関し前示第五十九条を適用し処罰する場合に同条に依り没収すべき物は犯人の所有し又は所持する漁獲物及漁具に限り漁船は之を没収すべからざることは瞭として疑を容れず蓋し汽船とろーる漁業に於てはとろーる船を以て其漁業の一要素と為すことは洵に所論の如し。
然れども此点は漁業法第五十九条の適用上とろーる汽船を漁具中に包含するものと解釈すべき理由とならず何となればとろーる汽船も亦漁船の一種たるを失はざればなり。
又とろーる漁業はわいやーろーぷにて船と網とを結附け両者を一体と為して営む漁業にして網は船を離れて単独に効用を為す能はず船は網を別にして其漁業に用ふるを得ざることも所論の如しとするも之が為めにとろーる汽船が漁船たる性質を喪失する謂はれなきのみならずわいやーろーぷと網及漁船との結付が毀損するにあらざれば分離する能はざるや否やは其漁業が汽船とろーる漁業に属すると否とを甄別すべき特徴にあらず。
故に其毀損せずして分離するを得べき場合は勿論網及わいやーろーぷを没収すべく又たとひ毀損するにあらざれば分離するを得ざる場合と雖も其全部を以て漁船と為すを容さざると同じく其全部を以て漁具と為すを容さず。
従て没収に関する漁業法第五十九条の解釈としては。
即ち毀損せずして分離するを得る場合と其結果を同一ならしむるを至当とす。
故に原判決に於てわいやーろーぷを没収しながらとろーる汽船を没収せざりしは違法にあらず。
論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事矢野茂干与明治四十五年五月六日大審院第二刑事部