文書僞造行使詐欺ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）17輯2217頁

原判決を破毀す

被告市郎を懲役一年に処す

押収物件中偽造に係る文書は之を没収し其他は各所有者に還付す

公訴裁判費用は被告市郎に於て原審相被告小川二太郎平田忠蔵栄川清作並に第一審相被告坂井定吉

四谷幸三郎と連帯負担すべし。

弁護人谷内正二上告趣意書第一点被告市郎は明治四十四年四月二十九日起訴せられたるものなり。 然るに原判決が第七の証拠に採用したる坂井市郎の予審調書は同日の作成に係るものにして起訴状及予審調書には共に時間の記入なきを以て果して予審に於て証人として訊問すべきものなりしや否やは不明なるを以て適法なる証拠たるの保証を存せず。 然らば原判決が証人坂井市郎の予審調書を罪証に供したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎記録編綴[へんてつ]の順序に徴するも所論予審調書は被告市郎に対する本件起訴以前の作成に係るものなることを認むるに足るのみならず右予審調書に依れば予審判事に於て当時右市郎が証人たるの資格ありや否やを審査したる末其資格あることを認め以て証人として訊問したるものなれば其調書の適法なること疑なく。 従て原判決が之を罪証に供したるは違法にあらざるを以て論旨は理由なし。

第二点原審が第七の証拠に採用せし坂井市郎の予審調書第二枚目と第二枚目（記録第百八十七丁と第百八十八丁）との間の契印は墨汁を以て抹消せられたるものにして適法の証拠と為し得べきものにあらざるに之を罪証に供したる原判決は違法なりと云ふ[いう]に在れども◎所論契印の箇所を見るに該契印は墨汁を以て故らに之を抹消したるものと認むべき廉毫も[ごうも]存せざるが故に論旨は理由なし。

第三点本件養子絶組届は忠作及び其妻わさの署名を偽造したるものにして其偽造は忠作の死亡後即ち四十三年八月二十三日なることは原院の確定したる事実なり。 然るに原判決は被告等が連続して数箇の文書を偽造したる行為及偽造したる数箇の文書を行使したる行為に対し刑法第五十五条第百五十五条第一項第五十八条第一項等を適用し以て右縁組届書の偽造をも之に包含せしめたり。 然れども[しかれども]縁組届書は刑法第百五十五条又は第百五十八条に該当すべき文書にあらざるなり。 而して[しこうして]原判決を閲するに「届書の形式を完成し之を同村役場に提出行使し」とあれども戸籍上の届出は戸籍役場に対し之を為すべきものにして町役場に之を提出するも行使となるべきものにあらざるなり。 況んや刑法第百五十五条を適用するに於ておや原判決は此点に於て擬律錯誤の違法ありと思料すと云ふ[いう]に在れども◎論旨の前段に付て按ず[あんず]るに本件縁組届書即ち私文書偽造の行為は刑法第百五十九条第一項に所謂他人の印章及署名を使用して事実証明に関する文書を偽造したる罪に該り又本件公文書偽造の行為は同法第百五十五条第一項に所謂公務所の署名又は公務員の印章を使用して公務署又は公務員の作るべき文書を偽造したる罪に該る[あたる]故に前段の犯罪行為と後段の犯罪行為とは文書の性質を異にするを以て右等行為は連続犯罪を構成すべきものにあらざれば右前段の犯罪行為即ち私文書偽造の点に対しては別に刑法第百五十九条第一項を適用すべく、且、右偽造私文書行使の行為に付ても前顕説明の理由に依り本件偽造公文書行使行為と合して連続犯と為すべきものにあらざれば右偽造私文書行使の行為に対しては別に刑法第百六十一条第一項第百五十九条第一項を適用せざるべからざるものなるに原判決に於て論旨に謂へる如き法律適用を為したるは擬律錯誤の不法たることを免れざるものにして同判決は此点を以て破毀せらるべきものとす。 又論旨の後段に付ては町村に於ける戸籍役場は町村役場を以て之れに充つるものなれば原判決に「云云右届書の形式を完成し之を同村役場に提出云云」とある其所謂同村役場とは同村（三谷村）戸籍役場を指すの意義なること判文上自ら明なるを以て此点の論旨は理由なし。

第四点原審の確定したる事実によれば被告市郎は犯罪当時三谷村助役の職に在りしものなり。 而して[しこうして]町村助役は町村長の事務を補助すべきものにして市町村長の戸籍法上戸籍吏たる事務に就きても亦[また]当然之を補助すべきものと解せざるべからず。 果して然らば戸籍簿其他の公簿に本件の如き記載を為したるものが被告市郎なりとせば刑法第百五十五条第一項を適用すべきものにあらずして同第百五十六条を適用すべきものとす。 原判決は此点に於ても亦[また]擬律を誤りたるものと思料すと云ふ[いう]に在れども◎被告市郎は本件犯罪の当時三谷村助役在職中なりしことは原判文上明かなる所なりと雖[いえども]も原判決に於て同被告の本件公文書偽造の行為は同村戸籍吏の事務補助としての職務に関して之を行ひたるものと認めたる廉なければ右行為は一個人が当該戸籍吏の作るべき文書を偽造したる場合と択ふ所なく。 従て原判決が右行為に対し刑法第百五十五条第一項を適用したるは相当にして論旨は理由なし。

第五点原判決は参考人尾野わさの予審調書を証拠に採用せられたり。 然れども[しかれども]同人は嘗て[かつて]小川忠作の妻たりしに過ぎずして忠作との結婚関係は忠作の死亡に因り自然消滅に帰し且つ小川家を去りたる者なるが故に忠作及其親族との間に姻婚関係の存することなし（民法第七百二十九条及参考人尾野わさ予審調書参照）。 而して[しこうして]其婚姻関係消滅は刑事訴訟法第百二十三条第二号の末段に於ける「婚姻の解除」にあらざるを以て同人を訊問するには証人として宣誓せしめざるべからざるに予審判事が其法式を履践せずして漫然参考人として訊問したるものなれば違法の証拠と為すべきものなるが故に原判決は採証上の違法ありと信ずと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに証人たるの資格ある者と雖[いえども]も之を参考人として訊問することは法の禁ずる所にあらざるが故に所論尾野わさが縦し[よし]本件に付き証人と偽り得べきものとするも原院が之を参考人として訊問したるは違法にあらざるを以て論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に従ひ原判決を破毀し本院に於て直に判決すべきものとす。 依て原判決の認めたる事実を法律に照すに証第四号中の私文書偽造の点は刑法第百五十九条第一項に其行使の点は同第百六十一条第一項第百五十九条第一項に同証中の公文書及其他の公文書偽造の点は各同第百五十五条第一項に其行使の点は各同第百五十八条第一項第百五十五条第一項に右証第四号以外の各公文書偽造及其行使に付ては仍ほ[なお]同第五十五条を適用し同証中の公私文書偽造及其行使並に右文書以外の公文書及其行使の間には手段結果の関係あるを以て同第五十四条第一項後段に依り其最も重き右証第四号以外の公文書偽造の罪に対する刑を以て処断すべく押収物件中偽造に係る文書は同第十九条第一項第三号前段に依り之を没収し其他は刑事訴訟法第二百二条に依り各所有者に還付し公訴裁判費用は同第二百一条第一項刑法施行法第六十七条に依り被告市郎をして原審相被告小川二太郎平田忠蔵栄川清作並に第一審相被告坂井定吉四谷幸三郎と連帯負担せしむべきものとす。 依て主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与明治四十四年十二月十九日大審院第一刑事部