明治四十四年（れ）第二三一四號
明治四十四年十二月八日宣告
◎判決要旨
- 一 同業組合ノ補助金下付ニ關スル事案ニ付テ判決ニ單ニ縣當局トノミアルモ該補助金下付申請ニ關スル事務ヲ處理スルノ權限ヲ有シ犯罪當時現ニ其局ニ當リタル吏員ヲ指稱シタルモノナルコト明ナル以上ハ其氏名ヲ擧示セサルモ不法ニ非ス（判旨第二點）
- 一 刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ノ有無ハ罪トナルヘキ事實ニ非サルヲ以テ一件記録全部ヲ援用シテ其心證ノ憑據ト爲スモ違法ニ非ス（判旨第六點）
- 一 刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ノ有無ハ罪トナルヘキ事實ニ非サルヲ以テ之ヲ判定スルノ資料ニ供スヘキ憑據ニ付テハ證據調ノ手續ヲ履踐スルノ要ナキモノトス（同上）
右欺詐被告事件ニ付明治四十四年九月二十五日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ各被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
被告兩名辯護人高木益太郎上告趣意書第一點原判決ハ河合達次郎第五囘豫審調書ヲ援用シ「組合ハ總會モ開カス決議モセサリシモ沼田權三郎古瀬專次郎北野米次郎小俣善藏奧野兵右衛門ノ五名ヘ評議員ニ爲リ貰ヒタイト云フコト丈ケハ話シ置キタリトノ供述記載」アリト判定セリ仍テ同調書ヲ査閲スルニ右ニ符合スル供述記載アルコトナシ而イテ右ハ本件犯罪ノ成否ニ關スル重要ナル事項ナルニ此點ニ關シ虚無ノ證據ヲ援用セル原判決ハ違法ニシテ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在リ◎因テ河合達次郎ノ豫審調書ヲ査閲スルニ其第三囘豫審調書記録第四一〇丁ニ原院カ證據ニ援用スル所ト同一趣旨ノ供述記載アリテ原判決ニ達次郎ノ第五囘豫審調書ト掲ケタルハ同人ノ第三囘豫審調書ノ誤記ナルコト判明ナルヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
第二點原判決ハ其事實理由ニ於テ「被告兩名ハ……縣當局ヲシテ眞ニ申請趣旨ニ適合スル完全ナル同業組合カ存立シ補助ノ必要アルモノト誤認セシメ同年十一月六日組合設立ノ認可ヲ得以テ同年度ノ富山縣會ニ縣當局ヲシテ右組合ニ補助金下付ノ提案ヲ爲サシメ同縣會ニテ三千圓補助金下付ノ決議ヲナシタルヨリ翌四十二年八月十四日被告助太郎ハ富山縣金庫ニテ前示補助金三千圓ヲ受取リ之ヲ騙取シタルモノナリ」ト判示セリ然レトモ右判文ニ縣當局トハ果シテ何人ヲ指稱スルヤ漠トシテ知ルヘカラサルノミナラス假リニ右當局トハ縣ヲ代表スル權限ヲ有スルモノヲ指シタルモノトスルモ原判決ニモ明ナルカ如ク右ニ所謂縣當局ナル者ハ無條件ニ補助金ヲ交付スルノ權限ヲ有スルモノニアラスシテ必ス縣會ノ協賛ヲ經サルヘカラサルモノナリ既ニ縣會カ補助金ヲ交付スルト否トニ付キ實權ヲ有スルモノトセンカ上告人等カ富山縣ヨリ金員ヲ騙取シタリトシテ其責ニ任セシメンニハ單ニ所謂縣當局ヲ欺罔シタルノ事實ヲ明ニスルノミヲ以テ足レリトセス更ニ富山縣會議員ヲ欺罔シタルノ事實ヲ明確ニシ富山縣ニ於テ三千圓補助ノ決議ヲ爲シタルハ同縣會議員カ上告人等ノ申請ノ趣旨ニ適合スル完全ナル同業組合カ存在シ補助必要アルモノト誤認シタル結果ナルコトヲ到示セサルヘカラサルハ蓋シ言ヲ須ヰサル所ナリトス殊ニ本件タル縣當局カ二千圓補助ノ提案ヲ爲シタルニ縣會ニ於テ更ニ一千圓ノ補助金額ヲ増加シタル事案ナルヲヤ然ルニ原判決ハ單ニ所謂縣當局カ錯誤ニ陷リタルコトヲ判示シタルニ止マリ縣會議員カ錯誤ニ陷リタル結果縣當局ノ二千圓補助ノ提案ニ對シ一千圓ノ増額ヲ爲シ三千圓補助ノ決議ヲ爲シタルモノナルヤ否ヤノ點ヲ明確ナラシメサルハ事實理由不備ノ違法アルモノニシテ此點ニ於テ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎原判決ニ所謂縣當局トハ富山縣廳ニ於テ本件補助金下付申請ニ關スル事務ヲ處理スルノ權限アリテ犯罪ノ當時現ニ其局ニ當リタル吏員ヲ指稱シタルモノナルコト原判文上自カラ明カナレハ特ニ其氏名ヲ擧示セサルモ不法トセサルヲ以テ前段ノ論旨ハ上告ノ理由ナク又原判決ニ依レハ富山縣當局ハ被告等ニ欺罔セラレ不實ノ申請ニ基キ補助金下付ノ議案ヲ同縣ノ機關タル縣會ニ提出シ其決議ヲ經テ本件補助金ヲ被告等ニ下付シタルモノニシテ其錯誤ニ陷リタルハ獨リ縣當局ノミナラス縣會議員等モ亦錯誤ニ陷リ補助金下付ノ決議ヲ爲シタルモノナルコト原判文上自カラ明カナルヲ以テ後段ノ論旨モ亦上告ノ理由ナシ（判旨第二點）
第三點原判決ハ其ノ事實理由ニ於テ「達次郎名義ノ補助金下付申請書及ヒ右組合設立認可申請書ヲ明治四十一年十月七日所轄郡役所ヲ經由シテ富山縣廳ニ提出シ縣當局ヲシテ眞ニ申請趣旨ニ適合スル完全ナル同業組合カ存立シ補助ノ必要アルモノト誤認セシメ云云」ト判示セリ然レトモ其證據説明ヲ通覽スルニ上告人カ明治四十一年十月七日所轄郡役所ヲ經由シテ富山縣廳ニ申請書ヲ提出シタル旨ノ説明ナシ而シテ右ハ本件詐欺ノ詐罔手段ニ屬スルモノナルニ此點ニ關シ證據説明ヲ欠缺セル原判決ハ違法ニシテ破毀ヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎原判決ニ被告達次郎ノ原審公廷ニ於ケル供述竝ニ同被告及證人永井金次郎ノ豫審調書ノ記載等ヲ援用シテ被告等カ所論申請書ヲ富山縣廳ニ提出シタル事實ヲ認メタル理由ヲ明示シアル以上ハ其提出ノ爲メ明治四十一年十月七日所轄郡役所ヲ經由シタル事實ニ付テハ之ヲ認メタル證據理由ヲ示スノ要ナキヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
第四點原判決ハ事實理由中「被告兩名ハ……富山縣ヨリ補助ヲ得テ設備ヲ改良シ豫テ損害ヲ填補セント企テタルモ云云」ト判示セリ然レトモ其證據中ニハ果シテ上告人等カ豫テノ損失ヲ填補セント企テタルモノナルヤ否ヤヲ窺フニ足ルモノナシ果シテ然ラハ原判決ハ證據理由不備ノ失當アルモノト云ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎所論事實ハ本件犯罪ニハ何等ノ關係ナク被告等經營ノ生繭乾燥場ノ事業ニ付富山縣ヨリ補助金ヲ得テ其損失ヲ填補セントシタル被告等ノ觀念ヲ叙項シタルモノニシテ罪トナルヘキ事實ニアラサレハ之ヲ認メタル證據理由ヲ原判決ニ明示スルノ要ナキヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
第五點一件記録ヲ通覽スルニ本事件タル固ト上告人等ヨリ進ンテ之ヲ畫策シタルモノニアラスシテ郡吏員及縣吏員等カ公益上本件事業ノ發達ヲ希望シ切リニ上告人等ニ對シ勸誘スル所アリタルヨリ上告人等ハ一面地方産業ノ發達ヲ計リ一面其最初ノ計畫ヲ遂行セント欲スルノ急ナルヨリ判示行爲ヲ敢テスルニ至リシモノニシテ其動機タル敢テ憎惡スヘキモノニアラサルコト明ナリ而シテ其名ハ詐欺取財罪ナリト雖モ固ト相對立セル個人間ニ於テ行ヒタルモノニアラス其ノ被欺罔者タル者ハ本件事業ニ付キ當然監督者ノ地位ニアリ愼重其ノ正否ヲ審査シ補助金下付申請ノ許否ヲ決スヘキ責任アルモノナリ而モ其當然ノ職務ヲ怠リタルノ結果上告人等ニ對シ金員ヲ交付スルニ至リタルモノニシテ之レニ關シテハ上告人等ノ行爲ヲ咎メンヨリハ寧ロ郡縣當局ノ職務懈怠ヲ責ムヘキモノトス况ンヤ郡役所縣廳等ヨリハ各其吏員ヲ派シテ上告人等ヲ指揮命令シ上告人等ハ一ニ之レニ從フテ事業ヲ經營シタルモノナルニ於テオヤ然ルニ原判決カ刑ノ執行猶豫ヲ言渡シタル第一審判決ヲ不當トシテ之レヲ取消シタルハ却テ其當ヲ得サルノ裁判ナリトス殊ニ其之レヲ取消スノ理由トシテ「本件ノ如キ犯罪カ社會ニ續出スル傾向アルハ一時ノ時弊ナレハ他戒上ニ於テモ刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ餘地ナシ」トセラレシカ如キハ極メテ失當ノ説明ニシテ斯ノ如キハ刑事立法政策トシテ或ハ可ナランモ司法裁判所ニ於テ只他戒ノ爲メ特定ノ犯人ニ對シ刑ノ執行ヲ猶豫スヘカラストスルカ如キハ不通ノ論ナリト信ス要スルニ原院ニ於テ上來説述スルカ如キ情状アル上告人等ニ對シ刑ノ執行ヲ猶豫セサリシハ其當ヲ得サルモノト信スルカ故ニ御院ニ於テ原判決ヲ取消シ刑ノ執行猶豫ノ言渡アランコトヲ望ムト云フニ在レトモ◎刑罰ハ犯罪豫防ノ爲メ社會一般ニ對シ警戒ヲ與ヘ之ヲ威嚇スルノ目的ヲモ有スルモノナレハ原院カ被告ニ刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ナキコトヲ詳細説明シタル後論旨所掲ノ理由ヲ附シタルハ違法ニアラサルノミナラス刑ノ執行ヲ猶豫スルト否トハ事實承審官ノ職權ニ屬スルモノニシテ擬律錯誤ノ爲メ第二審判決ヲ破毀シ更ニ刑ノ言渡シヲ爲ス場合ハ格別其他ノ場合ニ於テ本院ハ刑ノ執行猶豫ヲ與フヘキ職權ナキヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
同辯護人追加上告趣意書原判決理由中「被告兩名ニ對スル刑ノ執行執豫ノ情状ノ有無ヲ審按スルニ
（中畧）補助金ノ下付ヲ受ケ其大部分ハ福光乾燥組合時代ノ借財ニ充當シ乾燥場ハ之ヲ他ニ擔保ニ差入レ自己ノ土木受負業ノ資金ニ供シタルコトハ一件記録ニ徴シ明カニシテ（中畧）原裁判所檢事正ノ控訴ハ結局其理由アリト判示シタレトモ漠然一件記録ニ徴シトアルノミニテハ心證ノ憑據ヲ明示セサル瑕疵アルニ歸シ且一件記録全部ハ原公廷ニ於テ朗讀シタルモノニアラサレハ之ヲ判斷ノ資料ニ供シタルハ口頭辯論主義ノ定則ニ違反セリト云フニ在レトモ◎刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ノ有無ハ罪トナルヘキ事實ニアラサレハ其判定ニ付テハ刑事訴訟法第二百三條規定ノ如ク遂一證據書類ノ内容等ヲ擧示シテ證據説明ヲ爲スノ要ナキヲ以テ原判決説明ノ如ク一件記録全部ヲ援用シテ其心證ノ憑據ト爲スモ違法タラサルハ勿論原判決ノ説明ハ其心證ノ憑據カ一件記録ニ在ルコトヲ示シタルモノナレハ原判決ヲ以テ心證ノ憑據ヲ明示セサル瑕疵アリト云フヲ得ス又刑事訴訟法第百九十八條第二百十九條ハ犯罪事實ノ有無ヲ確定スヘキ憑據ニ關スル規定ナレハ其憑據タル書類ハ之ヲ朗讀シ物件ハ之ヲ被告ニ示シテ其辯解ヲ徴スルノ要アルモ刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ノ有無ハ前示ノ如ク罪トナルヘキ事實ニアラサレハ之ヲ判定スルノ資料ニ供スヘキ憑據ニ付テハ右證據調ノ手續ヲ履踐スルノ要ナキヲ以テ原院カ被告ニ刑ノ執行ヲ猶豫スヘキ情状ナキ所以ヲ説明スルニ當リ公廷ニ於テ朗讀セサル一件記録全部ヲ憑據ト爲シタルハ違法ニアラサルヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ（判旨第六點）
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與明治四十四年十二月八日大審院第一刑事部
明治四十四年（レ）第二三一四号
明治四十四年十二月八日宣告
◎判決要旨
- 一 同業組合の補助金下付に関する事案に付て判決に単に県当局とのみあるも該補助金下付申請に関する事務を処理するの権限を有し犯罪当時現に其局に当りたる吏員を指称したるものなること明なる以上は其氏名を挙示せざるも不法に非ず（判旨第二点）
- 一 刑の執行を猶予すべき情状の有無は罪となるべき事実に非ざるを以て一件記録全部を援用して其心証の憑拠と為すも違法に非ず（判旨第六点）
- 一 刑の執行を猶予すべき情状の有無は罪となるべき事実に非ざるを以て之を判定するの資料に供すべき憑拠に付ては証拠調の手続を履践するの要なきものとす。
（同上）
右欺詐被告事件に付、明治四十四年九月二十五日名古屋控訴院に於て言渡したる判決に対し各被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
被告両名弁護人高木益太郎上告趣意書第一点原判決は川合達次郎第五回予審調書を援用し「組合は総会も開かず決議もせざりしも沼田権三郎古瀬専次郎北野米次郎小俣善蔵奥野兵右衛門の五名へ評議員に為り貰ひたいと云ふこと丈けは話し置きたりとの供述記載」ありと判定せり。
仍て同調書を査閲するに右に符合する供述記載あることなし而いて右は本件犯罪の成否に関する重要なる事項なるに此点に関し虚無の証拠を援用せる原判決は違法にして破毀を免れざるものとすと云ふに在り◎因で川合達次郎の予審調書を査閲するに其第三回予審調書記録第四一〇丁に原院が証拠に援用する所と同一趣旨の供述記載ありて原判決に達次郎の第五回予審調書と掲げたるは同人の第三回予審調書の誤記なること判明なるを以て本論旨は上告の理由なし。
第二点原判決は其事実理由に於て「被告両名は……県当局をして真に申請趣旨に適合する完全なる同業組合が存立し補助の必要あるものと誤認せしめ同年十一月六日組合設立の認可を得以て同年度の富山県会に県当局をして右組合に補助金下付の提案を為さしめ同県会にて三千円補助金下付の決議をなしたるより翌四十二年八月十四日被告助太郎は富山県金庫にて前示補助金三千円を受取り之を騙取したるものなり。」と判示せり。
然れども右判文に県当局とは果して何人を指称するや漠として知るべからざるのみならず仮りに右当局とは県を代表する権限を有するものを指したるものとするも原判決にも明なるが如く右に所謂県当局なる者は無条件に補助金を交付するの権限を有するものにあらずして必す県会の協賛を経さるべからざるものなり。
既に県会が補助金を交付すると否とに付き実権を有するものとせんか上告人等が富山県より金員を騙取したりとして其責に任ぜしめんには単に所謂県当局を欺罔したるの事実を明にするのみを以て足れりとせず更に富山県会議員を欺罔したるの事実を明確にし富山県に於て三千円補助の決議を為したるは同県会議員が上告人等の申請の趣旨に適合する完全なる同業組合が存在し補助必要あるものと誤認したる結果なることを到示せざるべからざるは蓋し言を須ゐさる所なりとす。
殊に本件たる県当局が二千円補助の提案を為したるに県会に於て更に一千円の補助金額を増加したる事案なるをや然るに原判決は単に所謂県当局が錯誤に陥りたることを判示したるに止まり県会議員が錯誤に陥りたる結果県当局の二千円補助の提案に対し一千円の増額を為し三千円補助の決議を為したるものなるや否やの点を明確ならしめざるは事実理由不備の違法あるものにして此点に於て破毀を免れざるものとすと云ふに在れども◎原判決に所謂県当局とは富山県庁に於て本件補助金下付申請に関する事務を処理するの権限ありて犯罪の当時現に其局に当りたる吏員を指称したるものなること原判文上自から明かなれば特に其氏名を挙示せざるも不法とせざるを以て前段の論旨は上告の理由なく又原判決に依れば富山県当局は被告等に欺罔せられ不実の申請に基き補助金下付の議案を同県の機関たる県会に提出し其決議を経で本件補助金を被告等に下付したるものにして其錯誤に陥りたるは独り県当局のみならず県会議員等も亦錯誤に陥り補助金下付の決議を為したるものなること原判文上自から明かなるを以て後段の論旨も亦上告の理由なし。
（判旨第二点）
第三点原判決は其の事実理由に於て「達次郎名義の補助金下付申請書及び右組合設立認可申請書を明治四十一年十月七日所轄郡役所を経由して富山県庁に提出し県当局をして真に申請趣旨に適合する完全なる同業組合が存立し補助の必要あるものと誤認せしめ云云」と判示せり。
然れども其証拠説明を通覧するに上告人が明治四十一年十月七日所轄郡役所を経由して富山県庁に申請書を提出したる旨の説明なし。
而して右は本件詐欺の詐罔手段に属するものなるに此点に関し証拠説明を欠欠せる原判決は違法にして破毀を免れざるものとすと云ふに在れども◎原判決に被告達次郎の原審公廷に於ける供述並に同被告及証人永井金次郎の予審調書の記載等を援用して被告等が所論申請書を富山県庁に提出したる事実を認めたる理由を明示しある以上は其提出の為め明治四十一年十月七日所轄郡役所を経由したる事実に付ては之を認めたる証拠理由を示すの要なきを以て本論旨は上告の理由なし。
第四点原判決は事実理由中「被告両名は……富山県より補助を得て設備を改良し予で損害を填補せんと企てたるも云云」と判示せり。
然れども其証拠中には果して上告人等が予ての損失を填補せんと企てたるものなるや否やを窺ふに足るものなし果して然らば原判決は証拠理由不備の失当あるものと云はざるべからずと云ふに在れども◎所論事実は本件犯罪には何等の関係なく被告等経営の生繭乾燥場の事業に付、富山県より補助金を得て其損失を填補せんとしたる被告等の観念を叙項したるものにして罪となるべき事実にあらざれば之を認めたる証拠理由を原判決に明示するの要なきを以て本論旨は上告の理由なし。
第五点一件記録を通覧するに本事件たる固と上告人等より進んで之を画策したるものにあらずして郡吏員及県吏員等が公益上本件事業の発達を希望し切りに上告人等に対し勧誘する所ありたるより上告人等は一面地方産業の発達を計り一面其最初の計画を遂行せんと欲するの急なるより判示行為を敢てずるに至りしものにして其動機たる敢て憎悪すべきものにあらざること明なり。
而して其名は詐欺取財罪なりと雖も固と相対立せる個人間に於て行ひたるものにあらず。
其の被欺罔者たる者は本件事業に付き当然監督者の地位にあり慎重其の正否を審査し補助金下付申請の許否を決すべき責任あるものなり。
而も其当然の職務を怠りたるの結果上告人等に対し金員を交付するに至りたるものにして之れに関しては上告人等の行為を咎めんよりは寧ろ郡県当局の職務懈怠を責むべきものとす。
況んや郡役所県庁等よりは各其吏員を派して上告人等を指揮命令し上告人等は一に之れに従ふて事業を経営したるものなるに於ておや然るに原判決が刑の執行猶予を言渡したる第一審判決を不当として之れを取消したるは却て其当を得ざるの裁判なりとす。
殊に其之れを取消すの理由として「本件の如き犯罪が社会に続出する傾向あるは一時の時弊なれば他戒上に於ても刑の執行を猶予すべき余地なし。」とせられしが如きは極めて失当の説明にして斯の如きは刑事立法政策として或は可ならんも司法裁判所に於て只他戒の為め特定の犯人に対し刑の執行を猶予すべからずとするが如きは不通の論なりと信ず。
要するに原院に於て上来説述するが如き情状ある上告人等に対し刑の執行を猶予せざりしは其当を得ざるものと信ずるが故に御院に於て原判決を取消し刑の執行猶予の言渡あらんことを望むと云ふに在れども◎刑罰は犯罪予防の為め社会一般に対し警戒を与へ之を威嚇するの目的をも有するものなれば原院が被告に刑の執行を猶予すべき情状なきことを詳細説明したる後論旨所掲の理由を附したるは違法にあらざるのみならず刑の執行を猶予すると否とは事実承審官の職権に属するものにして擬律錯誤の為め第二審判決を破毀し更に刑の言渡しを為す場合は格別其他の場合に於て本院は刑の執行猶予を与ふべき職権なきを以て本論旨は上告の理由なし。
同弁護人追加上告趣意書原判決理由中「被告両名に対する刑の執行執予の情状の有無を審按ずるに
（中略）補助金の下付を受け其大部分は福光乾燥組合時代の借財に充当し乾燥場は之を他に担保に差入れ自己の土木受負業の資金に供したることは一件記録に徴し明かにして（中略）原裁判所検事正の控訴は結局其理由ありと判示したれども漠然一件記録に徴しとあるのみにては心証の憑拠を明示せざる瑕疵あるに帰し、且、一件記録全部は原公廷に於て朗読したるものにあらざれば之を判断の資料に供したるは口頭弁論主義の定則に違反せりと云ふに在れども◎刑の執行を猶予すべき情状の有無は罪となるべき事実にあらざれば其判定に付ては刑事訴訟法第二百三条規定の如く遂一証拠書類の内容等を挙示して証拠説明を為すの要なきを以て原判決説明の如く一件記録全部を援用して其心証の憑拠と為すも違法たらざるは勿論原判決の説明は其心証の憑拠が一件記録に在ることを示したるものなれば原判決を以て心証の憑拠を明示せざる瑕疵ありと云ふを得ず。
又刑事訴訟法第百九十八条第二百十九条は犯罪事実の有無を確定すべき憑拠に関する規定なれば其憑拠たる書類は之を朗読し物件は之を被告に示して其弁解を徴するの要あるも刑の執行を猶予すべき情状の有無は前示の如く罪となるべき事実にあらざれば之を判定するの資料に供すべき憑拠に付ては右証拠調の手続を履践するの要なきを以て原院が被告に刑の執行を猶予すべき情状なき所以を説明するに当り公廷に於て朗読せざる一件記録全部を憑拠と為したるは違法にあらざるを以て本論旨は上告の理由なし。
（判旨第六点）
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与明治四十四年十二月八日大審院第一刑事部
