文書變造竝横領ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）17輯2072頁

本件上告ハ之ヲ棄却ス

被告辯護人金澤鬼三郎上告趣意書第一原院判決理由中第二東那須野村ノ村治從來酷タ紊亂シ右伊七郎ノ横領以外尚多額ノ欠陷アリテ財政ノ整理甚タ困難ナルヨリ被告兩名共謀シ其一端ヲ彌縫スル爲メ云云中畧同村役場ニ開カレタル村會ニ提出シ之ヲ行使シタルモノナリト事實ヲ認定シ之カ説明トシテ被告春治ノ第一審公判始末書ヲ援用シタルヲ以テ之ヲ摘示スレハ第一審公判始末書ニ被告春治ノ供述トシテ明治四十二年五月下旬村役場ニ於テ龜井忠一名義ノ受領書（押第二五〇號ノ第一八七ノ二及三ノ）日附カ何レモ三月三日トアリシヲ五月三日ト訂正シ其二通ニ記入セル自分ノ捺印アル支拂命令書ノ年度ヲ四十一年ト訂正シタル上之ヲ四十二年六月二十五日ニ開キタル四十一年度決算報告ノ際村會ニ提出シタリ曾テ伊七郎ヨリ右書類ハ四十年度ノ決算ニ計上洩レトナリタルモノ故四十一年度ニ於テ提出シタキ故之ヲ訂正シ呉レト依頼アリタルヲ以テ何心ナク之ヲ訂正シタル旨ノ記載アリトシ以下宇都宮地方裁判所檢事正ノ聽取書ヲ列記シタルノミニテ何レノ點カ共謀ト認メラレタルヤ暗中物ヲ探ルカ如キハ刑事訴訟法第二百六十九條第一項第九號ニ所謂裁判ニ理由ヲ付セサル違法アルモノト思考スト云フニ在レトモ◎論旨ハ要スルニ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ綜合判斷ヲ非難スルニ外ナラサルヲ以テ上告適法ノ理由トナラス

第二假リニ第一審公判始末書即チ前示摘録シタルモノヲ採テ斷罪ノ資料ト爲シタリトスルモ其始末書ニハ何心ナク之ヲ訂正シタル旨ノ記載ノミニテ犯罪行爲ヲ敢テシタルノ記載ナキ上ハ直ニ之ヲ以テ犯行ナリト云フ事ヲ得ス何トナレハ凡百ノ犯罪ニ犯意ヲ要スルコトハ言ヲ俟タサル所ニシテ若シ其犯意ナカランカ犯罪ヲ構成セサルヲ以テ原院ノ認メタル公判始末書ニ依テハ犯罪ヲ構成セサル事明瞭ナルカ故ニ原院カ此始末書ヲ斷罪ノ資料ニ供シナカラ公文書變造ニ擬シタルハ罰スヘカラサルモノヲ罰シタル不法ト思料スト云フニ在レトモ◎論旨ハ要スルニ原院ノ職權ニ屬スル證據判斷ノ非難ニ歸シ上告適法ノ理由トナラス

第三原院ノ判決ハ單ニ第一審公判始末書ノミニ依リタルモノニアラスシテ諸他ノ證據ニ依リタリトセハ宜シク其認メタル理由ヲ説明スルニ足ル證據ヲ少クモ一箇ナリトモ之ヲ示ササルヘカラス然ルニ原院ノ判決ハ第一審ノ公判始末書ヲ適示シタルノ外檢事正ノ聽取書ナルモノヲ列記シタルニ止マリ其聽取書ハ只計數ヲ示シタル迄ニシテ一モ被告ノ犯罪行爲ヲ構成シタル事ヲ認ムルニ足ルヘキ證據トシテ見ルモノナキカ故ニ若シ被告ニ犯罪行爲アリト認メラルル時ハ宜シク被告ニ犯意アリタル事ヲ示ササルヘカラサルニモ不拘事茲ニ出テサルハ裁判ニ理由ヲ付セサル不法アルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判決ハ第一審公判始末書ニ録取セル被告ノ供述ノミナラス原院公廷ニ於ケル被告ノ供述其他諸多ノ證據ヲ掲ケ之ヲ綜合シテ判示犯罪事實ヲ認メタル理由ヲ説明シテ欠クル所ナキヲ以テ論旨ハ理由ナシ

被告伊七郎辯護人本田桓虎上告趣意書第一點原判決判示事實ノ記載中「龜井忠一名義ノ金六十四圓六十四錢及同人名義ノ二圓ノ受領書各通ノ日附三月トアルヲ何レモ三ヲ五ニ改竄シ其各通ニ記載アル村長江口春治ノ認印アル支拂命令ニ年度ノ表示トシテ西洋數字ニテ各四〇トアリシヲ四一ニ變換シタル上明治四十二年六月二十五日同村役場ニ於テ開カレタル村會ニ提出シテ之ヲ行使シタルモノナリ」トノ認定事實中其前段受領證ノ日附ヲ變更シタル行爲ニ對シ刑法第百五十九條第二項第一項第五十五條ヲ適用セラレタルモ受領證ノ日附ヲ變更シタル行爲ハ單一ノ行爲ニシテ而カモ此單一ノ行爲ハ一箇ノ行爲ニシテ二箇ノ罪名ニ觸ルル所爲ニ非サル本案件ニ對シ百五十九條第二項第一項ニ該當スルモノトセラレ恰モ各獨立セル僞造罪及變造罪ヲ構成スルモノト解セラレタルハ擬律ノ錯誤アルモノナリト信ス假リニ判意各獨立罪ヲ構成スルノ趣意ニ非ストスルモ刑法ハ僞造ト變造ヲ明カニ區別シ此觀念ハ互ニ相交渉スル所ナキ別箇獨立ノ行爲ニ對スル刑罰ヲ定メタルモノナレハ先ツ以テ本案件ノ受領證日附ノ變更行爲ハ其何レニ該當スヘキヤヲ定メサルヘカラサル筋合ナルニ漫然第百五十九條第二項第一項ヲ適用セラレタルハ擬律ノ錯誤アルヲ免レスト信スト云フニ在レトモ◎刑法第百五十九條第二項ニハ「變造シタル者亦同シ」トアリテ變造ノ刑ハ同條第一項ニ規定スル僞造ノ刑ト同一ナルヲ以テ原判決ハ受領書變造ノ行爲ニ對シ其刑ヲ定ムル爲メ同第百五十九條第二項ノ外同條第一項ヲ適用シタルモノナルコト判文上明白ナレハ擬律錯誤ニ非ス論旨ハ理由ナシ

第二點前掲犯罪事實認定ノ後段中支拂命令ノ年度ノ記載ヲ變換シタル行爲ハ刑法第百五十六條第百五十五條第一項第五十五條ニ該當スト判示セラレ直ニ以テ文書僞造（第百五十五條第一項ハ文書僞造ヲ規定シタルモノト解ス）罪ヲ適用セラレタル點ニ付キ按スルニ抑モ文書僞造罪ハ不眞正ナル文書ヲ新ニ造成スルノ觀念ナルヲ以テ本案件ノ如キ既存ノ眞正ナル文書ノ日附ヲ變更シ不眞正ナル文書ヲ作成シタル行爲ハ明カニ文書僞造ノ觀念ヲ以テ律スヘキモノニ非スシテ變造ノ觀念ノ範域ニ屬スルモノナルニ不係事茲ニ出テサリシハ擬律ノ錯誤アルモノニシテ到底破毀ヲ免レサルモノト信スト云フニ在レトモ◎文書ノ僞造ト變造トハ其文書ニシテ同一種類ノ文書ナル以上ハ其罪質同一ニシテ共ニ同一法條ノ下ニ規定セラレ同一ノ刑ノ適用ヲ受クヘキモノナレハ同一法條中僞造ト變造ト其項ヲ別ニシテ規定セラルルコトアルモ同一項ニ規定スルモノト擇フ所ナシ左レハ僞造ノ擬律ヲ爲スニ當リ僞造ノ項ヲ擧示セスシテ變造ノ項ヲ擧示シ變造ノ擬律ヲ爲スニ當リ變造ノ項ヲ擧示セスシテ僞造ノ項ヲ擧示スルコトアルモ其擧示シタル法條ニシテ誤リナキ以上ハ其孰レノ項ヲ擧示スルモ擬律錯誤ノ不法アルモノト云フヲ得ス從テ原院カ村長ノ認印アル支拂命令書ニ年度ノ表示トシテ四〇トアルヲ四一ト變更シタル公文書變造ノ事實ヲ認メ刑法第百五十五條第一項ヲ適用シ同條第二項ヲ適用セサルモ擬律錯誤ニ非サルヲ以テ論旨ハ理由ナシ

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス

檢事鈴木宗言干與明治四十四年十一月二十八日大審院第一刑事部