明治四十四年（れ）第二二〇九號
明治四十四年十一月二十七日宣告
◎判決要旨
- 一 裁判所カ併合罪ノ規定ニ依ルヘキ數箇ノ獨立セル公訴事實ヲ審理シ其中ノ或事實ヲ有罪トシ其他ノ事實ニ付キ無罪ノ言渡ヲ爲シタルトキハ有罪又ハ無罪ト爲リタル二箇ノ公訴事實ハ箇箇獨立シ牽聯スル所ナキニ至ルモノトス
右兩名ニ對スル公文書僞造行使詐欺及私文書僞造行使昇ニ對スル公文書變造毀棄被告事件ニ付明治四十四年七月二十八日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ各被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
各被告辯護人高木益太郎上告趣意書第一點原判決ハ事實理由第一中（五）ノ部ニ於テ「見積價格ヲ被告光眞ニ漏告シ同被告ハ其價格ニ僅少ノ増額ヲ爲シタルモノヲ入札價格トシ云云」ト判示セラレタレトモ飜テ之ニ對スル説明トシテ見ルヘキ説示ヲ欠ケリ果シテ然ラハ原判決ハ一面證據ヲ擧示セサルト共ニ他方ニ於テ證據ニ據ラスシテ事實ヲ認定セルノ違法アルト信スト云フニ在レトモ◎原判決ハ被告光眞ノ原院ニ於ケル供述トシテ前畧公賣物件ノ見積價格ハ一一昇ニ聞キ其云フ所ヲ標準トシテ入札シタル旨ノ記載被告昇ノ原院ニ於ケル供述等ヲ綜合參酌シ所論判示事實ヲ認メタルコトハ判文上自ラ明ニシテ其證據ノ明示ニ欠クル所ナシ從テ證據ニ依ラス右事實ヲ認メタル不法ノ廉ナシ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ハ其事實理由中「前略（１）被告光眞ノ實弟中村武雄ノ名義ヲ冒用スル事トシ（２）同名義ノ入札書及ヒ公賣ニ關スル文書ヲ僞造行使シ以テ（３）恰モ眞實ニ入札シ正常ニ公賣手續ノ行ハレタルモノノ如キ體ヲ裝ヒ其目的ヲ達センコトヲ企テ被告光眞モ全然之ニ同意シ云云」ト判示シ以テ被告光眞ヲ柴田昇ノ共犯者ナリト確定セラレタリ然レトモ飜テ證據説明ノ部ヲ通覽スルニ唯光眞ノ第一審公廷ノ供述トシテ「實弟中村武雄ノ名義冒用ニ付テハ被告光眞カ同意セル」旨ノ録取アルノ外他ノ事實ニ對スル證據擧示ノ存スルナシ然ラハ即チ原判決ハ被告光眞カ有罪無罪ノ岐ルル此重要ナル證據ヲ閑却シ何等ノ證據ニ據ルコトナク事實ヲ認定セルモノナルニ依リ當然破毀セラルヘキモノナリト信スト云フニ在レトモ◎原判決ハ判文所掲ノ第一審及第二審ニ於ケル被告光眞竝ニ第二審ニ於ケル被告昇ノ供述中村光眞中村武雄ノ豫審調査ノ記載押收物件中豫第一號ノ四、九、十四、十七、二十三、二十八、六、三五ノ入札書ノ現在スル事實等ヲ總合參酌シ所論判示事實ヲ認メタルコトハ判文上自カラ明カナレハ被告光眞ニ對スル右犯罪事實ニ付キ證據ノ擧示ナキモノト云フヲ得ス本論旨ハ要スルニ證據ノ趣旨ニ付キ原院ト見解ヲ異ニシ其證據ノ總合判斷ヲ批難シ因テ原判決ヲ攻撃スルニ外ナラサレハ上告ノ理由トナラス
第三點第一審判決ハ其主文ニ於テ（記録一二八七丁裏）他ノ沒收物件ト同シク「前畧豫第五號ノ一、二、三豫第十三號同第十四號ノ四ノ各賣却調書豫第十五號ノ一、二、三、七、八ノ各登記囑託書」ヲ沒收スヘキ旨ノ言渡シアリタルヲ以テ若シ原審ニ於テ叙上ノ押收物件ヲ各差出人ニ還付セントセハ宜シク其理由ヲ法律適用ノ部ニ於テ説示セサルヘカラス然ルニ原判決ニ於テハ右押收物ヲ差出人ニ還付シナカラ此點ニ付法律ノ適用ヲ遺忘シタルモノナルニヨリ違法ノ判決タルヲ失ハスト云フニ在レトモ◎原判決ヲ見ルニ沒收ニ係ラサル差押物件ハ刑事訴訟法第二百二條ニ從ヒ各差出人ニ還付スヘキモノトスト説明シ其主文ニ於テ前畧沒收ニ係ラサル證據物件ハ總テ各差出人ニ還付スト判示シアレハ所論物件ハ第一審判決ニ於テ之ヲ沒收シタルモ第二審判決ニハ其言渡シナキヲ以テ視レハ前掲刑事訴訟法ノ規定ニ依リ還付スヘキ旨説示シタル差押物件中ニ包含セラレ各差出人ニ還付シタルモノナルコト寔ニ明ナリ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第四點原判決カ證據トシテ援用セラレタル中村光眞ノ訊問調書ニ依レハ「入札書ハ自分ノ筆蹟ニ係リ云云」ノ供述記載アリ之ニ由リテ見レハ入札書全部被告光眞ノ筆蹟ナリトノ意義ナリト雖モ今該豫審調書ヲ査閲スルニ（記録四八三丁）「此入札書ニ覺ヘアリヤ此時豫第一號ノ四入札書ヲ示ス答ハイ御示ノ入札書テアリマス誰ノ筆蹟ナリヤ答私ノ筆蹟テアリマス」トアリテ豫第一號ノ四ノ入札書ハ被告光眞ノ筆蹟ナル事明ナルモ總テノ入札書例ヘハ（證據物件目録末尾丁）柳澤喜代造提出ニ係ル六枚ノ入札書モ被告ノ筆蹟ナリヤ不明ナリ然ラハ則チ原判決ハ虚無ノ證據ヲ採テ罪證トナセルノ違法アリト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニ於テ中村光眞豫審調書ノ記載トシテ摘録スル所ハ單ニ前畧入札書ハ自分ノ筆蹟ニ係リ云云トアリテ其文詞ハ入札書數通ノ筆蹟ハ總テ光眞ノモノナルコトヲ表示セル意義ニ非サレハ同人調書中問「此入札書ニ覺ヘアリヤ此時豫第一號ノ四入札書ヲ示ス」答「ハイ御示ノ入札書テアリマス」問「誰ノ筆蹟ナリヤ」答「私ノ筆蹟テアリマス」トノ記載ヲ採テ原判決ノ如ク記載スルモ其趣旨ニ於テ異ナル所ナシ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第五點原判決ハ其事實理由前段ノ部ニ於テ「被告昇ハ右税務署ニ於ケル公賣物件ノ見積價格ヲ被告光眞ニ漏告シ同被告ハ其價格ヲ標準トシテ假裝ノ入札ヲ爲ス事トシ云云」ト判示セラレタリ仍テ之ニ對スル證據説明ノ部ヲ通覽スルモ毫モ之カ説示トシテ見ラルヘキモノナシ尤モ被告昇カ原審公廷ニ於テ「前畧署長ヨリ登記囑託ヲ爲シタル事實ハ其僞造ナリトノ點ヲ除ク外判示ノ通リ相違ナキ旨」ノ供述アリト説示セラレ恰モ被告昇カ叙上事實ヲ自供セルカ如キ觀アルモ進ンテ該公判始末書ヲ査閲スルニ何等斯ル記載ノアルナシ然ラハ則チ原判決ハ證據ニ據ルコトナクシテ事實ヲ認定セルノ違法アリト信スト云フニ在レトモ◎所論判示事實ハ原判文ニ摘示セル被告昇ノ原院ニ於ケル供述ノミナラス被告光眞ノ原院ニ於ケル供述中前畧公賣物件ノ見積價格ハ一一昇ニ聞キ其云フ所ヲ標準トシテ入札シタル旨ノ記載同人ノ第一審ニ於ケル供述事項及豫審訊問調書ノ記載等ヲ綜合參酌シ之ヲ認メタルコト判文上自ラ明ナレハ證據ニ依ラス右事實ヲ認メタル不法ノ廉アルコトナシ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第六點被告昇ニ對スル第一審無罪判決ノ部分ニ付同裁判所檢事ノ爲シタル控訴ハ被告昇ヲ併合罪ヲ以テ處斷セラレタシト云フニ歸スルヲ以テ苟モ第一審判決ニ不當ノ點アリシ以上ハ結局檢事ノ控訴モ亦其理由アリト判示スヘキモノナルニ原判決ノ措置茲ニ出テス第一審判決ノ或部分ヲ取消シ或部分ヲ維持シ即チ控訴棄却シタルハ失當ナリト云フニ在レトモ◎本件ニ於ケル如ク第一審判決カ併合罪ノ規定ニ依ルヘキ數箇ノ獨立セル公訴事實ヲ審理シ其中或事實ニ對シテ有罪其他ノ事實ニ付テハ無罪ノ言渡ヲ爲シタルトキハ有罪又ハ無罪トナリタル二箇ノ公訴事實ハ箇箇獨立シ牽聯スル所ナキニ至リタルモノナルカ故ニ右判決中被告人ハ有査部分又檢事ハ該判決ノ全部ニ對シテ控訴ヲ爲シタル場合ニ於テ第二審裁判所カ前掲有罪ノ部分ニ失當ノ廉アルモ無罪ノ部分ニハ其之レナキモノト認メタル以上ハ其失當ノ廉ナキ部分ハ第一審判決ト同シク無罪ニシテ其事實ハ他ノ有罪ノ部分ニ係ル事實ト併合罪ノ規定ヲ適用セラルヘキモノニ非サレハ原判決カ單ニ第一審判決ノ不法ナル有罪ノ部分ノミヲ取消シ無罪ノ部分ニ關スル控訴ニ付テハ其理由ナキ旨ヲ説示シ主文ニ於テ之ヲ棄却スルコトヲ妨ケス故ニ本論旨ハ理由ナシ
第七點原判決ハ其法律適用ノ部ニ於テ被告光眞ノ第一ノ所爲ヲ以テ賣却調書兼登記囑託書案三通賣却調書案三通ヲ僞造セルモノナリトシ之ニ刑法第百五十六條第百五十五條等ヲ適用處斷セラレタリ然レトモ今證據説明ノ部ヲ通覽スルニ被告昇カ上述書類ヲ僞造スルニ當リ被告光眞カ之ニ加功セリトノ説示ノ見ルヘキモノナシ然ラハ則チ原判決ハ證據ニヨラスシテ犯罪事實ヲ認定シ以テ法律ヲ適用シタルノ違法アリト信スト云フニ在レトモ◎原判決第一ノ事實ニ依レハ被告光眞ハ被告昇ト共謀シ所論賣却調書兼登記囑託書案及賣却調書案ヲ僞造シタルモノニシテ其事實ハ判文所掲ノ證憑ヲ參酌シ之ヲ認メタルコト判文上自ラ明ナリ從テ原判文中被告光眞カ右書類ノ僞造ニ手ヲ下シタル事實ヲ記載セル證據ノ擧示ナキモ共犯者タル被告昇ニ於テ其僞造ニ手ヲ下シタル證據ノ明示アル以上ハ其證據ハ即チ同共犯者ナル被告光眞ニ對スルモノニ外ナレサレハ原判決ハ證據ニ依ラス右判示事實ヲ認メタルモノト云フヲ得ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
第八點原判決ハ事實理由第二ノ部ニ於テ「被告昇ハ（中畧）宗村@069485;げカ抵當權ヲ有シ居ルコトヲ發見シ同人ヨリ異議ノ申立アランコトヲ慮リ云云」ト判示セラレタレトモ其證據説明中此點ニ對應スル證據ノ擧示ナシ從テ原判決ハ虚無ノ證據ヲ採用セルノ違法アリト云フニ在レトモ◎原判決ニ依レハ所論判示事實ハ本件犯罪ノ動機ニ關スル事項ニシテ刑事訴訟法第二百三條ニ所謂罪トナルヘキ事實ニアラサレハ之ニ對シテ證據ヲ明示スルノ要ナシ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第九點原判決ハ第二事實ニ對スル證據説明トシテ柴田昇ノ豫審調書ヲ援用シ「（前畧）又宗村@069485;げヘ買收ヲ取計ラヒシニ付作成シタル書類ハ豫第一號ノ五四乃至五八ナリ」ト説示セラレタレトモ該調書ニ就テ査閲スルニ（記録七七四丁）「一號ノ五五乃至五八ナリ」トアリテ右説示スル所ト相違セリ果シテ然ラハ原判決ハ虚無ノ證據ヲ罪證ニ供セルノ違法アルト云フニ在レトモ◎所論豫審調書ヲ見ルニ前畧問「其時ノ書類ハ是ナリヤ此時豫第一號ノ五四差押調書同第一號ノ五五見積價格調書同第一號五六公告書同第一號ノ五七入札書同第一號ノ五八賣却調書ヲ示ス」答「ハイ御示シノ書類ハ私カ作成シマシタ」ト記載シアリテ其趣旨ハ原判決ニ摘録スル所ト異ナラサレハ原判決ハ虚無ノ證據ヲ採用シタル不法ノ裁判ニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事中川一介干與明治四十四年十一月二十七日大審院第二刑事部
明治四十四年（レ）第二二〇九号
明治四十四年十一月二十七日宣告
◎判決要旨
- 一 裁判所が併合罪の規定に依るべき数箇の独立せる公訴事実を審理し其中の或事実を有罪とし其他の事実に付き無罪の言渡を為したるときは有罪又は無罪と為りたる二箇の公訴事実は箇箇独立し牽連する所なきに至るものとす。
右両名に対する公文書偽造行使詐欺及私文書偽造行使昇に対する公文書変造毀棄被告事件に付、明治四十四年七月二十八日長崎控訴院に於て言渡したる判決に対し各被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
各被告弁護人高木益太郎上告趣意書第一点原判決は事実理由第一中（五）の部に於て「見積価格を被告光真に漏告し同被告は其価格に僅少の増額を為したるものを入札価格とし云云」と判示せられたれども翻で之に対する説明として見るべき説示を欠けり果して然らば原判決は一面証拠を挙示せざると共に他方に於て証拠に拠らずして事実を認定せるの違法あると信ずと云ふに在れども◎原判決は被告光真の原院に於ける供述として前略公売物件の見積価格は一一昇に聞き其云ふ所を標準として入札したる旨の記載被告昇の原院に於ける供述等を綜合参酌し所論判示事実を認めたることは判文上自ら明にして其証拠の明示に欠くる所なし。
従て証拠に依らず右事実を認めたる不法の廉なし。
故に本論旨は理由なし。
第二点原判決は其事実理由中「前略（１）被告光真の実弟中村武雄の名義を冒用する事とし（２）同名義の入札書及び公売に関する文書を偽造行使し以て（３）恰も真実に入札し正常に公売手続の行はれたるものの如き体を装ひ其目的を達せんことを企で被告光真も全然之に同意し云云」と判示し以て被告光真を柴田昇の共犯者なりと確定せられたり。
然れども翻で証拠説明の部を通覧するに唯光真の第一審公廷の供述として「実弟中村武雄の名義冒用に付ては被告光真が同意せる」旨の録取あるの外他の事実に対する証拠挙示の存するなし然らば、即ち原判決は被告光真が有罪無罪の岐るる此重要なる証拠を閑却し何等の証拠に拠ることなく事実を認定せるものなるに依り当然破毀せらるべきものなりと信ずと云ふに在れども◎原判決は判文所掲の第一審及第二審に於ける被告光真並に第二審に於ける被告昇の供述中村光真中村武雄の予審調査の記載押収物件中予第一号の四、九、十四、十七、二十三、二十八、六、三五の入札書の現在する事実等を総合参酌し所論判示事実を認めたることは判文上自から明かなれば被告光真に対する右犯罪事実に付き証拠の挙示なきものと云ふを得ず。
本論旨は要するに証拠の趣旨に付き原院と見解を異にし其証拠の総合判断を批難し因で原判決を攻撃するに外ならざれば上告の理由とならず
第三点第一審判決は其主文に於て（記録一二八七丁裏）他の没収物件と同じく「前略予第五号の一、二、三予第十三号同第十四号の四の各売却調書予第十五号の一、二、三、七、八の各登記嘱託書」を没収すべき旨の言渡しありたるを以て若し原審に於て叙上の押収物件を各差出人に還付せんとせば宜しく其理由を法律適用の部に於て説示せざるべからず。
然るに原判決に於ては右押収物を差出人に還付しながら此点に付、法律の適用を遺忘したるものなるにより違法の判決たるを失はずと云ふに在れども◎原判決を見るに没収に係らざる差押物件は刑事訴訟法第二百二条に従ひ各差出人に還付すべきものとすと説明し其主文に於て前略没収に係らざる証拠物件は総で各差出人に還付すと判示しあれば所論物件は第一審判決に於て之を没収したるも第二審判決には其言渡しなきを以て視れば前掲刑事訴訟法の規定に依り還付すべき旨説示したる差押物件中に包含せられ各差出人に還付したるものなること寔に明なり。
故に本論旨は理由なし。
第四点原判決が証拠として援用せられたる中村光真の訊問調書に依れば「入札書は自分の筆蹟に係り云云」の供述記載あり之に由りて見れば入札書全部被告光真の筆蹟なりとの意義なりと雖も今該予審調書を査閲するに（記録四八三丁）「此入札書に覚へありや此時予第一号の四入札書を示す答はい御示の入札書てあります誰の筆蹟なりや答私の筆蹟てあります」とありて予第一号の四の入札書は被告光真の筆蹟なる事明なるも総ての入札書例へば（証拠物件目録末尾丁）柳沢喜代造提出に係る六枚の入札書も被告の筆蹟なりや不明なり。
然らば則ち原判決は虚無の証拠を採で罪証となせるの違法ありと信ずと云ふに在れども◎原判決に於て中村光真予審調書の記載として摘録する所は単に前略入札書は自分の筆蹟に係り云云とありて其文詞は入札書数通の筆蹟は総で光真のものなることを表示せる意義に非ざれば同人調書中問「此入札書に覚へありや此時予第一号の四入札書を示す」答「はい御示の入札書てあります」問「誰の筆蹟なりや」答「私の筆蹟てあります」との記載を採で原判決の如く記載するも其趣旨に於て異なる所なし。
故に本論旨は理由なし。
第五点原判決は其事実理由前段の部に於て「被告昇は右税務署に於ける公売物件の見積価格を被告光真に漏告し同被告は其価格を標準として仮装の入札を為す事とし云云」と判示せられたり。
仍て之に対する証拠説明の部を通覧するも毫も之が説示として見らるべきものなし尤も被告昇が原審公廷に於て「前略署長より登記嘱託を為したる事実は其偽造なりとの点を除く外判示の通り相違なき旨」の供述ありと説示せられ恰も被告昇が叙上事実を自供せるが如き観あるも進んで該公判始末書を査閲するに何等斯る記載のあるなし然らば則ち原判決は証拠に拠ることなくして事実を認定せるの違法ありと信ずと云ふに在れども◎所論判示事実は原判文に摘示せる被告昇の原院に於ける供述のみならず被告光真の原院に於ける供述中前略公売物件の見積価格は一一昇に聞き其云ふ所を標準として入札したる旨の記載同人の第一審に於ける供述事項及予審訊問調書の記載等を綜合参酌し之を認めたること判文上自ら明なれば証拠に依らず右事実を認めたる不法の廉あることなし故に本論旨は理由なし。
第六点被告昇に対する第一審無罪判決の部分に付、同裁判所検事の為したる控訴は被告昇を併合罪を以て処断せられたしと云ふに帰するを以て苟も第一審判決に不当の点ありし以上は結局検事の控訴も亦其理由ありと判示すべきものなるに原判決の措置茲に出でず第一審判決の或部分を取消し或部分を維持し。
即ち控訴棄却したるは失当なりと云ふに在れども◎本件に於ける如く第一審判決が併合罪の規定に依るべき数箇の独立せる公訴事実を審理し其中或事実に対して有罪其他の事実に付ては無罪の言渡を為したるときは有罪又は無罪となりたる二箇の公訴事実は箇箇独立し牽連する所なきに至りたるものなるが故に右判決中被告人は有査部分又検事は該判決の全部に対して控訴を為したる場合に於て第二審裁判所が前掲有罪の部分に失当の廉あるも無罪の部分には其之れなきものと認めたる以上は其失当の廉なき部分は第一審判決と同じく無罪にして其事実は他の有罪の部分に係る事実と併合罪の規定を適用せらるべきものに非ざれば原判決が単に第一審判決の不法なる有罪の部分のみを取消し無罪の部分に関する控訴に付ては其理由なき旨を説示し主文に於て之を棄却することを妨げず。
故に本論旨は理由なし。
第七点原判決は其法律適用の部に於て被告光真の第一の所為を以て売却調書兼登記嘱託書案三通売却調書案三通を偽造せるものなりとし之に刑法第百五十六条第百五十五条等を適用処断せられたり。
然れども今証拠説明の部を通覧するに被告昇が上述書類を偽造するに当り被告光真が之に加功せりとの説示の見るべきものなし然らば則ち原判決は証拠によらずして犯罪事実を認定し以て法律を適用したるの違法ありと信ずと云ふに在れども◎原判決第一の事実に依れば被告光真は被告昇と共謀し所論売却調書兼登記嘱託書案及売却調書案を偽造したるものにして其事実は判文所掲の証憑を参酌し之を認めたること判文上自ら明なり。
従て原判文中被告光真が右書類の偽造に手を下したる事実を記載せる証拠の挙示なきも共犯者たる被告昇に於て其偽造に手を下したる証拠の明示ある以上は其証拠は。
即ち同共犯者なる被告光真に対するものに外なれざれば原判決は証拠に依らず右判示事実を認めたるものと云ふを得ず。
故に本論旨は理由なし。
第八点原判決は事実理由第二の部に於て「被告昇は（中略）宗村@069485;げが抵当権を有し居ることを発見し同人より異議の申立あらんことを慮り云云」と判示せられたれども其証拠説明中此点に対応する証拠の挙示なし。
従て原判決は虚無の証拠を採用せるの違法ありと云ふに在れども◎原判決に依れば所論判示事実は本件犯罪の動機に関する事項にして刑事訴訟法第二百三条に所謂罪となるべき事実にあらざれば之に対して証拠を明示するの要なし。
故に本論旨は理由なし。
第九点原判決は第二事実に対する証拠説明として柴田昇の予審調書を援用し「（前略）又宗村@069485;げへ買収を取計らひしに付、作成したる書類は予第一号の五四乃至五八なり。」と説示せられたれども該調書に就て査閲するに（記録七七四丁）「一号の五五乃至五八なり。」とありて右説示する所と相違せり果して然らば原判決は虚無の証拠を罪証に供せるの違法あると云ふに在れども◎所論予審調書を見るに前略問「其時の書類は是なりや此時予第一号の五四差押調書同第一号の五五見積価格調書同第一号五六公告書同第一号の五七入札書同第一号の五八売却調書を示す」答「はい御示しの書類は私が作成しました。」と記載しありて其趣旨は原判決に摘録する所と異ならざれば原判決は虚無の証拠を採用したる不法の裁判にあらず。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事中川一介干与明治四十四年十一月二十七日大審院第二刑事部
