文書僞造行使詐欺取財等ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）17輯427頁

本件上告は之を棄却す

被告伝兵衛上告趣意書第一点被告が犯罪に罹りたりと云ふ[いう]本件の原因たる証第二百十六号証は明治三十三年五月五日相被告庄司銀蔵に於て国有林民有引戻し申請の際農商務省へ提出し同三十七年六月十四日迄の間に行使したるものなり。 此点は旧刑法により処分を受くべきものなるも時効により公訴権は消滅し刑罰を免れたるものにして右偽造は此れに依りて確定したるものなりとす。 然るに其偽造なる。 即ち証第二百十六号証を同第四十一年十一月中（行政訴訟中なり。 ）庄司銀蔵代理人弁護士太田資時へ郵送行使したる所為は其行使罪は刑法第百六十一条に依り処分を受くべきものにして偽造罪の処断を受くべきものに非ず。 若し之れを偽造罪に問ふものとせば一箇の偽造に付、再ひ刑罰を科することとなるなり。 故に宮城控訴院が偽造の条項を適用したるは失当の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては被告が所掲の文書即証第二百十六号証を偽造したる事を認めず。 従て之れが擬律を為したる事なければ本論旨は原審判旨に副はざる不当の攻撃なりとす。

第二点仮りに偽造罪なりとして論せんに山形地方裁判所は被告等が偽造せしと云ふ[いう]証第二百六号証第二百七号証第二号証に付、公文書偽造に対する刑の適用は刑法第百五十五条第一項偽造に対する刑の適用は同法第百六十七条を以てせしは相当なるに宮城控訴院は右第百六十七条を適用すべきものに非ずとし右私印偽造の所為は公文書偽造の所為即ち同法第百五十五条第一項に包括せられ別罪を組成するものに非ずと判決せられたるは失当の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎刑法第百五十五条に所謂公務員の印章とは公文書を作成するに該り之に公務員の印として使用する一切の印章を汎称し其本来の性質が私印なると公印なるとは挙けて之を区別せざるの法意と解釈するを相当とす。 左れば所掲判示の場合に於ては右私印偽造行使の点は特に一罪を構成すべきものに非ざれば此れと同趣旨に出でたる原判決は相当にして本論旨は理由なし。 （判旨第二点）

第三点本件国有林引戻申請の目的たる山形県最上郡安楽城村大字大沢宇小又山一番及二番同所字小国西小又山一番同所宇上小又山一番及二番国有林全部反別一千七百二十六町歩なるを農商務省に申請中同省の官吏が実地踏査の際宇番号の符合せざるを以て相被告庄司銀蔵に於て右反別を減縮して六百三十四町余歩と訂正したり。 然るに本件行政訴訟を為すに当り右銀蔵代理人弁護士松本隆治に於て誤りて全部の反別即ち一千七百二十六町歩とし右訴訟を提起せしに被告農商務大臣の代理人弁護士岸清一より該係争山地の反別は先きに農商務省に申請中原告銀蔵に於て右山地全部の内六百三十四町余歩のみを申請し有りながら今や行政訴訟を為すに当り全部の反別即一千七百二十六町歩を請求せるは不当にして農商務省に於て未だ処分を与へざる部分迄をも謂れなく請求せるものにして六百三十四町余歩の外は決して請求するの権利なしと答弁書（証第三号行政訴訟記録中の被告代理人岸清一が答弁書なり。 ）を呈せし為め銀蔵に於ては弁護人松本隆治を解任し更に太田資時を代理人とし右松本弁護人が全部の反別を請求せしは誤謬[ごびゅう]なりと申立即ち六百三十四町余歩のみを係争地とせし次第なり。 然るを本件を告発するに当り山林事務官中井励作の明治四十二年七月三十一日の告発状に不法にも該国有林の山地反別の全部一千七百二十六町歩と記載せるを山形地方裁判所予審判事も右岸清一が行政訴訟の答弁書を一見しありながら之れに気付かず又同裁判所の公判判事に於ても気付かずして全部の反別一千七百二十六町歩価額三万四千五百二十円並に立木杉桧姫松雑木等五十万六千五百四十一本価額二十二万六千三百九円五十九銭八厘に相当する山林立木の騙取[へんしゅ]を遂けざりしものなりと理由を付せられ判決せられたるに宮城控訴院も（明治四十三年四月十五日附を以て相被告仁藤巨寛より右反別減縮の事を宮城控訴院へ上申書を呈し置きたるに同院は之れを軽軽看過して其儘判決せられたり）亦[また]た該一審の理由齟齬[そご]ある判決を取消さず反別に付ては其儘判決せられたるは失当の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原審に於て被告が騙取[へんしゅ]せんとして遂けざりし山林の反別に関しては更に所論の如き明示を為したることなきも仮りに第一審の認めたる所論山林反別全部を騙取[へんしゅ]の目的物と為したるものと認めたりとするも右は原審が職権上適法に認定したる事実なるを以て捉へて上告論旨と為すことを得ざるものとす。

第四点相被告庄司銀蔵等が偽造せる証第二百十六号証は寛保三年亥十一月附にて山奉行早坂源太左衛門金田猪之助へ宛たるものにして同年十二月二十日附にて杉桧植立相叶尤も[もっとも]末末に至り相払候節は御定法の通り十分の一運上取立急度上納可有之旨の早坂源太左衛門金田猪之助名義の御判紙なり。 然るに右早坂源太左衛門は安永六年酉の四月中の山奉行にして遥かに三十五年以前なる寛保三年亥の十二月の山奉行にあらず。 又金田猪之助は天明三年卯の正月の山奉行にして遥に四十一年以前の寛保三年亥の十二月の山奉行にあらざる事は（証第二百十七号新庄藩旧藩政古格書抜）の山奉行年代人名の部に明かにして一見之れを視るに足る然らば該二百十六号証は年代に在らざる早坂源太左衛門金田猪之助を山奉行なりと偽造せるも其年度其人あらざれば之を以て偽造罪なりと断定せる宮城控訴院の判決は失当の裁判なりとすと云ひ」被告幸善弁護人音羽耕逸被告巨寛弁護人星野春吉、若松粂吉上告趣意書第一点本件に於て被告巨寛の干与したる犯罪事実は一、嘉永六年五月十日附北角麿の辞令書二、天明三年八月二十日附庄司清六より提出したる願書に同年十月七日金田猪之助三助の判紙三、宝暦六年三月十日附水原官左衛門、中野門七判紙四、十助外七名の受取書の偽造行使なるに（原判決認定事実第三）原判決理由中前顕氏名の人人の当時生存せるや否や及其職権の存否認定に関しては被告安次郎の供述に係る「宝暦年間は官左衛門、門七両名山奉行なせし故云云」同森充右衛門の供述に係る北角麿は北条角麿のことなるべく新庄藩士族に代代其名前あり郡奉行を致し居りしことある旨」同第二一七号証新庄藩旧藩政古格書抜に山奉行宝暦六子二月水原官左衛門同六子十一月中野門七安永六丙四月早坂源太左衛門天明三卯四月金田猪之助の記載を引用しあるに止まり天明三年を去る四十年前の寛保三年には早坂源太左衛門金田猪之助が生存山奉行たりしことの証拠説明なく嘉永六年に北角麿なるものが生存山奉行たりしことの証拠説明なく寛保二年十月中十助外七名の生存しありし際証拠説明なし。 即原判決は理由不備の不法あると同時に虚無の証拠に依り事実を認定したるの不法あるものなりと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては判文所掲の各証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]し右判示事実を認定したるものなるを以て本論旨は理由なし。

被告伝兵衛上告趣意書第五点山形地方裁判所は本件を旧刑法の重罪なりとし判決を与へたるに被告共へ対し其刑期は三年六个[か]月を重しとし二个[か]年を軽しとせり。 即ち三年六个[か]月より二个[か]年迄の刑の言渡を受けたり一審検事官も亦[また]之を相当とし控訴も起さざりし又二審の検事官も該刑期を相当とせり。 然らば本件は旧刑法の懲役六年以上のものに非ざれば、即ち重罪にあらず。 然るを二審即ち宮城控訴院は之を重罪なりとし予備訊問を開始せられ重罪裁判所を構成せられたるは失当の裁判なりとすと云ひ」被告安次郎第三事実に対する上告趣意書第三点本件被告共へ対し山形地方裁判所は旧刑法の六年以上の懲役の刑を科せずして三年六个[か]月より二年迄の判決を与へたるに原院は之れを重罪犯なりとし予備訊問を開始せられ重罪裁判所を構成し判決せられたるは違法の裁判にして到底破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎本案被告等の所為は刑法第百五十五条に該当し一年以上十年以下の懲役刑を以て処分すべきものなれば原審に於ては刑法施行法第二十九条の規定に従ひ重罪審理の手続を履践したるものなれば本論旨は理由なし。

被告伝兵衛上告趣意書第六点被告等が偽造せしと云ふ[いう]証第二百十六号第二百七号第二号第一号の各人各の下に捺せし印影は悉皆元印あるものを基とし似造せしものに非らずして相被告井上安次郎に於て勝手次第の印を彫刻して各名下に押捺し或は三文判を捺せしものにして現に証第六号の北角麿の名下に勝手次第の印を捺し該印を尚又証第二号の中野門七の名下に押用せし等の事実にして証第一号の十太郎名下の印も亦[また]元印ありて似造せしものに非ずして勝手次第の三文判を捺せしものなれば精密に研鑽し来れば一も人を害する程度に至りし証拠とならざるのみならず反故紙と同一のものにして所謂小児の戯れをなしたる如きものなれば決して偽造罪は成立せざるものなり。 然るを宮城控訴院は之れ（証第二百十六号第二百六号第二百七号第二号を云ふ[いう]）をして公文書偽造罪なりとし又之れ（証第一号を云ふ[いう]）をして私書偽造罪なりと判決せられたるは失当の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎印章偽造の場合に於ては所論の如く元印なるものの存在を必要とせず其偽造せられたる印章が苟も他人をして偽造せられたる者の印章と信ぜしむるに足るものなる以上直に本罪を構成す可きことは当院の判例として認むる所なるを以て既に判示の如く被告等に於て右偽造印を使用し所掲各号の文書を偽造行使したる以上判示の如く処分すべきは当然なりとす。

被告安次郎弁護人兼子歓次郎上告趣意書第一点原判決は事実第三に於て被告安次郎の犯罪事実として被告安次郎は相被告庄司銀蔵外五名と共謀し一、嘉永六年丑年五月十日附旧新庄藩郡奉行たりし北角麿名義の所謂辞令書（四十二年（ト）第四十五号事件証第二〇六号）一、天明三卯年八月二十日庄司清六より当時旧新庄藩山奉行たる金田猪之助宛の願書及び該願書に対する卯七月七日附猪之助名義を以て奥書を為せる所謂御判紙（同上事件の証第二〇七号）一、宝暦六子年三月十日附庄司清六より当時の新庄藩山奉行たる水原官右衛門中野門七宛の願書及該願書に対する水原官右衛門中野門七連署を以て為したる所謂御判紙（同上事件の証第二号）一、寛保二戊十月附十助外七名代十太郎より清六宛の苗木植立人夫賃の受領証（同上事件の証第一号）を偽造したることを認定したり。 抑文書偽造罪は文書の作成が名義者たる資格を詐る所為にして其使用せられたる作成名義者は実在の者たることを要するは御院判例（明治四十三年（レ）第二〇一四号同年十一月十八日宣告）の明示する所にして毫も[ごうも]疑を容れず従ひて本件に於て前掲被告の所為を文書偽造罪として処断せんには該文書に各作成名義者として使用せられたるものは該文書記載の日附当時該文書に記載せる資格権限あるものとして実在せるものなることを各証拠により明確に説明せざるべからざるや勿論なり。 然るに原判決は其証拠説明に於て此重要なる点に関し何等説示する所なく只漫然被告の所為を文書偽造罪として認定せるは理由不備の不法ある判決なりと云ふ[いう]に在れども◎原審に於ては判文列記の各証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]し所論の事実を認めたるものなること明瞭なるを以て本論旨は理由なし。

第二点相被告及び其弁護人より提出したる又は提出せらるべき上告趣意書全部を被告の利益に援用すと云ふ[いう]に在れども◎其援用に係る相被告並に其弁護人の上告趣旨の理由なきこと各其論旨に対し説明する如くなるを以て。 従て本論旨亦[また]理由なし。

被告銀蔵上告趣意書第一点原判決の認定したる事実によれば「第二被告銀蔵亀吉は云云多門の祖先正岩院が往時山形県最上郡安楽城村大字差首鍋の山屋観音堂の別当たりしを幸とし正岩院が当時の藩庁より該境内に杉桧植立方許可せられたる旨の御判紙を偽造行使し云云杉桧等を騙取[へんしゅ]せんと企画し云云亨保三年戊年三月十五日附山屋観音堂別当正岩院より当時の旧新庄藩山奉行たりし松永孫平治宛差首鍋村山屋に杉五百本桧二百本の苗木を植立てたるに付、御判紙頂戴仕度奉願旨の願書に戊五月十日附松永孫平治名義を以て表書の通御札附にて相致叶候杉桧植立末末に至り伐取候節は御定法の運上急度上納可有之旨の奥書を為したる所謂御判紙を筆記せしめ云云前顕山奉行が職務上其年代に作成したるものの如く偽造を完成し云云と説明し刑法第百五十五条第一項に問擬せられたり。 然れども[しかれども]前示御判紙なるものが果して刑法第百五十五条の所謂公務所又は公務員が其職務の権限内に於て作成せられたるものなるや否や及び松永孫平治が当時果して認定事実の如く公務員たりしや否やの説明を欠如するのみならず之を認定したるの証拠は絶で之れあることなし故に原判決は証拠に拠らずして事実を認定したる不法の裁判にして到底破毀を免れざるものなりと信ず。 尚前示の事実に依り刑法第百五十五条を適用するには須らく其所謂御判紙なるものが如何[いかん]なる理由により官文書――公務員又は公務所の作成すべき文書なるか明瞭ならず凡そ官文書なるものは法令の規定若は官庁の内達慣例等に於て作成せられたるものならざるべからず。 然るに原院に於ては毫も[ごうも]是等の事実問題を解決せずして漫然刑を言渡したるは理由不備なる不法の裁判なり。 （御院判例三十五年六巻一〇六頁三十九年一二三頁三十九年一一八頁参照）と云ふ[いう]に在れども◎所掲御判紙なるものは当時の官吏たりし山奉行の職権上作成すべき文書なることは該文書自体に徴し明瞭なるを以て特に証拠に依り其性質を説明するの要なく其他は原審に於て判文列記の各証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]し所論の事実を認定したること明瞭なるを以て本論旨は理由なし。

第二点原判決の認めたる第三判示事実に依れば「被告幸善、銀蔵等は云云御判紙を偽造行使し森林下戻名義を以て土地立木を騙取[へんしゅ]せんことを渡辺栄三郎と共謀し云云明治三十二年十一月中農商務大臣に提出行使したるも同三十七年六月十四日不許可の指令受くるに至れり云云」と説示し尚行政訴訟提起に要する証拠物として他にも二三の偽造文書（所謂御判紙と称するもの）を作成行使したるものとし法律適用の点に至り刑法第五十五条を適用せられたり。 然れども[しかれども]前記判示事実を以て連続犯なりとせんには第一の文書偽造行使の際に於て全部（即ち其後に於ける偽造文書の行使を云ふ[いう]）に対する犯罪決意を有し其決意に基き行為を反覆したるものとなさざるべからず。 然るに原判決は第一の文書偽造行使の際其決意中に包含せられず爾後[じご]に於て別案に形成せられたる犯意に基きなしたる第二以下の偽造文書行使は偶偶同一の法意に対する侵害行為なりとの謬見より漫然連続犯と認定したるは理由不備にあらざれば擬律錯誤の裁判にして結局破毀を免れざるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎右は原審の職権に属する事実の認定を非難するものにして上告適法の理由とならず

第三点共同被告の上告理由は総で之を自己の利益に援用すと云ふ[いう]に在れども◎共同被告人共より提出したる上告論旨の理由なき事は各其論旨に対し説明したる如くなるを以て之を援用する本論旨亦[また]理由なし。

被告安次郎第一事実に対する趣意書第一点第一事件と第三事件と併合して一回の公判開廷す。 然るに続行延期となり公判半にして第一事件の伊藤義左衛門の取調を分離したり。 然るに第一事件に付ては一回の弁論もせずして直に第三事件へ併合の裁判を与へたり。 即ち本人なる義左衛門は未だ公判の審理も遂けず弁論も終らず本人義左衛門の判決如何[いかん]の分らざる二十余日以前に分離したる第一事件を一回の弁論をもせずして直に第三事件に併合の判決を為したるは失当にして違法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎記録を査するに本件は順次三回に起訴せられたる事実なるも第一審に於て右三事実を併合審理し唯一の判決を以て各被告等を有罪に処分し原審に於ては右判決に対する被告等の控訴を受理し明治四十三年七月七日被告共一同に対し事実全部の審理を為したる末証拠調の都合に依り続行する事と為り同十月六日第二回審理の際便宜上職権を以て相被告義左衛門一人のみを本件より分離して同月二十九日残る被告等一同に対し本案全部の判決を為したるものなれば原審の審理手続には何等の不法あることなし

第二点偽造物と認定せられし山口村差出明細帳は明治四十年六月十五日原審相被告佐藤友之助なる者突然自分宅へ来り此帳簿認め呉るる人なきやと云ふ[いう]故当町の人林源太方へ友之助を同道して右執筆を紹介したるのみにて右帳簿は如何[いかん]なる文言を書きたるや知らず其後七月二十日義左衛門より私印の彫刻依頼を受け八箇の印章を彫刻したり。 右私印は捺印ある押影を偽造彫刻したる者に無之自分適宜に彫刻したるものにて営業上取締違背なき様の彫刻を為したる次第なり。 右八箇の印彫刻出来上り八月五日義左衛門方へ持参し同人へ渡し直に帰宅せり。 故に右印章は如何[いかん]なる書類に使用したるや更に知らず。 然るに右帳簿の村差出明細帳は明治四十年六月二十五日を以て行政裁判所へ立証として提出したるに自分が彫刻し出来上り持参し渡したるは八月五日なり。 又自分が彫刻したる印章は八箇なり。 然るに右帳簿には十五六箇の押捺印あり左れば自分が彫刻したる印を右帳簿に捺印したりとすれば七八箇の印章不足なり。 右に対し印箇数は符合せず又帳簿は四十年六月二十五日を以て行政裁判所へ提出したるなれば印の彫刻出来上りたるは八月五日なれば提出後四十日に帳簿は出来上りたるものとすれば帳簿作成したる日数符合せず自分に於て右帳簿偽造したるものに非らざるは明白なり。 然るに裁判所が是れに対し右帳簿は明治四十年五六月中作成したるものなりと印の依頼を受けたる日及び彫刻出来上りたる日を明瞭に陳述したるにも拘はらず空想の理を付し不足なる七八箇の印章は如何[いかん]なるや又帳簿を提出したる月日と作成出来上りたる月日の相違は如何[いかん]なるや確実なる理由を付せず直に齟齬[そご]の理由を以て判決を為したるは違法の裁判にして破毀の第二点なりと云ひ」第三点自分が印章彫刻師なるを以て営業上依頼を受けたる者にて該事件の事情等は更に知らず又行政訴訟中なる事も知らず勿論共謀したる覚なし。 右事件には一切関係なく只営業の上から印章を彫刻したるのみにて印章の捺印ある印影と同一に彫刻したるものにあらず。 自分が適宜に字体を認め営業取締上違背なき様彫刻したるものなり。 依て情実を知り共謀したるに非らざるは明瞭なり。 現に山形地方裁判所公判廷に於て裁判長は相被告伊藤義左衛門に対し本件は自分並に友之助へ事実を明かして共謀したるに非ずやとの問に対し義左衛門は此事実は私一己の巧みにして決して自分並に友之助と共謀したるものに非らずと確たる答弁を為したり。 （山形地方裁判所の公判記録を詳細御閲覧を願ふ）然るに其れに対し原院は如何[いかん]なる理由ありて自分を義左衛門と共謀し偽造行使詐欺取財なりと判定せられたるは違法の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎右は何れも原審の職権に属する事実の認定を非難するものにして上告適法の理由とならず

被告安次郎第三事実に対する趣意書第一点自分が本件の書類に関しては更に其情実を知らず何となれば営業上より依頼に応したるものにて書類の如き印章の如きは別に古代の書類又は印章も其当時の人の捺印ある雛形を其儘同一に書写したるものに非らず印章も捺影したるものにて決して偽造したるものに無之勿論右の如く古代の書類印章を同一に拵へたるものなれば自分の印判取締上違背なれば彫刻の依頼には応する能はず自分の適宜彫刻に付、単に嘱に応したり。 此れに対し裁判所は其情を知りて偽造したるなりと認定せられたり右古書類の如きは一の骨董品の如し書にあれ画にあれ数百年を経たる古代の書画を拵へたりとして例せば豊臣秀吉公の書翰なりとし書画書類なりとし拵へたりとて是れを罰するか此れ。 即ち一の骨董品に過ぎず右に対し偽造行使なりと判定せられたるは違法の裁判なりとす。 又右書類は情を知り行使するものなりとすれば右書付中北角麿名義の（二百六号証）と中野門七名義の（二号証）とを角麿たる下に捺印したるを門七名下にも捺印はせざるなり。 何となれば其情も知らず行使する事も知らざる為め何れの書付も同役所へ提出するものに同印を別別の名下に捺印したり。 此れ。 即ち其情を知らず行使する事も知らず只た参考物として見るものなりとて営業上依頼に応し作成したるなり。 是れに対し自分に於ても行使したるものと判示認定したるは不法の裁判にして破毀の原因なりとすと云ひ」第二点本件には自分が関係共謀者には無之如何[いかん]となれば本件の関係者は各各公正証を経で目的物の価格を四分し銀蔵より関係者に対し巨寛に何分幸善に何分菊右衛門に何分山人に何分伝兵衛に何分と各各分配の契約を為したり。 （山形公証役場高田休烈の事務所公正台帳）に明記せり尚押収物件中に契約証ありや右本件には自分が関係共謀者に非らざる事は明明白白たり。 然るに是れに対し偽造行使詐欺取財未遂なりと判定したるは違法の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎右は何れも原審の職権に属する事実の認定を非難するものにして上告適法の理由とならず

被告義左衛門弁護人法学博士鵜沢総明上告趣意書第一点原判決は被告の所為中行政裁判所の判決を受け明治四十一年一月中該判決に基き当該官庁より山林の引渡を受けたる点を刑法に問擬するに当り刑法第二百四十六条第一項を以てしたり。 然れども[しかれども]同規定は専ら一私人を欺罔して財物を騙取[へんしゅ]する所為を罰す可き場合にして原判決認定の如き官庁より財物の引渡を受けたる所為は寧前掲第二百四十六条第二項の適用を受く。 可きものと思料す此点に於て原判決は擬律錯誤の不法ありと云ふ[いう]に在れども◎右被告の所為は行政裁判所を欺罔し国庫より判示の如く有形の山林を騙取[へんしゅ]したるものなるを以て原審が刑法第二百四十六条第一項を適用し被告を処分したりしは相当なり。 何となれば斯る場合に於ては其被害者が一私人たると国庫たるとは之を区別するの理由存せざればなり。 左れば本論旨は理由なし。

第二点原判決認定の前記事実を按ず[あんず]るに刑法第二百四十六条第二項の適用を受く。 可き場合の如く見ゆるを以て此関係を明白ならしむる為め財産上不法の利益を得たる趣旨を詳細に説明せざる可からず。 然るに原判決は之を欠きたる点に於て理由不備なりと思料すと云ふ[いう]に在れども◎右第一論旨の理由なき事前段説明する所の如くなる以上所論の点に関し原審に於て何等説明を為さざりしは当然なり。

第三点名主及び名主後見が官吏なりや否やに就ては大に疑義ある所なり。 従来の慣例に依り村民の選挙を基本として官の認可を要件としたる就職の形式により論すれば寧ろ[むしろ]公吏たるものの如し殊に藩制の下に於ては天皇大権の行動に基く官吏任命の方式と甚た異れるものあり任職の制度上一概に論す可らざるものあり。 故に原判決に於て公吏の見解を採れる第一審判決を訂正する以上は審に其理由を示さざる可らず。 然るに原判決茲に[ここに]出でずして官吏の認定を下したるは失当なりと云ふ[いう]に在れども◎市町村制の実施前に在りては法制上法人格を有する町村を認めざりしを以て判示当時に於ける名主後見は村の代表者に非ずして藩制の下に於ける一の行政官たりしこと勿論なれば此れと同一見解に出でたる原判決は相当なりとす。 而して[しこうして]斯る法制上公著の事実に対しては特に説明するの必要なし。 （判旨第十七点）

被告幸善弁護人音羽耕逸被告巨寛弁護人星野春吉、若松粂吉上告趣意書第二点本件の予審請求書（記録二冊の中甲号の分第一一五丁及第一六三丁参看）は明治四十二年八月十日附並に同十二日附の分共に起訴検事の所属官署の印を押捺しあることなく又右は官署の印を用ゆること能はざりし場合に作成せられたる書類なりとするも其之を用ゆること能はざりし事由を記載しあらざるを以て、即ち刑事訴訟法第二十条の規定に背きたる無効の書類に属し結局適法なる公訴の提起なかりしに帰するを以て之れが起訴ありたるものとして原院が言渡したる原判決も亦[また]違法を免れざるものなりと云ふ[いう]に在れども◎右予審請求書には最上郡（山形県）真室村大字新町正源寺に於て云云と記載ありて該文書は当該検事が出張先に於て作成したるものなる事明瞭なるを以て所属官署の印を押捺しあらざるも所掲条文の趣旨に照し該請求書は無効に非ず左れば本論旨は理由なし。

第三点原判決は第三犯罪事実の認定の資料として庄司銀蔵第一回及第三回予審調書を採用し該調書中「私方は大沢村に於ける旧家にして祖先代代大山守を致し四代前の清六も亦[また]然りし所」との同人供述を以て断罪の資に供せられたり。 然るに今親しく該調書中同人の供述を精査するに銀蔵の祖先が代代大山守を為し居たる趣旨の記載は存するも何れの部分に於ても被告の四代前の清六が大山守を為し居たりしとの事実に就ては更に其の供述しあるなし。 即ち原判決は虚無の証拠を以て断罪の資料に供したる不法ありと云ふ[いう]に在れども◎右銀蔵に対する予審調書記載の趣旨は原判決に援用したる所と同一趣旨に解釈し得べきを以て本論旨は理由なし。

第四点原判決は第三犯罪事実認定の証拠とし「被告幸善第四回予審調書に同人の供述として証第二一六号役人金田猪之助名下の真章とある印は私が彫刻せしめたる印章の影跡に相違なき旨の記載」と説示せられたり。 然るに今具さに右調書中同人の供述を精査するに「只今二百十六号証を示され役人金田猪之助名下に押しある真章とある印影は正に私が○○○（此三字不明）に呉れた印章に相違なく依て其書類は銀蔵儀八郎○○○（此三字不明）等申合はせ偽造したるものでないかと思はる」との供述は存するも何れの部分に於ても被告幸善が自ら其印を彫刻せしめたりとの自白を為したる形跡なし。 果して然らば原判決は被告の自白なきに不拘[かかわらず]自白ありたるものと為し架空の証憑[しょうひょう]に依り被告の行為を認めたるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決中被告幸善第四回予審調書とあるは第五回予審調書の誤記なる事記録上明確なるを以て所論旨は理由なし。

第五点原判決が其第三事実を認定する為めに被告佐藤伝兵衛第二回予審調書を採用したることは其証拠説明の部に依て明なり。 依て被告伝兵衛の第二回予審調書を閲するに被告伝兵衛の署名のみありて捺印なく又捺印せしめざる理由の附記もなし。 之れ即ち刑事訴訟法第九十五条第二項に違背せる不法あるものにして該調書は無効のものなり。 此無効の調書を証拠として採用したる原判決は虚無の証拠に依て事実を認定したる不法あるものと云はざるべからずと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法第二十一条第二号には官吏公吏に非ざる者の署名捺印すべき場合に於て捺印すること能はざるときは署名のみを為すべしとありて所掲右同法第九十五条第二項の規定は前顕条文の趣旨に変更せられたるものと解すべきことは本院判例とする所なるを以て本論旨は理由なし。

第六点相被告銀蔵伝兵衛及安次郎並に其各弁護人の上告趣意の各論旨を被告巨寛及幸善の為めに援用すと云ふ[いう]に在れども◎其援用する各被告人及弁護人の論旨の理由なきこと各其論旨に対し説明する如くなるを以て。 従て本論旨亦[また]理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与明治四十四年三月二十一日大審院第一刑事部