有價證券僞造ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）17輯377頁

本件上告は之を棄却す

弁護人高木益太郎上告趣意書第一点本件は被告が偽造約束手形を所持し居たりとの故を以て之を准現行犯として取扱はれたれども。 抑も刑事訴訟法第五十七条第二号の所謂「兇器賍物[ぞうぶつ]其他の物件を携帯して犯人と思料すべきとき」とは必ずや曩きに或一定の犯罪ありしこと明かにして、且、其携帯物件が之に相応するを以て則ち既知の犯罪は此者の所為なりと推認し得べき場合ならざるべからず。 然るに本件の約束手形は明治四十三年八月三日に偽造完成し爾来自己の手裡に収め居りて何人も之れが犯行ありしことを確知せざりしに其後九月二十七日に至り偶然の事由に依り初めて発覚したるものなれば之れを以て准現行犯なりとして特別処分の手続に依る能はざるは勿論なり。 果して然らば本件に付き検事は訊問調書を作成するの権限を有せざるを以て原判決が其証拠説明の部に援用せられたる被告に対する検事の訊問調書は無効の書類なりと云はざるべからず。 故に之を罪証に援用したる原判決は採証の法則に違反するものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法第五十七条第二号には兇器贓物[ぞうぶつ]其他の物件を携帯し云云犯人と思料すべきときとありて同号に所謂其他の物件に何等限定する所なければ犯罪行為より生じたる物件其ものを携帯するに依り現に犯人たることを確認するに足る以上は既知の犯罪に非ざるも前示法条に規定する准現行犯と解するを相当とす。 故に本件に於ける如く行使の目的を以て他人名義の証書を偽造し之を所持せる者を警察署に同行したる場合に於て巡査が右偽造証書を発見し其者を証書偽造の犯人と思料したるときは現行犯人に准し之を逮捕し司法警察官に告発し得べく。 而して[しこうして]右告発を受けたる司法警察官は逮捕及告発に関する調書を作成するは違法に非ず。 従て検事が被告惣太郎を准現行犯として訊問したる調書は適法のものなるを以て之を罪証に供するも無効の書類を採用したるものと云ふ[いう]を得ず。 本論旨は理由なし。

第二点検事又は司法警察官は現行犯又は准現行犯事件に付、犯所に臨検したる場合に限り予審判事に属する処分を為すことを得るものにして本案の如く巡査の捜査報告に基き被告が任意に門前町警察署に巡査と同行したる場合即ち純然たる非現行犯事件に付、司法警察官が逮捕告発代用調書なるものを作成したるは違法なるのみならず固より[もとより]犯所臨検の処分を施したることなきを以て現行犯処分の手続に拠ることを許さざるは勿論なるに検事が堀田惣太郎に対し之を現行犯事件と看做し其訊問調書を作成したるは越権の処分に依る無効の書類なり。 故に之を原判決が罪証に供したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎司法警察官が本件に付き作成したる逮捕及告発調書の不法のものに非ざることは前項論旨に於て説明する所の如し、而して[しこうして]検事は司法警察官より准現行犯の被告人を受取りたるときは仮予審の処分を経たると否とを問はず被告人を訊問することを得るは刑事訴訟法第百四十八条第二項の規定に依り明にして又所論訊問調書は右条項に依り検事の訊問の上作成せられたるものなることは記録上自ら明なれば該調書を罪証に供するも無効の証拠を採用したる不法の裁判に非ず

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事矢野茂干与明治四十四年三月十六日大審院第二刑事部