明治四十四年（れ）第一二三號
明治四十四年三月九日宣告
◎判決要旨
- 一 同一事件ニ付キ再度豫審ヲ請求スルモ唯後ノ請求ヲ不適法ナラシムルニ止マリ前ニ爲シタル適法ノ請求ヲ無效トスルモノニ非ス
右竊盜公文書僞造變造行使私文書僞造行使詐欺被告事件ニ付明治四十三年十二月十七日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
原判決ヲ破毀シ被告芳清ヲ懲役一年ニ處ス
押收物件中印鑑簿（第一號）ノ變造部分及土地賣渡證（第二號）改印鑑證明願書竝ニ同證明書（第
三號）土地所有權移轉登記申請書（第四號）田中盛賢名義ノ登記委任状（第四號ノ二）ノ各全部ヲ
沒收シ其他ハ各差出人ニ還付ス
公訴裁判費用ハ被告ノ負擔トス
被告辯護人高木益太郎上告趣意書第一點本件ニツキテ二重ノ起訴アリタルコトハ明治四十三年二月十四日附檢事森田廣治氏ノ豫審請求書ニ「大島郡島尻村大字面繩平民田中盛賢カ明治四十二年十月二十九日附ヲ以テ吉田芳清ヲ被告人トシテ告訴状ニ記載シタル事實當時大島郡島尻村大字目手久出張中ノ古後豫審判事ニ本件ノ豫審請求シタル旨電信ヲ以テ通知スルト同時ニ本件ノ記録ハ司法警察官ヨリ直ニ同豫審判事ニ交付スヘキ旨徳之島警察分署長ニ電信ニテ指揮致候」ノ記載アルト二月十四日附發信人「モリタケンジ」受信人「トクノシマケイサツブンショコゴヨシンハンジ」ノ電信送達紙ニ「ヨシダヨシキヨブンシヨギゾウヒコクジケンヨシンヲモトム」ノ記載アルトニヨリテ明白ナリ然ラハ本件ニツキテハ電信ニヨリテノ起訴ニヨリ既ニ權利拘束ノ效力ヲ生シタルモノナレハ其後豫審請求書ニ其キテ提起サレタル公訴ニツキテハ當然公訴不受理ノ裁判ヲナササルヘカラサルモノナルニ事茲ニ出テス豫審判事ハ之ニ基キテ之ヲ公判ニ移ス旨ノ豫審終結決定ヲナシ原院亦之ニ基キテ有罪ノ判決ヲ言渡サレタリ然ラハ即チ原院ハ一事不再訴ノ原則ニ反スル違法ノ裁判ヲ言渡シタリト言ハサル可ラスト信スト云フニ在リ◎依テ記録ヲ閲スルニ明治四十三年二月十四日附豫審請求書ニハ公訴事實ノ摘示アリ而シテ「當時大島郡島尻村大字目手久出張中ノ古後豫審判事ニ本件ノ豫審請求シタル旨電信ヲ以テ通知スルト同時ニ云云」ノ附記ヲ存ス其趣旨ニ據レハ前同日附ヲ以テ檢事ヨリ豫審判事ニ發シタル電信ハ同一事件ニ付キ豫審ヲ請求シタルモノニ非スシテ單ニ豫審ヲ請求シタル旨ノ通知ニ止ルト解スヘキカ故ニ本件ニ付キ重複シタル起訴アリタリトノ本論旨ハ謂ハレナキノミナラス縱令所論ノ如ク同一事件ニ付キ再度豫審ヲ請求シタルモノトスルモ之カ爲メニ前ニ適法ニ爲シタル豫審請求ヲ無效ナラシムルモノニ非ス唯後ニ爲シタル豫審請求ヲ不適法ナラシムルノミ而シテ豫審判事カ豫審終結決定ニ因リ事件ヲ公判ニ付シタル場合ニ於テハ右ハ前ニ爲シタル適法ノ起訴ニ基キ爲シタルモノニシテ後ノ不適法ナル起訴ニ對シテハ未タ何等ノ決定アラサリシモノト謂フヲ相當トス故ニ豫審終結決定ハ無效ニ非ス從テ該決定ニ因リ事件ヲ審判スルモ違法ニ非ス本論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ニハ其ノ事實認定ノ部ニ「前畧同月（明治四十一年八月）十四日之ヲ（僞造印鑑證明願書）島尻村役場ニ提出シ其ノ證明ヲ求メタルモ該役場吏員壽八壽ノ爲メニ拒絶セラレタルヨリ八壽ノ離席シタル隙ヲ窺ヒ密ニ同人ノ机上ニ在リタル同役場備付ニ係リ其ノ役場ノ署名アル印鑑簿ヲ取出シ其ノ中田中盛賢ノ印鑑アル上欄ニ右竊取シタル認印ヲ押捺シ恰モ同人カ改印シタルモノノ如ク之レヲ同役場ニ備付ケ置キ（第一）更ニ日時場所不詳田中盛賢名義ノ改印鑑證明願書ヲ作成シ其ノ半面ニ右證明候也明治四十一年八月一日島尻村長福澤徳重ト記入シ盛賢名下其ノ他ニ竊取シタル同人ノ認印ヲ押捺シ徳重名下ニハ島尻村長ノ職印ヲ印鑑貼附部ニハ島尻村役場印ヲ各々押捺シテ之レカ僞造ヲ完成シ（第二）云云」ト認定セラレタリ之レニヨリテ見レハ第二ノ所爲ハ其日時不明ナルコト明ナル所又第一ノ所爲ハ四十一年八月十四日ニ行ヒタルモノノ如シ果シテ然ラハ第一所爲ハ舊法時代ニ行ハレタルモノニシテ第二ノ所爲ハ舊法時代ニ行ハレタルヤ又新刑法施行後行ハレタルヤ不明ノモノナリトス然ルニ原院カ此等ノ所爲ニ對シ法ヲ適用スルニ當リ第一所爲ニ對シテハ新舊二法ノ刑ノ比照ヲ爲サスシテ直チニ新法ヲ適用シ第二ノ所爲ニ對シテハ（殊ニ刑法第四十五條四十七條適用ノ結果本所爲ニ對スル刑ノ範圍内ニ於テ處斷セラレタルモノナルニ）其犯罪日時ヲ確定セスシテ直チニ刑法ヲ適用セラレタルハ孰レノ點モ明ニ違法ナリト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ判示第一事實ニ付キ新舊刑法ヲ比照シ輕キ舊刑法ヲ適用シアルヲ以テ此點ニ關スル論旨ハ謂ハレナシ又判示第二事實中改印鑑證明願書及ヒ同證明書ノ僞造行爲ニ付テハ犯罪ノ日時ヲ明示セス所犯刑法施行ノ前後孰レニ在リシヤヲ確認スル能ハサルヲ以テ姑ク刑法施行前ノ行爲ナリト爲スモ該行爲ハ刑法施行後行ヒタル該僞造文書行使ノ行爲ト手段結果ノ關係アルヲ以テ刑法第五十四條ニ依リ一罪ヲ構成スヘキモノナレハ原判決カ該行爲ニモ刑法ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ此點ニ關スル本論旨亦理由ナシ
第三點原院判決ハ其證據説明ノ末尾ニ於テ「第三號改印鑑證明願書竝ニ同證明書ノ各現在ニ對照シ前掲犯罪ノ證憑充分ナリ」ト判示シ以テ本件犯罪事實ヲ確認セラレタリ依テ證據物件目録中ヲ通覽スルニ（記録一丁）右改印證明書ノ存在ハ之ヲ認ムルコトヲ得ルト雖モ同證明書ノ存在記載ノアルナシ然ラハ則チ原判決ハ一面刑事訴訟法第百九十八條第二項ノ規定ニ背乖スルト同時ニ（記録二七四丁）亦タ虚無ノ證據ヲ罪證ニ供シタルノ欠缺アルヲ以テ破毀ヲ免レサルモノナリト信スト云フニ在レトモ◎右改印鑑證明書ハ右證明願書ト一葉ノ用紙ニ於テ作成セラレタルモノナルコトハ原判決ノ認定セル所ナレハ證據物件目録ニ改印鑑證明願書トアルハ同證明書ヲモ包含スルノ趣旨ナルヤ勿論ニシテ該證明書ノ存在ハ毫モ疑ヲ容レス又證據物件ニ付キ證據調ヲ爲シタルコトハ原審公判始末書ニ依リテ明白ナレハ本論旨ハ謂ハレナシ
被告辯護人東兵右衛門上告趣意書第一點原判決ハ本件第二ノ事實中印鑑簿變造竝ニ行使ノ所爲ニ法律ヲ適用スルニ當リ刑法第百五十五條第二項及同法第百五十八條第一項第百五十五條第二項第一項ヲ以テセラレタリト雖原判決摘示ノ事實第二ニヨレハ是等ノ所爲ハ何レモ明治四十一年八月十四日ナルコト明白ナリトス果シテ然ラハ何レモ刑法施行前ノ所爲ナルコトモ從テ明白ナリトス然ルニ刑法ノ規定ヲ適用セラレタルハ擬律ニ錯誤アル判決ナリト信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ原判決ノ第二判示事實ニ據レハ被告ハ明治四十一年八月十四日島尻村役場ニ於テ同役場備付ニ係ル其役場ノ署名アル印鑑簿中田中盛賢ノ印鑑アル上欄ヘ竊取シタル盛賢ノ認印ヲ押捺シ同人ノ改印シタルモノノ如ク該印鑑簿ノ一部ヲ變造シ之ヲ同役場ニ備付ケ置キタリト云フニ在リ右ハ舊刑法施行中ノ行爲ニ係リ而カモ刑法施行後ノ行爲ト共ニ牽聯罪ヲ構成スル事實ニ非サルニ拘ハラス原判決ニ於テハ漫然他ノ第二判示事實中ノ行爲ト共ニ順次手段結果ノ關係アルヲ以テ刑法第五十四條ニ依リ處斷スヘキモノト判示シ該行爲ニ對シテ刑法ノミヲ適用シタルハ所論ノ如ク擬律錯誤ノ違法アルモノニシテ本論旨ハ理由アリ
第二點原判決ハ本件第二ノ事實中改印鑑證明書僞造ノ所爲ニ法律ヲ適用スルニ當リ刑法第百五十四條第一項ヲ以テセラレタリト雖原判決摘示ノ事實第二ニヨレハ本所爲ノアリタル日時ノ不詳ナルコトハ特ニ明記セラレタル所ナリトス即チ明治四十一年八月十四日ニ於ケル印鑑簿變造ノ所爲後明治四十二年三月二十九日右僞造ノ改印鑑證明書ヲ土地賣渡證其他ノ書類ニ添附シ大島區裁判所龜澤出張所ニ提出シタル前ニシテ其日時ハ不詳ナリトス從テ刑法施行ノ前後ヲモ知ルニ由ナシ然ルニ漫然刑法ヲ適用セラレタルハ是レ亦擬律ニ錯誤アル判決ナリト信スト云フニ在レトモ◎本論旨ハ辯護人高木益太郎上告趣意書第二點ニ同シ其理由ナキコトハ同論旨ニ對スル説明ニ依リ之ヲ了解スヘシ
第三點原審ニ於テ明治四十三年十二月十三日受命判事栗本武三カ開廷前被告ヲ訊問シタル調書（二百五十八頁）ヲ作ルニ當リ單ニ書記ノ記名調印アルノミニテ受命判事栗本武三ノ記名調印ヲ逸シタルハ手續法ノ法則ニ遺脱シタル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第二百三十七條ニ依リテ受命判事ノ爲ス公判開廷前ノ被告人訊問ニ付テハ同條第三項ニ從ヒ裁判所書記ハ調書ヲ作成スヘキモノナルヲ以テ該調書ニ受命判事ノ署名捺印ヲ要スル規定ナキ以上ハ書記ノ署名捺印ノミヲ以テ足ル本論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條第二百八十七條ニ依リ原判決ヲ破毀シ本院ニ於テ直チニ判決ヲ爲スヘキモノトス依テ原判決ニ於テ認定セル事實ニ據リ之ヲ法律ニ照スニ被告ノ第一認印竊取第二所爲中私印盜用印鑑證明願書僞造行使及ヒ印鑑簿變造行使ノ各所爲ハ孰レモ刑法施行前ノ犯行ニ係リ其後ノ法律ニ因リ刑ノ變更アリタルモノナルヲ以テ刑法第六條第十條刑法施行法第二條第三條ニ依リ新舊兩法ヲ比照スルニ舊法ニ在リテハ認印竊取ノ所爲ハ舊刑法第三百六十六條第三百七十六條ニ私印盜用ノ所爲ハ同法第二百八條第二項第一項第二百十二條ニ印鑑證明願書僞造行使ノ所爲ハ同法第二百十條第二項第二百十二條ニ印鑑簿變造行使ノ所爲ハ同法第二百三條ニ何レモ該當シ數罪倶發ニ付同法第百條ニ依リ最モ重キ印鑑簿變造行使罪ニ從フヘク新法ニ在リテハ認印竊取ノ所爲ハ刑法第二百三十五條ニ印鑑證明願書僞造ノ所爲ハ同法第百五十九條第一項ニ其行使ノ所爲ハ同法第百六十一條第一項第百五十九條第一項ニ印鑑簿變造ノ所爲ハ同法第百五十五條第二項第一項ニ變造印鑑簿行使ノ所爲ハ同法第百五十八條第一項第百五十五條第二項第一項ニ該當スルモ右印鑑證明願書僞造ノ所爲ト僞造印鑑證明願書行使ノ所爲印鑑簿變造ノ所爲ト變造印鑑簿行使ノ所爲トハ手段結果ノ關係アルヲ以テ各刑法第五十四條ニ依リ印鑑證明願書僞造及ヒ印鑑簿變造ノ所爲ヲ重シト爲シ之ニ從ヒ尚ホ併合罪ニ付キ同法第四十五條第四十七條ニ依リ重キ印鑑簿變造罪ノ刑ニ加重スヘク因テ其輕キ舊刑法ノ各法條及ヒ刑法施行法第五條ヲ適用處斷スヘク第二所爲中改印鑑證明書僞造ノ所爲ハ同法第百五十五條第一項ニ之ヲ行使シタル所爲ハ同法第百五十八條第一項第百五十五條第一項ニ改印鑑證明願書土地賣渡證登記委任状及ヒ土地所有權移轉登記申請書僞造ノ各所爲ハ何レモ同法第百五十九條第一項ニ之ヲ行使シタル各所爲ハ同法第百六十一條第一項第百五十九條第一項ニ登記官吏ヲシテ登記簿ニ不實ノ記載ヲ爲サシメタル所爲ハ同法第百五十七條第一項ニ之ヲ行使シタル所爲ハ同法第百五十八條第一項第百五十七條第一項ニ各該當スル處以上各所爲ハ順次手段結果ノ關係アリ又改印鑑證明書ノ僞造ト改印鑑證明願書ノ僞造及ヒ其各行使ハ各一箇ノ行爲ニシテ二箇ノ罪名ニ觸レタルモノナルヲ以テ何レモ同法第五十四條第一項ニ依リ其最モ重キ印鑑證明書僞造ノ罪ニ付キ定メタル刑ニ從フヘク而シテ刑法施行前ニ犯シタル數罪ト刑法施行後ニ犯シタル一罪トニ付キ同時ニ裁判ヲ爲ス場合ナルヲ以テ刑法施行法第九條ニ依リ刑法第四十五條第四十七條ヲ準用シ其重キ印鑑證明書僞造ノ罪ニ付キ定メタル刑ニ加重シタル範圍内ニ於テ被告ヲ懲役一年ニ處シ押收物件中印鑑簿（第一號）ノ變造部分及土地賣渡證（第二號）改印鑑證明願書竝同證明書（第三號）土地所有權移轉登記申請書（第四號）田中盛賢名義ノ登記委任状（第四號ノ二）ノ各全部ハ何レモ刑法第十九條ニ依リ之ヲ沒收シ其他ハ刑事訴訟法第二百二條ニ依リ各差出人ニ還付シ公訴裁判費用ハ同法第二百一條第一項ニ依リ被告ヲシテ負擔セシムヘキモノトス因テ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與明治四十四年三月九日大審院第二刑事部
明治四十四年（レ）第一二三号
明治四十四年三月九日宣告
◎判決要旨
- 一 同一事件に付き再度予審を請求するも唯後の請求を不適法ならしむるに止まり前に為したる適法の請求を無効とするものに非ず
右窃盗公文書偽造変造行使私文書偽造行使詐欺被告事件に付、明治四十三年十二月十七日長崎控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
原判決を破毀し被告芳清を懲役一年に処す
押収物件中印鑑簿（第一号）の変造部分及土地売渡証（第二号）改印鑑証明願書並に同証明書（第
三号）土地所有権移転登記申請書（第四号）田中盛賢名義の登記委任状（第四号の二）の各全部を
没収し其他は各差出人に還付す
公訴裁判費用は被告の負担とす。
被告弁護人高木益太郎上告趣意書第一点本件につきて二重の起訴ありたることは明治四十三年二月十四日附検事森田広治氏の予審請求書に「大島郡島尻村大字面縄平民田中盛賢が明治四十二年十月二十九日附を以て吉田芳清を被告人として告訴状に記載したる事実当時大島郡島尻村大字目手久出張中の古後予審判事に本件の予審請求したる旨電信を以て通知すると同時に本件の記録は司法警察官より直に同予審判事に交付すべき旨徳之島警察分署長に電信にて指揮致候」の記載あると二月十四日附発信人「もりたけんじ」受信人「とくのしまけいさつぶんしょこごよしんばんじ」の電信送達紙に「よしだよしきよぶんしよぎぞうひこくじけんよしんをもとむ」の記載あるとによりて明白なり。
然らば本件につきては電信によりての起訴により既に権利拘束の効力を生じたるものなれば其後予審請求書に其きて提起されたる公訴につきては当然公訴不受理の裁判をなさざるべからざるものなるに事茲に出でず予審判事は之に基きて之を公判に移す旨の予審終結決定をなし原院亦之に基きて有罪の判決を言渡されたり。
然らば、即ち原院は一事不再訴の原則に反する違法の裁判を言渡したりと言はざる可らずと信ずと云ふに在り◎依て記録を閲するに明治四十三年二月十四日附予審請求書には公訴事実の摘示あり。
而して「当時大島郡島尻村大字目手久出張中の古後予審判事に本件の予審請求したる旨電信を以て通知すると同時に云云」の附記を存す其趣旨に拠れば前同日附を以て検事より予審判事に発したる電信は同一事件に付き予審を請求したるものに非ずして単に予審を請求したる旨の通知に止ると解すべきが故に本件に付き重複したる起訴ありたりとの本論旨は謂はれなきのみならず縦令所論の如く同一事件に付き再度予審を請求したるものとするも之が為めに前に適法に為したる予審請求を無効ならしむるものに非ず唯後に為したる予審請求を不適法ならしむるのみ。
而して予審判事が予審終結決定に因り事件を公判に付したる場合に於ては右は前に為したる適法の起訴に基き為したるものにして後の不適法なる起訴に対しては未だ何等の決定あらざりしものと謂ふを相当とす。
故に予審終結決定は無効に非ず。
従て該決定に因り事件を審判するも違法に非ず本論旨は理由なし。
第二点原判決には其の事実認定の部に「前略同月（明治四十一年八月）十四日之を（偽造印鑑証明願書）島尻村役場に提出し其の証明を求めたるも該役場吏員寿八寿の為めに拒絶せられたるより八寿の離席したる隙を窺ひ密に同人の机上に在りたる同役場備付に係り其の役場の署名ある印鑑簿を取出し其の中田中盛賢の印鑑ある上欄に右窃取したる認印を押捺し恰も同人が改印したるものの如く之れを同役場に備付け置き（第一）更に日時場所不詳田中盛賢名義の改印鑑証明願書を作成し其の半面に右証明候也明治四十一年八月一日島尻村長福沢徳重と記入し盛賢名下其の他に窃取したる同人の認印を押捺し徳重名下には島尻村長の職印を印鑑貼附部には島尻村役場印を各各押捺して之れが偽造を完成し（第二）云云」と認定せられたり之れによりて見れば第二の所為は其日時不明なること明なる所又第一の所為は四十一年八月十四日に行ひたるものの如し果して然らば第一所為は旧法時代に行はれたるものにして第二の所為は旧法時代に行はれたるや又新刑法施行後行はれたるや不明のものなりとす。
然るに原院が此等の所為に対し法を適用するに当り第一所為に対しては新旧二法の刑の比照を為さずして直ちに新法を適用し第二の所為に対しては（殊に刑法第四十五条四十七条適用の結果本所為に対する刑の範囲内に於て処断せられたるものなるに）其犯罪日時を確定せずして直ちに刑法を適用せられたるは孰れの点も明に違法なりと信ずと云ふに在れども◎原判決には判示第一事実に付き新旧刑法を比照し軽き旧刑法を適用しあるを以て此点に関する論旨は謂はれなし又判示第二事実中改印鑑証明願書及び同証明書の偽造行為に付ては犯罪の日時を明示せず所犯刑法施行の前後孰れに在りしやを確認する能はざるを以て姑く刑法施行前の行為なりと為すも該行為は刑法施行後行ひたる該偽造文書行使の行為と手段結果の関係あるを以て刑法第五十四条に依り一罪を構成すべきものなれば原判決が該行為にも刑法を適用処断したるは相当にして此点に関する本論旨亦理由なし。
第三点原院判決は其証拠説明の末尾に於て「第三号改印鑑証明願書並に同証明書の各現在に対照し前掲犯罪の証憑充分なり。」と判示し以て本件犯罪事実を確認せられたり。
依て証拠物件目録中を通覧するに（記録一丁）右改印証明書の存在は之を認むることを得ると雖も同証明書の存在記載のあるなし然らば則ち原判決は一面刑事訴訟法第百九十八条第二項の規定に背乖すると同時に（記録二七四丁）亦た虚無の証拠を罪証に供したるの欠欠あるを以て破毀を免れざるものなりと信ずと云ふに在れども◎右改印鑑証明書は右証明願書と一葉の用紙に於て作成せられたるものなることは原判決の認定せる所なれば証拠物件目録に改印鑑証明願書とあるは同証明書をも包含するの趣旨なるや勿論にして該証明書の存在は毫も疑を容れず又証拠物件に付き証拠調を為したることは原審公判始末書に依りて明白なれば本論旨は謂はれなし
被告弁護人東兵右衛門上告趣意書第一点原判決は本件第二の事実中印鑑簿変造並に行使の所為に法律を適用するに当り刑法第百五十五条第二項及同法第百五十八条第一項第百五十五条第二項第一項を以てせられたりと雖原判決摘示の事実第二によれば是等の所為は何れも明治四十一年八月十四日なること明白なりとす。
果して然らば何れも刑法施行前の所為なることも。
従て明白なりとす。
然るに刑法の規定を適用せられたるは擬律に錯誤ある判決なりと信ずと云ふに在り◎依て按ずるに原判決の第二判示事実に拠れば被告は明治四十一年八月十四日島尻村役場に於て同役場備付に係る其役場の署名ある印鑑簿中田中盛賢の印鑑ある上欄へ窃取したる盛賢の認印を押捺し同人の改印したるものの如く該印鑑簿の一部を変造し之を同役場に備付け置きたりと云ふに在り右は旧刑法施行中の行為に係り而かも刑法施行後の行為と共に牽連罪を構成する事実に非ざるに拘はらず原判決に於ては漫然他の第二判示事実中の行為と共に順次手段結果の関係あるを以て刑法第五十四条に依り処断すべきものと判示し該行為に対して刑法のみを適用したるは所論の如く擬律錯誤の違法あるものにして本論旨は理由あり
第二点原判決は本件第二の事実中改印鑑証明書偽造の所為に法律を適用するに当り刑法第百五十四条第一項を以てせられたりと雖原判決摘示の事実第二によれば本所為のありたる日時の不詳なることは特に明記せられたる所なりとす。
即ち明治四十一年八月十四日に於ける印鑑簿変造の所為後明治四十二年三月二十九日右偽造の改印鑑証明書を土地売渡証其他の書類に添附し大島区裁判所亀沢出張所に提出したる前にして其日時は不詳なりとす。
従て刑法施行の前後をも知るに由なし。
然るに漫然刑法を適用せられたるは是れ亦擬律に錯誤ある判決なりと信ずと云ふに在れども◎本論旨は弁護人高木益太郎上告趣意書第二点に同じ。
其理由なきことは同論旨に対する説明に依り之を了解すべし。
第三点原審に於て明治四十三年十二月十三日受命判事栗本武三が開廷前被告を訊問したる調書（二百五十八頁）を作るに当り単に書記の記名調印あるのみにて受命判事栗本武三の記名調印を逸したるは手続法の法則に遺脱したる不法あるものと信ずと云ふに在れども◎刑事訴訟法第二百三十七条に依りて受命判事の為す公判開廷前の被告人訊問に付ては同条第三項に従ひ裁判所書記は調書を作成すべきものなるを以て該調書に受命判事の署名捺印を要する規定なき以上は書記の署名捺印のみを以て足る。
本論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決を破毀し本院に於て直ちに判決を為すべきものとす。
依て原判決に於て認定せる事実に拠り之を法律に照すに被告の第一認印窃取第二所為中私印盗用印鑑証明願書偽造行使及び印鑑簿変造行使の各所為は孰れも刑法施行前の犯行に係り其後の法律に因り刑の変更ありたるものなるを以て刑法第六条第十条刑法施行法第二条第三条に依り新旧両法を比照するに旧法に在りては認印窃取の所為は旧刑法第三百六十六条第三百七十六条に私印盗用の所為は同法第二百八条第二項第一項第二百十二条に印鑑証明願書偽造行使の所為は同法第二百十条第二項第二百十二条に印鑑簿変造行使の所為は同法第二百三条に何れも該当し数罪倶発に付、同法第百条に依り最も重き印鑑簿変造行使罪に従ふべく新法に在りては認印窃取の所為は刑法第二百三十五条に印鑑証明願書偽造の所為は同法第百五十九条第一項に其行使の所為は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に印鑑簿変造の所為は同法第百五十五条第二項第一項に変造印鑑簿行使の所為は同法第百五十八条第一項第百五十五条第二項第一項に該当するも右印鑑証明願書偽造の所為と偽造印鑑証明願書行使の所為印鑑簿変造の所為と変造印鑑簿行使の所為とは手段結果の関係あるを以て各刑法第五十四条に依り印鑑証明願書偽造及び印鑑簿変造の所為を重しと為し之に従ひ尚ほ併合罪に付き同法第四十五条第四十七条に依り重き印鑑簿変造罪の刑に加重すべく因で其軽き旧刑法の各法条及び刑法施行法第五条を適用処断すべく第二所為中改印鑑証明書偽造の所為は同法第百五十五条第一項に之を行使したる所為は同法第百五十八条第一項第百五十五条第一項に改印鑑証明願書土地売渡証登記委任状及び土地所有権移転登記申請書偽造の各所為は何れも同法第百五十九条第一項に之を行使したる各所為は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に登記官吏をして登記簿に不実の記載を為さしめたる所為は同法第百五十七条第一項に之を行使したる所為は同法第百五十八条第一項第百五十七条第一項に各該当する処以上各所為は順次手段結果の関係あり又改印鑑証明書の偽造と改印鑑証明願書の偽造及び其各行使は各一箇の行為にして二箇の罪名に触れたるものなるを以て何れも同法第五十四条第一項に依り其最も重き印鑑証明書偽造の罪に付き定めたる刑に従ふべく。
而して刑法施行前に犯したる数罪と刑法施行後に犯したる一罪とに付き同時に裁判を為す場合なるを以て刑法施行法第九条に依り刑法第四十五条第四十七条を準用し其重き印鑑証明書偽造の罪に付き定めたる刑に加重したる範囲内に於て被告を懲役一年に処し押収物件中印鑑簿（第一号）の変造部分及土地売渡証（第二号）改印鑑証明願書並同証明書（第三号）土地所有権移転登記申請書（第四号）田中盛賢名義の登記委任状（第四号の二）の各全部は何れも刑法第十九条に依り之を没収し其他は刑事訴訟法第二百二条に依り各差出人に還付し公訴裁判費用は同法第二百一条第一項に依り被告をして負担せしむべきものとす。
因で主文の如く判決す
検事矢野茂干与明治四十四年三月九日大審院第二刑事部
