誣告ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯2045頁

本件上告は之を棄却す

弁護人布施辰治上告趣意書第一点刑法第五十五条に「数箇の行為にして同一の罪名に触るるときは一罪として之れを処断す」との所謂連続犯とは数箇の行為を各箇別立の行為として部分的に観念するも尚ほ犯罪を構成し且つ其の繰返されたる数箇の行為を連続したる一罪として観念するときは犯罪の結果の量を拡大せらるべき性質の罪案なりと思料せらる今原判決を閲するに「被告は下水内郡外様村大字中曽根小林辰右衛門外家内合計六名のものに刑事上の処分を受けしむるの目的を以て同人等は明治四十二年十二月九日同郡外様村字縁黒倉官林にて炭焼窃盗を為したり。 而して[しこうして]其額は凡そ五十俵位なりとの事実を飯山警察署に一回長野区裁判所に一回同事実を以て小林辰右衛門のみに対し飯山警察署に一回都合三回虚偽の申告を為したり。」との趣意にありて刑法第五十五条連続犯に関する規定を問擬せられたるも原院の判示事実に由れば被告の繰返したる三回の申告は全く同一の犯罪事実を同一の警察署に二回及同一所管の検事局に為したるものにして仮りに其目的を遂行し得たりとするも之を刑事裁判に所謂一事不再理の原則よりずるときは其申告の一回たると数回たるとによりて犯罪の結果に何等の異同影響を生ず。 可きものにあらざることは仮例殺人の犯罪手段として一刀を揮へて其目的を達したると亦[また]数刀を加へて其目的を達したるとによりて犯罪の結果に何等の異同影響を生ぜざると同一なる単一の事実也然らば原判決が如上の三回の申告事実に対して連続犯の規定を適用したるは擬律錯誤の不法也と云ふ[いう]に在れども◎連続したる数箇の行為にして同一罪名に触るるものなる以上其犯罪の結果の量が犯罪行為の箇数に。 従て拡大せらるるものなると否とを問はず等しく連続の一罪として刑法第五十五条を適用処断すべきものなるを以て原判決に於て所論の事実を認め右条文を適用したりしは相当なり。

第二点刑事訴訟法の規定に由れば被告人は其利益の為めに弁護人を附するの権利を有し、而して[しこうして]裁判所は被告人より選定せられたる弁護人に対しては公判期日の通知を為すことを要する也然るに原審記録を閲するに原院に於ては明治四十三年九月九日被告人より選定届出を為したる弁護人布施辰治に対し同月十二日の公判期日を通知せずして結審判決の言渡を為したるは重大なる訴訟手続に違背したる不法ありと信ずと云ふ[いう]に在れども◎記録を査するに本案に関しては原審に於て被告に対し明治四十三年八月三十日を以て呼出状を発し同年九月九日を以て公判期日と定め当日開廷即日結審したるものとす。

然るに被告よりの弁護人選定届は右同日結審後に提出せられたるものなるを以て原審が所論弁護人に対し呼出状を発せざりしは当然なり。

第三点刑事訴訟法の規定に由れば被告及弁護人は判決の終りに至る迄書面又は口頭に依り被告利益の証拠を提出するの権利を有する也。 而して[しこうして]右証拠の提出及申請ありたる場合に於ては裁判所は検事の意見を聴き其許否を決す。 可きものとす。 然るに原審控訴院は明治四十三年九月九日附を以て弁護人布施辰治より申請したる石田浅次郎外二名の証人申請に対して検事の意見を徴せず又証拠決定を為さずして結審判決の言渡を為したるは前点同様破毀を免れざるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎既に第二点に於て説明したる如く本案に関する弁護人選定届は審理結了後に提出せられたる為め右弁護人布施辰治より弁論再開の申請を為し其申請書中に所掲証人の喚問を請求する旨記載し之を当該裁判所に提出したるも原審に於ては右申請を却下し弁論再開の手続を為さざりしものなるを以て原審に於て所論の如き証拠決定を為さざりしは当然なり。

第四点原判決の罪証に供したる宮崎源一郎外一名の作成したる検査報告書を査閲するに官署の印を押捺せず亦[また]其押捺せざる理由をも附記せられざる違法無効の書類也然らば原判決は爰点に於て採証の法則を誤りたるの失当を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎右報告書は山林属宮崎源一郎外一名が飯山小林区署長に宛差出したる文書にして固より[もとより]刑事訴訟法の規定に依り作成すべき性質のものにあらざるが故に縦し[よし]官署印の押捺を欠くとするも為めに無効に帰すべきものにあらず。 左れば原審に於て該文書を採で本案断罪の資料に供したるは不当に非ず

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事板倉松太郎干与明治四十三年十一月十八日大審院第一刑事部