竊盜及詐欺取財約束手形僞造行使ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯1341頁

本件上告は之を棄却す

弁護人沢田薫上告趣意書一、記録を査するに原審公判始末書に「検事は云云原判決を取消し被告人を相当重く科刑せられたしと陳述せり」と記載あるを見る是即ち原判決の不当を攻撃し原判決を被告人の不利益に変更せられんことを申立てたるものにして取りも直さず検事の附帯控訴ありたるものと認むるの外なし。 而して[しこうして]附帯控訴の申立には必ずしも附帯控訴なる術語を用ひざるべからざるものにあらざることは御院判例の夙に[つとに]明示せらるる所にして原審が右検事の附帯控訴の申立を看過し之れに対し何等の裁判を為さざりしは不法にして原判決は破毀を免れざるものなりと云ふ[いう]に在れども◎原院公判始末書を見るに検事は事実の認定は原判決は相当なるも約束手形偽造行使に付、法律適用に欠点あり、且、窃盗事件と約束手形偽造行使事件と合併審理の結果原判決を取消し被告人を相当重く科刑せられたしと陳述せりと記載しありて検事は単に一審判決の擬律に欠点あると第二審に於て併合審理せし結果に因り第一審判決を取消し其判決が被告に科したる刑の範囲に於て相当重く処罰あり度旨の意見を述べたるに止り一審判決の刑を被告人の不利益に変更すべき請求を為したる趣旨にあらざることは其前後の文詞に徴し自ら明なれば検事の前示請求を以て附帯控訴を為したるものと云ふ[いう]を得ず。 故に本論旨は理由なし。

二、現判決は被告の三箇の犯罪中約束手形偽造の点を重しとし之に従ひ被告に懲役五年の刑を科せられたり。 然るに本件第一審判決を見るに被告の窃盗及び詐欺取財の罪に対しては懲役三年の刑を科し約束手形偽造の罪に対しては懲役四年の刑を科せられたるものに係り原院が右約束手形偽造の罪を重しとし之れに対し懲役五年の刑を科せられたるは則ち第一審判決を被告の不利益に変更せられたること明かなり。 而して[しこうして]原審に於て此くの如く刑の変更を為したるは前示三箇の犯罪を併合審理したる結果なるべしと雖[いえども]も刑事訴訟法第二百六十五条の規定は第二審に於て数箇の事案を併合審理する場合と其否さる場合とを区別する事なきが故に法の解釈としては其何れの場合たるを分たず検事の控訴又は附帯控訴なき限り常に原判決を不利益に変更するを禁ずるの法意なりと解せざるべからず。 則ち原判決は刑事訴訟法第二百六十五条に違背したる不法あるものなりと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに被告人に対する併合罪を一審に於て日時を異にし審判せし結果各別に被告人に対して刑を科したる二箇の事件を第二審裁判所が併合審理したるに因り併合罪の規定に従ひ一の刑を言渡すも其刑にして一審判決が科したる二箇の刑を合算せし刑の範囲に於て法定の制限を超過せざる以上は仮令[たとい]一審が被告に科したる各箇の刑より重き刑を言渡すも被告人の不利益に一審判決の刑を変更したるものと云ふ[いう]を得ず。 故に本件に付、一審判決が被告人に科したる懲役三年と懲役四年との合算刑の範囲内にして又其重き形即ち懲役四年の刑に其半数を加へたる刑期を超過せざる範囲に於て原判決が被告人を懲役五年に処罰するも一審判決を被告人の不利益に変更したるものにあらず。 故に本論旨は理由なし。

三、原判決証拠説明の部に「山崎しまの予審調書中其供述として云云翌日野島方に照会せしに同家の裏書にあらざるを以て支払ふこと能はずと申されたる旨の記載」と説示せらるるも同人予審調書を査するに右野島方にては自分の家にて振り出したるものにあらずとて支払を拒まれたる旨の供述あるのみにして「同家の裏書にあらざるを以て支払ふこと能はずと申されたる旨」の供述記載は之は存する事なし。 原判決は虚無の証拠を罪証に供したる不法あるものなりと云ふ[いう]に在れども◎所論予審調書を見るに前略日の出屋へ電話にて聞合せますと自分の家で振り出した。 手形ならば現金を支払ふから持で来て呉れと申すに付き十時頃日の出屋へ参りお神さんに手形を見せますと此手形は自分の家で振り出したものでないと申すに付、帰りました。 云云との記載ありて其趣旨は原判決に摘示する如く解し得べければ虚無の証拠を罪証に供したる不法の裁判にあらず。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事矢野茂干与明治四十三年七月四日大審院第一刑事部