私文書竝私印章僞造行使詐欺及登録商標侵害ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯1027頁

本件上告は之を棄却す

被告森平太郎上告趣意書第一点本被告事件は純然たる売薬規則違犯なるに原審にては私文書及私印章偽造行使商標法違犯として罰せられたるは擬律錯誤の裁判なりとす。 抑も売薬規則第二十四条に諸鑑札を偽造し他人の売薬を贋造したる者は五十円以上二百円以下の罰金に処すとの明文あり茲に[ここに]所謂他人の売薬とは同法第二条以下に於て効能及用法等を附記し製造者の住所氏名を記入すべしとあるに依りて明かなるが如く一箇の売薬を製造するには薬剤と共に必ずや附属すべき効能書及外袋等を造り印紙税法の定むる所に依り印紙を貼用[ちょうよう]し之に消印を施し始めて売薬製造を完成したる者と云ふ[いう]べし。 素より単純の丸散薬を何等の設備を施さず薬剤のみにて販売なし。 得られざるは明瞭なる所にして亦[また]斯る物は売薬として認めざる所なりとす。 売薬規則第二十四条の所謂他人の売薬には此効能書及外袋薬剤の偽造及印紙の消印を包含するは法文上明確なる所にて仮りに原審判決の如く売薬偽造てふ一箇の行為中には私文書及私印章の偽造行使の犯罪を経で始めて完成せらるるものにして刑法第五十四条を適用し数箇の行為中重き一の犯罪を以て罰せらるべき者とせんか売薬規則第二十四条は死せる空文とならざるを得ず。 素より此手段を経るに非ざれば絶対に売薬を贋造することは不可能の事に属す。 然るを原審にて刑法第百五十九条を適用処断せられたるは是れ擬律に錯誤ある裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎売薬規則第二十四条には他人の売薬を贋造したる者は云云とありて同規則中右売薬の文詞に売薬の効能書及包装紙をも包含せしめたるものと解し得べき規定あることなく、且、他人の売薬を贋造するも其効能書及包装紙を偽造せずして之を其儘贋造したる売薬に使用し得べき場合なきにあらざれば同条に所謂売薬の贋造とは必ずしも効能書及包装紙の偽造をも包括して之を指称したるものと解するを得ず。 故に他人の薬剤其もののみを贋造するに依り前示法条の犯罪を構成し贋造の売薬に附したる効能書及其売薬の包装紙にして偽造に係り其所為他の法律に触るるものなるに於ては其所為に対して別に律を擬すべきは論なし。 従て原判決に判示する如く被告が他人の売薬効能書及包装紙を偽造し之を使用して売薬を贋造販売したる各所為に対し判示の各罰条を適用し刑法第五十四条に依るべき一罪として被告を処断したるは相当にして本論旨は理由なし。 （判旨第一点）

第二点私印章とは人格者を代表する性質を帯ひたるものならざるべからずそは実印にまれ認印にまれ店印にまれ其押捺に依りて文書の確実を証するを必要とするは素より明かなるに本件に問はれたる売薬の印紙消印及封緘[ふうかん　]に使用せられたるこむ製記号「谷検印」「谷封緘[ふうかん　]」の二箇は只商品使用の記号にて私印章と目せらるべき者に非ず事実に於て各売薬製造業者は同一のこむ製記号数十箇を作り売薬仕上け工場に於て最後の仕上け職工の手に依り消印等をなしつつあるは当業者の熟知する所にして売薬消印封緘[ふうかん　]外には更に使用すべき者に非ず売薬営業者は此記号に何等の権利義務を有する事なく一は印紙税法の規定せる所に依り印紙の再貼用[ちょうよう]を予防する為め記号を印すに過ぎず一は内容品の脱漏を防ぐ為め封緘[ふうかん　]の記号をなせるものにて之を以て毫も[ごうも]権利義務を有することなし換言すれば商品たる売薬の外装を整頓する為めの一種の装飾に過ぎず。 然るに原審にては之を私印章として罰せられたるは是れ事実を不当に確定したる裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば所論谷検印及谷封緘[ふうかん　]印は谷新助が其売薬に貼附する印紙の消印及売薬包装紙の封緘[ふうかん　]に使用するものなれば其用途に限定せらるる所あるも該印章は新助が売薬印紙の消印及其包装紙の封緘[ふうかん　]を為したる事実を確保するものなるが故に此点に付、右印章は新助所用のものたるを表示することは同人の実印及認印と異なる所あるを見す。 故に原判決が所論偽造印章を使用して売薬の効能書及包装紙に掲ぐる事実証明に関する文書を偽造したる事実を認め。 而して[しこうして]右印章を以て偽造文書の一部を成すものとし被告を処断したるは相当にして本論旨は理由なし。

第三点本件第一審に於て詐欺取財を認められ二年の懲役を言渡され第二審に於て該罪は無罪とし他の私文書偽造罪を以て同じく二年の判決を受けたるものなるか第一審の誤ある判決の為め控訴の未決勾留百数十日を費したるは上告人の利益の為めに之を刑期に算入せざるべからず。 且つ第二審審理の結果は重き詐欺取財罪は無罪とせられ長期十年の刑に於て二年に処せられし第一審の判決を第二審は長期五年の刑に於て二年としたり。 此点に関して検事の附帯控訴なきにも拘はらず（原審検事の附帯控訴は売薬規則第二十四条を適用せざりし点に依る）被告に不利益なる判決を下されたるものなり。 第一審誤認の結果被告は四个[か]月以上の未決勾留を受くることとなり長期五年に対する刑を十年に対するそれと同一に処断せられ上告人は事実上不利益の控訴判決を受けたるは是れ違法なる判決なりとすと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法に所謂原判決を被告の不利益に変更することを得ずとは判決主文の刑を不利益に変更することを禁じたる趣旨なることは本院判例の夙に[つとに]示す所なり。 而して[しこうして]未決勾留日数を刑期に算入すると否とは事実裁判所の職権に属するを以て第二審裁判所が其判決に於て未決勾留日数を被告に科したる刑期に算入せざるも之を以て被告に対し不利益の裁判を為したるものと云ふ[いう]を得ず。 又本件に付、両級審の判決主文に於て被告に科したる刑は共に同一にして軽重の差異あることなければ第二審判決は第一審判決を被告の不利益に変更したるものに非ず。 故に本論旨は理由なし。

第四点本件に於て最も重き罪として認められたる売薬外袋は該売薬営業者谷新助が商標法に依り登録を受け専用を許したる竜二頭にて星を抱ける紋形と表面全形との二箇を用ゐ以て外袋全部を作り始めて一箇の売薬外袋を成すに到りたる者にて判決書に記載しある高橋正純方剤谷新助云云即ち私文書と御認めを受けたる外装全部は登録商標にて充たざれ別に独立して文書を成すものにあらざれば該外袋表面中央上部にある紋形商標の輪廓外と全形欄外の上部との二箇所に登録商標の文字あるにても一見明瞭なるべく商品に商標を附する場合は普通に於て必ずや文書を伴ふは当然なるか一見して商品の如何[いかん]なる種類なるやを示すは商業上誠に普通の事に属し此短語を記せる文書を以て直に事実証明の文書と擬せられたるは法の適用を誤るものとす。 左れば原審が該外袋偽造を以て刑法第百五十九条を適用されたるは是れ擬律の錯誤とすと云ふ[いう]に在れどもつ原判決に依れば谷新助の売薬健胃固膓丸の包装紙には新助の登録商標と其商標に関係なき事実即ち新助が其売薬に関し大坂の大医高橋正純の方剤にして本剤の下痢患者に用ゐて瀉止の効あれば内務省の特許を得て世に公にするに至りたる旨其他主治効能用法服量等の事項を記載しあることは判文上寔に[まことに]明なれば谷新助名義を以て包装紙中右事実の証明に関する事項を記載せる文書を偽造したる行為は文書偽造罪を構成するや論を俟たず[またず]。 故に原判決が右所為を以て刑法第百五十九条第一項に問擬したるは相当にして本論旨は理由なし。

第五点本件判決に適用されし商標法第十六条は他人の得たる登録商標を権利者以外の者が自己の名義を附せる商品に用ひたる場合即ち甲の得たる商標を乙が乙の名義にて使用したる場合を罰すべきは法文上明なる所なるに本件に於ては谷新助の得たる登録商標を同じく谷新助名義の商品に使用したるものにして本条適用の該当せざるは明かなり。 依て此点に対しても原審は擬律の錯誤に陥りたるものとすと云ふ[いう]に在れども◎商標法第十六条第一項の罪は他人の登録商標なることを知り其承諾を経すして之と同一又は類似の商標を製造し之を交付販売し又は同商品に使用し又は其商標を使用せる情を知り同商品を販売し若くは販売の為め所蔵するに因りて成立するものなれば本件に於ける如く被告が商標主なる谷新助の承諾を経す其登録商標を偽造し之を新助の販売する売薬と同一なる自己製造に係る売薬に使用したる以上は商標侵害罪を構成し被告が贋造したる売薬に商標主の商品なることを表示すると将た[はた]自己の製造に係る商品なることを表示するとは本罪の成否に何等の関係なければ本論旨は理由なし。 （判旨第五点）

第六点本件の売薬効能書を私文書として認められたるも該印刷物は単純なる広告的意義を有する売薬説明書に過ぎず売薬として発売を許可せられたる効能及用法或は来歴等を誇大に吹聴し一面広告の用に供せるは現に同営業人が此効能書同様の広告を各新聞に掲載しつつあるにても明なるべく俚諺にも確実ならざることを喋喋するを称して売薬の効能書の如しと云ふ[いう]が如く世人は此売薬は如何[いかん]なる効能を有するかを知るの便に供するに止り何人と雖[いえども]之を見で確実なる文書と信ずる者なきは明なるべく単に商品の効能を誇大に吹聴して商業の手段に供するものにて何等の証拠力を有する者に非ざるは一見明瞭なる所なるべく刑法第百五十九条の私文書とは旧刑法に於て列挙せられたる如き文書を指すは法文上明なるにも拘はらず本印刷物を事実証明の私文書として罰せられたるは是れ擬律に錯誤ある判決なりとすと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに売薬の効能書と雖[いえども]も一の文書なれば原判決に判示する如く其文書にして売薬の効能及用法等に関する事項を証明するものなるに於ては之を偽造したる被告の所為は刑法第百五十九条第一項の犯罪を構成するや論なし。 故に本論旨は理由なし。

第七点本上告人の共同犯人たる吾郷英吉は前刑の執行を了りて未だ五个[か]年に充たざる者なれば当然刑法第五十七条に依り加重を受くる筈なるに原審判決には該条項の適用なく当然加重を見るべき共犯と上告人とは同一の刑を科せられたる不利益を受けたるは是れ明に違法ある判決なりと云ふ[いう]に在れども◎本論旨は他の被告英吉に対して原判決の認めざる事実を掲げ来り原院の職権に属する刑の裁量を非難するに外ならざれば上告の理由とならず

被告英吉上告趣意書第一点被告等の所為を文書偽造及商標侵害罪として判決せられたるも被告等が贋造売薬に使用したる包装紙並に効能書は売薬偽造を為すに当り是非とも附随して作成せざるべからざるものにして、即ち売薬規則第二十四条に当然包含して処罰せらるべきものなり。 仮に包装紙並に効能書偽造の所為は売薬偽造の手段たる犯罪なりとするも健胃固膓丸の包装紙は其表面の全部が登録商標にして若し之が商標侵害なりとすれば商標法を適用して処罰を受くるは論を俟たざる所なりと云ふ[いう]に在れども◎売薬贋造売薬効能書及其包装紙に表示せる登録商標並に文書偽造の所為は各罰条に触るる別箇の所為にして効能書の偽造及包装紙にある商標偽造の所為は何れも売薬贋造罪の成立要件にあらざれば同罪中効能書の偽造及包装紙に表示せる商標偽造をも包含し処罰せらるるものと云ふ[いう]を得ず。 故に原判決が前示各所為に該当すべき罰条を適用し処断したるは相当にして本論旨は理由なし。

第二点包装紙の裏面は健胃固膓丸の売買価格及主治効能を記載したる而己にて所謂権利義務事実証明に関する文書にあらざるや明かなりと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば所論包装紙には商標の外売薬効能に関する事実を証明せる事項を記載しあることは判文上明なれば本論旨は理由なし。

第三点健胃固膓丸の印紙の消印及封印に使用したる記号は売薬のみに専用し其他の場合谷新助の印章として使用し得る性質のものにあらず。 畢竟[ひっきょう]売薬に用ゆる一箇の記号に過ぎざるなり。 元来刑法第百五十九条の所謂印章なるものは個人の文書の信憑力を確保する為めに用ひ何れの場合と雖[いえども]も文書に伴ふて拡く之を使用し得る。 即ち実印認印店印問屋印の如きを指したるものにして被告等の偽造したる記号は刑法上の印章なりと認むべきものにあらざるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは被告平太郎上告趣意書第二点に対する説明に依り了解すべし。

第四点効能書に至りては前顕包装紙裏面の主治効能を敷衍したる迄にして効能書其ものが直に売薬の効能を保証し証明すとの価値あるものなればいさ知らず一般売薬の効能書に徴するも我田引水の駄法螺を羅列したるのみにて効能書其ものは決して売薬の効能を保証し証明する価値なきは明白なり。 殊に長崎控訴院が判決理由に特筆せる効能書中「高橋正純の方剤にして下痢患者に用ゐて瀉止の効あり云云今や内務省の特許を得て世に公にするに至り云云」との記載は事実証明は証明ならんも原より売薬を製造するには方剤者を明にして其筋の許可を得るに非ざれば発売するを得ざるは当然の事にして之を以て事実証明の文書なりとするは頗る[すこぶる]失当の見解なりと信ず。 若し果して之をしも文書偽造なりとすれば売薬の偽造を為したるものは悉く[ことごとく]文書偽造罪を構成せざるべからず。 何となれば売薬を偽造せんと欲せば必然効能書をも偽造せざるを得ざればなり。 然れば如何[いかん]なる場合に於て単純なる売薬偽造罪を構成すべきや又何故に売薬規則が現行法として存在するや其理由を発見するに苦しむ次第なりと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは被告平太郎上告趣意書第四点に対する説明に依り自ら明なり。

第五点刑の量定に於て第一審は詐欺取財を認められて二年の懲役を言渡され第二審に於て該罪は無罪とし他の文書偽造罪を以て同じく二年の懲役を言渡されたるものなるか第一審の誤りある判決の為め控訴の不得己に至り未決勾留百五十有余目を費し再度御審理の結果は主たる法益の侵害は無罪となり長期十年に対する刑に於ける二年の判決を今回は長期五年の刑に於て二年とし長期五年に対する刑を長期十年に対すると同一の刑を言渡され此点に関しては検事の附帯控訴なきにも不拘[かかわらず]被告は事実上不利益の控訴判決を受けたるは之れ違法なる判決なりとすと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは被告平太郎上告趣意書第三点に対する説明に依り明なれば重ねて説明せず

第六点商標侵害罪の成立は他人の商標を無断にて自己の商品に使用したる場合始めて成立するものにして被告等が這般偽造したる商標は谷新助の商品たる健胃固膓丸の贋造物に其商標を用ゐたるに不過要するに商標権者の商標を其商品に用ゐたればとて何等商標を侵害したる事実なきや又明白なり。 以上

第一点乃至[ないし]第六点は擬律の錯誤なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決に依れば被告は他人の登録商標を偽造し之を自己の贋造に係る他人の売薬と同一の売薬に使用したるものなれば其売薬は事実上他人の商品にあらずして自己のものなること明なるのみならず其売薬を商標主の名義にて販売すると自己名義にて販売するとに依りて商標主の登録商標其ものの専用権を侵害する点に差異を生ずることなければ原判決に判示せる被告の所為を以て商標法の罰条に問擬したるは相当なり。 故に本論旨は理由なし。

第七点判決理由に明治四十二年五月十二日頃森平太郎は昇竜堂に到り健胃固膓丸の包装紙並効能書の印刷方を注文したりと断定し其証拠として昇竜堂主人小山田徳三郎の予審調書の「五月初頃自分方へ岸本英太郎（英吉事）なる者来り谷回春堂の健胃固膓丸の薬袋大小二箇を示し夫れと同様なるものの印刷方を依頼され云云」の証言を引用さられたり。 而して[しこうして]其真実は森平太郎が岸本英太郎なりと称して昇竜堂に到り注文したるものにて最初より森平太郎が自白し控訴公廷に於ても之を認めたる所なり。 然るに判決理由と証拠とを対照すれば事実全く矛盾して何人が注文したるや明かならず此の如く曖昧なる証拠を断罪の資料に供せられたるは一目瞭然たる理由の齟齬[そご]なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決は判文列挙の証憑[しょうひょう]を参酌し森平太郎が昇竜堂に到り健胃固膓丸の包装紙並に其効能書の印刷方を注文したる事実を認めたることは判文上自ら明なれば所論の如き不法の廉なし。 本論旨は証拠の趣旨に付き原院と見解を異にし原判決を攻撃するものにして上告の理由とならず

被告英吉弁明書は要するに本件犯罪は森平太郎一人の犯したるものなることは同人の自白及一件記録の証する所にして被告が右犯罪に干与したることなき事実を叙述し又小山田徳三郎の供述には齟齬[そご]する所あり又米沢夘平岩谷種吉の供述は被告に対する犯罪事実を証するに足らざるものなるにも拘はらず原判決が是等の薄弱なる証拠を採で被告に罪あるものと判示したるは不法の裁判なりと云ふ[いう]に在れども◎右は原院の職権に属する事実の認定証拠の取捨判断を非難するとのにして上告の理由とならず

被告平太郎上告拡張趣意書第一点法律に定めたる選択刑の中何れを選択適用するやに関しては其選択に対する理由を付せざるべからず。 従来右選択の判定に就ては裁判官の職権に属するものなりとして上告の理由とならざりし如き観ありと雖[いえども]も刑事訴訟法第二百三条には明かに法律を適用し其理由を付すべしとの規定あるを以て選択に関しても結局其理由を付せざるべからざる筋合に帰するは必然なりとす。 然るに原審に於ては単に「包装紙偽造の刑を重しとして処罰すべき旨」の判決ありて毫も[ごうも]其理由を付せざるは刑事訴訟法第二百三条に違背する裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決の法律理由に於て被告の各所為に該当すべき罰条を適用し、而して[しこうして]「重き包装紙偽造の刑に従ひ処断すべく」と判示したる以上は刑法第十条に依り包装紙偽造の罪を重しとしたることは判文上自ら明なれば特に右罪を重しとしたる所以の理由を判文に明示せざるも不法の裁判にあらず。

第二点刑法に所謂印章なるものは権利義務の主体たる一定の人が自己を表彰する為めに使用する名称の確証たるものとす。 而して[しこうして]本件に於て「谷検印」「谷封緘[ふうかん　]］の二箇の印章は何等谷新助なる権義の主体たる人を表彰する為めの確証にあらずして単に一は印紙の消印に止まり一は封緘[ふうかん　]たるに過ぎず。 故に之を印章偽造罪として律したる原審判決は事実を不当に確定し且つ擬律に錯誤ある違法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎本論旨の理由なきことは上告趣意書第二点に対する説明に依り明なり。

第三点原判決は公訴裁判費用を被告微太郎英吉の連帯負担とする旨を判決したり。 而して[しこうして]第一審判決にては之を平太郎作太郎英吉の連帯負担となしあり。 故に原審判決は一審判決を被告の不利益に変更したる違法あるものなりと云ふ[いう]に在れども◎連帯義務者は債権者に対しては各自其義務の全部を負担すべきもななれば第一審判決が被告平太郎英吉外一名に連帯負担せしめたる本件公訴裁判費用を原判決に於て被告平太郎英吉の両名に連帯せしめたるか為め之を以て第一審判決を被告の不利益に変更したるものと云ふ[いう]を得ず。 故に本論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事棚橋愛七干与明治四十三年六月二日大審院第二刑事部