明治四十三年（れ）第五一九號
明治四十三年五月九日宣告
◎判決要旨
- 一 博徒ノ黨類ヲ招結シ又ハ賭者ヲ招集シテ博奕ノ便利ヲ與ヘサル者カ單ニ賭者ヨリ寺錢其他ノ名義ヲ以テ金錢ヲ徴收スルモ其所爲ハ賭場開張罪又ハ博徒招結罪ヲ構成セス
右賭場開張及博徒結合被告事件ニ付明治四十三年二月九日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スルコト左ノ如シ
理由
原判決ヲ破毀シ事件ヲ宮城控訴院ニ移ス
辯護人法學博士鵜澤總明上告趣意書第一點原判決ハ第一ノ事件ニ付舊刑法第二百六十條ヲ適用處斷シタリ然レトモ事實ノ認定ヲ按スルニ「近時ニ於テハ博徒勇吉事吉田九助砂井俊吉云云腹心ノ乾兒ト爲シ此等ノ者ヲシテ繩張内ニ於ケル賭博者ヨリ徴利若クハ寺錢ヲ徴收セシメ被告ノ利得ト爲シ來リタルモノニシテ云云被告喜三次ノ爲メニ寺錢ヲ徴收シ云云被告ノ爲メニ寺錢ヲ徴收シタルモノナリ」トアリテ舊刑法ノ賭場ヲ開張シテ利ヲ圖リタル事實ニ符合スルモノニアラス又犯時ニ於テハ舊刑法ニ謂フ所ノ博徒ヲ招結シタル事實ニ該當スルモノニ非ス之ヲ刑法ノ條文ニ照スモ亦同一ナリ蓋シ舊刑法又ハ刑法ニ言フ所ノ博徒ノ結合又ハ招結ハ本件事實ノ認定ノ如キ場合ヲ言フニ非スシテ現ニ賭事ヲ爲サシメテ利ヲ圖ル場合ト信スルヲ以テ原判決ハ結局不當ナリト思料スト云フニ在リ◎因テ按スルニ舊刑法第二百六十條ニ賭場ヲ開張シテ利ヲ圖リ又ハ博徒ヲ招結シタル者ハ云云ト規定シ又刑法第百八十六條第二項ニ賭博場ヲ開張シ又ハ博徒ヲ結合シテ利ヲ圖リタル者ハ云云ト規定シアルニ依レハ同條所定ノ犯罪ノ主體ハ賭博ヲ爲ス便利ヲ與ヘ利ヲ圖ルノ目的ヲ以テ賭者ヲ招集シ金錢ヲ賭セシメ又ハ博徒ノ黨類ヲ招結シタル者タルコトヲ要スルヤ論ヲ待タス故ニ博徒ノ黨類ヲ招結セサル者又ハ賭者ヲ招集シテ博奕ノ便利ヲ與ヘサル者カ單ニ賭博者ヨリ寺錢其他ノ名義ヲ以テ金錢ヲ徴收スルモ其行爲ハ金錢ヲ徴收セル手段ノ如何ニ依リ他ノ犯罪ヲ構成スルハ格別之ヲ以テ前示法條ニ所謂賭博開張罪又ハ博徒招結罪ヲ構成セサルコト寔ニ明ナリ今原判決ヲ見ルニ被告ハ賭博ヲ常習トナシ十數年前既ニ肩書住所地ニ於テ一定ノ繩張區域ヲ爲シ數名ノ乾兒ヲ養ヒ一方ノ親分株タリシカ云云觀音寺派一家ヲ組織シ被告ハ茲ニ自ラ其總長ト稱スルニ至リ勢力一時大ニ加ハリ常ニ賭徒ヲ集メテ賭博ヲ爲サシメシカ近時ニ於テハ博徒勇吉事吉田九助砂井俊吉保科唯一有森徳平等ノ者ヲ腹心ノ乾兒ト爲シ此等ノ者ヲシテ繩張内ニ於ケル賭博者ヨリ徴利若クハ寺錢ヲ徴收セシメ被告ノ利得ト爲シ來リタルモノニシテ明治四十年八月頃前記吉田九助ハ云云中村ソメ方ニ於テ星定吉等カ爲シ居リシ賭博ノ現場ニ至リ被告喜三次ノ爲メニ寺錢ヲ徴收シ明治四十年八月頃砂井俊吉ハ云云信濃川堤防下河原ニ於テ渡邊長平等ノ爲シ居リシ賭博ノ現場ニ於テ同シク被告ノ爲メニ寺錢ヲ徴收シタルモノナリト云フニ在リテ右判示後段ノ事實ニ依レハ被告ハ星定吉又ハ渡邊長平等カ爲シタル賭博ニ關シテ單ニ其乾兒ヲシテ定吉等ヨリ金錢ヲ徴收セシメタルニ止リ被告カ其賭博ヲ爲ス便利ヲ與ヘ利益ヲ得タルモノト解スルコトヲ得サルノミナラス右判示事實ハ其前段ノ事實ト相牽連スルモノトスルモ定吉等カナシタル賭博ハ被告カ招集シテナサシメタルモノナルヤ否ヤ又ハ賭博者定吉等ハ被告ノ招結シタル博徒ニシテ其黨類カ右賭博ヲ爲シタルモノナルヤ否ヤノ點ハ判示事實ニ依リテ之ヲ知ルニ由ナク結局原判決ハ罪トナルヘキ事實ノ理由ニ不備アル不法ノ裁判ニシテ本論旨ハ理由アリ原判決ハ破毀ヲ免レサルモノトス既ニ此點ニ於テ原判決ヲ破毀スル以上ハ他ノ論旨ニ對シ説明ヲ爲スノ要ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與明治四十三年五月九日大審院第二刑事部
明治四十三年（レ）第五一九号
明治四十三年五月九日宣告
◎判決要旨
- 一 博徒の党類を招結し又は賭者を招集して博奕の便利を与へざる者が単に賭者より寺銭其他の名義を以て金銭を徴収するも其所為は賭場開張罪又は博徒招結罪を構成せず
右賭場開張及博徒結合被告事件に付、明治四十三年二月九日東京控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で判決すること左の如し
理由
原判決を破毀し事件を宮城控訴院に移す
弁護人法学博士鵜沢総明上告趣意書第一点原判決は第一の事件に付、旧刑法第二百六十条を適用処断したり。
然れども事実の認定を按ずるに「近時に於ては博徒勇吉事吉田九助砂井俊吉云云腹心の乾児と為し此等の者をして縄張内に於ける賭博者より徴利若くは寺銭を徴収せしめ被告の利得と為し来りたるものにして云云被告喜三次の為めに寺銭を徴収し云云被告の為めに寺銭を徴収したるものなり。」とありて旧刑法の賭場を開張して利を図りたる事実に符合するものにあらず。
又犯時に於ては旧刑法に謂ふ所の博徒を招結したる事実に該当するものに非ず之を刑法の条文に照すも亦同一なり。
蓋し旧刑法又は刑法に言ふ所の博徒の結合又は招結は本件事実の認定の如き場合を言ふに非ずして現に賭事を為さしめて利を図る場合と信ずるを以て原判決は結局不当なりと思料すと云ふに在り◎因で按ずるに旧刑法第二百六十条に賭場を開張して利を図り又は博徒を招結したる者は云云と規定し又刑法第百八十六条第二項に賭博場を開張し又は博徒を結合して利を図りたる者は云云と規定しあるに依れば同条所定の犯罪の主体は賭博を為す便利を与へ利を図るの目的を以て賭者を招集し金銭を賭せしめ又は博徒の党類を招結したる者たることを要するや論を待たず。
故に博徒の党類を招結せざる者又は賭者を招集して博奕の便利を与へざる者が単に賭博者より寺銭其他の名義を以て金銭を徴収するも其行為は金銭を徴収せる手段の如何に依り他の犯罪を構成するは格別之を以て前示法条に所謂賭博開張罪又は博徒招結罪を構成せざること寔に明なり。
今原判決を見るに被告は賭博を常習となし十数年前既に肩書住所地に於て一定の縄張区域を為し数名の乾児を養ひ一方の親分株たりしか云云観音寺派一家を組織し被告は茲に自ら其総長と称するに至り勢力一時大に加はり常に賭徒を集めて賭博を為さしめしか近時に於ては博徒勇吉事吉田九助砂井俊吉保科唯一有森徳平等の者を腹心の乾児と為し此等の者をして縄張内に於ける賭博者より徴利若くは寺銭を徴収せしめ被告の利得と為し来りたるものにして明治四十年八月頃前記吉田九助は云云中村そめ方に於て星定吉等が為し居りし賭博の現場に至り被告喜三次の為めに寺銭を徴収し明治四十年八月頃砂井俊吉は云云信濃川堤防下川原に於て渡辺長平等の為し居りし賭博の現場に於て同じく被告の為めに寺銭を徴収したるものなりと云ふに在りて右判示後段の事実に依れば被告は星定吉又は渡辺長平等が為したる賭博に関して単に其乾児をして定吉等より金銭を徴収せしめたるに止り被告が其賭博を為す便利を与へ利益を得たるものと解することを得ざるのみならず右判示事実は其前段の事実と相牽連するものとするも定吉等かなしたる賭博は被告が招集してなさしめたるものなるや否や又は賭博者定吉等は被告の招結したる博徒にして其党類が右賭博を為したるものなるや否やの点は判示事実に依りて之を知るに由なく結局原判決は罪となるべき事実の理由に不備ある不法の裁判にして本論旨は理由あり原判決は破毀を免れざるものとす。
既に此点に於て原判決を破毀する以上は他の論旨に対し説明を為すの要なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条に依り主文の如く判決す
検事矢野茂干与明治四十三年五月九日大審院第二刑事部
