明治四十三年（れ）第四二四號
明治四十三年四月十九日宣告
◎判決要旨
- 一 賭場開張罪ハ開張者以外ノ者カ互ニ賭博ヲ爲ス爲メノ賭場ニ限ラス開張者自ラ相手方ト爲リテ賭博ヲ爲ス爲メ賭場ヲ開張シタル場合ニモ亦成立スルモノトス
右賭博被告事件ニ付明治四十三年二月十五日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人鈴木濟美上告趣意辯明書第一點原判決ノ理由ニ依レハ被告ハ云云中村永信方ニ於テ定期米ノ賣買ヲ名トシ金錢ヲ賭シ取引所ノ公定相場ノ昂低ニ因リ輸贏ヲ決スル方法ノ賭博ヲ開張シ賭者ヨリ手數料トシテ金錢ヲ受取リ以テ利ヲ圖リトアルモ賭博開張罪ハ先ツ以テ開張シタリト稱スル犯行ハ賭博行爲ナラサルヘカラス然ルニ本件定期米ノ賣買ヲ爲シタル數人ハ毫モ賭博ヲ爲シタルモノニアラス何トナレハ賣又ハ買トシテ證據金ヲ提出スルモノハ賣買者相互間ニ非スシテ悉ク被告ヘ提出スルモノナレハ賣買者間ノ關係ハ互ニ輸贏ヲ爭フ相手方ニ非サレハナリ故ニ賣買者兩派間ニハ賭博罪ヲ構成スルモノニアラス從テ被告ノ行爲モ亦賭博開張罪ヲ以テ問擬スヘキモノニアラスト云フニ在レトモ◎原判決ノ認メタル事實ニ依ヘハ被告ハ判示ノ賭場開張者タルト同時ニ一面各賭者ノ相手方トナリテ判示方法ニ依ル賭博ヲ爲シタルモノニシテ賭場開張罪ハ開張者以外ノ者カ互ニ賭博ヲ爲ス爲メノ賭場ニ限ラス開張者カ自カラ相手方トナリテ賭博ヲ爲ス爲メノ賭場ヲ開張スル場合ニ於テモ成立スヘキカ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ノ理由ニ依レハ定期米ノ賣買ヲ名トシテ金錢ヲ賭シ取引所ノ公定相場ノ昂低ニ因リテ輸贏ヲ決スル方法ノ賭博トアルモ如何ナル場合ニ利益トナリ又如何ナル場合ニ損失トナルモノナルヤ賭博罪ノ主眼タル損益ノ生スル方法ヲ説示セサルハ理由不備ノ判決タルヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎刑法ニ於ケル賭博罪ノ成立ニ必要ナル賭事ノ事實ヲ判示スルニ當リテハ偶然ノ出來事ニ依リ勝敗ヲ決スヘキ方法ヲ以テ金錢其他ノ財物ヲ賭シタル事實ヲ説示スルヲ以テ足レリトシ所論ノ如キ勝敗ヲ決スル方法ニ付詳細ナル事實ハ之ヲ説示スルヲ要セス而シテ論旨掲記ノ原判文ハ叙上ノ必要事項ヲ摘示セルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第三點原判決ハ被告ヲ常習賭博ト認定シ刑法第百八十六條一項ヲ適用シタレトモ判決理由ニ依レハ右日時右場所ニ於テ常習トシテ外十數人ト共ニ賭事ヲ爲シタリトアルモ第一被告カ外十數人ト共ニ如何ナル賭事ヲ爲シタルカ第二被告ハ如何ナル事實ニ依リ常習賭博犯タルヤ之ヲ説明セサルヲ以テ結局原判決ハ理由不備ヲ免カレサルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ被告ハ外十數人ト共ニ定期米ノ賣買ヲ名トシ金錢ヲ賭シ取引所ノ公定相場ノ昂低ニ因リテ輸贏ヲ決スル方法ノ賭事ヲ爲シタルコトヲ判示シアリテ右原判文カ賭博罪タル事實ヲ判示スルニ於テ缺ク所ナキコトハ第二論旨ニ對スル説明ニ依リテ了解スヘク次ニ原判決ハ被告ノ第一囘豫審調書及第一審公判始末書ニ記載シアル被告ノ供述ヲ證據トシテ援用シ之ヲ綜合考覈シテ所論判示ノ常習賭博タル事實ヲ認メタル理由ヲ説明シアルカ故ニ本論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與明治四十三年四月十九日大審院第一刑事部
明治四十三年（レ）第四二四号
明治四十三年四月十九日宣告
◎判決要旨
- 一 賭場開張罪は開張者以外の者が互に賭博を為す為めの賭場に限らず開張者自ら相手方と為りて賭博を為す為め賭場を開張したる場合にも亦成立するものとす。
右賭博被告事件に付、明治四十三年二月十五日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告より上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人鈴木済美上告趣意弁明書第一点原判決の理由に依れば被告は云云中村永信方に於て定期米の売買を名とし金銭を賭し取引所の公定相場の昂低に因り輸贏を決する方法の賭博を開張し賭者より手数料として金銭を受取り以て利を図りとあるも賭博開張罪は先づ以て開張したりと称する犯行は賭博行為ならざるべからず。
然るに本件定期米の売買を為したる数人は毫も賭博を為したるものにあらず。
何となれば売又は買として証拠金を提出するものは売買者相互間に非ずして悉く被告へ提出するものなれば売買者間の関係は互に輸贏を争ふ相手方に非ざればなり。
故に売買者両派間には賭博罪を構成するものにあらず。
従て被告の行為も亦賭博開張罪を以て問擬すべきものにあらずと云ふに在れども◎原判決の認めたる事実に依へは被告は判示の賭場開張者たると同時に一面各賭者の相手方となりて判示方法に依る賭博を為したるものにして賭場開張罪は開張者以外の者が互に賭博を為す為めの賭場に限らず開張者が自から相手方となりて賭博を為す為めの賭場を開張する場合に於ても成立すべきが故に本論旨は理由なし。
第二点原判決の理由に依れば定期米の売買を名として金銭を賭し取引所の公定相場の昂低に因りて輸贏を決する方法の賭博とあるも如何なる場合に利益となり又如何なる場合に損失となるものなるや賭博罪の主眼たる損益の生ずる方法を説示せざるは理由不備の判決たるを免れざるものとすと云ふに在れども◎刑法に於ける賭博罪の成立に必要なる賭事の事実を判示するに当りては偶然の出来事に依り勝敗を決すべき方法を以て金銭其他の財物を賭したる事実を説示するを以て足れりとし所論の如き勝敗を決する方法に付、詳細なる事実は之を説示するを要せず。
而して論旨掲記の原判文は叙上の必要事項を摘示せるを以て本論旨は理由なし。
第三点原判決は被告を常習賭博と認定し刑法第百八十六条一項を適用したれども判決理由に依れば右日時右場所に於て常習として外十数人と共に賭事を為したりとあるも第一被告が外十数人と共に如何なる賭事を為したるか第二被告は如何なる事実に依り常習賭博犯たるや之を説明せざるを以て結局原判決は理由不備を免がれざるものと信ずと云ふに在れども◎原判決には被告は外十数人と共に定期米の売買を名とし金銭を賭し取引所の公定相場の昂低に因りて輸贏を決する方法の賭事を為したることを判示しありて右原判文が賭博罪たる事実を判示するに於て欠く所なきことは第二論旨に対する説明に依りて了解すべく次に原判決は被告の第一回予審調書及第一審公判始末書に記載しある被告の供述を証拠として援用し之を綜合考覈して所論判示の常習賭博たる事実を認めたる理由を説明しあるが故に本論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与明治四十三年四月十九日大審院第一刑事部
