僞證ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）16輯101頁
明治四十二年（れ）第一九八八號
明治四十三年二月一日宣告
◎判決要旨
- 一 僞證罪（刑法第百六十九條）ハ法律ニ依リ宣誓シタル證人カ虚僞ノ供述ヲ爲スニ因リテ直ニ成立スルモノトス而シテ其供述ニ係ル事實カ法律上適法ノ效力ヲ有スヘキモノナルト否トハ犯罪ノ成立ニ何等ノ影響ナシ
（參照）法律ニ依リ宣誓シタル證人虚僞ノ陳述ヲ爲シタルトキハ三月以上十年以下ノ懲役ニ處ス（刑法第百＄六十九條）
第一審 新潟地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 小林良太郎 外二名
辯護人 羽田智證
右僞證被告事件ニ付明治四十二年十一月十日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告良太郎及被告久藏、末松辯護人羽田智證ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
各被告辯護人羽田智證上告趣意申立書原判決ハ民法上何等ノ效力ナキ證言ニ對シ僞證罪ナリトシ刑ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤アル違法ノ判決ナリ原判決カ被告人三名ノ證言ヲ僞證ナリトスル事實ノ認定ニヨレハ被告良太郎ハ桝三郎ニ對シテ明治四十一年十二月十九日登記ヲ經由スヘキ旨ヲ其前日ニ申入レタル事實ナク又同月二十日桝三郎ニ對シテ賣買解除ノ意思表示ヲ爲シタル事實ナク被告久藏末松ハ右等ノ事實アリタルコトヲ聞知シタル事實ナキニ拘ハラス各被告ハ明治四十二年一月十二日同區裁判所ニ於テ右訴訟事件ノ證人トシテ宣誓ノ上訊問ヲ受クルニ當リ被告良太郎ハ昨年十二月十七日原被告間ノ仲裁ニ立入リ其翌十八日松澤桝三郎方ニ到リ十九日ニ登記ヲ經由スヘキ旨申入レタル上其當日田中郡次ノ代理人タル資格ニテ登記所ニ出頭シタルモ桝三郎カ出頭セサリシ爲メ登記申請ヲ爲ス能ハサリシヨリ其翌二十日桝三郎方ニ到リ原被告間ノ賣買契約ヲ解除スル旨申入レタリ尚十九日登記所ニ出頭シタル際代書人ニ松澤カ來リシナラハ自己カ出頭シ居ル旨ヲ告ケ呉レト頼置キタル旨、被告久藏ハ小林良太郎カ昨年十二月十八日郡次ノ代理人ト爲リ松澤方ニ行キ土地建物賣買登記ヲ十二月十九日ニシテ呉レト云ヒシ事實ヲ知レリ尚良太郎ハ同月二十日自分方ニ來リ松澤ハ登記セサルニ因リ賣買契約ヲ解除スル旨松澤方ニ到リ其妻ニ申來リタリト話シタルコトアル旨、被告末松ハ昨年十二月十八日郡次ハ良太郎ニ委任シ翌十九日迄ニ賣買登記ヲ受クルコトニナシタルカ異存ナキカト古山ニ問ヒタル處古山ハ異存ナシト答ヘタリ其話ハ古山方ニ於テ小林ハ自分ニ聞キ人ニ爲リ呉レト云ヒシヨリ能ク記憶セリ其翌十九日古山方ニ居リタル際良太郎來リテ松澤カ登記所ニ出頭セサリシ爲メ賣買登記ハ出來サリシト言ヒタリ其ヨリ二三日ノ後田中ト松澤トノ賣買契約ハ解除トナリタリトノコトヲ良太郎ヨリ聞キタル旨孰レモ虚僞ノ證言ヲ爲シタリト認定セラレタリ其認定事實ニ據レハ松澤桝三郎ト田中郡次トノ間ニ於ケル賣買契約ハ明治四十一年十二月十八日ニ其履行ヲ催告シ其履行期間ヲ翌十九日ト定メタルニ買受人タル松澤桝三郎ニ於テ十九日ニ登記所ニ出頭セス爲メニ登記ヲナス能ハサリシヲ以テ翌同月二十日賣買契約ヲ解除シタリト證言セルニ外ナラス而シテ此證言ハ民法第五百四十一條ニ依ル解除ノ手續ヲ證言シタルモノト謂ハサルヲ得ス蓋シ本件ノ賣買契約ハ買主ニ於テ手附ヲ交付シタルモノナルヲ以テ賣主ハ手附ヲ返還シ之レト同額ノ金二十圓ヲ償還スルトキハ契約ノ解除ヲ爲スヲ得ヘキモ此解除ノ手續ニヨラスシテ民法第五百四十一條ノ解除手續ヲ履踐シタルモノナリ然レトモ此解除手續ハ民法第五百四十一條ノ一要件タル相當期間ヲ設ケスシテ履行ヲ催告シ即チ十二月十八日ニ於テ翌十九日ニ登記ヲ爲スヘク催告シタルモノナルモ催告ノ日ト履行ノ日トノ間ニハ相當期間ヲ設ケサルモノト言ハサルヲ得ス尤モ期間ハ時ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ヘシト雖モ賣買ハ雙務契約ナルヲ以テ買主ニ於テ代金支拂ノ爲メニ相當ノ準備ヲ要スヘキハ勿論ノ事ナリ然ルニ小林良太郎カ催告ヲ爲シタルトキハ十八日ノ夜ナルコトヲ陳述セルヲ以テ其時ヲ以テ定メタル期間ハ殆ト期間ヲ定メタリト言フコトヲ得サルヘク好シ假ニ此間ニ期間アリトスルモ決シテ相當期間ナリト謂フコトヲ得ス既ニ然リトセハ被告等ノ證言ハ民法上解除ノ效力ヲ生セサル無效ノ證言ト言ハサルヲ得ス蓋シ僞證ノ罪ハ虚僞ノ陳述ヲ罰スルモノナルモ其虚僞トスヘキ陳述カ法律上何等ノ效力ナキモノナルトキハ何等ノ實害ヲ生スルコトナキヲ以テ假令百千ノ虚僞ノ陳述ヲ爲スモ僞證罪トシテ處罰スヘキモノニ非ス無效ノ證書ヲ騙取シタル所爲ハ刑法上罪トナラス無效ノ證書ヲ僞造シタル所爲ノ如キ亦刑法上罪トナラサルコトハ御院ノ判決例（（一）明治二八年（刑）第四〇六號同年四月十二日宣告（二）三〇年（刑）第八二九號同年十月十五日宣告（三）三〇年（刑）第四八五號同年六月十四日刑二宣告參照）ニ屡見ル所ナリ之ト同一ノ理由ニヨリ法律上無效ノ證言ハ決シテ僞證ノ罪トシテ之ヲ罰スヘキモノニアラサルコトモ亦明了ノ事理ナリ然ルニ原判決ハ是等ノ理由ヲ顧ミス民法上無效ノ證言ヲ以テ尚僞證ノ犯罪ナリトシ刑法第百六十九條ヲ適用シタルハ違法ナリト云フニ在リ◎然レトモ刑法第百六十九條ニ於ケル僞證罪ハ法律ニ依リ宣誓シタル證人カ虚僞ノ供述ヲ爲スニ因リ直ニ成立スルモノニシテ其供述ニ係ル事實カ法律上適法ノ效力ヲ有スヘキモノナルト否トハ何等同犯罪ノ成立ニ影響ヲ有スルモノニアラス而シテ被告等ハ何レモ松澤桝三郎對田中郡次間ノ土地建物賣買契約履行請求ノ訴訟ニ付キ新潟區裁判所ニ於テ宣誓ノ上證人トシテ訊問ヲ受ケタル際虚僞ノ供述ヲ爲シタルモノナルヲ以テ其所爲僞證罪ヲ構成スヘキコト勿論ナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與明治四十三年二月一日大審院第一刑事部
