詐欺取財及僞證教唆ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院刑事判決録（刑録）15輯1161頁

原判決は之を破毀す

被告直作を重禁錮八月に処す

前発の刑科料五十銭を拘留一日に折算して之を本刑に通算す

押収物件は各差出人に還付す

公訴裁判費用中第一審に於ける詐欺取財被告事件に関する費用及び第二審に於て生じたる費用は被

告直作の負担とす。

弁護人牧野賎男同赤沼真次郎上告趣意書第一点原院判決は本件事案中第一の事実即ち横領の所為を認定するに当り押収に係る第六号及第九号証を引用せられたり而かも[しかも]該六号九号証は共に書証として採用せられたるものにして証拠物件の一として心証構成の資料に供せられたるものにあらざることは原院判決理由中「押収の証第九号約束手形及補箋[ほせん]に判示の日附にて判示の如く記載あり証第六号領収書に被告が判示の月日判示の金円及公債証書を受取りたる旨の記載あること」云云と説明せられあるにより寔に[まことに]明白なりとす。 然るに原院公判始末書中押収現在の証憑[しょうひょう]物件全体を示し其都度意見の有無に関し弁解をなさしめたることの記載あるに止り如上第九号第六号証は之を朗読による証拠調手続を施行せられたる形跡なし。 故に証第六号証第九号証は共に証拠として採用すべからざるものなるに係はらず採で以て事実認定の資料に供したる原判決は不法たるを免れずと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法に所謂証憑[しょうひょう]書類として朗読を要するものは被告人証人の訊問調書公判始末書検証調書等其刑事被告事件又は之と密接の関係を有する他刑事被告事件の証拠として特に作成せられたる人の供述又は意見を録取したる訴訟書類に限るものとす。 而して[しこうして]所論原判決に援用したる押収の証第九号約束手形及補箋[ほせん]並に証第六号領収書は何れも叙上の証憑[しょうひょう]書類たる条件を具備せず同法第百九十八条第二項に所謂証憑[しょうひょう]物件に該当するを以て原院公判に於て前記の各証憑[しょうひょう]物件を被告人に示して弁解を為さしむべき機会を与へたる以上は之を証拠に援用したる原判決は正当にして本論旨は理由なし。

第二点原院に於ける被告に対する事実の認定は第一明治三十九年十一月五日予で被告の保管中に係る金三百円を窪川与十郎に引渡すべき筈なるに該金員は既に水落善清なるものに支払済と詐はり引継をなさずして之を横領したりとの事実、第二同四十一年六月十六日頃被告は酒井みつに対し自己を曲庇せしむる為め偽証を嘱託し同年同月十八日同人をして金沢地方裁判所刑事部公廷に於て宣誓の上証人として虚偽の証言を為さしめたる事実を認め之より先き被告が明治四十一年三月三十日金沢区裁判所に於て陸軍服役条例違反の罪により科料金五十銭に処せられ当時既に完納したる事実をも認定せられたり。 然るに右認定事実に対し法律を適用するに当り第一の所為は旧刑法第三百九十五条後段第三百九十条第一項第三百九十四条に第二の所為は同法第二百二十五条第二百十八条第二号に該り第一の罪は前発陸軍服役条例違反罪の余罪なるも再犯に該る[あたる]第二の罪と倶に[ともに]発したるを以て同法第百二条第二項に則り重き第一の罪に従ひ処断すべく云云と判示せられたり然りと雖[いえども]も之れ全く原院に於ける認定事実と相副はざる法律の適用を示されたるものなるのみならず原院の所謂第二の所為と再犯関係をなすべき事実は果して何れの所為なるべきや之れを明かに判示せざる不法あるものにして事実の認定是が法律の適用非が之を知るに苦まざるを得ず。 故に原判決は全体に於て理由を付せざる不法あるものと云はざるべからずと云ひ」第三点原院に於ける本件事実の認定は第二点摘示の如く又之れに対する法律の適用も第二点所論の如く第一所為たる横領罪は陸軍服役条例違反罪の余罪となり第二の所為たる偽証嘱託罪は前上条例違反罪と再犯関係を為すものの如く判示せられたりと雖[いえども]も之れ明かに旧刑法第九十一条第九十二条第九十三条に於て再犯と為さざる罪を再犯なりと誤認し以て新旧両法に於ける刑の軽重を量定すべき標準とせられ新旧刑法に於ける刑の軽重を比照せられたる原判決は結局破毀を免れざる不法の判決なりと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに原判決中法律適用の部に云云旧法に在ては被告の第一の所為は旧刑法第三百九十五条後段第三百九十条第一項第三百九十四条に第二の所為は同法第二百二十五条第二百十八条第二号に該り第一の罪は前発陸軍服役条例違反罪の余罪なるも再犯に該る[あたる]第二の罪と共に発したるを以て同法第百二条第二項に則り重き第一の罪に従ひ処断すべく云云と記載しありて第二の罪は判示陸軍服役条例違犯罪に対し旧刑法第百二条第二項に所謂再犯たる関係を有するものとして判示せられたること同判文上自から明了なりとす。 従て此点に関する第二後段の上告論旨は理由なし。 次に旧刑法第百二条第二項に所謂再犯とは同法第九十一条第九十二条第九十三条に規定せる加重せらるべき再犯たることを要せずと雖[いえども]も旧刑法第四条に此刑法は陸海軍に関する法律を以て論すべきものに適用することを得ずとあるを以て判示陸軍服役条例違犯罪と判示第一の罪（旧刑法の罪）及び判示第二の罪（旧刑法の罪）との関係に付ては旧刑法総則を適用すべきものに非ず。 然るに原判決に於て新旧両法に於ける刑の軽重を対照するに当り叙上陸軍服役条例違犯罪と旧刑法の罪との関係に付、旧刑法第百二条第二項を適用して之が対照の標準と為したるは擬律錯誤の違法ある裁判にして此点に関する第二前段及び第三上告論旨は何れも結局理由あり原判決は此点に於て全部破毀を免れざるものとす。 （判旨第二点）

第四点原判決は第一の事実を認定するに該り「被告は云云な@069363;の後見人となり云云与十郎を伴ひ前記な@069363;の住宅に臨み云云現金三百十七円五十銭と公債証書五十円券一枚とを発見し其内現金三百円と公債証書とを自宅に持帰り保管せり其後同年十二月十七日同市長町一番町なる自宅に於て与十郎と右報酬に関する部合の契約を取消し現金二百二十五円と右五十円の公債証書とを受け自己は後見を辞し与十郎に対し後見事務引継を為すこととし即日現金を受取りたるを以て前記保管中に係る金三百円は与十郎に引継くべき筈なるに該金は既に善清に支払済なりと詐はり引継かず之を横領したり。」と説明せられたるも後見の辞任及後見事務の引継は法律上定められたる者にのみなすべきものなること民法上明かなり。 而して[しこうして]本件に於て被告が与十郎に対し後見の辞任を申立つることを得べきものなりや又与十郎が法定の後見事務受継者たりやは原判決上之が認定なきを以て被告の後見の辞任は其効なく又後見事務引継に関しては何等の権利なきものと云はざるべからず。 果して然らば仮令[たとい]被告と与十郎とか辞任並に引継の契約を為すも何等効力を生ずべきものにあらず。 又仮令[たとい]被告が与十郎に対して不誠実なる報告を為すも何等の罪責を生ずべき理由なし。 何となれば後見人は後任者又は法定の者に対する場合にあらざれば誠実なる報告を為すの義務なければなり。 故に被告が与十郎と交渉の際は未だ後見人として保管すべきの時期にして与十郎に対して返還すべき義務ありしにあらず。 従て被告の所為は未だ犯罪を構成せざるものと云はざるべからず。 然るに原判決は被告の後見辞任を有効とし何等の権利なき与十郎に事務引継を為すべきものと認め、且、同人に対する虚偽の報告を為したるを以て横領を完成したるものと判示したるは擬律錯誤にあらずんば理由不備の不法ある判決なりと確信すと云ふ[いう]に在れども◎旧刑法第三百九十五条後段に規定する受託物騙取[へんしゅ]罪を構成するには委託を受けたる金額物件を横領する目的を達するに付て法律上又は事実上の関係を有する人に対し詐欺の所為あるを以て足れりとし受託物を返還すべき適法の時期に於て及び其物の引渡を受くべき権利者に対して詐欺の所為ありたると否とは同罪の成立に影響を及ぼすことなし次に刑法に規定する横領の罪を構成するには自己の占有する他人の物を横領する意思を実行するを以て足れりとし委託を受けたる物に付き詐欺の手段に因で横領の意思を実行する場合に於ては苟くも其物を横領する目的を達するに付て法律上又は事実上の関係を有する人に対し詐欺の所為あるを以て足れりとし受託物を返還すべき適法の時期に於て及び其物の引渡を受くべき権利者に対して詐欺の所為ありたると否とは同罪の成立に影響を及ぼすことなし、而して[しこうして]原判決中所論第一事実の認定に依れば被告は弁護士の業務に従事中石川県金沢市小将町中丁二十二番地の一居住山本な@069363;の親族なる同県石川郡旭村字宮永窪川与十郎よりな@069363;の禁治産宣告申請事件の依頼を受け之が申請を為し明治三十九年十一月五日其宣告を受けたり当時な@069363;の養子善清を離縁せんとする場合なりしを以て右禁治産申請並に養子離縁の仲裁な@069363;の後見事務等担当の報酬として山本家の財産の三分五厘を受くることに与十郎と契約し同月十五日親族会の選定によりな@069363;の後見人となり善清へ手切金三百円を与へて全く離縁することとし離縁届受理の日を以て満期日と為す旨の補箋[ほせん]を附したる同日附額面金三百円の約束手形をな@069363;後見人被告名義にて善清に宛で振出し離縁届書を作成し善清をして署名せしめ同日之を同県金沢市戸籍吏に提出して届出を了し其翌十六日被後見人な@069363;の財産を調査すべしとて与十郎を伴ひ前記な@069363;の住宅に臨み病臥せるな@069363;の枕下より現金三百十七円五十銭と公債証書五十円券一枚とを発見し其内現金三百円と公債証書とを自宅に持帰り保管せり其後同年十二月七日同市長町一番町なる自宅に於て与十郎と右報酬に関する部合の契約を取消し現金二百二十五円と右五十円の公債証書とを受け自己は後見人を辞し与十郎に対し後見事務の引継を為すこととし即日現金を受取りたるを以て前記保管中に係る金三百円は与十郎に引継くべき筈なるに該金は既に善清に支払済なりと詐はりて引継かず之を横領したりと判示しありて右判示事実に依れば被告が判示詐欺の手段を用ゐたる時は法律上被告は後見事務の引継を為すべき時期に達したるや否や又詐欺の相手方たる窪川与十郎は法律上被告より後見事務の引継を受くべき地位に在りたるや否やは不明なりとするも原判決には右窪川与十郎は被害者山本な@069363;の親族にして被告がな@069363;の後見人と為り判示な@069363;の財産を保管すること及び被告に対し其後見事務担当其他の報酬を定むるに付き終始之れに干与したることを叙し当時右な@069363;の財産に対し事実上管理者たる関係を有したる者なることを認定しあるが故に被告が右与十郎に対して詐欺の手段を用ゐ判示な@069363;の財産を横領したる事実を判示し右事実に対し旧刑法に在ては受託物騙取[へんしゅ]罪を構成し刑法に在ては横領罪を構成すと判示したる原判決は正当にして所論の如き擬律錯誤若くは理由不備の違法あることなく本論旨は理由なし。 （判旨第三点）

第五点原判決は被告の第二の所為を以て刑法第六十一条第一項第百六十九条を適用すべき犯罪なりとし旧刑法第二百二十五条第二百十八条第二号の罪と対照処断せられたるも旧刑法第二百二十五条の罪は一般教唆罪に関する規定の適用を受けずして一箇独立したる犯罪なることは疑なき所なり。 故に刑法の実施と同時に廃せられたる同条の犯罪は法律の改正により消滅したるものと云はざるべからず。 而して[しこうして]刑法第六十一条と対照すべき罪は旧刑法に在ても一般教唆の犯罪により罪責を負ふべき場合ならざるべからず。 即ち旧刑法第二百二十五条の罪と刑法第六十一条の罪とは対照すべき性質のものにあらざるなり。 然るに原判決は既に刑の消滅したる所為に対し有罪の判決を与へたる結果対照適用すべからざる法条を適用処断せられたるは擬律錯誤の判決なりと信ずと云ふ[いう]に在れども◎旧刑法第二百二十五条は同法第百五条教唆に関する総則規定の単純なる適用を示したるに過ぎず。 而して[しこうして]刑法に在ては同法偽証の罪に関しては特に旧刑法第二百二十五条に相当する特別規定を設けざるも原判決第二判示の如く刑事被告人が自己を曲庇する為め他人に嘱託して偽証を為さしめたる場合に於ても同法第百六十九条の罪に対する教唆として同条及び同法第六十一条第一項を適用すべきものとす。 従て原判決は所論の如き擬律錯誤の違法あることなく本論旨は理由なし。 （判旨第四点）

第六点原判決は本件事案中第二の事実として偽証嘱託の所為ありと認定し旧刑法第二百二十五条を適用し以て新旧両刑法に於ける刑の軽重を比照すべき標準とせられたれども旧刑法に所謂偽証嘱託罪を構成するには賄賂其他の方法を以て他人に偽証を嘱託したる条件を必要となすべきものなるに原院に於ては此点に関する何等の認定をなさずして漫然偽証嘱託の事実ありとせられ如上論述の法条を適用せられたるは理由不備の判決にして全部破毀すべきものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎旧刑法第二百二十五条に所謂其他の方法中には嘱託者が他人をして偽証を為すことに決意せしむるに付き用ふる総て[すべて]の方法を包含するが故に原判決に於て第二事実として被告に偽証嘱託の所為あることを認定するに当り所論の如く偽証嘱託の方法に付き何等の事実を認定することなくして前記旧刑法の法条を適用したるも理由不備の違法ありと云ふ[いう]ことを得ず。 従て本論旨は理由なし。

第七点原院判決は本件事案中第一の所為を認定するに当り被告の自供中云云判示の如き約束手形を交付し云云と説明したり。 而して[しこうして]所謂判示の如き約束手形とは同院判決中「同月十五日親族会の選定によりな@069363;の後見人となり善清へ手切金三百円を与へて全く離縁することとし離縁届受理の日を以て満期日と為す旨の補箋[ほせん]を附したる同日附額面金三百円の約束手形をな@069363;後見人被告名義にて善清に宛で振出し云云」とある約束手形を指示するものなること明かなり。 依りて原院公判始末書を査閲するに被告が斯る自白をなしたることなく唯「当時な@069363;養子水落善清を離縁することに協議調ひしこと同月十五日親族会の選定により自分がな@069363;の後見人となりたること同日善清に対し離縁届受理の日を以て支払期日となす旨の補箋[ほせん]を附したる金三百円の約束手形様のものを交付したること云云」と供述したるに止まり判示の如き供述の記載あることなし。 然れば原判決は採証に不法あるものにして全部破毀を免れざるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎依て原院に於ける本件公判始末書を査閲するに其第一回公判始末書中被告直作に対する訊問中被告の供述として云云当時な@069363;の養子水落善清を離縁することに協議整ひしこと、同月十五日親族会の選定に依り自分がな@069363;の後見人と為りたること、同日善清に対し離縁届受理の日を以て支払期日と為す旨の補箋[ほせん]を為したる金三百円の約束手形様のものを交付したること云云は相違ありませぬかの記載及び問善清に渡したる約束手形様なものとは之れが此時証第九号を示す答左様てあり升問夫れか約束手形様とは如何[いかん]答斯様に支払期日の記載が補箋[ほせん]に為り居るので手形てはないと思ひますと記載しありて右被告の供述は所論原判決に援用せる被告自供の如く解し得べく仮りに此解釈にして正当ならずとするも本論旨は畢竟[ひっきょう]原院の職権に属する証拠の判断を非難するに外ならざるを以て上告適法の理由とならず

第八点原院に於ては本件第一の所為たる横領罪を認定するに当り花谷伊三郎及水落善清に対する予審調書を引用せられたり。 然るに同人等の第一回予審調書を閲するに証人として問査するに当り「米田直作外一名私書偽造行使等被告事件云云」とあり其後段に「此時判事は被告人の住所氏名と同法文の条項を申聞けたり」とあれども其所謂被告人の氏名とは「外一名」なる記載にては果して何人なるやを明かにせず。 故に証人資格審査の手続に欠くる所あり。 従て其証言は適法の効力なし。 而して[しこうして]原院が同人等に対する第二回予審調書を証拠として採用するに当り外に何等証人資格を問査したる形跡なきを以て結局第一回の不法を襲踏したるものなるにより之れを罪証に供し得べからざるものなるに原院の措置全く之れと反したるは採証手続に不法ある判決なりと云ふ[いう]に在れども◎本件予審請求書には被告人として窪川与十郎米田直作の二名を指示しあるが故に所論各証人の予審調書に記載しある被告人の氏名とは前記二名を指示したること自から明了にして本論旨は理由なし。

第九点原院判決は第二の所為たる偽証嘱託罪を認定するに当り酒井みつ窪川与十郎の予審調書を証拠として採用せられたる然るに該件記録を閲するに酒井みつは公判に於て偽証したるものとして予審判事に送致するに当り裁判長和田虎次郎の名義を以て送致書を作成し之れにより予審を進行したりと雖[いえども]も刑事訴訟法第百九十五条に依れば裁判所に於て予審判事に送致す可きものにして裁判長自ら之を為すべきものにあらず。 従て酒井みつの偽証事件は不適法の起訴にして右予審調書は無効なるに拘らず之を採りて証拠に供せられたるは不法なり。 故に原判決は全部破毀を免がれざるものとすと云ふ[いう]に在り◎依て所論の送致書を査閲するに同送致書には裁判長一名の署名捺印あるのみなるも本件米田直作に対する詐欺取財被告事件の第一審に於ける第二回公判始末書末尾に裁判長は合議の上証人酒井みつの供述は不実にして本件被告直作の軽罪を曲庇せん為め故意に偽証したるものにして其所為は刑法第二百十八条第二号に該当するものとし刑事訴訟法第百九十五条に従ひ取押へ勾引状を発し予審判事へ送致する旨の決定を言渡したる旨の記載ありて如此[かくのごとき]公判裁判所に於て右決定の言渡を為したる以上は之と同時に公訴の提起ありたると同一の効果を発生す。 而して[しこうして]其送致手続は右決定の実行に過ぎざれば必ずしも直接に公判裁判所の名義を以てずるの要なし。 従て本論旨は理由なし。 （判旨第八点）

第十点被告米田直作偽証嘱託事件の起訴状を閲するに「右者貴庁予審繋属[けいぞく]中の当局明治四十一年検第二三六号酒井みつ偽証被告事件の教唆を為したることを発見候条予審処分有之度候也」とありて其起訴事実の内容が果して如何[いかん]なるものなるやを明示せざるを以て該起訴の事実及範囲不明確にして起訴要件を欠如する不適法の起訴なるが故に公訴不受理の判決を為す可きものなるに原院判決が茲に[ここに]出でさりしは全部破毀を免がれざる不法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎起訴状に犯罪事実を摘示する方法に付ては法定の形式なきを以て所論金沢地方裁判所予審判事に宛たる起訴状に被告米田直作は当時同庁予審繋属[けいぞく]中の酒井みつ偽証被告事件の教唆者なることを摘示しある以上は右米田直作に対する起訴事件の範囲は明確なるを以て同起訴は適法なりとす。 従て本論旨は理由なし。

第十一点被告第二の事案に対する起訴は「酒井みつ偽証被告事件の教唆を為したることを発見候条」云云とありて偽証教唆の起訴なること明かなり。 然るに予審に於て偽証嘱託の決定を為し原院亦[また]偽証嘱託の罪ありとして判決せられたるは不法あるものと云はざる可からず。 而して[しこうして]旧刑法に於て偽証教唆と被告の為したる偽証嘱託とは別箇の犯罪なること論を俟たざる所なりとすと云ふ[いう]に在れども◎前に第五上告論旨に対して説明したるが如く旧刑法二百二十五条に規定する偽証嘱託は偽証の教唆に外ならざるが故に偽証嘱託と云ふ[いう]も又は偽証教唆と謂ふも何れも同一の罪を指すものにして別箇の犯罪を指示するものにあらざるを以て本論旨は理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決を破毀し本院に於て直ちに判決すべきものとす。 因で原判決に認めたる事実を法律に照すに判示第一第二の所為は共に犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるものなるを以て刑法第六条刑法施行法第二条第三条刑法第十条に依り新旧両法を対照するに旧刑法に在ては被告が第一の所為は同法第三百九十五条後段第三百九十条第一項第三百九十四条に第二の所為は同法第二百二十五条第二百十八条第二号に該り軽罪の二罪倶発なるを以て同法第百条第一項第三項に依り一の重き第一の罪に従ひ処断すべく刑法に在ては被告が第一の所為は同法第二百五十三条に第二の所為は同法第六十一条第一項第百六十九条に該り第一第二の罪は併合罪に係るを以て同法第四十五条第四十七条第十条に依り最も重き第一の罪に付き定めたる刑の長期に其半数を加へたるものを以て長期としたる刑期範囲内に於て処断すべく。 従て旧刑法の刑軽きを以て前掲旧刑法の法条及刑法施行法第五条に従ひ処断し被告を重禁錮八月に処し押収物件は刑事訴訟法第二百二条に依り差出人に還付し公訴裁判費用は同法第二百一条に依り被告に負担せしむべきものとす。

然るに原判決は前発の刑科料五十銭を拘留一日に折算して之を本刑たる重禁錮八月に通算しありて本件は被告のみの上告に係るを以て刑事訴訟法第二百九十一条に則り原判決を変更して被告の不利益と為すことを許さざるを以て前発罪の刑科料五十銭を拘留一日に折算して本刑に通算し主文の如く判決するものなり。

検事矢野茂干与明治四十二年九月二十三日大審院第二刑事部