明治四十二年(れ)第九一七號
明治四十二年八月十日宣告
◎判決要旨
- 一 自己ノ犯罪ヲ免ルルノ目的ニ出テタリトスルモ苟モ人ヲ教唆シテ他ノ罪ヲ犯サシメタルトキハ其教唆ノ所爲ニ付キ刑罰ノ責任ヲ負ハサルヘカラス
右僞證教唆被告事件ニ付明治四十二年五月十九日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スルコト左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人山本二郎上告趣意書原判決ハ被告人ニ僞證教唆ノ事實アルコトヲ認定シテ直ニ刑法第百六十九條及第六十一條ヲ適用シ被告ヲ僞證教唆罪ニ問擬シタルモ是レ被告カ自己ニ係ル事件ノ審理ヲ受クルニ方リ虚僞ノ供述ヲ爲サシメタルヲ以テ刑法上ノ僞證教唆罪ト爲スモノニシテ刑法ヲ不當ニ適用シタルモノナリト思料ス抑モ僞證罪トハ他人ノ被告事件ニ證人トシテ宣誓ヲ命セラレタル上虚僞ノ供述ヲ爲スニ依リテ構成セラルルモノニシテ即チ其犯罪構成要件トシテ(一)他人ノ被告事件タルコト(二)證人タリ得ル資格アルコト(三)他人タル被告ヲ曲庇シ又ハ陷害スルノ意思アルコトノ三要件ヲ具備スルコトヲ必要トシ其一箇ヲ缺クニ於テハ僞證罪タルコトヲ得サルモノニシテ僞證教唆罪モ亦此要件ヲ具備スルコトヲ必要トスルヤ勿論ナリ何トナレハ教唆罪トハ其自己ニ代ユルニ他ノ責任能力者ノ行爲ヲ以テスルモノニシテ犯罪ノ態樣ニ於テ何等輕重ナク法理ノ上ニ於テモ唯犯人ノ複數ナルニ止マルノミ然リ而シテ今ヤ本件ニ付テ之ヲ見ルニ其第一要件タル他人ノ被告事件タルコトヲ要スル根本ノ要素缺缺スルモノニシテ被告ハ自己ノ犯罪ニ付テ虚僞ノ供述ヲ爲サシメタルモノニシテ決シテ僞證罪ノ主體タリ得ヘカラス第二ニ僞證罪ハ證人トシテ爲シタル供述ノ虚僞ナルコトヲ必要トスルニ本件事案ハ然ラス夫レ被告人カ自己ニ係ル被告事件ニ於テ虚構ノ陳述ヲ爲スハ其權利ニ屬スルモノニシテ即チ被告ノ有スル辯護權ノ支分權ナリト云フヲ正當トス糺問主義ノ廢止セラレテ彈劾主義トナリタル刑事訴訟ニ於テハ被告ノ供述ノ虚僞ナルヲ以テ犯罪ヲ構成スルモノト爲サス而シテ被告ハ其犯罪行爲ニ付キ諸般ノ方面ヨリ幾多ノ辯護權ヲ有スルモノニシテ本件ニ於ケル事實ノ認定其當ヲ得タルモノトスルモ僞證罪ノ構成要素タル證人タリ得ルノ能力ナキ者ヲ以テ僞證教唆罪ニ問擬セントスルハ僞證罪ト教唆罪トノ關係ヲ誤解シタルモノト信ス第三ニ被告ヲ曲庇又ハ陷害スルノ意思アルコト即チ目的アルコトヲ要ス蓋シ自己ニ係ル被告事件ニ於テ自ラ進ンテ處罰ヲ受ケント爲シ又ハ處罰ヲ免レント爲シ以テ虚僞ノ供述ヲ爲スハ毫モ法律ノ禁スル所ニアラサルハ前述ノ如クニシテ此理ハ彼ノ證據湮滅罪及犯人藏匿罪等ニ付テ見ルモ明瞭ニシテ該規定ニヨレハ犯人自己ノ行爲ニ係ルトキハ勿論他人ヲシテ之ヲ犯サシメタル場合ニ於テモ共ニ犯罪ヲ構成スルモノニアラス由是觀之被告人自身ノ其被告事件ニ付テ爲スノ供述ハ其犯罪事件ノ審理ニ妨害アルモノト雖モ何等處罰セラルヘキ犯罪ニアラサルナリ況ンヤ僞證罪ノ如キハ他人ヲ曲庇シ又ハ陷害シテ以テ裁判權ノ運用ヲ阻止スルノ目的アルコトヲ犯罪構成ノ要件ト爲スニ於テオヤ被告ニ於テ自ラ之ヲ曲庇セントスルハ刑法ニ所謂曲庇ニアラス拷問主義ノ廢止ハ即チ此意味ニ於テ效果アルモノナリト信ス之ヲ要スルニ以上ノ三要件ヲ具備スルニアラスンハ僞證罪ヲ是認スルコトヲ得ス或ハ刑法第六十五條ノ規定ヲ提ケテ以上ノ主張ヲ難セントスル者アランカ然レトモ本條ノ規定ハ絶對的ノモノニアラス本條ニ所謂身分トハ其犯人ノ身分タルコト疑ヒナカラン然ラハ證人タリ得ルノ資格ハ刑法ニ所謂身分タリヤ否ヤハ疑問ノ餘地アリト雖モ茲ニハ暫ク之ヲ身分ナリト解セン然レトモ僞證罪ノ主體タル犯人ヨリ見テ其他人タルコトヲ要スルハ犯人ノ身分ニ何等關係ナキコトナリ犯人ノ身分ト被告タル他人トハ刑法上別個ノ人格者ナリ既ニ然リトセハ證人タル得ルノ資格ナキ者ト雖モ亦僞證教唆罪ヲ犯シ得ルモノナリ然レトモ其教唆者タル犯人ヨリ見テ亦本犯被告カ他人タルコトヲ要スルハ毫モ疑ヒナキトコロニシテ此理ハ自己ノ被告事件ニ付キ事實上及法律上證人タリ得サルコトニ依リテ明カナリト信ス故ニ刑法第六十五條ニ付キ誤レル斷定ヲ下シタル論者ノ所説ハ採ルニ足ラサルナリ以上之ヲ要スルニ原判決ハ正犯ト教唆トノ關係ニ於ケル此瀝然タル理論ヲ無視シ被告ニ僞證教唆罪アリト爲シタルモノニシテ到底不當ナル論結タルヲ免レサルモノト思料スト云フニ在リ
◎依テ按スルニ自己ノ犯罪ヲ免カルルノ目的ニ出テタリトスルモ苟クモ人ヲ教唆シテ他ノ罪ヲ犯サシムルニ於テハ其所爲タル畢竟自己ノ辯護權ノ範圍ヲ超越シタル行動ニ屬スルヲ以テ最早之ヲ目シテ辯護權ノ行使ト爲スコトヲ得ス從テ其教唆ノ所爲ニ付刑罰ノ責任ヲ負ハサルヘカラサルコト亦疑ヲ容レサル所ナリトス而シテ右ノ趣旨ハ本院判例ノ夙ニ是認スル所ニシテ今日之ヲ變更スルノ理由アルヲ見ス左レハ原院ニ於テ被告カ狩獵法違犯事件ノ控訴中無罪ノ判決ヲ得ンカ爲メ海老原金藏ヲ教唆シテ原判決所掲ノ僞證ヲ爲サシメタル所爲アルコトヲ認メ之ヲ以テ僞證教唆ノ罪ヲ構成スルモノトシ被告ニ對シ刑法第百六十九條第六十一條第一項ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ
辯護人岩崎勳上告趣意書第一點原判決ノ認定シタル事實ノ全部ハ「被告徳太郎ハ原審共同被告藤根鷹之助ト共ニ松戸區裁判所ニ於テ狩獵法違犯事件ニ付有罪ノ判決ヲ受ケ之ニ對シ千葉地方裁判所ニ控訴シテ同所第二審公判ニ繋屬中無罪ノ判決ヲ受ケンカ爲メ明治四十一年十二月中居村海老原金藏方ニ於テ同人ニ對シ被告カ日沒後發砲シタルコトナキ旨虚僞ノ證言ヲ爲サンコトヲ依頼シ以テ僞證ノ教唆ヲ爲シ因テ明治四十二年一月二十日同裁判所ニ於テ右事件公判開廷ノ際金藏ヲシテ證人トシテ宣誓ノ上明治四十一年十一月二十六日午後四時過頃即チ日沒前ニ字「ダンゴテ」山ト呼フ所ニテ徳太郎ト出會シ共ニ湖北停車場ヲ去ル五六十間ノ所迄同行シ夫レヨリ徳太郎等カ該停車場構内ニ行キタルヲ渡邊巡査ニ取押ヘラレタル此間同人等ハ發砲シタルコト無キ旨ノ虚僞ノ陳述ヲ爲サシメタルモノトス」ト云フニ在リ即チ原判決ハ金藏ノ證言カ果シテ其見聞シタル所ニ異ナリシヤ否ヤヲ斷定セサル點ニ於テ事實理由ノ不備アルモノト云ハサル可ラス其「虚僞ノ證言ヲナサンコトヲ依頼シ」ト云ヒ又「虚僞ノ陳述ヲ爲サシメタリ」ト云フモ單ニ「虚僞」ト云フノミニシテ(一)其虚僞ニ對スル眞實トハ果シテ如何ナルモノナリヤ(二)其眞實ト相違シタル虚僞ノ程度如何全部ナリヤ又ハ一部ナリヤ(三)所謂虚僞トハ(イ)事實自體ノ眞實ト相違シタルモノヲ云フモノナリヤ(ロ)又ハ見聞ニ觸レタル事項ノ眞實ト相違シタルモノヲ謂フモノナリヤ否ヤ原判決ニハ説示スル所ナシ即チ事實理由ノ不備ト云ハサル可ラス(四)僞證トハ見聞シタル所ト異ナリタル供述ヲ云フモノニシテ(イ)供述カ果シテ事實自體ニ相違シタリヤ又ハ(ロ)其見聞シタル所カ事實自體ト相違シタリヤハ之ヲ問フノ要ナシト信ス而シテ原判決ハ遂ニ如何ナル點ニ於テ虚僞ノ陳述ト爲ルヤヲ説示セサル不法アルモノト云ハサル可カラスト云フニ在リ◎依テ按スルニ僞證ノ罪ハ所論ノ如ク證人カ故意ニ其見聞シタル所ト異リタル陳述ヲ爲シタル場合ノミナラス曾テ見聞シタルコトナキ事實ヲ恰モ見聞シタル如ク虚僞ノ陳述ヲ爲シタル場合ニ於テモ亦成立スルコト勿論ナリトス而シテ原判決ニ依レハ被告カ海老原金藏ヲシテ狩獵法違犯事件ノ控訴公判ニ於テ僞證ヲ爲サシメタル事項ハ原判決ニ認定シタル事實ナリトシテ論旨ニ掲クル所ノ如クニシテ即チ原判決認定ノ趣旨ハ被告ハ海老原金藏ヲシテ同人カ曾テ見聞シタルコトナキ論旨所掲ノ事項ノ全部ヲ眞實ニ見聞シタルモノノ如ク虚僞ノ陳述ヲ爲サシメタルモノナリト云フニ外ナラサルコト判文上自ラ明カニシテ從テ本件犯罪事實ノ理由説明上毫モ缺クル所ナキカ故ニ本論旨ハ理由ナシ
第二點被告人ハ實ニ證言シタル事件ノ裁判確定前自白シタルモノナリ先ツ調書二十枚ニハ「本案ノ辯論ハ職權ニヨリ之レヲ停止ス」トアリ其停止中ニ係ル本件第一審公判始末書ヲ閲スルニ其第百二十葉ニハ「其通リ僞證ヲ頼ミマシタ」「何故本日ニ至リ自白シタカ」「前非ヲ悔ヒ自白シマシタ」トアリ同判決書及ヒ原院判決書ノ證據説明ノ部ニモ亦タ同趣旨ノ陳述ノ引用アリ而シテ原院カ此事實ノ認定ヲ遺脱シタルハ法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタル不法アルモノト云ハサル可カラス從テ原判決カ本件ニ付キ刑法第百七十條ヲ適用セスシテ單ニ同第百六十九條ノミヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ違法アリト言ハサル可カラスト云フニ在レトモ◎原判決カ其證據理由中ニ所論被告ノ自白ヲ掲ケタルハ本件僞證教唆ノ事實認定ノ資料ニ供センカ爲メナルニ外ナラサルコト判文自體ニ照シ疑ヲ容レス從テ被告カ所論事件ノ裁判確定前本件僞證教唆ノ所爲ヲ自白シタリトノ事實ノ證據トシテ右ノ自白ヲ掲ケタルモノニアラサルコト亦明カナレハ原判決證據理由中右ノ自白ハ援用シタルニ拘ハラス所論事件ノ裁判確定前僞證教唆ノ所爲ヲ自白シタリトノ事實ヲ認定判示セサル廉ヲ擧ケテ直ニ右事實ノ認定ヲ遺脱シタルモノナリト論スルヲ得ス之ヲ要スルニ原判決ニ右事實ノ判示ナキハ結局其事實ヲ認メサルカ爲メナリト解スルヲ相當トスヘク從テ原判決カ本件ニ付刑法第百七十條ヲ適用セサリシハ正當ナルヲ以テ本論旨ハ總テ理由ナシ
第三點(一)第一審ハ「日沒後ニ發砲セサルコトヲ證明シテ無罪ノ判決ヲ受ケント欲シ」ト認定シタルモ原審ハ單ニ「無罪ノ判決ヲ受ケンカ爲メ云云」ト認定シ(二)第一審ハ同公訴ニ關スル事實ノ眞相ヲ知ラサル金藏ニ依頼シタルコトヲ認定シタルモ原審ハ斯ル認定ヲ爲スコトナク(三)第一審ハ藤根鷹之助トノ共謀ニ出テタルコトヲ認定シタルモ原審ハ此事實ヲ認定セス(四)第一審ハ「數囘後段記載ノ金藏カ渡邊巡査ハ官服ヲ着ケタリトノ部分ヲ除ク以外ノ陳述ニ係ル虚構ノ事實ヲ以テ僞證センコトヲ金藏ニ教唆シ」タル事實ヲ認定シタルモ原院ハ單ニ「被告カ日沒後發砲シタルコトナキ旨虚僞ノ證言ヲ爲サンコトヲ依頼シ」ト認定シ(五)第一審ハ金藏カ「明治四十一年十一月二十六日自分(金藏)ハ字梅ケ枝山ヨリ歸途午後四時過頃即チ日沒前ニ字「ダンゴテ」山ト呼フ所ニテ徳太郎ニ逢ヒ共ニ暫時休息シテ午後五時過頃ニハ八幡前ノ三又路ニテ高之助ニ逢ヒ之ヨリ三人ハ湖北停車場ヲ距ル五六十間ノ所迄同行シ自分ハ徳太郎高之助兩人ニ別レ右兩人カ該停車場構内ニ行キタルヲ以テ渡邊巡査カ之ヲ取押ヘタルモノナルカ此間兩人ハ發砲セストノ旨自己ノ臆測ヲ以テ孰レモ虚構ノ事實ヲ陳述シタル旨原審ハ單ニ同人カ「明治四十一年十一月二十六日午後四時過頃即チ日沒前ニ字「ダンゴテ」山ト呼フ所ニテ徳太郎ト出會シ共ニ湖北停車場ヲ距ル五六十間ノ所迄同行シ夫レヨリ徳太郎等カ該停車場構内ニ行キタルヲ渡邊巡査ニ取押ヘラレタリ此間同人等ハ發砲シタルコトナキ旨虚僞ノ陳述ヲ爲シタリト認定シ孰レモ原審ハ第一審ト事實ノ認定ヲ異ニシタルニモ拘ハラス第一審判決ヲ取消スコトナクシテ控訴ヲ棄却シタルハ破毀ノ原由アリト信スト云フニ在リ◎依テ第一、二審判決ニ於ケル事實理由ノ説明ヲ對照スルニ所論ノ各點ニ於テ兩判決ノ間多少其文詞ヲ異ニスル所アリト雖モ右ハ畢竟其理由ノ説明上精粗ノ差別アルニ過キスシテ本件犯罪構成ノ要件タル事實關係ニ付テハ兩者ノ認定結局同一ニ歸スルヲ以テ原判決カ第一審判決ヲ是認シ控訴棄却ノ判決ヲ爲シタルハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ
第四點公訴裁判費用負擔ノ點ニ於テ原審カ第一審判決ノ如ク刑事訴訟法第二百一條一項ヲ適用セスシテ同第二百一條ノ全部ヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ違法アリト信ス而シテ此ノ如ク法律ノ適用ヲ異ニスルニ拘ハラス第一審判決ヲ取消ササルハ不法ノ裁判ナリト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニ掲ケタル刑事訴訟法第二百一條ハ有罪ト爲リタル被告ニ對シ公訴裁判費用ヲ負擔セシムルニ付テノ法律上ノ理由トシテ之ヲ示シタルニ外ナラサレハ要スルニ原判決ハ同條第一項ヲ適用シタル趣旨ナルコト自ラ明カナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第五點原審ハ鷹之助ト共犯ノ事實ヲ認メサルニ拘ハラス刑法施行法第六十七條ヲ適用シタルハ之レ亦擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ「云云公訴裁判費用ハ云云被告ヲシテ原審共同被告海老原金藏及藤根高之助ト連帶負擔セシム可キモノトス」トアリテ即チ原判決ハ本件ニ付被告ト右金藏外一名トノ共犯關係ヲ認メタルモノナルコト自ラ明ナレハ被告ニ對シ本件裁判費用負擔ノ責任ヲ定ムル法律上ノ理由トシテ刑法施行法第六十七條ヲ適用シタルハ相當ナリ
第六點原判決ハ無效ナル證人訊問調書ヲ採テ斷罪ノ資料ニ供シタル違法アリ其採用シタル證人渡邊榮太郎ノ證人訊問調書ヲ査閲スルニ豫審判事ハ刑事訴訟法第百二十三條第一號乃至第四號ノ各條項ヲ訊問シタル處證人ハ之レニ該當セサルモノナルコトヲ答ヘタリ依テ式ニ從ヒ宣誓セシムトアリ即チ該訊問手續ハ(第一)他ノ證人ト各別ニ訊問シタル事蹟ノ見ル可キモノナク(第二)刑事訴訟法第百二十四條ニ記載シタル者ナリヤ否ヤヲ査閲シタル事蹟ノ見ル可キモノナシ同條ニ「左ノ記載シタル者亦前條ニ同シ」トアルニ因リテ見レハ同條モ亦前條ト同一ニ取扱ハルヘキモノタルコトヲ知ルニ足ル可シ此ノ如ク訊問ノ要件ヲ欠缺シタル無效ノ調書ヲ採テ斷罪ノ資料ニ供シタル原判決ハ破毀ノ原由アリト信スト云フニ在レトモ◎所論證人ノ豫審調書ヲ査スルニ豫審判事カ刑事訴訟法第百二十七條ニ所謂證人ハ他ノ證人ト各別ニ之ヲ訊問ス可シトノ規定ニ違背シタリト認ム可キ廉ナキノミナラス同法第百二十四條ニ記載シタル者ニ該當スルヤ否ヤノ取調ハ必スシモ訊問ノ方法ニ依ルコトヲ要セサルモノナレハ豫審判事カ所論證人ニ對スル此點ノ取調ニ付訊問ノ手續ニ出テサリシトテ毫モ違法ニアラス從テ右證人ノ豫審調書ノ有效ナルコト勿論ナレハ之ヲ本件ノ罪證ニ供シタル原判決ハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎千與明治四十二年八月十日大審院休暇部
明治四十二年(レ)第九一七号
明治四十二年八月十日宣告
◎判決要旨
- 一 自己の犯罪を免るるの目的に出でたりとするも苟も人を教唆して他の罪を犯さしめたるときは其教唆の所為に付き刑罰の責任を負はざるべからず。
右偽証教唆被告事件に付、明治四十二年五月十九日東京控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で判決すること左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人山本二郎上告趣意書原判決は被告人に偽証教唆の事実あることを認定して直に刑法第百六十九条及第六十一条を適用し被告を偽証教唆罪に問擬したるも是れ被告が自己に係る事件の審理を受くるに方り虚偽の供述を為さしめたるを以て刑法上の偽証教唆罪と為すものにして刑法を不当に適用したるものなりと思料す。
抑も偽証罪とは他人の被告事件に証人として宣誓を命ぜられたる上虚偽の供述を為すに依りて構成せらるるものにして、即ち其犯罪構成要件として(一)他人の被告事件たること(二)証人たり得る資格あること(三)他人たる被告を曲庇し又は陥害するの意思あることの三要件を具備することを必要とし其一箇を欠くに於ては偽証罪たることを得ざるものにして偽証教唆罪も亦此要件を具備することを必要とするや勿論なり。
何となれば教唆罪とは其自己に代ゆるに他の責任能力者の行為を以てずるものにして犯罪の態様に於て何等軽重なく法理の上に於ても唯犯人の複数なるに止まるのみ然り、而して今や本件に付て之を見るに其第一要件たる他人の被告事件たることを要する根本の要素欠欠するものにして被告は自己の犯罪に付て虚偽の供述を為さしめたるものにして決して偽証罪の主体たり得べからず。
第二に偽証罪は証人として為したる供述の虚偽なることを必要とするに本件事案は然らず夫れ被告人が自己に係る被告事件に於て虚構の陳述を為すは其権利に属するものにして、即ち被告の有する弁護権の支分権なりと云ふを正当とす。
糺問主義の廃止せられて弾劾主義となりたる刑事訴訟に於ては被告の供述の虚偽なるを以て犯罪を構成するものと為さず。
而して被告は其犯罪行為に付き諸般の方面より幾多の弁護権を有するものにして本件に於ける事実の認定其当を得たるものとするも偽証罪の構成要素たる証人たり得るの能力なき者を以て偽証教唆罪に問擬せんとするは偽証罪と教唆罪との関係を誤解したるものと信ず。
第三に被告を曲庇又は陥害するの意思あること。
即ち目的あることを要す。
蓋し自己に係る被告事件に於て自ら進んで処罰を受けんと為し又は処罰を免れんと為し以て虚偽の供述を為すは毫も法律の禁ずる所にあらざるは前述の如くにして此理は彼の証拠湮滅罪及犯人蔵匿罪等に付て見るも明瞭にして該規定によれば犯人自己の行為に係るときは勿論他人をして之を犯さしめたる場合に於ても共に犯罪を構成するものにあらず。
由是観之被告人自身の其被告事件に付て為すの供述は其犯罪事件の審理に妨害あるものと雖も何等処罰せらるべき犯罪にあらざるなり。
況んや偽証罪の如きは他人を曲庇し又は陥害して以て裁判権の運用を阻止するの目的あることを犯罪構成の要件と為すに於ておや被告に於て自ら之を曲庇せんとするは刑法に所謂曲庇にあらず。
拷問主義の廃止は。
即ち此意味に於て効果あるものなりと信ず。
之を要するに以上の三要件を具備するにあらずんば偽証罪を是認することを得ず。
或は刑法第六十五条の規定を提けて以上の主張を難せんとする者あらんか。
然れども本条の規定は絶対的のものにあらず。
本条に所謂身分とは其犯人の身分たること疑ひながらん然らば証人たり得るの資格は刑法に所謂身分たりや否やは疑問の余地ありと雖も茲には暫く之を身分なりと解せん。
然れども偽証罪の主体たる犯人より見で其他人たることを要するは犯人の身分に何等関係なきことなり犯人の身分と被告たる他人とは刑法上別個の人格者なり。
既に然りとせば証人たる得るの資格なき者と雖も亦偽証教唆罪を犯し得るものなり。
然れども其教唆者たる犯人より見で亦本犯被告が他人たることを要するは毫も疑ひなきところにして此理は自己の被告事件に付き事実上及法律上証人たり得ざることに依りて明かなりと信ず。
故に刑法第六十五条に付き誤れる断定を下したる論者の所説は採るに足らざるなり。
以上之を要するに原判決は正犯と教唆との関係に於ける此瀝然たる理論を無視し被告に偽証教唆罪ありと為したるものにして到底不当なる論結たるを免れざるものと思料すと云ふに在り
◎依て按ずるに自己の犯罪を免がるるの目的に出でたりとするも苟くも人を教唆して他の罪を犯さしむるに於ては其所為たる畢竟自己の弁護権の範囲を超越したる行動に属するを以て最早之を目して弁護権の行使と為すことを得ず。
従て其教唆の所為に付、刑罰の責任を負はざるべからざること亦疑を容れざる所なりとす。
而して右の趣旨は本院判例の夙に是認する所にして今日之を変更するの理由あるを見す左れば原院に於て被告が狩猟法違犯事件の控訴中無罪の判決を得んか為め海老原金蔵を教唆して原判決所掲の偽証を為さしめたる所為あることを認め之を以て偽証教唆の罪を構成するものとし被告に対し刑法第百六十九条第六十一条第一項を適用処断したるは相当にして本論旨は理由なし。
弁護人岩崎勲上告趣意書第一点原判決の認定したる事実の全部は「被告徳太郎は原審共同被告藤根鷹之助と共に松戸区裁判所に於て狩猟法違犯事件に付、有罪の判決を受け之に対し千葉地方裁判所に控訴して同所第二審公判に繋属中無罪の判決を受けんか為め明治四十一年十二月中居村海老原金蔵方に於て同人に対し被告が日没後発砲したることなき旨虚偽の証言を為さんことを依頼し以て偽証の教唆を為し因で明治四十二年一月二十日同裁判所に於て右事件公判開廷の際金蔵をして証人として宣誓の上明治四十一年十一月二十六日午後四時過頃即ち日没前に字「だんごて」山と呼ふ所にて徳太郎と出会し共に湖北停車場を去る五六十間の所迄同行し夫れより徳太郎等が該停車場構内に行きたるを渡辺巡査に取押へられたる此間同人等は発砲したること無き旨の虚偽の陳述を為さしめたるものとす。」と云ふに在り。
即ち原判決は金蔵の証言が果して其見聞したる所に異なりしや否やを断定せざる点に於て事実理由の不備あるものと云はざる可らず其「虚偽の証言をなさんことを依頼し」と云ひ又「虚偽の陳述を為さしめたり。」と云ふも単に「虚偽」と云ふのみにして(一)其虚偽に対する真実とは果して如何なるものなりや(二)其真実と相違したる虚偽の程度如何全部なりや又は一部なりや(三)所謂虚偽とは(イ)事実自体の真実と相違したるものを云ふものなりや(ロ)又は見聞に触れたる事項の真実と相違したるものを謂ふものなりや否や原判決には説示する所なし。
即ち事実理由の不備と云はざる可らず(四)偽証とは見聞したる所と異なりたる供述を云ふものにして(イ)供述が果して事実自体に相違したりや又は(ロ)其見聞したる所が事実自体と相違したりやは之を問ふの要なしと信ず。
而して原判決は遂に如何なる点に於て虚偽の陳述と為るやを説示せざる不法あるものと云はざる可からずと云ふに在り◎依て按ずるに偽証の罪は所論の如く証人が故意に其見聞したる所と異りたる陳述を為したる場合のみならず曽て見聞したることなき事実を恰も見聞したる如く虚偽の陳述を為したる場合に於ても亦成立すること勿論なりとす。
而して原判決に依れば被告が海老原金蔵をして狩猟法違犯事件の控訴公判に於て偽証を為さしめたる事項は原判決に認定したる事実なりとして論旨に掲ぐる所の如くにして、即ち原判決認定の趣旨は被告は海老原金蔵をして同人が曽て見聞したることなき論旨所掲の事項の全部を真実に見聞したるものの如く虚偽の陳述を為さしめたるものなりと云ふに外ならざること判文上自ら明かにして。
従て本件犯罪事実の理由説明上毫も欠くる所なきが故に本論旨は理由なし。
第二点被告人は実に証言したる事件の裁判確定前自白したるものなり。
先づ調書二十枚には「本案の弁論は職権により之れを停止す」とあり其停止中に係る本件第一審公判始末書を閲するに其第百二十葉には「其通り偽証を頼みました。」「何故本日に至り自白したか」「前非を悔ひ自白しました。」とあり同判決書及び原院判決書の証拠説明の部にも亦た同趣旨の陳述の引用あり。
而して原院が此事実の認定を遺脱したるは法律に違背して事実を確定したる不法あるものと云はざる可からず。
従て原判決が本件に付き刑法第百七十条を適用せずして単に同第百六十九条のみを適用したるは擬律錯誤の違法ありと言はざる可からずと云ふに在れども◎原判決が其証拠理由中に所論被告の自白を掲げたるは本件偽証教唆の事実認定の資料に供せんか為めなるに外ならざること判文自体に照し疑を容れず。
従て被告が所論事件の裁判確定前本件偽証教唆の所為を自白したりとの事実の証拠として右の自白を掲げたるものにあらざること亦明かなれば原判決証拠理由中右の自白は援用したるに拘はらず所論事件の裁判確定前偽証教唆の所為を自白したりとの事実を認定判示せざる廉を挙けて直に右事実の認定を遺脱したるものなりと論するを得ず。
之を要するに原判決に右事実の判示なきは結局其事実を認めざるか為めなりと解するを相当とすべく。
従て原判決が本件に付、刑法第百七十条を適用せざりしは正当なるを以て本論旨は総で理由なし。
第三点(一)第一審は「日没後に発砲せざることを証明して無罪の判決を受けんと欲し」と認定したるも原審は単に「無罪の判決を受けんか為め云云」と認定し(二)第一審は同公訴に関する事実の真相を知らざる金蔵に依頼したることを認定したるも原審は斯る認定を為すことなく(三)第一審は藤根鷹之助との共謀に出でたることを認定したるも原審は此事実を認定せず(四)第一審は「数回後段記載の金蔵が渡辺巡査は官服を着けたりとの部分を除く以外の陳述に係る虚構の事実を以て偽証せんことを金蔵に教唆し」たる事実を認定したるも原院は単に「被告が日没後発砲したることなき旨虚偽の証言を為さんことを依頼し」と認定し(五)第一審は金蔵が「明治四十一年十一月二十六日自分(金蔵)は字梅け枝山より帰途午後四時過頃即ち日没前に字「だんごて」山と呼ふ所にて徳太郎に逢ひ共に暫時休息して午後五時過頃には八幡前の三又路にて高之助に逢ひ之より三人は湖北停車場を距る五六十間の所迄同行し自分は徳太郎高之助両人に別れ右両人が該停車場構内に行きたるを以て渡辺巡査が之を取押へたるものなるか此間両人は発砲せずとの旨自己の臆測を以て孰れも虚構の事実を陳述したる旨原審は単に同人が「明治四十一年十一月二十六日午後四時過頃即ち日没前に字「だんごて」山と呼ふ所にて徳太郎と出会し共に湖北停車場を距る五六十間の所迄同行し夫れより徳太郎等が該停車場構内に行きたるを渡辺巡査に取押へられたり此間同人等は発砲したることなき旨虚偽の陳述を為したりと認定し孰れも原審は第一審と事実の認定を異にしたるにも拘はらず第一審判決を取消すことなくして控訴を棄却したるは破毀の原由ありと信ずと云ふに在り◎依て第一、二審判決に於ける事実理由の説明を対照するに所論の各点に於て両判決の間多少其文詞を異にする所ありと雖も右は畢竟其理由の説明上精粗の差別あるに過ぎずして本件犯罪構成の要件たる事実関係に付ては両者の認定結局同一に帰するを以て原判決が第一審判決を是認し控訴棄却の判決を為したるは相当にして本論旨は理由なし。
第四点公訴裁判費用負担の点に於て原審が第一審判決の如く刑事訴訟法第二百一条一項を適用せずして同第二百一条の全部を適用したるは擬律錯誤の違法ありと信ず。
而して此の如く法律の適用を異にするに拘はらず第一審判決を取消さざるは不法の裁判なりと信ずと云ふに在れども◎原判決に掲げたる刑事訴訟法第二百一条は有罪と為りたる被告に対し公訴裁判費用を負担せしむるに付ての法律上の理由として之を示したるに外ならざれば要するに原判決は同条第一項を適用したる趣旨なること自ら明かなるを以て本論旨は理由なし。
第五点原審は鷹之助と共犯の事実を認めざるに拘はらず刑法施行法第六十七条を適用したるは之れ亦擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在れども◎原判決には「云云公訴裁判費用は云云被告をして原審共同被告海老原金蔵及藤根高之助と連帯負担せしむ可きものとす。」とありて、即ち原判決は本件に付、被告と右金蔵外一名との共犯関係を認めたるものなること自ら明なれば被告に対し本件裁判費用負担の責任を定むる法律上の理由として刑法施行法第六十七条を適用したるは相当なり。
第六点原判決は無効なる証人訊問調書を採で断罪の資料に供したる違法あり。
其採用したる証人渡辺栄太郎の証人訊問調書を査閲するに予審判事は刑事訴訟法第百二十三条第一号乃至第四号の各条項を訊問したる処証人は之れに該当せざるものなることを答へたり。
依て式に従ひ宣誓せしむとあり。
即ち該訊問手続は(第一)他の証人と各別に訊問したる事蹟の見る可きものなく(第二)刑事訴訟法第百二十四条に記載したる者なりや否やを査閲したる事蹟の見る可きものなし同条に「左の記載したる者亦前条に同じ。」とあるに因りて見れば同条も亦前条と同一に取扱はるべきものたることを知るに足る可し此の如く訊問の要件を欠欠したる無効の調書を採で断罪の資料に供したる原判決は破毀の原由ありと信ずと云ふに在れども◎所論証人の予審調書を査するに予審判事が刑事訴訟法第百二十七条に所謂証人は他の証人と各別に之を訊問す可しとの規定に違背したりと認む可き廉なきのみならず同法第百二十四条に記載したる者に該当するや否やの取調は必ずしも訊問の方法に依ることを要せざるものなれば予審判事が所論証人に対する此点の取調に付、訊問の手続に出でさりしとて毫も違法にあらず。
従て右証人の予審調書の有効なること勿論なれば之を本件の罪証に供したる原判決は相当にして本論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎千与明治四十二年八月十日大審院休暇部