委託金費消ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）15輯971頁
明治四十二年（れ）第七八六號
明治四十二年七月八日宣告
◎判決要旨
- 一 仲立人カ其媒介ヲ依頼セラレタル行爲ニ付キ當事者ノ一方ヨリ豫メ給付ノ目的物ヲ受領スルコトハ商法ノ認許セサル所ナルヲ以テ其受領行爲ハ仲立人ノ業務上ノ行爲ナリト云フヲ得ス
- 一 仲立人カ其媒介シタル賣買行爲ニ付キ買主ヨリ代金ヲ受取リタル後擅ニ之ヲ自己ノ用途ニ費消シタル場合ニ於テ其代金ノ受領カ賣買當事者ノ別段ノ意思表示又ハ慣習ニ依リタルモノナルコトヲ明確ニセスシテ漫然刑法第二百五十三條ヲ適用シタル判決ハ不法ナリ
（參照）業務上自己ノ占有スル他人ノ物ヲ横領シタル者ハ一年以上十年以下ノ懲役ニ處ス（刑法第二百＄五十三條）
第一審 岐阜地方裁判所
第二審 名古屋控訴院
被告人 廣瀬熊三郎
辯護人 渡邊豐治
右委託金費消事件ニ付明治四十二年四月二十六日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタルニ因リ判決スルコト左ノ如シ
理由
原判決ヲ破毀シ本件ヲ大阪控訴院ニ移送ス
辯護人渡邊豐治上告趣意擴張書第二點原判決ハ被告ハ織物賣買ノ仲立業ニ從事中高島嘉七水野仲三郎ヨリ賣却方ヲ依頼セラレ引渡ヲ受ケタル縞織物ヲ擅ニ自己ノ物トシテ他ニ賣却シ又ハ尾關政兵衛ノ爲メ賣却ノ媒介ヲ爲シタル縞織物ノ代金ヲ擅ニ自己ノ用途ニ費消シタル趣旨ノ事實ヲ認メ刑法第二百五十三條ヲ適用シタレトモ仲立人ハ他人間ノ商行爲ノ媒介ヲ爲スニ止マルモノニシテ其媒介シタル行爲ニ付キ當事者ノ爲メニ支拂其他ノ給付ヲ受クルコトヲ得ス唯別段ノ意思表示又ハ慣習アル場合ニ於テノミ斯ル給付ヲ受クルコトヲ得ルノミ故ニ原判決ニ於テ別段ノ意思表示又ハ慣習アルコトヲ判示セス刑法第二百五十三條ヲ適用シタルハ理由不備ノ裁判ナリト云フニ在リ◎因テ按スルニ仲立人ハ別段ノ意思表示又ハ慣習アル場合ノ外ハ其媒介シタル行爲ニ付キ當事者ノ爲メニ支拂其他ノ給付ヲ受クルコトヲ得サルコトハ商法第三百六條ニ於テ規定スル所ナリ從テ別段ノ意思表示又ハ慣習ナキニ拘ハラス仲立人カ其媒介シタル行爲ニ付當事者ノ一方ヨリ支拂其他ノ給付ヲ受クルトキハ其受領行爲ハ仲立人ノ業務上ノ行爲ト云フコトヲ得ス次ニ仲立人カ其媒介スル行爲ニ付キ見本ヲ受取リタルトキハ其行爲カ完了スルマテ之ヲ保管スルコトヲ要スルコトハ同法第三百七條ニ規定スル所ナリト雖モ仲立人カ其媒介ヲ依頼セラレタル行爲ニ付キ豫メ給付ノ目的物ヲ受取リ得ルコトハ同法ノ規定セサル所ナルカ故ニ其受領行爲モ亦仲立人ノ業務上ノ行爲ヲ云フコトヲ得サルナリ而シテ原判決ニ於テ被告ハ織物賣買ノ仲立業ニ從事中第一高島嘉七ヨリ第二水野仲三郎ヨリ各賣却方ヲ依頼セラレ引渡ヲ受ケタル織物ヲ擅ニ自己ノモノトシテ田中善兵衛ヘ賣却シ第三尾關政兵衛ノ爲メ田中善兵衛ヘ織物賣却ノ媒介ヲ爲シ其代金ヲ田中善兵衛ヨリ受取リナカラ擅ニ自己ノ用途ニ費消シタル事實ヲ判示シ以上三箇ノ犯罪ニ對シ新舊刑法ヲ比照スルニ當リ各所爲ニ對シ各刑法第二百五十三條ヲ適用セルモ判示第一第二ノ被告カ引渡ヲ受ケタル織物ハ何レモ被告カ仲立人タル業務上占有スル他人ノ物ト云フコトヲ得ス從テ之ヲ賣却シタル各所爲ニ對シテハ各普通ノ横領罪ニ關スル刑法第二百五十二條第一項ノ規定ヲ適用セサル可カラス然ルニ原判決ニ於テ判示第一第二ノ事實ニ對シテ各刑法第二百五十三條ヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ違法アリト云ハサル可カラス次ニ判示第三ノ事實ニ對シテ原判決ハ刑法第二百五十三條ヲ適用セルモ被告カ尾關政兵衛田中善兵衛間ニ媒介シタル織物賣買ノ行爲ニ付キ買手タル田中善兵衛ヨリ受取リタル代金ハ被告カ仲立人タル業務上占有スル他人ノ物ト云フヘキヤ否ヤハ右代金受領カ右賣買當事者ノ別段ノ意思表示又ハ慣習ニ依リタルモノナルヤ否ヤニ因テ定マルモノトス然ルニ原判決ニ於テ此等ノ事實ヲ明確ニセスシテ被告カ右受領ノ代金ヲ擅ニ自己ノ用途ニ費消シタル所爲ニ對シ漫然刑法第二百五十三條ヲ適用シタルハ罪トナルヘキ事實ノ理由ニ不備アル違法ノ裁判ニシテ本論旨ハ總テ理由アリ而シテ原判決ハ判示第一第二ノ事實ニ對シテハ擬律ノ錯誤アルニ止マルト雖モ判示第一第二第三ノ事實ハ刑法ニ在リテハ同法第四十七條ニ依リ舊刑法ニ在テハ同法第百條ニ依リ一箇ノ刑ヲ科ス可キモノニシテ以上三箇ノ犯罪事件ハ互ニ分離スルヲ得サルヲ以テ判示第三ノ事實ニ關シ理由不備ノ違法アル以上ハ原判決全部ヲ破毀移送スヘキモノトス既ニ此點ニ於テ原判決ヲ破毀スル以上ハ他ノ論旨ニ對シテ説明ヲ爲スノ要ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與明治四十二年七月八日大審院第二刑事部
