明治四十二年(れ)第五三五號
明治四十二年五月二十一日宣告
◎判決要旨
- 一 檢事ハ現行犯ナルト否トニ拘ハラス事宜ニ依リ檢事局以外ニ於テモ有效ニ公訴ヲ提起シ得ルモノトス(判旨第一點)
- 一 或事件ノ審理中證人ノ供述ヲ不實ト認メ刑事訴訟法第百九十五條ニ基キ之ヲ豫審判事ニ送付シタル場合ニ於テハ其公判ニ立會ヒタル判事カ送付ニ係ル事件ノ豫審事務ヲ取扱フモ不法ニ非ス(判旨第二點)
(參照)證人又ハ鑑定人ノ供述不實ニシテ故意ニ出テ禁錮以上ノ刑ニ該ル可キ者ト思料シタルトキハ裁判所ニ於テ檢事其他訴訟關係人ノ請求ニ因リ又ハ職權ヲ以テ之ヲ取押ヘ勾引状ヲ發シ豫審判事ニ送致ス可シ(刑事訴訟法第百$九十五條第一項)
右恐喝取財被告事件ニ付明治四十二年二月二十四日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人青山幾之助上告趣意書第一點本件豫審請求書ヲ見ルニ作成ノ場所ニ關シ「明治四十一年六月十三日福島縣喜多方警察署出張先檢事臼居直養本件ハ出張先ノ作成ニ係ルヲ以テ所屬ノ官署印ヲ用フル能ハス」ト記載アリ檢事局以外ノ場所タルコト明白ナリ然ルニ裁判所構成法第六條ニ「各裁判所ニ檢事局ヲ附置ス檢事ハ刑事ニ付公訴ヲ起シ」云云規定シアリ又明治二十三年法律第六十二號ヲ以テ裁判所ノ位置及管轄區域ヲ定メラレ即チ檢事ノ執務ヲ爲ス場所ニ付明白ナル規定アリ且刑事訴訟法ニ於テ非現行犯ニ關シ特別規定アル外本件ノ如ク出張先ニ於テ非現行犯ニ關シ起訴ヲ爲スコトヲ許シタル規定ヲ見ス而シテ非現行犯ニ關シ出張先ニ於テ起訴ヲ爲スコトハ特例ニ屬スルヲ以テ法律ノ許可シタル規定ナキ限リハ之ヲ有效ト認ムルヲ得サルナリ即チ原審ハ不法ノ起訴ニ基キ事件ノ裁判ヲ爲シタル違法アルモノナリト云フニ在リ◎然レトモ關係法規中公訴ノ提起ニ付キ其場所ヲ檢事局内ノミニ制限シタルモノ存セサルノミナラス之ヲ同局内ニ限定スヘキ事由モ亦毫モ存セス反テ或場合ニ於テハ同局以外ニ於テ之ヲ爲サシムルノ便益ナルコトアルヲ以テ檢事ハ現行犯ナルト否トニ拘ハラス事宜ニ依リ檢事局以外ニ於テモ有效ニ公訴ヲ提起シ得ルモノト云ハサルヘカラス依テ本趣意ハ理由ナシ(判旨第一點)
第二點原判決ハ別件タル僞證事件ノ伊豆野彦次郎ノ豫審調書ヲ證據ニ援用セリ然ルニ該僞證事件ハ明治四十一年十月二十二日若松支部公廷ニ於ケル僞證ノ陳述ニ對シ公判判事飯田忠林増山外三郎高橋丑治三氏カ刑事訴訟法ノ規定ニ基キ豫審判事ニ送付シタルモノニ係ルヲ以テ該公判判事ハ該件ノ豫審事務ヲ取扱フコト能ハサル事理タルコトハ檢事カ豫審事務ヲ取扱フコト能ハサルト同一タリ然ルニ右ノ伊豆野彦次郎ノ豫審調書ハ四十一年十月二十三日公判判事タル増山外三郎氏カ豫審判事代理トシテ訊問シタルモノニ係リ即チ前陳ノ理由ニ牴觸シ不法ノモノタルニ拘ハラス之ヲ證據ニ援用シタルハ違法タルヲ免レスト云フニ在リ◎依テ按スルニ或事件ノ審理中證人ノ供述ヲ不實ト認メ刑事訴訟法第百九十五條ニ基キ之ヲ豫審判事ニ送付シタル場合ニ於テ或事情ニ依リ右公判ニ立會シタル判事ニ於テ送付ニ係ル事件ノ豫審事務ヲ取扱フモ之ヲ不法ト云フヲ得ス何トナレハ刑事訴訟手續法中之ヲ禁スル旨ノ法規存セサルヲ以テナリ依テ本趣意ハ理由ナシ(判旨第二點)
第三點原判決ハ共同被告タル結城忠多郎ニ對シ無罪ヲ言渡シナカラ同人ノ爲メニ要シタルコトヲ顧ミス裁判費用ノ全部ヲ被告作太郎ニ他ノ共犯人ト共ニ連帶負擔ヲ命シタルハ不法ナリト云フニ在リ◎然レトモ本件ノ證人ハ總テ之ヲ本被告事件ニ關シ喚問シタルモノナルヲ以テ之ニ支拂ヒタル旅費日當等ハ本被告事件ニ關シ要シタルモノニシテ特ニ結城忠多郎ニ對シ生シタルモノニアラサルコト明カナリ故ニ本件被告人中ノ一人タル結城忠多郎ニ對シ無罪ヲ言渡シタル場合ト雖右費用ハ有罪者タル被告ニ於テ他ノ共犯者ト連帶負擔スヘキモノナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
第四點原判決第三ノ事實判示ニ曰ク「被告作太郎ハ之ヲ容レサルノミカ昌吉ニ於テ出金セサルニ於テハ乾兒ヲ向ケ出金セシムヘシト恐喝シタルヨリ同人等ハ昌吉ヲシテ出金セシムル外策ナシトシ同人ヲ被告作太郎方ニ招キ右ノ次第ヲ傳ヘタルニ昌吉ハ大ニ恐怖シ」云云ト然ルニ右ノ恐喝手段タル乾兒ヲ向ケ出金セシムルノ文字ハ如何ナル恐喝ノ趣旨ヲ言顯ハサントシタルカ文字夫レ丈ケニテハ權勢又ハ威力スラ認メタル趣旨ト解スルヲ得ス到底右ノ記載ノミニテハ他人ニ恐怖ヲ與フヘキ趣旨ヲ認メ得ラレサルヲ以テ結局昌吉ヲ恐怖セシメタル手段トシテハ能力ヲ缺クモノト謂ハサルヘカラス即チ原判決ハ手段ト結果トノ間ニ連絡ヲ缺キタル事實ヲ以テ之ヲ犯罪行爲ナリト判定シタル不法アルモノナリト云フニ在リ◎然レトモ原判定ノ昌吉ニ於テ出金セサルニ於テハ乾兒ヲ向ケ出金セシムヘシトノ被告ノ言辭ハ昌吉ニ於テ被告ノ意ニ從ヒ出金ヲ爲ササルニ於テハ多數ノ乾兒ヲ同人方ニ差向ケ暴行ヲ加ヘテモ出金セシムヘシトノ意義ヲ含ムモノナルコトハ其前後ノ言辭ニ徴シ自ラ明ナリ而シテ如上ノ言語ハ人ヲシテ畏怖ノ念ヲ起サシムルニ足ルヘキモノナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
辯護人高木益太郎上告趣意書第一點原審ハ本件犯罪事實ヲ以テ三罪ヲ成立スルモノトシ之ニ對シ刑法第四十五條第四十七條ヲ適用セラレタレトモ其認定事實ニ依レハ「被告作太郎ハ福島縣耶麻郡豐川村ニ設立セラレタル公和會ノ會長ナル處明治四十一年五月衆議院議員總選擧ノ施行セラルルニ際シ同會ヲ利用シ同村内各選擧權者ヲシテ其候補者タル鈴木虎彦又ハ佐治幸平ニ一致シテ投票セシメ以テ候補者ヨリ金員ヲ得ント計畫シ先ツ各部落有權者ノ意見ヲ取纒メンカ爲メ同年五月八日及同月十二日被告作太郎宅ニ於テ同會ノ評議員會ヲ開キタル處同村長尾部落ノ評議員山内七次郎須田儀八出席セサルノミナラス同部落ノ山内宇八山内久三ハ鈴木虎彦ノ選擧事務所ノ方部員トナリ第二同村内字荒分部落ノ評議員佐藤竹四郎モ亦前記評議員會ニ欠席シ第三同村内堂畑部落ノ評議員齋藤昌吉モ亦評議員會ニ出席セス前顯ノ計畫成ラサリシヨリ損害賠償等ノ名義ヲ以テ右關係者等ヲ恐喝シ因テ以テ金圓ヲ騙取シタルモノナリ」故ニ其行爲カ總テ同一機會利用ノ下ニ犯サレタルハ如上ノ事實ニ照シ明白ナルノミナラス而モ其結果カ同一ナルコトモ貴院ノ判例カ數箇ノ法益侵害ヲ網羅シ一括シテ之ヲ單一犯罪ノ目的トナシ得ヘキ財産權ノ侵害ハ其結果ヲ單一ナリト看做セルト之レニ適合セル原審認定ノ判示事實トニ徴シ絲毫ノ疑ナシト云ハサルヘカラス果シテ然ラハ被告ノ犯行カ刑法第五十五條ニ所謂「連續シタル數囘ノ行爲ニシテ同一ノ罪名ニ觸ルル」モノナルコトハ云フヲ俟タサル所ナルヲ以テ其行爲ハ同條ニ基キ一罪トシテ之ヲ處斷スヘキモノナリ然ルニ原審カ右論旨ノ如キ事實ノ認定ヲナシナカラ之ヲ數罪トシ刑法第四十五條第四十七條ヲ適用處斷シタルハ法律ニ背キタル違法ノ裁判ナリト信スト云フニ在リ◎然レトモ原院ハ先ツ三箇ノ獨立シタル意思發動ノ下ニ三箇ノ恐喝取財罪ヲ犯シタル事實ヲ認メタルコトハ判文上明カナルヲ以テ本趣意ハ結局原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルモノニ外ナラスシテ適法ノ上告理由タラス
第二點原審ハ其判決事實理由ノ部ニ判示シタル被告ノ第一竝ニ第三ノ行爲ヲ以テ恐喝取財罪ヲ構成スルモノトシ之ヲ處罰セラレタレトモ右判示事實ニ依レハ被告等ハ單ニ被害者等ノ公和會ニ欠席シタル爲メ被リタル損害ヲ請求シタルニ止マリ毫モ被害者等ノ畏怖スルニ足ルヘキ恐喝手段ヲ施シタル事跡ノ見ルヘキモノナシ然ルニ原審カ漫然被告等ノ金員請求ノ行爲ヲ以テ恐喝ノ手段ニ出テタルモノトナシ之ヲ以テ刑法第三百九十條第一項ニ問擬シタルハ違法ナリト云フニ在リ◎然レトモ原判決ニ依レハ第一事實ニ於テハ被告ハ山内七次郎ト須田磯八カ公和會ノ評議員會ニ出席セス又山内夘八山内久三カ鈴木選擧事務所ノ方部員ト爲リシ等ノ事實アリシヨリ原審共同被告東條常三津田宇八ト共謀シ夘八七次郎久三磯八ヲ恐喝シ金員ヲ騙取セント企テ夘八久三等ヲ被告方ニ呼寄セ之ニ對シ汝等ハ鈴木選擧事務所ノ方部員ト爲リ運動費ヲ貰受ケタルハ不都合ナレハ手代木清太郎ヲ證人トシ選擧法違反ノ告訴ヲ爲スヘシト威嚇シ其不都合ヲ譴責シ同人等ヲシテ畏怖ノ餘リ損害賠償名目ノ下ニ金員ヲ差出サシメタルモノ第二事實ニ於テハ佐藤竹四郎ナル者前示評議員會ニ出席セサリシヨリ之ヲ恐喝シテ金員ヲ騙取セント企テ右竹四郎竝ニ武藤忠吉ヲ被告方ニ呼寄セ其欠席ヲ詰リ且ツ欠席ニ因リ損害ヲ生シタルヲ以テ出金スルニアラサレハ勘辨シ難ク評議員ハ部落ノ代表者ナレハ其不都合ハ部落ヲ相手トシテ責問セサルヘカラスト恐喝シタルニ兩名ハ更ニ其所屬部落ノ集合ヲ爲シ同部落ノ決議ニ因リ右竹四郎忠吉及ヒ武藤浩一ヲ謝罪委員トシテ被告方ニ至リ謝罪セシメタル際浩一ニ於テ被告ノ請求ヲ不法トシ公和會ヲ脱スヘシト謂フヤ被告ハ大ニ立腹ノ體ニテ脱會スル抔トハ不人情ノ奴ナリト呼ヒ又生意氣ナ奴タ後ニ見ヨト或ハ又之ニ對シ惡事ヲナシ惡シクナイト云フナラハ擲イテモ擲カヌト云フテ見セント云ヒ腕捲リヲナシ恐喝シタル上同人等ヲシテ畏怖ノ餘リ金員ヲ差出サシメタルモノナリ而シテ右言語擧動ハ人ヲシテ畏怖セシムルニ足ルヘキ恐喝手段ナルコト明カナリ又第三事實ニ於ケル被告ノ言動カ人ヲ畏怖セシムルニ足ルヘキ恐喝手段ナルコトハ辯護人青山幾之助上告趣意書第四點ニ對スル説明ニ因リ明カナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
第三點相辯護人ノ上告趣意ヲ援用スト云フニ在ルモ◎其理由ナキコトハ相辯護人ノ上告趣意書ニ對スル説明ニ因リ了知スヘシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事鈴木宗言干與明治四十二年五月二十一日大審院第一刑事部
明治四十二年(レ)第五三五号
明治四十二年五月二十一日宣告
◎判決要旨
- 一 検事は現行犯なると否とに拘はらず事宜に依り検事局以外に於ても有効に公訴を提起し得るものとす。
(判旨第一点)
- 一 或事件の審理中証人の供述を不実と認め刑事訴訟法第百九十五条に基き之を予審判事に送付したる場合に於ては其公判に立会ひたる判事が送付に係る事件の予審事務を取扱ふも不法に非ず(判旨第二点)
(参照)証人又は鑑定人の供述不実にして故意に出で禁錮以上の刑に該る可き者と思料したるときは裁判所に於て検事其他訴訟関係人の請求に因り又は職権を以て之を取押へ勾引状を発し予審判事に送致す可し(刑事訴訟法第百$九十五条第一項)
右恐喝取財被告事件に付、明治四十二年二月二十四日宮城控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人青山幾之助上告趣意書第一点本件予審請求書を見るに作成の場所に関し「明治四十一年六月十三日福島県喜多方警察署出張先検事臼居直養本件は出張先の作成に係るを以て所属の官署印を用ふる能はず」と記載あり検事局以外の場所たること明白なり。
然るに裁判所構成法第六条に「各裁判所に検事局を附置す検事は刑事に付、公訴を起し」云云規定しあり又明治二十三年法律第六十二号を以て裁判所の位置及管轄区域を定められ。
即ち検事の執務を為す場所に付、明白なる規定あり、且、刑事訴訟法に於て非現行犯に関し特別規定ある外本件の如く出張先に於て非現行犯に関し起訴を為すことを許したる規定を見す。
而して非現行犯に関し出張先に於て起訴を為すことは特例に属するを以て法律の許可したる規定なき限りは之を有効と認むるを得ざるなり。
即ち原審は不法の起訴に基き事件の裁判を為したる違法あるものなりと云ふに在り◎。
然れども関係法規中公訴の提起に付き其場所を検事局内のみに制限したるもの存せざるのみならず之を同局内に限定すべき事由も亦毫も存せず反で或場合に於ては同局以外に於て之を為さしむるの便益なることあるを以て検事は現行犯なると否とに拘はらず事宜に依り検事局以外に於ても有効に公訴を提起し得るものと云はざるべからず。
依て本趣意は理由なし。
(判旨第一点)
第二点原判決は別件たる偽証事件の伊豆野彦次郎の予審調書を証拠に援用せり。
然るに該偽証事件は明治四十一年十月二十二日若松支部公廷に於ける偽証の陳述に対し公判判事飯田忠林増山外三郎高橋丑治三氏が刑事訴訟法の規定に基き予審判事に送付したるものに係るを以て該公判判事は該件の予審事務を取扱ふこと能はざる事理たることは検事が予審事務を取扱ふこと能はざると同一たり。
然るに右の伊豆野彦次郎の予審調書は四十一年十月二十三日公判判事たる増山外三郎氏が予審判事代理として訊問したるものに係り。
即ち前陳の理由に牴触し不法のものたるに拘はらず之を証拠に援用したるは違法たるを免れずと云ふに在り◎依て按ずるに或事件の審理中証人の供述を不実と認め刑事訴訟法第百九十五条に基き之を予審判事に送付したる場合に於て或事情に依り右公判に立会したる判事に於て送付に係る事件の予審事務を取扱ふも之を不法と云ふを得ず。
何となれば刑事訴訟手続法中之を禁ずる旨の法規存せざるを以てなり。
依て本趣意は理由なし。
(判旨第二点)
第三点原判決は共同被告たる結城忠多郎に対し無罪を言渡しながら同人の為めに要したることを顧みず裁判費用の全部を被告作太郎に他の共犯人と共に連帯負担を命じたるは不法なりと云ふに在り◎。
然れども本件の証人は総で之を本被告事件に関し喚問したるものなるを以て之に支払ひたる旅費日当等は本被告事件に関し要したるものにして特に結城忠多郎に対し生じたるものにあらざること明かなり。
故に本件被告人中の一人たる結城忠多郎に対し無罪を言渡したる場合と雖右費用は有罪者たる被告に於て他の共犯者と連帯負担すべきものなるを以て本趣意は理由なし。
第四点原判決第三の事実判示に曰く「被告作太郎は之を容れざるのみか昌吉に於て出金せざるに於ては乾児を向け出金せしむべしと恐喝したるより同人等は昌吉をして出金せしむる外策なしとし同人を被告作太郎方に招き右の次第を伝へたるに昌吉は大に恐怖し」云云と然るに右の恐喝手段たる乾児を向け出金せしむるの文字は如何なる恐喝の趣旨を言顕はさんとしたるか文字夫れ丈けにては権勢又は威力すら認めたる趣旨と解するを得ず。
到底右の記載のみにては他人に恐怖を与ふべき趣旨を認め得られざるを以て結局昌吉を恐怖せしめたる手段としては能力を欠くものと謂はざるべからず。
即ち原判決は手段と結果との間に連絡を欠きたる事実を以て之を犯罪行為なりと判定したる不法あるものなりと云ふに在り◎。
然れども原判定の昌吉に於て出金せざるに於ては乾児を向け出金せしむべしとの被告の言辞は昌吉に於て被告の意に従ひ出金を為さざるに於ては多数の乾児を同人方に差向け暴行を加へても出金せしむべしとの意義を含むものなることは其前後の言辞に徴し自ら明なり。
而して如上の言語は人をして畏怖の念を起さしむるに足るべきものなるを以て本趣意は理由なし。
弁護人高木益太郎上告趣意書第一点原審は本件犯罪事実を以て三罪を成立するものとし之に対し刑法第四十五条第四十七条を適用せられたれども其認定事実に依れば「被告作太郎は福島県耶麻郡豊川村に設立せられたる公和会の会長なる処明治四十一年五月衆議院議員総選挙の施行せらるるに際し同会を利用し同村内各選挙権者をして其候補者たる鈴木虎彦又は佐治幸平に一致して投票せしめ以て候補者より金員を得んと計画し先づ各部落有権者の意見を取纒めんか為め同年五月八日及同月十二日被告作太郎宅に於て同会の評議員会を開きたる処同村長尾部落の評議員山内七次郎須田儀八出席せざるのみならず同部落の山内宇八山内久三は鈴木虎彦の選挙事務所の方部員となり第二同村内字荒分部落の評議員佐藤竹四郎も亦前記評議員会に欠席し第三同村内堂畑部落の評議員斎藤昌吉も亦評議員会に出席せず前顕の計画成らざりしより損害賠償等の名義を以て右関係者等を恐喝し因で以て金円を騙取したるものなり。」故に其行為が総で同一機会利用の下に犯されたるは如上の事実に照し明白なるのみならず而も其結果が同一なることも貴院の判例が数箇の法益侵害を網羅し一括して之を単一犯罪の目的となし得べき財産権の侵害は其結果を単一なりと看做せると之れに適合せる原審認定の判示事実とに徴し糸毫の疑なしと云はざるべからず。
果して然らば被告の犯行が刑法第五十五条に所謂「連続したる数回の行為にして同一の罪名に触るる」ものなることは云ふを俟たざる所なるを以て其行為は同条に基き一罪として之を処断すべきものなり。
然るに原審が右論旨の如き事実の認定をなしながら之を数罪とし刑法第四十五条第四十七条を適用処断したるは法律に背きたる違法の裁判なりと信ずと云ふに在り◎。
然れども原院は先づ三箇の独立したる意思発動の下に三箇の恐喝取財罪を犯したる事実を認めたることは判文上明かなるを以て本趣意は結局原院の職権に属する事実の認定を非難するものに外ならずして適法の上告理由たらず
第二点原審は其判決事実理由の部に判示したる被告の第一並に第三の行為を以て恐喝取財罪を構成するものとし之を処罰せられたれども右判示事実に依れば被告等は単に被害者等の公和会に欠席したる為め被りたる損害を請求したるに止まり毫も被害者等の畏怖するに足るべき恐喝手段を施したる事跡の見るべきものなし然るに原審が漫然被告等の金員請求の行為を以て恐喝の手段に出でたるものとなし之を以て刑法第三百九十条第一項に問擬したるは違法なりと云ふに在り◎。
然れども原判決に依れば第一事実に於ては被告は山内七次郎と須田磯八が公和会の評議員会に出席せず又山内夘八山内久三が鈴木選挙事務所の方部員と為りし等の事実ありしより原審共同被告東条常三津田宇八と共謀し夘八七次郎久三磯八を恐喝し金員を騙取せんと企で夘八久三等を被告方に呼寄せ之に対し汝等は鈴木選挙事務所の方部員と為り運動費を貰受けたるは不都合なれば手代木清太郎を証人とし選挙法違反の告訴を為すべしと威嚇し其不都合を譴責し同人等をして畏怖の余り損害賠償名目の下に金員を差出さしめたるもの第二事実に於ては佐藤竹四郎なる者前示評議員会に出席せざりしより之を恐喝して金員を騙取せんと企で右竹四郎並に武藤忠吉を被告方に呼寄せ其欠席を詰り且つ欠席に因り損害を生じたるを以て出金するにあらざれば勘弁し難く評議員は部落の代表者なれば其不都合は部落を相手として責問せざるべからずと恐喝したるに両名は更に其所属部落の集合を為し同部落の決議に因り右竹四郎忠吉及び武藤浩一を謝罪委員として被告方に至り謝罪せしめたる際浩一に於て被告の請求を不法とし公和会を脱すべしと謂ふや被告は大に立腹の体にて脱会する抔とは不人情の奴なりと呼ひ又生意気な奴た後に見よと或は又之に対し悪事をなし悪しくないと云ふならば擲いても擲かぬと云ふて見せんと云ひ腕捲りをなし恐喝したる上同人等をして畏怖の余り金員を差出さしめたるものなり。
而して右言語挙動は人をして畏怖せしむるに足るべき恐喝手段なること明かなり。
又第三事実に於ける被告の言動が人を畏怖せしむるに足るべき恐喝手段なることは弁護人青山幾之助上告趣意書第四点に対する説明に因り明かなるを以て本趣意は理由なし。
第三点相弁護人の上告趣意を援用すと云ふに在るも◎其理由なきことは相弁護人の上告趣意書に対する説明に因り了知すべし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事鈴木宗言干与明治四十二年五月二十一日大審院第一刑事部