明治四十一年（れ）第一〇一一號
明治四十一年十二月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 刑事訴訟法中被告ノ辯疏ヲ排斥スルニハ證據ニ依リ其理由ヲ明示スヘキ旨ノ規定ナケレハ苟モ犯罪事實ニ對スル證據ノ明示及ヒ其取調手續ニシテ適法ナル以上ハ縱令被告ノ辯疏ヲ排斥セル證據ノ明示又ハ其取調手續ニ不備ノ點アリトスルモ之ヲ以テ該判決ノ假瑾ト爲スヲ得ス（判旨第一點）
- 一 公判始末書ハ判決言渡後三日内ニ整頓スヘキモノナレハ公判開廷中立會書記交代スルモ一通ノ始末書ヲ作成スルヲ以テ足レリトス而シテ立會書記二名ニテ一通ノ始末書ヲ整頓シタル場合ニ在テハ二名共ニ署名捺印スヘキモノナルモ其一名ノ契印アレハ書類作成ノ要件ニ缺クル所ナシ（判旨第二點）
右私印盜用私書僞造行使詐欺取財末遂被告事件ニ付明治四十一年十月十四日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人高木益太郎上告趣意書（一）原判決證據理由ノ部ニ「而シテ證第二十二號第二十三號ニ於ケル多左衛門ノ姓名ニ付テハ之ヲ多左衛門ノ自署ト比較スルニ酷似スル點ナキニ非サルモ然モ兩者ノ間筆力ニ相違ヲ認ム」トアレトモ其所謂多左衛門ノ自署トハ果シテ如何ナル文書ニ存スルモノヲ指シタルモノナル歟原判決ハ毫モ此點ノ説明ヲ爲ササルヲ以テ其對照材料トナリシモノヲ確定スルニ由ナシ則チ心證ノ憑據ヲ示ササル不法アルモノナリト云ヒ」（二）所謂多左衛門ノ自署トシテ裁判上ノ蒐集ニ係リ筆跡ノ爭フヘカラサルモノハ蓋シ同人ノ豫審調書ノ末尾ニ署名シタルモノノ他ナカラン故ニ原判決ハ之ヲ對照財料トナシタルモノト解セン乎果シテ然ラハ其署名部分ハ公廷ニ於テ之ヲ被告ニ示シ其辯解ヲ徴スヘキモノナルコトハ明治四十一年（レ）第五六四號事件ノ判旨ニ徴シ疑ヒナキ所ナルヲ以テ進テ原公判始末書ヲ檢スルニ其證據調ノ際右多左衛門ノ自署ニ係ル部分ヲ被告ニ示シテ之カ辯疏ヲ聽キタル形迹ナシ左スレハ原判決カ之ヲ證據理由ノ部ニ掲ケ本件公訴ニ係ル證二十二號二十三號證ト對照シテ筆力相違スト認ムト斷定シタルハ法則違反ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原判決ヲ見ルニ第一乃至第十ノ證憑ヲ摘示シ「之ヲ綜合考覈シテ判示ノ犯罪事實ニ對スル證憑十分ナリトス而シテ證第二十二號第二十三號ニ於ケル多左衛門ノ姓名ニ付テハ云云之ヲ多左衛門ノ自署ナリトハ認メ難ク其他被告ノ辯疏ハ云云何レモ之ヲ採用セス」トアリテ原判決ハ第一乃至第十ノ證據ニ依リ被告ニ對スル犯罪事實ヲ認メタル理由ヲ説示シタルモノニシテ前示證第二十二號以下ノ説明ハ被告ノ辯疏ヲ排斥シタルモノニ過キサルコトハ判決前後ノ文詞ニ徴シ寔ニ明カナリ而シテ刑事訴訟法ニ依レハ罪トナルヘキ事實ハ證據ニ依リ其理由ヲ詳示スヘキモノナルモ被告ノ辯疏ヲ排斥スルニハ證據ニ依リ其理由ヲ明示スヘキ規定アルコトナケレハ犯罪事實ニ對スル證據ノ明示及ヒ其取調手續ニシテ摘法ナル以上ハ假令ヒ原判決中被告ノ辯疏ヲ排斥スル證據ノ明示又ハ其取調ノ手續ニ不備ノ廉アリトスルモ之ヲ以テ其判決ノ假瑾トナスヲ得ス故ニ右論旨ハ理由ナシ（判旨第一點）
（三）御院明治四十年（レ）第八三二號第八三四號同年十月二十一日言渡ニ係ル判旨ニ「公判始末書ハ公判ニ立會タル裁判所書記ニ限リ作成スヘキモノニシテ公判ニ立會ハサル裁判所書記ハ之ヲ作成スルノ權限ヲ有セサルコトハ刑事訴訟法第二百八條ノ規定ニ徴シ明カナルヲ以テ若シ公判ニ立會ハサル裁判所書記ニシテ其始末書ヲ作成スルコトアランカ其始末書ハ無效ト謂ハサルヘカラス」原審公判始末書ハ其末尾ニ裁判所書記村岡瑳久良同大城盛祐ノ署名捺印アルニ因リ兩名ニ於テ共同シテ之ヲ作成シタルモノト認メサルヘカラス然ルニ其冐頭ニ裁判所書記村岡瑳久良立會ト記載シ判決言渡ノ際ニモ前同一裁判所書記出席ト記載シアリ即チ本件ノ原審公判ハ終始村岡書記ノ立會ヒタルモノニシテ大城書記ノ立會ヒタルモノニ非サルコト明カナリ但シ大城書記ハ通事ノ爲メ立會ヒタル旨ノ記載アルモ元來公判ニ裁判所書記ノ立會ヲ要スルハ其目的タル主トシテ公判手續カ適法ニ行ハレタルヤ否ヤヲ明確ニスル爲メ公判始末書ヲ作成セシムルニ在ルヲ以テ公判始末書ノ作成ハ其目的ヲ以テ公判ニ立會ヒタル裁判所書記ニ限ルヘキハ當然ナルカ故ニ通事ノ爲メニ出廷シタル大城書記ハ公判始末書ノ作成ノ爲メニ立會ヒタルモノト謂フヲ得サレハ固ヨリ公判始末書作成ノ權限ナキモノナリ從テ原審公判始末書ハ作成ノ權限アル書記ト權限ナキモノトノ共同ノ作成ニ係ル不可分的ノモノナルニ因リ全部無效ト謂ハサルヲ得サルナリ既ニ其全部無效ニ屬スル以上ハ原審公判ハ適法ノ手續ヲ履踐シタルモノト認ムルニ由ナキヲ以テ論旨ハ理由アリ原判決ハ全部破毀スヘキモノトス」トアリ今此判旨ヨリ推及スレハ若シ公判中途ニ裁判所書記ニ交迭アリタルトキハ各自其立會ニ係ル部分ノ公判始末書ヲ作成スヘキモノニシテ前後ノ書記共同シテ一箇不可分ノ公判始末書ヲ作成スヘキモノニ非スト論定セサルヲ得ス依テ今第一審ノ公判始末書ヲ見ルニ明治四十一年五月二十一日ノ公判ニハ裁判所書記鈴木増吉立會開廷ヲナシ事實ノ訊問證據調檢事ノ論告ヲ終リタル際同書記宮川千直之ト交迭シ辯護人ノ辯論了リ結審トナリ同月二十六日判決言渡ノ際ニハ宮川書記ノ立會ヒタルニモ拘ハラス各自自己ノ立會部分ニ付公判始末書ヲ作成セス前後不可分ノ始末書一通ヲ共同作成シ其末尾ニ鈴木宮川兩書記ノ署名捺印アリテ即チ不適法ノ文書タルヲ免レス（若シ右公判始末書ノ末尾ニ二人ノ裁判所書記署名スルヲ以テ相當トセハ其一人ハ自己ノ立會ハサル記載部分ヲ保障スルコトニ歸スヘク又既ニ兩名ノ署名捺印アル以上ハ其始末書ノ契印モ亦兩名ノ捺印ヲ要スルハ必然ナルニ右書類ニハ此法式ヲ欠如セリ）從テ其始末書ニ掲ケアル被告ノ供述ヲ罪證ニ供セシ原裁判ハ無效ノ書類ヲ罪證トナシタル不法アルモノナリト云フニ在レトモ◎公判始末書ハ判決言渡後三日内ニ整頓スヘキモノナレハ本件ニ於ケル如ク公判開廷中立會書記ノ交代シタル場合ハ其始末書整頓ノ際之ヲ纒メテ一通ニ作成スルモ公判ノ始末ヲ證明スルニ足ルヲ以テ必シモ格別ニ公判始末書ヲ作成スルコトヲ要セス且立會書記二名ニ於テ一通ノ始末書ヲ整頓シタル場合ニ於テハ二名共ニ署名捺印スヘキハ勿論ニシテ其始末書中一名ノ契印アルニ於テハ書類作成ノ要件タル作成者ノ契印ニ缺クル所ナケレハ書記二名ノ契印ナキモ之ヲ以テ不適法ノモノト云フヲ得ス而シテ論旨ニ掲クル判例ハ書記トシテ公判ニ立會シタル者ト否ラサル者ト共ニ作成シタル公判始末書ヲ指示シタルモノナレハ之ヲ以テ本件公判始末書ノ不法ナル適切ノ例示ト爲スヲ得ス故ニ本論旨ハ理由ナシ（四）原院公判始末書ニ依レハ三國區裁判所親族會決議書ノ取寄申請ニ對シ一旦之ヲ聽許スル旨ノ決定ヲ下シ次テ其決定ヲ取消ス旨ノ宣言アリタルコト明白ナレトモ更ニ其申請自體ニ對シ採否ノ決定ヲ言渡ササリシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原院公判始末書中裁判長カ被告ノ申請ニ係ル親族會決議書ノ取寄申請ヲ聽許スル旨ノ決定ヲ爲シ其後右聽許ノ決定ヲ取消ス旨ノ宣言ヲ爲シタル記載アル以上ハ被告ノ申請ニ係ル書類ノ取寄ハ聽許セラレス從テ申請ノ目的ハ之ヲ達スルコトヲ得サルモノナルカ故ニ其申請ノ採用ナラサルコトモ自ラ明ナレハ特ニ右申請自體ニ付却下ノ決定ヲ爲ササルモ不法ニアラス故ニ本論旨ハ理由ナシ（判旨第二點）
（五）原院ハ一旦聽許シタル前記ノ證據決定ヲ取消スヤ否ヤ突然事實證憑取調濟ノ旨ヲ告ケ被告ニ更ニ證據ノ提出スヘキモノアリヤ否ヤヲ聽カサリシハ違法ノ措置タルヲ免レスト云フニ在レトモ◎被告人ニ對シテ利益ノ證據ヲ提出シ得ル旨ノ告知ハ證據調中一囘之ヲ爲スヲ以テ足レリトシ各證據取調ヲ終リタル毎ニ之ヲ爲スヲ要セサルコトハ從來本院判例ノ認ムル所ナリ而シテ原院公判始末書ヲ査スルニ所論證據決定ヲ取消ス前裁判長ハ既ニ被告ニ對シ利益ノ證據ヲ提出シ得ヘキ告知ヲ爲シタル旨ノ記載アルヲ以テ更ニ反證ヲ提出シ得ヘキ旨ノ告知ヲ被告ニ爲ササルモ其公判手續ニ不法ノ廉アルコトナシ故ニ本論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與明治四十一年十二月十五日大審院第一刑事部
明治四十一年（レ）第一〇一一号
明治四十一年十二月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 刑事訴訟法中被告の弁疏を排斥するには証拠に依り其理由を明示すべき旨の規定なければ苟も犯罪事実に対する証拠の明示及び其取調手続にして適法なる以上は縦令被告の弁疏を排斥せる証拠の明示又は其取調手続に不備の点ありとするも之を以て該判決の仮瑾と為すを得ず。
（判旨第一点）
- 一 公判始末書は判決言渡後三日内に整頓すべきものなれば公判開廷中立会書記交代するも一通の始末書を作成するを以て足れりとす。
而して立会書記二名にて一通の始末書を整頓したる場合に在ては二名共に署名捺印すべきものなるも其一名の契印あれば書類作成の要件に欠くる所なし。
（判旨第二点）
右私印盗用私書偽造行使詐欺取財末遂被告事件に付、明治四十一年十月十四日名古屋控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人高木益太郎上告趣意書（一）原判決証拠理由の部に「。
而して証第二十二号第二十三号に於ける多左衛門の姓名に付ては之を多左衛門の自署と比較するに酷似する点なきに非ざるも然も両者の間筆力に相違を認む」とあれども其所謂多左衛門の自署とは果して如何なる文書に存するものを指したるものなる歟原判決は毫も此点の説明を為さざるを以て其対照材料となりしものを確定するに由なし。
則ち心証の憑拠を示さざる不法あるものなりと云ひ」（二）所謂多左衛門の自署として裁判上の蒐集に係り筆跡の争ふべからざるものは蓋し同人の予審調書の末尾に署名したるものの他ながらん故に原判決は之を対照財料となしたるものと解せん乎果して然らば其署名部分は公廷に於て之を被告に示し其弁解を徴すべきものなることは明治四十一年（レ）第五六四号事件の判旨に徴し疑ひなき所なるを以て進て原公判始末書を検するに其証拠調の際右多左衛門の自署に係る部分を被告に示して之が弁疏を聴きたる形迹なし。
左すれば原判決が之を証拠理由の部に掲げ本件公訴に係る証二十二号二十三号証と対照して筆力相違すと認むと断定したるは法則違反の裁判なりと云ふに在れども◎原判決を見るに第一乃至第十の証憑を摘示し「之を綜合考覈して判示の犯罪事実に対する証憑十分なりとす。
而して証第二十二号第二十三号に於ける多左衛門の姓名に付ては云云之を多左衛門の自署なりとは認め難く其他被告の弁疏は云云何れも之を採用せず。」とありて原判決は第一乃至第十の証拠に依り被告に対する犯罪事実を認めたる理由を説示したるものにして前示証第二十二号以下の説明は被告の弁疏を排斥したるものに過ぎざることは判決前後の文詞に徴し寔に明かなり。
而して刑事訴訟法に依れば罪となるべき事実は証拠に依り其理由を詳示すべきものなるも被告の弁疏を排斥するには証拠に依り其理由を明示すべき規定あることなければ犯罪事実に対する証拠の明示及び其取調手続にして摘法なる以上は仮令ひ原判決中被告の弁疏を排斥する証拠の明示又は其取調の手続に不備の廉ありとするも之を以て其判決の仮瑾となすを得ず。
故に右論旨は理由なし。
（判旨第一点）
（三）御院明治四十年（レ）第八三二号第八三四号同年十月二十一日言渡に係る判旨に「公判始末書は公判に立会たる裁判所書記に限り作成すべきものにして公判に立会はざる裁判所書記は之を作成するの権限を有せざることは刑事訴訟法第二百八条の規定に徴し明かなるを以て若し公判に立会はざる裁判所書記にして其始末書を作成することあらんか其始末書は無効と謂はざるべからず。」原審公判始末書は其末尾に裁判所書記村岡瑳久良同大城盛祐の署名捺印あるに因り両名に於て共同して之を作成したるものと認めざるべからず。
然るに其冒頭に裁判所書記村岡瑳久良立会と記載し判決言渡の際にも前同一裁判所書記出席と記載しあり。
即ち本件の原審公判は終始村岡書記の立会ひたるものにして大城書記の立会ひたるものに非ざること明かなり。
但し大城書記は通事の為め立会ひたる旨の記載あるも元来公判に裁判所書記の立会を要するは其目的たる主として公判手続が適法に行はれたるや否やを明確にする為め公判始末書を作成せしむるに在るを以て公判始末書の作成は其目的を以て公判に立会ひたる裁判所書記に限るべきは当然なるが故に通事の為めに出廷したる大城書記は公判始末書の作成の為めに立会ひたるものと謂ふを得ざれば固より公判始末書作成の権限なきものなり。
従て原審公判始末書は作成の権限ある書記と権限なきものとの共同の作成に係る不可分的のものなるに因り全部無効と謂はざるを得ざるなり。
既に其全部無効に属する以上は原審公判は適法の手続を履践したるものと認むるに由なきを以て論旨は理由あり原判決は全部破毀すべきものとす。」とあり今此判旨より推及すれば若し公判中途に裁判所書記に交迭ありたるときは各自其立会に係る部分の公判始末書を作成すべきものにして前後の書記共同して一箇不可分の公判始末書を作成すべきものに非ずと論定せざるを得ず。
依て今第一審の公判始末書を見るに明治四十一年五月二十一日の公判には裁判所書記鈴木増吉立会開廷をなし事実の訊問証拠調検事の論告を終りたる際同書記宮川千直之と交迭し弁護人の弁論了り結審となり同月二十六日判決言渡の際には宮川書記の立会ひたるにも拘はらず各自自己の立会部分に付、公判始末書を作成せず前後不可分の始末書一通を共同作成し其末尾に鈴木宮川両書記の署名捺印ありて、即ち不適法の文書たるを免れず（若し右公判始末書の末尾に二人の裁判所書記署名するを以て相当とせば其一人は自己の立会はざる記載部分を保障することに帰すべく又既に両名の署名捺印ある以上は其始末書の契印も亦両名の捺印を要するは必然なるに右書類には此法式を欠如せり）。
従て其始末書に掲げある被告の供述を罪証に供せし原裁判は無効の書類を罪証となしたる不法あるものなりと云ふに在れども◎公判始末書は判決言渡後三日内に整頓すべきものなれば本件に於ける如く公判開廷中立会書記の交代したる場合は其始末書整頓の際之を纒めて一通に作成するも公判の始末を証明するに足るを以て必しも格別に公判始末書を作成することを要せず、且、立会書記二名に於て一通の始末書を整頓したる場合に於ては二名共に署名捺印すべきは勿論にして其始末書中一名の契印あるに於ては書類作成の要件たる作成者の契印に欠くる所なければ書記二名の契印なきも之を以て不適法のものと云ふを得ず。
而して論旨に掲ぐる判例は書記として公判に立会したる者と否らざる者と共に作成したる公判始末書を指示したるものなれば之を以て本件公判始末書の不法なる適切の例示と為すを得ず。
故に本論旨は理由なし。
（四）原院公判始末書に依れば三国区裁判所親族会決議書の取寄申請に対し一旦之を聴許する旨の決定を下し次で其決定を取消す旨の宣言ありたること明白なれども更に其申請自体に対し採否の決定を言渡さざりしは不法なりと云ふに在れども◎原院公判始末書中裁判長が被告の申請に係る親族会決議書の取寄申請を聴許する旨の決定を為し其後右聴許の決定を取消す旨の宣言を為したる記載ある以上は被告の申請に係る書類の取寄は聴許せられず。
従て申請の目的は之を達することを得ざるものなるが故に其申請の採用ならざることも自ら明なれば特に右申請自体に付、却下の決定を為さざるも不法にあらず。
故に本論旨は理由なし。
（判旨第二点）
（五）原院は一旦聴許したる前記の証拠決定を取消すや否や突然事実証憑取調済の旨を告げ被告に更に証拠の提出すべきものありや否やを聴かざりしは違法の措置たるを免れずと云ふに在れども◎被告人に対して利益の証拠を提出し得る旨の告知は証拠調中一回之を為すを以て足れりとし各証拠取調を終りたる毎に之を為すを要せざることは従来本院判例の認むる所なり。
而して原院公判始末書を査するに所論証拠決定を取消す前裁判長は既に被告に対し利益の証拠を提出し得べき告知を為したる旨の記載あるを以て更に反証を提出し得べき旨の告知を被告に為さざるも其公判手続に不法の廉あることなし故に本論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与明治四十一年十二月十五日大審院第一刑事部
