骨牌税法違犯ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院刑事判決録（刑録）14輯587頁

上告趣意書一、原判決ノ證據理由ニ税務屬作成ノ顛末書ヲ採用シアリ仍テ一件記録ニ就キ各顛末書ノ形式ヲ檢スルニ孰レモ其時ヲ記載セス明治三十三年三月勅令第五十二號間接國税犯則者處分法施行現則第八條ニ據レハ「收税官吏臨檢搜索尋問又ハ差押ヲ爲シタルトキ調製スル顛末書ニハ臨檢搜索尋問又ハ差押ノ事實場所及時竝ニ供述ノ要領ヲ記載スヘシ」トアリテ該規定ニ依レハ凡ヘテ顛末書ニハ其檢覈行爲ヲ爲シタル時間ヲ記載スルコトヲ要スルヲ以テ其記載ヲ缺如スルモノハ無效ナリト斷定スルコトヲ得ヘシ但シ前掲第八條ニハ之ヲ遵守セサレハ無效ナリトノ規定アラサルヲ以テ時間ノ記載ノ脱漏ノ如キハ顛末書ノ效力ニ影響ヲ及ホササルカ加キモ熟々立法ノ趣旨ヲ按スルニ同條ニ於テ時間ノ明記ヲ要求シタルハ明治三十三年法律第六十七號間接國税犯則者處分法第八條ノ「收税官吏ハ日沒ヨリ日出迄ノ間臨檢搜索又ハ差押ヲ爲スコトヲ得ス云云」トノ規定ノ運用上ニ於ケル必要ニ基キ制定セラレタルモノニシテ即チ犯則嫌疑者ニ賦與シタル一定ノ不可侵權ヲ確實ニ保護セントスルノ主旨ニ基因スルモノナリト解セサルヘカラサルニ依リ收税官吏カ犯則嫌疑者ニ對シ爲シタル臨檢搜索差押尋問等カ法律ノ許容シタル範圍内ニ於テ行ハレタルヤ否ヲ準測スルニ必要ナル顛末書ニ於ケル時間ノ記載ノ欠缺ハ寔ニ重大ナル瑕瑾タルヲ免レサルヲ以テ結局原判決ニ採用シアル時間ノ記載ナキ顛末書ハ無效ナリト斷言セサルヲ得ス然ラハ則チ之ヲ罪證ニ供シタル原判決ハ採證ヲ誤リタル失當アリトスト云フニ在レトモ◎原判決ニ援用シタル所論ノ顛末書ヲ査閲スルニ各顛末書ニハ孰レモ臨檢尋問ノ日時ノ記載アリテ間接國税犯則者處分法施行規則第八條ニ毫モ背ク所ナケレハ前記顛末書ノ適法ナルコト勿論ナルカ故ニ原院カ之ヲ罪證ニ供シタルハ相當ニシテ本論旨ハ謂レナシ

二、税務署長カ犯則者ニ對シ發スル通告書ハ明治三十三年法律第六十七號間接國税犯則者處分法第十四條ノ「税務署長ハ犯則事件ノ調査ニ依リ犯則ノ心證ヲ得タルトキハ其理由ヲ明示シ罰金若クハ科料ニ相當スル金額云云ヲ指定ノ場所ニ納付スヘキ旨ヲ通告スヘシ但犯則者通告ノ旨ヲ履行スル資力ナシト認ムルトキハ直ニ告發スヘシ」トノ規定ニ依據セサルヘカラス本件記録中ノ通告書乃チ船場税務署長税務官桑原政明カ上告人ニ對シ發シタル通告書ヲ通讀スルニ「骨牌税法違反事件ニ付收税官吏ノ報告ニ依リ調査スルニ松井和三郎ハ明治四十年一月二十日及同年二月二十日前記製造所ニ於テ製造シタル骨牌二百五十四組ニ相當印紙ヲ貼用セスシテ雇人菰池義太郎ヲシテ他ニ販賣セシメタルハ明治三十五年法律第四十四號骨牌税法第五條ニ違背シ同法第十五條ニ該當スヘキモノト認ム云云」ト記載アリ

右ハ單ニ税務署長カ調査ニ依リ得タル結果ヲ記述シタルニ過キスシテ前示法條所定ノ如ク税務署長カ犯則ノ心證ヲ得テ爾カク認定スルニ至リタル理由ヲ適切ニ明示シアルモノト認ムルコト能ハス然ラハ本通告書ハ法律ノ規定ヲ遵守セサルモノニシテ通告書タルノ效力ヲ保有セス從テ之ニ基キ爲シタル告發ハ勿論檢事ノ起訴モ亦不適法タルニ歸シ本件ハ之ヲ受理審判セラルヘキモノニアラスト信スト云フニ在レトモ◎間接國税犯則者處分法第十四條ヲ按スルニ其條文ニ「犯則ノ心證ヲ得タルトキハ其理由ヲ明示シ」云云トアルハ心證ヲ得タル所以ノ理由ヲ明示スヘシトノ謂ニ非スシテ罰金科料等ヲ納付スルニ至レル所以ノ理由即チ納付ノ基本タル犯則事實竝ニ其該當スル法條ヲ明示シテ通告ヲ爲スヘシトノ謂ナルコトハ前記法文ノ全體ニ徴シテ明ナリ左スレハ船場税務署カ被告ニ對シテ發シタル本件ノ通告書ニハ犯則事實及其該當シタル法條ヲ前提ニ記載シテ被告カ罰金ヲ納付スヘキ所以ノ理由ヲ明ニシ而ル後其結果トシテ罰金千十六圓ヲ納付スヘキ旨ヲ命シタルハ適法ナル通告書ニシテ隨ヒテ船場税務署ノ告發書竝檢事ノ起訴ノ有效ナルコト勿論ナレハ本件ハ所論ノ如ク公訴不受理ヲ言渡スヘキ場合ニ非ス因テ原判決ハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス

檢事棚橋愛七干與明治四十一年五月二十一日大審院第二刑事部