詐欺取財ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）14輯394頁

弁護人高木益太郎上告弁明書一は記録を査閲するに原審第一回公判に於て三坂弁護人は被告漸の利益の為め後藤吉太郎時沢京松及伊藤信行の妻の三名を証人として喚問あらんことを申請したることは記録第四百十一葉裏面に其旨記載あるに依り明確なり。 然るに原院に於ては右弁護人の請求中後藤吉太郎の喚問は之を却下し伊藤信行妻の喚問は之を採容する旨決定を言渡したる事迹あるに止まり時沢京松の喚問に付ては之が採否共何等の決定を言渡したる事迹を存せず。 而して[しこうして]原院其後の各公判に於ても亦[また]遂に之が許否の決定を言渡すことなくして審理を終結せり原審は。 即ち訴訟手続上重大なる違法あるものにして斯る違法の審理に基く原判決は全部破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在り◎依て原審明治四十年十月二十五日の公判始末書を閲するに同公判の際弁護人三坂亥吉は被告漸の利益の為め後藤吉太郎時沢京松及び伊藤信行の妻の三名を証人として喚問あらんことを申請し弁護人峯木銀次郎は被告源治の為め藤巻玉策を証人として喚問せられんことを申請したるに方り原院は右申請に係る証人中後藤吉太郎の喚問申請は之を却下し伊藤信行の妻藤巻玉策の両名は之を喚問すべき旨の決定を為したるも時沢京松の喚問申請に付ては何等の決定を与へざりしこと明かなり。 而して[しこうして]其後の公判（即ち部員変更）の為め更新したる公判）に於ても右申請に付き許否の決定を言渡すことなく本件の弁論を終了したることは同公判始末書に徴し明かなり。 抑も公判裁判所に於て証拠調の申請を受けたる以上は之に対し相当の裁判を与ふべきの職責を生じ其職責は部員変更の為め消滅するものにあらず。 故に更新前の公判に於て証拠調の申請を受け未だ之に対して相当の決定を与へざりし場合に於ては更新後の公判に於て其申請に対し相当の裁判を与へざるべからず。 然るに前顕説示の如く原審明治四十年十月二十五日の公判に於て弁護人三坂亥吉の申立に係る証人時沢京松喚問の申請に対して遂に何等の決定を与ふることなく本件審理を終結したるは不法にして原判決は此点に於て全部の破毀を免れず。 依て他の上告趣意に対する説明を省き刑事訴訟法第二百八十六条に依り原判決全部を破毀し本件を宮城控訴院に移す

検事矢野茂干与明治四十一年四月十四日大審院第一刑事部