明治四十一年(れ)第九〇號
明治四十一年三月十二日宣告
◎判決要旨
- 一 詐欺取財ノ被害者カ契約取消ノ意思表示ヲ爲シタル以上ハ犯人ノ不法行爲ニ因ル賠償責任ハ其行爲ノ時ヨリ發生スルモノトス
公訴私訴上告人
私訴被上告人 眞部金兵衛
私訴上告人
私訴被上告人 上田澤江
代理人 河西善太郎
右公私印僞造行使公印盜用公私文書僞造行使私書變造行使詐欺取財被告事件ニ付明治四十年十二月十四日竝ニ之ニ附帶スル私訴事件ニ付明治四十年十二月二十六日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ハ公私訴ニ付上告ヲ爲シ民事原告人ハ私訴ニ付附帶上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ
上告趣意書ハ(一)原判決ノ第二事實ハ被告ハ眞部千代造眞部忠次郎吉田勝次ノ三名ヲ自己ノ連帶債務者ト爲スヘシト詐稱シ金借ヲ上田澤江ニ申込ミ其承諾ヲ得遂ニ自己ヲ借主ト爲シタル金二千四百五十圓ノ借用證書ヲ作成シ之ニ擅ニ眞部千代造眞部忠次郎吉田勝次ヲ連帶債務者トシテ記載シ千代造名下ニハ豫テ明治四十年一月中僞造シ置キタル「千代」ト刻シタル印判ヲ押捺シ忠次郎勝次名下ニハ各有合印ヲ押捺シテ其僞造ヲ完成シ之ヲ上田澤江ニ交付シ依テ貸借名義ノ下ニ同人ヨリ金員ヲ騙取シタリト認定シ其證據理由トシテ「參考人眞部千代造豫審訊問調書ニ自分ハ云云金兵衛カ上田澤江ヨリ金借スルニ付キ其保證人トナルコトヲ承諾シタルコトナク云云」「參考人眞部龜吉豫審訊問調書ニ自分ノ父忠次郎ハ金兵衛カ上田澤江ヨリ金借スルニ付キ其保證人トナリタルコトナク云云」「參考人吉田勝平豫審訊問調書ニ自分ハ金兵衛カ上田澤江ヨリ金借スルニ付キ其證人トナリタルコトナク云云」ト各説示シアリ原院ノ犯罪事實認定ハ前掲ノ如ク被告ハ眞部千代造眞部忠次郎吉田勝平ノ三名義ヲ連帶債務者トシテ冐用シ依テ連帶債務ノ態樣ヲ有スル消費貸借證書ヲ僞造行使シタリト云フニアリテ之ヲ認メタル理由トシテ前示ノ各參考人調書ヲ摘示シアルモ該調書ノ供述趣旨ハ孰レモ保證人タルコトヲ承諾シタル事實ナシト云フニアルコト前記ノ如クナルヲ以テ原院判決ハ事實ノ認定ト證據理由ト相副ハサル筋合トナリ結局理由不備ノ裁判ナリト云ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎保證人又ハ證人ナル語ハ俗用ニ從ヘハ必スシモ民法ニ所謂保證人ノ意義ニ於テノミ使用セラルル各稱ニ非サルノミナラス所論ノ各參考人ノ供述ハ何レモ被告ト上田澤江トノ消費貸借ニ關シ參考人ハ何等ノ債務ヲ負擔シタルコトナシトノ趣意ニ解シ得ヘキヲ以テ原院カ採テ以テ連帶債務名義僞造ノ證據ニ供シタレハトテ事實ノ認定ト證據ト相副ハサルモノト謂フヲ得ス況ンヤ原判決ハ此點ノ事實ニ付被告ノ自白及千代造勝平ノ豫審訊問調書中豫第二號(僞造證書)ハ知ラヌモノナリトノ各供述ヲモ罪證ニ採用シタルニ於テヲヤ故ニ原判決ハ事實ノ認定ニ付キ理由不備ニ非ス本論旨ハ理由ナシ
(二)原判決ニ援用セル證人野崎國次同安部好造同國安タカノ各豫審調書ヲ見ルニ豫審判事ハ同人等ヲ訊問スルニ當リ刑事訴訟法第百二十三條第二號規定ノ民事原告人トノ親族關係ノ有無ヲ問査セス飜テ一件記録ヲ調査スルニ公訴第一事實ノ關係人タル八木久太郎ハ本件ノ貸借ヲ請求原因トシ被告ニ對シ民事訴訟ヲ提起セシ事跡アリ(被告第二囘豫審調書參照)然ラハ本件ノ場合ハ一見民事原告人ノ存否甚タ明瞭ナラサル程度ニ在ルヲ以テ豫審判事ハ證人トシテ訊問セントスル者ニ對シ須ラク其民事原告人ニアラサルヤヲ確カムルト同時ニ民事原告人ト身分上ノ關係ナキヤヲモ問査セサルヘカラス然ルニ前示各調書ハ孰レモ此手續ヲ缺如セルヲ以テ無效ノモノナリト云ハサルヘカラス從テ原判決ハ無效ノ證人調書ヲ罪證ニ供シタル失當アリト云フニ在レトモ◎證人カ民事原告人ト親族其他身分上ノ關係アル者ナリヤ否ヤノ問査ハ被告事件ニ付民事原告人アリテ證人カ之レト身分關係ヲ有スル者ナリヤ否ヤ不明ナル場合ニ於テ其必要ヲ生スルモノトス從テ被告事件ニ付キ民事原告人ナキコト明白ナル場合ニ於テハ特ニ此點ニ關スル問査ヲ爲スノ必要ナシ訴訟記録ニ就キ之ヲ調査スルニ豫審判事ハ證人野崎國次安部好造國安タカヲ訊問スル前八木久太郎ヲ訊問シタル其調書ニ久太郎ハ民事原告人ニ非ス且被告ニ對シ曾テ提起セシ民事訴訟ハ既ニ落着シテ今ヤ何等ノ訴訟關係ナキ旨ノ供述ヲ記載シアリテ右各證人訊問ノ際久太郎カ民事原告人ニ非サルコト寔ニ明白ナルカ故ニ更ニ久太郎ト各證人トノ身分上ノ關係ヲ問査スルノ必要ナキヲ以テ之ヲ問査セサリシハ違法ニ非ス從テ其調書ハ無效ノ證人調書ニ非サルカ故ニ之ヲ罪證ニ供シタル原判決ハ失當ニ非ス本論旨ハ理由ナシ
(三)原判決ハ第一犯罪事實ニ付テノ被告ノ騙取物件ニ關シ「前畧別ニ被告カ久太郎ヨリ買受代金未拂ナル屏風代金四百五十圓ヲ借金ニ更改シ之ヲ右借受ケント稱シタル金八百圓ノ内ニ繰込ミ尚金百五十圓ハ其當時授受ヲ爲ササルコトニ定メ以上ノ金額ヲ差引キ殘リ金二百圓ヲ久太郎ヨリ騙取シ」ト認定シ乃チ被告ノ騙取シタルハ金二百圓ナリトシ證人八木久太郎豫審訊問調書ヲ掲ケテ專ラ之ヲ説明シアリ依テ其摘載セラレタル供述趣旨ヲ見ルニ「前畧金八百圓ノ借用證書(豫第一號)ヲ金兵衛ヨリ受取リタルモ右金三百五十圓ハ其全額ヲ渡サスシテ金二百圓丈ケ渡シタリ而シテ殘リ百五十圓ハ後ニ國治ノ代リニ相當ノ保證人ヲ立タルトキ渡スコトトシ自分ヨリ百五十圓ノ預リ證ヲ金兵衛ニ渡シ置キタリ云云」トアリテ之レニ據レハ八木久太郎ノ被騙取物件ハ現金二百圓ト金百五十圓ノ預リ證書トノ二箇ナリト云フニ歸ス然ラハ前記ノ如ク被告ニ於テ八木久太郎ヨリ金二百圓ヲ騙取シタリトセル犯罪事實認定ト其認定理由ニ供セシ唯一ノ資料タル被害者ノ供述趣旨トハ一致ヲ缺クノ不當アルコトヲ明カニ知リ得ヘシ斯ノ如キハ判決理由ニ於テ齟齬アリトノ非難ヲ免カルルコト能ハス結局原判決ハ破毀セラルヘキ失當アリト思料スト云フニ在レトモ◎論旨所載ノ八木久太郎ノ豫審ニ於ケル證言ハ原判決ノ證據説明中ニ記載シアルモ其證言中前段ノ二百圓ノ授受ニ關スル供述ハ原判決ノ事實認定ト符合シ而シテ其後段ノ百五十圓ノ預リ證ニ關スル供述ハ前段ノ供述ト矛盾スルコトナキヲ以テ原判決ハ事實理由ノ齟齬アリト謂フヲ得ス要スルニ本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ取捨判斷ニ對スル非難ニ過キサルヲ以テ理由ナシトス
被告眞部金兵衛私訴上告趣意書ハ一、原院ハ上告人ハ金千圓ト之ニ對スル明治四十年十一月十五日ヨリ判決執行濟ニ至ル迄年百分ノ五ノ遲延利息トヲ被上告人ニ支拂フヘシト判決シ「被告人ハ云云金千圓竝ニ被告人カ其支拂ニ付キ遲滯ニ付セラレタリト認ムヘキ時即チ本訴提起ノ日タル明治四十年十一月十五日ヨリ判決執行濟ニ至ル迄右金額ニ對スル年百分ノ五ノ割合ノ金額ヲ支拂フヘキハ當然ナレトモ」ト説示セルモ被上告人ノ本件損害賠償請求權ハ詐欺ニ因ル意思表示ノ取消ヲ前提トシテ發生スル順序ナルヲ以テ其意思表示ノ到達ニ因リテ取消ハ其效果ヲ生スヘク從テ上告人ノ遲滯ノ責モ亦茲ニ始マルヘキモノトス然ルニ原院ハ被上告人ノ起訴ノ日ニ於テ上告人ハ當然遲滯ニ付セラレタルモノトシ其日以後ノ遲延利息ノ賠償ヲ命シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル裁判ナリトスト云フニ在リ◎依テ按スルニ取消シ得ヘキ行爲ノ取消ハ相手方ニ對スル意思表示ニヨリテ之ヲ爲スヘク而シテ隔地者ニ對スル意思表示ハ相手方ニ到達シタル時ヨリ其效力ヲ生スルヲ以テ本件ニ於ケル被上告人ノ詐欺ニ因ル意思表示ノ取消ハ隔地者ニ對スルモノナレハ其通知ノ上告人ニ到達シタル時即チ私訴状ノ送達證書ニ依レハ明治四十年十一月十六日ヨリ其效力ヲ生スルコトハ所論ノ如クナルモ取消シタル行爲ハ法律上初メヨリ無效ナリシモノト看做スヲ以テ被上告人カ取消シタル以上ハ後ニ上田澤江代理人河西善太郎私訴附帶上告趣意書第一點ニ就キ説明スル如ク上告人カ被上告人ニ對スル損害賠償ノ責任ハ取消シタル行爲ヲ爲シタル時ヨリ發生シ其時以後ノ利息ヲ上告人ニ於テ支拂ハサルヘカラス故ニ本論旨ハ結局理由ナシ
二被上告人ノ請求ヲ認容セル主タル理由タル公訴判決ハ曩キニ提出セシ上告趣意書ニ詳陳セシ如ク理由不備ノ違法アルヲ以テ本私訴判決モ亦同一ノ缺點アルニ歸ス此點ニ付テハ公訴上告論旨ヲ全然援用致候ト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ公訴上告論旨ニ對スル説明ニ就キ了解スヘシ
被告金兵衛辯護人高木益太郎上告趣意擴張辯明書第一點ハ原判決ノ確定スル所ニ依レハ被告第二ノ所爲中被告カ辻村孫七方ニ於テ金二千四百五十圓ノ借用證書其他僞造ニ係ル各書類ヲ上田澤江ニ交付シ同人ヲ欺罔シテ金一千圓ヲ騙取シタルハ明治四十年一月中旬頃ナリトセラレタレトモ(判文中ニハ單ニ「同月中旬頃」トアリテ果シテ何年何月ノ中旬頃ナルヤハ之レヲ確認スルヲ得サレトモ通例ノ解釋ニ依リ最モ近ク其前ニ記載セラレタル年月ヲ指示シテ之レヲ受ケタルモノ即チ「眞部千代造名下ニハ豫テ明治四十年一月中僞造シ置キタル千代ト刻シタル印判ヲ押捺シ云云」中ノ明治四十年一月ヲ受示シテ同月中旬頃ト亂載セラレタルモノト信ス)之レカ證據理由ノ部ニ援用セラレタル證人上田澤江豫審訊問調書中ニハ「自分ハ明治三十九年十月中金兵衛ヨリ云云自村ノ辻村孫七方ニ於テ金兵衛カ其他ノ者ト共ニ持來リタル證書ヲ受取リ金千圓ヲ云云」トアリ之レニ依レハ澤江カ被告ノ欺罔手段ニ因リ取引ヲ爲シタルハ明治三十九年十月中ノ出來事ト看ルヘク即チ犯罪事實ト之ヲ認定シタル證據ト相齟齬セル結果前述被告ノ所爲ヲ以テ明治四十年一月中旬ニ在リト爲シタル點ハ法律上證據ニ依ラスシテ事實ヲ認定シタルモノト謂ハサルヲ得サルニ至リタルノミナラス明治三十九年十月中ニ被告カ澤江ニ交付シ了シタル證書ニ明治四十年一月中僞造シ置キタル千代造ノ印判ヲ押捺スルカ如キハ殆ト想像シ得ヘカラサル事實ニ屬シ根據ナキ判斷ナリト謂フヘシ原判決ハ明ニ理由不備ノ違法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニ犯罪ノ日時ヲ同月中旬頃ト記載シタルハ冐頭ノ明治三十九年十一月ヲ受ケタルモノニシテ論旨ニ所謂明治四十年一月ヲ受ケタルモノニ非サルコトハ原判文ヲ通讀シテ自ラ明ナリ從テ其眞部千代造名下ニハ豫テ明治四十年一月中僞造シ置キタル千代ト刻シタル印判ヲ押捺シ云云ノ明治四十年一月中トアルハ誤記ナルコトヲ知ルニ足ル而モ其明治三十九年一月中ノ誤記ナルコトハ訴訟記録ニ徴シテ寔ニ明白ナリ而シテ原判決ニ引用シタル證人上田澤江豫審訊問調書中自分ハ明治三十九年十月中金兵衛ヨリ云云トアル明治三十九年十月中トハ證人カ本件ノ關係事實ヲ叙述スルニ當リ其發端ノ時期ヲ示シタルニ止マリ犯罪成立ノ時期ヲ示シタルニ非サルコトハ其供述ノ記載上明白ナルヲ以テ原判決ハ事實ノ認定ト證據ト齟齬スルノ廉ナク從テ本論旨ハ理由ナシ
第二點ハ原判決カ被告第一ノ所爲トシテ確定シタル事實中「明治四十年七月二十日大川村長尾村國安タカナル者ヲ伴ヒテ久太郎方ニ赴キ其面前ニ於テ擅リニタカヲシテ眞部カツナリト詐稱セシメ且ツ右借用證書面ノ眞部ト記載シアル下ニカツノ二字ヲ記入シ其名下ニ有合印ヲ押捺セシメ同借用證書ヲ前顯印鑑證明書ト共ニ久太郎ニ交付シ云云」ト判示シアルモ右事實認定ノ證據ニ援用セラレタル證人國安タカ豫審訊問調書ニ「自分ハ明治三十九年七月中金兵衛ニ頼マレ同人ト同道シテ八木方ニ赴キ眞部カツト稱シテ豫第一號ニカツト書シ金兵衛ヨリ母ノ印ナリトテ渡サレタル印ヲカツノ名下ニ押シタルコトアル旨」トアリテ其年月ニ於テ事實ノ認定ト符合セス從テ此點ハ又證據ニ依ラスシテ事實ヲ認定シタルモノト看做ササルヲ得サルヘク畢竟理由不備ノ違法アルヲ免レスト云フニ在レトモ◎原判決ノ認定事實中明治四十年七月二十日ハ明治三十九年七月二十日ノ誤記ナルコト訴訟記録ニ依リ明白ナレハ所論ノ國安タカ豫審訊問調書ノ年月ト齟齬セス故ニ本論旨ハ理由ナシ
第三點ハ公訴判決ニシテ破毀セラルル以上ハ私訴ノ判決モ亦當然破毀セラルヘキモノニ付私訴ノ上告ニ付テモ前記ノ兩點ヲ援用スト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ前記二點ノ説明ニ就キ了解スヘシ
上田澤江代理人河西善太郎私訴附帶上告趣意書第一點ハ原判決ニ於テハ附帶上告人ノ請求高二千四百五十圓ノ内一千圓及之ニ對スル年五分ノ利息ノ請求ノミヲ認メ其餘ノ請求ヲ棄却セラレタリ然レトモ附帶上告人カ本件ノ犯罪ニヨリテ蒙リタル損害額ハ私訴状ニ明記セルカ如ク合計二千四百五十圓ニシテ一千圓ニ非ス而シテ此二千四百五十圓ハ上告人カ法律上損害金トシテ請求シ得ヘキコトハ一件記録及公訴ノ證據ニヨリ明白ナル所ナリ然ルニ原院カ一千圓ノミヲ認メ其餘ノ請求ヲ棄却シタルハ法律ニ違背セル不法ノ判決ナリ殊ニ原判決ハ附帶上告人ノ一千四百五十圓ノ請求ヲ棄却スルニ付法律上事實上共ニ何等ノ理由ヲ説明セサルヲ以テ此點ヨリ見ルモ原判決ハ理由不備ノ違法アリト云フニ在レトモ◎原判決ハ被告カ民事原告人ニ對シ消費貸借ノ名義ヲ籍リ民事原告人ヲ欺キ金一千圓ヲ騙取シタル事實ヲ認メ而シテ民事原告人ハ右行爲ヲ取消ス意思表示ヲ爲シタルヲ以テ被告ハ民事原告人ニ對シ不法行爲ニ因ル損害賠償トシテ金千圓ヲ支拂フヘキハ當然ナルモ民事原告人ノ其餘ノ損害金一千四百五十圓ノ請求ハ失當ナリト判示シアリテ即チ一千四百五十圓ニ付テハ被告ニ不法行爲ナク又之カ賠償ヲ爲スヘキ責任ナキコトヲ判示シタルモノナルヲ以テ此點ニ關スル本論旨ハ理由ナシ然レトモ詐欺ニ因ル意思表示ハ取消ニ依リ法律上初メヨリ無效ナリシモノト看做スヲ以テ民事原告人カ取消ノ意思表示ヲ爲シタル以上ハ被告カ自己ノ不法行爲ニ因ル損害賠償ノ責任ハ不法行爲ノ時ヨリ發生シ從テ被告ハ一千圓騙取ノ時ヨリ之カ利息ヲモ賠償スヘキハ當然ナリ原判決ニ依レハ民事原告人ノ請求スル年一割二分ノ利息ハ契約上ノ利率ヲ主張スルモノナルカ故ニ民事原告人ニ於テ契約取消ノ意思表示ヲ爲シタル以上ハ右利率ノ請求ハ失當ニシテ原判決カ五分ノ法定利息ヲ付スヘキモノト判示シタルハ相當ナリ然レトモ不法行爲ノ時トスル明治三十九年十一月一日ヨリ年一割二分ノ利息ヲ付スヘキ民事原告人ノ請求ニ對シ原院カ私訴提起ノ日即チ明治四十年十一月十五日ヨリ年百分ノ五ノ遲延利息ヲ支拂フヘキモノトシテ其餘ノ請求ヲ棄却シ不法行爲ノ日ヨリ利息ヲ支拂フヘキモノト判決セサリシハ失當ナリ故ニ此點ニ關スル本論旨ハ理由アリ原判決ハ破毀ヲ免レス而シテ原判決ハ不法行爲ノ日ヲ明治三十九年十一月中旬頃トシ十一月何日ナルヤヲ確定セサルヲ以テ本院ニ於テ直ニ判決スルコトヲ得ス既ニ此點ニ於テ原判決ヲ破毀スル以上ハ附帶上告人ノ提出シタル其他ノ論旨ニ對シ説明スルノ要ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件公訴上告ハ之ヲ棄却シ同法第二百九十條ニ依リ原私訴判決中其他ノ民事原告人ノ請求ハ之ヲ却下ストノ部分中利息ニ關スル部分ヲ破毀シ更ニ審判セシムル爲メ事件ヲ廣島控訴院民事部ニ移送シ其他ノ私訴上告ハ總テ之ヲ棄却ス
檢事板倉松太郎干與明治四十一年三月十二日大審院第二刑事部
明治四十一年(レ)第九〇号
明治四十一年三月十二日宣告
◎判決要旨
- 一 詐欺取財の被害者が契約取消の意思表示を為したる以上は犯人の不法行為に因る賠償責任は其行為の時より発生するものとす。
公訴私訴上告人
私訴被上告人 真部金兵衛
私訴上告人
私訴被上告人 上田沢江
代理人 川西善太郎
右公私印偽造行使公印盗用公私文書偽造行使私書変造行使詐欺取財被告事件に付、明治四十年十二月十四日並に之に附帯する私訴事件に付、明治四十年十二月二十六日大坂控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告は公私訴に付、上告を為し民事原告人は私訴に付、附帯上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書は(一)原判決の第二事実は被告は真部千代造真部忠次郎吉田勝次の三名を自己の連帯債務者と為すべしと詐称し金借を上田沢江に申込み其承諾を得遂に自己を借主と為したる金二千四百五十円の借用証書を作成し之に擅に真部千代造真部忠次郎吉田勝次を連帯債務者として記載し千代造名下には予で明治四十年一月中偽造し置きたる「千代」と刻したる印判を押捺し忠次郎勝次名下には各有合印を押捺して其偽造を完成し之を上田沢江に交付し依て貸借名義の下に同人より金員を騙取したりと認定し其証拠理由として「参考人真部千代造予審訊問調書に自分は云云金兵衛が上田沢江より金借するに付き其保証人となることを承諾したることなく云云」「参考人真部亀吉予審訊問調書に自分の父忠次郎は金兵衛が上田沢江より金借するに付き其保証人となりたることなく云云」「参考人吉田勝平予審訊問調書に自分は金兵衛が上田沢江より金借するに付き其証人となりたることなく云云」と各説示しあり原院の犯罪事実認定は前掲の如く被告は真部千代造真部忠次郎吉田勝平の三名義を連帯債務者として冒用し依て連帯債務の態様を有する消費貸借証書を偽造行使したりと云ふにありて之を認めたる理由として前示の各参考人調書を摘示しあるも該調書の供述趣旨は孰れも保証人たることを承諾したる事実なしと云ふにあること前記の如くなるを以て原院判決は事実の認定と証拠理由と相副はざる筋合となり結局理由不備の裁判なりと云はざるべからずと云ふに在れども◎保証人又は証人なる語は俗用に従へは必ずしも民法に所謂保証人の意義に於てのみ使用せらるる各称に非ざるのみならず所論の各参考人の供述は何れも被告と上田沢江との消費貸借に関し参考人は何等の債務を負担したることなしとの趣意に解し得べきを以て原院が採で以て連帯債務名義偽造の証拠に供したればとて事実の認定と証拠と相副はざるものと謂ふを得ず。
況んや原判決は此点の事実に付、被告の自白及千代造勝平の予審訊問調書中予第二号(偽造証書)は知らぬものなりとの各供述をも罪証に採用したるに於てをや故に原判決は事実の認定に付き理由不備に非ず本論旨は理由なし。
(二)原判決に援用せる証人野崎国次同安部好造同国安たかの各予審調書を見るに予審判事は同人等を訊問するに当り刑事訴訟法第百二十三条第二号規定の民事原告人との親族関係の有無を問査せず翻で一件記録を調査するに公訴第一事実の関係人たる八木久太郎は本件の貸借を請求原因とし被告に対し民事訴訟を提起せし事跡あり(被告第二回予審調書参照)然らば本件の場合は一見民事原告人の存否甚た明瞭ならざる程度に在るを以て予審判事は証人として訊問せんとする者に対し須らく其民事原告人にあらざるやを確かむると同時に民事原告人と身分上の関係なきやをも問査せざるべからず。
然るに前示各調書は孰れも此手続を欠如せるを以て無効のものなりと云はざるべからず。
従て原判決は無効の証人調書を罪証に供したる失当ありと云ふに在れども◎証人が民事原告人と親族其他身分上の関係ある者なりや否やの問査は被告事件に付、民事原告人ありて証人が之れと身分関係を有する者なりや否や不明なる場合に於て其必要を生ずるものとす。
従て被告事件に付き民事原告人なきこと明白なる場合に於ては特に此点に関する問査を為すの必要なし。
訴訟記録に就き之を調査するに予審判事は証人野崎国次安部好造国安たかを訊問する前八木久太郎を訊問したる其調書に久太郎は民事原告人に非ず、且、被告に対し曽て提起せし民事訴訟は既に落着して今や何等の訴訟関係なき旨の供述を記載しありて右各証人訊問の際久太郎が民事原告人に非ざること寔に明白なるが故に更に久太郎と各証人との身分上の関係を問査するの必要なきを以て之を問査せざりしは違法に非ず。
従て其調書は無効の証人調書に非ざるが故に之を罪証に供したる原判決は失当に非ず本論旨は理由なし。
(三)原判決は第一犯罪事実に付ての被告の騙取物件に関し「前略別に被告が久太郎より買受代金未払なる屏風代金四百五十円を借金に更改し之を右借受けんと称したる金八百円の内に繰込み尚金百五十円は其当時授受を為さざることに定め以上の金額を差引き残り金二百円を久太郎より騙取し」と認定し乃ち被告の騙取したるは金二百円なりとし証人八木久太郎予審訊問調書を掲げて専ら之を説明しあり。
依て其摘載せられたる供述趣旨を見るに「前略金八百円の借用証書(予第一号)を金兵衛より受取りたるも右金三百五十円は其全額を渡さずして金二百円丈け渡したり。
而して残り百五十円は後に国治の代りに相当の保証人を立たるとき渡すこととし自分より百五十円の預り証を金兵衛に渡し置きたり云云」とありて之れに拠れば八木久太郎の被騙取物件は現金二百円と金百五十円の預り証書との二箇なりと云ふに帰す。
然らば前記の如く被告に於て八木久太郎より金二百円を騙取したりとせる犯罪事実認定と其認定理由に供せし唯一の資料たる被害者の供述趣旨とは一致を欠くの不当あることを明かに知り得べし斯の如きは判決理由に於て齟齬ありとの非難を免がるること能はず結局原判決は破毀せらるべき失当ありと思料すと云ふに在れども◎論旨所載の八木久太郎の予審に於ける証言は原判決の証拠説明中に記載しあるも其証言中前段の二百円の授受に関する供述は原判決の事実認定と符合し、而して其後段の百五十円の預り証に関する供述は前段の供述と矛盾することなきを以て原判決は事実理由の齟齬ありと謂ふを得ず。
要するに本論旨は原院の職権に属する証拠の取捨判断に対する非難に過ぎざるを以て理由なしとす
被告真部金兵衛私訴上告趣意書は一、原院は上告人は金千円と之に対する明治四十年十一月十五日より判決執行済に至る迄年百分の五の遅延利息とを被上告人に支払ふべしと判決し「被告人は云云金千円並に被告人が其支払に付き遅滞に付せられたりと認むべき時即ち本訴提起の日たる明治四十年十一月十五日より判決執行済に至る迄右金額に対する年百分の五の割合の金額を支払ふべきは当然なれども」と説示せるも被上告人の本件損害賠償請求権は詐欺に因る意思表示の取消を前提として発生する順序なるを以て其意思表示の到達に因りて取消は其効果を生ずべく。
従て上告人の遅滞の責も亦茲に始まるべきものとす。
然るに原院は被上告人の起訴の日に於て上告人は当然遅滞に付せられたるものとし其日以後の遅延利息の賠償を命じたるは法則を不当に適用したる裁判なりとすと云ふに在り◎依て按ずるに取消し得べき行為の取消は相手方に対する意思表示によりて之を為すべく。
而して隔地者に対する意思表示は相手方に到達したる時より其効力を生ずるを以て本件に於ける被上告人の詐欺に因る意思表示の取消は隔地者に対するものなれば其通知の上告人に到達したる時即ち私訴状の送達証書に依れば明治四十年十一月十六日より其効力を生ずることは所論の如くなるも取消したる行為は法律上初めより無効なりしものと看做すを以て被上告人が取消したる以上は後に上田沢江代理人川西善太郎私訴附帯上告趣意書第一点に就き説明する如く上告人が被上告人に対する損害賠償の責任は取消したる行為を為したる時より発生し其時以後の利息を上告人に於て支払はざるべからず。
故に本論旨は結局理由なし。
二被上告人の請求を認容せる主たる理由たる公訴判決は曩きに提出せし上告趣意書に詳陳せし如く理由不備の違法あるを以て本私訴判決も亦同一の欠点あるに帰す此点に付ては公訴上告論旨を全然援用致候と云ふに在れども◎其理由なきことは公訴上告論旨に対する説明に就き了解すべし。
被告金兵衛弁護人高木益太郎上告趣意拡張弁明書第一点は原判決の確定する所に依れば被告第二の所為中被告が辻村孫七方に於て金二千四百五十円の借用証書其他偽造に係る各書類を上田沢江に交付し同人を欺罔して金一千円を騙取したるは明治四十年一月中旬頃なりとせられたれども(判文中には単に「同月中旬頃」とありて果して何年何月の中旬頃なるやは之れを確認するを得ざれども通例の解釈に依り最も近く其前に記載せられたる年月を指示して之れを受けたるもの。
即ち「真部千代造名下には予で明治四十年一月中偽造し置きたる千代と刻したる印判を押捺し云云」中の明治四十年一月を受示して同月中旬頃と乱載せられたるものと信ず。
)之れが証拠理由の部に援用せられたる証人上田沢江予審訊問調書中には「自分は明治三十九年十月中金兵衛より云云自村の辻村孫七方に於て金兵衛が其他の者と共に持来りたる証書を受取り金千円を云云」とあり之れに依れば沢江が被告の欺罔手段に因り取引を為したるは明治三十九年十月中の出来事と看るべく。
即ち犯罪事実と之を認定したる証拠と相齟齬せる結果前述被告の所為を以て明治四十年一月中旬に在りと為したる点は法律上証拠に依らずして事実を認定したるものと謂はざるを得ざるに至りたるのみならず明治三十九年十月中に被告が沢江に交付し了したる証書に明治四十年一月中偽造し置きたる千代造の印判を押捺するが如きは殆と想像し得べからざる事実に属し根拠なき判断なりと謂ふべし。
原判決は明に理由不備の違法あるものと信ずと云ふに在れども◎原判決に犯罪の日時を同月中旬頃と記載したるは冒頭の明治三十九年十一月を受けたるものにして論旨に所謂明治四十年一月を受けたるものに非ざることは原判文を通読して自ら明なり。
従て其真部千代造名下には予で明治四十年一月中偽造し置きたる千代と刻したる印判を押捺し云云の明治四十年一月中とあるは誤記なることを知るに足る而も其明治三十九年一月中の誤記なることは訴訟記録に徴して寔に明白なり。
而して原判決に引用したる証人上田沢江予審訊問調書中自分は明治三十九年十月中金兵衛より云云とある明治三十九年十月中とは証人が本件の関係事実を叙述するに当り其発端の時期を示したるに止まり犯罪成立の時期を示したるに非ざることは其供述の記載上明白なるを以て原判決は事実の認定と証拠と齟齬するの廉なく。
従て本論旨は理由なし。
第二点は原判決が被告第一の所為として確定したる事実中「明治四十年七月二十日大川村長尾村国安たかなる者を伴ひて久太郎方に赴き其面前に於て擅りにたかをして真部かつなりと詐称せしめ且つ右借用証書面の真部と記載しある下にかつの二字を記入し其名下に有合印を押捺せしめ同借用証書を前顕印鑑証明書と共に久太郎に交付し云云」と判示しあるも右事実認定の証拠に援用せられたる証人国安たか予審訊問調書に「自分は明治三十九年七月中金兵衛に頼まれ同人と同道して八木方に赴き真部かつと称して予第一号にかつと書し金兵衛より母の印なりとて渡されたる印をかつの名下に押したることある旨」とありて其年月に於て事実の認定と符合せず。
従て此点は又証拠に依らずして事実を認定したるものと看做さざるを得ざるべく畢竟理由不備の違法あるを免れずと云ふに在れども◎原判決の認定事実中明治四十年七月二十日は明治三十九年七月二十日の誤記なること訴訟記録に依り明白なれば所論の国安たか予審訊問調書の年月と齟齬せず。
故に本論旨は理由なし。
第三点は公訴判決にして破毀せらるる以上は私訴の判決も亦当然破毀せらるべきものに付、私訴の上告に付ても前記の両点を援用すと云ふに在れども◎其理由なきことは前記二点の説明に就き了解すべし。
上田沢江代理人川西善太郎私訴附帯上告趣意書第一点は原判決に於ては附帯上告人の請求高二千四百五十円の内一千円及之に対する年五分の利息の請求のみを認め其余の請求を棄却せられたり。
然れども附帯上告人が本件の犯罪によりて蒙りたる損害額は私訴状に明記せるが如く合計二千四百五十円にして一千円に非ず。
而して此二千四百五十円は上告人が法律上損害金として請求し得べきことは一件記録及公訴の証拠により明白なる所なり。
然るに原院が一千円のみを認め其余の請求を棄却したるは法律に違背せる不法の判決なり。
殊に原判決は附帯上告人の一千四百五十円の請求を棄却するに付、法律上事実上共に何等の理由を説明せざるを以て此点より見るも原判決は理由不備の違法ありと云ふに在れども◎原判決は被告が民事原告人に対し消費貸借の名義を籍り民事原告人を欺き金一千円を騙取したる事実を認め。
而して民事原告人は右行為を取消す意思表示を為したるを以て被告は民事原告人に対し不法行為に因る損害賠償として金千円を支払ふべきは当然なるも民事原告人の其余の損害金一千四百五十円の請求は失当なりと判示しありて、即ち一千四百五十円に付ては被告に不法行為なく又之が賠償を為すべき責任なきことを判示したるものなるを以て此点に関する本論旨は理由なし。
然れども詐欺に因る意思表示は取消に依り法律上初めより無効なりしものと看做すを以て民事原告人が取消の意思表示を為したる以上は被告が自己の不法行為に因る損害賠償の責任は不法行為の時より発生し。
従て被告は一千円騙取の時より之が利息をも賠償すべきは当然なり。
原判決に依れば民事原告人の請求する年一割二分の利息は契約上の利率を主張するものなるが故に民事原告人に於て契約取消の意思表示を為したる以上は右利率の請求は失当にして原判決が五分の法定利息を付すべきものと判示したるは相当なり。
然れども不法行為の時とする明治三十九年十一月一日より年一割二分の利息を付すべき民事原告人の請求に対し原院が私訴提起の日即ち明治四十年十一月十五日より年百分の五の遅延利息を支払ふべきものとして其余の請求を棄却し不法行為の日より利息を支払ふべきものと判決せざりしは失当なり。
故に此点に関する本論旨は理由あり原判決は破毀を免れず。
而して原判決は不法行為の日を明治三十九年十一月中旬頃とし十一月何日なるやを確定せざるを以て本院に於て直に判決することを得ず。
既に此点に於て原判決を破毀する以上は附帯上告人の提出したる其他の論旨に対し説明するの要なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件公訴上告は之を棄却し同法第二百九十条に依り原私訴判決中其他の民事原告人の請求は之を却下すとの部分中利息に関する部分を破毀し更に審判せしむる為め事件を広島控訴院民事部に移送し其他の私訴上告は総で之を棄却す
検事板倉松太郎干与明治四十一年三月十二日大審院第二刑事部