明治四十年(れ)第六八一號
明治四十年十月十五日宣告
◎判决要旨
- 一 公文書ヲ竊取シタル後之ヲ毀棄セル所爲ハ二罪ヲ構成スルモノトス
右被告信博今朝八ニ對スル監守盜被告信博ニ對スル公文書僞造行使公印盜用詐欺取財事件被告今朝八信博荒之十佐太郎重長ニ對スル公文書毀棄被告今朝八信博ニ對スル公文書僞造行使被告信博ニ對スル竊盜事件被告信博ニ對スル委託金費消事件ニ付明治四十年五月二十七日長崎控訴院カ言渡シタル判决ニ對シ原院檢事長水上長次郎ハ被告五名ニ對シ上告ヲ爲シ又被告信博今朝八荒之十佐太郎ヨリモ各上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
原院檢事長上告趣意書ハ第一被告信博ハ熊本懸阿蘇郡柏村助役ニシテ村長代理中收入役佐藤福彌ト共謀シ柏村助役山邊信博同收入役佐藤福彌ヨリ上陳長治宛金三百圓ノ借用證書ヲ僞造シ福彌ハ自カラ監守スル所ノ職印ヲ信博ハ前任助役ノ職印ヲ盜捺シ柏村公借證書ノ如ク裝ヒ長治ニ交付シ金圓ヲ騙取シタル事實ニシテ被告信博ノ所爲ハ管掌公文書僞造ナルヲ以テ刑法第二百五條第一項第二百三條第一項ヲ適用セサルヘカラス然ルニ原院ハ單ニ第二百三條一項ヲ適用シタルハ失當ナリト信ス」第二第三事實ノ前段ハ被告今朝八ハ曾テ區有部分林民收權ヲ村會ノ决議ヲ經テ山下藤三郎ニ賣渡シ其後信博荒之十佐太郎ト倶ニ右民收權ヲ他ニ賣却センコトヲ企テ被告荒之十佐太郎ハ信博ニ對シ右民收權ノ賣買ニ關スル村會議事録ヲ破毀スルノ目的ヲ以テ之ヲ竊取センコトヲ教唆シタルニ信博ハ其教唆ニ從ヒ明治三十五年春頃柏村役場備付ノ右議事録ヲ竊取シ之ヲ自己保管ニ係ル同役場内ノ書箱中ニ隱匿シ該民收權ノ賣買ニ關シ村會ヲ開キシコトナキモノヽ如ク裝ヒ明治三十八年一月二日該民收權ヲ熊谷曾太郎外一名ニ賣却シタル後被告荒之十等ハ若シ藤三郎ニ重轉賣ノ告訴サレ家宅搜索ヲ受クルニ於テハ右議事録ノ所在ヲ發見サルヽニ至ランコトヲ恐レ荒之十佐太郎今朝八信博重長等一同協議ノ上被告信博ハ同年一二月頃右隱匿シ置キタル議事録ヲ取出シ終ニ柏村ニ於テ之ヲ破毀シタリト云フニ在リ故ニ被告等ノ議事録取出ノ目的ハ破毀ニ在ルコト原院ノ認ムル所及ヒ其援用シタル信博今朝八ノ各豫審調書ニ明瞭ナルニ不拘其取出ノ點ヲ捉ヘテ竊盜ト斷定シ其眼目タル毀棄ハ竊盜ノ結果ト爲シ之ヲ不問ニ付シタルハ擬律ヲ錯誤シタルモノト信ス仰モ法律カ罪トシ罰スヘキ行爲ハ意思ト事實ト常ニ一致スルコトヲ要ス犯意ナキ行爲ハ法律之ヲ罰セス同時ニ犯意ニ副ハサル所爲ハ犯意アル限度ニ刑ヲ科シ或ハ全ク無罪タルヘキモノニシテ刑罰權ノ原則茲ニ存ス但シ行爲着手當初ヨリ其終了迄ノ間數箇ノ罪名ニ觸ルヽ場合ハ其最重キ手段ニ對シ刑ヲ科スルノ特例アルモ是レ其程度ノ高キモノハ其低キモノヲ吸收スルカ爲メニシテ此ノ場合ニ尚原則ニ膠着センカ重キ所爲ヲ逸シ却テ輕キ所爲ヲ罰シテ甘セサルヘカラサルノ奇觀ヲ呈スルカ故ナリ人ヲ殺サントシテ刀ヲ加ヘタルハ明ラカニ毆傷罪ナルモ其目的生命ヲ奪フニ在レハ謀故殺ヲ以テ論シ手段タル毆傷ハ不問ニ付シ人ノ財物ヲ竊取セントシテ邸宅ニ忍入ルモ其主眼タル竊盜罪ヲ罰シ手段タル家宅侵入ハ不問ニ付スルニ非スヤ其未遂ノ場合ニ於テ尚ホ毆打罪家宅侵入罪トシテ處罰スルコトナシ然レトモ或倉庫在中ノ器物ヲ燒燬セン爲メ其倉庫ニ放火スルモ手段タル放火ノ一罪ヲ罰シ目的タル器物毀棄罪ヲ問ハス人ノ財物ヲ騙取センカ爲メ貨幣ヲ僞造行使シタルカ如キモ亦目的タル詐欺取財ヲ不問ニ付シ重キ貨幣ノ僞造行使ノ一罪ニ付處罰スヘキコト人ノ疑ハサル所ナリ其他官印僞造盜用ト官文書僞造文書ノ僞造ト詐欺取財監守盜ト官文書僞造ノ如キ手段ト目的各罪名ニ觸ルヽ者ハ其重キニ從テ處斷スヘキコト法ノ明定スル所ナリ本件ノ如キ手段ハ輕罪目的ハ重罪ナル場合ニ於テ單ニ輕キ手段ノミヲ問ヒ重キ目的ヲ顧ミスンハ強盜ハ脅迫ノ結果ナレハ脅迫罪ヲ罰シ財物強奪ノ行爲ヲ看過スルモノト何ソ擇ハン或ハ謂ハン本件議事録取出ト毀棄トハ其間三年ノ年月ヲ經過セリ被告等ハ隱匿ノ日ニ於テ既ニ竊盜行爲ヲ遂ケタルニ非スヤト夫レ然リ豈夫レ然ランヤ既ニ被告モ爭ハス且ツ原院モ認ムル如ク被告等ハ毀棄ノ目的ヲ以テ取出シタルモノニシテ一時筐裡ニ隱匿シタルハ必竟局外者ノ發見ヲ妨ケタルニ外ナラス其間單ニ閲覽ヲ拒ムノ意ニ出テタル者トス當時信博ハ收入役ニシテ村會書記ヲ兼務シ總テノ議事録ハ事實上自己ノ書箱ニ保管シ居リタルヲ以テ其内ヨリ本件ノ議事録ヲ取出シ自己所用ノ他ノ箱ニ移シタルニ過キス且ツ今朝八ハ當時村長ノ職ニ在リ相謀テ此行爲ヲ企テタルモノナレハ被告等ノ隱匿ハ未タ占有奪取ノ程度ニ達セサル者ト云フヘシ而シテ其以後毀棄ノ日迄ニ多少ノ時間アルハ其機ノ到ルヲ待チシモノニシテ前後分離スヘカラサル繼續ノ一行爲タリ元來本件議事録ノ毀棄ハ二重轉賣ノ罪跡ヲ蔽フノ手段タレハ若シ冐認ヲ處斷スルニ方リ論者ハ尚ホ單ニ隱匿ヲ捉ヘテ竊盜トシ處罰スルノ勇アルカ(本案ハ冐認罪ニ付テハ後段述フルカ如キ事情ノ爲メ起訴ヲ除外セリ」被告等ハ毀棄ニ先立チ完全ニ冐認ヲ遂ケタリ若シ爾後ノ或事情發生セサランカ初志ヲ飜シタルヤモ計ルヘカラス然カモ進退谷マリ終ニ之ヲ實行セリ故ニ隱匿ハ毀棄ニ對スル準備ノ行爲ニ過キスシテ僥倖ニシテ毀棄前ニ隱匿ノ事蹟發見セハ敢テ之ヲ犯罪視スルノ價値ナカリシヤ必セリ故ヲ以テ繼續時間ノ長短ハ必スシモ犯罪成立如何ニ鑑ムヘキ要素ニ非ス毀棄ノ事實實ニ本案ノ犯罪タルヘキ所爲ト謂ハサルヘカラス要之原判决ハ犯意ニ副ハサル所爲ニ刑ヲ科シタル者ト謂フヘシ且夫レ本案起訴ノ目的タルヤ被告ノ犯シタル議事録毀棄ヲ處罰セントスルニ在リテ議事録取出ハ起訴ノ當時ニ於テ冐認販賣ト共ニ既ニ公訴ノ時效成就セルヲ以テ全然處罰ノ目的ニ非ス故ニ豫審終結决定之ヲ掲ケス第一審判决亦之ヲ看過セリ然ルニ原院ハ尚竊盜アリトシテ刑ヲ科シタルハ到底不法タルヲ免レサルモノト信スト云フニ在リ◎依テ審按スルニ原判决第一事實ノ認定ニ依レハ被告信博ハ柏村助役トシテ村長代理中其職權ヲ濫用シテ同村村借證書ヲ僞造行使シタルモノニシテ該公文書タル被告信博ノ職務上管掌スル所ナルハ洵ニ明白ナリ故ニ原判决カ之ニ刑法第二百五條第一項ヲ適用セサリシハ擬律ノ錯誤タルヲ免レス又原判决ハ第三事實前項ニ於テ被告荒之十佐太郎ノ公文書竊盜教唆被告信博ノ同竊盜竝ニ右被告一同及ヒ被告今朝八重長ノ共謀ニ出テタル同文書毀棄ノ所爲ヲ認定シ且其證據ヲ擧示シ而シテ右公文書毀棄ノ所爲ハ竊盜ノ結果ニ過キスシテ別罪ヲ構成セサルモノトシ其認定事實ノ全體ヲ以テ單ニ公文書竊盜教唆及ヒ同竊盜ノ罪ニ問擬シタルモ抑モ刑法ニ於テ官公文書ノ毀棄ヲ其僞造變造ト同視シ之ニ重罪ノ刑ヲ加フルハ官公文書ノ形式及ヒ效用ヲ重ンシ特ニ之ヲ保護スルノ目的ニ出テタルモノニシテ其性質上官公文書ハ他ノ單ニ所有權ノ目的ト爲リ得ル財物ト異ナリ財産權以外ノ點即チ一般ノ信用ニ關スル點ニ於テ刑法上別段ノ法益ヲ保有スルモノト謂ハサルヘカラス故ニ此法益ヲ侵害スル官公文書毀棄罪ハ財産權ノ侵害ニ過キス且一ノ輕罪タルニ過キサル其竊盜罪トハ全ク別種ナル一箇獨立ノ重罪ニシテ縱令本件ニ於ケルカ如ク公文書ヲ竊取シタル後之ヲ毀棄シタル場合ト雖モ毀棄ノ所爲ヲ以テ竊盜ノ結果ナリトシ之ヲ不問ニ付スルヲ得ス須ラク二罪ヲ以テ論セサルヘカラス然レトモ本件ニ於テハ竊盜ノ點ハ起訴ナキヲ以テ原院ハ右認定事實ヲ單ニ公文書毀棄罪ニ問擬スヘキニ之ヲ竊盜罪トシテ處斷シタルハ擬律ノ錯誤ニシテ原院檢事長ノ上告論旨ハ總テ理由アリ原判决ハ全部破毀ヲ免レサルモノトス
被告信博辯護人小山吾郎一上告趣意書第一點ハ原判决ハ其第三判旨前段ニ於テ村會議事録ヲ明治三十五年ノ春頃竊取シタリト認定シ右所爲ニ關シ刑法第三百六十六條第三百七十六條ヲ適用處斷シタリ然レトモ右明治三十五年春頃ヨリ本件公訴提起ノ時迄ニハ既ニ滿三年ヲ經過セルヲ以テ公訴ノ時效ニ罹リタルモノトシ免訴ノ言渡ヲ爲スヘキ筋合ナルニ事茲ニ出テサリシハ失當ナリ若シ又中斷ニ因リ時效ノ成就セサルモノトセハ特ニ其理由ヲ付セサルヘカラス要スルニ原判决ハ擬律ニ錯誤アリ然ラストスルモ理由不備ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ原判决カ公文書竊盜罪ニ擬シタル認定事實ハ既ニ原院檢事長ノ上告論旨ニ對シ説明シタル如ク公文書毀棄罪ヲ以テ論スヘキモノニシテ原判决ハ擬律ノ錯誤ニ陷イリタルモノナルモ其事件ハ未タ公訴ノ時效ニ罹リタルモノニ非サレハ免訴ノ言渡ヲ爲スコトヲ得サルハ勿論ナリ然レトモ原判决ニシテ右ノ如キ擬律錯誤ノ不法アル以上ハ本論旨ハ結局其理由アルニ歸ス
第二點ハ原判决第一判旨中海津市次郎ノ交付セル金三百圓ハ只村會ノ議决ナキニ止リ之ヲ柏村役場ノ爲メ支途ノ目的ヲ以テ借入レ且ツ其目的ニ全部ヲ支拂ハレ在ルコトハ本件記録ノ上ニ明カナリ而シテ原判决モ决シテ此ノ被告ノ辯解ヲ否定シタルニ非ラサルナリ要スルニ形式上村會ノ議决ヲ伴ハサル而已被告等カ之ヲ村借セルニ在ルコト論ヲ竢タサル事實ナルニ原判决カ猶ホ如斯場合ニ於テモ詐欺取財罪ヲ構成スルモノトシタルハ失當ナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ認ムル所ニ依レハ被告ハ所論金圓ヲ村借名義ヲ以テ騙取シ自己ニ横領シタルモノナルコト明白ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
同上告理由擴張辯明書ハ原判决ハ本件第二ノ犯罪事件ニ關シ明治三十九年檢刑第五〇四號記録中證人野上經喜ノ調書ヲ採テ判斷ノ資料ニ供シタリ然ルニ右證人訊問調書ヲ觀ルニ「問山邊信博外二名公文書僞造行使外二罪被告事件ニ付民事原告人ト爲リ居ラサルヤ答否」ト在リ而シテ右「外二罪」トハ詐欺取財監守盜罪ヲ指シタルモノナルヘシト雖モ苟クモ證人ニ對シ民事原告人タル關係アリヤ否ヤヲ確ムルニ方テハ宜シク其證言ヲ求メントスル事件ヲ指示シテ其關係ノ有無ヲ聞カサル可カラサルコトハ論ヲ竢タサルヘシ然ラハ右ノ場合ニ在テ「外二罪」ト云フ而已ヲ以テハ未タ事件ヲ指示シテ證人ト爲リ得ヘキ資格ノ有無ヲ聞キタルモノト謂フヘカラサルナリ果シテ然ラハ右調書ハ違法タルヲ免レス原院カ此ノ違法ノ調書ヲ其ノ判决ノ資料ニ供シタルハ失當ニシテ破毀サルヘキ原因アルモノト信スト云フニ在レトモ◎當該豫審判事カ證人ニ對シ民事原告人ナルヤ否ヤヲ問査スルニ付テハ必シモ一々被告事件ノ罪名ヲ告知スルヲ要セス其必要アルヤ否ヤハ各事件ニ於テ當該判事ノ判斷ニ委スヘク證人ニシテ被告ニ對シ何等ノ民事訴訟モ提起シ居ラサル場合ノ如キハ固ヨリ其必要ナキコト明カナレハ所論豫審調書ノ記載ハ證人ノ資格問査ニ付不備アルヲ證スルモノト謂フヲ得ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
被告今朝八上告趣意書第一點原判决ハ刑法第四十三條第四十四條刑事訴訟法第二百九條ノ規定ニ違背シタル不法アリ原判决ノ事實摘示ヲ見ルニ被告信博ハ柏村役場ニ到リ村會議事録綴リ中ヨリ明治三十年月日不詳區長選擧ニ關スル柏村村會議事録ヲ竊取シ其中村會議長飯星今朝八名下ニ村長ノ職印及ヒ村會議員ノ連署アル部分一葉ヲ使用シ之ニ明治三十年四月八日附山下藤三郎ニ對スル前記部分林民收權賣渡ニ關スル村會議决ノ議事トシテ記載シタル罫紙數葉ヲ綴リ合セ以テ右村會議事録ヲ僞造シ被告今朝八ニ其情ヲ告ケ行使セシメタル旨ノ記載アリ此事實ニ依ル時ハ右僞造文書ノ一分ハ區長選擧ニ關スル柏村村會議事録ナルコト明ナリ故ニ其僞造ニ係ル部分ノミニ付沒收ノ言渡ヲ爲サヽリシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ認定事實ニ依レハ被告ハ眞正ノ村會議事録ノ一部ヲ成セシ一葉ノ紙面ヲ一材料トシテ使用シ之ニ他ノ材料ヲ合セ新ニ別種ノ議事録ヲ僞造シタルモノニシテ其議事録ノ全部僞造ナルハ言ヲ俟タサルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第二點被告ノ行爲ハ公印盜用罪ヲ構成セス然ルニ原判决ニ於テ刑法第百九十七條明治二十三年法律第百號竝ニ關聯スル各法條ヲ適用處斷シタルハ不法ナリ第一點ニ掲ケタル原判决ノ事實摘示ニ依ル時ハ被告信博ハ區長選擧ニ關スル村會議事録ヲ竊取シ其内村長ノ職印及村會議員ノ連署アル一葉ヲ使用シ他ノ僞造ニ係ル村會議事録ニ綴合セタルニ過キスシテ盜捺シタル公印ヲ使用シタルモノニアラス故ニ公文書僞造罪ハ或ハ成立ス可キモ公印盜用罪ノ成立ス可キモノニアラスト云フニ在レトモ◎原判决ノ認定ニ依レハ被告ハ村會議事録ニ押捺シアリタル村長ノ職印ヲ不正ニ使用シテ他ノ村會議事録ヲ僞造シタルモノニシテ其所爲公印盜用罪ヲ構成スルコト勿論ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
被告荒之十、佐太郎上告趣意書第一點原判决ハ法律ノ適用ヲ誤リタル不法アリ原判决ハ被告ヲ竊盜教唆罪ニ問擬シ被告ニ對シ有罪ノ判决ヲ言渡シタリ然ルニ原判决カ認定シテ被告カ教唆シタリト謂フ山邊信博カ村役場議事録ヲ竊取シタル行爲ハ明治三十五年春頃ナルコトハ原判决ノ認メタル所ニシテ本件公訴ノ起リタルハ明治三十九年四月二十五日ナルヲ以テ既ニ三个年以上ヲ經過シ公訴ハ時效ニ依リテ公訴權消滅セル竊盜行爲ニ對シ教唆罪ヲ以テ被告ヲ問擬シ有罪ノ判决ヲ與ヘタルハ法律適用ヲ誤リタル不法アルモノト云ハサルヘカラスト云フニ在リ◎本論旨ノ結局理由アルハ被告信博辯護人上告趣意書第一點ニ對シ説明スル所ノ如シ
第二點原判决ハ理由不備ノ不法アリ原判决ニ於テ山邊信博ノ竊盜行爲二箇アルコトヲ判示ス一ハ明治三十五年春頃村役場備付ノ二瀬本大字凡小野部落有ノ部分林民收權賣買ニ關スル議事録ヲ竊取シタリトナスモノ一ハ明治三十八年十二月中明治三十年月日不詳區長選擧ニ關スル議事録ヲ竊取シタリトナスモノナリ而シテ前者ニ對シ被告カ教唆ノ事實アリト認定セラルヽモ這ハ時效ニ依リテ公訴權消滅セルコトハ前ニ述フル所ノ如シ後者ニ對シ被告カ教唆ノ事實アリタリトセハ之ヲ判示セサルヘカラサルニ原判决之ヲ認ムヘキ證據ノ存スルモノナシ故ニ原判决ハ此點ニ於テ理由不備ノ不法アリトスト云フニ在レトモ◎原判决ハ被告カ所論第二ノ竊盜ニ關シ教唆ノ所爲アリト認定シタルモノニ非サルヲ以テ此點ニ關スル論旨ハ原判旨ニ副ハス其他ノ點ニ付テハ前説明スル所ノ如クナルヲ以テ重ネテ説明ヲ爲サス
右ノ理由ナルヲ以テ被告今朝八ノ上告ハ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ之ヲ棄却ス其他ノ上告ニ付テハ刑事訴訟法第二百八十六條第二百八十七條ニ依リ原判决ノ全部ヲ破毀シ直ニ本案事件ニ付判决ヲ爲スコト左ノ如シ
原院ノ認定事實ニ依リ法律ニ照スニ被告信博カ第一ノ公文書僞造行使ノ所爲ハ明治二十三年法律第百號刑法第二百五條第一項第二百三條第一項ニ其詐欺取財ノ所爲ハ刑法第三百九十條第三百九十四條ニ被告今朝八信博カ第二ノ監守盜ノ所爲ハ明治二十三年法律第百號刑法第二百八十九條第一項ニ被告信博今朝八荒之十佐太郎重長カ第三ノ公文書毀棄ノ所爲ハ右法律第百號刑法第二百三條第二項第一項ニ被告信博カ第三ノ區長選擧ニ關スル村會議事録竊取ノ所爲ハ刑法第三百六十六條第三百七十六條ニ被告信博今朝八カ第三ノ公文書僞造行使ノ所爲ハ右法律第百號刑法第二百三條第一項ニ其公印盜用ノ所爲ハ同法律第百號刑法第百九十七條第一項第百九十五條ニ被告信博カ第四ノ委託金費消ノ所爲ハ刑法第三百九十五條前段ニ該當シ第一乃至第三ノ各所爲ハ所犯情状原諒スヘキヲ以テ刑法第八十九條第九十條ニ依リ各本刑ニ二等ヲ減シ公印盜用罪ニ付テハ同法第二百一條ヲ各公文書僞造行使及ヒ公文書毀棄罪ニ付テハ同法第二百七條監守盜罪ニ付テハ同法第二百九十一條ヲ適用シ公印盜用ハ公文書ヲ僞造行使スルニ因リテ犯シタルモノナルヲ以テ同法第二百六條ニ依リ重キ公文書僞造行使罪ニ從ヒ處斷シ又第一ノ公文書僞造行使及ヒ詐欺取財罪ニ付テハ同法第三百九十條第二項ニ依リ重キ公文書僞造行使罪ニ從ヒ處斷スヘク被告信博今朝八ハ各數罪倶發ニ付同法第百條ヲ適用シ被告信博ハ第一ノ公文書僞造行使罪ニ從ヒ被告今朝八ハ第三ノ公文書僞造行使罪ニ從ヒ處罰スヘキモノトス依テ被告信博ヲ重禁錮三年六月監視六月ニ被告今朝八ヲ重禁錮三年監視六月ニ被告荒之十佐太郎重長ヲ各重禁錮一年六月監視六月ニ處シ押收物件中僞造ニ係ル豫第一號及ヒ第三號ノ一ハ刑法第四十三條第一號第四十四條ニ依リ沒收シ其他ハ刑事訴訟法第二百二條ニ依リ差出人ニ還付シ公訴裁判費用中原院ニ於ケル證人野上經喜ノ旅費日當ハ刑法第四十五條ニ依リ被告信博ノ負擔トシ同證人山口元昌ノ旅費日當ハ同條ニ依リ被告重長ノ負擔トシ同證人後藤五郎八ノ旅費日當ハ同條ニ依リ被告信博今朝八ノ平等負擔トス
檢事棚橋愛七干與明治四十年十月十五日大審院第一刑事部
明治四十年(レ)第六八一号
明治四十年十月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 公文書を窃取したる後之を毀棄せる所為は二罪を構成するものとす。
右被告信博今朝八に対する監守盗被告信博に対する公文書偽造行使公印盗用詐欺取財事件被告今朝八信博荒之十佐太郎重長に対する公文書毀棄被告今朝八信博に対する公文書偽造行使被告信博に対する窃盗事件被告信博に対する委託金費消事件に付、明治四十年五月二十七日長崎控訴院が言渡したる判決に対し原院検事長水上長次郎は被告五名に対し上告を為し又被告信博今朝八荒之十佐太郎よりも各上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
原院検事長上告趣意書は第一被告信博は熊本懸阿蘇郡柏村助役にして村長代理中収入役佐藤福弥と共謀し柏村助役山辺信博同収入役佐藤福弥より上陳長治宛金三百円の借用証書を偽造し福弥は自から監守する所の職印を信博は前任助役の職印を盗捺し柏村公借証書の如く装ひ長治に交付し金円を騙取したる事実にして被告信博の所為は管掌公文書偽造なるを以て刑法第二百五条第一項第二百三条第一項を適用せざるべからず。
然るに原院は単に第二百三条一項を適用したるは失当なりと信ず。」第二第三事実の前段は被告今朝八は曽て区有部分林民収権を村会の決議を経で山下藤三郎に売渡し其後信博荒之十佐太郎と倶に右民収権を他に売却せんことを企で被告荒之十佐太郎は信博に対し右民収権の売買に関する村会議事録を破毀するの目的を以て之を窃取せんことを教唆したるに信博は其教唆に従ひ明治三十五年春頃柏村役場備付の右議事録を窃取し之を自己保管に係る同役場内の書箱中に隠匿し該民収権の売買に関し村会を開きしことなきものの如く装ひ明治三十八年一月二日該民収権を熊谷曽太郎外一名に売却したる後被告荒之十等は若し藤三郎に重転売の告訴され家宅捜索を受くるに於ては右議事録の所在を発見さるるに至らんことを恐れ荒之十佐太郎今朝八信博重長等一同協議の上被告信博は同年一二月頃右隠匿し置きたる議事録を取出し終に柏村に於て之を破毀したりと云ふに在り。
故に被告等の議事録取出の目的は破毀に在ること原院の認むる所及び其援用したる信博今朝八の各予審調書に明瞭なるに不拘其取出の点を捉へて窃盗と断定し其眼目たる毀棄は窃盗の結果と為し之を不問に付したるは擬律を錯誤したるものと信ず。
仰も法律が罪とし罰すべき行為は意思と事実と常に一致することを要す。
犯意なき行為は法律之を罰せず同時に犯意に副はざる所為は犯意ある限度に刑を科し或は全く無罪たるべきものにして刑罰権の原則茲に存す。
但し行為着手当初より其終了迄の間数箇の罪名に触るる場合は其最重き手段に対し刑を科するの特例あるも是れ其程度の高きものは其低きものを吸収するか為めにして。
此の場合に尚原則に膠着せんか重き所為を逸し却て軽き所為を罰して甘せざるべからざるの奇観を呈するが故なり。
人を殺さんとして刀を加へたるは明らかに殴傷罪なるも其目的生命を奪ふに在れば謀故殺を以て論し手段たる殴傷は不問に付し人の財物を窃取せんとして邸宅に忍入るも其主眼たる窃盗罪を罰し手段たる家宅侵入は不問に付するに非ずや其未遂の場合に於て尚ほ殴打罪家宅侵入罪として処罰することなし。
然れども或倉庫在中の器物を焼燬せん為め其倉庫に放火するも手段たる放火の一罪を罰し目的たる器物毀棄罪を問はず人の財物を騙取せんか為め貨幣を偽造行使したるが如きも亦目的たる詐欺取財を不問に付し重き貨幣の偽造行使の一罪に付、処罰すべきこと人の疑はざる所なり。
其他官印偽造盗用と官文書偽造文書の偽造と詐欺取財監守盗と官文書偽造の如き手段と目的各罪名に触るる者は其重きに。
従て処断すべきこと法の明定する所なり。
本件の如き手段は軽罪目的は重罪なる場合に於て単に軽き手段のみを問ひ重き目的を顧みずんば強盗は脅迫の結果なれば脅迫罪を罰し財物強奪の行為を看過するものと何そ択はん或は謂はん本件議事録取出と毀棄とは其間三年の年月を経過せり被告等は隠匿の日に於て既に窃盗行為を遂けたるに非ずやと夫れ然り豈夫れ然らんや既に被告も争はず且つ原院も認むる如く被告等は毀棄の目的を以て取出したるものにして一時筐裡に隠匿したるは必竟局外者の発見を妨げたるに外ならず其間単に閲覧を拒むの意に出でたる者とす。
当時信博は収入役にして村会書記を兼務し総ての議事録は事実上自己の書箱に保管し居りたるを以て其内より本件の議事録を取出し自己所用の他の箱に移したるに過ぎず且つ今朝八は当時村長の職に在り相謀で此行為を企てたるものなれば被告等の隠匿は未だ占有奪取の程度に達せざる者と云ふべし。
而して其以後毀棄の日迄に多少の時間あるは其機の到るを待ちしものにして前後分離すべからざる継続の一行為たり元来本件議事録の毀棄は二重転売の罪跡を蔽ふの手段たれば若し冒認を処断するに方り論者は尚ほ単に隠匿を捉へて窃盗とし処罰するの勇あるか(本案は冒認罪に付ては後段述ふるが如き事情の為め起訴を除外せり」被告等は毀棄に先立ち完全に冒認を遂けたり。
若し爾後の或事情発生せさらんか初志を翻したるやも計るべからず。
然かも進退谷まり終に之を実行せり。
故に隠匿は毀棄に対する準備の行為に過ぎずして僥倖にして毀棄前に隠匿の事蹟発見せば敢て之を犯罪視するの価値なかりしや必せり故を以て継続時間の長短は必ずしも犯罪成立如何に鑑むべき要素に非ず毀棄の事実実に本案の犯罪たるべき所為と謂はざるべからず。
要之原判決は犯意に副はざる所為に刑を科したる者と謂ふべし、且、夫れ本案起訴の目的たるや被告の犯したる議事録毀棄を処罰せんとするに在りて議事録取出は起訴の当時に於て冒認販売と共に既に公訴の時効成就せるを以て全然処罰の目的に非ず。
故に予審終結決定之を掲げず第一審判決亦之を看過せり。
然るに原院は尚窃盗ありとして刑を科したるは到底不法たるを免れざるものと信ずと云ふに在り◎依て審按ずるに原判決第一事実の認定に依れば被告信博は柏村助役として村長代理中其職権を濫用して同村村借証書を偽造行使したるものにして該公文書たる被告信博の職務上管掌する所なるは洵に明白なり。
故に原判決が之に刑法第二百五条第一項を適用せざりしは擬律の錯誤たるを免れず又原判決は第三事実前項に於て被告荒之十佐太郎の公文書窃盗教唆被告信博の同窃盗並に右被告一同及び被告今朝八重長の共謀に出でたる同文書毀棄の所為を認定し、且、其証拠を挙示し、而して右公文書毀棄の所為は窃盗の結果に過ぎずして別罪を構成せざるものとし其認定事実の全体を以て単に公文書窃盗教唆及び同窃盗の罪に問擬したるも。
抑も刑法に於て官公文書の毀棄を其偽造変造と同視し之に重罪の刑を加ふるは官公文書の形式及び効用を重んし特に之を保護するの目的に出でたるものにして其性質上官公文書は他の単に所有権の目的と為り得る財物と異なり。
財産権以外の点即ち一般の信用に関する点に於て刑法上別段の法益を保有するものと謂はざるべからず。
故に此法益を侵害する官公文書毀棄罪は財産権の侵害に過ぎず、且、一の軽罪たるに過ぎざる其窃盗罪とは全く別種なる一箇独立の重罪にして縦令本件に於けるが如く公文書を窃取したる後之を毀棄したる場合と雖も毀棄の所為を以て窃盗の結果なりとし之を不問に付するを得ず。
須らく二罪を以て論せざるべからず。
然れども本件に於ては窃盗の点は起訴なきを以て原院は右認定事実を単に公文書毀棄罪に問擬すべきに之を窃盗罪として処断したるは擬律の錯誤にして原院検事長の上告論旨は総で理由あり原判決は全部破毀を免れざるものとす。
被告信博弁護人小山吾郎一上告趣意書第一点は原判決は其第三判旨前段に於て村会議事録を明治三十五年の春頃窃取したりと認定し右所為に関し刑法第三百六十六条第三百七十六条を適用処断したり。
然れども右明治三十五年春頃より本件公訴提起の時迄には既に満三年を経過せるを以て公訴の時効に罹りたるものとし免訴の言渡を為すべき筋合なるに事茲に出でさりしは失当なり。
若し又中断に因り時効の成就せざるものとせば特に其理由を付せざるべからず。
要するに原判決は擬律に錯誤あり。
然らずとするも理由不備の不法あるものと信ずと云ふに在り◎依て按ずるに原判決が公文書窃盗罪に擬したる認定事実は既に原院検事長の上告論旨に対し説明したる如く公文書毀棄罪を以て論すべきものにして原判決は擬律の錯誤に陥いりたるものなるも其事件は未だ公訴の時効に罹りたるものに非ざれば免訴の言渡を為すことを得ざるは勿論なり。
然れども原判決にして右の如き擬律錯誤の不法ある以上は本論旨は結局其理由あるに帰す
第二点は原判決第一判旨中海津市次郎の交付せる金三百円は只村会の議決なきに止り之を柏村役場の為め支途の目的を以て借入れ且つ其目的に全部を支払はれ在ることは本件記録の上に明かなり。
而して原判決も決して此の被告の弁解を否定したるに非らざるなり。
要するに形式上村会の議決を伴はざる而己被告等が之を村借せるに在ること論を竢たざる事実なるに原判決が猶ほ如斯場合に於ても詐欺取財罪を構成するものとしたるは失当なりと云ふに在れども◎原判決の認むる所に依れば被告は所論金円を村借名義を以て騙取し自己に横領したるものなること明白なるを以て本論旨は理由なし。
同上告理由拡張弁明書は原判決は本件第二の犯罪事件に関し明治三十九年検刑第五〇四号記録中証人野上経喜の調書を採で判断の資料に供したり。
然るに右証人訊問調書を観るに「問山辺信博外二名公文書偽造行使外二罪被告事件に付、民事原告人と為り居らざるや答否」と在り。
而して右「外二罪」とは詐欺取財監守盗罪を指したるものなるべしと雖も苟くも証人に対し民事原告人たる関係ありや否やを確むるに方ては宜しく其証言を求めんとする事件を指示して其関係の有無を聞かざる可からざることは論を竢たざるべし。
然らば右の場合に在で「外二罪」と云ふ而己を以ては未だ事件を指示して証人と為り得べき資格の有無を聞きたるものと謂ふべからざるなり。
果して然らば右調書は違法たるを免れず原院が此の違法の調書を其の判決の資料に供したるは失当にして破毀さるべき原因あるものと信ずと云ふに在れども◎当該予審判事が証人に対し民事原告人なるや否やを問査するに付ては必しも一一被告事件の罪名を告知するを要せず。
其必要あるや否やは各事件に於て当該判事の判断に委すべく証人にして被告に対し何等の民事訴訟も提起し居らざる場合の如きは固より其必要なきこと明かなれば所論予審調書の記載は証人の資格問査に付、不備あるを証するものと謂ふを得ず。
故に本論旨は理由なし。
被告今朝八上告趣意書第一点原判決は刑法第四十三条第四十四条刑事訴訟法第二百九条の規定に違背したる不法あり。
原判決の事実摘示を見るに被告信博は柏村役場に到り村会議事録綴り中より明治三十年月日不詳区長選挙に関する柏村村会議事録を窃取し其中村会議長飯星今朝八名下に村長の職印及び村会議員の連署ある部分一葉を使用し之に明治三十年四月八日附山下藤三郎に対する前記部分林民収権売渡に関する村会議決の議事として記載したる罫紙数葉を綴り合せ以て右村会議事録を偽造し被告今朝八に其情を告げ行使せしめたる旨の記載あり此事実に依る時は右偽造文書の一分は区長選挙に関する柏村村会議事録なること明なり。
故に其偽造に係る部分のみに付、没収の言渡を為さざりしは不法なりと云ふに在れども◎原判決の認定事実に依れば被告は真正の村会議事録の一部を成せし一葉の紙面を一材料として使用し之に他の材料を合せ新に別種の議事録を偽造したるものにして其議事録の全部偽造なるは言を俟たざるを以て本論旨は理由なし。
第二点被告の行為は公印盗用罪を構成せず。
然るに原判決に於て刑法第百九十七条明治二十三年法律第百号並に関連する各法条を適用処断したるは不法なり。
第一点に掲げたる原判決の事実摘示に依る時は被告信博は区長選挙に関する村会議事録を窃取し其内村長の職印及村会議員の連署ある一葉を使用し他の偽造に係る村会議事録に綴合せたるに過ぎずして盗捺したる公印を使用したるものにあらず。
故に公文書偽造罪は或は成立す可きも公印盗用罪の成立す可きものにあらずと云ふに在れども◎原判決の認定に依れば被告は村会議事録に押捺しありたる村長の職印を不正に使用して他の村会議事録を偽造したるものにして其所為公印盗用罪を構成すること勿論なるを以て本論旨は理由なし。
被告荒之十、佐太郎上告趣意書第一点原判決は法律の適用を誤りたる不法あり。
原判決は被告を窃盗教唆罪に問擬し被告に対し有罪の判決を言渡したり。
然るに原判決が認定して被告が教唆したりと謂ふ山辺信博が村役場議事録を窃取したる行為は明治三十五年春頃なることは原判決の認めたる所にして本件公訴の起りたるは明治三十九年四月二十五日なるを以て既に三个年以上を経過し公訴は時効に依りて公訴権消滅せる窃盗行為に対し教唆罪を以て被告を問擬し有罪の判決を与へたるは法律適用を誤りたる不法あるものと云はざるべからずと云ふに在り◎本論旨の結局理由あるは被告信博弁護人上告趣意書第一点に対し説明する所の如し
第二点原判決は理由不備の不法あり。
原判決に於て山辺信博の窃盗行為二箇あることを判示す一は明治三十五年春頃村役場備付の二瀬本大字凡小野部落有の部分林民収権売買に関する議事録を窃取したりとなすもの一は明治三十八年十二月中明治三十年月日不詳区長選挙に関する議事録を窃取したりとなすものなり。
而して前者に対し被告が教唆の事実ありと認定せらるるも這は時効に依りて公訴権消滅せることは前に述ぶる所の如し後者に対し被告が教唆の事実ありたりとせば之を判示せざるべからざるに原判決之を認むべき証拠の存するものなし故に原判決は此点に於て理由不備の不法ありとすと云ふに在れども◎原判決は被告が所論第二の窃盗に関し教唆の所為ありと認定したるものに非ざるを以て此点に関する論旨は原判旨に副はず其他の点に付ては前説明する所の如くなるを以て重ねて説明を為さず
右の理由なるを以て被告今朝八の上告は刑事訴訟法第二百八十五条に依り之を棄却す其他の上告に付ては刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決の全部を破毀し直に本案事件に付、判決を為すこと左の如し
原院の認定事実に依り法律に照すに被告信博が第一の公文書偽造行使の所為は明治二十三年法律第百号刑法第二百五条第一項第二百三条第一項に其詐欺取財の所為は刑法第三百九十条第三百九十四条に被告今朝八信博が第二の監守盗の所為は明治二十三年法律第百号刑法第二百八十九条第一項に被告信博今朝八荒之十佐太郎重長が第三の公文書毀棄の所為は右法律第百号刑法第二百三条第二項第一項に被告信博が第三の区長選挙に関する村会議事録窃取の所為は刑法第三百六十六条第三百七十六条に被告信博今朝八が第三の公文書偽造行使の所為は右法律第百号刑法第二百三条第一項に其公印盗用の所為は同法律第百号刑法第百九十七条第一項第百九十五条に被告信博が第四の委託金費消の所為は刑法第三百九十五条前段に該当し第一乃至第三の各所為は所犯情状原諒すべきを以て刑法第八十九条第九十条に依り各本刑に二等を減じ公印盗用罪に付ては同法第二百一条を各公文書偽造行使及び公文書毀棄罪に付ては同法第二百七条監守盗罪に付ては同法第二百九十一条を適用し公印盗用は公文書を偽造行使するに因りて犯したるものなるを以て同法第二百六条に依り重き公文書偽造行使罪に従ひ処断し又第一の公文書偽造行使及び詐欺取財罪に付ては同法第三百九十条第二項に依り重き公文書偽造行使罪に従ひ処断すべく被告信博今朝八は各数罪倶発に付、同法第百条を適用し被告信博は第一の公文書偽造行使罪に従ひ被告今朝八は第三の公文書偽造行使罪に従ひ処罰すべきものとす。
依て被告信博を重禁錮三年六月監視六月に被告今朝八を重禁錮三年監視六月に被告荒之十佐太郎重長を各重禁錮一年六月監視六月に処し押収物件中偽造に係る予第一号及び第三号の一は刑法第四十三条第一号第四十四条に依り没収し其他は刑事訴訟法第二百二条に依り差出人に還付し公訴裁判費用中原院に於ける証人野上経喜の旅費日当は刑法第四十五条に依り被告信博の負担とし同証人山口元昌の旅費日当は同条に依り被告重長の負担とし同証人後藤五郎八の旅費日当は同条に依り被告信博今朝八の平等負担とす。
検事棚橋愛七干与明治四十年十月十五日大審院第一刑事部