詐欺取財ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）13輯1010頁
明治四十年（れ）第七九七號
明治四十年九月二十七日宣告
◎判决要旨
- 一 外國ノ名詞ト雖モ既ニ我國一般常用ノ語辭ト爲リタルモノハ之ヲ判文ニ交フルモ違法ニ非ス
第一審 神戸地方裁判所
第二審 大阪控訴院
被告人 高橋久右衛門
右詐欺取財被告事件ニ付明治四十年六月二十九日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書第一ハ原判决ハ被告カ事務員志願者ヨリ身元保證金ヲ預リタル行爲ヲ以テ詐欺取財トセラレタレトモ被告ハ現ニ「ビルブローカー」ヲ營業トスルカ故ニ事務員ヲ募集シ又其身元金ヲ預ルモ業務上當然ノ事ナレハ之ヲ騙取ナリトスルニハ必ス初メヨリ營業ノ意思ナク又事務員募集ノ意思ナキコトヲ證據ニヨリテ説明セサル可カラス然ルニ原判决ニハ何等ノ根據ヲ示サスシテ正當ナル業務上ノ行爲ヲ漠然詐欺取財罪トセラレタルハ擬律錯誤且理由不備ナリト信スト云フニ在レトモ◎原判决ハ諸般ノ證據ヲ擧示シテ本件詐欺取財ノ事實ヲ認メタルコト判文上明白ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第二ハ裁判上ノ用語ハ日本語ナラサル可カラサルコトハ裁判所構成法ニ明白ナル所ナリ然ルニ原判决ニハ「ビルブローカー」ナル外國語ヲ用ヒ其譯解ヲ爲サレサルハ即チ前記構成法ノ規定ニ扞挌セル法則違反ナリト信スト云フニ在レトモ◎所論「ビルブローカー」ノ如キ原ト外國ノ名詞ナルモ既ニ我國一般常用ノ語トナリタルモノハ之ヲ判文ニ交ルモ之ヲ以テ裁判所構成法ノ規定ニ違背シタルモノト謂フヲ得ス
上告趣意第一辯明書ハ原院判决中被告カ「盛ニ（ビルブローカー）ヲナス者ノ如ク見セ掛ケ明治三十九年十月ヨリ大阪市ニテハ大阪朝日大阪毎日神戸ニテハ神戸新聞名古屋ニテハ新愛知、扶桑、中京ノ各新聞紙ヘ事務員募集ノ廣告ヲナシ身元保證金名義ノ下ニ金圓又ハ有價證券ヲ差入レシメ之ヲ騙取センコトヲ企テ大阪市西道頓堀四丁目ニ一戸ヲ借受ケ云々ト記載アレトモ被告ハ（ビルブローカー）營業ヲナスモノヽ如ク見セ掛ケタル者ニアラス前記ノ場所ニ於テ豫テ官許ヲ得テ確實ニ（ビルブローカー）營業ヲナシ居リシ者ニシテ最初ヨリ保證金ヲ騙取スルノ目的ニアラス又同判决中第一被告浩逸ノ第三囘豫審調書ニ被告久右衛門、小杉喜元ト相談ノ上云々トアレトモ被告ハ最初ヨリ伊藤浩逸、小杉喜元等ト相談ノ上該營業ヲナシタルモノニアラス大阪市西道頓堀四丁目ニ於テ明治三十九年五月以來被告獨ニテ資本金約千五百ヲ投シ事務擴張ノ爲メ諸新聞紙ニ廣告ヲ爲シ且（ブローカー新聞）ナルモノヲ發行シテ盛ニ各種ノブローカーヲナシタルナリ而シテ業務ヲ擴張スルニ當リ正確ナル店員ノ必要ヲ感スル所ヨリ各新聞紙ニ店員募集ノ廣告ヲナシ採用シタル者ヨリ身元保證金ヲ差出サシメ被告ニ於テ是カ保管ヲナシタルモノナリ第三司法警察官ノ被告浩逸ニ對スル聽取書中高橋ビルブローカーハ實際資本金ナクシテ事務ニ着手シ差當リ營業費用ヲ支出スル所ナキ爲メ事務員トシテ採用シタル人ヨリ取リタル保證金ヲ以テ之ニ充テタルモノニシテ所謂遣繰リ營業ヲ始メタルモノナリトアレトモ是等ハ架空ノ事實ニシテ被告カ最初ヨリ前記ノ場所ニ於テ該營業ヲ開始スルニ當リ事實上資本金無キモノナレハ之カ營業ヲ開始スル能ハサルヤ明ナリ證人筒井鋒三郎ノ豫審調書中保證金ヲ高橋ビルブローカー本店ヘ持參シタル節ハ金屏風二雙ヲ引廻シ之ナラハ立派ニ事務モ取リ行カルヽナラント思ハルヽ程ニ椅子、机、帳簿等ヲ備ヘ付ケ云々ト其他各證人ノ取ルニ足ラサル陳述及伊藤浩逸ト被告ト營業上往復シタル書面等ニ徴シ被告カ金員及有價證券ヲ身元保證金名義ノ下ニ騙取シタリト認ムルニ充分ナリトセラレタルモ被告ハ業務擴張ノ爲メ保證金ヲ一時流用シタルモノニシテ敢テ騙取スルノ目的ニアラサル事實ハ前キニ雇入レタル十數名ノ店員ヲ解雇スルニ當リ豫テ預リアリシ保證金ハ一々之ヲ返戻セシモノニシテ騙取ノ目的ニアラサリシ事ハ明ナリ然ルニ原院カ伊藤浩逸ト被告ト遣取リシタル書状ノ文辭其他筒井鋒三郎ノ陳述ヲ以テ斷罪ノ資料トナシタルハ甚タ不當ナリ何トナレハ店頭ノ體裁ヲ美ナラシムルハ商業上缺クヘカラサルコトニシテ而シテ書面ノ如キモ商業上掛引ヲナスハ社會ノ常體ニシテ之等ノ事實ハ毫モ怪ムニ足ラサルナリ然シテ伊藤浩逸ノ如キハ明治三十九年十二月下旬不都合アリテ解雇シタル者ナルカ同四十年一月中頃神戸相生警察署ニ於テ浮浪罪トシテ十日ノ拘留ニ處セラレタル結果豫テ被告ト不和ナリシ爲メ被告ノ營業ヲ妨害セント欲シ種々ナル空言ヲ構ヘタルモノト見ヘ被告ハ俄然拘引セラレタルモノナリ亦判决上被害者タル店員等ハ既ニ被告カ其保證金ヲ流用シタル爲メ明治四十年一月大阪市伏見町支店ニ於テ店員總會ノ際各店員ハ保證金ヲシテ信託合資會社設立ノ費用ニ充ツルコトヲ承諾シ居リシ者ナリ以上ノ事實ニシテ毫モ詐欺取財ノ目的ニアラサリシ事ハ明瞭ナリ然ルニ原院カ刑法第三百九十條第一項同第三百九十四條ヲ適用處斷シタルハ不當ニシテ本件ノ如キハ當然刑法第三百九十五條第一項ヲ適用スヘキモノナリト信スト云ヒ」同第二辯明書ハ原院ノ判决ニハ被告兩名ハ共謀シテ（ビルブローカー）ノ營業ヲ爲ス者ノ如ク裝ヒ之カ事務員ヲ募集シ各應募者ヨリ身元保證金ノ名ヲ以テ金員又ハ有價證券ヲ差入レシメ之ヲ騙取センコトヲ企テ云々トアレトモ被告ハ最初ヨリ詐欺取財ヲ爲スノ目的ヲ以テ該營業ヲ爲ス者ノ如ク見セ掛ケタルモノニアラス明治三十九年五月以來大阪市西區西道頓堀四丁目ニ於テ確實ニ諸種ノ（ブローカー）業ヲ開始シ豫テ官許ヲ得テ所定ノ命令ニ遵ヒ納税ヲナシ正實ニ營業ニ從事シ各地ヨリ土地ノ賣買金錢ノ貸借其他種々ノ周旋方ヲ申込ミ來リタルニ對シテハ皆夫々交渉シ爲メニ利益ヲ得ラルヽ事ハ目前ニ有レトモ何分皆巨額ノ物ニシテ單時日ノ間ニハ之カ成功ヲ期スル事能ハサルニ續々トシテ種々ノ周旋方ヲ申來ルニ付キ容易ナル物ハ速ニ周旋ヲ爲シ相當ノ利益ヲ得ルモ各地ニ事務員ヲ派シテ夫々運動ヲ要スル事故少資本ニテ營業ヲ開始シタル結果其費用ニ差支ヘ會計ヲ維持スル能ハサルノ窮境ニ立至リ止ム事ヲ得スシテ事務員等ノ身元保證金ヲ一時流用シタルモノニシテ而シテ交渉中ノ事件ヲ（各地ヨリ申込ミ來リシ種々ノ大ナル周旋方）成功シ利益ヲ得テ一時ノ流用シタル保證金ヲ償ハント欲シ熱誠以テ業務ニ從事シツヽアリシカ不慮ナル拘引状ニ接シタル次第ナリ以上ノ事實ニシテ被告ハ最初ヨリ詐欺取財ヲ爲スノ目的ヲ以テ該營業ヲ爲ス者ノ如クニ見セ掛ケタルモノニアラスト云ヒ證據トシテ（所得税金額决定通知書及納税金領收證書三葉）ヲ提出シ尚上告人ハ辯明書ナルモノヲ提出シ第一第二第三號證ヲ提出スル理由ヲ説明シ以テ上告人ハ本件犯罪ヲ犯シタル事實ナキ旨ヲ主張スレトモ◎右ハ畢竟原判决ノ認定ニ反スル事實ヲ主張シ原院ノ專權ニ屬スル事實ノ認定證據ノ判斷取捨ヲ非難スルニ外ナラサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事河村善益干與明治四十年九月二十七日大審院第一刑事部
