◎判决要旨
- 一 辯護人カ被告ニ代リ控訴ノ申立ヲ爲シタル場合ト雖モ辯護届ヲ爲サヽル以上ハ刑事訴訟法第二百五十七條ノ所謂訴訟關係人ニ非ス
（參照）控訴裁判所ニ於テハ訴訟關係人ニ對シ呼出状ヲ發シタル後其裁判ニ取掛ル可シ（刑事訴訟法第二百＄五十七條第一項）
第一審 福岡地方裁判所久留米支部
第二審 長崎控訴院
右詐欺取財被告事件ニ付明治四十年四月十二日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ各被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告三名上告趣意書ハ第一點原判决ノ事實ヲ要約スレハ被告等三名ハ被告忠太郎カ被害者幸吉ニ對シ千二百圓ノ債務ノ擔保トシテ田畑宅地家屋水車一式ヲ抵當トシテ差入レタル借用證書ヲ騙取セント企テ先ッ同一物件ニ對シ債權者黒岩啓太郎ノ虚僞ノ債權千五百圓ノ抵當登記手續ヲ了シ置キ後チ幸吉ヲ欺キ一應右千二百圓ノ抵當權登記ヲ抹消シ更ニ千六十六圓ノ證書ヲ幸吉ニ差入レ同一物件（内畑一筆ヲ除ク）ニ對シ抵當權設定登記ヲ了シ結局啓太郎ヲ一番順位ニ在ル抵當權者ト爲サシメ幸吉ヲシテ二番順位ノ地位ニ立タシメ千二百圓ノ借用證書ト金圓受取證書トヲ騙取シタリト云フニ在ルカ故ニ本件ノ骨髓ハ一番抵當權附千二百圓ノ證書ニ代ユルニ二番抵當權附千六十六圓ノ證書ヲ以テシタル案件ニ過キス而シテ幸吉ハ一千二百圓ノ元利ニ對シ二百圓ノ内拂ヲ受ケ居ルカ故ニ同人カ眞實ノ債權ハ一千六十六圓ナルコトハ原判决認定ノ通リ爭ヒナキ點ナルカ故ニ要ハ只一番順位カ二番順位ニ變更セラレタルカ爲メニ果シテ被害者幸吉ノ有スル權利ノ状態ニ如何ナル影響ヲ及ホスカニ在リ若シ幸吉ノ新ニ受取リタル一千六十六圓ノ證書上ノ債權ノ擔保カ優ニ其債權ヲ辨濟スルニ十分ナルモノナランニハ假令原判决事實ノ手段ニ依リ一千二百圓ノ舊證書ヲ交付シテモ錯誤ニ陷リテ爲シタル授付トハ云フヘカラサル結果犯罪ヲ構成セサル可シ何トナレハ抵當權ノ效果ハ他ノ無擔保債權ヲ排シテ自ラ先ツ其擔保物ニ付辨濟ヲ受クルノ特權アルニ存スルカ故ニ其順位カ一番タルト二番タルトニ論ナク其實質上ノ價値ニ於テ差異ナクンハ結局債務者ハ其權利ノ行使ヲ完フスルコトヲ得ヘケレハナリ故ニ本件ニ於テハ幸吉カ被告等ノ欺罔手段ニ依リ第二順位ノ抵當權者ニ貶セラレタル爲メニ果シテ抵當權ノ行使ヲ完フスルコト能ハサル地位ニ陷リタルヤ換言スレハ抵當物件ハ啓太郎ニ對スル一千五百圓ト幸吉ニ對スル一千六十六圓及ヒ利息費等トヲ償フニ十分ノ價値ナキモノナルヤヲ審究セサルヘカラス若シ夫レ右二箇ノ債權ヲ償フニ十分ナル價値アルモノナランニハ幸吉ハ名義上二番抵當權者ニ貶セラルヽモ毫モ抵當權ノ行使ヲ完フスル上ニ於テ何等ノ障礙ヲ感セサルヘシ然ルニ原判决ハ抵當物件ノ價格ノ如何ニ着眼セスシテ漫リニ被告等ニ本件ノ犯行アリト爲シタルハ理由不備ノ不法アル裁判ナリト信スト云フニ在リ◎因テ按スルニ凡ソ詐欺取財罪ハ加害者ノ欺罔手段ニ依リ被害者カ其ノ觀念ト對象トノ間ニ齟齬ヲ生シ事實ノ眞想ヲ誤認シ其ノ結果財物證書類ヲ交付シタル事實アルニ因リテ成立スルモノトス原判决ノ認定事實ニ依レハ被害者幸吉ハ豫テ被告忠太郎ニ對シ一千二百圓ノ債權ヲ有シ忠太郎所有ノ地所家屋等ヲ擔保トナシ順位一番ノ抵當權設定ノ登記ヲ受ケ居リタリシカ其後被告三名ハ幸吉ヲ欺罔シテ證書ヲ騙取シ抵當ノ順位ヲ變更センコトヲ共謀シ先ツ一千五百圓ノ虚僞ノ債權ヲ作爲シ之ニ前記ノ地所家屋等ヲ擔保トナシ順位二番ノ抵當權設定ノ登記ヲ爲シ置キ茲ニ幸吉ニ告クルニ「從來ノ抵當權ノ效力ニハ决シテ何等ノ影響ナキ旨ノ詐言ヲ以テシテ同人ヲ欺キ一千二百圓ニ對スル順位一番ノ抵當權登記ノ全部ヲ抹消セシメ更ニ同人ニ二百圓ノ内入ヲ爲シテ其ノ殘金元利合計一千六十六圓ノ債權トナシ再ヒ前記ノ地所（内畑地一筆ヲ除ク）家屋等ヲ其ノ擔保ニ供シ同人ヲシテ之カ抵當權設定ノ登記ヲ受ケシメタリ此ノ時幸吉ハ實際二番順位ノ抵當權ヲ設定スルニ過キサルニ猶ホ從前ノ如ク一番順位ノ抵當權設定ヲ登記スルモノト誤信シ最初ノ抵當登記（一千二百圓ノ分）ノ全部抹消ト再度ノ抵當登記（一千六十六圓ノ分）トヲ承諾シ其ノ手續履行ノ際前顯一千二百圓ノ借用證書及金圓受取證書ヲ交付シ被告等ハ之ヲ騙取シタルモノニシテ幸吉ニ於テハ再度ノ抵當權設定ノ登記ハ從前ノ如ク一番ノ順位ナリトノ觀念ヲ壞キシニ其ノ實二番抵當ノ順位ナルヲ以テ同人ノ觀念ト對象トノ間ニ齟齬ヲ生シ其ノ錯誤ノ結果夫ノ一千二百圓ノ借用證書及金圓受取證書ヲ騙取セラレタルモノナレハ被告三名ノ所爲ハ詐欺取財罪ヲ構成スルコト論ヲ俟タス而シテ其ノ抵當物件ノ價格ハ能ク幸吉ノ債權ヲ辨濟スルニ足ルヘキヤ否ヤノ如キハ犯罪ノ成立ニ何等ノ關係ナキモノナレハ原院ニ於テ其ノ價格ノ多寡ヲ計量審究シテ之ヲ判示スルコトヲ要セサルモノトス因テ原判决ニハ何等ノ理由不備ノ違法アルコトナシ
第二點第一審裁判所ニ於ケル明治四十年三月四日附ノ公判始末書ヲ關スルニ裁判長判事田尻隣造判事吉田畻一郎判事吉村安次郎トアリテ裁判所ハ如上列記ノ判事及ヒ檢事書記ニ依リテ構成セラレタルニ不拘判决原本ニハ裁判長高階貞藏ノ署名捺印アルヲ見ル是公判ニ干與セサル判事ノ介在スルモノニシテ第一審判决ハ不法ノ裁判ナルニ原審カ之ヲ認可シテ控訴棄却ノ言渡ヲ爲シタルハ法則違反タルヲ免カレサルモノト信スト云フニ在レトモ◎第一審公判始末書ヲ査閲スルニ本件ノ審理評决ニ干與シタル裁判官ハ高階貞藏外二名ノ判事ナレハ高階貞藏カ裁判長トシテ第一審判决ニ署明捺印ヲ爲シタルハ當然ニシテ從ヒテ原院カ第一審判决ヲ認可シ被告ノ控訴ヲ棄却シタルモ亦相當ナリトス
第三點被告人野田梅吉ノ控訴申立書ハ明治四十年三月四日附ヲ以テ第一審ノ辯護人タル押山長吉ヨリ之ヲ提出シアルコト一件記録第三一二丁ニ依リ明カニシテ而シテ別段梅吉自身ノ控訴申立書ナルモノナシ故ニ原審ニ於テハ刑事訴訟法第二百五十七條ニ依リ訴訟關係人ニ對シ呼出状ヲ發スルニ當リテハ訴訟關係人タル押山長吉ニ對シテモ亦適法ニ呼出状ヲ發セサルヘカラサルニ不拘之ヲ發セスシテ漫ニ辯論ヲ結局シタルハ公判手續ニ瑕瑾アル不法ノ裁判ナリト信スト云フニ在レトモ◎記録ヲ査閲スルニ辯護人押山長吉ハ被告野田梅吉ニ代ハリ控訴ノ申立ヲ爲シタルコト所論ノ如シト雖モ其ノ申立ハ被告梅吉ノ控訴トシテ被告事件ヲ上級審ニ繋屬セシムルニ過キサルモノニシテ辯護人ヲ以テ獨立シタル控訴申立人ト看ルコトヲ得ス且同辯護人ハ原院ニ於テ辯護届ヲ爲サヽリシモノナレハ同辯護人ハ刑事訴訟法第二百五十七條ニ所謂訴訟關係人ニ非ス故ニ原院カ同條ニ依リ同辯護人ニ呼出状ヲ發セサリシハ相當ニシテ同院ノ公判手續ニハ毫モ不法アルコトナシ
以上ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事末弘嚴石干與明治四十年六月三日大審院第二刑事部
◎判決要旨
- 一 弁護人が被告に代り控訴の申立を為したる場合と雖も弁護届を為さざる以上は刑事訴訟法第二百五十七条の所謂訴訟関係人に非ず
（参照）控訴裁判所に於ては訴訟関係人に対し呼出状を発したる後其裁判に取掛る可し（刑事訴訟法第二百＄五十七条第一項）
第一審 福岡地方裁判所久留米支部
第二審 長崎控訴院
右詐欺取財被告事件に付、明治四十年四月十二日長崎控訴院に於て言渡したる判決に対し各被告より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
被告三名上告趣意書は第一点原判決の事実を要約すれば被告等三名は被告忠太郎が被害者幸吉に対し千二百円の債務の担保として田畑宅地家屋水車一式を抵当として差入れたる借用証書を騙取せんと企で先っ同一物件に対し債権者黒岩啓太郎の虚偽の債権千五百円の抵当登記手続を了し置き後ち幸吉を欺き一応右千二百円の抵当権登記を抹消し更に千六十六円の証書を幸吉に差入れ同一物件（内畑一筆を除く）に対し抵当権設定登記を了し結局啓太郎を一番順位に在る抵当権者と為さしめ幸吉をして二番順位の地位に立たしめ千二百円の借用証書と金円受取証書とを騙取したりと云ふに在るが故に本件の骨髄は一番抵当権附千二百円の証書に代ゆるに二番抵当権附千六十六円の証書を以てしたる案件に過ぎず。
而して幸吉は一千二百円の元利に対し二百円の内払を受け居るが故に同人が真実の債権は一千六十六円なることは原判決認定の通り争ひなき点なるが故に要は只一番順位が二番順位に変更せられたるか為めに果して被害者幸吉の有する権利の状態に如何なる影響を及ぼすかに在り。
若し幸吉の新に受取りたる一千六十六円の証書上の債権の担保が優に其債権を弁済するに十分なるものならんには仮令原判決事実の手段に依り一千二百円の旧証書を交付しても錯誤に陥りて為したる授付とは云ふべからざる結果犯罪を構成せざる可し何となれば抵当権の効果は他の無担保債権を排して自ら先づ其担保物に付、弁済を受くるの特権あるに存するが故に其順位が一番たると二番たるとに論なく其実質上の価値に於て差異なくんば結局債務者は其権利の行使を完ふすることを得べければなり。
故に本件に於ては幸吉が被告等の欺罔手段に依り第二順位の抵当権者に貶せられたる為めに果して抵当権の行使を完ふすること能はざる地位に陥りたるや換言すれば抵当物件は啓太郎に対する一千五百円と幸吉に対する一千六十六円及び利息費等とを償ふに十分の価値なきものなるやを審究せざるべからず。
若し夫れ右二箇の債権を償ふに十分なる価値あるものならんには幸吉は名義上二番抵当権者に貶せらるるも毫も抵当権の行使を完ふする上に於て何等の障碍を感せざるべし。
然るに原判決は抵当物件の価格の如何に着眼せずして漫りに被告等に本件の犯行ありと為したるは理由不備の不法ある裁判なりと信ずと云ふに在り◎因で按ずるに凡そ詐欺取財罪は加害者の欺罔手段に依り被害者が其の観念と対象との間に齟齬を生じ事実の真想を誤認し其の結果財物証書類を交付したる事実あるに因りて成立するものとす。
原判決の認定事実に依れば被害者幸吉は予で被告忠太郎に対し一千二百円の債権を有し忠太郎所有の地所家屋等を担保となし順位一番の抵当権設定の登記を受け居りたりしか其後被告三名は幸吉を欺罔して証書を騙取し抵当の順位を変更せんことを共謀し先づ一千五百円の虚偽の債権を作為し之に前記の地所家屋等を担保となし順位二番の抵当権設定の登記を為し置き茲に幸吉に告ぐるに「従来の抵当権の効力には決して何等の影響なき旨の詐言を以てして同人を欺き一千二百円に対する順位一番の抵当権登記の全部を抹消せしめ更に同人に二百円の内入を為して其の残金元利合計一千六十六円の債権となし再ひ前記の地所（内畑地一筆を除く）家屋等を其の担保に供し同人をして之が抵当権設定の登記を受けしめたり。
此の時幸吉は実際二番順位の抵当権を設定するに過ぎざるに猶ほ従前の如く一番順位の抵当権設定を登記するものと誤信し最初の抵当登記（一千二百円の分）の全部抹消と再度の抵当登記（一千六十六円の分）とを承諾し其の手続履行の際前顕一千二百円の借用証書及金円受取証書を交付し被告等は之を騙取したるものにして幸吉に於ては再度の抵当権設定の登記は従前の如く一番の順位なりとの観念を壊きしに其の実二番抵当の順位なるを以て同人の観念と対象との間に齟齬を生じ其の錯誤の結果夫の一千二百円の借用証書及金円受取証書を騙取せられたるものなれば被告三名の所為は詐欺取財罪を構成すること論を俟たず。
而して其の抵当物件の価格は能く幸吉の債権を弁済するに足るべきや否やの如きは犯罪の成立に何等の関係なきものなれば原院に於て其の価格の多寡を計量審究して之を判示することを要せざるものとす。
因で原判決には何等の理由不備の違法あることなし
第二点第一審裁判所に於ける明治四十年三月四日附の公判始末書を関するに裁判長判事田尻隣造判事吉田畻一郎判事吉村安次郎とありて裁判所は如上列記の判事及び検事書記に依りて構成せられたるに不拘判決原本には裁判長高階貞蔵の署名捺印あるを見る是公判に干与せざる判事の介在するものにして第一審判決は不法の裁判なるに原審が之を認可して控訴棄却の言渡を為したるは法則違反たるを免がれざるものと信ずと云ふに在れども◎第一審公判始末書を査閲するに本件の審理評決に干与したる裁判官は高階貞蔵外二名の判事なれば高階貞蔵が裁判長として第一審判決に署明捺印を為したるは当然にして従ひて原院が第一審判決を認可し被告の控訴を棄却したるも亦相当なりとす。
第三点被告人野田梅吉の控訴申立書は明治四十年三月四日附を以て第一審の弁護人たる押山長吉より之を提出しあること一件記録第三一二丁に依り明かにして、而して別段梅吉自身の控訴申立書なるものなし故に原審に於ては刑事訴訟法第二百五十七条に依り訴訟関係人に対し呼出状を発するに当りては訴訟関係人たる押山長吉に対しても亦適法に呼出状を発せざるべからざるに不拘之を発せずして漫に弁論を結局したるは公判手続に瑕瑾ある不法の裁判なりと信ずと云ふに在れども◎記録を査閲するに弁護人押山長吉は被告野田梅吉に代はり控訴の申立を為したること所論の如しと雖も其の申立は被告梅吉の控訴として被告事件を上級審に繋属せしむるに過ぎざるものにして弁護人を以て独立したる控訴申立人と看ることを得ず、且、同弁護人は原院に於て弁護届を為さざりしものなれば同弁護人は刑事訴訟法第二百五十七条に所謂訴訟関係人に非ず。
故に原院が同条に依り同弁護人に呼出状を発せざりしは相当にして同院の公判手続には毫も不法あることなし
以上の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事末弘厳石干与明治四十年六月三日大審院第二刑事部
