明治三十九年（れ）第一二一四號
明治四十年一月十七日宣告
◎判决要旨
- 一 豫審ニ於テ免訴トナリタル事實ト雖モ第一審裁判所檢事カ公判廷ニ於テ更ニ訴追ヲ爲シ裁判所ハ有罪ノ判决ヲ下シ該判决ニ對シテ控訴アリタルトキハ第二審裁判所ハ判决主文ヲ以テ其起訴ニ對シ判斷ヲ爲サヽルヘカラス
右被告庄之助及友吉ニ對スル私印私書僞造行使及詐欺取財未遂竝ニ僞證教唆事件及被告平助安吉ニ對スル僞證事件ニ付明治三十九年十一月五日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告等ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告平助上告趣意書ノ一ハ原判决ハ「被告平助ハ右被告庄之助及友吉ヨリ熊一ニ係ル割石代金請求事件ニ付明治三十八年四月二十八日妙寺區裁判所ニ於テ證人トシテ出頭シ宣誓ノ上證言ヲ爲スニ當リ明治三十七年舊七月十八日石材賣渡代金受取ノ爲メ熊一方ニ赴キ熊一ヨリ金五十圓ヲ受取リ又同年舊八月三日熊一方ニ赴キ同人ヨリ金三十圓受取リタルコトアリタル旨ノ其確信ニ背キタル不實ノ陳述ヲ爲シテ僞證シタルモノナリ」ト認定シタリ抑モ不實ハ眞實ニ對シ相對關係ヲ有スル事柄ナルカ故ニ或ル事柄ヲ指定シ之ニ反スルカ故ニ其事柄カ不實ナリトノ斷定ヲ爲サヽルヘカラサルハ當然ノ論理ナリトス然ルニ原院ハ前記ノ如ク唯確信ニ反スル陳述ヲ爲シタルカ故ニ虚僞ナリト偏斷シ去リテ其前提タルヘキ眞實ニ付テハ何等之ニ言及セサルノミナラス被告ノ確信ハ那邊ニ存在セシヤヲモ明示セサルハ理由ノ不備アル斷定ナリト云ハサルヘカラスト云フニ在リ◎因テ按スルニ僞證罪ハ證人カ不實ノ事タルコトヲ知リナカラ宣誓ノ上虚僞ノ事實ヲ陳述シタルコトニ因リテ成立スルモノナレハ判决ニハ右事實ヲ叙述スレハ足レルモノニシテ更ニ其眞正ノ事實ノ如何ナルモノナルヤヲ叙述スルコトヲ要セス原判决ノ認定ニ依レハ原院ハ被告カ妙寺區裁判所ニ證人トシテ出頭シ宣誓ノ上證言ヲ爲スニ方リ虚僞ナル事ヲ知リナカラ不實ノ陳述ヲ爲シタル事實ヲ詳ニ叙述シタレハ其僞證罪ノ事實ノ認定ニハ毫モ缺クル所ナシ而シテ原院ハ判文ニ掲クル所ノ證據ニ依リテ前顯ノ事實ヲ認定シタルモノナレハ原判决ニハ何等ノ理由不備アルコトナシ
二ハ西永庄之助中谷友吉上告趣意書ノ第四論旨ハ被告ノ論旨ニ援用スト云フニ在リ因テ同人等ノ上告趣意書ノ第四論旨ヲ按スルニ其要旨ハ本件豫審請求書ニハ作成ノ場所ノ記載アルコトナケレハ同請求書ハ法律ノ規定ニ遵據セスシテ作成セラレタルモノナリ果シテ然ラハ同請求書ハ無效ニ屬スヘキモノナレハ本件ノ起訴ハ不適法ニシテ公訴ハ受理セラルヘキモノニ非スト云フニ在レトモ◎同請求書ヲ査閲スルニ豫審ヲ求メタル檢事新免峰彦ノ頭書ニ「和歌山地方裁判所檢事」トノ記載アルコトヽ其ノ請求書ニ「和歌山地方裁判所檢事局」ト刻シテ廳印ノ押捺アルコトヽニ由リテ其作成ノ場所ハ和歌山地方裁判所檢事局内ナルコト自カラ明白ナリ而シテ苟モ同請求書ノ自體ニ徴シテ其作成場所ノ明白ニシテ疑ノ存スル餘地ナキコト斯ノ如クナル以上ハ同請求書ハ法律ノ規定ニ適合シテ作成セラレタルモノト謂フヘクシテ同規定ニ違背シテ作成セラレタルモノト謂フヘカラス然ラハ則チ同請求書ハ有效ノモノナレハ本件ノ起訴ハ適法ニシテ原院カ公訴ヲ受理シテ審判ヲ遂ケタルハ相當トス因テ本論旨ヘ理由ナシ
被告安吉上告趣意書ノ一ハ原判决ハ「被告安吉ハ右庄之助友吉ヨリ熊一ニ係ル割石代金請求事件ニ付明治三十八年四月二十八日及同年五月八日ノ二囘ニ妙寺區裁判所ニ證人トシテ出頭シ宣誓ノ上證言ヲ爲スニ當リ明治三十七年七月二十七日ヨリ八月十二日迄ノ間ニ川尻土木工事用石材三万三千二百七十貫匆ヲ運搬シテ熊一ニ直接引渡シ其都度割石ノ數量ヲ運搬人各自ノ帳簿ニ記載シテ認印ヲ貰ヒ置キタル旨及割石受取帳ノ認印ハ熊一カ押捺シタル旨ノ孰レモ其確信ニ背キタル不實ノ陳述ヲ爲シ其犯意ヲ繼續シテ僞證シタルモノナリ」ト認定シタリ抑モ不實ハ眞實ニ對シ相對關係ヲ有スル事柄ナルカ故ニ或事柄ヲ不實ナリトスルニハ其反面タル眞實ヲ指定シ之ニ反スルカ故ニ其事柄カ不實ナリトノ斷定ヲ爲サヽルヘカラサルハ當然ノ論理ナリトス然ルニ原院ハ前記ノ如ク只確信ニ反スル陳述ヲ爲シタルカ故ニ虚僞ナリト偏斷シ去リテ其前提タルヘキ眞實ニ付テハ何等之ニ言及セサルノミナラス被告ノ確信ハ那邊ニ存在セシヤヲモ明示セサルハ理由不備アル斷定ナリト云ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎本論旨ノ理由ナキコトハ既ニ被告平助上告趣意書ノ一ノ論旨ニ對シ辯明シタレハ就キテ了解スヘシ
二ハ本件豫審請求書記載ノ公訴事實ニ依レハ「共謀シテ金員ヲ騙取センコトヲ企テ（中畧）被告平助常助（常助ハ被告ヲ指ス）ハ證人トシテ同裁判所ニ於テ宣誓ノ上平助ハ石材代金ノ内八十圓ヲ兩度ニ熊一ヨリ受取タル旨常助ハ石材ヲ熊一ニ引渡シタル旨孰レモ僞證シ訴訟進行中發覺シテ未タ金員騙取ノ目的ヲ遂ケ得サルモノ」トアリテ右ニ依レハ被告ニ對シテ起訴アリタルハ被告カ石材ヲ熊一ニ直接引渡シタリトノ證言事項即チ妙寺區裁判所ニ於ケル四月二十八日ノ供述カ僞虚ナリト云フニ在リテ五月八日ノ供述即チ割石受取帳ニ認印シ呉レタルハ確カニ野口熊一ナリトノ證言ニ付テハ何等ノ訴追ナカリシモノナリトス然ルニ原院ハ審理ヲ之ニ及ホシ判决ヲ爲シタルハ請求ナキ事件ヲ審理シタル失當アリテ判决ハ破毀セラルヘキモノト信スト云フニ在リ◎因テ同豫審請求書ヲ査閲スルニ其被告事件ノ摘示中ニ被告常助ハ「石材ヲ熊一ニ引渡シタル旨ヲ僞證シタル事實」ヲ掲ケタルノミニシテ「割石受取帳ノ認印ハ熊一カ押捺シタル旨ヲ僞證シタル事實」ヲ掲ケサリシコトハ論旨ノ如シ凡ソ檢事ハ豫審請求書ニ被告事件ノ概畧ヲ示シテ其事件ノ詳細ヲ附屬ノ書類ニ讓リ以テ豫審ヲ求ムルコトヲ通例トスルモノナレハ訴追事實ノ一部カ同請求書ニ掲ケラレ其他ノ一部カ同請求書ニ掲ケラレサリシモ苟モ其附屬書類ニ明記セラルヽ以上ハ檢事カ其全部ノ事實ヲ起訴シタルモノナルコト論ヲ俟タス去レハ前顯記スル所ノ「割石受取帳ノ認印ハ熊一カ押捺シタル旨ヲ僞證シタル事實ノ如キハ豫審請求書ニ掲ケラレサリシモ其附屬ノ告訴状（九頁裏面）ニ明記セラレタルモノナレハ第一審檢事カ僞證ノ名義ヲ以テ之ヲモ包括シテ起訴シタルコト明ナリ然則原院カ審理ヲ遂ケ前顯ノ事實ヲモ僞證シタルモノト認定シ被告ニ有罪ノ言渡ヲ爲シタルハ相當ニシテ論旨ノ如キ違法アルコトナシ
三ハ西永庄之助中谷友吉上告趣意書ノ第四論旨ハ被告ノ論旨ニ援用スト云フニ在レトモ◎本論旨ノ理由ナキコトハ既ニ被告安吉上告趣意書第二ノ論旨ニ對シ辯明シタレハ就キテ了解スヘシ
被告四名辯護人高木益太郎第二上告辯明書ハ原判决理由中「原判决ヲ檢スルニ被告庄之助及友吉ニ對スル僞證教唆ノ公訴事實ハ既ニ本件豫審終結决定ニ於テ免許ノ言渡確定シ而シテ其後檢事ヨリ再起訴ノ手續存セサルモノナルニ不拘右被告兩名ニ對シ僞證教唆ノ事實ヲ認定シ法律ヲ適用シテ之ヲ處罰シタル如キ不法アリ」トノ説示アリ若其事實ニシテ果シテ原判决説示ノ如シトスルモ第一審ニ於テハ此點ニ付被告ニ有罪ヲ宣告シタルモノナレハ原院ニ於テ此點ニ對シ主文ニ於テ相當ノ判示ヲ爲スヘキ筋合ナルニ其措置茲ニ出テサルハ失當ナリト云フニ在リ◎因テ按スルニ第一審檢事ハ訟廷ニ於テ被告西永庄之助中谷友吉ニ對シ僞證教唆ノ訴追ヲ爲シ（第四囘第一審公判始末書記録三〇〇頁）第一審裁判所ハ審理ノ結果被告兩名ニ對シ僞證教唆ノ事實アリト認定シ處罰ヲ爲シタリ而シテ原判决ヲ査スルニ原院ハ被告庄之助及友吉ニ對スル僞證教唆ノ公訴事實カ既ニ豫審終結决定ニテ免訴セラレテ其ノ言渡確定セルヲ以テ第一審裁判所ハ檢事ノ再起訴アルニ非サレハ其ノ事實ヲ審判スルコトヲ得サルニ同裁判所カ其ノ事實ヲ認定シ被告兩名ヲ處罰シタルコトヲ不法ナリトシ第一審判决ヲ取消シタレトモ主文ニハ何等ノ判斷ヲ示サヽリシナリ思フニ第一審檢事ノ訴追ノ果シテ正當ナルヤ否ヤハ措キテ論セス苟モ檢事ニ於テ僞證教唆ノ事實アリトシ訴追ヲ爲シタル以上ハ形式上公訴ノ提起アリタルモノナレハ原院カ控訴ヲ受理シテ審判スルトキハ判决主文ニ第一審檢事ノ起訴事實ニ對シ之カ判决ヲ下サヽルヘカラス而ルニ原院ノ措置茲ニ出テサリシハ請求ヲ受ケタル事件ニ付判决ヲ爲サヽル失當アルモノナレハ本論旨ハ理由アリテ原判决中被告庄之助友吉ニ關スル部分ハ全部破毀ヲ免レス而シテ辯護人ノ辯明書中ノ其餘ノ論旨ハ總ヘテ被告庄之助友吉ニ關スルモノニシテ被告瓦間平助岩見安吉ニ關スルモノニ非サルヲ以テ庄之助友吉ノ上告趣意書ト共ニ辯明ノ必要ナケレハ其ノ當否ヲ判示セス
右ノ理由ナルヲ以テ被告瓦間平助岩見安吉ノ上告ハ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ之ヲ棄却シ原判决中被告西永庄之助中谷友吉ニ係ル部分ハ同法第二百八十六條ニ依リ其ノ全部ヲ破毀シ更ニ審判ヲ爲サシムル爲メ事件ヲ名古屋控訴院ニ移送ス
檢事山本忠彦干與明治四十年一月十七日大審院第二刑事部
明治三十九年（レ）第一二一四号
明治四十年一月十七日宣告
◎判決要旨
- 一 予審に於て免訴となりたる事実と雖も第一審裁判所検事が公判廷に於て更に訴追を為し裁判所は有罪の判決を下し該判決に対して控訴ありたるときは第二審裁判所は判決主文を以て其起訴に対し判断を為さざるべからず。
右被告庄之助及友吉に対する私印私書偽造行使及詐欺取財未遂並に偽証教唆事件及被告平助安吉に対する偽証事件に付、明治三十九年十一月五日大坂控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告等より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
被告平助上告趣意書の一は原判決は「被告平助は右被告庄之助及友吉より熊一に係る割石代金請求事件に付、明治三十八年四月二十八日妙寺区裁判所に於て証人として出頭し宣誓の上証言を為すに当り明治三十七年旧七月十八日石材売渡代金受取の為め熊一方に赴き熊一より金五十円を受取り又同年旧八月三日熊一方に赴き同人より金三十円受取りたることありたる旨の其確信に背きたる不実の陳述を為して偽証したるものなり。」と認定したり。
抑も不実は真実に対し相対関係を有する事柄なるが故に或る事柄を指定し之に反するが故に其事柄が不実なりとの断定を為さざるべからざるは当然の論理なりとす。
然るに原院は前記の如く唯確信に反する陳述を為したるが故に虚偽なりと偏断し去りて其前提たるべき真実に付ては何等之に言及せざるのみならず被告の確信は那辺に存在せしやをも明示せざるは理由の不備ある断定なりと云はざるべからずと云ふに在り◎因で按ずるに偽証罪は証人が不実の事たることを知りながら宣誓の上虚偽の事実を陳述したることに因りて成立するものなれば判決には右事実を叙述すれば足れるものにして更に其真正の事実の如何なるものなるやを叙述することを要せず。
原判決の認定に依れば原院は被告が妙寺区裁判所に証人として出頭し宣誓の上証言を為すに方り虚偽なる事を知りながら不実の陳述を為したる事実を詳に叙述したれば其偽証罪の事実の認定には毫も欠くる所なし。
而して原院は判文に掲ぐる所の証拠に依りて前顕の事実を認定したるものなれば原判決には何等の理由不備あることなし
二は西永庄之助中谷友吉上告趣意書の第四論旨は被告の論旨に援用すと云ふに在り因で同人等の上告趣意書の第四論旨を按ずるに其要旨は本件予審請求書には作成の場所の記載あることなければ同請求書は法律の規定に遵拠せずして作成せられたるものなり。
果して然らば同請求書は無効に属すべきものなれば本件の起訴は不適法にして公訴は受理せらるべきものに非ずと云ふに在れども◎同請求書を査閲するに予審を求めたる検事新免峯彦の頭書に「和歌山地方裁判所検事」との記載あることと其の請求書に「和歌山地方裁判所検事局」と刻して庁印の押捺あることとに由りて其作成の場所は和歌山地方裁判所検事局内なること自から明白なり。
而して苟も同請求書の自体に徴して其作成場所の明白にして疑の存する余地なきこと斯の如くなる以上は同請求書は法律の規定に適合して作成せられたるものと謂ふべくして同規定に違背して作成せられたるものと謂ふべからず。
然らば則ち同請求書は有効のものなれば本件の起訴は適法にして原院が公訴を受理して審判を遂けたるは相当とす。
因で本論旨へ理由なし。
被告安吉上告趣意書の一は原判決は「被告安吉は右庄之助友吉より熊一に係る割石代金請求事件に付、明治三十八年四月二十八日及同年五月八日の二回に妙寺区裁判所に証人として出頭し宣誓の上証言を為すに当り明治三十七年七月二十七日より八月十二日迄の間に川尻土木工事用石材三万三千二百七十貫匆を運搬して熊一に直接引渡し其都度割石の数量を運搬人各自の帳簿に記載して認印を貰ひ置きたる旨及割石受取帳の認印は熊一が押捺したる旨の孰れも其確信に背きたる不実の陳述を為し其犯意を継続して偽証したるものなり。」と認定したり。
抑も不実は真実に対し相対関係を有する事柄なるが故に或事柄を不実なりとするには其反面たる真実を指定し之に反するが故に其事柄が不実なりとの断定を為さざるべからざるは当然の論理なりとす。
然るに原院は前記の如く只確信に反する陳述を為したるが故に虚偽なりと偏断し去りて其前提たるべき真実に付ては何等之に言及せざるのみならず被告の確信は那辺に存在せしやをも明示せざるは理由不備ある断定なりと云はざるべからずと云ふに在れども◎本論旨の理由なきことは既に被告平助上告趣意書の一の論旨に対し弁明したれば就きて了解すべし。
二は本件予審請求書記載の公訴事実に依れば「共謀して金員を騙取せんことを企で（中略）被告平助常助（常助は被告を指す）は証人として同裁判所に於て宣誓の上平助は石材代金の内八十円を両度に熊一より受取たる旨常助は石材を熊一に引渡したる旨孰れも偽証し訴訟進行中発覚して未だ金員騙取の目的を遂け得ざるもの」とありて右に依れば被告に対して起訴ありたるは被告が石材を熊一に直接引渡したりとの証言事項即ち妙寺区裁判所に於ける四月二十八日の供述が偽虚なりと云ふに在りて五月八日の供述即ち割石受取帳に認印し呉れたるは確かに野口熊一なりとの証言に付ては何等の訴追なかりしものなりとす。
然るに原院は審理を之に及ぼし判決を為したるは請求なき事件を審理したる失当ありて判決は破毀せらるべきものと信ずと云ふに在り◎因で同予審請求書を査閲するに其被告事件の摘示中に被告常助は「石材を熊一に引渡したる旨を偽証したる事実」を掲げたるのみにして「割石受取帳の認印は熊一が押捺したる旨を偽証したる事実」を掲げざりしことは論旨の如し凡そ検事は予審請求書に被告事件の概略を示して其事件の詳細を附属の書類に譲り以て予審を求むることを通例とするものなれば訴追事実の一部が同請求書に掲げられ其他の一部が同請求書に掲げられざりしも苟も其附属書類に明記せらるる以上は検事が其全部の事実を起訴したるものなること論を俟たず。
去れば前顕記する所の「割石受取帳の認印は熊一が押捺したる旨を偽証したる事実の如きは予審請求書に掲げられざりしも其附属の告訴状（九頁裏面）に明記せられたるものなれば第一審検事が偽証の名義を以て之をも包括して起訴したること明なり。
然則原院が審理を遂け前顕の事実をも偽証したるものと認定し被告に有罪の言渡を為したるは相当にして論旨の如き違法あることなし
三は西永庄之助中谷友吉上告趣意書の第四論旨は被告の論旨に援用すと云ふに在れども◎本論旨の理由なきことは既に被告安吉上告趣意書第二の論旨に対し弁明したれば就きて了解すべし。
被告四名弁護人高木益太郎第二上告弁明書は原判決理由中「原判決を検するに被告庄之助及友吉に対する偽証教唆の公訴事実は既に本件予審終結決定に於て免許の言渡確定し、而して其後検事より再起訴の手続存せざるものなるに不拘右被告両名に対し偽証教唆の事実を認定し法律を適用して之を処罰したる如き不法あり。」との説示あり若其事実にして果して原判決説示の如しとするも第一審に於ては此点に付、被告に有罪を宣告したるものなれば原院に於て此点に対し主文に於て相当の判示を為すべき筋合なるに其措置茲に出でさるは失当なりと云ふに在り◎因で按ずるに第一審検事は訟廷に於て被告西永庄之助中谷友吉に対し偽証教唆の訴追を為し（第四回第一審公判始末書記録三〇〇頁）第一審裁判所は審理の結果被告両名に対し偽証教唆の事実ありと認定し処罰を為したり。
而して原判決を査するに原院は被告庄之助及友吉に対する偽証教唆の公訴事実が既に予審終結決定にて免訴せられて其の言渡確定せるを以て第一審裁判所は検事の再起訴あるに非ざれば其の事実を審判することを得ざるに同裁判所が其の事実を認定し被告両名を処罰したることを不法なりとし第一審判決を取消したれども主文には何等の判断を示さざりしなり。
思ふに第一審検事の訴追の果して正当なるや否やは措きて論せず苟も検事に於て偽証教唆の事実ありとし訴追を為したる以上は形式上公訴の提起ありたるものなれば原院が控訴を受理して審判するときは判決主文に第一審検事の起訴事実に対し之が判決を下さざるべからず。
而るに原院の措置茲に出でさりしは請求を受けたる事件に付、判決を為さざる失当あるものなれば本論旨は理由ありて原判決中被告庄之助友吉に関する部分は全部破毀を免れず。
而して弁護人の弁明書中の其余の論旨は総へて被告庄之助友吉に関するものにして被告瓦間平助岩見安吉に関するものに非ざるを以て庄之助友吉の上告趣意書と共に弁明の必要なければ其の当否を判示せず
右の理由なるを以て被告瓦間平助岩見安吉の上告は刑事訴訟法第二百八十五条に依り之を棄却し原判決中被告西永庄之助中谷友吉に係る部分は同法第二百八十六条に依り其の全部を破毀し更に審判を為さしむる為め事件を名古屋控訴院に移送す
検事山本忠彦干与明治四十年一月十七日大審院第二刑事部
