明治三十九年(れ)第七九一號
明治三十九年九月十八日宣告
◎判决要旨
- 一 實地臨檢ノ場所ニ於テ鑑定ヲ命スルカ如キハ臨檢處分上必要ノ行爲ナルヲ以テ臨檢ノ决定中ニ當然包含セルモノトス
右恐喝取財被告事件ニ付明治三十九年六月二十二日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意ハ原判决ハ擬律ニ錯誤アル不法ノ判决ナリ原院カ認メタルカ如キ事實ナリトスルモ上告人カ正當ニ囘復シ得ヘキ利益ヲ取得スルカ爲メ爲シタル權利實行ノ行爲タルニ過キサレハ恐喝取財ヲ以テ論ス可キモノニアラス即チ原院判决ハ破毀ヲ免レサルモノト信スト云ヒ」辯護人村松山壽高木益太郎
上告趣意擴張書ハ原判决事實認定ニ依レハ上告人久藏ハ自己所有ノ小屋ヲ早阪孫三郎早阪周助及ヒ國分梅吉等ノ爲メニ燒燬セラレ二百圓程ノ損害ヲ被ムルニ至レリ茲ニ於テ久藏ハ加害者中ノ一人孫三郎ノ父早阪半兵衛伯父早阪長藏ニ對シ傳兵衛ヲ介シテ孫三郎等ノ詑書ヲ自分ニ差入レシメヨト談シタル後放火事件ヲ内濟ニ爲サント欲セハ半兵衛ノ所有ニ係ル居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩竝ニ久藏及ヒ長藏ノ共有ナル大字同上字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩ニ對スル長藏ノ持分ヲ久藏ニ無償ニテ讓渡ス可シ然ラサレハ之レヲ告訴シ處分セシムヘシト恐喝シ半兵衛長藏ハ孫三郎ヲ思フノ餘リ告訴セラレン事ヲ畏懼シ久藏ノ要求ニ應シ前記二筆ノ山林ヲ同人ニ無代價ニテ讓與スルコトヽ爲シ表面上五十圓ニテ賣渡ス旨ノ賣渡證書ヲ騙取シ之ヲ以テ恰カモ五十圓ニテ賣買シタルモノヽ如ク登記ヲ了シタリト云フニ在リ果シテ然ラハ久藏ノ所爲ハ决シテ恐喝取財罪ヲ構成スヘキモノニアラス何トナレハ久藏ハ孫三郎等ノ不法行爲ニヨリ二百圓ノ損害ヲ被リタルモノナレハ加害者ニ對シ連帶ノ求償權ヲ有ス而シテ之レヲ實行スル方法トシテ或ハ裁判上タルト裁判外タルト將又民事裁判所ニ起訴スルト刑事裁判所ニ訴求スルトハ久藏ノ隨意ナリ故ニ加害者中ノ一人ナル孫三郎ニ對スル請求方法トシテ前記ノ如ク半兵衛長藏ニ交渉シテ二筆ノ山林(實價百二十圓)ヲ損害ノ對價トシテ要求シ若シ之レニ應セスンハ告訴スヘシト恐喝シ遂ニ兩人承諾シ所謂示談上内濟シタルモノニシテ全ク權利實行ノ範圍内ニ屬スヘク彼ノ他人ノ祕密ヲ握リ之ヲ恐喝シテ財物ヲ騙取スルカ如キ無權利ノ行爲トハ全然其趣ヲ異ニス要之本件事實ハ明ニ犯罪ヲ構成セサルノミナラス現ニ御院ニ於テ明治三十九年四月十日附「被告日野金作黒木淺次郎兩名ニ對スル恐喝取財被告事件ニ付キ「云々是故ニ權利囘復ノ爲メ人ヲ欺罔又ハ恐喝スルハ其措置妥當ナラスト雖モ是ヲ以テ直ニ其行爲ヲ詐欺取財罪ナリト論定スルコトヲ得サルモノトス而シテ本件ハ前示ノ如ク被告金作カ相續開始ニ因リ取得シタル地所ノ取戻ヲ爲スカ然ラサレハ地所ノ價格ヲ賠償セシムル爲メ作次等ヲ恐喝シ遂ニ地所ノ價格ニ相當スル金二百五十圓ヲ其對價トシテ取得シタルモノニシテ權利囘復ノ爲メ人ヲ恐喝シタルニ外ナラサレハ被告ノ所爲ハ恐喝取財罪ヲ構成セサルヲ以テ」云々ト判决シタル先例ヲ無視シタル不法ノ裁判ナルヲ以テ御院ニ於テ原判决ヲ破毀シ直ニ無罪ノ判决ヲ下ス可キモノト信スト云ヒ」辯護人高木益太郎上告辯明書一ハ凡ソ財産ニ對スル罪ハ他人ニ對シ財産上ノ請求權ヲ有セサルモノカ他人ノ財産權ヲ侵害スルニ因リテ成立スルモノニシテ自己ノ請求權ノ範圍内ニ於テ權利ヲ實行シタル結果トシテ被請求者カ財産上ノ不利益ヲ被ルコトアルモ其權利ノ行使ヲ犯罪トナスコト能ハサルハ勿論ナルカ故ニ自己ノ取得スヘキ權利ヲ實行スル爲メ欺罔若クハ恐喝ヲ用ヒテ之ヲ取得スルモ詐欺取財ヲ構成セサルハ勿論ナリトス此論旨ハ御院判决ノ明カニ認容セラルヽ所ナリ明治三十九年(れ)第二五九號同年四月十日宣告判决ニ依レハ該事件事實ノ要領ハ「日野作次ニ於テ養父茂三郎ノ死後被告金作カ茂三郎ノ死亡ニ因リ當然相續スヘキ田一反三畝五歩(時價二百五十圓以上)ノ賣渡證書登記申請委任ノ日附ヲ溯記シ茂三郎生前賣渡ノ合意アリタルモノヽ如ク裝ヒ養母テイニ所有權移轉ノ登記ヲ爲シタルコトヲ發見シタルヨリ被告兩人相謀リテ作次ヲシテ登記ノ取消ヲ爲サシムルカ然ラサレハ地所ノ價格ヲ賠償セシメントノ目的ヲ以テ作次新平等ニ對シ同人等ヲ告訴シテ懲役ニ陷レ其地所ヲ取戻ス手續ヲ爲スヘキ旨ヲ申聞ケタルニ作次等ニ於テ地所ノ賣買ハ其儘ニ爲シ金員ニテ内濟シ呉ルヘキ旨ヲ申込ミタルヨリ地所ヲ返サスハ金三百圓ヲ出スヘシ然ラサレハ告訴シテ懲役ニ陷シタル上地所ヲ取戻スヘシト答ヘタルモ結局金二百五十圓ニテ示談相調ヒ被告等ハ右地所ノ對價トシテ金二百五十圓ノ交付ヲ受ケタリ」ト云フニ在リ而シテ右判决ハ判示シテ曰ク「正當ニ得ヘキ利益ヲ取得スル爲メ欺罔又ハ恐喝ノ手段ヲ用ユルハ公力ニヨラスシテ其措置素ヨリ妥當ナラスト雖モ之ヲ以テ正當ナル權利ノ實行ニ至ルマテ犯罪トシテ以テ行爲者ニ刑事上ノ責ヲ負ハシムル理由ト爲スニ足ラス」トセリ由是觀之該事件ニ於テ被告等ノ作次ニ對スル申聞ケハ被告等カ權利恢復ノ爲メ法律上認メラレタル適法手段ヲ實行スヘキ旨ノ豫告タルニ過キスシテ之ヲ以テ詐欺取財ノ構成要件タル恐喝ナリト爲スコトヲ得スト云フニ基ク蓋シ恐喝取財ハ不法ナル恐喝ニ因ル不法ナル取財ヲ以テ成立スルモノニシテ不法ナル恐喝トハ不法ナル害惡ノ告知(明示默示)ニ因リ被告知者ヲ畏怖セシムル場合ニ限リテ存スヘキ觀念タルヘキカ故ニ前掲事實ノ如キハ亦不法ナル恐喝テウ要素ヲ欠ク點ニ於テ恐喝取財ヲ構成セサルモノト論セサルヘカラサレハナリ本件原判决ノ認定セラレタル事實ノ如キ亦素ヨリ正當ナル自己ノ賠償要求權ヲ實行スルカ爲メ其要求ニ應セサルニ於テハ裁判所ニ訴求シテ之ヲ強制スヘシトノ豫告ヲナシタルモノニ外ナラスシテ唯公ノ力ニ因リ其救濟ヲ仰カサルハ少シク妥當ノ措置ヲ欠クト雖モ之ヲ以テ權利實行ニ至ル迄犯罪トシテ行爲者ニ刑事上ノ責ヲ負ハシムルノ理由トナスニ足ラサルモノナリ原判决ハ畢竟不當ニ法律ヲ適用シタルモノニシテ破毀ノ原因アルモノトスト云フニ在リ◎因テ按スルニ正當ニ取得シタル權利ヲ實行スル爲メ恐喝手段ヲ用ユルハ其措置固ヨリ妥當ナラサルモ恐喝取財罪ヲ構成セサルコトハ本院カ明治三十九年(れ)第二五九號日野金作黒木淺次郎ニ對スル恐喝取財被告事件ニ付キ判示シタルカ如シト雖モ原判决ニ依レハ本件ノ事實ハ「被告久藏ハ明治三十八年五月五日被告所有ノ小屋ニ放火シ終ニ其全棟及ヒ其中ニ藏置ノ材木等ヲ灰滅セシメ以テ二百圓程ノ損害ヲ被告ニ被ラシメタルモノハ早阪孫三郎(今茲二十一歳)早阪周助及ヒ國分梅吉ノ三名ナリシコトヲ明治三十九年二月初旬頃梅吉孫三郎等ノ自白ニ依リ之ヲ知リタルヲ以テ孫三郎ヲ告訴シ處分セシムヘシトノコトヲ以テ同人ノ父早阪半兵衛及ヒ伯父早阪長藏ヲ恐喝シ賣買名義ヲ以テ被告ノ豫テ屬望セル被告ノ宅地ト境ヲ接スル所ノ半兵衛所有ニ係ル居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩竝被告及長藏ノ共有ナル大字同上字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩ニ對スル長藏ノ持分ヲ被告ニ無償讓與ヲ爲サシメ以テ之ヲ騙取セント欲シ同月八日被告ハ半兵衛ノ親類國分傳兵衛方ニ至リ昨年五月被告ノ小屋ニ放火シ其貯藏品ヲ併セ價格二百圓程ノ物ヲ烏有ニ歸セシメタルハ孫三郎梅吉等ノ所爲ナリシコト其自白ニ依リ明了セリト述ヘ尚ホ附加スルニ先年被告ノ本家ニ放火シ三千餘圓ノ大損害ヲ被告ニ被ラシメタル者亦他ニ在ラスシテ半兵衛長藏等ノ弟長作ナリトノコトハ風評ニ依リ知得セリトノコトヲ以テシ此者等ヲシテ詑書ヲ被告ニ差入レシメヨト談シ傳兵衛ヲシテ其趣ヲ半兵衛ニ申入レシメ其事ノ未タ取纒ラサル前同月十日又傳兵衛ニ對シ孫三郎ノ放火事件ヲ内濟ニ爲サント欲セハ前掲ノ山林ヲ金五十圓ヲ以テ賣渡シタルコトヽ爲シ被告ニ讓與セシムヘシト掛合ヒ又傳兵衛ヲシテ其事ヲ半兵衛ニ傳ヘシメ而シテ之ニ對スル返答ヲ待タスシテ被告自ラ同夜半兵衛方ニ至リ山林二筆ヲ無償ニテ讓渡サハ告訴シテ罪ヲ糺スカ如キコトヲ爲サヽルモ否ラサレハ告訴シ處分セシムヘシ縱令下手者ハ他ニ在リトスルモ現場ニ同行シタル上ハ同罪ニシテ重刑ヲ免レ得サルヘシト云ヒ聞ケタルヲ以テ半兵衛長藏等ハ孫三郎ヲ思フノ餘深ク被告ノ爲メ告訴セラレンコトヲ畏怖シ已ムヲ得スシテ其要求ニ應シ別ニ代價ヲ受領セスシテ其山林ヲ讓與スルコトヽ爲シタルニ因リ被告ハ外觀全ク孫三郎ノ放火事件ニ關係ナキモノヽ如ク裝ハン爲メ日附ヲ溯ラセテ明治三十八年十二月二十日ト爲シ且代金五十圓ヲ以テ賣渡スコトヲ約定シタル旨ノ生立樹木ヲ併セ實價百二十餘圓ノ前掲山林二筆ニ對スル賣渡證書ヲ作成シ翌十一日半兵衛方ニ送致シ以テ半兵衛長藏ヲシテ之ニ押印セシメ同日自宅ニ於テ傳兵衛ノ手ヲ經テ之ヲ受取リ右證書ヲ騙取シ尋テ同月二十一日被告方ニ登記代人齋藤徳兵衛ノ來リシトキ被告ハ密ニ長藏ニ對シ後ニ返戻スヘキ旨ヲ云ヒ聞ケ徳兵衛ノ面前ニ於テ代金ナリトシテ金五十圓ヲ長藏ニ交付シ而シテ其去ルヤ直チニ追踵シテ途中其金ヲ長藏ヨリ取戻シ又右山林ニ付テハ賣買ノ登記ヲ受ケ以テ無償讓與ノ事跡ヲ掩蔽シタリ」ト云フニ在リテ右事實ノ認定ニ依レハ被告カ金二百圓程ノ損害ヲ受ケタルハ早阪孫三郎(二十一歳)早阪周助國分梅吉ノ行爲ニ因リタルモノニシテ早阪半兵衛早阪長藏ノ行爲ニ因リタルニアラサルノミナラス半兵衛ハ孫三郎ノ父長藏ハ其伯父タル關係アルニ止リ同人ハ被告ニ對シ民法上孫三郎ノ加ヘタル損害ヲ賠償スルノ責アルモノニアラサレハ被告ハ半兵衛長藏ノ兩人ヲシテ其損害ヲ賠償セシムルノ權ナキヤ自明ノ理ナリ左レハ本件ハ明治三十九年(れ)第二五九號恐喝取財事件ニ於ケルカ如ク正當ノ權利アル者カ義務者ヲシテ其義務ヲ盡サシムル爲メ恐喝手段ヲ用ヒタル事實ニハアラスシテ同事件ノ場合トハ大ニ其趣ヲ異ニセリ即チ前示原判决ノ趣旨ハ之ヲ要スルニ被告久藏ハ其所有ノ小屋ニ放火シテ被告ニ二百圓程ノ損害ヲ被ラシメタルモノハ早阪孫三郎(二十一歳)外二名ナリシコトヲ同人等ノ自白ニ依リ知リタルヨリ孫三郎ヲ告訴シ處分セシムヘシトノコトヲ以テ其父半兵衛及ヒ其伯父長藏ヲ恐喝シ其所有ニ係ル本件山林ヲ騙取セント欲シ同人等ニ對シ被告ノ小屋ニ放火シ其貯藏品ヲ併セ價額二百圓程ノ物ヲ烏有ニ歸セシメタルハ孫三郎梅吉等ノ所爲ナルコト自白ニ依リ明了セリ之ヲ内濟ニセント欲セハ前記山林ヲ無償ニテ讓渡サハ告訴シテ罪ヲ糺スカ如キコトヲ爲サヽルモ否ラサレハ告訴シテ處分セシムヘシ云々ト申向ケ同人等ヲシテ畏懼ノ念ヲ生セシメ本件山林賣渡證書ニ捺印セシメテ以テ之ヲ騙取シ尋テ賣買證書ヲ受ケタリト云フニ歸着シ被告ハ孫三郎等カ被告ノ小屋ニ放火シタルヲ自白シタルヲ奇貨トシ孫三郎ト親子又ハ叔姪ノ關係アルノミニシテ被告ニ對シテハ何等ノ義務ナキ半兵衛長藏等ヲ恐喝シテ山林賣渡證書ヲ騙取シタルモノニシテ義務者ニ對シ其權利ノ實行ヲ爲ス爲メ恐喝手段ヲ用ヒタルモノニアラサレハ原院カ被告ノ所爲ヲ恐喝取財罪ニ問擬シタルハ相當ニシテ右論旨ハ何レモ上告ノ理由ナシ
二ハ原判决ハ第一審受命判事ノ命シタル鑑定人小屋小右衛門ノ鑑定ヲ採ツテ罪證ニ供シタリ今記録ヲ査スルニ第一審公判ニ於テハ明治三十九年四月二十七日開廷ノ際辯護人請求ノ檢證ノ件ハ之ヲ許容ス其他ノ請求ハ之ヲ却下ス檢證ハ受命判事ヲシテ之ヲ執行セシムル旨ノ記載アリテ則チ該受命判事ハ唯檢證ヲナスコトノ職權ヲ有スルノミ公判ニ於テ採容セサリシ其他ノ證據調(鑑定命令ノ如キ)ヲ獨斷ニテ决定執行スル如キハ越權不法ノ措置ニシテ依ツテ得タル鑑定書ハ素ヨリ有效ナルモノニアラス然ラハ即チ原判决ニ之ヲ採用シタルハ其採證ヲ謬リタル失當アルモノナリト云フニ在レトモ◎實地臨檢ノ場所ニ於テ鑑定ヲ命スルカ如キコトハ臨檢處分上必要ノ行爲ナルヲ以テ臨檢ノ决定中ニ當然包含スルモノトス故ニ第一審ニ於ケル受命判事大内有則カ實地臨檢ノ場所ニ於テ山林ノ價格取調ノ爲メ小屋十右衛門ニ鑑定ヲ命シタルハ不法ニアラサルヲ以テ原院カ小屋十右衛門ノ作成シタル鑑定書ヲ斷罪ノ資料ニ供シタルハ採證ノ法則ニ違背シタルモノニアラス
三ハ原判决證據説明ノ部ニ「鑑定人小屋十右衛門ノ鑑定書ニ字白須賀二千九百七十八番ノ山林ノ杉木及地所ノ全價格ハ金五十八圓ナル旨記載」ト説示セラルヽモ同鑑定書ヲ査スルニ「一、字白須賀二千九百七十八番山林ニ生立セル杉木ノ價格金四十八圓一、右杉木ヲ除キタル地所一反五畝歩位ノ價格但實地一反歩價格十圓合計金五十八圓」トアリテ右地所ノ價格一反歩ニ付キ金十圓ナラハ杉木ヲ除キタル地所一反五畝歩位ノ價格ハ金十五圓位ナラサルヘカラス果シテ然ラハ右合計ノ價格ハ五十八圓ニアラスシテ六十三圓位ナラサルヘカラサル筋合ナリ原判决ハカヽル違算アル鑑定書ヲ其儘採テ判斷ノ基本トナシタルモノニシテ破毀セラルヘキ不法アルモノナリト云フニ在レトモ◎鑑定人小屋十右衛門ノ鑑定書中「一右杉木ヲ除キタル地所一反五畝歩位ノ價格但實地一反歩價格金十圓」トアルハ即チ鑑定スヘキ地所ハ一反五畝歩位トアルモ其實地ハ一反歩ニシテ價格ハ金十圓ナリトノ趣旨ナルコト其文面上自ラ明カナルヲ以テ本論旨ハ其謂ハレナキモノトス
辯護人若松久米吉上告趣旨追加擴張書ハ原判决事實認定中其前段ニ於テ被告カ半兵衛ノ所有ニ係ル居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩竝ニ久藏及ヒ長藏ノ共有ナル大字同所字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩ニ對スル長藏ノ持分ヲ騙取セント决意シタリト認定シ後段ニ於テハ證書騙取ニ認定セリ是レ犯罪ノ决意ト犯行トノ連絡ナキ認定ナルノミナラス恐喝シテ證書ヲ騙取シタリトノ點ニ付テハ是ヲ認ムヘキ何等證憑ヲ示サヽル違法アルモノナリト云フニ在レトモ◎原判决ニ依レハ被告ハ早阪半兵衛及ヒ早阪長藏ヲ恐喝シテ本件山林ヲ騙取センコトヲ企テ同人等ヲ恐喝シテ代價ヲ受領セスシテ其山林ヲ讓與セシムルコトヽ爲シタルモ表面賣買ヲ爲シタルモノヽ如ク裝ハン爲メ代金五十圓ヲ以テ賣渡スコトヲ約定シタル旨ノ生立樹木ヲ併セ實價百二十餘圓ノ本件山林二筆ニ對スル賣渡證書ヲ作成シ半兵衛方ニ送致シ半兵衛長藏ヲシテ之レニ捺印セシメ傳兵衛ノ手ヲ經テ之レヲ受取リ右證書ヲ騙取シ尋テ其賣買登記ヲ受ケタルモノニシテ被告カ山林ノ賣渡證書ヲ受取リタルハ山林ヲ騙取スル手續ニ過キスト雖モ半兵衛等ヲ恐喝シタル結果ニシテ刑法第三百九十條ニ所謂人ヲ恐喝シテ證書類ヲ騙取シタルニ該當スルヲ以テ原院ハ被告カ半兵衛等ヨリ賣渡證書ヲ受取リタル時ヲ以テ恐喝取財罪ハ已ニ成立セルモノト爲シ被告ヲ處罰シタルモノニシテ原判决ハ犯罪ノ决意ト犯罪行爲トノ連絡ナキ事實ノ認定ヲ爲シタルモノニアラサルハ勿論證書騙取ノ點ニ付テハ被告久藏證人早阪半兵衛國分傳兵衛早阪長藏等ノ對質訊問調書ノ記載ト其他原判文列記ノ各證憑ヲ綜合シテ其事實ヲ認定シタルコト原判文上明白ナルヲ以テ原判决ハ證據理由ノ明示ニ於テ毫モ缺クル所ナシ故ニ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事小宮三保松干與明治三十九年九月十八日大審院第一刑事部
明治三十九年(レ)第七九一号
明治三十九年九月十八日宣告
◎判決要旨
- 一 実地臨検の場所に於て鑑定を命ずるが如きは臨検処分上必要の行為なるを以て臨検の決定中に当然包含せるものとす。
右恐喝取財被告事件に付、明治三十九年六月二十二日宮城控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告は上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
上告趣意は原判決は擬律に錯誤ある不法の判決なり。
原院が認めたるが如き事実なりとするも上告人が正当に回復し得べき利益を取得するか為め為したる権利実行の行為たるに過ぎざれば恐喝取財を以て論す可きものにあらず。
即ち原院判決は破毀を免れざるものと信ずと云ひ」弁護人村松山寿高木益太郎
上告趣意拡張書は原判決事実認定に依れば上告人久蔵は自己所有の小屋を早坂孫三郎早坂周助及び国分梅吉等の為めに焼燬せられ二百円程の損害を被むるに至れり茲に於て久蔵は加害者中の一人孫三郎の父早坂半兵衛伯父早坂長蔵に対し伝兵衛を介して孫三郎等の詑書を自分に差入れしめよと談したる後放火事件を内済に為さんと欲せば半兵衛の所有に係る居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩並に久蔵及び長蔵の共有なる大字同上字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩に対する長蔵の持分を久蔵に無償にて譲渡す可し然らざれば之れを告訴し処分せしむべしと恐喝し半兵衛長蔵は孫三郎を思ふの余り告訴せられん事を畏懼し久蔵の要求に応し前記二筆の山林を同人に無代価にて譲与することと為し表面上五十円にて売渡す旨の売渡証書を騙取し之を以て恰かも五十円にて売買したるものの如く登記を了したりと云ふに在り果して然らば久蔵の所為は決して恐喝取財罪を構成すべきものにあらず。
何となれば久蔵は孫三郎等の不法行為により二百円の損害を被りたるものなれば加害者に対し連帯の求償権を有す。
而して之れを実行する方法として或は裁判上たると裁判外たると将又民事裁判所に起訴すると刑事裁判所に訴求するとは久蔵の随意なり。
故に加害者中の一人なる孫三郎に対する請求方法として前記の如く半兵衛長蔵に交渉して二筆の山林(実価百二十円)を損害の対価として要求し若し之れに応せずんば告訴すべしと恐喝し遂に両人承諾し所謂示談上内済したるものにして全く権利実行の範囲内に属すべく彼の他人の秘密を握り之を恐喝して財物を騙取するが如き無権利の行為とは全然其趣を異にす要之本件事実は明に犯罪を構成せざるのみならず現に御院に於て明治三十九年四月十日附「被告日野金作黒木浅次郎両名に対する恐喝取財被告事件に付き「云云是故に権利回復の為め人を欺罔又は恐喝するは其措置妥当ならずと雖も是を以て直に其行為を詐欺取財罪なりと論定することを得ざるものとす。
而して本件は前示の如く被告金作が相続開始に因り取得したる地所の取戻を為すか然らざれば地所の価格を賠償せしむる為め作次等を恐喝し遂に地所の価格に相当する金二百五十円を其対価として取得したるものにして権利回復の為め人を恐喝したるに外ならざれば被告の所為は恐喝取財罪を構成せざるを以て」云云と判決したる先例を無視したる不法の裁判なるを以て御院に於て原判決を破毀し直に無罪の判決を下す可きものと信ずと云ひ」弁護人高木益太郎上告弁明書一は凡そ財産に対する罪は他人に対し財産上の請求権を有せざるものが他人の財産権を侵害するに因りて成立するものにして自己の請求権の範囲内に於て権利を実行したる結果として被請求者が財産上の不利益を被ることあるも其権利の行使を犯罪となすこと能はざるは勿論なるが故に自己の取得すべき権利を実行する為め欺罔若くは恐喝を用ひて之を取得するも詐欺取財を構成せざるは勿論なりとす。
此論旨は御院判決の明かに認容せらるる所なり。
明治三十九年(レ)第二五九号同年四月十日宣告判決に依れば該事件事実の要領は「日野作次に於て養父茂三郎の死後被告金作が茂三郎の死亡に因り当然相続すべき田一反三畝五歩(時価二百五十円以上)の売渡証書登記申請委任の日附を遡記し茂三郎生前売渡の合意ありたるものの如く装ひ養母ていに所有権移転の登記を為したることを発見したるより被告両人相謀りて作次をして登記の取消を為さしむるか然らざれば地所の価格を賠償せしめんとの目的を以て作次新平等に対し同人等を告訴して懲役に陥れ其地所を取戻す手続を為すべき旨を申聞けたるに作次等に於て地所の売買は其儘に為し金員にて内済し呉るべき旨を申込みたるより地所を返さずは金三百円を出すべし。
然らざれば告訴して懲役に陥したる上地所を取戻すべしと答へたるも結局金二百五十円にて示談相調ひ被告等は右地所の対価として金二百五十円の交付を受けたり」と云ふに在り。
而して右判決は判示して曰く「正当に得べき利益を取得する為め欺罔又は恐喝の手段を用ゆるは公力によらずして其措置素より妥当ならずと雖も之を以て正当なる権利の実行に至るまで犯罪として以て行為者に刑事上の責を負はしむる理由と為すに足らず」とせり由是観之該事件に於て被告等の作次に対する申聞けは被告等が権利恢復の為め法律上認められたる適法手段を実行すべき旨の予告たるに過ぎずして之を以て詐欺取財の構成要件たる恐喝なりと為すことを得ずと云ふに基く蓋し恐喝取財は不法なる恐喝に因る不法なる取財を以て成立するものにして不法なる恐喝とは不法なる害悪の告知(明示黙示)に因り被告知者を畏怖せしむる場合に限りて存すべき観念たるべきが故に前掲事実の如きは亦不法なる恐喝てう要素を欠く点に於て恐喝取財を構成せざるものと論せざるべからざればなり。
本件原判決の認定せられたる事実の如き亦素より正当なる自己の賠償要求権を実行するか為め其要求に応せざるに於ては裁判所に訴求して之を強制すべしとの予告をなしたるものに外ならずして唯公の力に因り其救済を仰かざるは少しく妥当の措置を欠くと雖も之を以て権利実行に至る迄犯罪として行為者に刑事上の責を負はしむるの理由となすに足らざるものなり。
原判決は畢竟不当に法律を適用したるものにして破毀の原因あるものとすと云ふに在り◎因で按ずるに正当に取得したる権利を実行する為め恐喝手段を用ゆるは其措置固より妥当ならざるも恐喝取財罪を構成せざることは本院が明治三十九年(レ)第二五九号日野金作黒木浅次郎に対する恐喝取財被告事件に付き判示したるが如しと雖も原判決に依れば本件の事実は「被告久蔵は明治三十八年五月五日被告所有の小屋に放火し終に其全棟及び其中に蔵置の材木等を灰滅せしめ以て二百円程の損害を被告に被らしめたるものは早坂孫三郎(今茲二十一歳)早坂周助及び国分梅吉の三名なりしことを明治三十九年二月初旬頃梅吉孫三郎等の自白に依り之を知りたるを以て孫三郎を告訴し処分せしむべしとのことを以て同人の父早坂半兵衛及び伯父早坂長蔵を恐喝し売買名義を以て被告の予で属望せる被告の宅地と境を接する所の半兵衛所有に係る居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩並被告及長蔵の共有なる大字同上字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩に対する長蔵の持分を被告に無償譲与を為さしめ以て之を騙取せんと欲し同月八日被告は半兵衛の親類国分伝兵衛方に至り昨年五月被告の小屋に放火し其貯蔵品を併せ価格二百円程の物を烏有に帰せしめたるは孫三郎梅吉等の所為なりしこと其自白に依り明了せりと述べ尚ほ附加するに先年被告の本家に放火し三千余円の大損害を被告に被らしめたる者亦他に在らずして半兵衛長蔵等の弟長作なりとのことは風評に依り知得せりとのことを以てし此者等をして詑書を被告に差入れしめよと談し伝兵衛をして其趣を半兵衛に申入れしめ其事の未だ取纒らざる前同月十日又伝兵衛に対し孫三郎の放火事件を内済に為さんと欲せば前掲の山林を金五十円を以て売渡したることと為し被告に譲与せしむべしと掛合ひ又伝兵衛をして其事を半兵衛に伝へしめ。
而して之に対する返答を待たずして被告自ら同夜半兵衛方に至り山林二筆を無償にて譲渡さは告訴して罪を糺すが如きことを為さざるも否らざれば告訴し処分せしむべし縦令下手者は他に在りとするも現場に同行したる上は同罪にして重刑を免れ得ざるべしと云ひ聞けたるを以て半兵衛長蔵等は孫三郎を思ふの余深く被告の為め告訴せられんことを畏怖し己むを得ずして其要求に応し別に代価を受領せずして其山林を譲与することと為したるに因り被告は外観全く孫三郎の放火事件に関係なきものの如く装はん為め日附を遡らせて明治三十八年十二月二十日と為し、且、代金五十円を以て売渡すことを約定したる旨の生立樹木を併せ実価百二十余円の前掲山林二筆に対する売渡証書を作成し翌十一日半兵衛方に送致し以て半兵衛長蔵をして之に押印せしめ同日自宅に於て伝兵衛の手を経で之を受取り右証書を騙取し尋で同月二十一日被告方に登記代人斎藤徳兵衛の来りしとき被告は密に長蔵に対し後に返戻すべき旨を云ひ聞け徳兵衛の面前に於て代金なりとして金五十円を長蔵に交付し、而して其去るや直ちに追踵して途中其金を長蔵より取戻し又右山林に付ては売買の登記を受け以て無償譲与の事跡を掩蔽したり。」と云ふに在りて右事実の認定に依れば被告が金二百円程の損害を受けたるは早坂孫三郎(二十一歳)早坂周助国分梅吉の行為に因りたるものにして早坂半兵衛早坂長蔵の行為に因りたるにあらざるのみならず半兵衛は孫三郎の父長蔵は其伯父たる関係あるに止り同人は被告に対し民法上孫三郎の加へたる損害を賠償するの責あるものにあらざれば被告は半兵衛長蔵の両人をして其損害を賠償せしむるの権なきや自明の理なり。
左れば本件は明治三十九年(レ)第二五九号恐喝取財事件に於けるが如く正当の権利ある者が義務者をして其義務を尽さしむる為め恐喝手段を用ひたる事実にはあらずして同事件の場合とは大に其趣を異にせり。
即ち前示原判決の趣旨は之を要するに被告久蔵は其所有の小屋に放火して被告に二百円程の損害を被らしめたるものは早坂孫三郎(二十一歳)外二名なりしことを同人等の自白に依り知りたるより孫三郎を告訴し処分せしむべしとのことを以て其父半兵衛及び其伯父長蔵を恐喝し其所有に係る本件山林を騙取せんと欲し同人等に対し被告の小屋に放火し其貯蔵品を併せ価額二百円程の物を烏有に帰せしめたるは孫三郎梅吉等の所為なること自白に依り明了せり之を内済にせんと欲せば前記山林を無償にて譲渡さは告訴して罪を糺すが如きことを為さざるも否らざれば告訴して処分せしむべし云云と申向け同人等をして畏懼の念を生ぜしめ本件山林売渡証書に捺印せしめて以て之を騙取し尋で売買証書を受けたりと云ふに帰着し被告は孫三郎等が被告の小屋に放火したるを自白したるを奇貨とし孫三郎と親子又は叔姪の関係あるのみにして被告に対しては何等の義務なき半兵衛長蔵等を恐喝して山林売渡証書を騙取したるものにして義務者に対し其権利の実行を為す為め恐喝手段を用ひたるものにあらざれば原院が被告の所為を恐喝取財罪に問擬したるは相当にして右論旨は何れも上告の理由なし。
二は原判決は第一審受命判事の命じたる鑑定人小屋小右衛門の鑑定を採って罪証に供したり。
今記録を査するに第一審公判に於ては明治三十九年四月二十七日開廷の際弁護人請求の検証の件は之を許容す其他の請求は之を却下す検証は受命判事をして之を執行せしむる旨の記載ありて則ち該受命判事は唯検証をなすことの職権を有するのみ公判に於て採容せざりし其他の証拠調(鑑定命令の如き)を独断にて決定執行する如きは越権不法の措置にして依って得たる鑑定書は素より有効なるものにあらず。
然らば、即ち原判決に之を採用したるは其採証を謬りたる失当あるものなりと云ふに在れども◎実地臨検の場所に於て鑑定を命ずるが如きことは臨検処分上必要の行為なるを以て臨検の決定中に当然包含するものとす。
故に第一審に於ける受命判事大内有則が実地臨検の場所に於て山林の価格取調の為め小屋十右衛門に鑑定を命じたるは不法にあらざるを以て原院が小屋十右衛門の作成したる鑑定書を断罪の資料に供したるは採証の法則に違背したるものにあらず。
三は原判決証拠説明の部に「鑑定人小屋十右衛門の鑑定書に字白須賀二千九百七十八番の山林の杉木及地所の全価格は金五十八円なる旨記載」と説示せらるるも同鑑定書を査するに「一、字白須賀二千九百七十八番山林に生立せる杉木の価格金四十八円一、右杉木を除きたる地所一反五畝歩位の価格。
但実地一反歩価格十円合計金五十八円」とありて右地所の価格一反歩に付き金十円ならば杉木を除きたる地所一反五畝歩位の価格は金十五円位ならざるべからず。
果して然らば右合計の価格は五十八円にあらずして六十三円位ならざるべからざる筋合なり。
原判決はかかる違算ある鑑定書を其儘採で判断の基本となしたるものにして破毀せらるべき不法あるものなりと云ふに在れども◎鑑定人小屋十右衛門の鑑定書中「一右杉木を除きたる地所一反五畝歩位の価格。
但実地一反歩価格金十円」とあるは。
即ち鑑定すべき地所は一反五畝歩位とあるも其実地は一反歩にして価格は金十円なりとの趣旨なること其文面上自ら明かなるを以て本論旨は其謂はれなきものとす。
弁護人若松久米吉上告趣旨追加拡張書は原判決事実認定中其前段に於て被告が半兵衛の所有に係る居村大字清水字白須賀二千九百七十八番山林一畝十歩並に久蔵及び長蔵の共有なる大字同所字二日町二千九百八十七番山林八畝十五歩に対する長蔵の持分を騙取せんと決意したりと認定し後段に於ては証書騙取に認定せり是れ犯罪の決意と犯行との連絡なき認定なるのみならず恐喝して証書を騙取したりとの点に付ては是を認むべき何等証憑を示さざる違法あるものなりと云ふに在れども◎原判決に依れば被告は早坂半兵衛及び早坂長蔵を恐喝して本件山林を騙取せんことを企で同人等を恐喝して代価を受領せずして其山林を譲与せしむることと為したるも表面売買を為したるものの如く装はん為め代金五十円を以て売渡すことを約定したる旨の生立樹木を併せ実価百二十余円の本件山林二筆に対する売渡証書を作成し半兵衛方に送致し半兵衛長蔵をして之れに捺印せしめ伝兵衛の手を経で之れを受取り右証書を騙取し尋で其売買登記を受けたるものにして被告が山林の売渡証書を受取りたるは山林を騙取する手続に過ぎずと雖も半兵衛等を恐喝したる結果にして刑法第三百九十条に所謂人を恐喝して証書類を騙取したるに該当するを以て原院は被告が半兵衛等より売渡証書を受取りたる時を以て恐喝取財罪は己に成立せるものと為し被告を処罰したるものにして原判決は犯罪の決意と犯罪行為との連絡なき事実の認定を為したるものにあらざるは勿論証書騙取の点に付ては被告久蔵証人早坂半兵衛国分伝兵衛早坂長蔵等の対質訊問調書の記載と其他原判文列記の各証憑を綜合して其事実を認定したること原判文上明白なるを以て原判決は証拠理由の明示に於て毫も欠くる所なし。
故に本論旨は上告の理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事小宮三保松干与明治三十九年九月十八日大審院第一刑事部