明治三十九年（れ）第四九四號
明治三十九年六月十一日宣告
◎判决要旨
- 一 移民保護法第二十三條ノ犯罪ハ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタルコトト此行爲ヲ爲スニ付キ行政廳ノ許可ヲ受ケサリシコトヽノ二條件ヲ具備スルニ因リテ成立スルモノトス而シテ犯人ノ募集シタル渡航者ノ目的カ何國ニ渡航セントスルニ在ルヤハ犯罪ノ成立ニ何等ノ關係ヲ有セス
（參照）行政廳ノ許可ヲ受ケスシテ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタル者又ハ營業停止中ニ移民ヲ募集シ又ハ其ノ渡航ノ周旋ヲ爲シタル移民取扱人及代理人ハ二百圓以上千圓以下ノ罰金ニ處ス（移民保護法＄第二十三條）
右移民保護法違犯被告事件ニ付明治三十九年四月十六日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ各被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告榮八上告趣意書ハ一、被告榮八ハ清國上海ヘ渡航セント致シタルモノニシテ香港又ハ新嘉坡等ヘ渡航セントスルモノニ無之汽船ミネソタ號乘船ノ切符モ現ニ上海迄ニシテ其他所ヘ渡航スルノ意思及形跡ナキハ明白ナリ然ルニ苛酷ナル司法警察官ノ報告書又ハ被告ニ對スル聽取書中香港及新嘉坡ヘ渡航セント致シタルモノ云々トアルモ此記載ハ被告ノ發言セサル事柄ニシテ孰レモ錯誤ニ出テタル乎又ハ誣罔ニ出テタル乎毫モ信ヲ措クノ價値ナク從テ證據ト爲ルヘキ性質ノモノニ無之然ルヲ仍ホ之ヲ罰セントシタルハ採證ノ法ヲ錯リタル擬律ノ錯誤アルモノト信スト云フニ在リテ◎本論旨ハ要スルニ原判决ニ掲ケサル事實ヲ主張シ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定證據ノ取捨判斷ニ對シ非難ヲ加フルニ過キスシテ上告適法ノ理由ト爲ラス
二ハ訴訟關係人山田トノ山田マキ山室ツル古舘タカ等四名ノ聽取書中各自同一ニ上海渡航トアリテ香港新嘉坡等ノ記載ナク各自渡航目的地ノ上海ナルコトハ明白ナリ而シテ上海ハ自由渡航ノ制規アリテ互人該地ニ渡航スルコトハ自由ナレハ假リニ移民ヲ募集シテ同地ニ渡航セシメタリトスルモ之レ移民保護法ノ制裁ヲ受クヘキモノニ無之本件ハ寧ロ各地方ノ取締令（奉公人口入所ノ如）ノ如キ法令ノ支配ヲ受クヘキハ當然ナルモ移民保護法第六條同法第二十三條ヲ適用セラレタル第二審ノ判决ハ頗ル不法ニシテ擬律ノ錯誤アルモノトスト云フニ在レトモ◎論旨ノ前段ニ付テハ原院ハ其判决證據理由ノ部ニ示シタル各證據ヲ綜合考覈シテ事實理由ノ部ニ掲ケタル事實ノ認定ヲ爲シタルモノナルコト判文上自ラ明カナシテ唯リ所論ノ各聽取書ニ依據シ本件ノ事實ヲ認定シタルモノニアラス論旨ハ畢竟原院ノ職權ニ屬スル證據ノ取捨判斷ニ對シ云爲スルモノナルニ過キスシテ上告適法ノ理由ト爲ラス其後段ニ付テハ原判决ノ事實認定ハ被告等ハ清國上海ニ渡航スル者ヲ募集シ之ヲ同地ニ渡航セシムルノ行爲ヲ爲シタルモノナリト云フニアラス即チ新嘉坡ニ渡航シ下女奉公ニ服スヘキ婦女ヲ募リ山田トノ外三名ヲシテ之ニ應セシメ而シテ同地ニ渡航セシムルノ目的ニテ之ヲ米國汽船ミネソタ號船内ヘ密ニ乘込マシメ居リタルヲ發見セラレタルモノナリト云フニ在リテ而シテ被告等ハ右ノ行爲ヲ爲スニ付行政廳ノ許可ヲ得タル者ニアラサルコトハ載セテ原判决ニ明カナル所ナレハ右被告等ノ行爲ハ恰モ移民保護法第二十三條ニ所謂行政廳ノ許可ヲ受ケスシテ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタル者トアルニ該當スルヲ以テ原院カ其所爲ニ擬スルニ同法第六條第二十三條ヲ以テシタルハ相當ナリ且夫レ假令本件ノ被募集者タル右山田トノ等自身ノ渡航ノ目的地ハ所論ノ如ク上海ナリトスルモ原判决ニ明カナル如ク被告等ニシテ苟クモ是等ノ者ヲ新嘉坡ニ渡航セシムルノ目的ヲ以テ募集シタルモノナル以上ハ結局同法違反ノ罪ヲ免レサルモノト論斷セサルヘカラス何トナレハ同法第二十三條ニ「行政廳ノ許可ヲ受ケスシテ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタル者（中畧）ハ二百圓以上千圓以下ノ罰金ニ處ス」トアルヲ以テ要スルニ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタルコトヽ此行爲ヲ爲スニ付行政廳ノ許可ヲ受ケサリシコトヽノ二箇ノ條件タニ具備スルニ於テハ本罪ハ直ニ成立スヘク犯人ニ於テ募集シタル渡航者其者ノ目的カ何レノ國ニ渡航セントスルニ在ルヤノ問題ノ如キハ本罪ノ成立ニ關係ヲ有スルモノニアラサレハナリ故ニ何レヨリ觀察スルモ原判决ニハ所論ノ如キ不法アルコトナシ
三ハ山田トノ等四名ノ申立ニ清國上海ニ渡航シ下女奉公ヲ爲スノ目的ナリシトアルニ拘ハラス之ヲ以テ新嘉坡ニ渡航スル目的ナリトシ移民保護法違犯ノ犯罪ナリト認定セラルヽニハ刑事訴訟法第二百三條ノ規定ニ從ヒ證據ニ依リテ之ヲ認メタル理由ヲ明示セサル可ラス然ルニ第二審判决カ此點ニ對スル證據ヲ擧示セス漫然右四名ノ婦女カ新嘉坡ニ渡航スルノ目的ナリシカ如ク認定セラレタルハ理由ヲ付セサル違法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎前項ニ於テ既ニ説明セシ如ク原院ハ其判决證據理由中ニ掲ケタル各證據ヲ綜合シテ本件ノ事實ヲ認定シタルモノナルコト判文自體ニ照シテ明瞭ナレハ所論ノ事實ニ對シ證據上ノ理由ヲ明示セサル違法アリト云フヲ得サルヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ
被告善太郎上告趣意書ハ移民保護法第二十三條ノ所謂行政廳ノ許可ヲ受ケスシテ移民取扱人ノ行爲ヲ爲シタルモノトハ第一營業トシテ第二移民ヲ第三募集シ又ハ其渡航ヲ周旋スルモノタラサル可ラス移民ニアラサルモノヲ募集シ又ハ其渡航ヲ周旋スルモ該條ヲ適用スルコト能ハサルハ勿論ナリ然ルニ清國ニ渡航スルモノ等ハ移民保護法ノ適用ヲ受ケサル法律アルカ故ニ清國ニ渡航スルモノハ移民保護法ノ所謂移民ト云フコトヲ得ス去レハ清國上海ニ渡航スルモノヲ周旋シ又ハ之ヲ募集スルモ該條ヲ適用スルコト能ハサルコト甚タ明ナリ然ルニ原判决ノ山田トノ山田マキ古舘タカ山室ツルハ清國上海ニ渡航スル旨ヲ申立タル外其他ノ外國ニ渡航スル目的ナリシ旨ノ申立ヲ爲シタルコトナシ此申立ニヨレハ彼等ハ移民保護法ノ支配ヲ受クヘキ移民ト云フコトヲ得ス故ニ上告人ハ移民保護法ノ支配ヲ受クヘキ移民ノ募集又ハ渡航ノ周旋ヲ爲シタルモノニアラストノ事ハ原審ニ於テ主要ノ問題ナリキ飜テ原審判决ヲ見ルニ原審判决ニハ其共謀ノ趣旨ニ從ヒ（中畧）被告榮八ハ長崎市ニ於テ新嘉坡ニ渡航シ下女奉公ニ服スヘキ婦女ヲ募リ山田トノ山田マキ古館タカ山室ツルヲシテ之ニ應セシメ（中畧）右四名ノ婦女ヲ新嘉坡ニ渡航セシムル目的ヲ以テ私カニ乘込マシメ居リタル（中畧）モノナリト認定セリ故ニ原判决ハ山田トノ山田マキ古舘タカ山室ツルハ新嘉坡ニ渡航シ下女奉公ニ服スヘキ目的ヲ有シタルモノト認定シタルモノヽ如シト雖モ該判决ノ採用シタル證據ヲ査スルニ右四名ノ婦女カ新嘉坡ニ渡航スルノ目的ナリシコトヲ認ムルニ足ルヘキモノナシ元來右四名ノ婦女カ新嘉坡ニ渡航スルノ目的ナリシヤ否ヤハ本件犯罪ノ獨立要素ナルカ故ニ此事實ヲ認定センニハ刑事訴訟法第二百三條ノ所謂證據ニ仍リテ之ヲ認メタル理由ヲ明示セサル可ラス換言スレハ此獨立要素ニ對スル證據ヲ擧示セサル可ラス然ルニ原審判决カ此點ニ對スル證據ヲ擧示セス（却テ右四名ノ婦女ノ聽取書ヲ援用シ同人カ上海ニ渡航スル目的ナリシ旨ノ陳述ヲ掲ケ居レリ）漫然右四名ノ婦女カ新嘉坡ニ渡航スル目的ナリシモノヽ如ク認メタルハ刑事訴訟法第二百三條ノ所謂證據ニ仍リテ之ヲ認メタル理由ヲ明示スヘシトノ規定ニ違背シタルモノナリ若又原判决ハ右四名ノ婦女ハ新嘉坡ニ渡航スル目的ナリシコトヲ認メサリシモノトセンカ之レ即チ理由不備ノ判决ナリ何トナレハ清國上海ニ渡航スル目的ノ婦女ハ移民保護法ノ所謂移民ニアラスシテ新嘉坡ニ渡航スル目的ノ婦女ハ該法ノ所謂移民ナルカ故ニ右四名ノ婦女カ其何レニ屬スヘキモノナルヲ判定スルニアラサレハ移民保護法第二十三條ヲ適用スヘカラサルモノナレハ此點ニ對スル事實ノ認定ヲ欠キテ該條ヲ適用シタルハ理由不備ノ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎論旨ノ前段竝ニ末段ニ付テハ被告榮八ノ上告趣意書第二點ニ對スル説明ニ就キ又論旨ノ中段ニ付テハ前項ノ論旨ニ對スル説明ニ就テ何レモ其理由ナキコトヲ了解スヘシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事小宮三保松干與明治三十九年六月十一日大審院第二刑事部
明治三十九年（レ）第四九四号
明治三十九年六月十一日宣告
◎判決要旨
- 一 移民保護法第二十三条の犯罪は移民取扱人の行為を為したることと此行為を為すに付き行政庁の許可を受けざりしこととの二条件を具備するに因りて成立するものとす。
而して犯人の募集したる渡航者の目的が何国に渡航せんとするに在るやは犯罪の成立に何等の関係を有せず。
（参照）行政庁の許可を受けずして移民取扱人の行為を為したる者又は営業停止中に移民を募集し又は其の渡航の周旋を為したる移民取扱人及代理人は二百円以上千円以下の罰金に処す（移民保護法＄第二十三条）
右移民保護法違犯被告事件に付、明治三十九年四月十六日長崎控訴院に於て言渡したる判決を不法とし各被告より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
被告栄八上告趣意書は一、被告栄八は清国上海へ渡航せんと致したるものにして香港又は新嘉坡等へ渡航せんとするものに無之汽船みねそた号乗船の切符も現に上海迄にして其他所へ渡航するの意思及形跡なきは明白なり。
然るに苛酷なる司法警察官の報告書又は被告に対する聴取書中香港及新嘉坡へ渡航せんと致したるもの云云とあるも此記載は被告の発言せざる事柄にして孰れも錯誤に出でたる乎又は誣罔に出でたる乎毫も信を措くの価値なく。
従て証拠と為るべき性質のものに無之然るを仍ほ之を罰せんとしたるは採証の法を錯りたる擬律の錯誤あるものと信ずと云ふに在りて◎本論旨は要するに原判決に掲げざる事実を主張し原院の職権に属する事実の認定証拠の取捨判断に対し非難を加ふるに過ぎずして上告適法の理由と為らず
二は訴訟関係人山田との山田まき山室つる古館たか等四名の聴取書中各自同一に上海渡航とありて香港新嘉坡等の記載なく各自渡航目的地の上海なることは明白なり。
而して上海は自由渡航の制規ありて互人該地に渡航することは自由なれば仮りに移民を募集して同地に渡航せしめたりとするも之れ移民保護法の制裁を受くべきものに無之本件は寧ろ各地方の取締令（奉公人口入所の如）の如き法令の支配を受くべきは当然なるも移民保護法第六条同法第二十三条を適用せられたる第二審の判決は頗る不法にして擬律の錯誤あるものとすと云ふに在れども◎論旨の前段に付ては原院は其判決証拠理由の部に示したる各証拠を綜合考覈して事実理由の部に掲げたる事実の認定を為したるものなること判文上自ら明かなして唯り所論の各聴取書に依拠し本件の事実を認定したるものにあらず。
論旨は畢竟原院の職権に属する証拠の取捨判断に対し云為するものなるに過ぎずして上告適法の理由と為らず其後段に付ては原判決の事実認定は被告等は清国上海に渡航する者を募集し之を同地に渡航せしむるの行為を為したるものなりと云ふにあらず。
即ち新嘉坡に渡航し下女奉公に服すべき婦女を募り山田との外三名をして之に応せしめ。
而して同地に渡航せしむるの目的にて之を米国汽船みねそた号船内へ密に乗込ましめ居りたるを発見せられたるものなりと云ふに在りて、而して被告等は右の行為を為すに付、行政庁の許可を得たる者にあらざることは載せて原判決に明かなる所なれば右被告等の行為は恰も移民保護法第二十三条に所謂行政庁の許可を受けずして移民取扱人の行為を為したる者とあるに該当するを以て原院が其所為に擬するに同法第六条第二十三条を以てしたるは相当なり、且、夫れ仮令本件の被募集者たる右山田との等自身の渡航の目的地は所論の如く上海なりとするも原判決に明かなる如く被告等にして苟くも是等の者を新嘉坡に渡航せしむるの目的を以て募集したるものなる以上は結局同法違反の罪を免れざるものと論断せざるべからず。
何となれば同法第二十三条に「行政庁の許可を受けずして移民取扱人の行為を為したる者（中略）は二百円以上千円以下の罰金に処す」とあるを以て要するに移民取扱人の行為を為したることと此行為を為すに付、行政庁の許可を受けざりしこととの二箇の条件たに具備するに於ては本罪は直に成立すべく犯人に於て募集したる渡航者其者の目的が何れの国に渡航せんとするに在るやの問題の如きは本罪の成立に関係を有するものにあらざればなり。
故に何れより観察するも原判決には所論の如き不法あることなし
三は山田との等四名の申立に清国上海に渡航し下女奉公を為すの目的なりしとあるに拘はらず之を以て新嘉坡に渡航する目的なりとし移民保護法違犯の犯罪なりと認定せらるるには刑事訴訟法第二百三条の規定に従ひ証拠に依りて之を認めたる理由を明示せざる可らず。
然るに第二審判決が此点に対する証拠を挙示せず漫然右四名の婦女が新嘉坡に渡航するの目的なりしが如く認定せられたるは理由を付せざる違法の判決なりと云ふに在れども◎前項に於て既に説明せし如く原院は其判決証拠理由中に掲げたる各証拠を綜合して本件の事実を認定したるものなること判文自体に照して明瞭なれば所論の事実に対し証拠上の理由を明示せざる違法ありと云ふを得ざるを以て本論旨は上告の理由なし。
被告善太郎上告趣意書は移民保護法第二十三条の所謂行政庁の許可を受けずして移民取扱人の行為を為したるものとは第一営業として第二移民を第三募集し又は其渡航を周旋するものたらざる可らず移民にあらざるものを募集し又は其渡航を周旋するも該条を適用すること能はざるは勿論なり。
然るに清国に渡航するもの等は移民保護法の適用を受けざる法律あるが故に清国に渡航するものは移民保護法の所謂移民と云ふことを得ず。
去れば清国上海に渡航するものを周旋し又は之を募集するも該条を適用すること能はざること甚た明なり。
然るに原判決の山田との山田まき古館たか山室つるは清国上海に渡航する旨を申立たる外其他の外国に渡航する目的なりし旨の申立を為したることなし此申立によれば彼等は移民保護法の支配を受くべき移民と云ふことを得ず。
故に上告人は移民保護法の支配を受くべき移民の募集又は渡航の周旋を為したるものにあらずとの事は原審に於て主要の問題なりき翻で原審判決を見るに原審判決には其共謀の趣旨に従ひ（中略）被告栄八は長崎市に於て新嘉坡に渡航し下女奉公に服すべき婦女を募り山田との山田まき古館たか山室つるをして之に応せしめ（中略）右四名の婦女を新嘉坡に渡航せしむる目的を以て私かに乗込ましめ居りたる（中略）ものなりと認定せり。
故に原判決は山田との山田まき古館たか山室つるは新嘉坡に渡航し下女奉公に服すべき目的を有したるものと認定したるものの如しと雖も該判決の採用したる証拠を査するに右四名の婦女が新嘉坡に渡航するの目的なりしことを認むるに足るべきものなし元来右四名の婦女が新嘉坡に渡航するの目的なりしや否やは本件犯罪の独立要素なるが故に此事実を認定せんには刑事訴訟法第二百三条の所謂証拠に仍りて之を認めたる理由を明示せざる可らず換言すれば此独立要素に対する証拠を挙示せざる可らず。
然るに原審判決が此点に対する証拠を挙示せず（却て右四名の婦女の聴取書を援用し同人が上海に渡航する目的なりし旨の陳述を掲げ居れり。
）漫然右四名の婦女が新嘉坡に渡航する目的なりしものの如く認めたるは刑事訴訟法第二百三条の所謂証拠に仍りて之を認めたる理由を明示すべしとの規定に違背したるものなり。
若又原判決は右四名の婦女は新嘉坡に渡航する目的なりしことを認めざりしものとせんか。
之れ即ち理由不備の判決なり。
何となれば清国上海に渡航する目的の婦女は移民保護法の所謂移民にあらずして新嘉坡に渡航する目的の婦女は該法の所謂移民なるが故に右四名の婦女が其何れに属すべきものなるを判定するにあらざれば移民保護法第二十三条を適用すべからざるものなれば此点に対する事実の認定を欠きて該条を適用したるは理由不備の不法の判決なりと云ふに在れども◎論旨の前段並に末段に付ては被告栄八の上告趣意書第二点に対する説明に就き又論旨の中段に付ては前項の論旨に対する説明に就て何れも其理由なきことを了解すべし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事小宮三保松干与明治三十九年六月十一日大審院第二刑事部
