公印盜用公文書竝私印私文書僞造行使詐欺取財ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）12輯123頁

弁護人横山寛平上告趣旨拡張書第一点は公文書とは公吏が其職権内に於て程式に従ひ作成する文書の謂なるが故に本件村長名義の財産証明書の偽造行使が公文書の偽造行使罪を構成するや否やは村長に於て之を作成する職権あるや否やに依り決すべき問題なり。 若夫村長の職権に属せざる文書ならんか公文書に非ざるを以て助役が之を作成行使するも公文書の偽造行使と謂ふを得ざるなり。 町村制を按ず[あんず]るに外国旅券の下付を請ふ者の為めに資本供給者の財産証明を為すが如きは第六十八条第二項の一乃至[ないし]八に該当せざるは勿論九に所謂法律命令又は上司の指令に依て委任せられたる事務にも該当せず何となれば明治三十三年外務省令外国旅行券規則を始め一般に公布したる法律命令中村長に斯る職務を命じたる規定なく又上司の指令即ち内達訓令等に依り斯る職務を命じたりとせんか斯る指令は一般に公布するものにあらざるを以て原院は事実問題として其存否を確定すべき筈なるに判文上其事実を見るべきものなければなり。 （御院明治三十五年（レ）第八六四号同年六月十二日判例）又執行の慣例に因り作成する文書は猶ほ[なお]村長の職権内に於て作成する文書なりとの説に依るも是れ亦[また]其慣例の存するや否やの事実を確定し、而して[しこうして]後文書の性質を定むべき筈なるに（同上判例）原判文上之を確定したる記載なし。 斯くの如く本件財産証明書は法令上村長の作成すべきものにあらず。 亦[また]上司の指令其他慣例に於て之を作成すべき文書なることをも認めずして原院が之を以て公文書偽造行使罪と為したるは擬律錯誤にあらずんば理由不備を免れずと信ずと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに当院の判例に依れば（明治三十五年（レ）第八六四号本院判例参照）官文書の偽造なるや否やを決するに当り其文書が法律勅令其他一般に公布する命令に依り官吏の職務執行上作成すべきものなるときは裁判所は其官文書なることを認むるに当り証拠に依りて其理由を説明するの要なきものなれども之に反して法律命令等に別段の規定なきもの。 即ち官庁の内達慣例等局外者に於て知ることを得ざる執務上の例規に依り作成すべき書類に関しては斯る例規の果して存在するや否やは事実問題として各種の証拠方法に依りて其存否を認めたる上係争書類の官文書なるや否やを解決せざるべからざるものなり。 而して[しこうして]公文書は公吏の職務上作成するものなれば公文書偽造罪の成立するや否やを決するに当りても局外者に於て知ることを得ざる執務上の例規に依り作成すべき公文書に付ては証拠に依りて其公文書なることを認めたる理由を説明せずして直ちに其偽造の事実のみを認定して之に公文書偽造の法律を適用するは刑事訴訟法第二百三条に違背し理由不備の判決たるを免れず原判決に於て認定したる財産証明書は外国旅券を出願するに必要なりとする一般の法規存せざるを以て若し特別の内達慣行等の局外者の知ることを得ざる例規に依り町村長の職務上之を発するものなりとせば証拠に依りて之を認めたる理由を説明せざるべからず。 然るに原判決は此点に関する証拠説明を欠くを以て刑事訴訟法第二百三条の規定に違背し理由不備の判決にして破毀を免れざるものとす。 此点に於て原判決を破毀するを以て他の論旨に対しては説明を与へず

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条に依り原判決を破毀し更に審判せしむる為め本件を名古屋控訴院に移送す

検事川目亨一干与明治三十九年一月二十九日大審院第二刑事部