明治三十八年(れ)第九七六號
明治三十八年九月十五日宣告
◎判决要旨
- 一 犯人カ誤テ占有シタル物件ニ工作ヲ加ヘタル場合ト雖モ民法第二百四十六條第一項但書及ヒ第二項ニ相當スル事實ナケレハ其加工物ノ所有權ハ被害者ニ歸屬シ犯人ハ自由ニ之ヲ處分スルノ權利ヲ有セス故ニ其情ヲ知リテ加工物ヲ買得シタル者ハ刑法第四百一條ノ制裁ヲ免レサルモノトス
(參照)他人ノ動産ニ工作ヲ加ヘタル者アルトキハ其加工物ノ所有權ハ材料ノ所有者ニ屬ス但工作ニ因リテ生シタル價格カ著シク材料ノ價格ニ超ユルトキハ加工者其物ノ所有權ヲ取得ス」加工者カ材料ノ一部ヲ供シタルトキハ其價格ニ工作ニ因リテ生シタル價格ヲ加ヘタルモノカ他人ノ材料ノ價格ニ超ユルトキニ限リ加工者其物ノ所有權ヲ取得ス(民法第二百$四十六條)
詐欺取財其他ノ犯罪ニ關シタル物件ナルコトヲ知テ之ヲ受ケ又ハ寄藏故買シ若クハ牙保ヲ爲シタル者ハ十一日以上一年以下ノ重禁錮ニ處シ二圓以上二十圓以下ノ罰金ヲ附加ス(刑法第四$百一條)
右賍物故買被告事件ニ付明治三十八年六月三十日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
上告趣意ノ第一點ハ原院ハ自分ニ對シ第一犯意ヲ繼續シテ平喜代治千葉光之助ヨリ不正品タル情ヲ知リナカラ徒歩外套乘馬外套絨衣袴等ノ服地ヲ數囘ニ故買シ第二犯意ヲ繼續シテ被告千葉光之助ヨリ徒歩外套服地ヲ不正品ナル情ヲ知リツヽ之ヲ故買シタリト其事實ヲ推認シ重禁錮一月十五日罰金四圓盜視六月ノ判决ヲ言渡シタリ而シテ其證憑トシテ豫審以來自分ノ申立及平喜代治千葉光之助ノ申立ヲ採用スレトモ蓋シ採用シタル申立ハ原記録ニアラサル申立若クハ申立アル部分ニ相違アル部分ヲ牽強附會シテ有罪ノ判决ヲ言渡シタルハ所謂採證法ニ瑕疵アルモノニシテ從テ刑ノ擬律ニ錯誤アル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎被告カ犯罪事實ノ證據トシテ原判决ニ掲擧シタル被告カ原審ニ於ケル供述被告光之助ノ第一二囘豫審調書記載ノ供述第一審公判始末書ニアル喜代治ノ供述檢事田島淺次郎作成ノ喜代治ニ對スル聽取書竝ニ被告徳治ノ第二囘豫審調書ニ於ケル供述及ヒ被告光之助ノ第三囘豫審調書記載ノ供述ハ其趣旨ニ於テ原判决ニ記載スル所ト前記聽取書調書及公判始末書ノ記載ト符合シ所論ノ如キコトアルコトナク要スルニ本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ取捨判斷ニ對シ批難ヲ試ムルモノニシテ上告ノ理由トナラス
第二點ハ原院ハ自分ニ對シ輕罪再犯ノ古物商條例違犯罪ニ依リ明治二十六年三月二十七日仙臺區裁判所ニ於テ罰金三圓ニ處セラレ其判决同年四月二日確定セリト事實ヲ認メ刑ノ適用ニハ輕罪三犯ニ付同第九十八條第九十二條ニ依リ云々トアリテ事實認定ト法律適用ト互ニ相齟齬シアル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ事實理由ノ末段ニ於テ「被告徳治ハ輕罪再犯ノ古物商條例違犯罪ニ依リ明治三十六年三月二十七日仙臺區裁判所ニ捨テ罰金三圓ニ處セラレタルモノニシテ」ト掲擧シアリテ被告ハ本件ノ前既ニ再犯ノ處斷ヲ受ケタルモノナレハ本件ハ即チ三犯ナルコト勿論ナリ故ニ輕罪三犯トシテ處罰シタル原判决ハ相當ニシテ事實ノ認定ト法律適用ト齟齬スル所ナシトス
辯護人小笠原勇藏ノ擴張書第一點ハ原院判决ハ違法ノ證據ヲ斷罪ノ資料ニ採用シタル不法アルモノトス何トナレハ原院判决ハ被告ノ犯罪事實ヲ認定スルニ該リ檢事田島淺次郎ノ作成シタル平喜代治ニ對スル聽取書中「嶺岸カ常ニ不正品ヲ買入レ居ルコトハ我々仲間者唯一人知ラヌモノナシ云々」ノ供述ヲ證據ニ引用セラレタルモ該廳取書ヲ閲スルニ田島檢事ト平喜代治ノ問答ヲ録取シアリテ殊ニ右引用部分ノ如キ「問軍服ハ如何ナル手續ヲ賣ツタカ」ニ對スルノ答述ナルコトハ明確ノコトニシテ只聽取書ト題センモ其實純然タル訊問調書タルコトハ殆ント疑ヲ容レサル所ナリトス然リ而シテ田島檢事ニ於テ右訊問調書ヲ作成シタル當時ハ本案被告事件ハ已ニ第二審ニ繋屬セシ後ナルヲ以テ其搜査處分ニ出テタル行爲タルヤ最モ明カナリ然ルニ檢事ハ現行犯ニ對スル假豫審處分ヲナスヘキ場合ノ外何人ニ對シテモ訊問スルノ職權ヲ有セサルコトハ刑事訴訟法上疑ナキ解釋ニ屬スルヲ以テ前記田島檢事カ搜査處分トシテ平喜代治ニ對シ爲シタル訊問ハ職權外ノ行爲ニシテ違法タルハ論ナク從テ右訊問ニ對スル答述ヲ録取シタル調書ハ假令聽取書ト題スルモ是亦法律上無效ノ書類タルハ毫モ疑ヲ容レサル所ナリトス然ルニ原院判决ハ斯ル無效ノ書類ヲ採テ以テ斷罪ノ資料ニ供シタルハ最モ不法ニシテ此點ニ於テ當低破棄ヲ免レサルモノト確信ス(明治二十八年十月二十五日御院第二七三號拐帶事件判例引用)ト云フニ在リ◎依テ按スルニ非現行犯ニ付キ檢事ハ強制方法ヲ以テ證人參考人ヲ訊問スルコトヲ得スト雖モ現行犯ト非現行犯ヲ問ハス犯罪搜査ノ處分トシテ事實發見ニ必要ナル人ノ供述ヲ聽クコトヲ得ヘク而シテ其供述ヲ聽クノ方法ニ於テハ問答ノ體裁ヲ以テスルモ任意ノ供述ナル以上ハ是ヲ職權外ノ行爲ナリトスルヲ得ス從テ其供述ヲ論取シタル書面ハ有效ニシテ之レヲ取リテ斷罪ノ證トナシタル原判决ハ違法ニアラス
第二點前段ハ原院判决ハ擬律錯誤ノ失當アルモノトス抑モ原院判决ノ認定事實(第一ノ點)ニヨレハ被告徳治ハ被告光之助カ第二師團經理部竝ニ同師團各隊ヨリ錯誤ニヨリ引渡シテ受ケタル徒歩外套九枚ヲ其情ヲ知リテ買取リタルモノト云フニ在リ而シテ被告光之助ニ對スル犯罪事實(第三第四)ハ被告光之助ハ第二師團經理部及各隊ヨリ兩囘ニ徒歩外套服地九枚分ヲ過剩ノ引渡シヲ受ケ占有中擅ニ自宅ニ於テ徒歩外套ニ仕立テ之ヲ被告徳治ニ賣渡シタリト云フニ在リテ被告徳治カ光之助ヨリ買受ケタル右徒歩外套九枚ハ刑法ノ所謂賍物タル性質ヲ有セサルモノト云ハサル可ラス何トナレハ光之助カ第二師團經理部及ヒ各隊ヨリ計算ノ錯誤ニヨリ過剩ノ引渡シヲ受ケタル服地ハ之ニ光之助ノ手工ト及ヒ裏地トヲ附着セラレ新ニ徒歩外套ニ變形シタルト同時ニ已ニ賍物タルノ性質ヲ失ヒタルモノト云フ可ケレハナリ從テ之ヲ買受ケタル所爲ハ假令其情ヲ知レリトスルモ直ニ以テ賍物故買罪ヲ成立スルニ至ラサルモノトス然ルニ原院判决ハ被告カ右所爲アリトシテ刑法第四百一條ヲ適用處斷セラレタルハ蓋シ擬律ノ錯誤ヲ免レサルモノト云フ可シト云フニ在レトモ◎原審相被告光之助カ第二師團經理部及ヒ同師團各隊ヨリ引渡ヲ受ケ占有シタル徒歩外套九枚分ノ服地ハ遺失物法第十條ノ所謂誤テ占有シタル物ニシテ同被告カ之ヲ徒歩外套ニ仕立テ被告徳治ニ賣渡シタル行爲ハ同法第十六條ノ罪ヲ構成スルモノナレハ其服地ハ即チ刑法第四百一條ノ「其他ノ犯罪ニ關スル物件」トアルニ該當スルコト勿論ナリ
然ルニ被告光之助ハ右服地ヲ以テ徒歩外套ニ仕立タルモノニシテ民法第二百四十六條ノ所謂他人ノ動産ニ工作ヲ加ヘタルモノナレハ若シ同條ノ規定ニ依リ其加工物ハ光之助カ加工ニ因テ所有權ヲ取得シタルモノナリトスレハ其外套ハ犯罪ニ關スル物件タルヲ失ハストスト雖モ之レヲ處分スルハ光之助ノ權利ニシテ之レヲ買得シタル被告師治ヲ以テ刑法第四百一條ノ賍物故買者トスルヲ得ス然レトモ民法第二百四十六條ハ加工物ノ所有權ハ材料ノ所有者ニ屬スルヲ以テ原則トシ同權第一項但書及第二項ノ場合ニアラサレハ加工者其加工物ノ所有權ヲ取得スルコトヲ得サルモノトス而シテ原判决認定ノ事實ニ依レハ光之助ハ服地ヲ徒歩外套ニ仕立テタリト云フマテニシテ其外套ノ價格カ著ク服地價格ヲ超過シタル事實及ヒ同條第二項ニ相當スル事實アルコトナケレハ加工物タル徒歩外套ハ材料ノ所有者タル第二師團經理部及同師團各隊ニ屬シ被告光之助ハ自由ニ之ヲ處分スルノ權利ヲ有セサルヲ以テ其情ヲ知リテ之ヲ買得シタル被告徳治ノ行爲ハ刑法第四百一條ノ犯罪ヲ構成スルモノト謂ハサルヲ得ス故ニ原判决ハ相當ニシテ上告ハ其理由ナシ
其後段ハ尚ホ又被告徳治カ千葉光之助ヨリ買受ケタル前記徒歩外套及ヒ同人竝ニ平喜代治ヨリ買受ケタル服地ヲ以テ自ラ裏地ヲ附着シ外套及ヒ絨衣袴等ニ仕立テ何レモ原形ヲ變シ最早服地ト云フ可カラサル即チ刑法上ノ賍物ト見做スヘカラサル程度ニ至リタル物品ニ對シ總テ現在ノ賍品トシテ直チニ被害者ニ還付ノ言渡シヲナシタル原院判决ハ失當ヲ免レサルモノト信スト云フニ在レトモ◎相被告光之助ヨリ買受タル徒歩外套ハ前説明ノ如ク賍物ニシテ所有權ハ被害者タル第二師團經理部及同師團各隊ニ在ルヲ以テ之レニ還付シタルハ相當ナリ又前記以外ノ物件ニ被告カ工作ヲ加ヘタル事實ハ原判决ノ認メサル所ナリ要スルニ原判决ニ於ケル現在ノ賍品還付ノ處分ニ付テハ一モ違法ノ點ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事田部芳干與明治三十八年九月十五日大審院第二刑事部
明治三十八年(レ)第九七六号
明治三十八年九月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 犯人が誤で占有したる物件に工作を加へたる場合と雖も民法第二百四十六条第一項但書及び第二項に相当する事実なければ其加工物の所有権は被害者に帰属し犯人は自由に之を処分するの権利を有せず。
故に其情を知りて加工物を買得したる者は刑法第四百一条の制裁を免れざるものとす。
(参照)他人の動産に工作を加へたる者あるときは其加工物の所有権は材料の所有者に属す。
但工作に因りて生じたる価格が著しく材料の価格に超ゆるときは加工者其物の所有権を取得す。」加工者が材料の一部を供したるときは其価格に工作に因りて生じたる価格を加へたるものが他人の材料の価格に超ゆるときに限り加工者其物の所有権を取得す。
(民法第二百$四十六条)
詐欺取財其他の犯罪に関したる物件なることを知で之を受け又は寄蔵故買し若くは牙保を為したる者は十一日以上一年以下の重禁錮に処し二円以上二十円以下の罰金を附加す(刑法第四$百一条)
右賍物故買被告事件に付、明治三十八年六月三十日宮城控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決する左の如し
上告趣意の第一点は原院は自分に対し第一犯意を継続して平喜代治千葉光之助より不正品たる情を知りながら徒歩外套乗馬外套絨衣袴等の服地を数回に故買し第二犯意を継続して被告千葉光之助より徒歩外套服地を不正品なる情を知りつつ之を故買したりと其事実を推認し重禁錮一月十五日罰金四円盗視六月の判決を言渡したり。
而して其証憑として予審以来自分の申立及平喜代治千葉光之助の申立を採用すれども蓋し採用したる申立は原記録にあらざる申立若くは申立ある部分に相違ある部分を牽強附会して有罪の判決を言渡したるは所謂採証法に瑕疵あるものにして。
従て刑の擬律に錯誤ある不法の判決なりと云ふに在れども◎被告が犯罪事実の証拠として原判決に掲挙したる被告が原審に於ける供述被告光之助の第一二回予審調書記載の供述第一審公判始末書にある喜代治の供述検事田島浅次郎作成の喜代治に対する聴取書並に被告徳治の第二回予審調書に於ける供述及び被告光之助の第三回予審調書記載の供述は其趣旨に於て原判決に記載する所と前記聴取書調書及公判始末書の記載と符合し所論の如きことあることなく要するに本論旨は原院の職権に属する証拠の取捨判断に対し批難を試むるものにして上告の理由とならず
第二点は原院は自分に対し軽罪再犯の古物商条例違犯罪に依り明治二十六年三月二十七日仙台区裁判所に於て罰金三円に処せられ其判決同年四月二日確定せりと事実を認め刑の適用には軽罪三犯に付、同第九十八条第九十二条に依り云云とありて事実認定と法律適用と互に相齟齬しある不法の判決なりと云ふに在れども◎原判決の事実理由の末段に於て「被告徳治は軽罪再犯の古物商条例違犯罪に依り明治三十六年三月二十七日仙台区裁判所に捨で罰金三円に処せられたるものにして」と掲挙しありて被告は本件の前既に再犯の処断を受けたるものなれば本件は。
即ち三犯なること勿論なり。
故に軽罪三犯として処罰したる原判決は相当にして事実の認定と法律適用と齟齬する所なしとす
弁護人小笠原勇蔵の拡張書第一点は原院判決は違法の証拠を断罪の資料に採用したる不法あるものとす。
何となれば原院判決は被告の犯罪事実を認定するに該り検事田島浅次郎の作成したる平喜代治に対する聴取書中「峯岸が常に不正品を買入れ居ることは我我仲間者唯一人知らぬものなし云云」の供述を証拠に引用せられたるも該庁取書を閲するに田島検事と平喜代治の問答を録取しありて殊に右引用部分の如き「問軍服は如何なる手続を売ったか」に対するの答述なることは明確のことにして只聴取書と題せんも其実純然たる訊問調書たることは殆んど疑を容れざる所なりとす。
然り、而して田島検事に於て右訊問調書を作成したる当時は本案被告事件は己に第二審に繋属せし後なるを以て其捜査処分に出でたる行為たるや最も明かなり。
然るに検事は現行犯に対する仮予審処分をなすべき場合の外何人に対しても訊問するの職権を有せざることは刑事訴訟法上疑なき解釈に属するを以て前記田島検事が捜査処分として平喜代治に対し為したる訊問は職権外の行為にして違法たるは論なく。
従て右訊問に対する答述を録取したる調書は仮令聴取書と題するも是亦法律上無効の書類たるは毫も疑を容れざる所なりとす。
然るに原院判決は斯る無効の書類を採で以て断罪の資料に供したるは最も不法にして此点に於て当低破棄を免れざるものと確信す(明治二十八年十月二十五日御院第二七三号拐帯事件判例引用)と云ふに在り◎依て按ずるに非現行犯に付き検事は強制方法を以て証人参考人を訊問することを得ずと雖も現行犯と非現行犯を問はず犯罪捜査の処分として事実発見に必要なる人の供述を聴くことを得べく。
而して其供述を聴くの方法に於ては問答の体裁を以てずるも任意の供述なる以上は是を職権外の行為なりとするを得ず。
従て其供述を論取したる書面は有効にして之れを取りて断罪の証となしたる原判決は違法にあらず。
第二点前段は原院判決は擬律錯誤の失当あるものとす。
抑も原院判決の認定事実(第一の点)によれば被告徳治は被告光之助が第二師団経理部並に同師団各隊より錯誤により引渡して受けたる徒歩外套九枚を其情を知りて買取りたるものと云ふに在り。
而して被告光之助に対する犯罪事実(第三第四)は被告光之助は第二師団経理部及各隊より両回に徒歩外套服地九枚分を過剰の引渡しを受け占有中擅に自宅に於て徒歩外套に仕立で之を被告徳治に売渡したりと云ふに在りて被告徳治が光之助より買受けたる右徒歩外套九枚は刑法の所謂賍物たる性質を有せざるものと云はざる可らず何となれば光之助が第二師団経理部及び各隊より計算の錯誤により過剰の引渡しを受けたる服地は之に光之助の手工と及び裏地とを附着せられ新に徒歩外套に変形したると同時に己に賍物たるの性質を失ひたるものと云ふ可ければなり。
従て之を買受けたる所為は仮令其情を知れりとするも直に以て賍物故買罪を成立するに至らざるものとす。
然るに原院判決は被告が右所為ありとして刑法第四百一条を適用処断せられたるは蓋し擬律の錯誤を免れざるものと云ふ可しと云ふに在れども◎原審相被告光之助が第二師団経理部及び同師団各隊より引渡を受け占有したる徒歩外套九枚分の服地は遺失物法第十条の所謂誤で占有したる物にして同被告が之を徒歩外套に仕立で被告徳治に売渡したる行為は同法第十六条の罪を構成するものなれば其服地は。
即ち刑法第四百一条の「其他の犯罪に関する物件」とあるに該当すること勿論なり。
然るに被告光之助は右服地を以て徒歩外套に仕立たるものにして民法第二百四十六条の所謂他人の動産に工作を加へたるものなれば若し同条の規定に依り其加工物は光之助が加工に因で所有権を取得したるものなりとすれば其外套は犯罪に関する物件たるを失はずとすと雖も之れを処分するは光之助の権利にして之れを買得したる被告師治を以て刑法第四百一条の賍物故買者とするを得ず。
然れども民法第二百四十六条は加工物の所有権は材料の所有者に属するを以て原則とし同権第一項但書及第二項の場合にあらざれば加工者其加工物の所有権を取得することを得ざるものとす。
而して原判決認定の事実に依れば光之助は服地を徒歩外套に仕立てたりと云ふまでにして其外套の価格が著く服地価格を超過したる事実及び同条第二項に相当する事実あることなければ加工物たる徒歩外套は材料の所有者たる第二師団経理部及同師団各隊に属し被告光之助は自由に之を処分するの権利を有せざるを以て其情を知りて之を買得したる被告徳治の行為は刑法第四百一条の犯罪を構成するものと謂はざるを得ず。
故に原判決は相当にして上告は其理由なし。
其後段は尚ほ又被告徳治が千葉光之助より買受けたる前記徒歩外套及び同人並に平喜代治より買受けたる服地を以て自ら裏地を附着し外套及び絨衣袴等に仕立で何れも原形を変し最早服地と云ふ可からざる。
即ち刑法上の賍物と見做すべからざる程度に至りたる物品に対し総で現在の賍品として直ちに被害者に還付の言渡しをなしたる原院判決は失当を免れざるものと信ずと云ふに在れども◎相被告光之助より買受たる徒歩外套は前説明の如く賍物にして所有権は被害者たる第二師団経理部及同師団各隊に在るを以て之れに還付したるは相当なり。
又前記以外の物件に被告が工作を加へたる事実は原判決の認めざる所なり。
要するに原判決に於ける現在の賍品還付の処分に付ては一も違法の点なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事田部芳干与明治三十八年九月十五日大審院第二刑事部