明治三十八年(れ)第八五二號
明治三十八年七月二十五日宣告
◎判决要旨
- 一 誹毀事件ノ民事原告人カ廣告文ノ始ニ掲クヘキ廣告ナル文字ノ上ニ謝罪ノ二字ヲ冠スヘキ旨ヲ請求シタルコトナキ場合ニ謝罪廣告ト題シテ廣告スヘキコトヲ言渡スハ請求以外ニ渉リタル不法ノ判决ナリ
公訴私訴上告人 深井勘三郎
私訴被上告人 佐藤政五郎 外一名
右誹毀被告事件及之ニ附帶スル私訴事件ニ付明治三十八年六月三日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
公訴上告趣意書ハ明治三十七年六月十三日發行第三千八百六十八號萬朝報紙上ニ「横濱電鐵架橋問題ト工事ノ不始末」ト題シ記載シタル記事ハ誹毀罪ヲ構成スルモノニ非ス然ルニ之ニ對シ刑法第三百五十八條ヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ不法アリト思料スト云ヒ」辯護人鹽谷恆太郎外一名ノ辯明書ノ一ハ被告カ明治三十七年六月十三日發行第三千八百六十八號萬朝報紙上ニ「横濱電鐵架橋問題と工事の不始末」ト題スル記事中「其他數千圓の運動費は同會社員田川傳八か十五銀行より引出し縣會議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等ノ懷に入りたるか云々」トアル記事ヲ以テ神奈川縣會議員佐藤政五郎海老塚徳三郎等カ横濱電氣鐵道會社ヨリ右工事ニ關シ賄賂ヲ收受シタルコト即チ涜職ノ行爲アリシ旨ヲ摘發シテ之ヲ誹毀シタルモノナリト認メラレタリ然レトモ前記題目ノ下ニ掲載シタル記事ハ横濱電氣鐵道株式會社ヲ攻撃スルニアリテ特ニ個人タル佐藤政五郎又ハ海老塚徳三郎ヲ誹毀スルノ趣意ニアラサルコトハ該記事中「横濱電氣鐵道會社の第二期線は元來横濱停車場前より大岡川口專用の橋を架する筈なりしも云々」「同會社か斯る不正手段を以て我利々々の目的を遂けんとせし事一再にして止まらさるか云々」「今同會社か昨年十二月十三日調劑したる官吏鼻藥の處方箋を調査するに左の如し云云」トアルニ徴シ明カナリ故ニ「其他數千圓の運動費は同會社員田川傳八か十五銀行より引出シ縣會議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等の懷に入りたるか云々」ノ數句ヲ以テ假リニ佐藤政五郎海老塚徳等ノ惡事ヲ摘發シタルモノトスルモ被告ニ犯意アリタルモノト云フヘカラスシテ畢竟法律上罪トナラサルモノト思料ス而シテ前顯ノ記事ハ單ニ佐藤政五郎ノ懷ニ入リタリト云フニ在リテ賄賂等ノ方法ニ使ハレタリト云フニアラス然ルニ之ヲ以テ賄賂トシテ收受セラレタリト認メタルハ不法ニ事實ヲ認定シタルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判决ニ認メタル如ク被告カ萬朝報新聞紙上ニ横濱電鐵架橋問題と工事の不始末ト題シ其下ニ横濱電氣鐵道會社ノ工事ニ關スル不始末ノ状況ヲ叙述シ次ニ官公吏ノ此事ニ關シテ該社ヨリ收賄シタルモノヽ氏名及賄賂ノ物件ヲ列擧シ其後段ニ「其他數千圓の運動費は同會社員田川傳八か十五銀行より引出し縣會議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等の懷に入りたるか云々」トノ記載ヲ掲載シタリトセハ被告ノ目的ハ假令ヒ横濱電氣鐵道會社ヲ攻撃スルニ在リテ佐藤政五郎海老塚徳三郎ヲ誹毀スルノ惡意ナカリシトスルモ其掲載シタル事項ニシテ同人等ノ惡事ヲ摘發シタルモノナルニ於テハ其惡事ヲ摘發スル行爲ノ認識ヲ有セサリシモノト云フヲ得サルハ勿論被告ノ所爲カ誹毀罪ヲ構成スルハ論ヲ俟タサルヲ以テ原院カ刑法第三百五十八條ニ問擬シタルハ相當ニシテ擬律ノ錯誤ニアラス其他ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
二ハ原院ハ本件ノ記事ヲ以テ佐藤政五郎及海老塚徳三郎ヲ誹毀シタルモノト認メラレタルモ該記事中ニハ單ニ「海老塚徳寺」トアルノミニテ果シテ告訴人海老塚徳三郎ヲ指シタルモノナルヤ否ヤ不明ナリ然ルニ原院ハ之ヲ以テ海老塚徳三郎ト認メタルモ之ヲ認メタル證據ヲ示サス是刑訴二〇三條ニ違背シタル不法アリト云フニ在レトモ◎原院ハ押收ノ新聞紙ニ海老塚徳トアルハ海老塚徳三郎ヲ指示シタルモノト判斷シ同新聞ノ記事ヲ證據トシテ海老塚徳三郎ヲ誹毀シタル事實ヲ認定シタルモノナリ畢竟本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定證據ノ判斷ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス私訴上告理由書ハ明治三十七年六月十三日ノ萬朝報ニ記載ノ記事ハ誹毀罪ヲ構成スルモノニアラス然ルニ之ヲ有罪ナリトシ私訴原告ノ請求ヲ採用シタルハ不法ト信スト云ヒ」同代理人鹽谷恆太郎外一名ノ私訴上告理由追加申立書ノ一ハ明治三十七年六月十三日發行第三千八百六十八號萬朝報紙上「横濱電鐵架橋問題ト工事ノ不始末」ト題スル記事ハ民事原告人等ヲ誹毀シタルモノト認メ原告人ノ請求ヲ容レタルハ不法ナリト云ヒ」二ハ前記萬朝報ノ記事中ニハ原告人海老塚徳三郎ノ氏名ヲ表示シタルコトナシ單ニ海老塚徳トアルノミ然ルニ之ヲ以テ原告人ノ一人海老塚徳三郎ヲ誹毀シタリト認メラレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ前記論旨ニ對スル説明ニ依リ了解ス可シ
三ハ原判决ハ民事原告人ノ申立テサル事項ヲ原告ニ歸セシメタルモノニシテ民訴第二百三十一條ニ違背シタル不法アリ原院ハ控訴人(民事原告人)ニ於テ左ノ通リ判决ヲ求ムト申立タリト判示セリ「被控訴人ニ於テ東京日日新聞、時事新報、東京朝日新聞、貿易新報、横濱日報ヘ第二號活字ヲ以テ
謝罪廣告
明治三十七年六月十三日發行第三千八百六十八號萬朝報紙上横濱電鐵架橋問題ト工事ノ不始末ト
題スル記事中佐藤政五郎海老塚徳三郎兩氏ニ對スル記事ハ事實全ク無根ニテ右兩氏ノ名譽ヲ毀損シタルコトヲ謹テ茲ニ謝ス
萬朝報元發行兼編輯人
深井勘三郎
右ノ廣告ヲ判决確定ノ翌日ヨリ二日間被控訴人ノ費用ヲ以テ爲ス可シ若シ右日限ニ被控訴人ニ於テ爲サヽルトキハ控訴人ニ於テ之ヲ爲シ其費用金百五圓六十錢ヲ賠償ス可シ」然レトモ控訴人ハ「謝罪廣告」ト題シ廣告スヘキコトノ申立ヲ爲シタルコトナシ是レ原院公判始末書及控訴申立書ニヨリ明カナリ然ルニ原院カ恰モ「謝罪廣告」ト題シ一定ノ文詞ヲ廣告ス可シトノ申立アリタル如ク誤解シ本件判决主文ノ如ク「謝罪廣告」ト題シ廣告ス可シト判决ヲ爲シタルハ不法ナリト云フニ在リ◎因テ訴訟記録ヲ査閲スルニ民事原告人カ第一審裁判所ニ提出シタル私訴状ニハ一定ノ申立トシテ廣告文ノ始メニ謝罪廣告ト題シアリタルモ第一審公廷ニ於テ被告代理人ヨリ謝罪ノ二字ニ對シ抗辯アリタル際民事原告人ノ代理人ニ於テ一定ノ申立中謝罪ノ二字ヲ訂正シタルコトハ第一審公判始末書ノ記事ニ徴シ明カニシテ其後民事原告人ノ代理人ヨリ第一審判决ニ對シ爲シタル控訴申立書ニモ一定ノ申立トシテ掲ケタル廣告文ノ始メニハ單ニ廣告ト題スルノミニシテ謝罪ノ二字ヲ冠シタルコトナシ而シテ原院公判始末書ニ民事原告人ハ控訴申立書ノ通リ一定ノ申立ヲ爲シタル旨ノ記載アルニ徴セハ民事原告人ニ於テ廣告文ノ始メニ掲クヘキ廣告ナル文字ノ上ニ謝罪ノ二字ヲ冠スルコトヲ請求シタルコトナキコトハ明白ノ事實ナルニ原院カ廣告ナル文字ノ上ニ謝罪ノ二字ヲ冠シ謝罪廣告ト題シ廣告ス可キ旨ノ言渡ヲ爲シタルハ即チ民事原告人ノ請求セサル事項ヲ民事原告人ニ歸セシメタルモノニシテ其不法タルヤ論ナキヲ以テ原院私訴判决ハ此點ニ於テ破毀ヲ免レサルモノトス
四ハ原院ハ判决主文ノ末段ニ於テ「トアル廣告ヲ判决ノ確定ノ翌日ヨリ二日間被控訴人ノ費用ヲ以テ爲ス可シ若シ爲サヽルトキハ控訴人カ之ニ要スル費用トシテ時事新報ハ一日一行金四十五錢貿易新報ハ同上四十錢ノ割合ヲ以テ其費用ヲ支拂フ可シ」ト判示セラレタルモ右廣告料ハ未タ生セサル損害ヲ支拂フ可シト云フニアルヲ以テ不法ナリ原院ハ請求ノ原因確定シ居リ且ツ其請求ノ目的ヲ遂行スルニ於テ當然ノ請求ナルヲ以テ不當ニアラスト説明セラレタルモ費用支拂請求ノ原因ハ被控訴人カ前示ノ廣告ヲ二日間内ニ廣告セサルトキ初メテ生スルモノナリ故ニ一定ノ文詞ヲ廣告ス可シトノ判决確定シタリト云フヲ得ス然ルニ前記ノ如ク判决セラレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎債權ノ目的カ判决確定ノ後其執行上損害賠償ニ換ヘテ強制執行ヲ求メ得ヘキ性質ノモノナルトキハ物件給付ノ請求ニ附加シテ其給付ノ履行ヲ爲サス又爲シ能ハサル場合ニ損害賠償ヲ爲スヘキコトヲ一定ノ申立トシテ訴求スルヲ妨ケサルコトハ本院カ明治三十七年(オ)第一〇六號地所讓戻竝損害要償事件ニ付已ニ判示スル所ナリ而シテ本件ニ於ケル民事原告人ノ主タル請求ハ民事被告人カ廣告ヲ爲スコトヲ求ムルニ在リテ判决確定後ニ至ルモ民事被告人カ其履行ヲ爲サヽルトキハ 害賠償ニ換ヘテ強制執行ヲ求メ得ヘキ性質ノモノナレハ民事原告人ニ於テ民事被告人カ若シ判决確定ノ翌日ヨリ二日間廣告ヲ爲サヽルトキハ自ラ之ヲ爲シ其費用金ノ賠償ヲ爲ス可シトノ條件附ノ請求ヲ爲シタルハ因ヨリ不當ニアラサルノミナラス民事原告人ノ請求スル所ハ何レモ民事被告人カ民事原告人ヲ誹毀シ其名譽ヲ毀損シタルヲ囘復ス可キ損害賠償ノ方法ニ過キスシテ其請求ノ原因ハ民事被告人カ民事原告人ヲ誹毀シ其名譽ヲ毀損シタルトキニ已ニ生シタルモノナルコトハ毫モ疑ナキ所ナリ而シテ前示ノ如ク民事原告人カ民事被告人ニ對シ一定ノ請求ヲ爲シ之レニ附加シテ民事被告人カ若シ其履行ヲ爲サヽルトキハ一定ノ賠償ヲ求ムト云フカ如キハ要スルニ同一ノ訴ノ原因ヲ以テ判决ノ執行ヲ條件ノ到來ニ繋ラシメタル補助請求ヲ爲シタルニ外ナラサレハ之ヲ以テ不法ナリト云フノ理ナシ故ニ原院カ民事原告人ノ請求ヲ容レ論旨記載ノ如ク判决シタルハ相當ニシテ不法ニアラス
五ハ時事新報及貿易新報ハ被控訴人ノ自由ニ左右シ得ヘキモノニアラス故ニ一定ノ文詞ヲ之ニ廣告ス可シトノ請求ハ被控訴人ノ權内ニ於テ爲シ得ヘキ事項ニアラス畢竟執行不能ノ請求ニシテ不當タルヲ免レス然ルニ原院カ之ヲ採用シ主文ノ如ク判决セラレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎前記新報ヲ發行スル新聞社ハ何レモ一定ノ廣告料ヲ支拂ヘハ他人ノ依頼ニ應シ廣告ヲ爲スヲ以テ其營業ト爲スモノナレハ同新報ニ一定ノ文詞ヲ廣告ス可シトノ請求ハ被控訴人即チ上告人ノ能ク爲シ得ヘキ事項ヲ請求スルモノニシテ執行不能ノ請求ニアラス故ニ原院カ該請求ヲ容レ判决ヲ爲シタルハ不法ニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ公訴ニ關スル本件上告ハ之ヲ棄却シ同法第二百八十六條ニ依リ私訴ニ關スル原判决中民事被告人ノ敗訴ニ係ル部分ヲ破毀シ同法第二百八十七條ノ規定リ從ヒ原判决ノ事實及理由ニ依リ本院ニ於テ直チニ判决スルコト左ノ如シ
上告人深井勘三郎ハ時事新報及ヒ貿易新報ノ普通廣告欄ニ「廣告」ノ二字ト「萬朝報元發行兼編輯人」「深井勘三郎」ノ十五字ヲ二號活字ニテ他ハ總テ五號活字ニテ
廣告
明治三十七年六月十三日發行第三千八百六十八號萬朝報紙上横濱電鐵架橋問題ト工事ノ不始末ト
題スル記事中佐藤政五郎海老塚徳三郎兩氏ニ對スル記事ハ事實全ク無根ニテ右兩氏ノ名譽ヲ毀損シタルコトヲ謹ンテ茲ニ謝ス
萬朝報元發行兼編輯人
深井勘三郎
トアル廣告ヲ判决確定ノ翌日ヨリ二日間上告人ノ費用ヲ以テ爲ス可シ若シ右日限ニ上告人ニ於テ之ヲ爲サヽルトキハ被上告人カ之ヲ爲スニ要スル費用トシテ時事新報ハ一日一行金四十五錢貿易新報ハ同上四十錢ノ割合ヲ以テ其費用ヲ支拂フ可シ
私訴訴訟費用ハ第一審、第二審及上告費用共總テ上告人ノ負擔トス
檢事小宮三保松干與明治三十八年七月二十五日大審院第二休暇部
明治三十八年(レ)第八五二号
明治三十八年七月二十五日宣告
◎判決要旨
- 一 誹毀事件の民事原告人が広告文の始に掲ぐへき広告なる文字の上に謝罪の二字を冠すべき旨を請求したることなき場合に謝罪広告と題して広告すべきことを言渡すは請求以外に渉りたる不法の判決なり。
公訴私訴上告人 深井勘三郎
私訴被上告人 佐藤政五郎 外一名
右誹毀被告事件及之に附帯する私訴事件に付、明治三十八年六月三日名古屋控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決する左の如し
公訴上告趣意書は明治三十七年六月十三日発行第三千八百六十八号万朝報紙上に「横浜電鉄架橋問題と工事の不始末」と題し記載したる記事は誹毀罪を構成するものに非ず。
然るに之に対し刑法第三百五十八条を適用したるは擬律錯誤の不法ありと思料すと云ひ」弁護人塩谷恒太郎外一名の弁明書の一は被告が明治三十七年六月十三日発行第三千八百六十八号万朝報紙上に「横浜電鉄架橋問題と工事の不始末」と題する記事中「其他数千円の運動費は同会社員田川伝八か十五銀行より引出し県会議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等の懐に入りたるか云云」とある記事を以て神奈川県会議員佐藤政五郎海老塚徳三郎等が横浜電気鉄道会社より右工事に関し賄賂を収受したること。
即ち涜職の行為ありし旨を摘発して之を誹毀したるものなりと認められたり。
然れども前記題目の下に掲載したる記事は横浜電気鉄道株式会社を攻撃するにありて特に個人たる佐藤政五郎又は海老塚徳三郎を誹毀するの趣意にあらざることは該記事中「横浜電気鉄道会社の第二期線は元来横浜停車場前より大岡川口専用の橋を架する筈なりしも云云」「同会社か斯る不正手段を以て我利利々の目的を遂けんとせし事一再にして止まらさるか云云」「今同会社か昨年十二月十三日調剤したる官吏鼻薬の処方箋を調査するに左の如し云云」とあるに徴し明かなり。
故に「其他数千円の運動費は同会社員田川伝八か十五銀行より引出し県会議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等の懐に入りたるか云云」の数句を以て仮りに佐藤政五郎海老塚徳等の悪事を摘発したるものとするも被告に犯意ありたるものと云ふべからずして畢竟法律上罪とならざるものと思料す。
而して前顕の記事は単に佐藤政五郎の懐に入りたりと云ふに在りて賄賂等の方法に使はれたりと云ふにあらず。
然るに之を以て賄賂として収受せられたりと認めたるは不法に事実を認定したるものと思料すと云ふに在れども◎原判決に認めたる如く被告が万朝報新聞紙上に横浜電鉄架橋問題と工事の不始末と題し其下に横浜電気鉄道会社の工事に関する不始末の状況を叙述し次に官公吏の此事に関して該社より収賄したるものの氏名及賄賂の物件を列挙し其後段に「其他数千円の運動費は同会社員田川伝八か十五銀行より引出し県会議員堀谷左次郎佐藤政五郎小出鉚太郎海老塚徳等の懐に入りたるか云云」との記載を掲載したりとせば被告の目的は仮令ひ横浜電気鉄道会社を攻撃するに在りて佐藤政五郎海老塚徳三郎を誹毀するの悪意なかりしとするも其掲載したる事項にして同人等の悪事を摘発したるものなるに於ては其悪事を摘発する行為の認識を有せざりしものと云ふを得ざるは勿論被告の所為が誹毀罪を構成するは論を俟たざるを以て原院が刑法第三百五十八条に問擬したるは相当にして擬律の錯誤にあらず。
其他は原院の職権に属する事実の認定を批難するに過ぎざるを以て上告の理由とならず
二は原院は本件の記事を以て佐藤政五郎及海老塚徳三郎を誹毀したるものと認められたるも該記事中には単に「海老塚徳寺」とあるのみにて果して告訴人海老塚徳三郎を指したるものなるや否や不明なり。
然るに原院は之を以て海老塚徳三郎と認めたるも之を認めたる証拠を示さず是刑訴二〇三条に違背したる不法ありと云ふに在れども◎原院は押収の新聞紙に海老塚徳とあるは海老塚徳三郎を指示したるものと判断し同新聞の記事を証拠として海老塚徳三郎を誹毀したる事実を認定したるものなり。
畢竟本論旨は原院の職権に属する事実の認定証拠の判断を批難するに過ぎざるを以て上告の理由とならず私訴上告理由書は明治三十七年六月十三日の万朝報に記載の記事は誹毀罪を構成するものにあらず。
然るに之を有罪なりとし私訴原告の請求を採用したるは不法と信ずと云ひ」同代理人塩谷恒太郎外一名の私訴上告理由追加申立書の一は明治三十七年六月十三日発行第三千八百六十八号万朝報紙上「横浜電鉄架橋問題と工事の不始末」と題する記事は民事原告人等を誹毀したるものと認め原告人の請求を容れたるは不法なりと云ひ」二は前記万朝報の記事中には原告人海老塚徳三郎の氏名を表示したることなし単に海老塚徳とあるのみ然るに之を以て原告人の一人海老塚徳三郎を誹毀したりと認められたるは不法なりと云ふに在れども◎其理由なきことは前記論旨に対する説明に依り了解す可し
三は原判決は民事原告人の申立てざる事項を原告に帰せしめたるものにして民訴第二百三十一条に違背したる不法あり。
原院は控訴人(民事原告人)に於て左の通り判決を求むと申立たりと判示せり「被控訴人に於て東京日日新聞、時事新報、東京朝日新聞、貿易新報、横浜日報へ第二号活字を以て
謝罪広告
明治三十七年六月十三日発行第三千八百六十八号万朝報紙上横浜電鉄架橋問題と工事の不始末と
題する記事中佐藤政五郎海老塚徳三郎両氏に対する記事は事実全く無根にて右両氏の名誉を毀損したることを謹で茲に謝す
万朝報元発行兼編輯人
深井勘三郎
右の広告を判決確定の翌日より二日間被控訴人の費用を以て為す可し若し右日限に被控訴人に於て為さざるときは控訴人に於て之を為し其費用金百五円六十銭を賠償す可し」。
然れども控訴人は「謝罪広告」と題し広告すべきことの申立を為したることなし是れ原院公判始末書及控訴申立書により明かなり。
然るに原院が恰も「謝罪広告」と題し一定の文詞を広告す可しとの申立ありたる如く誤解し本件判決主文の如く「謝罪広告」と題し広告す可しと判決を為したるは不法なりと云ふに在り◎因で訴訟記録を査閲するに民事原告人が第一審裁判所に提出したる私訴状には一定の申立として広告文の始めに謝罪広告と題しありたるも第一審公廷に於て被告代理人より謝罪の二字に対し抗弁ありたる際民事原告人の代理人に於て一定の申立中謝罪の二字を訂正したることは第一審公判始末書の記事に徴し明かにして其後民事原告人の代理人より第一審判決に対し為したる控訴申立書にも一定の申立として掲げたる広告文の始めには単に広告と題するのみにして謝罪の二字を冠したることなし、而して原院公判始末書に民事原告人は控訴申立書の通り一定の申立を為したる旨の記載あるに徴せば民事原告人に於て広告文の始めに掲ぐへき広告なる文字の上に謝罪の二字を冠することを請求したることなきことは明白の事実なるに原院が広告なる文字の上に謝罪の二字を冠し謝罪広告と題し広告す可き旨の言渡を為したるは。
即ち民事原告人の請求せざる事項を民事原告人に帰せしめたるものにして其不法たるや論なきを以て原院私訴判決は此点に於て破毀を免れざるものとす。
四は原院は判決主文の末段に於て「とある広告を判決の確定の翌日より二日間被控訴人の費用を以て為す可し若し為さざるときは控訴人が之に要する費用として時事新報は一日一行金四十五銭貿易新報は同上四十銭の割合を以て其費用を支払ふ可し」と判示せられたるも右広告料は未だ生せざる損害を支払ふ可しと云ふにあるを以て不法なり。
原院は請求の原因確定し居り且つ其請求の目的を遂行するに於て当然の請求なるを以て不当にあらずと説明せられたるも費用支払請求の原因は被控訴人が前示の広告を二日間内に広告せざるとき初めて生ずるものなり。
故に一定の文詞を広告す可しとの判決確定したりと云ふを得ず。
然るに前記の如く判決せられたるは不法なりと云ふに在れども◎債権の目的が判決確定の後其執行上損害賠償に換へて強制執行を求め得べき性質のものなるときは物件給付の請求に附加して其給付の履行を為さず又為し能はざる場合に損害賠償を為すべきことを一定の申立として訴求するを妨げざることは本院が明治三十七年(オ)第一〇六号地所譲戻並損害要償事件に付、己に判示する所なり。
而して本件に於ける民事原告人の主たる請求は民事被告人が広告を為すことを求むるに在りて判決確定後に至るも民事被告人が其履行を為さざるときは 害賠償に換へて強制執行を求め得べき性質のものなれば民事原告人に於て民事被告人が若し判決確定の翌日より二日間広告を為さざるときは自ら之を為し其費用金の賠償を為す可しとの条件附の請求を為したるは因より不当にあらざるのみならず民事原告人の請求する所は何れも民事被告人が民事原告人を誹毀し其名誉を毀損したるを回復す可き損害賠償の方法に過ぎずして其請求の原因は民事被告人が民事原告人を誹毀し其名誉を毀損したるときに己に生じたるものなることは毫も疑なき所なり。
而して前示の如く民事原告人が民事被告人に対し一定の請求を為し之れに附加して民事被告人が若し其履行を為さざるときは一定の賠償を求むと云ふが如きは要するに同一の訴の原因を以て判決の執行を条件の到来に繋らしめたる補助請求を為したるに外ならざれば之を以て不法なりと云ふの理なし。
故に原院が民事原告人の請求を容れ論旨記載の如く判決したるは相当にして不法にあらず。
五は時事新報及貿易新報は被控訴人の自由に左右し得べきものにあらず。
故に一定の文詞を之に広告す可しとの請求は被控訴人の権内に於て為し得べき事項にあらず。
畢竟執行不能の請求にして不当たるを免れず。
然るに原院が之を採用し主文の如く判決せられたるは不法なりと云ふに在れども◎前記新報を発行する新聞社は何れも一定の広告料を支払へは他人の依頼に応し広告を為すを以て其営業と為すものなれば同新報に一定の文詞を広告す可しとの請求は被控訴人即ち上告人の能く為し得べき事項を請求するものにして執行不能の請求にあらず。
故に原院が該請求を容れ判決を為したるは不法にあらず。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り公訴に関する本件上告は之を棄却し同法第二百八十六条に依り私訴に関する原判決中民事被告人の敗訴に係る部分を破毀し同法第二百八十七条の規定り従ひ原判決の事実及理由に依り本院に於て直ちに判決すること左の如し
上告人深井勘三郎は時事新報及び貿易新報の普通広告欄に「広告」の二字と「万朝報元発行兼編輯人」「深井勘三郎」の十五字を二号活字にて他は総で五号活字にて
広告
明治三十七年六月十三日発行第三千八百六十八号万朝報紙上横浜電鉄架橋問題と工事の不始末と
題する記事中佐藤政五郎海老塚徳三郎両氏に対する記事は事実全く無根にて右両氏の名誉を毀損したることを謹んで茲に謝す
万朝報元発行兼編輯人
深井勘三郎
とある広告を判決確定の翌日より二日間上告人の費用を以て為す可し若し右日限に上告人に於て之を為さざるときは被上告人が之を為すに要する費用として時事新報は一日一行金四十五銭貿易新報は同上四十銭の割合を以て其費用を支払ふ可し
私訴訴訟費用は第一審、第二審及上告費用共総で上告人の負担とす。
検事小宮三保松干与明治三十八年七月二十五日大審院第二休暇部