明治三十七年(れ)第二一九八號
明治三十七年十二月二十二日宣告
◎判决要旨
- 一 一罪カ數箇ノ所爲ヨリ成立スル場合ト雖モ各箇ノ所爲ハ常ニ其運命ヲ同ウシ全部公訴ノ時效ニ罹ルカ若クハ全部訴追處罰ノ目的トナルカ二者必ス其一ニ居ルヘキモノトス而シテ數多ノ所爲カ其性質上一罪ヲ構成スルト本來數箇ノ犯罪ヲ構成スヘキ所爲カ法律ノ規定ノ爲メ相共ニ一罪ヲ構成スルトニ依リテ何等ノ差異ヲ生スルコトナシ(判旨第四點)
- 一 詐欺取財ヲ行フニ因テ文書ヲ僞造行使セル場合ニハ犯罪終了ノ時ヨリ起算シ罪情最モ重キ所爲ニ對スル公訴時效期間ノ既ニ滿了シタルヤ否ヤニ依リテ犯罪行爲ノ全部ニ對スル時效ノ成否ヲ斷定セサルヘカラス(同上)
第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院
右官私文書僞造行使詐欺取財被告事件ニ付明治三十七年十月六日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ裁判所構成法第四十九條ニ依リ刑事ノ總部聯合ノ上刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意ヲ要スルニ第一ハ被告ハ素ヨリ官文書ヲ僞造スルノ意思ナキハ勿論官薄又ハ抵當權設定登記濟ノ證書ニ因リ之ヲ僞造シタルニアラス偶然被告一時隨意ニ虚作シタルモノニテ恰モ兒戲ニ等シキ假裝ニ過キス殊ニ規定ノ官印即受附記號及ヒ割印等ノ形影モコレナシ如此不完全ニシテ其要素ヲ具備セサルモノナレハ官文書僞造罪ヲ構成セスト云フニ在レトモ◎被告ニ官文書僞造ノ意思アリタルコトハ原判决ニ認ムル所ノ事實ニシテ上告前段ノ論旨ハ之レト反對ナル事實上ノ主張ヲ爲シ其事實ヲ根據トシテ原判决ヲ攻撃スルモノニ外ナラサルヲ以テ結局原院ノ職權ニ屬スル事實認定ノ非難ニシテ上告適法ノ理由トナラス其後段ノ論旨ニ付キテハ被告ノ僞造シタル本件ノ登記濟證ニハ所論ノ如ク規定ノ受付記號及ヒ割印等ノ形影ナクシテ登記濟證ノ作成ニ要スル形式ヲ完備セサルモノトスルモ其證書ニシテ人ヲシテ登記濟證ナルコトヲ信セシムヘキ形式ヲ有スルニ於テハ之ヲ僞造シタル被告ノ所爲ハ公證文書僞造罪ヲ構成スルコトヲ妨ケサルモノトス故ニ後段ノ論旨モ亦タ理由ナシ
其第二ハ原院公廷ニ於テ辯護人ハ書類閲覽ノ上證言調書中證人ノ捺印ナキモノヲ發見シ該調書ノ無效タルコトヲ論シ第一審判决ヲ取消スヘキモノタルヲ辯論セシニ拘ハラス控訴ヲ棄却シタルハ不法ナリト云フニアレトモ◎第一審判决ニ對シテ被告ヨリ控訴ノ申立ヲ爲シタル場合ニ一審判决カ其主文及ヒ其主文ノ依テ生スル事實ノ認定法律ノ適用ニ於テ第二審ノ判决ト符合スルニ於テハ一審判决ハ相當ニシテ被告ノ控訴ハ理由ナキニ歸スルヲ以テ控訴裁判所ハ第一審判决ヲ認可シテ被告ノ控訴ヲ棄却スルコトヲ要シ證據ノ取捨判斷ニ關シテ第一審判决ニ多少ノ不當ノ點アリトスルモ之ヲ理由トシテ第一審判决ヲ取消スコトヲ得サルモノトス故ニ本論旨モ亦理由ナシ
辯護人高橋章之助上告趣意擴張書第一點ハ本件カ果シテ刑法第二百四條ノ官文書僞造罪ヲ構成スヘキヤ否ヤハ攻究スル事項ニ屬ス抑モ官文書僞造罪ナルモノハ權限アル官吏カ必要ノ條件ヲ具備シテ作成シタル眞正ナル文書ニ模擬シテ作成シタルトキ始メテ本罪ヲ構成スヘク未タ模倣スヘキ文書ノ存在セスシテ單ニ形式上官文書ニ彷彿タル如キ文書ヲ作成シタル而已ニシテ未タ以テ官文書僞造罪ヲ構成スルニ足ラサルナリ本件ヲ按スルニ被告人カ登記濟證ノ如キ文書ヲ作成シテ金圓ヲ騙取シタルハ事實ナルモ其作成ニ係ル文書ハ形式上眞正ノ登記濟證ト相容レサル點夥多ナリ是被告人ハ金圓騙取ノ目的ヲ達センカ爲メ單ニ自己ノ欲スル所ニ隨ヒ一ノ文書ヲ作成シタルニ過キスシテ之ヲ目シテ直ニ官文書ノ僞造ト云フコトヲ得ス何トナレハ第一ノ所爲ハ石井加ヨリ加藤豐吉宛ノ證書第二ノ所爲ハ池田伊助ヨリ加藤豐吉宛ノ證書ニシテ之カ抵當登記ヲナスニ付債權者ナル加藤豐吉ハ登記所ニ出頭シタルコトナク又代人ヲ差出シタルコトナシ抑モ登記ハ債權者ノ利益ノ爲メニ實行スルモノナルニ其債權者ニ於テ毫モ干與セサルコトハ原院ノ認ムル事實ニシテ形式上登記證書ヲ作成スルニ足ル可キ條件ヲ具備セサルナリ然ルニ原院ニ於テ官文書僞造罪ヲ以テ之ヲ論セラレタルハ法律ノ適用ヲ誤リタル不法ノ判决タルヲ免レスト云フニアレトモ◎刑法第二百四條ノ公證文書僞造行使罪ハ人ヲシテ官吏ノ公證ヲ經タル文書ナリト信セシムルニ足ルヘキ形式ヲ有スル文書ヲ作成シ之ヲ事實證明ノ用ニ供スルニ依リテ成立スル犯罪ニシテ他ニ相當官吏ノ公證ヲ經タル眞正ノ文書アリテ犯人カ其文書ニ擬シテ僞造文書ヲ作成シタルコトヲ必要トセサルハ勿論僞造文書カ公證文書ノ作成ニ要スル手續上及ヒ形式上ノ條件ヲ具備スルヤ否ヤハ本罪ノ成立ニ何等ノ影響ヲ及ホサヽルモノトス何トナレハ僞造文書カ人ヲシテ公證文書ナリト信セシムルニ足ルヘキ形式ヲ有スルニ於テハ其文書ニ信ヲ置キテ取引ヲ爲ス所ノ人ヲシテ不測ノ損害ヲ被ラシメ取引ノ安全ヲ害スルノ虞アリ法律カ公證文書僞造行使罪ヲ設ケタルハ畢竟斯ル危險ヲ生スヘキ文書ノ僞造行使ニ對シテ刑罰ノ制裁ヲ付シタルモノニ外ナラサルヲ以テ僞造ノ目的タル文書ニシテ苟クモ人ヲシテ公證ヲ經タル文書ナリト信セシムルニ足ルノ形式ヲ具備スル以上ハ公證文書僞造行使罪ヲ構成スヘキ僞造ノ要件ハ自カラ充實セラレタル筋合ニシテ他ニ眞正ナル公證文書アリヤ否ヤ其文書ハ制規ノ手續ニ從ヒ作成セラレタルヤ否ヤ其文書ハ其作成ニ要スル方式ヲ完備スルヤ否ヤハ公證文書僞造行使罪ノ成立不成立ヲ判斷スルノ上ニ於テ全ク不必要ナル觀念ニ屬スルヲ以テナリ故ニ被告カ人ヲシテ登記官吏ノ公證ヲ經タルモノナルコトヲ信セシムヘキ形式ヲ有スル本件登記濟證書ヲ僞造シ之ヲ加藤豐吉妻トラニ示シテ行使シタルコト原院認定ノ事實ノ如クナルニ於テハ被告ハ公證文書僞造行使罪ノ犯人トシテ刑法第二百四條ノ刑ニ擬セラルヘキハ勿論ナルヲ以テ原院カ被告ニ對シテ同條ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ
第二點ハ第一ノ詐欺取財被告事件ハ其犯罪ノ日時明治三十四年六月六日ニシテ公訴ノ提起ハ明治三十七年七月五日ナレハ其間滿三年有餘ノ日子ヲ經過シテ輕罪ノ時效期間滿了後ノ起訴ナリトス故ニ此點ニ付テハ免訴ノ言渡ヲナスヘキニ原院ニ於テハ元來詐欺取財ヲナスニ因リ文書ヲ僞造行使シタル場合ニ於テハ刑法第三百九十條第二項ノ規定ニヨリ實質上一罪ヲ構成スヘキモノニシテ文書僞造行使ト詐欺取財ノ二罪ヲ爲スモノニ非ラス隨テ之ニ對スル公訴時效ノ適用モ亦一アリテ二アルヘキ理由ナシトノ説明ヲナシ詐欺取財ノ行爲ニ對シテモ重罪ノ公訴時效ヲ適用シタリ斯ク實質上一罪ナリトセハ第三百九十條第一項ヲ適用スルノ必要アランヤ原院ハ刑期ニ關スル法律適用ノ上ニ於テハ第三百九十條第一項ヲ適用シ公訴ニ關シテハ重罪ノ規定ヲ適用シタリ何故ニ斯ク區別スルノ必要アルヤ若シ其區別ヲ要セハ之カ説明ヲナサヽル可ラス之レ擬律錯誤理由不備ノ違法アル判决ナリト云フニ在レトモ◎凡ソ單一ナル犯罪ハ刑罰ノ目的タル違法行爲ノ單位ヲ形成シ分割ノ觀念ヲ容レサルヲ以テ單ニ一罪カ數箇ノ所爲ヨリ成立スル場合ト雖モ各箇ノ所爲ハ一罪ノ一部トシテ包括的ニ之ヲ觀察シ之ニ擬スルニ同一ノ刑律ヲ以テスルコトヲ要シ箇々別々ニ之ヲ觀察シ其各箇ニ對シテ別々ニ擬律ヲ爲スヘキモノニアラス從テ一罪ヲ構成スル各箇ノ所爲ハ常ニ其運命ヲ共ニスヘキモノニシテ一部分消滅シ一部分存續シ得ヘキモノニアラサルヤ明カナリ故ニ一ノ犯罪ハ全部公訴ノ時效ニ罹ルカ若クハ全部訴追處罰ノ目的トナルカ二者中必ラス其一ニ居ルコトヲ要シ其一部分カ尚ホ公訴ノ目的トナルコトヲ得ルニ拘ハラス他ノ一部分ハ早ク既ニ公訴ノ時效ニ罹ルカ如キハ絶ヘテ之レアルコトナシ此點ハ數多ノ所爲カ其性質ニ於テ一罪ヲ構成スルト本來數箇ノ犯罪ヲ構成スヘキ所爲カ法律ノ規定ニ依リ相共ニ一罪ヲ構成スルトキトニ依リテ差異ヲ生スルコトナシ而シテ財物騙取ノ所爲ト官私文書僞造行使罪ハ本來別箇獨立ノ犯罪ヲ構成スルモ文書僞造行使カ財物騙取ノ手段タル場合ニハ此二者間ニ於テ分離スヘカラサル因果ノ連絡アルヲ以テ法律ハ之ヲ連結シテ單一ノ犯罪トナシ二者中ニ於テ其犯情尤モ重キモノニ歸一確定セシメ之ニ擬スルニ單一ノ刑ヲ以テスルコトハ刑法第三百九十條第二項ノ規定ニ徴シテ明確ニシテ此解釋ハ夙ニ當院ノ判例ニ依リテ認メラルヽ所ナリ文書僞造行使ニ因ル詐欺取財罪ニシテ既ニ單一ノ犯罪ヲ構成スル以上ハ其全體ニ對シ一罪トシテ擬律ヲ爲スコトヲ要シ之ヲ構成スル文書僞造行使ノ所爲ト財物騙取ノ所爲トヲ以テ別箇獨立ノ犯罪トシテ別々ニ刑ヲ適用スルコトヲ得サルヲ以テ此二个ノ所爲ハ一罪ノ一部トシテ相共ニ公訴ノ時效ニ罹ルコトアルモ別々ニ公訴ノ時效ニ罹ルコトヲ得サルハ理論上明白ニシテ此場合ニ於テハ犯罪行爲ノ終了シタル時ヲ起算點トシ罪状尤モ重キ所爲ニ對スル公訴ノ時效期間ノ既ニ滿了シタルヤ否ヤヲ以テ犯罪行爲ノ全部ニ對スル公訴時效ノ成否ヲ决セサルヘカラス故ニ本件ノ如ク官文書ヲ僞造行使スルニ因リテ詐欺取財ヲ爲シタル場合ニ於テハ其犯罪全部ハ重キ官文書僞造行使罪ニ歸一確定スヘキヲ以テ犯罪終了ノ時ヨリ起算シ重罪ノ公訴時效ニ要スル十个年ノ滿限ニ依リテ初メテ公訴ノ時效ニ罹ルヘク輕罪タル詐欺取財ノ所爲ノミ三个年ノ經過ニ依リ單獨ニ公訴ノ時效ニ罹ルコトヲ得サルモノトス此點ニ付キ詐欺取財ノ所爲ト文書僞造行使ノ所爲トハ各別々ニ公訴ノ時效ニ罹ルモノトナセル當院從來ノ判例ハ文書僞造行使ニ因ル詐欺取財ヲ一罪トスルノ判例ト牴觸シ理論ノ一貫セサルモノアルヲ以テ當院ハ之ヲ變更シ前示ノ如ク斷定スルヲ可ナリト認ム故ニ原院判决ハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ(判旨第四點)
其第三點ハ本件記録ヲ按スルニ加藤とら豫審調書ニハ證人名下ニ捺印ナク又捺印セサル其旨ノ附記ナシ之レ明カニ刑事訴訟法第百二十二條第二項ノ規定ニ違背シタルモノナリ然ルニモ拘ハラス原審ニ於テハ右加藤とら豫審調書ヲ其儘援用シテ本件斷罪ノ證據トセラレタルハ違法ニ重ヌルニ違法ヲ以テスルモノニシテ原判决ハ失當タルヲ免カレスト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第二十一條ノ二ノ規定ニ依ルトキハ一私人ノ署名捺印スヘキ場合ニハ其署名アルノミヲ以テ足リ捺印ハ必ラスシモ之ヲ要セス隨テ代署ニ關スル同條ノ規定ハ作成者カ署名ヲ爲スコト能ハサル場合ニ限リ適用セラルヘク作成者カ自ラ署名ヲ爲シタル以上ハ其捺印ヲ欠ク場合ト雖モ代署ノ形式ヲ履踐スルノ要ナキコトハ同條ノ法意ニ徴シテ明確ナリ蓋シ舊法ハ署名捺印兩ツナカラ之レヲ必要トシタルヲ改正ノ結果新法ハ署名アルヲ以テ足ルコトヽナリタルモノナリ故ニ證人カ刑事訴訟法第百二十二條ノ規定ニ從ヒ豫審調書ニ署名捺印スル場合ニ於テモ亦改正セラレタル第二十一條ノ規定ニ從ヒ署名ヲ爲スノミヲ以テ足リ捺印ハ必ラスシモ之レヲ要セサルモノト解釋スルヲ相當トス左スレハ本件加藤とらノ豫審調書ニ同人ノ署名アル以上ハ其押印ヲ欠キ且ツ之レヲ欠ケル所以ノ理由ヲ附記セサルモ其調書ハ有效ナリ故ニ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事末弘嚴石干與明治三十七年十二月二十二日大審院第一、第二刑事聯合部
明治三十七年(レ)第二一九八号
明治三十七年十二月二十二日宣告
◎判決要旨
- 一 一罪が数箇の所為より成立する場合と雖も各箇の所為は常に其運命を同うし全部公訴の時効に罹るか若くは全部訴追処罰の目的となるか二者必す其一に居るべきものとす。
而して数多の所為が其性質上一罪を構成すると本来数箇の犯罪を構成すべき所為が法律の規定の為め相共に一罪を構成するとに依りて何等の差異を生ずることなし(判旨第四点)
- 一 詐欺取財を行ふに因で文書を偽造行使せる場合には犯罪終了の時より起算し罪情最も重き所為に対する公訴時効期間の既に満了したるや否やに依りて犯罪行為の全部に対する時効の成否を断定せざるべからず。
(同上)
第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院
右官私文書偽造行使詐欺取財被告事件に付、明治三十七年十月六日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で裁判所構成法第四十九条に依り刑事の総部連合の上刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意を要するに第一は被告は素より官文書を偽造するの意思なきは勿論官薄又は抵当権設定登記済の証書に因り之を偽造したるにあらず。
偶然被告一時随意に虚作したるものにて恰も児戯に等しき仮装に過ぎず殊に規定の官印即受附記号及び割印等の形影もこれなし如此不完全にして其要素を具備せざるものなれば官文書偽造罪を構成せずと云ふに在れども◎被告に官文書偽造の意思ありたることは原判決に認むる所の事実にして上告前段の論旨は之れと反対なる事実上の主張を為し其事実を根拠として原判決を攻撃するものに外ならざるを以て結局原院の職権に属する事実認定の非難にして上告適法の理由とならず其後段の論旨に付きては被告の偽造したる本件の登記済証には所論の如く規定の受付記号及び割印等の形影なくして登記済証の作成に要する形式を完備せざるものとするも其証書にして人をして登記済証なることを信ぜしむべき形式を有するに於ては之を偽造したる被告の所為は公証文書偽造罪を構成することを妨げざるものとす。
故に後段の論旨も亦た理由なし。
其第二は原院公廷に於て弁護人は書類閲覧の上証言調書中証人の捺印なきものを発見し該調書の無効たることを論し第一審判決を取消すべきものたるを弁論せしに拘はらず控訴を棄却したるは不法なりと云ふにあれども◎第一審判決に対して被告より控訴の申立を為したる場合に一審判決が其主文及び其主文の依て生ずる事実の認定法律の適用に於て第二審の判決と符合するに於ては一審判決は相当にして被告の控訴は理由なきに帰するを以て控訴裁判所は第一審判決を認可して被告の控訴を棄却することを要し証拠の取捨判断に関して第一審判決に多少の不当の点ありとするも之を理由として第一審判決を取消すことを得ざるものとす。
故に本論旨も亦理由なし。
弁護人高橋章之助上告趣意拡張書第一点は本件が果して刑法第二百四条の官文書偽造罪を構成すべきや否やは攻究する事項に属す。
抑も官文書偽造罪なるものは権限ある官吏が必要の条件を具備して作成したる真正なる文書に模擬して作成したるとき始めて本罪を構成すべく未だ模倣すべき文書の存在せずして単に形式上官文書に彷彿たる如き文書を作成したる而己にして未だ以て官文書偽造罪を構成するに足らざるなり。
本件を按ずるに被告人が登記済証の如き文書を作成して金円を騙取したるは事実なるも其作成に係る文書は形式上真正の登記済証と相容れざる点夥多なり。
是被告人は金円騙取の目的を達せんか為め単に自己の欲する所に随ひ一の文書を作成したるに過ぎずして之を目して直に官文書の偽造と云ふことを得ず。
何となれば第一の所為は石井加より加藤豊吉宛の証書第二の所為は池田伊助より加藤豊吉宛の証書にして之が抵当登記をなすに付、債権者なる加藤豊吉は登記所に出頭したることなく又代人を差出したることなし。
抑も登記は債権者の利益の為めに実行するものなるに其債権者に於て毫も干与せざることは原院の認むる事実にして形式上登記証書を作成するに足る可き条件を具備せざるなり。
然るに原院に於て官文書偽造罪を以て之を論せられたるは法律の適用を誤りたる不法の判決たるを免れずと云ふにあれども◎刑法第二百四条の公証文書偽造行使罪は人をして官吏の公証を経たる文書なりと信ぜしむるに足るべき形式を有する文書を作成し之を事実証明の用に供するに依りて成立する犯罪にして他に相当官吏の公証を経たる真正の文書ありて犯人が其文書に擬して偽造文書を作成したることを必要とせざるは勿論偽造文書が公証文書の作成に要する手続上及び形式上の条件を具備するや否やは本罪の成立に何等の影響を及ぼさざるものとす。
何となれば偽造文書が人をして公証文書なりと信ぜしむるに足るべき形式を有するに於ては其文書に信を置きて取引を為す所の人をして不測の損害を被らしめ取引の安全を害するの虞あり法律が公証文書偽造行使罪を設けたるは畢竟斯る危険を生ずべき文書の偽造行使に対して刑罰の制裁を付したるものに外ならざるを以て偽造の目的たる文書にして苟くも人をして公証を経たる文書なりと信ぜしむるに足るの形式を具備する以上は公証文書偽造行使罪を構成すべき偽造の要件は自から充実せられたる筋合にして他に真正なる公証文書ありや否や其文書は制規の手続に従ひ作成せられたるや否や其文書は其作成に要する方式を完備するや否やは公証文書偽造行使罪の成立不成立を判断するの上に於て全く不必要なる観念に属するを以てなり。
故に被告が人をして登記官吏の公証を経たるものなることを信ぜしむべき形式を有する本件登記済証書を偽造し之を加藤豊吉妻とらに示して行使したること原院認定の事実の如くなるに於ては被告は公証文書偽造行使罪の犯人として刑法第二百四条の刑に擬せらるべきは勿論なるを以て原院が被告に対して同条を適用処断したるは相当にして上告論旨は理由なし。
第二点は第一の詐欺取財被告事件は其犯罪の日時明治三十四年六月六日にして公訴の提起は明治三十七年七月五日なれば其間満三年有余の日子を経過して軽罪の時効期間満了後の起訴なりとす。
故に此点に付ては免訴の言渡をなすべきに原院に於ては元来詐欺取財をなすに因り文書を偽造行使したる場合に於ては刑法第三百九十条第二項の規定により実質上一罪を構成すべきものにして文書偽造行使と詐欺取財の二罪を為すものに非らず随で之に対する公訴時効の適用も亦一ありて二あるべき理由なしとの説明をなし詐欺取財の行為に対しても重罪の公訴時効を適用したり。
斯く実質上一罪なりとせば第三百九十条第一項を適用するの必要あらんや原院は刑期に関する法律適用の上に於ては第三百九十条第一項を適用し公訴に関しては重罪の規定を適用したり。
何故に斯く区別するの必要あるや若し其区別を要せば之が説明をなさざる可らず之れ擬律錯誤理由不備の違法ある判決なりと云ふに在れども◎凡そ単一なる犯罪は刑罰の目的たる違法行為の単位を形成し分割の観念を容れざるを以て単に一罪が数箇の所為より成立する場合と雖も各箇の所為は一罪の一部として包括的に之を観察し之に擬するに同一の刑律を以てずることを要し箇箇別別に之を観察し其各箇に対して別別に擬律を為すべきものにあらず。
従て一罪を構成する各箇の所為は常に其運命を共にすべきものにして一部分消滅し一部分存続し得べきものにあらざるや明かなり。
故に一の犯罪は全部公訴の時効に罹るか若くは全部訴追処罰の目的となるか二者中必らず其一に居ることを要し其一部分が尚ほ公訴の目的となることを得るに拘はらず他の一部分は早く既に公訴の時効に罹るが如きは絶へて之れあることなし此点は数多の所為が其性質に於て一罪を構成すると本来数箇の犯罪を構成すべき所為が法律の規定に依り相共に一罪を構成するときとに依りて差異を生ずることなし、而して財物騙取の所為と官私文書偽造行使罪は本来別箇独立の犯罪を構成するも文書偽造行使が財物騙取の手段たる場合には此二者間に於て分離すべからざる因果の連絡あるを以て法律は之を連結して単一の犯罪となし二者中に於て其犯情尤も重きものに帰一確定せしめ之に擬するに単一の刑を以てずることは刑法第三百九十条第二項の規定に徴して明確にして此解釈は夙に当院の判例に依りて認めらるる所なり。
文書偽造行使に因る詐欺取財罪にして既に単一の犯罪を構成する以上は其全体に対し一罪として擬律を為すことを要し之を構成する文書偽造行使の所為と財物騙取の所為とを以て別箇独立の犯罪として別別に刑を適用することを得ざるを以て此二个の所為は一罪の一部として相共に公訴の時効に罹ることあるも別別に公訴の時効に罹ることを得ざるは理論上明白にして此場合に於ては犯罪行為の終了したる時を起算点とし罪状尤も重き所為に対する公訴の時効期間の既に満了したるや否やを以て犯罪行為の全部に対する公訴時効の成否を決せざるべからず。
故に本件の如く官文書を偽造行使するに因りて詐欺取財を為したる場合に於ては其犯罪全部は重き官文書偽造行使罪に帰一確定すべきを以て犯罪終了の時より起算し重罪の公訴時効に要する十个年の満限に依りて初めて公訴の時効に罹るべく軽罪たる詐欺取財の所為のみ三个年の経過に依り単独に公訴の時効に罹ることを得ざるものとす。
此点に付き詐欺取財の所為と文書偽造行使の所為とは各別別に公訴の時効に罹るものとなせる当院従来の判例は文書偽造行使に因る詐欺取財を一罪とするの判例と牴触し理論の一貫せざるものあるを以て当院は之を変更し前示の如く断定するを可なりと認む故に原院判決は相当にして上告論旨は理由なし。
(判旨第四点)
其第三点は本件記録を按ずるに加藤とら予審調書には証人名下に捺印なく又捺印せざる其旨の附記なし。
之れ明かに刑事訴訟法第百二十二条第二項の規定に違背したるものなり。
然るにも拘はらず原審に於ては右加藤とら予審調書を其儘援用して本件断罪の証拠とせられたるは違法に重ぬるに違法を以てずるものにして原判決は失当たるを免がれずと云ふに在れども◎刑事訴訟法第二十一条の二の規定に依るときは一私人の署名捺印すべき場合には其署名あるのみを以て足り捺印は必らずしも之を要せず。
随で代署に関する同条の規定は作成者が署名を為すこと能はざる場合に限り適用せらるべく作成者が自ら署名を為したる以上は其捺印を欠く場合と雖も代署の形式を履践するの要なきことは同条の法意に徴して明確なり。
蓋し旧法は署名捺印両つながら之れを必要としたるを改正の結果新法は署名あるを以て足ることとなりたるものなり。
故に証人が刑事訴訟法第百二十二条の規定に従ひ予審調書に署名捺印する場合に於ても亦改正せられたる第二十一条の規定に従ひ署名を為すのみを以て足り捺印は必らずしも之れを要せざるものと解釈するを相当とす。
左すれば本件加藤とらの予審調書に同人の署名ある以上は其押印を欠き且つ之れを欠ける所以の理由を附記せざるも其調書は有効なり。
故に本論旨も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事末弘厳石干与明治三十七年十二月二十二日大審院第一、第二刑事連合部