明治三十七年（ゐ）第八七號
明治三十七年十二月二日宣告
◎判决要旨
- 一 刑事訴訟法第三百一條第六號ニ所謂民事上ノ判决トハ通常裁判所カ民事訴訟法ニ依リテ爲スヘキ判决ヲ指稱ス從テ特許局カ特許法ニ基キテ與フヘキ特許ハ之ニ包含セス
（參照）再審ノ訴ハ左ノ場合ニ於テ重罪、輕罪ノ刑ノ言渡ニ對シ被告人ノ利益ノ爲メ之ヲ爲スコトヲ得但判决確定ノ後ニ非サレハ之ヲ爲スコトヲ得ス」判决ノ憑據ト爲リタル民事上ノ判决他ノ確定ト爲リタル判决ヲ以テ廢棄若クハ破毀セラレタルトキ（刑事訴訟法第三百一條第六號）
右特許法違犯被告事件ニ付明治三十六年十一月十七日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决確定ノ後各再審申立人ヨリ再審ノ訴ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第三百六條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
再審ノ訴旨ハ再審申立人等ハ明治三十五年七八月頃ニ於テ愛知縣三河國寶飯郡三谷町四百七十九番戸竹内仁右衛門カ特許第四八七六號ニヨリ登録セラレタル醤油釀造法ノ特許權ヲ侵害シタリトテ同年八月二十二日仁右衛門ヨリ告訴ヲ受ケ其結果高松地方裁判所ニ於テ同年十一月十九日申立人等ヲ各罰金百圓ニ處スル旨ノ判决ヲ受ケタリ而シテ申立人等ハ該判决不服ノ爲メ大阪控訴院ニ控訴ヲ提起シ嚴正ナル裁判ヲ求メントシタルニ同院ニ於テモ亦不幸ニシテ控訴棄却ノ判决ヲ受ケタル次第ナリ先是申立人等ハ右釀造法カ殆ント公知ノ事柄ニシテ現ニ申立人等カ從來此方法ニ基キ醤油釀造ヲナシ來ル事ヲ理由トシ被告事件第一審裁判所ニ繋屬中ニ於テ特許證主タル竹内仁右衛門ヲ相手取リ特許局ニ對シ特許無效ノ審判請求ヲナシ一方ニハ此審判事件ノ確定スル迄刑事事件ノ進行ヲ停止スヘク請求シタレトモ不幸第一二審裁判所共此請求ヲ却下セラレ無已審判請求事件ノ確定前ニ於テ第二審判决ヲ受クル事トナリタリ然ルニ審判請求事件ハ明治三十七年四月十一日附ヲ以テ申立人等カ主張セシ事實即チ特許法第二十條第一號ニ該當スル無效ノ特許ナリトノ審决ヲ與ヘラレ特許證主ヨリ審决不服ノ上告ヲ提起シタルモ上告棄却ノ判决ヲ受ケ特許無效ノ審决ハ茲ニ全然確定シタルモノナリ故ニ申立人等ハ此審决確定前大阪控訴院ノ第二審刑事判决ニ對シ上告申立ヲナシ一方ニ於テ審判事件ノ確定ニ至ル迄公判延期ヲ申請シタルニ大審院ニテハ審判事件ノ審决ノ效果カ刑事事件タル特許侵害事件ニ影響スヘキモノト思惟セラレ此理由ニ基ク申請ヲ容レ兩三囘延期シタル結果去ル九月二十日ヲ以テ公判ヲ開廷セラレ十月四日判决言渡ヲナシタリ然ルニ何ソ圖ラン判决言渡ノ結果ハ申立人等ノ上告ヲ棄却セラレ特許無效ノ審判カ刑事事件ニハ何等ノ效果ヲモ及ホサヽル事トナリタリ而シテ其趣旨トスル所ハ上告審ニ於テハ事實ノ裁判ヲナスニアラサルカ故ニ其無效審判事件確定セサル間ニ於テ特許侵害ノ言渡ヲナシタル第二審判决ハ其後ノ事情變更ヲ理由トシ之ヲ不法ナリト判定スヘカラスト云フニアリテ存ス此上告審ニ於ケル判决ノ當否ハ茲ニ之ヲ論セサルモ既ニ特許侵害被告事件ノ證憑トナリタル根本ノ事實即チ醤油釀造法ノ特許ニシテ無效タルコト確定シタル以上ハ申立人等カ受ケタル被告事件ノ確定判决ハ當然取消サル可キモノト信ス而シテ此取消ハ刑事訴訟法第三百一條第六號ニヨリ再審ノ訴ヲ提起シテ之ヲ爲スモノト思料ス尤モ前記法條ニ對シテハ或ハ説ヲナスモノアラン同條ニハ判决ノ證憑ト爲リタル民事上ノ判决トアルカ故ニ特許登録ノ如キハ同條ニ包含ス可キモノニアラスト然レトモ本件ノ如キ塲合ニ於テ之ヲ同條ニ包含セサルモノトセハ殆ント此等救濟ノ方法ナキハ勿論他ノ再審ヲ許シタル事項トノ權衡ヲ失スルニ至ラン而シテ判决ナル文字ハ必ラスシモ或ル裁判所ニ於テ形式ヲ備ヘテ言渡シタル决定ヲ言フモノニアラスシテ之ヲ廣義ニ解スレハ特許局カ種々ノ手續ニ於テ特許法ニ該當スヘキ發明ナルヤ否ヲ判斷シ而シテ之ニ特種ノ權利ヲ付與ス可キコトヲ决定シ原籍ニ登録セラレタル時ハ之ヲ目シテ一種ノ民事的判决ナリトスルニ躊躇セサルヘシ而カモ刑事訴訟法發布ノ際ハ新特許法ナルモノノ制定ナク從テ審决若クハ審判等ノ文字ノ解釋不明ナリシ等ノ理由ニ依リ當時ノ立法者ノ意思ハ判决ナル文字ヲ必スシモ論者ノ意見ノ如ク嚴格ニ解釋シタルモノト謂フヘカラサルハ勿論ナリ蓋シ立法者ノ意思ハ他ノ方面ニ於テ一ノ權利若クハ判决ナル意味ニ使用サレタルモノナル事ヲ察スルニ餘リアリ
右ノ次第ニ付キ申立人等ノ受ケタル刑事上ノ確定判决ハ特許權無效ノ審决確定シタル今日ニ於テハ之カ再審ヲ求ムル當然ノ理由存在スルモノト思料スルニ付刑事訴訟法第三百四條ニ基キ各種判决ノ謄本ヲ添ヘ茲ニ再審ヲ求ムト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第三百一條第六號ニ所謂民事上ノ判决トハ通常裁判所カ民事訴訟法ニ基キテ爲スヘキ判决ヲ指シタルモノニシテ特許局カ特許法ニ基キテ與フヘキ特許ヲ包含セサルモノトス故ニ再審申立人カ受ケタル原院判决ノ憑據ト爲リタル特許カ無效ノ審决ヲ受ケテ確定シタリトスルモ以テ再審ノ原由ト爲スヲ得サルニ付本論旨ハ其理由ナシ
右ノ理由ニ依リ本件再審ノ訴ハ之ヲ棄却ス
檢事豐島直通干與明治三十七年十二月二日大審院第一刑事部
明治三十七年（ヰ）第八七号
明治三十七年十二月二日宣告
◎判決要旨
- 一 刑事訴訟法第三百一条第六号に所謂民事上の判決とは通常裁判所が民事訴訟法に依りて為すべき判決を指称す。
従て特許局が特許法に基きて与ふべき特許は之に包含せず
（参照）再審の訴は左の場合に於て重罪、軽罪の刑の言渡に対し被告人の利益の為め之を為すことを得。
但判決確定の後に非ざれば之を為すことを得ず。」判決の憑拠と為りたる民事上の判決他の確定と為りたる判決を以て廃棄若くは破毀せられたるとき（刑事訴訟法第三百一条第六号）
右特許法違犯被告事件に付、明治三十六年十一月十七日大坂控訴院に於て言渡したる判決確定の後各再審申立人より再審の訴を為したり。
依て刑事訴訟法第三百六条の式を履行し判決すること左の如し
再審の訴旨は再審申立人等は明治三十五年七八月頃に於て愛知県三川国宝飯郡三谷町四百七十九番戸竹内仁右衛門が特許第四八七六号により登録せられたる醤油醸造法の特許権を侵害したりとて同年八月二十二日仁右衛門より告訴を受け其結果高松地方裁判所に於て同年十一月十九日申立人等を各罰金百円に処する旨の判決を受けたり。
而して申立人等は該判決不服の為め大坂控訴院に控訴を提起し厳正なる裁判を求めんとしたるに同院に於ても亦不幸にして控訴棄却の判決を受けたる次第なり。
先是申立人等は右醸造法が殆んど公知の事柄にして現に申立人等が従来此方法に基き醤油醸造をなし来る事を理由とし被告事件第一審裁判所に繋属中に於て特許証主たる竹内仁右衛門を相手取り特許局に対し特許無効の審判請求をなし一方には此審判事件の確定する迄刑事事件の進行を停止すべく請求したれども不幸第一二審裁判所共此請求を却下せられ無己審判請求事件の確定前に於て第二審判決を受くる事となりたり。
然るに審判請求事件は明治三十七年四月十一日附を以て申立人等が主張せし事実即ち特許法第二十条第一号に該当する無効の特許なりとの審決を与へられ特許証主より審決不服の上告を提起したるも上告棄却の判決を受け特許無効の審決は茲に全然確定したるものなり。
故に申立人等は此審決確定前大坂控訴院の第二審刑事判決に対し上告申立をなし一方に於て審判事件の確定に至る迄公判延期を申請したるに大審院にては審判事件の審決の効果が刑事事件たる特許侵害事件に影響すべきものと思惟せられ此理由に基く申請を容れ両三回延期したる結果去る九月二十日を以て公判を開廷せられ十月四日判決言渡をなしたり。
然るに何そ図らん判決言渡の結果は申立人等の上告を棄却せられ特許無効の審判が刑事事件には何等の効果をも及ぼさざる事となりたり。
而して其趣旨とする所は上告審に於ては事実の裁判をなすにあらざるが故に其無効審判事件確定せざる間に於て特許侵害の言渡をなしたる第二審判決は其後の事情変更を理由とし之を不法なりと判定すべからずと云ふにありて存す此上告審に於ける判決の当否は茲に之を論せざるも既に特許侵害被告事件の証憑となりたる根本の事実即ち醤油醸造法の特許にして無効たること確定したる以上は申立人等が受けたる被告事件の確定判決は当然取消さる可きものと信ず。
而して此取消は刑事訴訟法第三百一条第六号により再審の訴を提起して之を為すものと思料す尤も前記法条に対しては或は説をなすものあらん同条には判決の証憑と為りたる民事上の判決とあるが故に特許登録の如きは同条に包含す可きものにあらずと。
然れども本件の如き場合に於て之を同条に包含せざるものとせば殆んど此等救済の方法なきは勿論他の再審を許したる事項との権衡を失するに至らん。
而して判決なる文字は必らずしも或る裁判所に於て形式を備へて言渡したる決定を言ふものにあらずして之を広義に解すれば特許局が種種の手続に於て特許法に該当すべき発明なるや否を判断し、而して之に特種の権利を付与す可きことを決定し原籍に登録せられたる時は之を目して一種の民事的判決なりとするに躊躇せざるべし而かも刑事訴訟法発布の際は新特許法なるものの制定なく。
従て審決若くは審判等の文字の解釈不明なりし等の理由に依り当時の立法者の意思は判決なる文字を必ずしも論者の意見の如く厳格に解釈したるものと謂ふべからざるは勿論なり。
蓋し立法者の意思は他の方面に於て一の権利若くは判決なる意味に使用されたるものなる事を察するに余りあり
右の次第に付き申立人等の受けたる刑事上の確定判決は特許権無効の審決確定したる今日に於ては之が再審を求むる当然の理由存在するものと思料するに付、刑事訴訟法第三百四条に基き各種判決の謄本を添へ茲に再審を求むと云ふに在れども◎刑事訴訟法第三百一条第六号に所謂民事上の判決とは通常裁判所が民事訴訟法に基きて為すべき判決を指したるものにして特許局が特許法に基きて与ふべき特許を包含せざるものとす。
故に再審申立人が受けたる原院判決の憑拠と為りたる特許が無効の審決を受けて確定したりとするも以て再審の原由と為すを得ざるに付、本論旨は其理由なし。
右の理由に依り本件再審の訴は之を棄却す
検事豊島直通干与明治三十七年十二月二日大審院第一刑事部
