明治三十六年勅令第七十三號違犯ノ件
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大審院刑事判決録(刑録)10輯2277頁

明治三十七年(れ)第二二六三號
明治三十七年十一月二十二日宣告

◎判决要旨

  • 一 僞造ノ外國銀行券ヲ行使セシムル目的ヲ以テ知情者ニ讓渡セル所爲ハ新法タル明治三十七年勅令第百七十七號第三條一項ニ該當スレトモ舊法即チ明治三十六年勅令第七十三號ニ於テハ之ヲ罰スヘキ明文ナケレハ其所爲舊法ノ施行中ニ係ルトキハ無罪ヲ言渡スヘキモノトス(判旨第一點)
    (參照)流通セシムルノ目的ヲ以テ外國ニ於テノミ流通スル金銀貨、紙幣、銀行券、帝國官府發行ノ證券ヲ僞造シ又ハ變造シタル者ハ重懲役又ハ輕懲役ニ處ス」金銀貨以外ノ硬貨ヲ僞造シ又ハ變造シタル者ハ輕懲役又ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ處ス(明治三十七年勅令第百七十七號第一條)
    情ヲ知テ僞造又ハ變造ニ係ル第一條ニ記載シタル物ヲ行使シ若ハ流通セシムルノ目的ヲ以テ授受シタル者ハ輕懲役又ハ六月以上五年以下ノ重禁錮ニ處ス(明治三十七年勅令第百七十七號第三條第一項)
  • 一 情ヲ知リ行使ノ目的ヲ以テ僞造ノ外國銀行券ヲ取得シタル所爲ハ明治三十六年勅令第七十三號第二條ニ該當ス(同上)
    (參照)僞造又ハ變造シタル外國流通ノ貨幣、紙幣又ハ銀行券ハ之ヲ帝國ヨリ輸出シ若ハ外國ニ輸入シ又ハ之ヲ使行シ若ハ行使ノ目的ヲ以テ之ヲ收得スルコトヲ得ス(明治三十六年勅令第七十三號第二條)

第一審 福岡地方裁判所小倉支部
第二審 長崎控訴院

被告人 岩田兼吉

右明治三十六年勅令第七十三號違犯事件ニ付明治三十七年十月七日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ

上告趣意書ノ第一點ハ原院ハ上告申立人ノ所爲ヲ以テ明治三十六年勅令第七十三號第二條及第三條ニ該當スルモノト認定セラレタリ然レトモ第二條ヲ按スルニ第一、僞造變造ノ外國銀行券等ヲ帝國ヨリ輸出シタルモノ第二、之ヲ外國ニ輸入シタルモノ第三ハ之ヲ行使シタルモノ第四ハ行使ノ目的ヲ以テ之ヲ收得シタルモノヲ罰セリ然ルニ原院ノ判决ニ依レハ原院ハ上告申立人ニ第一第二ノ犯行アリシコトヲ認メス又原判文ニ依レハ(今西好像尾畑房吉一ノ瀬三吉ニ僞造品タル情ヲ明示シテ讓渡シタルモノナリ)トアリ即知情者ニ對シテハ行使ト爲ルヘキモノニアラサルヲ以テ上告申立人ハ行使ノ所爲アリシモノニアラス又原院判决中上告申立人カ行使ノ目的ヲ以テ僞造銀行券ヲ收得シタル事實ヲ認メタルモノナシ(原院カ採用シタル上告申立人ノ豫審第一囘調書ニ依レハ若山芳太郎ニ對スル貸金ノ擔保トシテ一時僞造銀行券ヲ收得シタルコト明白ナレハ上告申立人ハ行使ノ目的ヲ以テ芳太郎ヨリ收得シタルモノニアラス)是ヲ以テ原院ノ認定シタル事實ヲ是認スルモ尚ホ上告申立人ハ三十六年勅令第七十三號ノ違犯者ニアラスト信ス此ノ故ニ假令上告申立人ノ所爲ニシテ三十七年勅令第百七十七號第三條ニ該當スル所爲アリトスルモ所犯當時ニ於テ之ヲ罰スヘキ法條ナキ以上ハ新舊法ヲ比照シテ制裁ヲ加フヘキモノニアラス依テ原院ノ判决ハ不當ニ法律ヲ適用シタルモノト信スト云フニ在リ◎依テ審按スルニ明治三十七年勅令第百七十七號ハ其第三條ニ於テ外國ニ於テノミ流通スル貨幣紙幣銀行券等ヲ僞造變造ノ情ヲ知テ授受シタル者ヲ處罰スルコトヲ規定シアレトモ之レカ舊法タル明治三十六年勅令第七十三號ニハ右僞造變造ニ係ル銀行券等ヲ行使ノ目的ヲ以テ知情者ニ授付シタル場合ヲ處罰スヘキ明文ノ規定ナキハ上告所論ノ如シ故ニ本件原院ノ認メタル犯罪事實ニシテ若シ兼吉ニ於テ僞造ノ英領香港上海㒑豐銀行發行五圓銀行券約四百枚中國通商銀行發行五圓銀行券約六百枚ヲ情ヲ知リ之ヲ使行セシムル目的ヲ以テ今西好像畑尾房吉一ノ瀬三吉ニ情ヲ明カシテ讓渡シタルモノナリトスルニアランカ新法タル明治三十七年勅令第百七十七號第三條一項ニ該當スルハ勿論ナレトモ本件所犯ノ當時ニ效力ヲ有シタル舊法即チ明治三十六年勅令第七十三號ニ於テハ之ヲ罰スヘキ明文ナキヲ以テ刑法第二條ニ依リ無罪ヲ言渡スヘキモノナルコト言ヲ俟タス若シ之ニ反シ被告兼吉カ今西好像外二名ニ讓渡シタル僞造銀行券ハ同人カ情ヲ知リ行使ノ目的ニテ他ヨリ取得シタリトスルニ在リトセンカ明治三十六年勅令第七十三號第二條ニ該當スヘキヲ以テ右法條ヲ適用處分スルハ相當ナリトス然ルニ原判决ハ知情者間ノ授受ヲ以テ犯罪ト認メタルモノナルヤ又ハ被告兼吉カ情ヲ知リテ其僞造銀行券ヲ取得シタル點ヲ犯罪ト認メタルヤ其事實ノ理由判明セサルニヨリ其法律適用ノ當否ヲ鑑査スルニ由ナシ故ニ原判决ハ事實ノ理由不備ナリトシテ此點ニ於テ全部ヲ破毀シ更ニ審判ヲ爲サシムヘキモノトス(判旨第一點)
第二點第一審判决中法律適用ノ部ヲ按スルニ「各被告ノ所爲ハ明治三十七年勅令第百七十七號第一項ニ該當ス」云々トノ記載アリ其第一項トハ第一條ヲ指示シタルモノナルヘシ然ルニ原院ハ「右所爲ハ明治三十七年勅令第百七十七號第三條第一項ニ該當スルモ」ト判示シテ第一審ノ判决ト法條ノ適用ヲ異ニシナカラ尚ホ原判决ヲ取消サスシテ控訴ヲ棄却シタルハ違法ナリト信スト云フニ在リ◎依テ審按スルニ本件第一審判决ニ於テ被告ノ所爲ハ明治三十七年勅令第百七十七號第一項ニ該當ス云々ト説明シ其第何條ノ一項ニ該當スルヤヲ明示セサルハ法律ノ理由ニ不備アルモノナリ然ルニ原院ハ其判决ニ於テ右ノ所爲ハ明治三十七年勅令第百七十七號第三條一項ニ該當スルモ云々ト判示シ明ニ第一審判决
法律ノ適用ニ不法ノ點アルコトヲ認メタルニ拘ハラス第一審判决ヲ取消サスシテ却テ控訴ヲ理由ナシトシテ棄却ノ判决ヲ爲シタルハ失當ニシテ即チ刑事訴訟法第二百六十一條一項ヲ不當ニ適用シタル擬律錯誤ノ瑕瑾アルモノトス然レトモ本件ハ前第一點論旨ニ對シ辯明シタル如ク判决全部ヲ破毀シ更ニ審判ヲ爲サシムルノ必要アルヲ以テ本院ニ於テ特ニ第二點ノ理由ニ基キ自ラ判决ヲ爲スヘキ限リニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條ニヨリ原判决全部ヲ破毀シ本件ヲ廣島控訴院ニ移送ス
檢事末弘嚴石干與明治三十七年十一月二十二日大審院第一刑事部