私書僞造行使冐認抵當未遂及約束手形僞造行使詐欺取財ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）10輯1028頁
明治三十七年（れ）第六四六號
明治三十七年五月十日宣告
◎判决要旨
- 一 同居ノ實兄ノ所有ニ屬スル不動産ヲ冐認シ之ヲ他人ニ抵當ト爲シ金圓ヲ騙取セントシタル場合ニ於テハ刑法第三百九十八條ヲ適用スヘキモノニ非ス
（參照）此節ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者第三百七十七條ニ掲ケタル親屬ニ係ル時ハ其罪ヲ論セス（刑法第三百＄九十八條）
祖父母父母夫妻子孫及ヒ其配偶者又ハ同居ノ兄弟姉妹互ニ其財物ヲ竊取シタル者ハ竊盜ヲ以テ論スルノ限ニ在ラス（刑法第三百七＄十七條第一項）
第一審 長崎地方裁判所
第二審 長崎控訴院
右私書僞造行使冐認抵當未遂及約束手形僞造行使詐欺取財被告事件ニ付明治三十七年一月二十九日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告ノ上告趣意書ハ第一點原審判决ハ上告人カ佐保元治宛金高百五十圓ノ約束手形ヲ徳久太郎次ニ交付スルニ當リテ佐保元治ノ代理人タル資格ヲ以テ元治ヨリ太郎次ニ對シ該手形ノ裏書讓渡ヲ爲スモノトシテ即チ其讓渡行爲ヲ代理シテ執行シタルモノナルヤ或ハ又單ニ該手形ヲ上告人自身（元治ノ代理タル資格ニアラスシテ）ヨリ太郎次ニ預ケタルモノナルヤ若シクハ其他ノ名義ト資格トヲ以テ之レヲ交付シタルカ即チ之ヲ交付スルニ當リテ上告人ノ資格ト之ヲ交付シタル名義ヲ判示セスシテ刑法第二百九條ヲ適用處斷シタルハ理由不備ノ不法判决ナリトス何トナレハ上告人ノ主張スル如クニ上告人カ該手形ヲ太郎次ノ手ニ渡シタルハ單ニ之レニテ然ルヘキカヲ質ス爲メニ一覽ヲ求ムル爲メニ渡シタルニ過キスシテ裏書讓渡行爲ヲ元治ニ代理シテ執行シタルモノニアラストセハ原審判决ノ示スカ如クニ上告人カ太郎次ノ手ニ該手形ヲ渡シタル行爲即チ交付アリトスルモ上告人ハ行使ノ意思ナク從テ行使セサルモノナルカ故ニ裏書僞造行使ノ罪ノ成立スヘキ譯合アラサレハナリト云フニ在リ◎然レトモ原判决ハ被告人カ被告人ヨリ佐保元治宛ノ約束手形ヲ作リ元治ヨリ徳久太郎次ニ裏書讓渡ヲ爲ス旨ノ記載ヲ爲シテ裏書ノ僞造ヲ爲シ之ヲ久太郎ニ交付シテ元治カ承諾上右裏書ヲ爲シタルコトヲ誤信セシメ金員ヲ騙取シタリトノ事實ヲ判示セリ即チ上告申立人カ主張スル如キ單ニ手形ノ適式ナルヤ否ヲ質ス爲メニ一覽ヲ求メタリトノ事實ハ之ヲ認メサルコト明白ナルノミナラス原判决カ判示シタル右ノ事實ハ既ニ約束手形ノ裏書僞造行使罪トシテ論斷スルニ十分ナレハ更ニ進ンテ手形ヲ交付スルニ當リ上告申立人ノ資格ト之ヲ交付シタル名義ノ如何ヲ判示スルノ要ナシトス因テ本論旨ハ上告ノ理由トナラス
辯護人飯田吉五郎上告趣意擴張書第一點ハ凡ソ冐認ナルモノハ他人ノ動産不動産ヲ冐認横奪シテ自己ノ物トシ之ヲ販賣交換又ハ抵當典物トスル所爲即チ他人ノ所有權ヲ横奪スル行爲ナルカ故ニ事實上横奪シ能ハサル物ニ對シテハ冐認罪成立スルコトナシ彼ノ僞造證書ヲ行使シ不正ニ登記ヲ變更スルモ更ニ所有權移轉ノ效力ヲ生スルモノニアラス從テ眞所有者ノ權利ハ眞正ニ取消サレタルモノニ非サルヲ以テ次ニ登記セラレタル他人ノ權利ハ到底消滅スヘキモノナルカ故ニ本罪ヲ構成セサルモノト信ス本件記録ヲ閲スルニ被告ハ土地讓與證書ヲ僞造シ實兄元治ノ不動産ヲ自己ノ名義ニ變更登記ヲ爲シ更ニ宮崎勇一郎ニ抵當ト爲サントシテ未タ遂ケサルモノナリ果シテ然ラハ被告ノ實兄元治ハ元ヨリ被告ノ行爲ニ依リテ其所有權ヲ横奪セラルヽコトナキモノナルヲ以テ證書僞造罪ヲ以テ罰スルハ格別原裁判所カ被告ヲ冐認罪ニ問擬シタルハ擬律ノ錯誤ナリト云フニ在リ◎然レトモ冐認罪ノ目的物ハ民法上所有權ノ移轉セサルコトアルヘシト雖モ冐認罪ハ此民法上ノ效力如何ニ拘ハラス他人ノ動産不動産ヲ自己ノ所有物ナリトシテ販賣交換又ハ抵當典物ト爲シタルトキニ成立スルモノナレハ本論旨ハ上告ノ理由トナラス
第二點ハ原院ハ其判决理由第一ニ「被告人ハ其實兄佐保元治所有ノ不動産ヲ冐認シ金策ヲ爲サント企テ」ト云ヒ佐保元治ハ被告ノ同居ノ實兄ナル事實ヲ認メナカラ刑法第三百九十八條ヲ適用セサルハ不法ナリト云フニ在リ◎因テ原判决ヲ閲スルニ原判决ハ單ニ其實兄佐保元治ト判示シ同居ノ實兄ナルコトヲ示サヽルヲ以テ強チ上告論旨ノ如ク原判决ハ同居ノ實兄タル事實ヲ認メタルモノトモ認メ難シ然レトモ原判决ハ同居ノ實兄タル事實ヲ認メタリトスルモ本件ニハ刑法第三百九十八條ヲ適用ス可キモノニアラス何トナレハ本件冐認罪ノ被害者ニハ不動産ノ所有權ヲ侵害セラレタル實兄佐保元治ノ外抵當權者トシテ其財産ヲ侵害サレントシタル宮崎勇一郎ノ在ルアリテ同人ハ上告申立人トハ何等ノ親族關係ヲモ有スルモノニアラサレハナリ故ニ本論旨ハ上告ノ理由トナラス
第三點ハ第一審判决ニハ「法ニ照ラスニ被告熊五郎カ第一ノ所爲中元治所有ノ不動産ヲ冐認シテ抵當ニ爲サントシ遂ケサリシ點ハ同居ノ親族ニ係ルヲ以テ刑法第三百九十八條ニ依リ之ヲ論セス」トアルニ對シ原院ハ「然ルニ原裁判所カ（中畧）被告人ノ所爲冐認抵當ノ犯罪ヲ構成セサルモノト爲シタルハ不當ニシテ」云々ト判示シナカラ原判决ヲ廢棄シタルノ理由ヲ示サヽルハ理由不備ノ判决ナリト云フニ在リ◎然レトモ原判决ハ上告申立人カ冐認罪ヲ犯シタルモノト認メタル上第一審判决カ冐認罪ヲ構成セスト判示シタルヲ不當ナリト論斷シ原裁判所檢事正ノ控訴ハ理由アリト判示シアレハ第一審判决ヲ廢棄シタル理由ヲ示サスト云フヲ得ス
第四點ハ原判决ニハ冐認ノ目的物ヲ表示スルニ當リ單ニ田地及宅地七十七筆トノミアリテ果シテ何レノ物件ヲ冐認セントシタルヤ明ナラス結局理由不備ノ判决ナリト云フニ在リ◎然レトモ原判决ハ實兄佐保元治所有ノ田地及宅地七十七筆ト判示シアリテ冐認罪ノ目的物ヲ表示スルニ十分ナレハ上告論旨ノ如キ不法アルコトナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事小宮三保松干與明治三十七年五月十日大審院第一刑事部
