明治三十七年（れ）第五〇一號
明治三十七年四月二十九日宣告
◎判决要旨
- 一 被告人カ故障申立ノ書面中ニ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ヲ記載セルニ止マリ之ヲ其裁判所宛ト爲サヽルトキ若クハ全ク其裁判所ノ表示ヲ缺クトキト雖モ書面ノ記載ニ徴シテ故障ノ申立ナルコトヲ認ムルニ足ル場合ニ於テハ無效ナリト云フヲ得ス
右竊盜被告事件ニ付明治三十七年二月十二日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ同院檢事長代理檢事宮腰信次郎及ヒ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
檢事宮腰信次郎上告趣意書ハ本件ハ被告カ欠席判决ニ對シ故障申立書ヲ大分地方裁判所ニ提出スルニ當リ小倉支部檢事ニ宛テ提出シタルハ相當官署ニ差出シタル書面ニアラサルヲ以テ故障ハ受理スヘキ者ニアラス然ルニ當院ハ刑事訴訟法ニ故障申立書ノ方式ニ付何等ノ規定ナキヲ以テ宛名ニ錯誤アルモ其申立書ハ適法ナリトシテ之ヲ受理セリ抑モ書面ニ宛名ヲ表示スルハ其宛名人ニ對シ之ヲ行使セントスル趣旨ニ基ク者ナレハ特別ノ事情ナキ限リ宛名人以外ニ其ノ效果ヲ及ホスモノニアラサルヲ以テ宛名人ニアラスシテ之ヲ收受スルハ自己ニ屬セサル信書ヲ利用スルノ不法アルヲ免レス此故ニ檢事ニ宛テタル書面ハ檢事ニ於テ之ヲ取捨スルハ格別裁判所ハ裁判所ニ宛テタル書面ニアラサルノ事由ヲ以テ受理スヘキ者ニアラス漫ニ書面ノ内容ヲ審査シ宛名ヲ無視スルハ違法モ亦甚シト云ハサル可カラス當院ハ故障申立書ノ方式ナキヲ云爲スト雖モ刑事訴訟法第二百三十條ニ欠席判决ヲ爲シタル裁判所ニ其申立書ヲ差出スヘシト規定セリ該條タル故障申立ノ趣旨ナル以上ハ何人ニ宛テタルヲ論セス有效ナリト解釋ス可キ者ニアラス他人ニ宛テタル書面ハ宛名人ニ於テ收受スヘキ者ニシテ裁判所ニ差出シタル書面ト認ムルヲ得サルハ事理當然ナルノミナラス法意モ亦茲ニ存スルモノナリ若シ當院判决ノ如ク檢事ニ宛テタル故障申立書ヲ有效ナリトセンカ彼ノ上訴申立書檢事ノ起訴状ノ如キモ宛名ヲ記載スヘキ法規ナキヲ以テ檢事ニ宛テタル上訴申立書公判々事ニ宛テタル豫審請求書モ有效ナリト論結ヲナサヽルヲ得サルニ至ル已ニ貴院判例中豫審判事ニ提出シタル自首書カ轉シテ檢事ノ手裡ニ歸スルモ搜査權ヲ有スル者ニ自首シタルニアラサルヲ以テ自首ノ效ナシト判决シタル如キ畢竟宛名ヲ異ニシタル結果ニ外ナラサレハ本件モ亦同一ノ論斷ヲナサヽルヲ得ス以上ノ理由ナルヲ以テ本案判决ハ刑事訴訟法第二百六十八條ニ所謂法則ヲ不當ニ適用シタル裁判ナリト思料スト云フニ在リ◎仍テ按スルニ刑事訴訟法ニハ闕席判决ヲ受ケタル者ハ一定ノ期間内ニ其判决ニ對シ故障ノ申立ヲ爲スコトヲ得ルコト其申立書ハ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ニ差出スヘキ旨ヲ規定シタルモ故障申立書ニ記載スヘキ事項ニ關スル定ナキヲ以テ故障申立ハ書面ニ依ルヲ要スルモ一定ノ方式ヲ遵守セサルヘカラサルモノト云フヲ得ス故ニ故障申立ヲ爲スコトヲ得ル者カ法定期間内ニ於テ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ニ故障申立書ヲ提出シタルトキハ其記載方式ノ如何ニ拘ハラス故障ハ適法ニ成立セルモノト謂ハサルヘカラス抑々故障ノ申立ハ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ニ差出スヘキモノナルヲ以テ其書面ハ同裁判所ニ宛テ差出スコトハ事宜ニ適スルモノト云フヘキモ申立書面中ニハ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ヲ記載シタルニ止リ之ニ宛テタルモノニ非サルトキ若クハ全ク其裁判所ノ表示ヲ欠クトキト雖モ書面ノ記載ニ徴シ故障申立ナルコトヲ認ムルニ足ル場合ニ於テハ之ヲ以テ無效ナリト云フヲ得ス換言スレハ故障ヲ爲ス權利ヲ有スル者カ故障期間内ニ其申立ヲ爲シタルコトヲ書面上認ムルコトヲ得ル限リハ之ヲ受ケタル管轄裁判所ハ受理審問判决ヲ爲サヽルヘカラス今本件ニ付被告カ明治三十六年十二月十六日小倉分監ヨリ差出シタル故障申立書ヲ見ルニ「自分儀竊盜事件ニ付明治三十二年十二月二十六日大分地方裁判所ニ於テ欠席ノ儘御判决ニ相成リタル判决書明治三十六年十二月十五日福岡地方裁判所小倉支部ニ於テ告知ヲ受ケタル處自分ニ於テ該判决ニ對シ毫モ爲シタル覺無之云々」トアリテ右時日ニ係ル記載事項ハ記録ニ依リ相違ナキヲ以テ被告ハ小野吾市ナル名ヲ以テ此書面ヲ差出シタルモ大分地方裁判所ノ言渡シタル本件ノ闕席判决ニ對シ刑事訴訟法第二百二十九條ノ期間内ニ於テ故障ヲ申立タルコトヲ認ムルニ足ル而シテ本書面ノ宛ニハ「福岡地方裁判所小倉支部檢事作田右手雄殿」トアルモ本文ノ記載ニ徴スレハ是只不用ノ文詞ヲ掲ケタル嫌アリト云フニ過キス何トナレハ故障申立書ハ闕席判决ヲ爲シタル裁判所ニ差出スヘキモノナルモ特ニ此裁判所宛ニ記載スヘキ規定ナキヲ以テ其記載ヲ爲サヽルモ無效ナリト云フヘカラス又他ノ不用文字ヲ記載シタルニ因リテ書面ノ效力ヲ喪失セシムヘキ理ナケレハナリ果シテ然ラハ原院カ被告ノ故障ヲ適法トシ事件ニ付キ審理判决ヲ爲シタルハ適法ナリト云ハサルヘカラス故ニ原院檢事ノ上告ハ理由ナキモノトス
被告上告趣意書ノ要旨ハ被告ニ對スル竊盜事件ハ屋外竊盜ナレハ明治二十三年十月法律第九十九號一條刑法第百條第九十二條第九十八條ニ依リ處斷セラルヘキニ原院ハ刑法第三百六十六條第三百七十六條ヲ適用シタルハ不法ナリ被告カ竊取シタル材木ハ安東實五郎ノ材木店ノ表口ノ材木置場ニ在リシモノニシテ價格ハ五圓ニ滿タサルモノナリ被害者ノ言ノ如キ數量價格ニ非スト云フニ在レトモ◎原判文ニハ「材木商安東實太郎方屋内材木置場ニ忍入リ杉四歩板九枚ヲ竊取シタリ」トアリ被告ノ所爲ハ屋内竊盜ナリト認メタルコト明白ニシテ本論旨ノ如キ認定ヲ爲シタルコトナシ故ニ原院カ被告ノ右所爲ヲ刑法第三百六十六條第三百七十七條ニ問擬シタルハ相當ナリトス
以上ノ説明ノ如クナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件檢事及被告ノ上告ハ共ニ之ヲ棄却ス
檢事田部芳干與明治三十七年四月二十九日大審院第一刑事部
明治三十七年（レ）第五〇一号
明治三十七年四月二十九日宣告
◎判決要旨
- 一 被告人が故障申立の書面中に闕席判決を為したる裁判所を記載せるに止まり之を其裁判所宛と為さざるとき若くは全く其裁判所の表示を欠くときと雖も書面の記載に徴して故障の申立なることを認むるに足る場合に於ては無効なりと云ふを得ず。
右窃盗被告事件に付、明治三十七年二月十二日長崎控訴院に於て言渡したる判決を不法とし同院検事長代理検事宮腰信次郎及び被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
検事宮腰信次郎上告趣意書は本件は被告が欠席判決に対し故障申立書を大分地方裁判所に提出するに当り小倉支部検事に宛で提出したるは相当官署に差出したる書面にあらざるを以て故障は受理すべき者にあらず。
然るに当院は刑事訴訟法に故障申立書の方式に付、何等の規定なきを以て宛名に錯誤あるも其申立書は適法なりとして之を受理せり。
抑も書面に宛名を表示するは其宛名人に対し之を行使せんとする趣旨に基く者なれば特別の事情なき限り宛名人以外に其の効果を及ぼすものにあらざるを以て宛名人にあらずして之を収受するは自己に属せざる信書を利用するの不法あるを免れず此故に検事に宛てたる書面は検事に於て之を取捨するは格別裁判所は裁判所に宛てたる書面にあらざるの事由を以て受理すべき者にあらず。
漫に書面の内容を審査し宛名を無視するは違法も亦甚しと云はざる可からず。
当院は故障申立書の方式なきを云為すと雖も刑事訴訟法第二百三十条に欠席判決を為したる裁判所に其申立書を差出すべしと規定せり該条たる故障申立の趣旨なる以上は何人に宛てたるを論せず有効なりと解釈す可き者にあらず。
他人に宛てたる書面は宛名人に於て収受すべき者にして裁判所に差出したる書面と認むるを得ざるは事理当然なるのみならず法意も亦茲に存するものなり。
若し当院判決の如く検事に宛てたる故障申立書を有効なりとせんか彼の上訴申立書検事の起訴状の如きも宛名を記載すべき法規なきを以て検事に宛てたる上訴申立書公判判事に宛てたる予審請求書も有効なりと論結をなさざるを得ざるに至る己に貴院判例中予審判事に提出したる自首書が転して検事の手裡に帰するも捜査権を有する者に自首したるにあらざるを以て自首の効なしと判決したる如き畢竟宛名を異にしたる結果に外ならざれば本件も亦同一の論断をなさざるを得ず。
以上の理由なるを以て本案判決は刑事訴訟法第二百六十八条に所謂法則を不当に適用したる裁判なりと思料すと云ふに在り◎。
仍て按ずるに刑事訴訟法には闕席判決を受けたる者は一定の期間内に其判決に対し故障の申立を為すことを得ること其申立書は闕席判決を為したる裁判所に差出すべき旨を規定したるも故障申立書に記載すべき事項に関する定なきを以て故障申立は書面に依るを要するも一定の方式を遵守せざるべからざるものと云ふを得ず。
故に故障申立を為すことを得る者が法定期間内に於て闕席判決を為したる裁判所に故障申立書を提出したるときは其記載方式の如何に拘はらず故障は適法に成立せるものと謂はざるべからず。
抑抑故障の申立は闕席判決を為したる裁判所に差出すべきものなるを以て其書面は同裁判所に宛で差出すことは事宜に適するものと云ふべきも申立書面中には闕席判決を為したる裁判所を記載したるに止り之に宛てたるものに非ざるとき若くは全く其裁判所の表示を欠くときと雖も書面の記載に徴し故障申立なることを認むるに足る場合に於ては之を以て無効なりと云ふを得ず。
換言すれば故障を為す権利を有する者が故障期間内に其申立を為したることを書面上認むることを得る限りは之を受けたる管轄裁判所は受理審問判決を為さざるべからず。
今本件に付、被告が明治三十六年十二月十六日小倉分監より差出したる故障申立書を見るに「自分儀窃盗事件に付、明治三十二年十二月二十六日大分地方裁判所に於て欠席の儘御判決に相成りたる判決書明治三十六年十二月十五日福岡地方裁判所小倉支部に於て告知を受けたる処自分に於て該判決に対し毫も為したる覚無之云云」とありて右時日に係る記載事項は記録に依り相違なきを以て被告は小野吾市なる名を以て此書面を差出したるも大分地方裁判所の言渡したる本件の闕席判決に対し刑事訴訟法第二百二十九条の期間内に於て故障を申立たることを認むるに足る。
而して本書面の宛には「福岡地方裁判所小倉支部検事作田右手雄殿」とあるも本文の記載に徴すれば是只不用の文詞を掲げたる嫌ありと云ふに過ぎず何となれば故障申立書は闕席判決を為したる裁判所に差出すべきものなるも特に此裁判所宛に記載すべき規定なきを以て其記載を為さざるも無効なりと云ふべからず。
又他の不用文字を記載したるに因りて書面の効力を喪失せしむべき理なければなり。
果して然らば原院が被告の故障を適法とし事件に付き審理判決を為したるは適法なりと云はざるべからず。
故に原院検事の上告は理由なきものとす。
被告上告趣意書の要旨は被告に対する窃盗事件は屋外窃盗なれば明治二十三年十月法律第九十九号一条刑法第百条第九十二条第九十八条に依り処断せらるべきに原院は刑法第三百六十六条第三百七十六条を適用したるは不法なり。
被告が窃取したる材木は安東実五郎の材木店の表口の材木置場に在りしものにして価格は五円に満たざるものなり。
被害者の言の如き数量価格に非ずと云ふに在れども◎原判文には「材木商安東実太郎方屋内材木置場に忍入り杉四歩板九枚を窃取したり。」とあり被告の所為は屋内窃盗なりと認めたること明白にして本論旨の如き認定を為したることなし故に原院が被告の右所為を刑法第三百六十六条第三百七十七条に問擬したるは相当なりとす。
以上の説明の如くなるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件検事及被告の上告は共に之を棄却す
検事田部芳干与明治三十七年四月二十九日大審院第一刑事部
