明治三十六年（れ）第二一三三號
明治三十七年一月十九日宣告
◎判决要旨
- 一 刑法第二百八十六條第一項ニ刑事ノ裁判ニ關シトアルハ公訴ノ提起ニ因リ現ニ事件カ刑事裁判所ニ繋屬シタル場合ノミヲ指スモノニ非スシテ公訴ノ提起前ト雖モ公訴トナルヘキ性質ノ事件ハ總テ之ニ包含スルモノトス
（參照）裁判官檢事警察官吏刑事ノ裁判ニ關シテ賄賂ヲ收受シ又ハ之ヲ聽許シタル者ハ二月以上二年以下ノ重禁錮ニ處シ五圓以上五十圓以下ノ罰金ヲ附加ス（刑法第二百八十六條第一項）
右詐欺取財及ヒ官吏收賄事件ニ付明治三十六年九月二十六日宮城控訴院カ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書ノ要旨ハ伊勢常之助カ鹽手國有林ヨリ拂下外ナル樅木ヲ伐採セシハ全ク誤伐ナルヲ以テ拂下出願入ヨリ手續書ヲ徴シ上官ニ進達シテ材木代價ヲ上納セシムヘキ成規アルニ依リ拂下出願總代福田爲四郎ヨリ始末書ヲ徴シ上官ニ進達シ而シテ重右衛門常之助等ノ聞取書ハ不用ニ歸シタルヲ以テ之ヲ破毀シ常之助ヲ釋放シタル事實ニシテ區長平塚吉三郎福田爲四郎等ノ内願ヲ容レ抂法ノ處置ヲ爲シタルモノニアラス况ンヤ爲四郎カ被告官舍ニ來リ火鉢ノ下ニ五圓紙幣ヲ差入置キタルカ如キハ被告ノ關知セサル所ニシテ檢事出張取調アルニ至リ始メテ其事ヲ承知シタルモノナルニ之ヲ收賄ナリト論斷シタルハ所謂證據以外ニ事實ヲ確認シタルモノニシテ採證法ニ違ヒ適用スヘカラサル法則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原院ハ其判文ニ列擧セル諸般ノ證憑ニ依リ被告ニ官吏收賄ノ所爲アルコトヲ認定シタルモノナリトス畢竟本論旨ハ原院カ其職權ヲ以テ爲シタル事實ノ認定採證ノ當否ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
上告趣意擴張書ノ要旨第一ハ原院ハ第三事實ニ對シ刑法第二百八十六條第二項ヲ適用シタレトモ同條第一二項ノ規定ハ裁判官檢事警察官吏カ刑事ノ裁判ニ關シ賄賂ヲ收受シ又ハ聽許シ被告人ヲ曲庇シタル場合ニ適用スヘキ法條ニシテ犯罪ノ搜査ニ關スル事件ニ付適用スヘキ法條ニアラス森林監守カ犯罪ノ搜査ヲ爲スハ司法警察官トシテノ行動ニアラス森林監守ハ司法警察官ノ補助機關トシテ犯罪搜査ニ從事スルコトアリト雖モ獨立ノ司法警察官ニハアラス否ナ司法警察官トシテ行動スルノ權能ヲ有セス故ニ原院カ被告ニ於テ司法警察官トシテ犯罪ノ搜査中云々ト認定シ刑法第二百八十六條ニ問擬シタルハ理由齟齬ニシテ且ツ適用スヘカラサル法則ヲ適用シタル違法アルモノナリト云フニ在レトモ◎刑法第二百八十六條第一項ニ「裁判官檢事警察官吏刑事ノ裁判ニ關シテ云々」トアルハ公訴提起ニヨリ現ニ事件カ刑事裁判所ニ繋屬シタル場合ノミヲ指スモノニアラスシテ公訴提起前ト雖モ公訴トナルヘキ性質ノ事件即チ搜査中ノ事件ノ如キモ固ヨリ之レニ包含スルモノトス故ニ森林監守タル被告ニ於テ其監守セル國有林ニ盜伐アリタルコトヲ認知シ其犯罪搜査中ナル事件ニ關シ賄賂ヲ收受シテ不正ノ處分ヲ爲シタル行爲ニ對シ原院カ同法條ヲ適用シタルハ違法ニアラス又森林監守ハ檢事ノ補佐トシテ其指揮ヲ受ケ司法警察官トシテ犯罪ヲ搜査スルモノナリト雖モ其搜査ニ關シ事毎ニ檢事ノ指揮ヲ待ツヲ要セサルノミナラス原判文ニ司法警察官トシテ其搜査ニ着手中トアルハ即チ檢事ノ補佐タル司法警察官トシテ犯罪ノ搜査ニ着手シタリトノ趣旨ナルコトハ自ラ明カナルヲ以テ本論旨ハ上告ノ理由ナシ』第二ハ原院ハ刑法第二百八十八條ヲ適用シテ第三ノ所爲ニ關スル收賄金二十圓ヲ追徴スト判决シタレトモ該金圓ハ吉三郎カ竊カニ被告居宅火鉢ノ下ニ挿ミ行キタルモノニシテ被告ハ更ニ之ヲ知ラス收受シタルコトナシ從テ消費スルノ謂レナシ而シテ右金圓ハ現ニ檢事ニ提出シアルニ係ハラス原院カ追徴ノ判决ヲ爲シタルハ法律ノ適用ヲ誤リタル違法アルモノナリト云フニ在レトモ◎右ハ畢竟原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難シ延テ原判决ノ法律適用ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス』第三ハ原院ハ第一ノ所爲ニ付藤井八十二ヲ恐喝シテ金圓ヲ騙取センコトヲ企テ云々ト事實ヲ認定シ刑法第三百九十條ヲ適用シタレトモ被告ハ同人ヲ恐喝シテ金圓ヲ騙取センコトヲ企テタルコトナシ末永九兵衛ハ來リシモ同人ノ來リシトキハ已ニ八十二ヲ許シ歸宅セシメタル後ニシテ九兵衛ノ談ニ依リ許シタルモノニハアラス又九兵衛長男鶴治ヨリ金圓ヲ收受シタリトスルモ詐欺ノ手段ニ基キシモノニアラス而シテ第三ノ所爲カ刑法第二百八十六條ニ該當スルモノナレハ第一ノ所爲モ亦同條ニ該當スヘキモノナリ尤モ第三ノ所爲ニ對シ刑法第二百八十八條ヲ適用シタルハ第一ノ所爲ニ適用スルヲ誤リタルモノナルカノ疑ナキニアラス何トナレハ第三ノ所爲ニ關スル金圓ハ現ニ提出シアルヲ以テナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ認ムル所ニ依レハ本件第一ノ所爲ハ被告カ藤井八十治ヲ恐喝シ金圓ヲ騙取セント企テ同人ニ對シ濱村國有林ヨリ「ソロ」ノ木ヲ盜伐シタルモノト認ムルニヨリ雄勝保護區官舍ニ出頭スヘキ旨ヲ命シ盜伐被告人トシテ相當ノ手續ヲ爲スモノヽ如ク恐喝シタルヨリ熊澤區民ハ村社祭禮ノ爲メ生シタルコトナレハ捨テ置キ難シト爲シ末永九兵衛ニ依頼シ右官舍ニ到リ謝禮ヲ爲スヘキニヨリ八十治ヲ赦シ呉ル樣懇請セシメタルヲ幸ヒ被告ハ之ヲ許容シ九兵衛長男鶴治ノ手ヲ經テ熊澤區民ヨリ金二十圓ヲ騙取シタル事實ニシテ人ヲ恐喝シテ金圓ヲ騙取シタルモノナレハ原院カ右第一ノ所爲ニ對シ刑法第三百九十條ヲ適用シ同第二百八十八條ヲ適用セサルハ相當ニシテ擬律ノ錯誤ニアラス
上告趣意擴張追申書ノ要旨ハ原院ハ第三ノ所爲ニ付刑法第二百八十六條第二項第二百八十八條ヲ適用シタレトモ同條ハ賄賂ヲ收受シタル後犯罪ヲ曲庇シタルモノニ適用セラルヘキモノナレハ被告ニ於テ常之助ノ惡意ナキコトヲ認メ惣代ヨリ始末書ヲ徴シタル後チ吉三郎カ火鉢ノ下ニ金圓ヲ挿ミ行キタル行爲ニ適用スヘカラサルヤ論ヲ竢タス加之右金圓ハ現ニ檢事ニ提出シアルニ係ハラス追徴ノ裁判ヲ爲シタルハ失當ナリ又第一審裁判所ハ第一第三ノ所爲ニ付金二十七圓ヲ追徴シタルモノナルニ原院カ第一ノ所爲ヲ恐喝取財トナシナカラ追徴金額ヲ其儘ニシタルハ理由ノ齟齬スルト同時ニ法律ノ適用ヲ誤リタル違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎前段ハ原院ノ認メサル事實ヲ掲ケテ原判决ヲ攻撃スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス又後段ノ論旨ニ付原判文ヲ査スルニ被告ハ第二ノ所爲ニ付テハ賄賂金七圓ヲ收受シ第三ノ所爲ニ付テハ賄賂金二十圓ヲ收受シ共ニ之ヲ費消シタル旨判示シアルヲ以テ原院カ金二十七圓ヲ追徴シタルハ相當ニシテ所論ノ如キ違法ノ廉アルコトナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十七年一月十九日於大審院第一刑事部公廷檢事香坂駒太郎立會宣告ス
明治三十六年（レ）第二一三三号
明治三十七年一月十九日宣告
◎判決要旨
- 一 刑法第二百八十六条第一項に刑事の裁判に関しとあるは公訴の提起に因り現に事件が刑事裁判所に繋属したる場合のみを指すものに非ずして公訴の提起前と雖も公訴となるべき性質の事件は総で之に包含するものとす。
（参照）裁判官検事警察官吏刑事の裁判に関して賄賂を収受し又は之を聴許したる者は二月以上二年以下の重禁錮に処し五円以上五十円以下の罰金を附加す（刑法第二百八十六条第一項）
右詐欺取財及び官吏収賄事件に付、明治三十六年九月二十六日宮城控訴院が言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書の要旨は伊勢常之助が塩手国有林より払下外なる樅木を伐採せしは全く誤伐なるを以て払下出願入より手続書を徴し上官に進達して材木代価を上納せしむべき成規あるに依り払下出願総代福田為四郎より始末書を徴し上官に進達し、而して重右衛門常之助等の聞取書は不用に帰したるを以て之を破毀し常之助を釈放したる事実にして区長平塚吉三郎福田為四郎等の内願を容れ抂法の処置を為したるものにあらず。
況んや為四郎が被告官舎に来り火鉢の下に五円紙幣を差入置きたるが如きは被告の関知せざる所にして検事出張取調あるに至り始めて其事を承知したるものなるに之を収賄なりと論断したるは所謂証拠以外に事実を確認したるものにして採証法に違ひ適用すべからざる法則を不当に適用したる違法の裁判なりと云ふに在れども◎原院は其判文に列挙せる諸般の証憑に依り被告に官吏収賄の所為あることを認定したるものなりとす。
畢竟本論旨は原院が其職権を以て為したる事実の認定採証の当否を批難するに過ぎざるを以て上告の理由とならず
上告趣意拡張書の要旨第一は原院は第三事実に対し刑法第二百八十六条第二項を適用したれども同条第一二項の規定は裁判官検事警察官吏が刑事の裁判に関し賄賂を収受し又は聴許し被告人を曲庇したる場合に適用すべき法条にして犯罪の捜査に関する事件に付、適用すべき法条にあらず。
森林監守が犯罪の捜査を為すは司法警察官としての行動にあらず。
森林監守は司法警察官の補助機関として犯罪捜査に従事することありと雖も独立の司法警察官にはあらず。
否な司法警察官として行動するの権能を有せず。
故に原院が被告に於て司法警察官として犯罪の捜査中云云と認定し刑法第二百八十六条に問擬したるは理由齟齬にして且つ適用すべからざる法則を適用したる違法あるものなりと云ふに在れども◎刑法第二百八十六条第一項に「裁判官検事警察官吏刑事の裁判に関して云云」とあるは公訴提起により現に事件が刑事裁判所に繋属したる場合のみを指すものにあらずして公訴提起前と雖も公訴となるべき性質の事件即ち捜査中の事件の如きも固より之れに包含するものとす。
故に森林監守たる被告に於て其監守せる国有林に盗伐ありたることを認知し其犯罪捜査中なる事件に関し賄賂を収受して不正の処分を為したる行為に対し原院が同法条を適用したるは違法にあらず。
又森林監守は検事の補佐として其指揮を受け司法警察官として犯罪を捜査するものなりと雖も其捜査に関し事毎に検事の指揮を待つを要せざるのみならず原判文に司法警察官として其捜査に着手中とあるは。
即ち検事の補佐たる司法警察官として犯罪の捜査に着手したりとの趣旨なることは自ら明かなるを以て本論旨は上告の理由なし。』第二は原院は刑法第二百八十八条を適用して第三の所為に関する収賄金二十円を追徴すと判決したれども該金円は吉三郎が窃かに被告居宅火鉢の下に挿み行きたるものにして被告は更に之を知らず収受したることなし。
従て消費するの謂れなし、而して右金円は現に検事に提出しあるに係はらず原院が追徴の判決を為したるは法律の適用を誤りたる違法あるものなりと云ふに在れども◎右は畢竟原院の職権に属する事実の認定を批難し延で原判決の法律適用を批難するに過ぎざるを以て上告の理由とならず』第三は原院は第一の所為に付、藤井八十二を恐喝して金円を騙取せんことを企で云云と事実を認定し刑法第三百九十条を適用したれども被告は同人を恐喝して金円を騙取せんことを企てたることなし末永九兵衛は来りしも同人の来りしときは己に八十二を許し帰宅せしめたる後にして九兵衛の談に依り許したるものにはあらず。
又九兵衛長男鶴治より金円を収受したりとするも詐欺の手段に基きしものにあらず。
而して第三の所為が刑法第二百八十六条に該当するものなれば第一の所為も亦同条に該当すべきものなり。
尤も第三の所為に対し刑法第二百八十八条を適用したるは第一の所為に適用するを誤りたるものなるかの疑なきにあらず。
何となれば第三の所為に関する金円は現に提出しあるを以てなりと云ふに在れども◎原判決の認むる所に依れば本件第一の所為は被告が藤井八十治を恐喝し金円を騙取せんと企で同人に対し浜村国有林より「そろ」の木を盗伐したるものと認むるにより雄勝保護区官舎に出頭すべき旨を命じ盗伐被告人として相当の手続を為すものの如く恐喝したるより熊沢区民は村社祭礼の為め生じたることなれば捨で置き難しと為し末永九兵衛に依頼し右官舎に到り謝礼を為すべきにより八十治を赦し呉る様懇請せしめたるを幸ひ被告は之を許容し九兵衛長男鶴治の手を経で熊沢区民より金二十円を騙取したる事実にして人を恐喝して金円を騙取したるものなれば原院が右第一の所為に対し刑法第三百九十条を適用し同第二百八十八条を適用せざるは相当にして擬律の錯誤にあらず。
上告趣意拡張追申書の要旨は原院は第三の所為に付、刑法第二百八十六条第二項第二百八十八条を適用したれども同条は賄賂を収受したる後犯罪を曲庇したるものに適用せらるべきものなれば被告に於て常之助の悪意なきことを認め惣代より始末書を徴したる後ち吉三郎が火鉢の下に金円を挿み行きたる行為に適用すべからざるや論を竢たず加之右金円は現に検事に提出しあるに係はらず追徴の裁判を為したるは失当なり。
又第一審裁判所は第一第三の所為に付、金二十七円を追徴したるものなるに原院が第一の所為を恐喝取財となしながら追徴金額を其儘にしたるは理由の齟齬すると同時に法律の適用を誤りたる違法の裁判なりと云ふに在れども◎前段は原院の認めざる事実を掲げて原判決を攻撃するに過ぎざるを以て上告の理由とならず又後段の論旨に付、原判文を査するに被告は第二の所為に付ては賄賂金七円を収受し第三の所為に付ては賄賂金二十円を収受し共に之を費消したる旨判示しあるを以て原院が金二十七円を追徴したるは相当にして所論の如き違法の廉あることなし
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
明治三十七年一月十九日於大審院第一刑事部公廷検事香坂駒太郎立会宣告す
