明治三十六年(れ)第二一一四號
明治三十六年十二月一日宣告
◎判决要旨
- 一 文書ヲ僞造シ之ヲ使用シテ文書僞造行使罪ヲ犯シタル場合ニ於テハ文書ノ僞造ハ犯罪構成ノ要件ヲ爲スモノナルカ故ニ僞造文書其物ハ犯罪行爲ト離ルヘカラサル關係ヲ有スルモノニシテ法律ノ禁令ニ反シテ作成セラレタル不法ノ文書ニ外ナラス從テ僞造ノ文書ハ法律ニ於テ禁制シタル物件ナリトス(判旨第一點)
- 一 公私文書ノ僞造行使ニ因ル詐欺取財ハ單一ノ犯罪ヲ構成シ其内ノ重キ所爲ニ適用スヘキ一ノ法條ニ從ヒ處斷スヘキモノトス從テ各箇ノ所爲カ獨立ノ犯罪ヲ構成スルモノトシテ各別ニ刑律ヲ適用處斷スヘキモノニ非ス(判旨第二點)
被告人 廣田新三郎
辯護人 鳩山和夫 上原鹿造 村松藤太
右私印盜用私書僞造行使詐欺取財被告事件ニ付キ明治三十六年九月二十九日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ
如シ
上告趣意書ハ第一點原判决理由中ノ部ニ曰ク「押收ノ證據物件中第二號第三號證領收證書各通ハ禁制品ニ付同法第四十三條第一號第四十四條ニ依リ沒收シ云々」トアリ即チ原裁判所ハ僞造ノ證書ヲ以テ刑法上所謂禁制品ナリト斷定セリ然レトモ所謂禁制品トハ法律上或ルモノヽ成立若クハ其存在ヲ絶對的否定スルモノニ係リ證書ノ如キハ其自體ハ法律上其存在若クハ存在ヲ否定スルモノニ非ス其成立ノ不正ナル場合ニ於テ初メテ刑法上ノ目的物タルモノニシテ其自體ハ禁制品ニ非ス之ヲ犯罪ノ供用物若クハ犯罪ヲ原因トシテ得タル物件ト云フハ兎ニ角之ヲ禁制品ナリト斷定シ之ニ刑法第四十三條第一號ヲ適用シタルハ失當ノ甚タシキモノト思料ス右ノ理由ハ原判决ノ全部ヲ破毀スル原因ナリト思料スト云フニ在リ◎依テ按スルニ犯人カ一ノ文書ヲ僞造シ之ヲ使用シテ文書僞造行使罪ヲ犯シタル場合ニ文書ノ僞造ハ犯罪構成ノ要件ヲ爲スモノニシテ僞造ニ係ル文書其物モ亦タ隨テ犯罪行爲ト分離スヘカラサル關係ヲ有シ法律ノ禁令ニ反シテ作成セラレタル不法ノ文書タルコトハ毫モ疑ヲ容レサル所ナリ僞造文書ニシテ既ニ法律上存在スヘカラサル物件ニシテ法禁ヲ犯シテ作成セラレタルモノトセハ之ヲ沒收シテ犯罪以前ノ舊體ニ復シ公安ヲ維持スルノ必要ナルハ論ヲ俟タサルヲ以テ刑法第四十三條第一號ニ所謂ル禁制物タルノ性質ヲ有シ當然沒收セラルヘキモノト斷定セサルヲ得ス故ニ原院カ本件ノ僞造文書ニ付キ前記ノ法條ヲ適用シ沒收ノ宣告ヲ爲シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
辯護人鳩山和夫上原鹿造村松藤太上告趣意擴張書第一點ハ原院判决ハ理由不備ノ違法ヲ免レサルモノト信ス蓋原院判决ハ法律上ノ理由ヲ説明スルニ當リ私書僞造行使ノ各所爲ハ共ニ同法第二百十條第一項第二百十二條ニ詐欺取財ノ所爲ハ同法第三百九十條第一項第三百九十四條ニ該リ詐欺取財ニ因ル各私書ノ僞造行使ナルヲ以テ同法第三百九十條第二項ニ依リ重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證書ヲ僞造行使シタル罪ニ從ヒ云々ト記載シタリト雖モ元來刑法第三百九十條第二項ハ詐欺取財ノ手段トシテ文書ヲ僞造シタルトキハ同條第一項ト僞造ノ各本條トヲ照合シテ重キニ從テ處斷スヘキ旨ノ規定ナルヲ以テ同項ノ適用ニヨリテハ單ニ三个ノ僞造行使ノ罪ハ何レモ詐欺取財ノ罪ヨリ重キヲ以テ之ニ依ルヘキモノナリトノ結論ヲ生スルノミニシテ决シテ重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證書ヲ僞造行使シタル罪ニ從フモノナリトノ結論ヲ生スルモノニ非ス然レハ原院判决ノ如ク重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證書ヲ僞造行使シタル罪ニ從ハント欲セハ更ニ進ンテ二个ノ僞造行使ノ罪ニ付實質上ノ一罪ナルヲ以テ其重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證僞造行使ノ罪ニ從フヘキモノナリトスルカ或ハ數罪倶發トシテ刑法第百條ヲ適用シ重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證僞造行使ノ罪ニ從フヘキモノナリトスルノ理由ヲ示サヽル可ラス然ルニ原院判决ハ此理由ヲ示サヽルヲ以テナリト云フニ在リ◎依テ按スルニ公私文書僞造行使ニ因ル詐欺取財ハ單一ノ犯罪ヲ構成シ其内ノ重キ所爲ニ適用スヘキ一ノ法條ニ從ヒ處斷スヘク各個ノ所爲ハ獨立ノ犯罪ヲ構成スルモノトシテ別々ニ刑律ヲ適用處斷スヘキモノニアラサルコトハ刑法第三百九十條第二項ノ規定ニ徴シテ明カナリ故ニ詐欺取財カ數个ノ文書僞造行使ニヨリテ遂行セラレタル場合ト雖モ犯人ノ所爲ハ相共ニ一罪ヲ構成スルヲ以テ一ノ刑律ヲ適用スルコトヲ要シ各個ノ所爲ニ對シ別々ニ刑ヲ擬シタル上第百條ノ適用ニヨリ其中ノ一所爲ヲ選擇シ之ニ對シテ刑ヲ適用スヘキモノニアラス何トナレハ刑法第百條ノ規定ハ獨立セル數个ノ犯罪アル場合ニ適用スヘキモノニシテ一ノ犯罪カ數個ノ所爲ヨリ成立スル場合ニ適用スヘキモノニアラサルコトハ同條規定ノ趣旨ニ徴シテ明カナルヲ以テナリ然ラハ數个ノ文書僞造行使ニヨル一ノ詐欺取財アリタル場合ニハ如何ナル方法ニヨリテ犯罪ノ内容ヲ定ムヘキヤト云フニ詐欺取財ト各個ノ文書僞造罪トヲ比較對照シ其中ノ罪状尤モ重キモノ一個ヲ選擇シ之ニ對シテ當該法條ヲ適用處斷スヘキモノナルコトハ刑法第三百九十條第二項ニ「僞造ノ各本條ニ照シ重キニ從ヒ處斷ス」ト規定シ數个ノ犯罪ヲ之ヲ構成スル所ノ數个ノ所爲中ノ尤モ重キモノニ歸一確定セシムルノ法意ニ徴シテ明瞭ナリトス故ニ數个ノ文書僞造行使ニ因ル一ノ詐欺取財ニ付キ刑律適用ノ理由ヲ示スニ當リテハ先ツ以テ刑法第三百九十條第二項ヲ適用スヘキ旨ヲ判示シタル上數个ノ文書僞造行使ト一ノ詐欺取財トニ付キ何レノ所爲ヲ尤モ重シトスルヤヲ明示シ其所爲ニ從ヒ處斷スヘキ旨ヲ判示スルヲ以テ足レリトシ先ツ私書僞造行使ト詐欺取財トニ付キ其輕重ヲ比較シタル上更ニ數個ノ私書僞造行使ニ付キ其輕重ヲ比較シ因テ以テ犯罪ヲ其中ノ最モ重キモノニ確定歸一セシムル等所論ノ如キ二段ノ比照ヲ爲スノ必要ナシ何トナレハ數個ノ私書僞造行使ニ因ル一ノ詐欺取財アリタル場合ニハ其犯罪ハ結局數個ノ所爲中ノ尤モ重キモノニ歸一確定スヘキモノナルコトハ前述ノ如クナルヲ以テ初メヨリ總テノ犯罪ヲ比較シテ其中ノ尤モ重キモノニ確定スルト私文書僞造行使ト詐欺取財ニ比較シタル上更ニ數个ノ私文書僞造行使ヲ比較シテ之ヲ確定スルトハ刑ノ適用上ニ於テ毫モ影響ヲ及ホスモノニアラスシテ何レノ方法ニ依ルモ結局同一ノ結果ニ歸着シ刑法第三百九十條第二項ノ主旨ニ適スヘケレハナリ故ニ原院カ本件二个ノ文書僞造行使ニヨル一ノ詐欺取財ニ付キ「同法第三(判旨第二點)
百九十條第二項ニヨリ重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證書ヲ僞造行使シタル所爲ニ從ヒ」ト判示シ法律適用ノ理由ヲ明示シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ
其第二點ハ原院判决ハ理由齟齬ノ違法ヲ免レサルモノト信ス蓋原院判决ハ法律上ノ理由ヲ説明スルニ當リ其前段ニ於テハ被告カ私印盜用ノ各所爲ハ共ニ刑法第二百八條第二項第一項第二百十二條ニ該リト記載シテ二个ノ私印盜用罪ヲ認メタルニモ拘ラス其後段ニ於テハ重キ畠山喜左衛門名義ノ領收證書ヲ僞造行使シタル罪ニ從ヒ私印盜用罪ト倶發スルニ付同法第百條ニ依リ云々ト記載シテ私印盜用罪ナル單數名詞ヲ使用シテ一个ノ私印盜用罪ノミヲ認メ之ヲ私書僞造行使罪トノ數罪倶發ニ問ヒタルヲ
以テナリト云フニアレトモ◎原判文ヲ閲スルニ其後段「私印盜用罪ト倶發スルニ付」トアルハ其前段「被告カ私印盜用ノ各所爲ハ共ニ云々」トアル文詞ヲ受ケ來リタルモノニシテ二个ノ私印盜用罪ヲ包括シタル文詞ナルコトハ原判文上自カラ明白ニシテ上告論旨ニ謂フ如ク私印盜用罪ノ數ニ付前後理由ノ齟齬アルモノニアラサルヲ以テ論旨ハ其理由ナシ
其第三點ハ原院判决ハ理由齟齬ノ違法ヲ免レサルモノト信ス蓋シ原院判决ハ犯意ヲ説明スルニ當リテハ同村役場ヨリ金員ヲ騙取センコトヲ企圖シ云々ト記載シタルニモ拘ハラス其實行ヲ説明スルニ當リテハ同村長ヲシテ政助ノ分トシテ金七十五圓ヲ喜左衛門ノ分トシテ同六百四十六圓八十錢ヲ交付セシメ眞正賣買代價ト政助ノ分三十圓喜左衛門ノ分四十六圓八十錢ノ差額ヲ騙取シタルモノナリト記載シタリト雖モ村役場ト村長トハ讀テ字ノ如ク同一物ニアラスシテ村長トハ公吏タル人ヲ云ヒ役場トハ村吏員執務ノ場所ヲ云フモノナルコト明カナリ然ルニ原院判决ハ前述ノ如ク之ヲ混交シタルヲ以テ相互ニ齟齬シテ何レヲ眞實ト見ルヘキヤ判別ニ苦シメハナリト云フニ在レトモ◎原判文ニ「同村役場ヨリ金員ヲ騙取セン事ヲ企圖シ」トアリテ其所謂村役場ハ通俗的ノ稱呼ニ從ヒタルモノニシテ結局村其モノヲ意味スルモノナルコトハ原判文上明白ナルノミナラス村長ハ村ヲ代表スルモノナレハ村長ヨリ金員ヲ騙取シタル被告ハ即チ村ヨリ金員ヲ騙取シタルモノニ外ナラス果シテ然ラハ本件犯罪ノ對手人タリシモノハ徹頭徹尾村ニシテ所論ノ如ク理由ノ齟齬アルモノニアラサルヲ以テ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十六年十二月一日於大審院第二刑事部公廷檢事田部芳立會宣告ス
明治三十六年(レ)第二一一四号
明治三十六年十二月一日宣告
◎判決要旨
- 一 文書を偽造し之を使用して文書偽造行使罪を犯したる場合に於ては文書の偽造は犯罪構成の要件を為すものなるが故に偽造文書其物は犯罪行為と離るべからざる関係を有するものにして法律の禁令に反して作成せられたる不法の文書に外ならず。
従て偽造の文書は法律に於て禁制したる物件なりとす。
(判旨第一点)
- 一 公私文書の偽造行使に因る詐欺取財は単一の犯罪を構成し其内の重き所為に適用すべき一の法条に従ひ処断すべきものとす。
従て各箇の所為が独立の犯罪を構成するものとして各別に刑律を適用処断すべきものに非ず(判旨第二点)
被告人 広田新三郎
弁護人 鳩山和夫 上原鹿造 村松藤太
右私印盗用私書偽造行使詐欺取財被告事件に付き明治三十六年九月二十九日広島控訴院に於て言渡したる判決に対し被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決する左の
如し
上告趣意書は第一点原判決理由中の部に曰く「押収の証拠物件中第二号第三号証領収証書各通は禁制品に付、同法第四十三条第一号第四十四条に依り没収し云云」とあり。
即ち原裁判所は偽造の証書を以て刑法上所謂禁制品なりと断定せり。
然れども所謂禁制品とは法律上或るものの成立若くは其存在を絶対的否定するものに係り証書の如きは其自体は法律上其存在若くは存在を否定するものに非ず其成立の不正なる場合に於て初めて刑法上の目的物たるものにして其自体は禁制品に非ず之を犯罪の供用物若くは犯罪を原因として得たる物件と云ふは兎に角之を禁制品なりと断定し之に刑法第四十三条第一号を適用したるは失当の甚たしきものと思料す右の理由は原判決の全部を破毀する原因なりと思料すと云ふに在り◎依て按ずるに犯人が一の文書を偽造し之を使用して文書偽造行使罪を犯したる場合に文書の偽造は犯罪構成の要件を為すものにして偽造に係る文書其物も亦た随で犯罪行為と分離すべからざる関係を有し法律の禁令に反して作成せられたる不法の文書たることは毫も疑を容れざる所なり。
偽造文書にして既に法律上存在すべからざる物件にして法禁を犯して作成せられたるものとせば之を没収して犯罪以前の旧体に復し公安を維持するの必要なるは論を俟たざるを以て刑法第四十三条第一号に所謂る禁制物たるの性質を有し当然没収せらるべきものと断定せざるを得ず。
故に原院が本件の偽造文書に付き前記の法条を適用し没収の宣告を為したるは相当にして上告論旨は理由なし。
(判旨第一点)
弁護人鳩山和夫上原鹿造村松藤太上告趣意拡張書第一点は原院判決は理由不備の違法を免れざるものと信ず。
蓋原院判決は法律上の理由を説明するに当り私書偽造行使の各所為は共に同法第二百十条第一項第二百十二条に詐欺取財の所為は同法第三百九十条第一項第三百九十四条に該り詐欺取財に因る各私書の偽造行使なるを以て同法第三百九十条第二項に依り重き畠山喜左衛門名義の領収証書を偽造行使したる罪に従ひ云云と記載したりと雖も元来刑法第三百九十条第二項は詐欺取財の手段として文書を偽造したるときは同条第一項と偽造の各本条とを照合して重きに。
従て処断すべき旨の規定なるを以て同項の適用によりては単に三个の偽造行使の罪は何れも詐欺取財の罪より重きを以て之に依るべきものなりとの結論を生ずるのみにして決して重き畠山喜左衛門名義の領収証書を偽造行使したる罪に従ふものなりとの結論を生ずるものに非ず。
然れば原院判決の如く重き畠山喜左衛門名義の領収証書を偽造行使したる罪に従はんと欲せば更に進んで二个の偽造行使の罪に付、実質上の一罪なるを以て其重き畠山喜左衛門名義の領収証偽造行使の罪に従ふべきものなりとするか或は数罪倶発として刑法第百条を適用し重き畠山喜左衛門名義の領収証偽造行使の罪に従ふべきものなりとするの理由を示さざる可らず。
然るに原院判決は此理由を示さざるを以てなりと云ふに在り◎依て按ずるに公私文書偽造行使に因る詐欺取財は単一の犯罪を構成し其内の重き所為に適用すべき一の法条に従ひ処断すべく各個の所為は独立の犯罪を構成するものとして別別に刑律を適用処断すべきものにあらざることは刑法第三百九十条第二項の規定に徴して明かなり。
故に詐欺取財が数个の文書偽造行使によりて遂行せられたる場合と雖も犯人の所為は相共に一罪を構成するを以て一の刑律を適用することを要し各個の所為に対し別別に刑を擬したる上第百条の適用により其中の一所為を選択し之に対して刑を適用すべきものにあらず。
何となれば刑法第百条の規定は独立せる数个の犯罪ある場合に適用すべきものにして一の犯罪が数個の所為より成立する場合に適用すべきものにあらざることは同条規定の趣旨に徴して明かなるを以てなり。
然らば数个の文書偽造行使による一の詐欺取財ありたる場合には如何なる方法によりて犯罪の内容を定むべきやと云ふに詐欺取財と各個の文書偽造罪とを比較対照し其中の罪状尤も重きもの一個を選択し之に対して当該法条を適用処断すべきものなることは刑法第三百九十条第二項に「偽造の各本条に照し重きに従ひ処断す」と規定し数个の犯罪を之を構成する所の数个の所為中の尤も重きものに帰一確定せしむるの法意に徴して明瞭なりとす。
故に数个の文書偽造行使に因る一の詐欺取財に付き刑律適用の理由を示すに当りては先づ以て刑法第三百九十条第二項を適用すべき旨を判示したる上数个の文書偽造行使と一の詐欺取財とに付き何れの所為を尤も重しとするやを明示し其所為に従ひ処断すべき旨を判示するを以て足れりとし先づ私書偽造行使と詐欺取財とに付き其軽重を比較したる上更に数個の私書偽造行使に付き其軽重を比較し因で以て犯罪を其中の最も重きものに確定帰一せしむる等所論の如き二段の比照を為すの必要なし。
何となれば数個の私書偽造行使に因る一の詐欺取財ありたる場合には其犯罪は結局数個の所為中の尤も重きものに帰一確定すべきものなることは前述の如くなるを以て初めより総ての犯罪を比較して其中の尤も重きものに確定すると私文書偽造行使と詐欺取財に比較したる上更に数个の私文書偽造行使を比較して之を確定するとは刑の適用上に於て毫も影響を及ぼすものにあらずして何れの方法に依るも結局同一の結果に帰着し刑法第三百九十条第二項の主旨に適すべければなり。
故に原院が本件二个の文書偽造行使による一の詐欺取財に付き「同法第三(判旨第二点)
百九十条第二項により重き畠山喜左衛門名義の領収証書を偽造行使したる所為に従ひ」と判示し法律適用の理由を明示したるは相当にして上告論旨は理由なし。
其第二点は原院判決は理由齟齬の違法を免れざるものと信ず。
蓋原院判決は法律上の理由を説明するに当り其前段に於ては被告が私印盗用の各所為は共に刑法第二百八条第二項第一項第二百十二条に該りと記載して二个の私印盗用罪を認めたるにも拘らず其後段に於ては重き畠山喜左衛門名義の領収証書を偽造行使したる罪に従ひ私印盗用罪と倶発するに付、同法第百条に依り云云と記載して私印盗用罪なる単数名詞を使用して一个の私印盗用罪のみを認め之を私書偽造行使罪との数罪倶発に問ひたるを
以てなりと云ふにあれども◎原判文を閲するに其後段「私印盗用罪と倶発するに付、」とあるは其前段「被告が私印盗用の各所為は共に云云」とある文詞を受け来りたるものにして二个の私印盗用罪を包括したる文詞なることは原判文上自から明白にして上告論旨に謂ふ如く私印盗用罪の数に付、前後理由の齟齬あるものにあらざるを以て論旨は其理由なし。
其第三点は原院判決は理由齟齬の違法を免れざるものと信ず。
蓋し原院判決は犯意を説明するに当りては同村役場より金員を騙取せんことを企図し云云と記載したるにも拘はらず其実行を説明するに当りては同村長をして政助の分として金七十五円を喜左衛門の分として同六百四十六円八十銭を交付せしめ真正売買代価と政助の分三十円喜左衛門の分四十六円八十銭の差額を騙取したるものなりと記載したりと雖も村役場と村長とは読で字の如く同一物にあらずして村長とは公吏たる人を云ひ役場とは村吏員執務の場所を云ふものなること明かなり。
然るに原院判決は前述の如く之を混交したるを以て相互に齟齬して何れを真実と見るべきや判別に苦しめはなりと云ふに在れども◎原判文に「同村役場より金員を騙取せん事を企図し」とありて其所謂村役場は通俗的の称呼に従ひたるものにして結局村其ものを意味するものなることは原判文上明白なるのみならず村長は村を代表するものなれば村長より金員を騙取したる被告は。
即ち村より金員を騙取したるものに外ならず果して然らば本件犯罪の対手人たりしものは徹頭徹尾村にして所論の如く理由の齟齬あるものにあらざるを以て本論旨も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
明治三十六年十二月一日於大審院第二刑事部公廷検事田部芳立会宣告す