明治三十六年(れ)第一六六五號
明治三十六年十月二十六日宣告
◎判决要旨
- 一 贓物ノ返還ハ損害ノ賠償中最モ適實ナル方法ナリトス從テ犯罪ニ因テ損害ヲ加ヘタル者ハ現存ノ贓物ヲ提供シテ其賠償義務ノ全部若クハ一部ヲ免カレ得ヘキモ被害者ニ於テ贓物ノ返還ヲ求メサルヲ理由トシテ損害賠償ノ請求ヲ拒ミ得ヘキモノニ非ス
右被告慶左衛門ニ對スル私書僞造行使詐欺取財被告丑藏徳右衛門專治郎ニ對スル僞證事件ニ付明治三十六年六月三十日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不當トシ各被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告慶左衛門上告趣意ハ第一原審ニ於テ上告人カ私書ヲ僞造シ豐里村役場ヨリ金員ヲ騙取シタルハ詐欺取財ノ行爲ナリト云フニアレトモ上告人ハ决シテ私書ヲ僞造シタルコト無之最モ上告人ハ决シテ私書ヲ僞造シタルニアラサルコトハ證人守屋丑藏外數名ノ證言ニ依リ明瞭ナル事實ナルニ不拘原審ハ該證言ヲ排斥シ上告人ヲ陷害セントスル意思ニ出テタル證人只野嘉吉等ノ僞證ノ證言ヲ採用シ上告人ニ斷罪ノ判定ヲ與ヘタルハ事實ヲ誤認シタル結果法律ヲ不法ニ適用シタルモノト信スト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ立入リ事實ノ認定證據ノ取捨判斷ヲ批難スルモノナレハ上告ノ理由ト爲ラス』第二刑事訴訟法第百九十八條ヲ閲スルニ裁判長ハ各證憑調終リタル毎ニ被告人ニ示シテ辯解ヲ爲サシメ且ツ利益ノ證憑ヲ差出スコトヲ得ル旨ヲ告知スヘキ規定アルニ不拘原審ハ之等ノ手續ヲ爲サヽルノミナラス上告人ノ利益ノ證據中不充分ノ取調ヲ以テ上告人ニ有罪ノ判定ヲ與ヘタルハ上告人ノ利益ヲ阻害シタルモノト信スト云フニ在レトモ◎原院公判始末書ヲ査スルニ總テ所論ノ手續ヲ履行シタル旨ヲ記載シアルヲ以テ前段論旨ハ謂ハレナシ其後段ハ原院ノ職權ニ屬スル證據調ノ程度ヲ批難スルモノナレハ上告ノ理由ト爲ラス
被告丑藏徳右衛門專治郎上告趣意ハ第一原判决ハ上告人ハ被告人伊藤慶左衛門ノ犯罪事實ヲ知リナカラ其事實ヲ曲庇シ僞證シタリト云フニ在レトモ一モ曲庇シタルモノニアラサルニ原審ハ無意味ニ上告人ニ有罪ノ判定ヲ與ヘタルハ事實ヲ不法ニ認メタルモノト信スト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ屬スル事實認定ノ批難ニシテ上告ノ理由ト爲ラス』第二刑事訴訟法第百九十八條ニ依レハ裁判長ハ證據調終リタル毎ニ被告人ニ示シテ辯解ヲ爲サシメ且ツ利益ノ證憑ヲ差出スコトヲ得ル旨ノ告知スヘキ規定アルニ不拘原審ハ之レ等ノ手續ヲ爲サヽルハ判决ヲ爲スニ要件ヲ缺キタル不法アリト信スト云フニ在レトモ◎原院公判始末書ヲ査スルニ總テ所論ノ手續ヲ履行シタル旨ノ記載アレハ本論旨ハ謂ハレナシ
辯護人中村徳重郎上告趣意擴張書ハ公訴第一點原判决法律適用ヲ見ルニ被告慶左衛門ニ對シ刑法第二百十二條及ヒ同法第三百九十四條ヲ適用セラレタリ第二百十二條ハ私印私書僞造罪ニ處セラレタル者ニ付スルノ監視ニシテ第三百九十四條ハ詐欺取財罪ニ處セラレタル者ニ付スルノ監視ナリ原判决ハ刑法第三百九十條第二項ニ從ヒ被告慶左衛門ヲ同法第三百十條第一項ニ依リ處斷シタリ然ラハ之ニ對スル監視ハ同法第二百十二條ヲ適用スヘキモノニシテ同法第三百九十四條ヲ適用スヘキモノニアラス何トナレハ詐欺取財ヲ爲スニ因テ文書ヲ僞造行使シタル所爲ハ各本條ニ照シ重キニ從テ處斷スヘキモノニシテ一般ノ二罪倶發例ニ依ルヘキモノニアラサルコトハ御院判例ノ認ムル所ナルニ依リ本件ニ於テモ亦獨リ文書僞造罪ノミヲ以テ處刑スヘキモノナルヲ以テ詐欺取財ニ付テ監視ノ規定タル刑法第三百九十四條ハ之ヲ適用スヘキモノニアラサレハナリ然ルニ原判决ハ恰モ被告ヲ同第二百十條及同第三百九十條ノ二罪ニ處シタル場合ノ如ク同二百十二條及同第三百九十四條ノ二个條ヲ適用シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎主刑ト附加刑トハ之ヲ各別ニ適用スヘキ場合アルヘキモノニアラサレハ證書僞造行使ト詐欺取財ノ所爲カ實質上ノ一罪ヲ爲ス場合ト雖モ先ツ其各所爲ニ對シ主刑ト附加刑トヲ適用シ而ル後一ノ重キニ從テ處斷スヘキモノナレハ本論旨ハ理由ナシ』公訴第二點原判决認定事實ノ第五及至第九ニ於テハ共ニ「豫審判事中島常松ノ訊問ヲ受クルニ際シ元治慶左衛門ヲ曲庇シ輕罪ノ刑ヲ免レシメンカ爲メ云々」トアリテ元治慶左衛門ノ二人ヲ曲庇セシ事實ヲ認定シタリ去レハ之ニ對スル證據説明ニ於テハ必スヤ被告人等ハ此二人ヲ共ニ曲庇セントセシトノ證據ヲ示サヽル可ラス單ニ虚僞ノ陳述ヲ爲シタリトノミニテハ未タ以テ足レリトナス可ラサルヤ素ヨリ論ナシ然ルニ原判决證據説明ヲ見レハ僅カニ被告人等カ虚僞ノ陳述ヲ爲シタリトノ説明ヲ爲シタルノミニシテ被告人カ元治ト慶左衛門トヲ共ニ曲庇セントセシトノ點ニ關シテハ何等ノ説明ナシ若シ假リニ僞證被告人等ニ於テ虚僞ノ陳述ヲ爲シタリトスルモ其陳述ハ慶左衛門ノミヲ曲庇スル爲メ爲スコトモアルヘク又元治ノミノ爲メニモ之ヲ爲シ得ヘシ去レハ被告人等ハ兩人ヲ曲庇スル爲メ僞證ヲ爲シタリトスルニハ必ス其兩人ヲ曲庇セシトノ證據ヲ明示セサル可カラス然ルニ原判决ノ此明示ヲ缺ケルハ則チ是レ判决ニ理由ヲ付セサルノ不法アルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判决ニハ其所掲ノ證據ヲ湊合參酌シテ本件事實ヲ認定シタル旨ヲ説示シアルヲ以テ本論旨ハ要スルニ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ推理判斷ヲ論難スルニ外ナラスシテ上告ノ理由ト爲ラス』公訴第三點僞證罪ニ於テ僞證者トシテ處罰スルニハ曲庇セラレタリトスル被告人カ事實犯罪ヲ爲シタル場合ニ限ルヘキモノニシテ本件ノ如ク豫審免訴トナレル如キ場合ニ成立スヘキ犯罪ニアラス御院判例ニ於テ之ニ反スルモノナキニアラスト雖モ最近判例中起訴ノ無效ニ歸スル以上ハ之ニ基キタル豫審處分モ亦無效ナリ從テ證人ニシテ豫審判事ノ訊問ニ對シ虚僞ノ陳述ヲ爲シタリトスルモ僞證罪ヲ構成セストノ判决アリ右判决ノ趣旨ハ僞證罪ノ成立スルニハ曲庇セラルヘキ被告人ニ對シ適式ニ公訴アルコトヲ要スルノ義ニシテ之ヲ類推スレハ其被告人ニ對シ眞正ニ犯罪ノ成立セシ場合ニ限定セラレサル可ラサルヤ明カナリ本件僞證罪ニ於テ曲庇セラレタリト認メラルヽ被告人中山形元吉ハ豫審ニ於テ犯罪ナキモノトシテ免訴セラレタルヲ以テ假リニ僞證被告人等ニ於テ元治ヲ曲庇センカ爲メ虚僞ノ陳述ヲナシタリトスルモ僞證罪ニ問フヘキモノニアラス然ルニ原院ハ尚僞證罪ヲ構成スルモノトシテ之ヲ處罰セラレタルハ違法ナリト信スト云フニ在レトモ◎豫審ノ末證憑充分ナラサル理由ニ依リ被告人ヲ免訴スルト雖モ遡テ檢事ノ起訴及既ニ爲シタル豫審處分ヲ無效ト爲スヘキモノニアラス故ニ其豫審中證人トシテ被告人ヲ曲庇若クハ陷害スルノ意思ヲ以テ虚僞ノ陳述ヲ爲スニ於テハ茲ニ僞證罪ハ成立シ其被告人カ有罪ト爲リタルト否トハ何等ノ影響ヲ及ホス可キモノニアラス故ニ本論旨モ亦理由ナシ』私訴第一點公訴判决ニシテ前論述セシ如キ不法アル以上ハ私訴判决ハ當然破毀セラルヘキモノタルノミナラス原判决カ騙取ト認定シタル金五百五十一圓七十七錢五厘ニ對シ費消ノ事實ヲ認定セス直ニ損害金トシテ賠償ヲ命シタルハ不法ナリ何トナレハ刑事訴訟法第二條ニハ犯罪ニ因リ生シタル損害ノ賠償賍物ノ返還ト併記セラレタルヲ以テ賍物カ賍物トシテノ存在ヲ失フニ至リタル後ニアラサレハ損害トシテ賠償セシムルコト能ハサルノ意ナレハナリ原判决ハ被告ノ費消ノ事實ヲ認定セス直ニ賠償ヲ命シタルハ畢竟刑事訴訟法第二條ニ違背シタルノ不法アルモノト云ハサル可ラスト云フニ在レトモ◎賍物ノ返還ハ廣キ意味ニ於ル損害ノ賠償ニシテ損害ノ賠償中最モ適實ノ方法ナルカ故ニ犯罪ニ因テ損害ヲ加ヘタル者ハ現存ノ賍物ヲ提供シテ其賠償義務ノ全部若クハ一部ヲ免レ得ヘキモ被害者ニ於テ賍物ノ返還ヲ求メサルヲ理由トシテ損害賠償ノ請求ヲ拒ミ得可キモノニアラス要スルニ損害ノ賠償ト賍物ノ返還トハ二者其何レヲ求ムルモ被害者ノ隨意ナルノミナラス損害ノ賠償ヲ求ムルモ被告人ニ於テ賍物ヲ提供スルニ於テハ之ヲ受領スルコトヲ得可ク又賍物ノ返還ヲ求ムルモ其賍物現存セサルトキハ賠償金ヲ受領スルコトヲ得ヘキモノニシテ刑事訴訟法第二條ノ法意亦全ク茲ニ存ス然ルニ被告ハ損害賠償ノ請求ヲ受ケナカラ其賍金ヲ提供セス故ニ原院カ賍金費消ノ事實ヲ認メスシテ直チニ損害ノ賠償ヲ命シタルハ洵ニ相當ノ措置ニシテ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ノ規定ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
私訴上告費用ハ上告人ノ負擔トス
明治三十六年十月二十六日於大審院第一刑事部公廷檢事岩野新平立會宣告ス
明治三十六年(レ)第一六六五号
明治三十六年十月二十六日宣告
◎判決要旨
- 一 贓物の返還は損害の賠償中最も適実なる方法なりとす。
従て犯罪に因で損害を加へたる者は現存の贓物を提供して其賠償義務の全部若くは一部を免がれ得べきも被害者に於て贓物の返還を求めざるを理由として損害賠償の請求を拒み得べきものに非ず
右被告慶左衛門に対する私書偽造行使詐欺取財被告丑蔵徳右衛門専次郎に対する偽証事件に付、明治三十六年六月三十日宮城控訴院に於て言渡したる判決を不当とし各被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
被告慶左衛門上告趣意は第一原審に於て上告人が私書を偽造し豊里村役場より金員を騙取したるは詐欺取財の行為なりと云ふにあれども上告人は決して私書を偽造したること無之最も上告人は決して私書を偽造したるにあらざることは証人守屋丑蔵外数名の証言に依り明瞭なる事実なるに不拘原審は該証言を排斥し上告人を陥害せんとする意思に出でたる証人只野嘉吉等の偽証の証言を採用し上告人に断罪の判定を与へたるは事実を誤認したる結果法律を不法に適用したるものと信ずと云ふに在れども◎右は原院の職権に立入り事実の認定証拠の取捨判断を批難するものなれば上告の理由と為らず』第二刑事訴訟法第百九十八条を閲するに裁判長は各証憑調終りたる毎に被告人に示して弁解を為さしめ且つ利益の証憑を差出すことを得る旨を告知すべき規定あるに不拘原審は之等の手続を為さざるのみならず上告人の利益の証拠中不充分の取調を以て上告人に有罪の判定を与へたるは上告人の利益を阻害したるものと信ずと云ふに在れども◎原院公判始末書を査するに総で所論の手続を履行したる旨を記載しあるを以て前段論旨は謂はれなし其後段は原院の職権に属する証拠調の程度を批難するものなれば上告の理由と為らず
被告丑蔵徳右衛門専次郎上告趣意は第一原判決は上告人は被告人伊藤慶左衛門の犯罪事実を知りながら其事実を曲庇し偽証したりと云ふに在れども一も曲庇したるものにあらざるに原審は無意味に上告人に有罪の判定を与へたるは事実を不法に認めたるものと信ずと云ふに在れども◎右は原院の職権に属する事実認定の批難にして上告の理由と為らず』第二刑事訴訟法第百九十八条に依れば裁判長は証拠調終りたる毎に被告人に示して弁解を為さしめ且つ利益の証憑を差出すことを得る旨の告知すべき規定あるに不拘原審は之れ等の手続を為さざるは判決を為すに要件を欠きたる不法ありと信ずと云ふに在れども◎原院公判始末書を査するに総で所論の手続を履行したる旨の記載あれば本論旨は謂はれなし
弁護人中村徳重郎上告趣意拡張書は公訴第一点原判決法律適用を見るに被告慶左衛門に対し刑法第二百十二条及び同法第三百九十四条を適用せられたり第二百十二条は私印私書偽造罪に処せられたる者に付するの監視にして第三百九十四条は詐欺取財罪に処せられたる者に付するの監視なり。
原判決は刑法第三百九十条第二項に従ひ被告慶左衛門を同法第三百十条第一項に依り処断したり。
然らば之に対する監視は同法第二百十二条を適用すべきものにして同法第三百九十四条を適用すべきものにあらず。
何となれば詐欺取財を為すに因で文書を偽造行使したる所為は各本条に照し重きに。
従て処断すべきものにして一般の二罪倶発例に依るべきものにあらざることは御院判例の認むる所なるに依り本件に於ても亦独り文書偽造罪のみを以て処刑すべきものなるを以て詐欺取財に付て監視の規定たる刑法第三百九十四条は之を適用すべきものにあらざればなり。
然るに原判決は恰も被告を同第二百十条及同第三百九十条の二罪に処したる場合の如く同二百十二条及同第三百九十四条の二个条を適用したるは不法なりと云ふに在れども◎主刑と附加刑とは之を各別に適用すべき場合あるべきものにあらざれば証書偽造行使と詐欺取財の所為が実質上の一罪を為す場合と雖も先づ其各所為に対し主刑と附加刑とを適用し而る後一の重きに。
従て処断すべきものなれば本論旨は理由なし。』公訴第二点原判決認定事実の第五及至第九に於ては共に「予審判事中島常松の訊問を受くるに際し元治慶左衛門を曲庇し軽罪の刑を免れしめんか為め云云」とありて元治慶左衛門の二人を曲庇せし事実を認定したり。
去れば之に対する証拠説明に於ては必ずや被告人等は此二人を共に曲庇せんとせしとの証拠を示さざる可らず単に虚偽の陳述を為したりとのみにては未だ以て足れりとなす可らざるや素より論なし。
然るに原判決証拠説明を見れば僅かに被告人等が虚偽の陳述を為したりとの説明を為したるのみにして被告人が元治と慶左衛門とを共に曲庇せんとせしとの点に関しては何等の説明なし。
若し仮りに偽証被告人等に於て虚偽の陳述を為したりとするも其陳述は慶左衛門のみを曲庇する為め為すこともあるべく又元治のみの為めにも之を為し得べし去れば被告人等は両人を曲庇する為め偽証を為したりとするには必す其両人を曲庇せしとの証拠を明示せざる可からず。
然るに原判決の此明示を欠けるは則ち是れ判決に理由を付せざるの不法あるものと思料すと云ふに在れども◎原判決には其所掲の証拠を湊合参酌して本件事実を認定したる旨を説示しあるを以て本論旨は要するに原院の職権に属する証拠の推理判断を論難するに外ならずして上告の理由と為らず』公訴第三点偽証罪に於て偽証者として処罰するには曲庇せられたりとする被告人が事実犯罪を為したる場合に限るべきものにして本件の如く予審免訴となれる如き場合に成立すべき犯罪にあらず。
御院判例に於て之に反するものなきにあらずと雖も最近判例中起訴の無効に帰する以上は之に基きたる予審処分も亦無効なり。
従て証人にして予審判事の訊問に対し虚偽の陳述を為したりとするも偽証罪を構成せずとの判決あり右判決の趣旨は偽証罪の成立するには曲庇せらるべき被告人に対し適式に公訴あることを要するの義にして之を類推すれば其被告人に対し真正に犯罪の成立せし場合に限定せられざる可らざるや明かなり。
本件偽証罪に於て曲庇せられたりと認めらるる被告人中山形元吉は予審に於て犯罪なきものとして免訴せられたるを以て仮りに偽証被告人等に於て元治を曲庇せんか為め虚偽の陳述をなしたりとするも偽証罪に問ふべきものにあらず。
然るに原院は尚偽証罪を構成するものとして之を処罰せられたるは違法なりと信ずと云ふに在れども◎予審の末証憑充分ならざる理由に依り被告人を免訴すると雖も遡で検事の起訴及既に為したる予審処分を無効と為すべきものにあらず。
故に其予審中証人として被告人を曲庇若くは陥害するの意思を以て虚偽の陳述を為すに於ては茲に偽証罪は成立し其被告人が有罪と為りたると否とは何等の影響を及ぼす可きものにあらず。
故に本論旨も亦理由なし。』私訴第一点公訴判決にして前論述せし如き不法ある以上は私訴判決は当然破毀せらるべきものたるのみならず原判決が騙取と認定したる金五百五十一円七十七銭五厘に対し費消の事実を認定せず直に損害金として賠償を命じたるは不法なり。
何となれば刑事訴訟法第二条には犯罪に因り生じたる損害の賠償賍物の返還と併記せられたるを以て賍物が賍物としての存在を失ふに至りたる後にあらざれば損害として賠償せしむること能はざるの意なればなり。
原判決は被告の費消の事実を認定せず直に賠償を命じたるは畢竟刑事訴訟法第二条に違背したるの不法あるものと云はざる可らずと云ふに在れども◎賍物の返還は広き意味に於る損害の賠償にして損害の賠償中最も適実の方法なるが故に犯罪に因で損害を加へたる者は現存の賍物を提供して其賠償義務の全部若くは一部を免れ得べきも被害者に於て賍物の返還を求めざるを理由として損害賠償の請求を拒み得可きものにあらず。
要するに損害の賠償と賍物の返還とは二者其何れを求むるも被害者の随意なるのみならず損害の賠償を求むるも被告人に於て賍物を提供するに於ては之を受領することを得。
可く又賍物の返還を求むるも其賍物現存せざるときは賠償金を受領することを得べきものにして刑事訴訟法第二条の法意亦全く茲に存す。
然るに被告は損害賠償の請求を受けながら其賍金を提供せず。
故に原院が賍金費消の事実を認めずして直ちに損害の賠償を命じたるは洵に相当の措置にして本論旨も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条の規定に従ひ本件上告は之を棄却す
私訴上告費用は上告人の負担とす。
明治三十六年十月二十六日於大審院第一刑事部公廷検事岩野新平立会宣告す