官文書變造行使外國旅券規則違犯ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）9輯619頁
明治三十六年（れ）第五三〇號
明治三十六年四月二十四日宣告
◎判决要旨
- 一 變造ノ旅券タル事情ヲ告ケスシテ之ヲ他人ニ交付シタルトキハ其交付ノ時ニ於テ變造文書行使罪ヲ構成ス而シテ交付ヲ受ケタル者カ更ニ之ヲ巡査ニ提出シ使用シタルトキハ交付者ハ外國旅券規則第十六條ノ制裁ヲ受クヘキモノトス
（參照）他人ノ氏名ヲ記載シタル旅券ヲ使用シ又ハ之ヲ使用セシメタル者ハ其ノ旅券ヲ取上ケ二十五圓以下ノ罰金又ハ二十五日以下ノ重禁錮ニ處ス（外國旅券規則第＄十六條第一項）
第一審 長崎地方裁判所
第二審 長崎控訴院
被告人 松本富藏
右官文書變造行使外國旅券規則違犯被告事件ニ付明治三十六年二月二十三日長崎控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
上告趣意書第一點ハ凡ソ外國旅券ナルモノハ其性質所謂一種ノ免状ナルモノニ外ナラス蓋シ該旅券ノ内容ハ主トシテ帝國外務大臣ヨリシテ外國官衙ニ其旅人ノ保護ヲ倚頼スルモノナルモ而カモ尚ホ海外渡航ニ付テノ制度沿革若シクハ外國旅券規則ノ精神ヨリ考フルトキハ寧ロ海外渡航ノ特許免状ノ性質ヲ具有スルモノト云フヘシ故ニ該旅券ノ僞造變造ハ亦タ刑法第二百十三條ノ法條ヲ適用スヘキモノナルニ原審カ本件ニ付テ同第二百三條ヲ適用シテ被告ヲ重罪ノ刑ニ處シタルハ蓋シ失當ノ判决ナリト信スト云フニ在レトモ◎刑法第二百十三條ニ所謂官ノ免状又ハ鑑札トハ權利ノ行使ニ必要ナル官廳ノ許可ヲ指稱シタルモノニシテ本案ニ於ケル外國旅券ノ如キハ邦人ノ外國ニ旅行スル者ヲ保護センカ爲メ之ヲ附與スルニ過キスシテ之ニ依リ其旅行ヲ許可スルノ趣旨ニ非ラサルヲ以テ同條ノ免状ト云フヘキモノニアラス而シテ該旅券ハ外務大臣ノ名ヲ以テ旅行者ニ下付スル文書ナレハ即チ官ノ文書ナルコト固ヨリ疑ヒヲ容ルヘカラス故ニ原院カ之ヲ官文書ナリトシテ刑法第二百三條ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ上告ハ其理由ナシ
第二點ハ本件ニ付テ原審カ行使ノ事實トシテ認定セシ點ハ野元巡査ニ對シ植松ツキノカ其所持ノ變造旅券ヲ提示セシトキニ成立セシモノヽ如シ果シテ然ラハ被告富藏ハ人ヲシテ該變造文書ヲ行使セシメタルモノナルカ故ニ正ニ教唆者トシテ之レヲ處分スヘキナリ然ルニ原審ニ於テ教唆罪ノ法條ヲ適用セサルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原判决ニ依レハ被告カ變造シタル馬場タキ名義ノ旅券ヲ其變造タルノ情ヲ告ケスシテ「ツキノ」ニ交付シトアリテ該變造文書ノ行使ハ右ツキノニ交付シタルトキ其罪ハ巳ニ成立シタルモノニシテツキノカ巡査ニ該旅券ヲ提示シタル場合ニ成立セシモノニアラス而シテ被告カ「ツキノ」ヲシテ馬場タキ名義ノ旅券ヲ巡査ニ提示セシメタル所爲ハ外國旅券規則第十六條ニ所謂他人名義ノ旅券ヲ自カラ使用シ又ハ之ヲ使用セシメタル者ハ云々トアルニ該當スルモノナルヲ以テ原院カ教唆罪ノ法條ヲ適用セサルハ相當ナリトス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十六年四月二十四日於大審院第二刑事部公廷檢事岩野新平立會宣告ス
