明治三十六年(れ)第二〇八號
明治三十六年三月十六日宣告
◎判决要旨
- 一 拂下木ノ伐採ヲ爲スニ際シ拂下木ニ押用セル公檢印ヲ他ノ良木ニ盜捺シ立會簿記載ノ拂下木ノ廻尺ヲ改竄シ看守ヲシテ伐採ノ許可ヲ與ヘシメ拂下以外ノ良木ヲ盜伐シタル所爲ハ森林竊盜ニシテ詐欺取財ニ非ス(判旨第二點)
- 一 檢證調書ハ必スシモ檢證ヲ遂クルニ從テ之ヲ作成スルコトヲ要セス從テ檢證終了ノ後之ヲ作成シ其顛末ヲ明カニスルヲ以テ足ル(判旨第六點)
右被告信ニ對スル監守盜官文書變造行使同人及被告喜兵衛ニ對スル官印盜用詐欺取財被告事件竝ニ附帶私訴ニ付明治三十五年十二月二十四日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告兩名ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告信公私訴判决ニ對スル上告趣意書ハ被告信ハ相被告星野喜兵衛ト共謀シテ爲シタリトハ原院ノ御認定ナリ然レトモ右ノ事實ハ之ヲ認定スルニ足ルヘキ證據ニ基ケルモノニ非ラスシテ單ニ推測ニ基ケル御判斷ナリト云ハサルヘカラス其理由ハ證據ノ部ニ列記セラレタル各證據ニ一モ御認定事實ト符合セサルヲ以テナリト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ專屬スル證據ノ取捨判斷ヲ批難スルニ外ナラスシテ上告適法ノ理由ト爲ラス
被告喜兵衛辯護人加藤重三郎上告趣意書ノ第一原裁判所ハ判决第一ノ事實トシテ星野喜兵衛カ拂下以外ノ立木ヲ伐採シタル所爲ヲ認メ森林法第三十八條第六第七第五十一條ヲ適用シテ處罰セリ其認メタル所ノ事實ハ拂下木ニ付シタル番號ヲ他ノ良材ニ付シ拂下木ニ押用セル公檢印ヲ他ノ良木ニ盜捺シ立會簿中記載ノ拂下木ノ廻尺ヲ改竄シ置キ數度ニ公園看守ヨリ伐採ノ認可ヲ得且ツ引渡ヲ受ケテ伐採ヲ爲シタリト云フニ在リ此ノ事實ハ森林法第三十七條第三十八條ノ所謂竊盜ナルモノニアラス竊盜ハ他人ノ所有物ヲ竊取シタルモノニシテ他人ヲ欺キ他人ノ所有物ヲ取リタルモノハ詐欺取財ナリ原裁判所ハ詐欺取財ノ事實ヲ認メテ之レヲ森林法第七十八條ヲ適用シタルハ不當ニ法律ヲ適用シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ事實認定ヲ要スルニ被告ハ相被告西村信ト共謀シテ拂下木ノ伐採ヲ爲スニ際シ職工七名ヲ使用シテ拂下以外ノ良木ヲ盜伐シタルモノニシテ公檢印ヲ盜捺シ立會簿ヲ改竄シテ以テ看手ニ伐採ノ認可ヲ與ヘシメタルカ如キハ盜伐ヲ容易ナラシムル爲ノ手段ニ外ナラサレハ原院カ之ヲ森林竊盜ニ擬シ詐欺取財ヲ以テ論セサリシハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ』第二大阪控除院檢事ハ拂下木以外ノ木ニ番號ヲ付シタルハ官文書僞造ナリ尚ホ立會簿ノ變造ハ被告星野喜兵衛モ其責ヲ負フヘキ筈ナリ然ルニ第一審ニ於テ官文書僞造及ヒ官文書變造ヲ處罰セサリシハ不當ノ裁判ナルニ付附帶ノ控訴ヲ爲ス旨ノ陳述アリ原裁判所ノ檢事モ亦大阪控訴院檢事ノ附帶控訴ハ相當ナリト論告シ其他ニ檢事ノ附帶シタル控訴ナシ然ルニ原裁判所ハ檢事ノ附帶控訴以外ノ點ニ於テ被告ノ不利益ニ判决ヲ變更シ重禁錮五年監視六月ノ外ニ重禁錮五月罰金參千五百五拾圓ノ刑ヲ言渡シタリ即チ森林法第七十八條ヲ適用シテ其刑ヲ言渡シタル部分ハ全ク被告ノ不利益ニ判决ヲ變更シタルモノニシテ刑事訴訟法第二百六十五條ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎檢事カ爲シタル附帶控訴ノ趣旨ハ一審判决全部ノ取消ヲ求ムルニ在テ拂下木ノ番號僞造又ハ立會簿變造ノ罪ヲ認メサルヲ不當ナリト論スルハ其取消ヲ求ムル理由ニ外ナラス而シテ檢事ノ附帶控訴ニシテ全部控訴ナランカ原院ハ其附帶控訴以外ニ於テ一審判决ヲ不利益ニ變更シタルモノニアラサレハ本論旨モ亦理由ナシ』第三原裁判所ノ證據ニ供シタル明治三十三年三月三十日付豫審判事ノ檢證調書ナルモノハ其前一半ハ明治三十三年三月二十九日ノ檢證記事後一半ハ明治三十三年三月三十日ノ檢證記事ナリ故ニ前一半ニ付テハ作製ノ場所年月日ノ記載ナキモノニシテ刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ違背シ證據ニ供スルノ價値ナキ書類ナリ然ルニ之ヲ證據ニ供シタルハ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎其檢證調書ヲ査スルニ同檢證ハ明治三十三年三月二十九日ニ始メ翌三十日ニ終リタルカ故ニ一通ノ檢證調書ヲ作リ其末尾ニ作製ノ年月日場所ヲ記載シタルモノニシテ毫モ刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ違背スルコトナケレハ原院カ之ヲ採テ以テ斷罪ノ資ト爲シタルハ相當ニシテ本論旨モ亦理由ナシ』第四前項檢證調書ノ末尾ニ前列擧スル立木及ヒ材木ハ悉皆之ヲ押收シタリト在リ而シテ其差押調書ノ作製ハ明治三十三年三月十三日付ニシテ檢證調書ノ日付ト同一ナラス同一ノ場所ニ於テ同時ニ作製セラレタル書類ニシテ日付ノ同一ナラサルハ何レモ其年月日ノ記載ニ確實ヲ欠キ日付ナキ書類ト同一ニ歸スルカ故ニ刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ違背セリ然ルニ原裁判所ハ之ヲ採テ以テ斷罪ノ證據ト爲シタルハ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎其差押調書ヲ査スルニ明治三十三年三月三十日ノ日附ナルヲ以テ本論旨ハ謂ハレナシ』第五前記檢證調書ハ記載ノ年月日場所ニ於テ作製セラレ及ヒ被告人證人取調ト同時ニ作製セラレタルモノト爲スコト能ハサル書類ナリ何トナレハ其記事ノ第一トシテ被告人等ノ是認セルモノ便宜之ヲ甲ト稱シ被告人等ノ否認スルモノ便宜之ヲ乙ヽ稱ストアリ是未タ檢證ヲ了ラサル前及ヒ未タ被告人ヲ訊問セサル以前ニ於テ是等記事ノ爲シ能フ筈ノモノニアラサルコト自然ノ順序ナルカ故ニ此調書ハ如何ナル場所如何ナル時ニ於テ作製セラレタルモノナルコト全ク不明ナリ故ニ作製ノ年月日作製ノ場所ノ記載ナキ書類ト同一ニ歸シ刑事訴訟法第二十條ニ違背スル書類ト云ハサルヘカラス然ルニ之ヲ斷罪ノ證據ニ供シタルハ不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎檢證調書ハ必スシモ檢證ヲ遂ルニ從テ之ヲ作ルコトヲ要セス檢證終了ノ後之ヲ作リ其顛末ヲ明カニスルヲ以テ足ルモノナレハ論旨所載ノ如キ記事アリトスルモ作製ノ年月日場所ノ記載ナキ書類ナリト云フヲ得ス故ニ本論旨モ亦理由ナシ』第六原裁判所ニ於テ第一ノ事實認定ノ材料タル證據説明ノ部ニ明治三十三年三月三十日付豫審判事ノ檢證調書中(中畧)各甲乙二本宛アリト假定シ被告及ヒ證人等ノ是認スルモノヲ甲ト稱シ否認スルモノヲ乙ト稱シ現木ニ就キ訊問セシ處云々ト説明セリ被告人等認否ニ基キ之ヲ甲乙ト區別スル旨ノ記載アレトモ證人ノ認否ニ基キ之ヲ甲乙ニ區別スル旨ノ記載ハ同調書中ニ記載セラレス此點ハ全ク虚無ノ事實ヲ擧テ斷罪ノ證據ニ供シタル不法ノ判决ナリト云フニ在リ◎因テ其檢證調書ヲ査スルニ「被告人等ノ是認スルモノ便宜之ヲ甲ト稱シ被告人等ノ否認スルモノ便宜之ヲ乙ト稱ス」トアレハ證人ノ二字ハ愆字ト認ムルノ外ナシ故ニ之ヲ論爭スルモ上告ノ理由ト爲スニ足ラス』第七原裁判所カ第一事實ノ證據トシテ坂上萬助北村正次郎富士田寅造ノ鑑定ヲ援用シタリ此鑑定人三名ハ大阪控訴院ノ命シ及ヒ訊問シタル鑑定人ニアラス受命判事ニ於テ鑑定ヲ命シ及ヒ訊問シタル鑑定人ナリ臨檢處分ニ限リ受命判事ヲ設ケ得ルコトハ刑事訴訟法第二百三十八條ノ規定スル所ナリト雖モ其以外ノ事項即チ鑑定人ノ訊問等ノ爲メ受命判事ヲ設ケ得ルモノニアラス此規定ニ反シタル前記鑑定ナルカ故ニ裁判所ハ證據トシテ之ヲ採用スルヲ許サス然ルニ原裁判所ノ之ヲ斷罪ノ證據ト爲シタルハ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎臨檢處分ハ鑑定人ヲシテ鑑定ヲ爲サシムルニアラサレハ其效用ヲ完フスルコト能ハサル場合少カラサルヲ以テ此場合ニ在テ鑑定ヲ爲サシムルハ臨檢處分ノ一部ト認メサルヲ得ス左レハ臨檢ヲ命セラレタル受命判事ハ必要ニ應シ鑑定ヲ爲サシムル權能ヲ有スルコト勿論ニシテ本論旨モ亦理由ナシ(判旨第二點)(判旨第六點)
私訴判决ニ對スル上告趣意書第一原裁判所カ大阪控訴院受命判事ノ命シタル鑑定人三名ノ鑑定シタル價額ヲ平均シ金三千五百四十八圓三十三錢三厘ト算出シタルハ相當ナルヘキモ民事原告人カ其内控訴ノ申立ヲ爲セル金一千四百八十六圓七十八錢七厘ヲ控除セサリシハ全ク踈畧ノ判决ナリ曩ニ破毀セラレタル大阪控訴院ノ判决ハ原裁判所ノ如ク鑑定人ノ鑑定額ヲ平均シタル三千五百四十八圓三十三錢三厘ノ内ヨリ民事原告人ノ控除ヲ申立タル金一千四百八十六圓七十八錢七厘ヲ控除シタルカ故ニ賠償ヲ命シタル金額ハ二千〇六十一圓五十四錢ナリシナリ民事原告人カ控除ヲ求ムル右金額ハ伐採シタル木材ノ現存スルモノニシテ之ヲ民事原告人ニ還付スルカ故ニ其價額ハ當然損害額中ヨリ控除セサルヘカラサルニ因ル右金一千四百八十六圓七十八錢七厘ハ全ク民事原告人ノ請求セサルモノナルニモ拘ハラス上告人ニ其賠償ヲ命シタルハ請求以外ノ判决ニシテ其不法ナルコト多辨ヲ要セスト云ヒ」第二公訴ニ付上告シタル趣意ノ如ク公訴判决ニ不法ノ點多々アリ爰ニ之ヲ援用スト云フニ在レトモ◎一件記録ヲ査スルニ民事原告人ハ其請求金額ヨリ金一千四百八十六圓ノ控除ヲ申立タル形蹟ノ見ルヘキモノナク又公認上告趣意ノ理由ナキコトハ前文説明スルカ如クナレハ本論旨ハ謂ハレナシ
被告信辯護人鈴木充美辨明書ノ第一點原院ニ於テ被告信ニ對シテ認定セラレタル事實ノ要領ハ被告ノ公檢印ヲ拂下以外ノ良木ニ盜捺シ拂下ノ如ク裝ヒ置キ又一方ニ在テハ枯損木伐採立會簿ノ内杉樹ノ廻尺ヲ改竄變更シ之ヲ事務所ニ備付ケ公園看守カ右變更ニ係ル立會簿ヲ携帶シ山林ニ入リ樹木ノ引渡シヲ爲スニ際シ實際ノ拂下木ニアラサル良木ヲ引渡サシメタルモノナリシト云フニ在リ果シテ右ノ如キ事實ナリトセハ被告ノ所爲ハ官ノ文書ヲ僞造シ置キ之ヲ以テ第三者ヲシテ拂下ケ以外ノ良木ヲ引渡サシメタルモノニシテ即チ官文書ノ僞造ヲ以テ詐僞ノ手段トシ以テ目的物件ノ入替ヲ爲シタルモノニシテ竊盜ノ行爲ニアラスシテ純然タル詐僞取財ナリト云ハサルヘカラス被告信モ其共謀者ト認メラレタルモノモ决シテ自ラ他人ノ物件ヲ竊取シタルモノニアラスシテ之カ引渡ヲ爲スヘキ權能ヲ有スルモノヲシテ拂下ケ以外ノ良木ヲ引渡サシメタル事實ニシテ竊盜罪ヲ以テ論スヘキモノニアラサルコト實ニ明々白々タリ然ルニ原院ハ此所爲ニ對シ森林法第三十八條第六第七第五十一條ヲ適用セラレタルハ明ニ擬律ノ錯誤アル不當ノ裁判ナリトスト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ被告喜兵衛辯護人ノ上告趣意書第一點ノ説明ニ就テ了解シ可ス』第二點ハ辯護人ニ於テ取消シタリ」第三點原院ニ於テ被告信カ第一第二ノ公檢印盜用ノ各所爲ハ刑法第百九十七條第一項第百九十六條第一項第二百一條ニ該當スルモノト判决セラレシモ上告人ハ公檢印ハ刑法第百九十六條ノ所謂官ノ記號印章ナリト認ムルコト能ハサルナリ其理由ハ公檢印ナルモノハ其目的公園ノ枯損木拂下ノ爲メ用ユル所ノモノニシテ公園ナルモノハ直チニ以テ之ヲ官林ナリト斷定スルコト能ハス奈良公園ノ如キハ其監督ハ同縣第一課長ノ掌ル所ナリト雖モ其費用ノ如キハ總テ懸費ニ屬シ國庫ハ之ニ關セサルノミナラス其事務ヲ掌ル所ノ人員ハ被告信ノ如ク其位置官吏ニ非サルモノ(原院ニ於テモ特ニ官吏ニ非サルナリ明記セリ)ノ職掌ニ屬シ全然官林タルノ性質ナク又官ノ公園ナリトシテ看ルヘキモノナシ故ニ奈良公園ナルモノハ所謂公園ニシテ官園ニアラサルナリ果シテ然リトセハ其公園ノ枯損木ニ對シテ用ユル所ノ印章ハ或ハ公印ナリト認メ得ラルヽヤ知ルヘカラサルモ官印ナリト言フコトヲ得ス之ニ反シ原院ニ於テ若シ其名ノ示ス如キ明ニ公園ナルヲ其實官ニ屬スル所ノ公園ナリト斷定セントセハ其理由ヲ附シテ之カ説明ヲ爲サヽルヘカラス然ルニ其性質ノ官有ナル乎將又然ラサルカナ斷定セス直チニ公檢印ヲ官ノ印章ト認メラレタルハ理由不備ナルノミナラス事實ニ反シタル判决ニシテ上告人ノ服從スルコト能ハサル所ナリト云フニ在レトモ◎奈良公園ハ奈良縣廳ノ管理ニ屬スルコトハ原判文ニ依テ明瞭ナルノミナラス上告人モ亦認ムル所ナリ然レハ其公園ノ官有ナルト否トニ拘ラス本件公檢印ハ奈良縣廳ノ印ニシテ第一課長監督ノ下ニ於テ保管スルモノナレハ原院カ之カ官印ト認メタルハ相當ニシテ所論ノ如キ不法アルコトナシ』
第四點原判决ノ事實認定ノ部ニ「(前畧)何々ヲ何々)ト取換ヘ其取換ヘタル立木ニ孰レモ拂下ノ木ニ付シアル又印ノ内一番號ヲ記シ根幹部二个所ニ右公檢印ヲ盜捺シ恰モ拂下木ノ如ク裝ヒ置キ」云々ト記載シ(第二ノ方モ畧ホ同樣)右ノ事實ヲ以テ官ノ印章ヲ盜用シタルモノトシ刑法百九十七條ヲ適用セラレタリ然レトモ原判决ノ如ク立木ノ根幹部ニ附スヘキ印影ヲ改メタルモノトセハ其所爲ハ森林法第四十四條ニ依リ處分スヘキモノニシテ刑法第百九十七條ヲ適用スヘキモノニアラスト云ヒ」第五點原判决ニ拂下以外ノ立木ニ番號ノ文字ヲ僞造シタルハ刑法第二百三條第一項ニ該ルモノト斷定セラレタルモ此行爲コソ實ニ森林法第四十四條ニ該當スルコト最モ明ニシテ殆ント疑ノ存スル所ナシ右ノ所爲ニシテ森林法第四十四條ニ該當セストセハ同條ハ全然空文ニ了スルノ外ナシ果シテ然リトセハ此所爲ハ刑法第二百三條ニ依ルヘキモノニアラサルコト言ヲ竢タス故ニ此點ニ於テモ亦原判决ハ擬律ノ錯誤アルモノナリト云フニ在レトモ◎森林法第四十四條ニハ立木、木材又ハ根株ニ附シタル記號印影ヲ變更若ハ消除シタル者ハ云々トアリテ既ニ附シアル記號印影ヲ變更若クハ消除シタル場合ノ規定ニシテ新タニ記號印影ヲ附シタル場合ノ規定ニアラサレハ第四第五論旨共ニ其理由ナシ』第六點立會簿ヲ官文書ト認メラレタル點ニ就テモ前記第三點ト等シク官文書ト公文書トノ區別ヲ爲サヽル不當ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎奈良公園ハ奈良縣廳ノ管理ニ屬スルコトハ第三點ニ就テ説示スルカ如クナルヲ以テ同公園ニ關スル事務上ニ付作製ス可キ文書ハ官文書ナルコト勿論ナレハ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ノ規定ニ從ヒ本件被告兩名ノ上告ハ共ニ之ヲ棄却ス
私訴費用ハ上告人ノ負擔トス
明治三十六年三月十六日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事奧宮正治立會宣告ス
明治三十六年(レ)第二〇八号
明治三十六年三月十六日宣告
◎判決要旨
- 一 払下木の伐採を為すに際し払下木に押用せる公検印を他の良木に盗捺し立会簿記載の払下木の廻尺を改竄し看守をして伐採の許可を与へしめ払下以外の良木を盗伐したる所為は森林窃盗にして詐欺取財に非ず(判旨第二点)
- 一 検証調書は必ずしも検証を遂くるに。
従て之を作成することを要せず。
従て検証終了の後之を作成し其顛末を明かにするを以て足る。
(判旨第六点)
右被告信に対する監守盗官文書変造行使同人及被告喜兵衛に対する官印盗用詐欺取財被告事件並に附帯私訴に付、明治三十五年十二月二十四日名古屋控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告両名より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
被告信公私訴判決に対する上告趣意書は被告信は相被告星野喜兵衛と共謀して為したりとは原院の御認定なり。
然れども右の事実は之を認定するに足るべき証拠に基けるものに非らずして単に推測に基ける御判断なりと云はざるべからず。
其理由は証拠の部に列記せられたる各証拠に一も御認定事実と符合せざるを以てなりと云ふに在れども◎右は原院の職権に専属する証拠の取捨判断を批難するに外ならずして上告適法の理由と為らず
被告喜兵衛弁護人加藤重三郎上告趣意書の第一原裁判所は判決第一の事実として星野喜兵衛が払下以外の立木を伐採したる所為を認め森林法第三十八条第六第七第五十一条を適用して処罰せり其認めたる所の事実は払下木に付したる番号を他の良材に付し払下木に押用せる公検印を他の良木に盗捺し立会簿中記載の払下木の廻尺を改竄し置き数度に公園看守より伐採の認可を得且つ引渡を受けて伐採を為したりと云ふに在り此の事実は森林法第三十七条第三十八条の所謂窃盗なるものにあらず。
窃盗は他人の所有物を窃取したるものにして他人を欺き他人の所有物を取りたるものは詐欺取財なり。
原裁判所は詐欺取財の事実を認めて之れを森林法第七十八条を適用したるは不当に法律を適用したる不法の裁判なりと云ふに在れども◎原判決の事実認定を要するに被告は相被告西村信と共謀して払下木の伐採を為すに際し職工七名を使用して払下以外の良木を盗伐したるものにして公検印を盗捺し立会簿を改竄して以て看手に伐採の認可を与へしめたるが如きは盗伐を容易ならしむる為の手段に外ならざれば原院が之を森林窃盗に擬し詐欺取財を以て論せざりしは相当にして本論旨は理由なし。』第二大坂控除院検事は払下木以外の木に番号を付したるは官文書偽造なり。
尚ほ立会簿の変造は被告星野喜兵衛も其責を負ふべき筈なり。
然るに第一審に於て官文書偽造及び官文書変造を処罰せざりしは不当の裁判なるに付、附帯の控訴を為す旨の陳述あり原裁判所の検事も亦大坂控訴院検事の附帯控訴は相当なりと論告し其他に検事の附帯したる控訴なし。
然るに原裁判所は検事の附帯控訴以外の点に於て被告の不利益に判決を変更し重禁錮五年監視六月の外に重禁錮五月罰金参千五百五拾円の刑を言渡したり。
即ち森林法第七十八条を適用して其刑を言渡したる部分は全く被告の不利益に判決を変更したるものにして刑事訴訟法第二百六十五条に違背したる不法の判決なりと云ふに在れども◎検事が為したる附帯控訴の趣旨は一審判決全部の取消を求むるに在で払下木の番号偽造又は立会簿変造の罪を認めざるを不当なりと論するは其取消を求むる理由に外ならず。
而して検事の附帯控訴にして全部控訴ならんか原院は其附帯控訴以外に於て一審判決を不利益に変更したるものにあらざれば本論旨も亦理由なし。』第三原裁判所の証拠に供したる明治三十三年三月三十日付予審判事の検証調書なるものは其前一半は明治三十三年三月二十九日の検証記事後一半は明治三十三年三月三十日の検証記事なり。
故に前一半に付ては作製の場所年月日の記載なきものにして刑事訴訟法第二十条の規定に違背し証拠に供するの価値なき書類なり。
然るに之を証拠に供したるは不法の判決なりと云ふに在れども◎其検証調書を査するに同検証は明治三十三年三月二十九日に始め翌三十日に終りたるが故に一通の検証調書を作り其末尾に作製の年月日場所を記載したるものにして毫も刑事訴訟法第二十条の規定に違背することなければ原院が之を採で以て断罪の資と為したるは相当にして本論旨も亦理由なし。』第四前項検証調書の末尾に前列挙する立木及び材木は悉皆之を押収したりと在り。
而して其差押調書の作製は明治三十三年三月十三日付にして検証調書の日付と同一ならず同一の場所に於て同時に作製せられたる書類にして日付の同一ならざるは何れも其年月日の記載に確実を欠き日付なき書類と同一に帰するが故に刑事訴訟法第二十条の規定に違背せり。
然るに原裁判所は之を採で以て断罪の証拠と為したるは不法の判決なりと云ふに在れども◎其差押調書を査するに明治三十三年三月三十日の日附なるを以て本論旨は謂はれなし』第五前記検証調書は記載の年月日場所に於て作製せられ及び被告人証人取調と同時に作製せられたるものと為すこと能はざる書類なり。
何となれば其記事の第一として被告人等の是認せるもの便宜之を甲と称し被告人等の否認するもの便宜之を乙乙称すとあり是未だ検証を了らざる前及び未だ被告人を訊問せざる以前に於て是等記事の為し能ふ筈のものにあらざること自然の順序なるが故に此調書は如何なる場所如何なる時に於て作製せられたるものなること全く不明なり。
故に作製の年月日作製の場所の記載なき書類と同一に帰し刑事訴訟法第二十条に違背する書類と云はざるべからず。
然るに之を断罪の証拠に供したるは不法の裁判なりと云ふに在れども◎検証調書は必ずしも検証を遂るに。
従て之を作ることを要せず。
検証終了の後之を作り其顛末を明かにするを以て足るものなれば論旨所載の如き記事ありとするも作製の年月日場所の記載なき書類なりと云ふを得ず。
故に本論旨も亦理由なし。』第六原裁判所に於て第一の事実認定の材料たる証拠説明の部に明治三十三年三月三十日付予審判事の検証調書中(中略)各甲乙二本宛ありと仮定し被告及び証人等の是認するものを甲と称し否認するものを乙と称し現木に就き訊問せし処云云と説明せり被告人等認否に基き之を甲乙と区別する旨の記載あれども証人の認否に基き之を甲乙に区別する旨の記載は同調書中に記載せられず此点は全く虚無の事実を挙で断罪の証拠に供したる不法の判決なりと云ふに在り◎因で其検証調書を査するに「被告人等の是認するもの便宜之を甲と称し被告人等の否認するもの便宜之を乙と称す」とあれば証人の二字は愆字と認むるの外なし。
故に之を論争するも上告の理由と為すに足らず』第七原裁判所が第一事実の証拠として坂上万助北村正次郎富士田寅造の鑑定を援用したり。
此鑑定人三名は大坂控訴院の命じ及び訊問したる鑑定人にあらず。
受命判事に於て鑑定を命じ及び訊問したる鑑定人なり。
臨検処分に限り受命判事を設け得ることは刑事訴訟法第二百三十八条の規定する所なりと雖も其以外の事項即ち鑑定人の訊問等の為め受命判事を設け得るものにあらず。
此規定に反したる前記鑑定なるが故に裁判所は証拠として之を採用するを許さず。
然るに原裁判所の之を断罪の証拠と為したるは不法の判決なりと云ふに在れども◎臨検処分は鑑定人をして鑑定を為さしむるにあらざれば其効用を完ふすること能はざる場合少からざるを以て此場合に在で鑑定を為さしむるは臨検処分の一部と認めざるを得ず。
左れば臨検を命ぜられたる受命判事は必要に応し鑑定を為さしむる権能を有すること勿論にして本論旨も亦理由なし。
(判旨第二点)(判旨第六点)
私訴判決に対する上告趣意書第一原裁判所が大坂控訴院受命判事の命じたる鑑定人三名の鑑定したる価額を平均し金三千五百四十八円三十三銭三厘と算出したるは相当なるべきも民事原告人が其内控訴の申立を為せる金一千四百八十六円七十八銭七厘を控除せざりしは全く踈略の判決なり。
曩に破毀せられたる大坂控訴院の判決は原裁判所の如く鑑定人の鑑定額を平均したる三千五百四十八円三十三銭三厘の内より民事原告人の控除を申立たる金一千四百八十六円七十八銭七厘を控除したるが故に賠償を命じたる金額は二千〇六十一円五十四銭なりしなり。
民事原告人が控除を求むる右金額は伐採したる木材の現存するものにして之を民事原告人に還付するが故に其価額は当然損害額中より控除せざるべからざるに因る右金一千四百八十六円七十八銭七厘は全く民事原告人の請求せざるものなるにも拘はらず上告人に其賠償を命じたるは請求以外の判決にして其不法なること多弁を要せずと云ひ」第二公訴に付、上告したる趣意の如く公訴判決に不法の点多多あり爰に之を援用すと云ふに在れども◎一件記録を査するに民事原告人は其請求金額より金一千四百八十六円の控除を申立たる形蹟の見るべきものなく又公認上告趣意の理由なきことは前文説明するが如くなれば本論旨は謂はれなし
被告信弁護人鈴木充美弁明書の第一点原院に於て被告信に対して認定せられたる事実の要領は被告の公検印を払下以外の良木に盗捺し払下の如く装ひ置き又一方に在ては枯損木伐採立会簿の内杉樹の廻尺を改竄変更し之を事務所に備付け公園看守が右変更に係る立会簿を携帯し山林に入り樹木の引渡しを為すに際し実際の払下木にあらざる良木を引渡さしめたるものなりしと云ふに在り果して右の如き事実なりとせば被告の所為は官の文書を偽造し置き之を以て第三者をして払下け以外の良木を引渡さしめたるものにして、即ち官文書の偽造を以て詐偽の手段とし以て目的物件の入替を為したるものにして窃盗の行為にあらずして純然たる詐偽取財なりと云はざるべからず。
被告信も其共謀者と認められたるものも決して自ら他人の物件を窃取したるものにあらずして之が引渡を為すべき権能を有するものをして払下け以外の良木を引渡さしめたる事実にして窃盗罪を以て論すべきものにあらざること実に明明白白たり。
然るに原院は此所為に対し森林法第三十八条第六第七第五十一条を適用せられたるは明に擬律の錯誤ある不当の裁判なりとすと云ふに在れども◎其理由なきことは被告喜兵衛弁護人の上告趣意書第一点の説明に就て了解し可す』第二点は弁護人に於て取消したり。」第三点原院に於て被告信が第一第二の公検印盗用の各所為は刑法第百九十七条第一項第百九十六条第一項第二百一条に該当するものと判決せられしも上告人は公検印は刑法第百九十六条の所謂官の記号印章なりと認むること能はざるなり。
其理由は公検印なるものは其目的公園の枯損木払下の為め用ゆる所のものにして公園なるものは直ちに以て之を官林なりと断定すること能はず奈良公園の如きは其監督は同県第一課長の掌る所なりと雖も其費用の如きは総で懸費に属し国庫は之に関せざるのみならず其事務を掌る所の人員は被告信の如く其位置官吏に非ざるもの(原院に於ても特に官吏に非ざるなり。
明記せり)の職掌に属し全然官林たるの性質なく又官の公園なりとして看るべきものなし故に奈良公園なるものは所謂公園にして官園にあらざるなり。
果して然りとせば其公園の枯損木に対して用ゆる所の印章は或は公印なりと認め得らるるや知るべからざるも官印なりと言ふことを得ず。
之に反し原院に於て若し其名の示す如き明に公園なるを其実官に属する所の公園なりと断定せんとせば其理由を附して之が説明を為さざるべからず。
然るに其性質の官有なる乎将又然らざるかな断定せず直ちに公検印を官の印章と認められたるは理由不備なるのみならず事実に反したる判決にして上告人の服従すること能はざる所なりと云ふに在れども◎奈良公園は奈良県庁の管理に属することは原判文に依て明瞭なるのみならず上告人も亦認むる所なり。
然れば其公園の官有なると否とに拘らず本件公検印は奈良県庁の印にして第一課長監督の下に於て保管するものなれば原院が之か官印と認めたるは相当にして所論の如き不法あることなし』
第四点原判決の事実認定の部に「(前略)何何を何何)と取換へ其取換へたる立木に孰れも払下の木に付しある又印の内一番号を記し根幹部二个所に右公検印を盗捺し恰も払下木の如く装ひ置き」云云と記載し(第二の方も略ほ同様)右の事実を以て官の印章を盗用したるものとし刑法百九十七条を適用せられたり。
然れども原判決の如く立木の根幹部に附すべき印影を改めたるものとせば其所為は森林法第四十四条に依り処分すべきものにして刑法第百九十七条を適用すべきものにあらずと云ひ」第五点原判決に払下以外の立木に番号の文字を偽造したるは刑法第二百三条第一項に該るものと断定せられたるも此行為こそ実に森林法第四十四条に該当すること最も明にして殆んど疑の存する所なし。
右の所為にして森林法第四十四条に該当せずとせば同条は全然空文に了するの外なし。
果して然りとせば此所為は刑法第二百三条に依るべきものにあらざること言を竢たず。
故に此点に於ても亦原判決は擬律の錯誤あるものなりと云ふに在れども◎森林法第四十四条には立木、木材又は根株に附したる記号印影を変更若は消除したる者は云云とありて既に附しある記号印影を変更若くは消除したる場合の規定にして新たに記号印影を附したる場合の規定にあらざれば第四第五論旨共に其理由なし。』第六点立会簿を官文書と認められたる点に就ても前記第三点と等しく官文書と公文書との区別を為さざる不当の裁判なりと云ふに在れども◎奈良公園は奈良県庁の管理に属することは第三点に就て説示するが如くなるを以て同公園に関する事務上に付、作製す可き文書は官文書なること勿論なれば本論旨も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条の規定に従ひ本件被告両名の上告は共に之を棄却す
私訴費用は上告人の負担とす。
明治三十六年三月十六日大審院第一刑事部公廷に於て検事奥宮正治立会宣告す